第1節 我が国経済の立ち位置
景気は、2013年に入って持ち直しに転じ、日本の実質GDPはリーマンショック前の水準を回復した。こうした状況を踏まえ、本節では国際比較や中期的な観点から世界経済における我が国経済の立ち位置を確認する。最初に、2013年の景気持ち直し局面の特徴を確認するとともに、リーマンショック後のGDPの推移を主要先進国・地域と比較する。我が国経済の動向を見る際にも重要となる世界経済の中長期的な変化についても整理する。次に、大震災からの復旧・復興について、生産、雇用などの主要項目別に現状を点検し、今後の課題を明らかにする。その後、主要先進国・地域と比べて低調に推移してきた企業部門、堅調さが目立つ家計部門の順にその動向について詳しく見ていく。
1 リーマンショック後の景気動向と世界経済の変化
最初に、2013年の景気持ち直し局面の特徴を確認するとともに、リーマンショック後のGDPや需要項目の推移を主要先進国・地域と比較することにより、我が国経済の特徴や主要先進国・地域との共通点を把握する。次に、我が国経済の動向に影響を与えている世界経済の中長期的な変化について整理する。最後に、主要先進国・地域と比べて弱さが目立った輸出を中心に対外収支の動向を振り返る。
(1)日本経済の新たな出発
2013年に入って我が国経済は再び持ち直しに転じた。最初に、2013年の持ち直し局面を過去の景気回復局面と比較するとともに、リーマンショック後の景気動向を振り返る。次に、GDPや主な需要項目の推移を主要先進国・地域と比較し、リーマンショック後に見られる我が国経済の特徴や主要先進国・地域との共通点を明らかにする。
●再び持ち直しに転じた日本経済
景気は2013年に入って持ち直している。2012年秋以降、新しい内閣の経済政策への期待などから為替レートが円安方向に推移し、株高が進んだ(第1-1-1図(1))。安倍内閣発足後は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略からなる「三本の矢」に一体的に取り組むとの方針の下、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」の策定(1月11日)、政府と日本銀行による共同声明の発表(1月22日)、日本銀行による「量的・質的金融緩和」の導入(4月4日)などが行われた。こうした一連の取組を受けて、円安方向への動きや株価の上昇はその後も続き、2013年以降、家計や企業のマインドが改善し、産業空洞化1の懸念が後退する動きも見られる(第1-1-1図(2))。
実体経済面では、2012年11月以降、自動車販売がエコカー補助金の反動減から持ち直しに転じ、2013年以降、家計のマインドが改善する中で、2013年1-3月期の個人消費は外食やレクリエーションを中心に前期比0.9%増と大きく増加した。底堅い海外景気などを背景に輸出も増加に転じた。この結果、2013年1-3月期の実質GDP成長率は前期比年率4.1%の高い伸びとなった(第1-1-1図(3))。支出の増加が生産の増加につながり、それが所得の増加をもたらすという経済の好循環に向けた動きが見られる。
景気の持ち直しはリーマンショック後2回目となる。リーマンショックの影響で急速に悪化した景気は、2009年1-3月期に底入れし、持ち直しに転じた。実質GDPは2011年前半に大震災の影響で一時的に減少したものの、その後も増勢を維持した。しかし、2012年年央にエコカー補助金の効果の一巡を受けて個人消費が減速し、これと同じタイミングで欧州政府債務危機を背景に世界景気が減速する中で輸出が大幅に減少した。このため、景気は急速に弱い動きとなり、実質GDPは2012年4-6月期から2四半期連続で減少した。2013年に入って、景気は2012年年央から続いてきた弱い動きを脱し、2回目の持ち直しに転じた。
リーマンショック後の需要項目の基調を確認するため、2008年7-9月期を起点とした実質GDPの累積成長率と需要項目の累積寄与度を見ると、個人消費は大震災の影響で2011年前半にプラス幅が縮小したものの、総じて底堅く推移し、2013年に入って底堅さを増したことから累積では最大の寄与となっている(第1-1-1図(4))。公需も継続的に成長を下支えし、2012年以降は復興需要を背景に寄与を高めた。一方、設備投資と輸出がこの間の成長を主に押し下げた。設備投資は2011年10-12月期まで累積寄与のマイナス幅を縮小してきたが、その後はマイナス寄与が拡大している。輸出については、リーマンショック後の急減で大幅なマイナス寄与となった後、緩やかながらも累積寄与のマイナス幅が縮小していたが、2012年後半に再び拡大し、2013年に入って縮小に転じている。
●2013年の景気の持ち直し局面は個人消費が主導
2013年の景気の持ち直し局面について、1999年以降の景気持ち直し局面と比較し、その特徴を確認しよう。実質GDPは過去の局面と比べて平均的な持ち直しテンポとなっているものの、需要項目の内訳を見ると個人消費が強く、輸出は弱い(第1-1-2図)。これまでは輸出が景気の持ち直しを主導してきたのに対し、2013年の輸出は99年の持ち直し局面の次に低い伸びにとどまっている2。一方、個人消費は2009年に次ぐ高い伸びとなっている。2009年の持ち直し局面では、後述するように2009年4月からのエコカー補助金、同年5月からの家電エコポイント導入が個人消費を大きく押し上げたのに対し、今回の個人消費はこうした支援策が実施されていないにもかかわらず、高い伸びとなっている。
その背景には、安倍内閣の経済政策への期待や大胆な金融緩和を通じて、急速な株高の進行などのマーケットの動きを受けて家計のマインドが改善し、個人消費を中心に好影響が及びつつあることがある。マインドの改善テンポは過去の持ち直し局面と同程度となっているものの、景気ウォッチャー調査の現状判断(2013年3月)、先行き判断(同年4月)は過去最高水準となっている。また、円は対ドルで2012年11月から17%程度下落し、株価は45%程度上昇するなど市場の反応の大きさと持続性は過去の局面と比べて際立っている(第1-1-3図)。2013年の持ち直し局面は、経済政策などに市場が大きく反応していること、こうした動きが家計や企業のマインド改善を通じて個人消費を中心に実体経済に好影響を及ぼしているという点で従来の景気持ち直し局面とはメカニズムが大きく異なるものとなっている。
●実質GDPはリーマンショック前の水準を回復、名目GDPは伸び悩み
リーマンショック後の景気動向について、我が国経済の特徴や主要先進国・地域との共通点を確認するため、2008年7-9月期を100としたGDPや主な需要項目の指数の推移を主要先進国・地域と比較してみよう。実質GDPの推移を見ると、リーマンショック後の日本の実質GDPの落ち込み幅は主要先進国・地域と比べて最も大きかった(第1-1-4図(1))。経済対策の効果3もあってその後の持ち直しテンポは速く、2010年7-9月期には主要先進国・地域で最も高い水準に回復した。しかし、その後は大震災の影響や2012年年央以降の景気の弱い動きを受けて、アメリカやドイツより低い水準にある。2013年に景気が持ち直しに転じたことでリーマンショック前の水準を回復した。
