第2章 成長力強化に向けた労働市場の課題

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第2節 円滑な労働移動と経済成長

生産年齢人口が減少傾向にある中、限りある労働力がより効率的に活用されることによって、経済成長を高めていくことが重要である。本節では、我が国の労働移動を概観した後、産業・企業間における労働資源配分の状況について検討する。最後に、地方における雇用動向と生産性に関して、労働移動の状況も含めて確認する。

1 我が国における労働移動の特徴

最初に、我が国の労働移動について、その規模や、産業間の労働移動のダイナミズムを、概観する。

我が国の失業確率・就業確率は国際的にみて小さい

まず、失業を通じた労働移動について、我が国の度合いを諸外国と比較してみよう。就業者のうち失業する者の平均的な割合(失業確率)と、失業者のうち就業する者の平均的な割合(就業確率)により、失業を経た労働移動の規模を推察することができる。これによると、我が国では、失業確率・就業確率共に、OECD諸国の中では低い方に位置している(第2-2-1図(1))。なお、ここでは、失業を経ない転職等は含まれていない点には留意が必要である。

失業確率が低いことは、我が国の失業率を低くする要因となるが、一方で就業確率が低いことは平均的な失業期間を長くする要因ともなっている。OECD諸国について両者の関係を確認してみると、失業確率が低い国ほど平均失業期間が長くなる傾向がある。この要因の1つとしては、企業にとって雇用調整コストが高くなり、採用の抑制につながっていることも考えられる(第2-2-1図(2))。したがって、我が国は、失業するリスクは低いものの、一度失業するとそれが長期化しやすい構造であるといえる。

生産年齢人口が減少傾向にある中で、限りある労働力を効率的に配置していくことが求められるが、このためには円滑な労働移動と平均失業期間の短期化を共に実現すること、すなわち、失業なき労働移動を促進していくことが重要である。マッチング機能の強化や、産業構造等の変化に適応した職業能力の形成に向けた体制づくりを進めていくことが求められている。

リーマンショック直後に比べると雇用変動のばらつきは低下

我が国では、リストラによる雇用調整は大幅な景気悪化局面を除いてほとんど行われないほか、大企業を中心とした新卒採用の重視や、製造業や非製造業の間の転職が少ないといった労働市場の特徴が指摘されている37。リリエン指数38によって、産業間の雇用のばらつきをみてみよう39第2-2-2図(1))。2008年以降、徐々に指数は低下しており、産業ごとにみた雇用変動のばらつきが小さくなっていることが分かる。この背景について、業種ごとに要因分解してみると、リーマンショック直後を含む2008~10年の3年間では、雇用者数全体の変動に比べて、製造業や複合サービス業(郵便局、農協等)の雇用が相対的に減少した40一方、医療、福祉の雇用が相対的に増加している(第2-2-2図(2))。その後、2011~14年の4年間では、製造業、医療、福祉共に、全体の雇用者数の変動からのかいりが小さくなっている。

リーマンショック直後は、製造業で雇用調整圧力が高まったこと、そうした中で医療、福祉を中心とした雇用増加により、我が国の産業別の雇用者数の構成は比較的大きく変化したとみられる。ただし、製造業から離職した者が医療、福祉に吸収されたわけではないとみられる41。また、近年は、大きな雇用調整圧力がない中で、産業別にみた雇用変動のばらつきも小さくなっている。

2 効率的な労働資源配分に向けて

限りある労働力をより効率的に配置することで、マクロの労働生産性を引き上げていくことが重要である。ここでは、我が国の労働生産性について、産業間・企業間の労働移動との関係を検証していく。

生産性の高い業種への移動だけでなく、個別産業ごとの生産性を高めることが重要

我が国全体の経済成長率という面から考えると、生産性の高い業種の労働力が増えることは、マクロの労働生産性及び経済成長率を高めると考えられる。業種別にみた労働生産性と労働投入シェアの変化が、マクロの労働生産性にどのような影響を及ぼすのかを確認してみよう。マクロの労働生産性上昇率は、ある産業自体の労働生産性の変化による「純生産性要因」と、名目付加価値ウェイトの変化による「ボーモル効果」、労働投入シェアの変化による「デニソン効果」に分解できる42。これによる分解の結果は以下のとおりである。

