第2章 成長力強化に向けた労働市場の課題

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第1節 国内労働力の更なる活用に向けた課題

最近、我が国の労働需給は引き締まりつつある。さらに、今後、長期にわたって、生産年齢人口が減少していく中で、人手不足が経済成長の制約になることが懸念される。こうしたことのないよう、労働参加の拡大や労働生産性の向上を実現していく必要があり、そのためには、働く意欲と能力のある者が就業し、その能力を発揮できるような雇用環境の整備を図ることが重要である。本節では、女性や高齢者を中心とした更なる労働参加の拡大に向けた課題を整理する。また、これまで進んできた非正規雇用の在り方を振り返り、最近の企業の雇用形態に対する意識の変化を探る。

1 女性・高齢者の活躍に向けた課題

2012年末以降の景気回復により、雇用の不足感が強まり、人材確保に対する意識は大きく高まった。こうした中で、これまで労働力率が相対的に低かった女性や高齢者の活躍推進が進められてきている。女性や高齢者の労働参加の現状とともに、更なる活用に向けた課題を検討する。

女性を中心に労働参加の拡大余地はなお大きい

労働需給は引き締まりつつあり、労働力の確保が重要となっている。2012年末以降、特に女性や高齢者では、労働力率の上昇を主因として、就業者数が大きく増加してきた1。女性や高齢者における労働力の増加は、主に非製造業の雇用として吸収され、2012年末以降の内需を中心とした景気回復を供給面から支えてきた2

こうした前向きな動きがみられているものの、30~40歳台の女性の労働力率は、結婚・子育てに伴う離職により、他の年齢階層に比べて目立って低い状況(いわゆる「M字カーブ」の底)が続いている(第2-1-1図(1))。女性の30~49歳の就業希望者(157万人、2015年1-3月期)のうち、出産・育児を理由として求職活動をしていない者は75万人おり、子育て支援を充実させることにより労働力率を引き上げる余地がある。さらに、労働力率だけでなく、労働時間も考慮に入れれば、女性の潜在労働力はより大きいとみられる。我が国の女性のパートタイム雇用者比率は35.7%(2014年平均)と、OECD平均である23.8%よりも高くなっている。仮に女性のパートタイム雇用者がフルタイム雇用者に置き換わることなどによって、同比率がOECD平均まで低下すれば、雇用者数と労働時間を掛け合わせた我が国全体の総労働供給(マンアワー)は1.5%増加する計算となる(第2-1-1図(2))。これは、上述の出産・育児に専念している女性の労働参加を拡大することによる総労働供給の増加とほぼ同程度の効果を持つ。

他方、高齢者についてみると、労働力率は他の国に比べて低いわけではない(第2-1-1図(3))。我が国の高齢者は、健康寿命・平均寿命が男女共に長く、健康な高齢者が能力を発揮しているといえる(第2-1-1図(4))。今後も生産年齢人口の減少が続く中で、健康で就業意欲の高い高齢者が働きやすい環境をつくることは重要な課題である3。さらに、生きがいや社会参加に対する意識が、就業の動機となっている面もあり、こうした高齢者の労働参加は、これまでに蓄積されたスキルや経験が積極的に活用されることで、我が国の成長にも資すると考えられる。高齢者の労働参加を就業に結び付けていくためには、高齢者の多様なニーズを汲み取り、適切にマッチングが図られることが重要である4

子育て等による離職の抑制や女性の登用等により男女間賃金格差は縮小の余地

女性の活躍を経済成長に結び付けるためには、労働力としての単純な量だけではなく、その質(賃金、生産性)も重要である。各国における男女間の賃金格差を確認すると、我が国は格差が大きい部類に入る(第2-1-2図(1))。この背景としては以下の点が挙げられる。

第一に、我が国の女性は、結婚・子育て等のために離職する者が多いため、その勤続年数は国際的にみても男性に比べてかなり短い(第2-1-2図(2))。正社員を中心に、勤続年数に応じて賃金は上昇していく傾向があることから、勤続年数の短さが女性全体でみた場合の賃金の相対的な低さにつながっているとみられる。したがって、結婚・子育て等による離職を抑制し、就業継続を図ることにより人的資本の蓄積を続けられる環境を整えることは、女性の活躍推進を通じて生産性を高めるとともに、賃金の上昇につながると考えられる。

第二に、我が国では、女性の勤続年数別にみた賃金カーブの傾斜が男性に比べて緩やかとなっている(第2-1-2図(3))。男女別の賃金カーブを比較すると、日本では勤続年数30年超にかけて男女間で大きな格差がみられる一方、他国では比較的格差が小さい。この背景には、女性において非正規雇用が多いこと、女性管理職の登用が進んでいないこと5が挙げられる。