一方、名目GDPの推移を見ると、日本以外の主要先進国・地域はリーマンショック前の水準を回復している。これに対し、日本の名目GDPは、再びデフレ状況に陥る中で横ばい圏内で推移しており、リーマンショック前を約4%下回る水準にとどまっている(第1-1-4図(2))4。
●底堅い個人消費と弱い輸出が日本の特徴、設備投資の弱さは主要先進国・地域で共通
主要先進国・地域と比較すると日本の個人消費の底堅さが際立っている(第1-1-4図(3))。個人消費は、エコカー補助金や家電エコポイントなどの政策効果を背景にリーマンショック後の回復テンポは主要先進国・地域と比較して最も速く、大震災の影響で一時的に落ち込んだ後も、2012年1-3月期まで急速に回復した。その後は、政策効果のはく落などから弱い動きとなったものの、2013年に入って持ち直し、アメリカをやや上回る水準となっている。
一方、輸出は他の主要先進国・地域と比べて極端に弱い(第1-1-4図(4))。リーマンショックの影響で急減5し、その後、2010年4-6月期まで急速に持ち直したものの、それ以降は緩やかな増加にとどまった。その背景には、円高とデフレの悪循環の懸念もあって、いわゆる産業空洞化が進んだことや大震災、タイの洪水の一時的な影響による下押しがあったと考えられる。2012年年央以降は欧州政府債務危機を背景に世界景気が減速する中で、2四半期連続で大幅に減少した。この結果、主要先進国・地域の輸出がいずれもリーマンショック前の水準を上回っているのに対し、日本の輸出はリーマンショック前の9割以下の水準にとどまっている。日本の輸入は、2011年4-6月期まで他の主要先進国・地域と比べて緩やかなペースで増加した(第1-1-4図(5))。その後は原子力発電所の停止に伴う鉱物性燃料の輸入増加などを背景に、2012年4-6月期まで増加テンポが高まったものの、2012年7-9月期以降は横ばい圏内の動きとなっている。
設備投資の弱さは主要先進国・地域で共通しており、いずれもリーマンショック前の水準を回復していない(第1-1-4図(6))6。特に、ユーロ圏では欧州政府債務危機による需要減退や信用収縮などを背景に弱い動きが続いている。日本の設備投資は2011年10-12月期に大幅増となった後は減少基調となり、回復率は英国、ユーロ圏の次に低い。
(2)世界経済の中長期的な変化
リーマンショック以降、世界経済は企業部門や金融部門でのリスクに対する慎重姿勢の強まり、主要先進国・地域で進む財政緊縮などの中長期的な変化を経験している。こうした変化はリーマンショック後の我が国経済の動向に影響し、今後の基調にも一定の影響を及ぼすと考えられる。以下では、こうした世界経済の中長期的な変化について整理する。
●主要先進国・地域の企業部門や金融部門で強まるリスクに対する慎重姿勢
主要先進国・地域の企業部門や金融部門では、リーマンショック前と比べてリスクに対する慎重な姿勢が強まっている。設備投資を行い、雇用期間の定めのない雇用者を雇用することは、企業部門のリスクに対する姿勢と密接な関係があると考えられる。先に見た主要先進国・地域の設備投資が総じて低迷している状況は、企業部門がリスクをとることに慎重であることの表れといえる(前掲第1-1-4図(6))。また、テンポラリー労働者の割合を見ると、リーマンショック前の水準を下回る国はほとんどなく、企業部門のリスクに対する慎重姿勢は雇用の面からもうかがえる(第1-1-5図(1))。
金融部門でもリーマンショック以降、リスクに対する慎重姿勢が強まっている。主要先進国・地域の金融機関のレバレッジの推移を見ると、リーマンショック後、全ての国・地域で低下している。英国やアメリカでは、リーマンショック前の信用バブルで高くなりすぎたレバレッジが正常化する過程にあることもあって、レバレッジの低下が著しい。一方、日本では、資金需要の低迷などを背景に、主要行のレバレッジが大きく低下している(第1-1-5図(2))。
欧米の金融部門が信用バブル崩壊後のデレバレッジの過程にあるのに対し、日本の金融システムはバブル崩壊後の長期にわたる取組もあって相対的に安定している。バーゼルIII7の国際的な導入(コラム1-1)など規制強化の動きが進む一方、金融市場ではテールリスクがほぼなくなり、市場環境は好転しつつある。こうした状況と内外の景気の持ち直しに伴う資金需要の回復は、日本の金融部門にとってこれまでにない成長の好機となっている8。
●日本以外の主要先進国・地域で進む財政緊縮
2010年以降、財政緊縮が急速に進んでいる点は日本以外の主要先進国・地域で共通している9。リーマンショック後、金融危機への対応や景気後退による税収の減少により財政赤字が大幅に拡大した。こうした財政赤字の拡大に歯止めをかけ、財政の持続可能性を確保するため、2010年以降、日本を除く主要先進国・地域は財政健全化に向けて一斉に大幅な財政緊縮へと転じた。財政収支の推移を見ると、その赤字幅はいずれも縮小傾向にある(第1-1-6図(1)、後掲第1-3-15図)。ただし、景気の回復テンポが緩やかなものとなる中で、税収の回復が小幅にとどまっていることなどから、黒字に転じた国はない。日本を除く主要先進国・地域において、歳出削減を中心とした緊縮的な財政スタンスが続いたことは、日本の輸出の弱さと個人消費の相対的な強さの一つの要因となった可能性がある10。
こうした状況を受けて、政府債務残高が高水準に達する国が増えている(第1-1-6図(2))。政府債務残高が大きい国では経済成長率が低下する傾向にあるとの研究もある11。長期金利が名目GDP成長率を一定期間上回る可能性がある中で財政の持続可能性を確保するため、主要先進国・地域の財政緊縮は今後も一定期間続く可能性が高い12。こうした状況下で、先進国・地域では、特に大幅な金融緩和が行われている。このことが相対的に財政制約が少なく、金融緩和余地の大きい新興国の存在感の拡大につながっていると考えられる。
●新興国の消費市場としての重要性の高まり
主要先進国・地域は、企業部門・金融部門で強まるリスクに対する慎重姿勢、財政緊縮、家計のバランスシート調整などの影響から、総じて低い成長率にとどまっている。これに対し、新興国は海外からの旺盛な資本流入や人口の堅調な増加などを背景にリーマンショック後の世界経済の回復をけん引している(第1-1-7図(1))。新興国が世界経済の成長をけん引する構図は2000年代初頭から続いているものの、リーマンショック後は特に消費市場としての重要性が高まっていることが特徴である13。新興国の個人消費は2000年代半ばにかけて高い伸びとなったほか、リーマンショック後の大幅な落ち込みからも急速に回復しており、バブル崩壊後のバランスシート調整などで個人消費が低い伸びにとどまる先進国とは対照的な動きとなっている(第1-1-7図(2))。