まず、労働生産性の変動要因のうち、最も大きな影響を及ぼしているのは、純生産性要因である。ボーモル効果、デニソン効果は、共に影響が小さく、この点は日本のみならず、アメリカ、ドイツでも同様である(第2-2-3図(1))。日本については、デニソン効果が小幅にプラスに寄与しているものの、その寄与は純生産性要因に比べると小さい。

次に、労働投入シェアの変化の影響について確認するために、日本のデニソン効果43の内訳をより細かくみていこう(第2-2-3図(2))。労働生産性が比較的高い製造業で労働投入が減少したことは、マクロの労働生産性に対してマイナスの寄与をもたらしている。他方で、対事業所サービスや情報通信などのプラスの寄与が大きいことから、デニソン効果が正の値となっている。これらの分野では、ソフトウェア等のICT関連サービスを中心に、生産活動の外部委託(アウトソーシング)が進んでいることもあり、労働投入が相対的に大きく増加しているとみられる。また、情報通信では、ICT関連サービスを支える情報システム・インフラの需要拡大等を受けて、労働投入が増加している。労働生産性が高めに維持され、労働投入も増えるような成長分野を生み出していくことが、我が国全体の労働生産性を高めていく上で重要であることが示唆される。

ROAの高い企業ほど雇用者数の伸びは大きいがその度合いは徐々に縮小

個別産業の労働生産性を高めることの効果がこれまでは大きかったことに鑑みれば、それを実現するためにはどのような労働移動が求められるのだろうか。明らかに、各産業内で、より生産性の高い企業へと労働力が移動していけば、その業種の労働生産性は高まると考えられる。労働者にとっても、これまでに蓄積したスキルや経験を活かせること、そのために賃金が下落しづらいという点に鑑みると、同一産業への移動が好ましくなる面もあるだろう44。以上の問題意識の下、上場企業のデータを基に、製造業と非製造業という大きな括りに分けた上で、企業レベルでの生産性と雇用の検証を行った。

なお、分析に当たっては、企業の生産性の代理指標としてROA(総資産利益率)を使用している。ROAは、収益性を図る指標であり、人件費等が控除された利益を用いているなど、生産性とは幾つか異なる点がある。しかしながら、企業が経営目標として利益率を改善させようとする取組は、生産性向上のための取組と重なる部分が大きいと考えられることなどから、ROAは生産性を一定程度反映しているとみられる45。さらに、ROAの計算や国際比較が容易であるという点からも、ROAを用いてこの後の議論を行っていく。

日本、アメリカ、ドイツの上場企業について、ROA上位25%と下位25%を、それぞれ高収益企業と低収益企業としよう。雇用者数の増減率の推移を確認すると、以下のような特徴がみられる46第2-2-4図(1))。

第一に、雇用者数の伸び率は、景気拡張局面で上昇・景気後退局面で低下するといった景気循環的な動きとなっているが、日本は、アメリカやドイツと比べて、特に製造業において、その振幅が小さい。日本では、景気後退期であっても雇用が変動しにくい傾向があること47などが影響しているとみられる。なお、ドイツについては、マクロでみれば景気に対して雇用者数の変動は大きくないことをみたが(前掲第2-1-6図(2))、上場企業単位でみればアメリカと同様に雇用変動が大きい48

第二に、いずれの国においても、高収益企業の雇用者数の伸び率は、低収益企業をおおむね上回って推移している。この背景には、生産性の水準が高い企業では、革新的な製品・サービスの開発や新たな市場分野の開拓が行われる中、自社製品・サービスに対する需要が見通しも含めて強く、労働需要が相対的に大きくなりやすいことがあると考えられる。こうした下で、高収益企業では実際に雇用者数を相対的に大きく増加させている。結果として、平均的にみれば、生産性の高い企業に労働力がシフトしていると評価することができるだろう。