若い世代に対する就業と子育ての両立支援が必要

M字カーブがなお存在していることや、平均勤続年数の短さが女性の賃金水準の低さの一因となっていることを踏まえると、育児と就業を両立させることによって、女性の潜在的な労働力を活用していくことが重要である。総務省「労働力調査」により、夫と妻が共に就業している共働き世帯の割合の推移をみてみると、緩やかな上昇が続いている(第2-1-3図(1))。妻の週の労働時間別に共働き世帯数をみると、35時間以上(フルタイム)がほぼ横ばいとなっている一方、35時間未満(パートタイム)が大きく増加している。育児等との両立を図る中で、パートタイムでの就業を選択する傾向が強い状態が続いているとみられる。

次に、子供の有無別に、共働き世帯比率をみてみよう(第2-1-3図(2))。妻の年齢が25~34歳の世帯では、共働き世帯比率が目立って低く、特に子供が幼年である場合には、子育てと就業の両立が特に困難であることがうかがわれる。他方で、妻の年齢が45歳以上の世帯では、子供のいる世帯の方が、共働き世帯比率の水準が高くなっている。これは、子供のいる世帯では、子供のいない世帯に比べて消費支出が多いため6、子育てに必要な支出を賄うために妻が就業していると考えられる。

したがって、子育て世帯への給付による支援に加えて、子育て世帯にとって必要な収入を自ら安定的に確保できるように女性が働きやすい環境を整備していくことが重要であり、特に幼年の子供を持つ世帯に対しては、保育所の整備や柔軟な勤務時間制度の導入等の支援が重要である。

なお、女性の就労は、世帯の収入に対してどのような影響を与えているのだろうか。夫と妻の年間収入7を合計したものを疑似的に世帯の年間収入とみなした上で、収入階層別の世帯分布とその変化をみてみよう。2013年から2014年への変化をみると8、世帯収入500万円以上の世帯の割合が増加している(第2-1-3図(3))。これを要因分解してみると、共働き世帯が増えたことによる押上げ寄与が大きい。共働き世帯は、片働き世帯に比べて世帯収入の高い世帯が多いため、共働き世帯が増加することで、世帯収入の高い世帯の増加につながったと考えられる(付図2-2)。このように、世帯収入という観点からみると、妻(女性)の貢献が拡大していることがうかがわれる。

最近では柔軟な働き方を希望する女性・高齢者によって非正規雇用が増加

女性や高齢者の就業における大きな特徴は、非正規雇用での就業が多いことである。属性別の非正規雇用者比率をみると、高齢者では男女共に7割程度となっている(第2-1-4図(1))。また、高齢者以外の年齢階層をみると、男性では1~2割程度となっているのに対し、女性では4~6割程度と相対的に水準が高い。なお、長期的な推移をみると、いずれの属性でも緩やかな上昇が続いている。

高齢者や女性で非正規雇用者比率が高いのは、長時間労働の傾向が強い正社員ではなく、就業時間等について柔軟な働き方が可能な非正規雇用を選択している面が強いとみられる。実際、これらの層では、非正規雇用者に占める不本意非正規(非正規という雇用形態に就いた主な理由が「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答した者)の割合が低い(第2-1-4図(2))。他方で、男性の若年層・中年層では、不本意非正規雇用者の比率が3~4割と高めである。ただし、若年層では、2013年末頃から小幅に低下してきており、企業において人材確保の意識が高まる下で、正規化の動きが現れてきているものと考えられる。

柔軟な働き方を希望する下で非正規雇用を選択する傾向の強い女性や高齢者の労働参加の拡大が、我が国全体の非正規雇用者比率にどのように影響しているかをみるため、非正規雇用者比率の前年差を要因分解した(第2-1-4図(3))。ある性別・年齢階層内における非正規雇用者比率の上昇(前掲第2-1-4図(1)で確認した動き)が与える影響(階層内変化要因)と、非正規雇用者比率の異なる階層の雇用者数シェアが変わることによる影響(構成比変化要因)とに分解してみよう。構成比変化要因は、2013年以降、おおむね0.3~0.5%ポイント程度、非正規雇用者比率の前年比の上昇に寄与していることが分かる。2013年以降の構成比変化要因の内訳をみると、男性・女性の高齢層や、女性の中年層(35~64歳)が大きくプラスに寄与している(付図2-4)。この間、階層内変化要因は、2014年に入り、それぞれの階層における非正規雇用者比率の上昇幅が徐々に緩やかとなる中で、押上げ寄与が徐々に縮小し、2015年1-3月には押下げ寄与に転じた9。すなわち、2013年以降非正規比率が高い女性や高齢者の労働参加が拡大する一方で、若年・中年層における非正規比率が低下し、全体として2015年1-3月には対前年同期比で非正規雇用者比率がマイナスに転じた。