中国と中国以外の新興国に分けて見ると、中国では特に消費市場としての役割が高まっている。中国では、2012年に15歳から59歳の生産年齢人口が初めて減少に転じ、経済の供給面で一つの節目を迎えた。賃金上昇による生産コストの上昇を背景に生産拠点としての優位性も相対的に薄れている。一方で、消費者の購買力の高まりを背景に個人消費の伸びは今後も堅調に推移すると見込まれている。我が国企業の中国における現地法人数の推移を見ると、製造業の伸びは大幅に鈍化する一方、非製造業の法人数の伸びが高まっており、生産拠点としての進出から消費市場の拡大を見据えた進出への変化が数字にも表れている(第1-1-7図(3))。中国以外の新興国の現地法人数を見ると、消費市場の拡大を背景として、中国と同様に非製造業の法人数の伸びが著しい。同時に、新たな生産拠点としても選択されていることを背景として、製造業の法人数も緩やかな増加傾向にある。
これまで日本の企業部門は新興国市場において特に低・中所得者層向けの財やサービスの展開で欧米諸国や韓国、中国と比べて出遅れているとの指摘もあり14、日本の輸出の弱さにつながった可能性もある。新興国市場での事業展開を通じて、その成長の果実を国内に還元していく重要性は、今後、一層高まると考えられる15。
●シェール革命や原発事故を契機とした世界のエネルギー供給構造の変化
アメリカ発のシェール革命(コラム1-2)や大震災による原発事故を契機として、世界のエネルギー供給の構造が大きく変化しつつある。IEA(国際エネルギー機関)は、2012年見通しにおいて、2035年時点の世界の天然ガス生産量におけるシェールガスのシェアは14%に達し、シェールオイルは2020年時点で世界の原油生産量の4.7%を占めると試算している16。特に、シェールガスによる供給構造への影響が大きい天然ガスについては、2035年時点の世界の供給量のベースライン17を9.6%増(37石油換算兆トン→41石油換算兆トン)と大幅に上方修正した(2010年見通しとの比較)(第1-1-8図(1))。一方、原子力については、中国などの新興国で引き続き根強い需要があるものの、先進国を中心に原子力発電のあり方を見直す動きが出ている。IEAは主要国の政策の先行きは不透明としつつも、2035年時点の世界の原子力発電による供給量のベースラインを10.6%減(12石油換算兆トン→11石油換算兆トン)と大幅に下方修正した(2010年見通しとの比較)。
これらの背景には、シェールガスなどの生産が増加するとともに、2035年時点で天然ガス需要の約4割を占める電力部門において、先進国を中心に天然ガスへの需要が拡大することがある。この結果、2035年時点のエネルギーの供給構成について、原子力の割合を1.0%ポイント引き下げ、天然ガスの割合を1.5%ポイント引き上げている(2010年見通しとの比較)(第1-1-8図(2))。同時に、2035年の天然ガス価格について、アメリカ、ヨーロッパ、日本の輸入価格(2011年価格)を平均で5.1ドル/MBtu引き下げている(2010年見通しとの比較)18。
これまでのところ世界のエネルギー価格が落ち着いている背景には、新興国の景気回復が総じて弱いものにとどまっていることのほか、世界のエネルギー供給構造の変化がエネルギー価格の上昇を緩和する要因となっていることがある。LNG(液化天然ガス)輸入量の増加と輸入価格の上昇に直面する日本は、こうした良好な環境が続く間に新たなエネルギー供給構造を確立していく必要がある。
シェール革命を受けて、アメリカではシェールガス・オイルの開発や流通、天然ガス火力発電、石油化学などの様々な分野で新規投資が見込まれている。我が国企業がその需要を取り込み始めている事例も見られており、今後、その一層の拡大が期待される。また、アメリカからのLNG輸入拡大などを通じて日本のLNGの輸入価格引下げに資することも期待される。
●情報通信技術(ICT)による成長機会の拡大
ICTは、あらゆる領域に活用されるツールとして、先進国はもとより途上国でも経済成長のエンジンとして期待されている。ICT産業の拡大とICT利用部門での利活用による生産性向上を通じた成長という面では、クラウドコンピューティングやソーシャルネットワークサービス、立体を造形できる3D(3次元)プリンターなどの技術革新が続いている。また、世界規模でのインターネットの普及によるマーケットの形成により、新たな成長機会も生まれている。医療や環境、貧困問題などの社会的課題の解決への貢献も期待されている。このため、世界的に設備投資が伸び悩む中でも、アジア・太平洋地域を中心にICT投資の成長が見込まれているほか、モバイルインフラを中心にICTインフラへの投資も大幅に伸びている19。
日本は、世界最先端のICTインフラの構築を成し遂げたものの、その維持管理・更新を行っていく上で、いくつかの課題に直面している。また、ICTの普及・利活用面では、非製造業でのICT活用の遅れやハードウェアに偏った活用、ICT人材の質・量両面での不足などの課題を依然として抱えている20。
一方、日本はクールジャパンに代表される豊富なコンテンツ、今後世界で成長が期待されるモバイルインターネット分野などで強みを有している。また、大震災後のエネルギー制約に対応するため、スマートグリッドの導入に向けた官民の取組が既に始まり、国民生活を支える社会的基盤としての社会保障・税番号制度の導入も決定された。日本の強みを生かすとともに、世界が今後、直面する課題にフロントランナーとして取り組み、その処方箋を示すことにより、世界の成長を取り込む機会が到来している。
1-1 バーゼルIIIの最近の動向と経済への影響
リーマンショックの経験を踏まえ、自己資本比率規制の見直しやレバレッジ比率21、流動性カバレッジ比率(LCR:Liquidity Coverage Ratio)22に関する規制の導入を主な内容とするバーゼルIIIが2013年1月1日から順次導入されている。バーゼルIIIの導入に当たっては、日本を含む14の国・地域がバーゼルIIIに係る最終規則を公表している(コラム1-1-1表)。しかし、アメリカ、EUを含む5つの国・地域はバーゼルIIIを具体化するための国内規制の発効に至っていない(2013年3月時点)。
バーゼルIIIの導入が経済に与える影響については、IIF(国際金融協会)は日本などの実質GDP成長率が最大で毎年0.7%ポイント下押しされると評価している一方で、BIS(国際決済銀行)は日本を含む15の先進国・地域の経済成長へのマイナスの影響は0.03%ポイントにとどまるとしている(コラム1-1-2表)。バーゼルIIIの基準を満たすために必要となる資本増強額の大きさや基準を満たすために要する期間、さらに試算の対象国・地域の違いもあって、影響の大きさには幅がある。
1-2 シェール革命と我が国経済への影響