第三に、時系列的な変化をみると、我が国では、高収益企業と低収益企業の間の雇用者数の伸び率格差が縮小してきている。この点は、生産性の高い企業への労働力のシフトの動きが徐々に弱まっている可能性を示唆している。

この背景について、企業間の生産性格差が縮小している可能性について確認するため、高収益企業と低収益企業のそれぞれのROAの平均値の推移をみた(第2-2-4図(2))。それぞれのROAは、景気循環の影響を受けて上下する動きがみられるものの、両者の格差自体は縮小していない。したがって、従業員伸び率格差の縮小が、生産性格差の縮小によるものとは結論づけられない。

製造業では、低収益企業の雇用減少が小幅にとどまる中で高収益企業の雇用増加が縮小

高収益企業と低収益企業の間での雇用者数の伸び率格差の縮小について考察するため、雇用者数の伸び率別にみた企業の分布とその変化を確認しよう49。製造業についてみると、以下のような特徴がみられた(第2-2-5図)。

まず低収益企業についてみると、雇用者数の伸びは0%近辺に大きなピークが確認され、後述の非製造業と比べてみてもその特徴は顕著である50。この背景には、生産性が低い企業であっても雇用が維持されやすいことがあると考えられる。ただし、2006年度と2013年度を比べてみると、0%近辺のピークは若干低くなっており、雇用者数を減少させる企業の分布がやや厚くなっているため、過去に比べると、雇用調整を進めてきていると考えられる。

次に、高収益企業についてみると、低収益企業のような分布の尖りはみられず、なだらかな山のかたちの分布が確認される。2006年度と2013年度を比べると、全体として分布が左側、すなわち雇用が減少する方向へとシフトしている。

以上のことから、製造業において高収益企業と低収益企業の間での雇用者数の伸び率格差が縮小したのは、低収益企業では雇用減少が小幅にとどまる中で、高収益企業の雇用の伸び率が小さくなったためであることが分かる。

非製造業では、雇用者数を大きく増やす企業の割合が減少

次に、非製造業の雇用者数の伸び率の分布をみてみると、以下のような特徴がみられた(第2-2-6図)。

第一に、低収益企業をみると、製造業とは異なり、分布が非常に幅広く、0%近辺に大きな尖りはみられない。これは、非製造業ではパートなど非正規雇用者が多いため、需要の変動に対して、より柔軟な雇用調整を行っているためと考えられる。2006年度と2013年度を比較すると、分布の形状に大きな差はみられない。

第二に、高収益企業では、分布の形状が大きく変化している。まず、2006年度においては、雇用者数が10%台後半と高い伸びを示した企業が相当数存在しているが、2013年度にはそうした企業がみられない。2006年度において雇用者数の伸びが16%以上となった企業をみると、株式上場後間もない企業が含まれており、企業が成長段階の初期にあることが、雇用の高い伸びを実現していたことが分かる(付図2-9(1))。なお、上場企業数の推移をみると、2000年代半ばには大きく増加していたが、ここ数年は比較的緩やかな増加にとどまっている51付図2-9(2))。また、従業員数が16%以上伸びていた企業を除いてみても、製造業と同様、高収益企業での雇用の伸びが全体的に小さくなっている。

以上のことから、非製造業において高収益企業と低収益企業の間での従業員の伸び率格差が縮小したのは、製造業と同様に高収益企業の雇用の伸び率が小さくなっていることに加え、雇用の伸びが大きくなる新規上場企業が少ないため、ということが分かった。