2 我が国の雇用形態の特徴

最近は、柔軟な働き方を希望する女性や高齢者の労働参加の拡大が、我が国の非正規雇用者比率の上昇に寄与していることが確認された。他方で、長期的にみれば男性や若年・中年層の非正規化も、我が国の非正規雇用者比率の上昇に寄与してきた。ここでは、我が国の非正規雇用者の特徴を整理し、経済成長に与える影響を考察する。

我が国の非正規雇用者は賃金水準が低く正規への移動率も低め

非正規雇用者比率の高まりは、我が国だけではなく、他の多くの先進国でも指摘されている。こうした非正規雇用の拡大の背景について、既存研究10では、グローバリゼーションによる市場競争の激化、女性の就業率の高まり、雇用規制の緩和などが挙げられている。

非正規雇用の拡大が、長期的な人的資本の蓄積や経済成長率に与えるマイナスの影響が大きいかどうかは、非正規雇用者がそれぞれの国でどのように特徴づけられるのかによって異なる。例えば、パートタイム雇用者比率が高いオランダでは、1970年代に女性の就業率がOECD加盟国の中で最も低かったが、労働力不足を補うための企業の取組等により既婚女性のパートタイム雇用者への就業が進展し、今では出産・子育て世代の就業率は、他の世代とほとんど同じである(日本のようなM字カーブがみられない)。また、「賃金、雇用の安定、社会保障などの面でフルタイム雇用と均等な待遇11を獲得した」とされ、「もはや「特殊な」または「非正規の」就労形態とはみられない」と指摘されている12。我が国の非正規雇用者の特徴を、データが入手可能な諸外国と比べることによって、検討していこう。なお、あらかじめ、各国で非正規雇用として扱われる対象を確認すると、パートタイム、有期雇用者、派遣労働者が共通して含まれている(付表2-5)。雇用契約期間が有期である者、労働時間が短い者を、非正規雇用としてみなしているといえる。

まず、平均的な賃金水準からみた特徴を確認してみると、有期雇用者及びパートタイム雇用者では、それぞれ無期雇用者及びフルタイム雇用者と比べた賃金水準は、総じて低めとなる傾向がある(第2-1-5図(1))。こうした中で、日本については、他国に比べていずれも低めとなっており、非正規雇用者の正規雇用者に対する賃金格差が大きいことがうかがわれる。

次に、非正規雇用者から正規雇用者への移動率を確認する。非正規雇用者は、労働者が就業の中で人的資本を蓄積すること、雇い主が労働者の質を見極めること等によって、より雇用の安定した正規雇用者へ移動する確率を高める踏み石(stepping-stone)としての性格も指摘される13。正規雇用者への移動率が高いのであれば、ある雇用者にとってみて人的資本投資の機会や昇進可能性、賃金格差が固定化されるわけではない。もっとも、2012年頃までのデータをみる限り、日本は他国14に比べても移動率は高いとはいえないことが分かる15第2-1-5図(2))。

以上のことから、我が国の非正規雇用者は、正規雇用者に比べて、平均的にみて、低い賃金で働く状態にとどまる傾向がある。また、正規雇用者への移動率の低さは、ある個人にとってみれば、教育訓練投資を受ける機会が少なく、その結果、昇進可能性が低めになる可能性がある。

我が国の非正規雇用の景気感応度は正規雇用に比べて高い

次に、非正規雇用者の雇用の安定性について検討してみよう。我が国では、非正規雇用者は、景気に対してより感応的かつ速やかに変動するといわれている。実際に、正規雇用者と非正規雇用者のそれぞれについて、実質GDPとの時差相関を確認すると、正規雇用者は3期後に0.25程度の相関係数しかみられないのに対し、非正規雇用者は0期(同時)から2期後までの間に0.5超の比較的高い相関係数がみられる(第2-1-6図(1))。8期後までの期間全体をならしてみれば、非正規雇用者の方が相関係数は高めであり、非正規雇用者は雇用の調整機能が高いことが確認できる。

こうした関係は、諸外国においても同様なのだろうか。世界的に景気が大きく変動したリーマンショック前後における雇用者数の反応を比較してみよう16。リーマンショック前後のピークからボトムにかけての実質GDP変化率に対して、テンポラリー雇用者とパーマネント雇用者17のそれぞれの変化率がどの程度大きかったかを示す弾性値を算出した(第2-1-6図(2))。45度線より下方に位置する国は、テンポラリー雇用者の方が、パーマネント雇用者よりも雇用が大きく削減されたことを示している。この簡単な散布図からは、以下の点が確認できる。