シェールガス23は、2000年代に入ってアメリカを中心に採掘が進展している。その技術を転用することでシェールオイルも2009年以降、開発が進んでいる。アメリカでは、シェールガスの生産増加により需給バランスが緩和した結果、天然ガス価格は低下傾向にある。一方、日本の天然ガスの調達価格は現在、主に原油価格連動型の長期契約となっているため、上昇傾向にあり、水準も海外と比べて高い(コラム1-2図(1))。
大震災以降、原子力発電所が順次停止されたことに伴い、発電電力量に占める原子力のシェアは2011年2月の33%から3%(2013年1月)へと低下している24。その代替電源としてLNG火力発電への需要が高まり、火力発電電力量のシェアは60%から90%へと上昇している。その結果、エネルギー源別の輸入シェアでも、LNGの調達比率は2010年度の20.4%から2011年度の23.5%へと大幅に上昇している(コラム1-2図(2))25。
こうしたことから、アメリカ産のLNGへの期待は大きいものの、現在、同国のLNGはFTA締結国に優先的に輸出するよう定められており、FTAを締結していない日本が輸入する場合には、FTA締結国よりも厳しい審査が必要となっている。アメリカ政府は、天然ガスの輸出がアメリカ経済にとって利益が大きいと判断し、輸出規制の緩和を検討している。こうした動きを見据えて、アメリカでは我が国企業が参画するLNGの輸出計画26も動き出しており、アメリカからの輸出の一刻も早い実現が期待される。仮に審査中のプロジェクトが全て許可されるとともに、検討中となっているガス価格連動での調達分が実現した場合には、日本のLNG調達価格は、LNGの輸入全てを原油価格連動型の契約で調達する場合と比較して最大15.2%(2020年時点)低下するとの試算もある27。
(3)対外収支の動向
主要先進国・地域と比べて、リーマンショック後の日本の輸出の弱さが目立っている。こうした輸出の弱さも一因となって、日本の経常収支黒字は急速に縮小している。リーマンショック後の対外収支の動向を整理するとともに、日本の輸出の弱さの背景を探る。
●経常収支黒字は2007年以降、縮小傾向で推移
経常収支黒字は2007年をピークに縮小傾向にあり、2011年以降は2年連続で急速に縮小した(第1-1-9図(1))。所得収支やサービス収支が比較的安定的に推移する中で、貿易収支の黒字がリーマンショック後に急減し、2011年以降に赤字に転じたことが経常収支の黒字縮小の主な要因となっている28。貿易収支の推移を見ると、リーマンショック後に輸出金額が急減し、その後も低水準で推移する中で、2010年以降、輸入金額が急増した結果、貿易収支が赤字に転じたことが分かる(第1-1-9図(2))。
●2011年の貿易収支赤字化は、輸入価格の上昇、輸出数量の減少が主因
貿易収支(通関ベース)の変化を輸出入の数量・価格要因に分けて、2011年の貿易収支赤字化と2012年の貿易赤字拡大の要因を確認しよう。輸出について見ると、輸出価格は2011年、2012年とほとんど変化していないが、輸出数量は2011年以降、大震災、タイの洪水、欧州政府債務危機を背景とした世界景気の減速の影響などから減少が続いており、2012年は赤字拡大の最大の要因となった(第1-1-10図(1))。品目別の輸出数量の推移を見ると、2012年は一般機械の減少が最大の寄与となっているが、この背景には後述するように欧米諸国や中国などの設備投資の低迷があると考えられる(第1-1-10図(2))。
一方、輸入について見ると、鉱物性燃料価格の上昇を背景とした輸入価格の上昇が2011年の貿易収支の赤字化に最も寄与し、2012年も引き続き赤字拡大の要因となっている。また、鉱物性燃料の輸入数量の増加などを背景に、輸入数量の増加も小幅ながら継続的に貿易収支の赤字化に寄与している(前掲第1-1-10図(1))。
大震災後の輸入数量増加の一因となった鉱物性燃料の輸入数量の推移を見ると、2011年4月から2012年3月にかけてLNGの輸入数量が大幅に増加したものの、2012年5月の泊原子力発電所の停止を最後に、火力発電への代替が一巡したこともあり、LNGの輸入数量は高水準で横ばいとなっており、輸入数量面からの赤字拡大は一服している(第1-1-10図(3))29。一方、鉱物性燃料価格については、円安方向への動きの影響を受けて、2013年以降急上昇しており、この結果、輸入金額も急増している(第1-1-10図(4))。
●輸出相手国の景気低迷と円高が輸出を押下げ
主要先進国・地域との比較でも日本の輸出の低迷は際立っていた(前掲第1-1-4図(4))。また、貿易収支の赤字化の主因の一つは輸出数量の伸び悩みである。輸出数量関数の推計から、その要因は以下の通り整理できる30(第1-1-11図)。
第一に、最も影響が大きいのが所得要因(輸出相手国の景気動向)である。輸出の所得弾性値は1.9となっており、リーマンショック後から2009年3月にかけて輸出を最大30%程度押し下げた。リーマンショック後に輸出が急減した最大の要因は、世界景気との連動性が高い日本の輸出構造と主要輸出相手国の景気の急速な悪化にあったといえよう。その後は、世界経済の緩やかな回復を受けて、マイナス寄与は縮小に転じ、2011年末には押上げ要因に転じた。しかし、2012年に入って世界経済に景気減速の動きが広がったことから、押上げ寄与は小幅のまま横ばい圏内で推移した。2013年に入ってからは、世界経済に底堅さも見られるようになったことから、押上げ寄与は緩やかな増加基調にある。
第二に影響が大きいのが価格要因である。輸出の価格弾性値は-0.8と所得弾性値と比べて低いものの、特に、リーマンショック後に急速に進んだ円高は、実質実効レートベースで25%(2008年7月から2012年7月までの上昇率)に達し、輸出数量を継続的に押し下げてきた。その押下げ幅は2012年11月に14%ポイント程度に達したものの、2012年秋からの円安方向への動きを受けて、押下げ幅は緩やかに縮小しつつある。
第三の要因が海外生産移転の進展である。海外現地生産比率の弾性値は-0.07となった31。内閣府の企業行動に関するアンケート調査(2012年度)の結果を見ると、現地・進出先近隣国の需要が旺盛又は今後の拡大が見込まれることを主な理由に、海外現地生産比率は上昇基調にあり、輸出を継続的に押し下げる要因となっていることがうかがえる。ただし、この間の押下げ効果は小幅にとどまったと試算された。
リーマンショック後、主要通貨に対し円だけが上昇する状況(円の独歩高)が続いてきたが、2012年秋以降、為替レートは円安方向に転じている。2013年に入り、輸出は持ち直しの動きが見られるが、円安方向への動きの輸出押上げ効果が徐々に顕在化し、海外景気の底堅さとあいまって、増加に向かうことが期待される。
2 大震災からの復旧・復興の動向
大震災からの復旧・復興の現状と課題を整理する。特に被害の大きかった岩手県、宮城県、福島県(以下、「東北3県」という)の復旧・復興事業の進捗を確認した上で、東北3県の生産、設備投資、雇用、住宅着工の推移を比較し、東北3県で復旧・復興の進捗に差は見られるのか、見られるとすればその背景は何かに焦点を当てて点検する。