労働移動の円滑化と新規事業の創出等により、雇用のダイナミズムを回復させる必要

これまでの分析結果をまとめると、上場企業について、生産性の低い企業から高い企業への労働力のシフトの動きが徐々に弱まっている要因として、(1)製造業では、低収益企業で雇用減少が小幅にとどまること、(2)非製造業では、新規上場企業が少なくなっていること、(3)製造業・非製造業共に、高収益企業での雇用の伸びが小さくなっていること、が挙げられる。上記のうち(1)については、労働移動を円滑化させることが重要であることを示している。また、(2)については、成長分野に進出する企業が増えることが重要であることを示唆している。この点、いわゆるベンチャー企業(新規創業)だけでなく、既存企業において事業転換が進められることの効果も大きいが、近年、我が国では事業転換(製品転換)を行う企業が減少しているとの指摘がある52。また、(3)の背景については、人材の確保が困難化している可能性もあり53、ミスマッチの解消等によって、高収益企業がより容易に雇用を増やせるようにすることが重要である。

相対的に高収益企業の従業員の伸びが小さくなっている中で、雇用のダイナミズムも低下している。雇用変動のばらつき(標準偏差)の推移をみると、製造業・非製造業共に、低下が続いている(第2-2-7図)。

雇用のダイナミズムと経済成長の間には、どのような関係があると考えられるだろうか。長期的な成長力という点では、技術革新や新たな需要の掘り起こしに成功する企業の存在は、我が国の潜在成長率を高めると考えられるが、こうした企業が多いほど、企業単位でみた製品・サービスの需要のばらつきを大きくさせることを通じて、雇用変動のばらつきが拡大すると考えられる。こうした観点からみると、雇用変動のばらつきが低下していることは、企業において、新たな成長分野を生み出す力が低下していることを示唆している可能性に留意する必要がある。また、製造業・低収益企業で顕著であったように、低収益部門の雇用減少が小幅にとどまっている。こうした状況の中で、成長分野への転換が進んでいない可能性も指摘できよう54

雇用のダイナミズムを回復させ、低収益企業から高収益企業へと労働力をシフトさせるために、政府においては、規制緩和等を通じて成長分野を創出していくことが求められる。また、事業の選択と集中の遅れ、リスクテイクに慎重な横並び体質55といった、日本企業に特徴的な行動様式を変えていくことや、労働移動を円滑化させていくことが必要である。コーポレート・ガバナンスの強化、多様な働き方の拡大や外部労働市場の活発化等に向けた取組を、着実に実現していくことが重要である。

3 地域の雇用と生産性

我が国全体のみならず、各地方でもそれぞれの成長力を高めていくことは、経済成長の恩恵をより幅広い主体が実感できることにつながる。地域別にみた雇用の最近の特徴点を整理するとともに、地域の生産性を高めていくことの重要性が一層高まっていることを確認する。

労働需給が引き締まるペースは地方ほど速い

雇用面からみた地域間格差はどのように推移してきたのだろうか。労働需給の引締りの程度を示す失業率と有効求人倍率について、地域間の格差を表す指標としてジニ係数56の推移をみてみよう(第2-2-8図(1))。全国の完全失業率や有効求人倍率がリーマンショック後に回復を続ける中で、ジニ係数は、横ばいないし小幅の上昇にとどまっており、地域間格差が拡大していないことが分かる。また、長期的にみると、ジニ係数は低い水準となっている。

各都道府県における2014年の有効求人倍率が長い目でみてどのような水準感にあるのかについて、2000年から2013年までのピーク対比で評価した(第2-2-8図(2))。ピーク対比100%未満の地域をみると、東京都や大阪府、愛知県など大都市圏の中核やその近郊の県が多くなっている。他方で、人口・経済規模の小さい地方では、2014年の有効求人倍率は2000年以降のピークを超えており、相対的に労働需給が引き締まるペースが速い。