第一に、我が国は、ドイツと同様、原点に近い位置にあり、テンポラリー雇用者・パーマネント雇用者にかかわらず、雇用の変動が小さかった。我が国の労働市場は失業確率が極めて低いことが特徴である18が、リーマンショック後においてもそれは同様であった19。この点は、経済全体としては失業による損失が相対的に小さいことを意味する。

第二に、各国は、45度線のまわりに比較的均等に散らばって分布しており、リーマンショックのように大きく需要が落ち込んだ場合に、雇用調整がテンポラリー雇用者とパーマネント雇用者のどちらに集中するのかは、国によって様々である。こうした中で、我が国は、原点付近ではあるが45度線の下に位置しており、雇用調整がテンポラリー雇用者を中心に行われやすいと評価できる。なお、第2象限に位置する国は、実質GDPの下落に対して、テンポラリー雇用者を増加させ、パーマネント雇用者を減少させたことを示す。このうち、例えば英国についてみると、正社員の雇用にも高い柔軟性があること、また不況期には企業業績が不安定化する中でテンポラリー雇用が増加するという傾向があることが指摘されている20

我が国の雇用調整速度は2000年代前半に上昇

非正規雇用者が景気感応的に変動する場合、非正規雇用者比率が上昇すれば、最終需要に対する最適な雇用量が速やかに実現されやすくなる、すなわち雇用調整速度が高まると考えられる。

それでは、我が国の雇用調整速度は高まってきたのだろうか。推計期間を1期ずつずらしながら雇用調整速度を推計することによって、雇用調整速度の長期的な水準の変化を確認した結果、2000年代前半において雇用調整速度は高まったとみられる(第2-1-7図(1))。この間、非正規雇用者比率も上昇しており、雇用調整が行われやすい非正規雇用者の拡大が、雇用調整速度を高めた可能性がある。ただし、2000年代半ば以降は、非正規雇用者比率が上昇を続けているが、雇用調整速度はおおむね横ばいとなっており21、非正規雇用者比率と雇用調整速度の関係については、今後の動向も含めてより慎重にみていく必要がある。

非正規雇用者比率と雇用調整速度について、OECD諸国も含めてその関係を確認しよう(第2-1-7図(2))。非正規雇用者比率と雇用調整速度には、ごく緩やかな正の関係しかみられない。さらに、非正規雇用者比率と雇用調整速度の水準自体を比較してみると、相関関係は更に稀薄になる(第2-1-7図(3))。アメリカや英国では、非正規雇用者比率が高くないにもかかわらず、雇用調整速度は高い。この点は、非正規雇用者のみならず、正規雇用者においても雇用調整が行われているためと考えられる。以上のことから、非正規雇用者の位置付けが各国で異なっていることなどから、非正規雇用者比率が高まるほど、雇用調整速度が高くなるとは一概にはいえないことが分かる。なお、我が国の雇用調整速度の大きさや変化幅はおおむね中位程度である。

成長力との関係を考察すると、雇用調整速度を高めることは、長期的な経済成長率を高める可能性がある22。すなわち、低収益企業の雇用が相対的に大きく削減されることなどを通じて、労働者がより生産性の高い企業へと移動し、労働資源の効率的な配置につながることが考えられる。ただし、前述のとおり、雇用調整を正規雇用者と非正規雇用者のどちらで行うかについては、国によってばらつきがあり、非正規雇用者比率を高めることが、雇用調整速度を高める主たる手段とは限らないことに留意が必要である。加えて、非正規雇用者は、一般的に、教育訓練投資の少なさ等を背景として人的資本の蓄積が困難な傾向があり、こうした非正規雇用者の増加が、労働の質を通じて、我が国の成長力を抑制する可能性にも注意する必要がある。

日本では非正規化による一人当たり賃金の押下げが労働コストの調整に大きく寄与

雇用面の調整だけでなく、賃金も含めた労働コスト全体への影響を確認しよう。労働分配率の変化の要因を、名目GDP要因、雇用者数要因、一人当たり賃金要因に分解した(第2-1-8図)。他国については、名目GDPが増加する中で、一人当たり賃金の増加も実現されている。他方、我が国についてみると、デフレの下で名目GDPが減少し23、分配の原資が縮小する中、特に一人当たり賃金の低下によって、労働分配率の上昇が抑制されてきた。雇用の維持を図りつつ、賃金水準の低い非正規雇用者(パート)比率の引上げや、既存の雇用者の賃金調整によって、一人当たり賃金が引き下げられてきた24付図2-6)。この間の失業率は、最高でも5%程度の水準にとどまったが、柔軟な働き方を求める動きとは別に、若年層や中年層などで不本意ながら非正規雇用者となる者が一定程度の割合を占めていることに注意が必要である(前掲第2-1-4図(2))。