●復旧・復興事業は進んでいるものの、道半ば
最初に、復旧・復興事業の進捗を確認する。大震災前の2011年2月を起点とした東北3県の公共工事請負金額の累積寄与度の推移を見ると、復旧・復興事業の進捗は大きく3つの局面に分けられる(第1-1-12図(1))。最初に、2011年6月以降、主にがれき処理の実施に伴い、岩手県が大きくプラスに寄与し始めた。次に、同年10月以降、宮城県でもがれき処理工事の本格化を背景に伸びが高まった。最後に、2012年5月以降、福島県において関係自治体との協議などを経て国・地方公共団体の大型の除染事業が動き始めたことから伸びが高まっている32。
東北3県の主なインフラの総延長に占める本復旧完了割合を見ると、主要な直轄国道はほぼ完了しており、鉄道では約9割まで回復している。ただし、一部のインフラでは、復旧完了割合と住民の実感に乖離が生じており、利便性の向上が課題となっている33。被災地の復旧・復興事業については、その円滑化・加速化のため、2013年1月の復興推進会議において、今後の事業規模と財源について見直しが行われ、6兆円の復興財源を追加で確保することが決定された。これにより、「集中復興期間」(2011年度から2015年度)における財源は従来の19兆円程度から25兆円程度に増額された(第1-1-12図(2))。
●生産はおおむね全国平均並みに回復しているものの、業種によってばらつき
東北地方の鉱工業生産は、大震災から1年が経った2012年春頃には全国平均並みに回復し、その後は全国とおおむね同じ動きとなっている(第1-1-13図(1))。東北3県の生産を見ると、回復が大幅に遅れていた宮城県の生産も2012年夏頃には東北地方とほぼ同水準に回復した(第1-1-13図(2))。しかし、2012年年央から後半にかけてのエコカー補助金の効果のはく落を受けた自動車の生産調整などを背景に、東北3県の生産はいずれも大きく減少し、大震災前の水準と比べて9割前後の水準となっている。
次に、主要業種別に東北3県の生産の推移を見ると、東北3県の主力産業である輸送機械では、大手自動車メーカーの生産拠点設立に伴い、岩手県の生産が大震災前の約1.5倍の水準まで増加しており、岩手県の生産回復に輸送機械が大きく寄与している(第1-1-13図(3))。また、復旧・復興需要から、岩手県と宮城県では窯業・土石製品が2012年以降、大震災前を大幅に上回る水準で推移している(第1-1-13図(4))。一方、水産加工を含む食料品・たばこでは、特に浸水被害の大きかった宮城県で生産の回復が遅れている(第1-1-13図(5))。このように、東北3県の生産はおおむね全国平均並みに回復しているものの、業種によってばらつきがみられる34。
●東北地方の設備投資は製造業で減速、非製造業で持ち直し
次に、設備投資について確認しよう。ここでは、データの制約から東北地方の業種別の設備投資実績と設備投資計画を全国と比較し、県別のデータが公表されている岩手県、福島県の動向も参照する35。2012年度の東北地方の設備投資は2年連続で増加し、前年度比17%増と全国と比べても高い伸びとなった。20%前後の高い伸びが続く岩手県がけん引するとともに、福島県も1%増の増加に転じた(第1-1-14図(1))。製造業では東北地方と岩手県が全国より高い伸びとなったのに対し、福島県は2年連続で減少し、2012年度は前年度比36%減と減少幅が拡大した(第1-1-14図(2))。一方、東北地方の非製造業が全国と比べて強い動きとなる中で、特に福島県は前年度比58%の高い伸びとなっている(第1-1-14図(3))。
2013年度の設備投資計画を見ると、全国の製造業が2013年6月調査で前年度比6%の増加に転じたのに対し、東北地方、岩手県、福島県の製造業は計画が下方修正された結果、前年度から減少すると見込まれている。一方、非製造業については、2013年6月調査で東北地方、岩手県、福島県が上方修正され、特に福島県は前年度比14%の増加が見込まれている36。
先行きを考えるため、設備投資を取り巻く環境を点検しよう。2013年度の経常利益計画を見ると、東北地方は前年度比増加に転じ、全国より高い伸びとなっている。特に、福島県は2013年6月調査で上方修正され、前年度比16%増と伸びが高まると見込まれている37(第1-1-15図(1))。設備過剰感を見ると、2012年後半の景気減速を背景に東北地方の製造業は過剰感が高まっていたものの、2013年に入って低下しつつある。ただし、福島県は過剰感が高く、横ばい圏内で推移している。一方、復旧・復興需要を背景に東北地方、岩手県、福島県の非製造業では不足超となっている(第1-1-15図(2))。
●構築物投資は岩手県、宮城県で先行、福島県も増加へ
東北3県の構築物投資の推移を見ると、岩手県、宮城県では津波被害の復旧・復興需要などを背景に2012年前半まで高い伸びとなったものの、2012年末にかけて減速傾向が顕著となっている。これに対し、福島県では原発事故などの影響から回復が遅れており、2012年春頃から目立った増加が見られ始めている(第1-1-16図(1))。
被災地の構築物投資をエリア別に見ると、宮城県や岩手県の沿岸部では2011年秋以降、構築物投資が高い伸びとなり、両県の水準を押し上げている一方、福島県の沿岸部を中心とする避難指示区域では2012年秋以降、ようやく前年比で小幅ながら増加が見られる(第1-1-16図(2)~(4))。沿岸部での構築物投資の遅れが岩手県、宮城県と福島県の間における設備投資の回復テンポのずれの主な要因となっている。
●労働需給は再び改善傾向も、依然としてミスマッチが課題
東北3県の労働需給の動向を見ると、2012年1-3月期から年末にかけて、製造業を中心とした雇用情勢の悪化などから新規求人数が減少したものの、2012年末からは再び増加傾向にある(第1-1-17図)。また、人口減少や就職決定などにより有効求職者数も減少傾向にある。こうした新規求人数の増加、有効求職者数の減少を背景として、東北3県の有効求人倍率も上昇基調にあり、1倍を超える水準となっている。
この背景を確認するため、業種別の雇用人員判断DI?38を見ると、大震災の直後は雇用の過剰感が一時的に高まったものの、2011年10-12月期以降、非製造業で大幅な不足超が続いていることから、全産業でも不足超となっている(第1-1-18図)。一方、製造業では、エコカー補助金の効果はく落などを受けた自動車の生産調整の影響や景気の弱い動きを受けて、2012年4-6月期から10-12月期にかけて、過剰感の高まりが見られたものの、2012年10-12月期以降は過剰感が低下し、岩手県では2013年に入って不足超に転じている。