我が国全体では労働需給が引き締まりつつあるが、特に人口・経済規模の小さい地方ほどそれが顕著になっているといえよう。

地方では、労働生産性の伸び悩みが人手不足感の高まりに寄与

このように地方において労働需給の引き締まるペースが速い要因として、何が考えられるだろうか。考えられる以下の3つの仮説について、それぞれ検討していこう。

まず、最初に考えられる仮説は、消費活動を行う総人口に対して、生産活動を担う生産年齢人口の減少の方が大きいこと(生産年齢人口比率が低下)、すなわち人口動態に起因する供給面の制約である。我が国全体についてみると、生産年齢人口比率が低下していることが、労働需給の引締りの要因として指摘されることが多い。しかし、都道府県別にみると、人口規模の小さい地域ほど、生産年齢人口比率の低下幅が小さいことが分かる(第2-2-9図(1))。これは、人口規模の小さい地域ほど出生率が高く、少子化による生産年齢人口の減少ペースが、総人口の減少ペースに比して緩やかであることによる。したがって、地方ほど労働需給が引き締まるペースが速い要因として、生産年齢人口比率の低下が寄与しているわけではない。

次に考えられる仮説は、経済のサービス化や高齢化等により、人手を多く必要とするサービス産業が経済活動に占める割合が高まっていることである。我が国全体としてみると、趨勢的な経済のサービス化等を背景に、非製造業を中心として労働需要が拡大してきた経緯がある。非製造業は、製造業に比べれば機械化が進んでおらず、労働集約的な産業である。この点に関して、都道府県ごとの経済活動に占めるサービス産業等のウェイトをみると、人口規模が大きい地域ほど、同ウェイトが高い傾向がみられる(第2-2-9図(2))。この背景として、(1)所得水準が高いほどサービスに対する需要が大きくなるなど、大都市と小規模都市では消費の需要構造が異なっていること、(2)大都市では人口密度や所得水準が高いことによってサービス産業等の収益性も高くなるため、企業の事業展開が活発に行われていること、等が考えられる。また、サービス産業等のウェイトの変化をみると、人口規模との関係はほとんどみられない(付図2-11)。したがって、需要構造の変化が、地方における労働需給が引き締まるペースに強く影響しているとも結論づけられない。

最後に、労働生産性の伸び悩みについて検討してみよう。1単位の財・サービスを生み出すためにより多くの労働力を必要とする場合(労働生産性が低い場合)、人材供給や需要構造が同様であっても、労働需要が大きくなり、人手不足感が高まりやすいと考えられる。そこで、サービス産業等の労働生産性の変化をみると、人口の減少率が大きい地域ほど、生産性の上昇幅が小さい傾向がある(第2-2-9図(3))。サービス産業では、「消費と生産の同時性」があることから、地域の需要変動が、生産性に与える影響が大きい。このため、地方では、人口減少による需要密度の低下が、サービス産業等の規模の経済を喪失させることを通じて生産性の伸びを抑制していると考えられる。この結果、地方ほど、人手不足感の高まり方が大きい可能性がある。

賃金格差が大きい状態が続く中で地方からの人口流出は継続

地方ほど人手不足感の高まりが大きくなっているが、地方への労働力の移動はどうなっているだろうか。地方の経済成長にとっても、人手不足が供給面の制約とならないためには、労働力の確保がより重要な課題である。しかしながら、むしろ地方からの人口の流出が続いている(第2-2-10図(1))。

この点に関して、賃金と人口の流出率の関係をみると、賃金水準が低い地域ほど人口の流出率が高くなるという、はっきりとした関係がみられている(第2-2-10図(2))。また、地域別の所定内給与額の推移をみると、東京とそれ以外との差が、緩やかな拡大を続けている(第2-2-10図(3))。地方の人手不足感は高まっているものの、それが大都市と地方の間の賃金格差を縮小させるには至っていない。むしろ、先にみたような、サービス産業を中心とする労働生産性の上昇幅の格差が、賃金の格差拡大につながり、地方において必要な労働力の確保を困難にしているといえよう。したがって、地方における人手不足による経済成長への負の影響を和らげるためには、労働需給の違いを反映した価格メカニズムによる調整を期待するだけでは不十分な可能性があり、地方の労働生産性を高めていくことが重要である。