我が国では、長い目でみれば、女性・高齢者の労働参加の拡大だけではなく、若年・中年層の非正規化によって、非正規雇用者比率が上昇してきたことを指摘したが、その背景として、(1)デフレが進行する下で名目GDPが減少してきたこと25、(2)その下で企業が労働コストの節約を図るという側面があったこと、が指摘できる。人的資本の蓄積を通じた長期的な成長力の強化に向けては、デフレからの脱却に加えて、労働市場においては成長分野への労働移動の円滑化等の取組を進めることが求められる。

働き方の多様化と労働の質の向上を共に実現していくことが必要

非正規雇用の拡大は、上述のとおり、デフレ状況の下での労働コストの調整手段として用いられてきた面がある一方、経済・社会構造の変化を背景に進んできたものでもある。すなわち、労働者の価値観の多様化に加え、労働需要の拡大が見込まれる分野への円滑な労働移動を促進するため、労働者の保護と雇用の安定に配慮しながら、多様な働き方の拡大に向けての法的整備が進められてきた。あわせて、我が国について、賃金や正規雇用への転換、雇用の安定等の点に関し、均衡待遇を目指してパートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)の改正26や、労働者派遣法の改正27等の取組が進められてきたところである。

最近では、アベノミクスの下、これまでの非正規化の流れにも変化がうかがわれる。柔軟な働き方を求める女性や高齢者の労働参加の拡大が非正規雇用者比率の上昇に寄与する効果は引き続きみられる一方で、若年・中年層などでの非正規化の動きは転換しつつある(前掲第2-1-4図(3))。不本意非正規雇用者比率も男性・若年層を中心に低下している(前掲第2-1-4図(2))。また、賃金についても、それぞれ春闘の動きや雇用情勢の改善の影響を受けつつ、正規雇用者と非正規雇用者の所定内給与は共に増加している28

我が国は既にデフレ状況ではなくなっており、名目売上高からの労働コスト調整圧力が低下していると考えられる中で、企業の雇用スタンスにも変化が生じている可能性がある。さらに、労働供給面から我が国の成長力を高めていくためには、より多様な働き方ができる形で労働参加を拡大していくとともに、人的投資を拡充して労働の質も向上させていく必要がある。次項では、この点について、最近の企業の意識の変化をより詳細に探っていく。

3 雇用形態に対する企業の意識とその変化

前項では、我が国ではこれまで正規雇用者と非正規雇用者の間で賃金水準や雇用調整に関して二分化された度合いが大きいことをみてきた。しかし、アベノミクスの下、労働需給が引き締まりつつある中で、多様な雇用形態を広げる動きが一部企業で拡大してきている。本項では、こうした動きについて、企業へのアンケート調査を基に、様々な雇用形態に対する企業の意識とその変化から検証する。

現時点では正社員と有期雇用者の占める割合が高い

日本に限らず、正規雇用者と非正規雇用者の間で雇用が二分化されることの弊害が認識されるようになっており、二分化を和らげるような政策の必要性が意識されている。例えば、OECDの報告では、各国の政策当局において非正規雇用の拡大が経済全体のパフォーマンス低下をもたらしているという懸念が高まっていること、他方で、様々な対応策を実施するに当たっての困難さがあることも、指摘されている29

こうした中で、最近では、一部の企業において、雇用形態を広げる動きがみられる。例えば、正規雇用者は、契約期間が無期であることのほか、勤務地・勤務時間・職務内容が無限定であることが大きな特徴とされてきたが、限定正社員という、上記の要素のいずれかが限定された新たな雇用形態を設ける動きがみられる。さらに、非正規雇用者は有期雇用契約であることが特徴であるが、パートタイム雇用者を無期化しようとする動きも指摘されている30

様々な雇用形態に対して、企業の意識がどのように変化しているのか、またそうした変化がどのような特徴を持つ企業に顕著なのかを明らかにするために、内閣府では「企業の人的資本の活用に関する意識調査」31を実施した。

アンケートにおいては、これまでみてきた非正規雇用者の性格を踏まえ、基本的には、契約期間が無期/有期か、労働時間が短いかどうかによって雇用形態を区分した32。アンケート回答企業における、それぞれの雇用形態のおおよその構成比をみると、全産業では、正社員が4分の3と大宗を占め、その後に有期パート、有期その他が続いている(第2-1-9表)。正社員以外の無期雇用者(無期パート、無期その他)が占める割合は非常に小さい33