改善傾向にある労働需給を雇用者数の増加へと結び付けるためには、ミスマッチの解消が課題である。詳細なデータが利用可能な宮城県のミスマッチの動向を確認すると39、大震災の直後には、構造・摩擦的失業率、需要不足失業率ともに大きく上昇したが、その後の復興需要の発現に伴う労働需要の拡大もあり、需要不足失業率は低下傾向にある。一方、構造・摩擦的失業率は、2011年10-12月期以降も緩やかに上昇している(第1-1-19図(1))。
津波の被害が大きい沿岸部における2011年10-12月期以降のミスマッチ40の推移を見ると、一般労働者では専門・技術的職業における有効求人シェアと有効求職者シェアの差が2012年半ば頃まで縮小し、その後おおむね横ばいとなっているのに対し、事務の有効求人シェアと有効求職者シェアの差は拡大している(第1-1-19図(2)、(3))。販売・営業の有効求人シェアと有効求職者シェアの差もやや拡大している。パート労働者でも事務の有効求人シェアと有効求職者シェアの差が拡大している。生産や設備投資の一層の拡大にはこのような雇用のミスマッチを解消していくことが求められる。
●住宅着工戸数は岩手県、宮城県の沿岸部で高い伸び
最後に、住宅着工戸数について見ると、岩手県や宮城県では大震災後の数か月間は2010年を下回る水準となったものの、2011年夏以降は総じて2010年を上回る水準に転じ、2012年に入ってからは増加ペースが高まっている(第1-1-20図(1))。岩手県の沿岸市町村では、2012年以降、2010年の3倍を上回る高い水準の着工が続いている。宮城県では、2011年後半から2013年にかけて、沿岸市区町村でも県全体でも着工ペースが着実に高まっており、2013年に入ってからは2010年の2倍を超える水準となっている。福島県の避難指示区域を含む市町村でも、大型の除染事業が動き始めたこともあり、2012年半ば以降は住宅着工が2010年の水準を上回る月も見られ始め、住宅再建が徐々に進みつつあることが確認できる。
このように東北3県での住宅再建には一定の進展が見られるものの、住宅ストックの復旧・復興はまだ緒についたばかりである。住宅ストックの復旧・復興状況を確認するため、岩手県、宮城県の住宅被害の大部分が生じた沿岸地域や福島県の避難指示区域を含む地域の住宅着工戸数(2011年4月からの累計)と大震災による全壊棟数を比較すると、最も高い宮城県でも27.6%、最も低い福島県では20.4%といずれも低い水準にある(第1-1-20図(2))。また、仮設住宅の入居戸数は4.8万戸であり41、「住まいの復興工程表」42などの着実な実施が求められている。
1-3 東北3県における雇用のミスマッチ
大震災から2年以上経過し、東北3県における雇用情勢は改善傾向にある一方で、その改善状況は、業種で違いが見られる。以下では、東北3県所在の事業所を対象としたアンケート調査結果に基づいて、業種別の雇用のミスマッチ状況を点検する43。
雇用人員判断DIを見ると、大震災直前より大震災後の方が業種間のばらつきが大きくなっており、業種間における人手不足感の差が震災前より拡大していることが示唆される(コラム1-3図)。製造業と非製造業の各業種を比較すると、大震災後は、特に非製造業での人手不足感が強まっている。建設業では、大震災発生4か月後には顕著に不足感が強まり、その後も不足感は強まっている。このように業種間格差が拡大した背景としては、業種間の復旧・復興状況の違いや復旧・復興需要から受ける影響の違いなどが挙げられる。
建設業では、復旧・復興に伴う公共工事の増加などにより求人自体は多いにもかかわらず人手不足となっている背景として、技術者・施行管理者や有資格労働者の不足といった職種・技能のミスマッチが指摘されている44。このような建設業における雇用対策として、事業主が行う教育訓練への助成や離職者等を対象とした建設機械運転等の職業訓練などが実施されている45。
一方、製造業では、人手不足感が他業種と比べて高くなく改善の動きも見られる。製造業の中でも、水産食料品製造業の復旧・復興を進めることや、高付加価値化を促すことは、関連する卸・小売業などの活性化にもつながることから、非製造業への波及効果も期待される。
3 企業部門の動向
日本も含めて主要先進国・地域の設備投資はリーマンショック前の水準を依然として下回っている。その背景として、設備投資を行う企業部門、投資資金を供給する金融部門でリスクに対する慎重姿勢が強まっていることを確認した。また、主要先進国・地域の中で日本の輸出の弱さが際立っていた。こうした厳しい環境下にある日本の企業部門の状況について、生産、企業収益、設備投資の順に点検する。
(1)生産の動向
輸出や設備投資の弱さは既に確認したが、そうした動向が生産に与えた影響を中心にリーマンショック後の生産の動向を振り返る。
●低迷が続いてきた生産は2012年末から持ち直し
日本の生産は、主要国・地域と比べて低迷が続いており、その水準はリーマンショック前の85%にとどまっている(第1-1-21図(1))。リーマンショック後の生産の動向を振り返ると、リーマンショックの影響で約3割の大幅減となったものの、2010年初めまではアジアを中心とした海外経済の堅調な成長、経済対策の効果などを背景に持ち直した(第1-1-21図(2))。しかし、その後は、2010年秋からのアジアでのIT関連財の生産調整、大震災によるサプライチェーンの寸断、タイの洪水などのショックに見舞われ、横ばい圏内で推移した。2011年末から始まった2回目のエコカー補助金46が生産を下支えしたものの、2012年年央にその効果が一巡するタイミングで欧州政府債務危機を主因とした世界景気の減速を背景に輸出が大幅に減少したため、生産は減少に転じた。2012年末以降は、エコカー補助金終了による新車販売減少の一巡やアメリカ、中東向けの自動車輸出の増加などを背景に持ち直している。
なお、2012年5月以降の生産調整や2012年末以降の出荷の持ち直しを受けて、在庫は2012年7月をピークに減少傾向にあり、在庫率も依然として高い水準ではあるものの、低下が続いている。
●輸出と内外の設備投資の低迷が出荷を押し下げ
これまで見た輸出や主要先進国・地域の設備投資の低迷が生産に与えた影響を把握するため、輸出向け、国内向けに分けることができる鉱工業出荷の動向を確認しよう。2005年の鉱工業出荷に占める割合は、輸出向けは資本財が4%、その他の財が15%で合計19%である。一方、国内向けは資本財が12%、その他の財が69%で合計81%となっている47。2008年7-9月期を起点とした出荷の累積成長率と輸出向け資本財、輸出向けその他の財、国内向け資本財、国内向けその他の財の寄与度を見ると、2013年1-3月期の約19%の出荷減少のうち、輸出向け資本財が1%ポイント、輸出向けその他の財が約4%ポイント、国内向け資本財が約3%ポイントのマイナス寄与となっている(第1-1-22図(1))。寄与率は、輸出向け資本財が約5%、輸出向けその他の財は19%、国内向け資本財は15%である。この寄与率と2005年の鉱工業出荷に占める割合を比べると、輸出向けその他の財が約4%ポイント、輸出向け資本財が約1%ポイント、国内向け資本材が約3%ポイントそれぞれ上回っている。輸出と内外の設備投資の低迷が出荷ひいては生産を特に下押ししてきたことがうかがえる。