集積の効果を高めるほか、地域ごとの稼ぐ力を伸ばすことで、生産性を高める必要

ある地域の経済は、地域住民の生活を支える産業と、他の地域・国との財・サービスのやり取りを通じて対価を得る産業とに分けることができる。後者は、対外的な稼ぐ力を有する産業であることを意味し、地域の特色が強く反映されると考えられる。それぞれの産業の労働生産性を向上させるためには、どのような取組が求められるだろうか。

まず、住民の生活基盤を支える産業として、個人サービス業の労働生産性についてみると、産業計と比べて、人口密度が高いほど労働生産性が高いという関係性がより明確である(第2-2-11図(1))。前述のとおり、サービス産業では「消費と生産の同時性」があることから、地方では、人口減少による需要密度の低下が、個人サービス業の規模の経済を喪失させることを通じて、労働生産性を抑制する効果が大きい。人口の減少を抑制する取組とともに、都市のコンパクト化と公共交通網の再構築を始めとする周辺等の交通ネットワーク形成など集積の効果を高めるための都市や町の在り方を検討していくことが求められる。

次に、対外的な稼ぐ力を有する産業について検討してみよう。我が国全体としてみると、対外的な稼ぐ力を有しているのは製造業であるとの見方が一般的である57。製造業と地域経済との関わりを振り返ると、1985年のプラザ合意以降に進んだ為替の円高方向への動きなどの経営環境の変化や、地方での交通網の整備を背景として、賃金と地価が相対的に低い地方での立地を進めてきたことが指摘されている58。ただし、こうした製造業の企業立地行動は、近年は変化している可能性がある。立地選定先の都道府県別シェアについて、1995年から2013年までの変化をみてみると、大都市圏やその近郊のシェアが高まる一方、地方圏のシェアが小さくなる傾向がみられる(第2-2-11図(2))。この背景には、我が国の製造業全体として、海外との比較優位が変化する中で、優位性を持つ部門への特化が進んできた動きと関係があるとみられる。アジア諸国等での技術水準の向上もあって、汎用的な分野については海外拠点を有効に活用するとともに、国内拠点ではより先端的な分野に特化する動きが進んできた。こうした中で、研究・開発の重要性が一段と増しており、こうした機能が集中しやすい大都市圏への立地が増えてきたものと考えられる。

我が国全体の競争環境が変化する中で、地域経済は、自身の潜在的な稼ぐ力の所在について、より明確に意識し、その力を伸ばしていくことが求められる59。生産性の高い農業の育成、訪日外国人や高齢者等の旅行需要の取り込み、企業の集積や地域の気候・特産品を活かした製造業の拡大など、地域ごとに成長の方向性を見定めていくことが重要である。また、それぞれの稼ぐ力を伸ばしていくためには、生産性の高い事業・企業の創出が不可欠である。地方でのイノベーションの活性化は、地域経済の自立にとっての重要な課題であり、自治体による適切なサポートのほか、地域金融機関等による「目利き」力の発揮などが求められる。