正社員へのシフトのほか、一部業種では雇用多様化への意向が顕著

企業はこれまでどのような雇用形態を増やしてきたのか、また今後増やそうとしているのだろうか34。まず、集計対象企業全体でみると、先行き3年間にかけて、正社員を増やそうとする回答が顕著に増加している(第2-1-10図)。他方で、有期パートや有期その他については、過去3年間では増加してきたが、今後3年間にかけては減少方向に転化している。さらに、限定正社員、無期パートや無期その他を増やそうとする回答も増加している。以上の結果からは、最近では、<1>正社員へのシフトとともに、<2>前述した正規雇用者と非正規雇用者の中間的な雇用形態(限定正社員、無期パート、無期その他)の増加という傾向が強まっていることが確認できる。さらに業種別にみると、以下のような特徴がみられる35

第一に、新たな雇用形態を増やそうとする動きは、運輸・小売・飲食・宿泊業で顕著である。限定正社員や無期パートを増やそうとする企業の割合は、過去3年間に比べて大きく上昇している。さらに、正社員を増やそうとする企業の割合が他の雇用形態に比べて余り高くない傾向が続いていることも特徴である。

第二に、機械関連製造業、不動産・建設業、情報通信業では、正社員へのシフトの傾向が目立っている。これらの業種では、正社員を増やそうとする回答が、他の雇用形態に比べ、水準が高いほか、過去3年間から今後3年間にかけての伸びが大きい。他方で、有期パートや有期その他は、過去3年間から先行き3年間で、減少方向へと大きめに変化している。

運輸・小売・宿泊・飲食業で雇用の多様化への意向が強くみられる背景には、パート雇用者比率が高い(前掲第2-1-9表)中で、人手不足感が高まり、パートタイム雇用者の離職を抑制・定着化を図ろうとする傾向が強いとみられる。他方で、機械関連製造業や他の非製造業(不動産・建設業、情報通信業)では、パートタイム雇用者比率の低さに表れているように、建設やシステム開発等の技術・ノウハウを長期にわたって蓄積する必要性から、正社員を増やそうとする意向が強いものとみられる。

パートには無期化、正社員には賃金体系の見直し等による生産性上昇を期待

それぞれの雇用形態に対して、企業はどのような期待を持ち、人事制度や処遇を変えていこうとしているのか。賃金・処遇の見直しによって働きぶりや貢献度が増す余地が大きい雇用形態について尋ねた結果をみると、全体としては、正社員と答える傾向が強い(第2-1-11図(1))。こうした中で、運輸・小売・宿泊飲食では、正社員の回答割合が最も小さく、代わりに有期パートの回答が高めとなっている。運輸・小売・宿泊飲食ではパート比率が高く、他の業種では正社員の占める割合が多くなっている中(前掲第2-1-9表)、それぞれの主たる労働力について、その潜在的な力を一段と引き出していこうとする傾向が見て取れる。具体的にどのような施策によって、働きぶりや貢献度を増していけるのかについて尋ねてみると、以下のような特徴がみられた(第2-1-11図(2))。

第一に、賃金に関する回答状況をみると、賃金水準の引上げは、どの雇用形態でもおおむね同程度となっている。一方で、賃金体系の見直しについては、正社員で回答割合が高めとなっている。給与設定に当たって、今後重視する度合いを高めたい要素は「能力・成果」が圧倒的に多く、年功的な性格を弱めたいと考える企業が多いようである(第2-1-11図(3))。

第二に、有期雇用と無期雇用の切り替えについてみると、有期雇用者(有期パート、有期その他)では、有期から無期への転換を回答に挙げる企業が相応にみられる。無期雇用者は、勤続年数が長めとなることから、教育・訓練投資のメリットが増し、実際に投資が増えることが期待される。無期化によって、経験・スキルの蓄積が図られ、生産性が上昇することの効果を認めているものと考えられる。

第三に、研修・OJTの充実についてみると、これは人的資本投資を行うことにより労働生産性が高まることを表しているが、特に正社員での回答割合が最も高い。正社員は長期にわたって雇用される傾向が強いことから、長期的な訓練が必要となる高度なスキル等を身に付けやすいと考えられる。さらに、身に付けられたスキル等が活かされ、企業の収益として回収される確率も高いと考えられているとみられる。

前述の雇用スタンスについての分析と併せてみると、大まかに2つの方向性が指摘できる。1つ目は、運輸・小売・宿泊飲食では、人手不足への対応として、パート等の定着に加え、経験・スキルの蓄積による生産性上昇を見込んで、パート等の無期化を進めようとする傾向がある。労働需給が引き締まりつつある中で、パートの時給は上昇しているが、無期化によって生産性の上昇が実現できるのであれば、企業にとっては一定の利潤を確保できる可能性がある36。2つ目の方向性としては、その他の業種において、正社員への雇用シフトを進めていく中で、能力・成果をより反映した賃金体系への変更が意識されている。