どの国・地域の設備投資の動向が輸出向け資本財の出荷に特に影響を与えたのかを確認しよう。アメリカ向けの資本財出荷は、2012年初めにアメリカの設備投資とおおむね同じ水準まで回復している。ただし、設備投資の回復が緩やかだったことから、資本財出荷はおおむねリーマンショック前の水準にとどまっている(第1-1-22図(2))。EU向けの資本財出荷は、弱い動きが続くユーロ圏の設備投資をさらに下回る水準で推移しており、リーマンショック前の6割強の水準にとどまっている(第1-1-22図(3))。一方、中国やアジアNIEs諸国の設備投資はリーマンショック後も増加基調にあるにもかかわらず、円高による日本の資本財の価格競争力の低下やこれらの国における資本財の内製率の上昇などを背景にその成長を取り込むことができていない。中国向けの資本財出荷はリーマンショック前と同水準、アジアNIEs諸国向けの資本財出荷はリーマンショック前の8割程度にとどまっている(第1-1-22図(4)、(5))。
(2)企業収益の動向
企業収益は、キャッシュフローの増減を通じて設備投資の動向に影響を与える。リーマンショック後の企業収益の推移を振り返るとともに、為替レートの変動が企業収益に与える影響について整理する。
●企業収益はリーマンショック前の水準を回復
経常利益の推移を見ると、リーマンショック後に大幅に減少したものの、全規模・全産業ではリーマンショック前の水準を回復している(第1-1-23図(1))。業種別に見ると、リーマンショック後の持ち直し局面終了後は、世界景気の回復が緩やかなものにとどまったことや円高を背景に製造業が総じて弱い動きとなっているのに対し、非製造業は個人消費や公需の底堅さを背景にリーマンショック前を上回る水準で推移している。2012年年央以降に景気が弱い動きとなる中で売上高の減少を背景に製造業を中心に弱含んだものの、同年10-12月以降は製造業を中心に改善している。
輸出や設備投資などの需要が低迷する厳しい環境に直面する中で、リーマンショック直後の経常利益の回復には、製造業、非製造業ともに主に人件費の削減が寄与した(第1-1-23図(2)、(3))。2010年から2011年にかけては売上げの回復、2011年以降は非製造業を中心として、売上高減少に伴う原材料費の減少など変動費の抑制が寄与した。2012年後半以降は、非製造業において人件費の削減が経常利益を押し上げている。なお、リーマンショック後から2010年4-6月期まで収益の回復や人件費の削減を受けて労働分配率は低下したものの、その後は緩やかな上昇傾向にある(第1-1-23図(4))。
●円安方向への動きの影響で製造業を中心に企業収益は増加
2012年秋以降、ドル円の為替レートは円安方向に推移している。円は対ドルで9月28日の78円から99円台前半(2013年7月1日現在)まで、約21円下落している。こうした大幅な円安が企業収益に与える影響を把握するため、企業の想定為替レートが1円変化したときの経常利益修正率を推計したところ、全産業では1円の円安で企業収益は年ベースで1.0%増加する結果となった(第1-1-24図)。非製造業の収益が年ベースで0.4%増にとどまるのに対し、製造業では素材業種の押上げ効果は低いものの、輸送用機械などの加工業種での押上げ効果が大きく、全体として年ベースで1.7%増加する。円安の影響は業種によって異なるものの、全体で見れば外貨建ての資産や所得の為替評価差益の増加、輸出採算の好転などを通じて企業収益の改善につながると期待される。
(3)設備投資の動向
企業収益がリーマンショック前の水準を回復しているにもかかわらず、日本の設備投資は低い水準にとどまっている。以下では、業種別・規模別の動向からその要因を探る。
●製造業は低い稼働率、非製造業は期待成長率の低下が投資を抑制
リーマンショック後の業種別の設備投資の推移を見ると、製造業ではリーマンショック後に急減した後、2010年4-6月期から緩やかながら回復傾向にあったが、2012年7-9月期以降は、景気減速を受けて弱い動きとなっている(第1-1-25図)。これに対し、非製造業ではリーマンショック後に急減した後、低水準のまま横ばい圏内で推移してきたが、2011年末以降底堅い動きとなっている。また、2012年10-12月期以降、設備過剰感はおおむね解消し、7-9月期には不足超に転じる見通しとなっている。
設備投資の動向には、既に確認したキャッシュフローのほか、実質金利や期待成長率、稼働率などが影響を与える48。製造業の設備投資が弱い動きにとどまっている背景には、この間の生産や稼働率の低迷の影響が特に大きいと考えられる。リーマンショック後の主要先進国の製造業の稼働率を比較すると、他の国の稼働率が緩やかに回復する一方、日本の稼働率は低い水準で推移している。製造業の割合が高い日本において、製造業の稼働率が他国と比べて低い水準にとどまったことが設備投資全体を下押しする要因となった(第1-1-26図(1))。
一方、非製造業の設備投資が底堅い動きにとどまった要因としては、特に企業の期待成長率の低さが挙げられる。企業は今後の経済成長率を想定し、それに見合った最適資本ストックを実現するように設備投資の水準を決定する。したがって、期待成長率が低下すれば必要な資本ストック水準が低下し、設備投資は抑制されることになる。資本ストック循環図からみた期待成長率49を確認すると、1995年の期待成長率は2%程度であったが、2000年代には0.7%程度の水準が循環の中心点となり、2009年以降は0.5%を下回る水準となっている(第1-1-26図(2))。国内市場への依存度が高い非製造業では特に期待成長率の影響が大きいと考えられる。業種別の資本ストック循環図を見ると、製造業と比べて非製造業の期待成長率の低下が顕著であることが確認できる。
このように設備投資は、低水準で回復力も弱いものにとどまっているが、円安方向への動きと長引くデフレからの脱却に向けた政策対応を受けて、企業マインドや収益環境が改善し、輸出にも持ち直しの動きが見られることから、今後は徐々に持ち直していくことが期待される。ただし、その回復が力強さを増すためには、大胆な金融緩和によって実質金利を低下させることに加え、成長戦略の実施などの取組を通じて、企業の期待成長率を引き上げていくことが重要となる。
4 家計部門の動向
日本の個人消費は、リーマンショック後、主要先進国・地域の中でも底堅さが目立っていた。最初に、どのような品目や年齢層が個人消費のけん引役となっているかを確認するとともに、2012年秋以降の株価上昇の消費押上げ効果を把握する。次に、個人消費を支える所得の動向について、国民総所得(GNI)、雇用者報酬、一人当たり雇用者報酬・雇用者数、可処分所得の順に点検し、個人消費の強さの背景を探る。最後に、個人消費と同様に底堅く推移してきた住宅投資の動向を振り返る。