(37)加藤・永沼(2013)などを参照。
(38)雇用の変動率の産業間標準偏差。全体の雇用者数の伸びからのかいりを集計しており、雇用変動のばらつきの大きさを示している。
(39)産業分類の変更のため、2008年以降のみ比較可能となっている。
(40)複合サービス事業の減少には、2007年10月の郵政事業民営化によって、当該部門の就業者が複合サービス事業から運輸、郵便業へと振り替わった影響が含まれる。
(41)総務省「就業構造基本調査」によると、製造業からの転職者のうち、医療、福祉へと転職した者は8%に過ぎない(分類不能を除くベース)。
(42)デニソン効果は、労働生産性の水準が相対的に高い業種の労働投入シェアが高まることが、マクロの労働生産性上昇率を高めることを示している。
(43)デニソン効果の意味することをやや詳しく述べると、業種別にみた寄与が正/負のいずれかを取るかは、労働投入の伸びが全体に比べて大きいか/小さいかによって決定される。したがって、就業者数が相対的に減少している製造業では、必然的に負の値を取ることになる。こうした就業者数の変化が、労働生産性の水準の相対的な大きさと就業者数の割合によってウェイト付けして集計されたものが、デニソン効果となる。これらの要因分解については、付図2-8を参照。
(44)「就業構造基本調査」によると、同一産業への労働移動が約4割を占めている(分類不能を除くベース)。
(45)これらの点は、内閣府(2013)においてより詳しく指摘されている。この中では、日本・アメリカ・ドイツについてみると、ROAと経済成長率の間には高い相関があることも示している。なお、資本集約的/労働集約的な産業か否かが、ROAの水準に影響しているかを確認するため、財務省「法人企業統計調査」により製造業の素材業種と加工業種のROAを比較したが、時系列的にみても大きな差はみられなかった。
(46)ドイツの非製造業については、データ数が少なかったことから、掲載していない。また、非製造業には中小企業が多く、上場企業による本分析では非製造業全体の傾向を捕捉できていない可能性に留意が必要である。なお、製造業では、海外展開の進展を背景として、海外子会社での収益・雇用の変動の影響を強く受けるとみられる。このため、データが入手可能な日本についてのみ、単体ベースのデータを用いている。
(47)第2章第1節を参照。
(48)データを連続して取得できた上場企業という限られたサンプルによる比較であることに注意が必要であるが、非上場企業等における雇用変動が小さい、あるいは上場製造業企業の雇用者数の変動を相殺するような動きがあるために、結果としてマクロの雇用者数の変動が平準化されている可能性がある。
(49)ここでは、2013年度と2006年度のデータを比較する。雇用に関するマクロ統計の動きを比較すると、就業者数は2013年:前年比+0.7%、2006年:同+0.5%、完全失業率は2013年:4.0%、2006年:4.1%である。なお、それより前の時期(2000年代前半)については、企業データのサンプル数が少ないこともあり、分析の対象としないこととした。
(50)製造業と非製造業の違いは、後述するように、パートなど非正規雇用者の割合が異なることによるとみられる。
(51)ただし、2014年については、上場企業数がやや大きく増加する動きもみられている。
(52)川上・宮川(2013)を参照。
(53)内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)では、2005年1-3月期を始点とした場合に、最終需要と雇用誘発係数を用いて試算した誘発雇用者数(理論値)に対して、実際の雇用者数の伸びが小さく、両者のかいりはリーマンショック前と比べても大きいことを指摘している。
(54)我が国では、終身雇用が定着する中で、事業の多角化によって余剰労働力の企業内再配置が行われてきた傾向が指摘される(團(2013))。そうした多角化の中で、収益性の高い新規事業の創出が行われる限りにおいては、雇用の安定と収益性の向上が両立できたものと考えられる。
(55)我が国の企業の特徴として、ROAの分布が狭く、諸外国に比べて企業間の異質性が小さいことがよく指摘されている(亀田・高川(2003)、内閣府(2013))。ROAの分布について直近のデータをみても、その傾向は変わらない(付図2-10)。
(56)失業率を算出する「労働力調査」は、都道府県別に表章するように標本設計を行っておらず(北海道と沖縄県を除く)、標本規模も小さいことなどから、結果精度が十分に確保できない。このため、失業率のジニ係数は、地域ブロック別のみを算出している。
(57)もっとも、最近では、アジア諸国の所得増加に加え、2012年秋以降の円安方向への動きや、ビザ発給緩和・免除措置等を背景に、訪日外国人旅行者数が増加したことにより、旅行の貿易特化係数が改善を続けているなど、サービス分野についても我が国の稼ぐ力に変化がみられる。詳細は、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2015)を参照。
(58)櫻井(2014)を参照。
(59)総務省や経済産業省では、HP上で、特化係数等により地域ごとの稼ぐ力を把握する方法を参考として公開し、地域産業構造の分析を容易にする取組を始めている。
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