なお、働きぶりや貢献度を増すための施策について、その推進上の課題も確認しておこう(第2-1-11図(4))。最も回答が多いのは、納得性のある評価基準の設定・開示となっており、先にみた、能力・成果を重視した賃金体系への変更を行う上での難しさがうかがわれる。先にみたとおり、正社員に対しては、能力を重視した賃金体系への変更や、研修・OJTの充実を行おうとする度合いが相対的に大きいが、いずれについてもその難しさが強く意識されていることが分かる。

好業績企業はこれまで有期雇用者を増やしてきたが、先行きは正社員化・無期化を展望

経済環境の変化にあわせて雇用の在り方を見直していくことで、労働生産性を上昇させ、企業業績も改善していくことで、長期的な経済成長につながっていく。雇用の多様化に関する意識は、企業業績とどのような関係があるのだろうか。2010年度から2013年度にかけて増益・減益となった企業に分けて、様々な雇用形態についての意識を確認した。

第一に、増益企業では、過去3年間の雇用スタンスをみると、有期雇用を増やす傾向が強かった(第2-1-12図)。過去の実績についてみる限り、有期雇用を増やし、労働コストを引き下げる中で、企業収益が改善してきたとみられる。ただし、今後3年間の雇用スタンスをみると、これまでとは異なり、無期パートや限定正社員を増やそうとする動きが顕著である。企業業績を改善させるための雇用の在り方について、大きく意識が変化しているとみられる。

第二に、減益企業では、今後、正社員や無期パートを増やそうとする意向は少なくはないものの、増益企業と異なり、他の雇用形態に比べてみて特段強いわけではない。さらに、限定正社員を増やそうとする動きも相対的に小さい。この背景としては、企業収益が減少してきた中で、労働コストを増加させるような雇用ポートフォリオの変更には増益企業ほどには積極的に踏み出しづらいことが考えられる。ただし、有期雇用を増やす一方で、正社員等をほとんど増加させてこなかった過去に比べると、企業の意識は大きく変化している。

こうした意識変化の背景には、最近、労働需給が引き締まりつつあることへの対応が重要となっていることのほか、デフレからの脱却に向けた動きが続く下で、労働コスト調整圧力が和らいでいることが指摘できる。最近の人手不足感の高まりを成長における制約とみるのではなく、労働生産性の上昇に向けた取組を進める好機と捉えることが重要である。その際、企業がそれぞれの特性を踏まえつつ、業務プロセス等も含めて人的資本の活用方法を見直し、ベストプラクティスを積み上げていくことが求められる。


(1)労働需給と労働参加の状況については、第1章第2節を参照。
(2)詳細は、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)を参照。
(3)男性では、2013年から2026年にかけて年金受給開始年齢が60歳から65歳に段階的に引き上げられることが決定されている(この間、65歳までの雇用確保措置について、2000年(努力義務化)、2004年(段階的義務化)、2012年(希望者全員の継続雇用)と順次法改正が行われている)。さらに、平均寿命や現役世代の人口増減率を加味して年金支給額を変動させるマクロ経済スライドが、2015年度より実施された。
(4)内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調査」によると、高齢者(60歳以上)が仕事を選ぶ際に最も重視する条件は、性別や貯蓄額によって異なっている(付図2-1)。
(5)山口(2014)では、ホワイトカラー正社員の男女間の賃金格差の要因分解を行った結果、職階差が大きな要因となっていることを指摘している。
(6)総務省「全国消費実態調査」(2009年)によると、子供のいない世帯に比べ、子供のいる世帯の1か月当たりの消費支出は50歳台ではおおむね8万円程度多い(付図2-3)。
(7)「労働力調査」では、この1年間の収入をたずねているため、足下における賃金の変化を完全には織り込んでいない点に留意が必要である。
(8)夫と妻の年間収入別の世帯数の調査は、2013年から開始された。
(9)2013年において、若年層や中年層での非正規雇用者比率が上昇した要因は、景気拡張の初期において、まず非正規雇用者が多く雇われる傾向によるものと考えられる。詳細は、第2-1-8図を参照。
(10)独立行政法人労働政策研究・研修機構(2010)など。
(11)例えば、失業保険給付の受給資格、賃金・残業手当・ボーナス・職業訓練などについて、フルタイム雇用者と均等な待遇を得られる権利などが与えられた。ただし、フルタイム雇用者と比べた職階差は大きいとされている。
(12)独立行政法人労働政策研究・研修機構(2011)。
(13)例えば、OECD(2014)、平田・勇上(2011)を参照。
(14)他国については、有期雇用者から無期雇用者への移動率を示している。前述のとおり、有期雇用者や労働時間が短い者が非正規雇用者として捉えられていることから、他国の数値についても、非正規雇用者から正規雇用者への移動率に近いものであると考えられる。
(15)我が国の非正規雇用者から正規雇用者への移動率は、転職を通じた移動の確率であり、内部登用による移動は含んでいないことに注意が必要である。ただし、平田・勇上(2011)は、個票を用いた国際比較の結果、内部登用を含めてみても、日本における一時雇用から常用雇用への移動は緩慢であると指摘している。
(16)長期間の実質GDPと雇用者数の変化率を用いると、正規雇用者・非正規雇用者の間の構造的なシフトが含まれてしまう。景気循環への反応を捉える目的から、リーマンショック前後の期間に限定した。
(17)日本については、総務省「労働力調査」の正規雇用者と非正規雇用者を使用している。なお、OECDベースのテンポラリー雇用者とパーマネント雇用者を用いても、結論は変わらない。
(18)詳細は、第2章第2節にて後述。
(19)内閣府(2010)では、雇用調整助成金が、リーマンショック後の雇用維持に寄与したと分析している。
(20)独立行政法人労働政策研究・研修機構(2011)。
(21)この要因として、リーマンショック後に雇用調整助成金等が拡充されたことにより、雇用者数の削減が抑制されたとの指摘がある。川手(2009)、戸田・帯刀(2013)を参照。
(22)内閣府(2014)は、雇用調整速度が速い国ほど、労働生産性上昇率が高くなる傾向があることを指摘している。
(23)名目GDPが増加する場合、雇用者報酬が変わらなければ、労働分配率を押し下げることとなるため、マイナスに寄与する。
(24)2009年には、一般労働者の賃金は、過去と比べればやや大きめに低下した。
(25)なお、名目GDPの減少は、GDPデフレーターの低下によってもたらされているが、GDPデフレーターは、国内物価の動きだけではなく、交易条件の変化の影響も含む点に留意が必要である。
(26)2007年の改正では、賃金や教育訓練等について、事業主が均衡待遇を図ることの努力義務や措置義務が定められた(2008年4月施行)。また、2014年の改正では、正社員との差別的取扱いが禁止されるパートタイム労働者の対象範囲について、無期労働契約の要件を削除するなど、範囲を拡大した(2015年4月施行)。
(27)2012年の改正では、派遣元事業主について、同種の業務に従事する派遣先の労働者との均衡を考慮しつつ、賃金の決定等をするように配慮する義務が課されたほか、派遣先について、派遣先の労働者に係る情報の派遣元事業主への提供等の努力義務が課された(2012年10月より施行)。
(28)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、2014年における所定内給与額(民営事業所、一般労働者、男女計)は、正社員・正職員では前年比+1.0%、正社員・正職員以外では同+2.6%となった。
(29)例えば、有期雇用の活用制限は、雇用期間の短期化や再雇用機会の低下を伴うことで、雇用安定への不安感を高めてしまう。また、無期雇用に対する解雇規制を緩和することは、無期雇用の解雇の増加ひいては無期雇用者の所得下落につながり得ることから、職探しへの支援策を併せて行うべきと指摘している。OECD(2014)を参照。
(30)具体的な事例については、荻野(2014)を参照。
(31)2015年2月から3月にかけて、企業の人的資本の活用に関する現状や意識を尋ねた。調査の概要は、付注2-2参照。
(32)「企業の人的資本の活用に関する意識調査」における雇用形態の区分は付注2-3を参照。
(33)なお、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によって、雇用形態別の構成比をみてみると、正社員・正職員が多く、次いで雇用期間の定めがある雇用形態が多くなるという傾向が確認できる(付表2-7)。
(34)設問においては、従業員の構成比が上昇するか、低下するかを尋ねている。もっとも、回答結果をみると、いずれの従業員についても上昇すると回答する企業が多い傾向にある。従業員の構成比ではなく、絶対数の方向感をイメージして回答した企業が少なくない可能性がある。このため、異なる企業(群)間でDIの水準感を比較することは適切ではなく、同一企業(群)の中での各雇用形態のDIの相対的な水準感や、変化の度合いを比較することが適切とみられる。また、グラフにおいては、回答の実態に合わせて、「増加」、「減少」と表記する。
(35)業種別では、その他の無期雇用者に対する回答数が少ないため、集計結果を表示していない。
(36)また、独立行政法人労働政策研究・研修機構(2013)によると、パートタイム雇用者のうち、無期雇用者は、有期雇用者に比べて賃金水準に対する納得性や、仕事・会社に対する満足度が改善する傾向があると指摘されている。
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