(1)好調な個人消費とそのけん引役
個人消費は2009年の景気底入れ以降2012年まで総じて底堅く推移し、2013年に入ってからははっきりと持ち直してきた。財の形態別、地域別、年齢階級別の個人消費の動向から、そのけん引役を確認するとともに、2012年秋以降の株価上昇による消費の押上げ効果を試算する。
●耐久財消費が個人消費をけん引
最初に、主要先進国・地域の中で日本とほぼ同じ水準まで個人消費が回復しているアメリカと比較しつつ、どの財がけん引役となっているかを見てみよう(第1-1-27図(1))。日本の耐久財消費は2009年1-3月期の景気底入れ後、増加基調で推移している。アメリカでも2011年4-6月期以降、雇用環境の改善や自動車販売の回復などから伸びは高まっているものの、日本の耐久財消費の力強さが目立つ。
2012年までの耐久財消費の力強さはリーマンショック後の各種の政策対応50と大震災で先送りされた需要(ペントアップディマンド)によるところが大きい。2008年7-9月期を起点とした耐久財消費とその内訳の累積寄与度を見ると、家電エコポイント制度の対象3品目は2009年4-6月期以降一貫して耐久財消費を押し上げている(第1-1-27図(2))。自動車については、リーマンショック後に新車販売台数が落ち込み、エコカー補助金の反動減や大震災などの影響で一時マイナス寄与となったものの、2011年後半からはプラス寄与に転じている。
また、大震災のペントアップディマンドや被災地の生活再建に関連する消費も2011年末から2012年後半にかけて個人消費を一時的に押し上げたと見られる。大震災以降の個人消費を基礎的品目と選択的品目51に分けて、前年と比べて増加した品目数の割合(DI)を確認すると、2011年末から2012年後半にかけて選択的品目で増加する品目数が東北地方を中心に増加した(第1-1-27図(3))。大震災後に供給制約や消費者マインドの冷え込みで抑制された選択的品目の消費が2011年末以降徐々に回復したものと考えられる。
●高齢者消費が個人消費を継続的に下支え
次に、年齢階級別の個人消費の動向を確認しよう。世帯主が60歳以上の世帯(以下、「高齢世帯」という)の2009年から2012年の年平均支出額を見ると、60~64歳の支出額が全世帯平均支出額の約340万円を上回っている一方、65歳以上の支出額は全世帯平均を下回っている(第1-1-28図(1))52。2007年から2013年1-3月期までの個人消費支出総額と年齢階級別消費支出額の寄与を見ると、こうした支出額の多い60~64歳世帯の割合が高まったことから、消費支出額はリーマンショックや大震災の後も総じてプラスに寄与している(第1-1-28図(2))。ただし、当該期間は、団塊世代の大半53が55~59歳、60~64歳の年齢階級に含まれる。今後は、2009年から2012年の支出構造を前提とすれば、団塊世代が全世帯平均より支出額の低い65歳以上の世帯に順次移ることにより、高齢世帯の消費は個人消費の押下げ要因となり得ることに留意が必要である。
●2013年に入って株価上昇が個人消費を押し上げ
2012年までは政策効果や大震災のペントアップディマンドの発現といった一時的要因が個人消費を押し上げた。これらの一時的要因が2012年後半から年末にかけてはく落したにもかかわらず、個人消費は2013年に入ってむしろ底堅さを増している。その主な要因としては、株価上昇による資産効果が挙げられる。株価は2012年秋から約45%上昇し、その結果、2013年1-3月期の家計の株式保有残高は2012年10-12月期と比べて約38%増加した。
株価上昇が個人消費をどの程度押し上げたかを把握するため簡単な消費関数を推計したところ、株式保有残高の弾性値(株式保有残高が1%増加したときに個人消費が何%増加するか)は0.02となった(第1-1-29図(1))。この弾性値を用いると、株価上昇は2013年1-3月期の個人消費を約1%程度押し上げたと試算される。また、60歳以上の高齢世帯の株式保有額の弾性値は60歳未満の1.5倍程度となっており、株価上昇の影響は高齢世帯で特に大きい。2013年1-3月期の個人消費増加への寄与が特に高齢世帯で大きかった背景には、こうした高齢者消費の性質があったと考えられる(前掲第1-1-28図)。
一方、次に確認するように所得はリーマンショック後、底堅く推移してきたものの、2012年末から2013年1-3月期にかけて横ばい圏内で推移しており、今回の持ち直し局面においては、これまでのところ個人消費の押上げにあまり寄与していない。ただし、第1章第2節で確認するように、円安方向への動きなどによる企業収益の改善は賃金に波及する兆しも見られ始めている。個人消費の所得弾性値は0.5程度と大きいことから、今後、経済再生に向けた取組などを通じて雇用と所得が増加し、個人消費の回復が一層力強さを増していくことが期待される(第1-1-29図(2))。
(2)底堅い所得動向とその背景
個人消費の底堅さの背景には、所得が底堅く推移してきたことがある。国民総所得(GNI)、雇用者報酬、一人当たり雇用者報酬・雇用者数、可処分所得の順に点検し、底堅い所得の源泉を探る。
●実質GNIの伸びが実質GDPを下回る中で、労働者にも一定の分配
最初に、国民全体の所得水準を表す実質国民総所得(GNI)の動きを確認しよう。2009年1-3月期の景気底入れ後、世界景気の緩やかな回復などに伴い、実質GDPが持ち直し、海外からの所得の純受取もプラス寄与を維持してきたのに対し、交易損失が拡大を続けたため、日本の実質GNIの伸びは実質GDPの伸びを下回って推移してきた(第1-1-30図)。2011年の交易損失は対GDP比3.4%に達し、ドイツやアメリカと比べても突出している。リーマンショック後、為替レートが円高基調で推移したにもかかわらず、これを所得流入の拡大につなげることができなかったことになる。
日本の交易条件は、2009年第3四半期以降、円ベースの輸入価格が上昇基調で推移する一方、輸出価格の上昇が限定的であったため、悪化基調で推移してきた(第1-1-31図)。日本の輸出財の非価格競争力が弱まった結果、新興国との厳しい価格競争にさらされる中で、原油などの輸入価格上昇によるコスト増が生じても、製品やサービスの価格に転嫁できなかったことがその背景にあると考えられる。これに対し、ドイツやアメリカは輸出価格と輸入価格の動きがおおむね連動し、交易条件は横ばい圏内で推移している54。
次に、実質GNIの伸びが実質GDPを下回る中で、国民所得55のうち家計に分配される割合が高まってきたかどうかを確認しよう。労働分配率は2010年7-9月期以降緩やかな上昇基調にあり56、実質GNIの伸びが弱い中にあっても、企業から家計に一定の分配が行われていたことが確認できる。また、2009年11月からのデフレは、物価の下落を通じて家計の実質所得を押し上げ、名目で見た国民所得の労働分配率以上に企業から家計への分配を高めた面もある。ただし、労働分配率の水準は過去と比べて特に高いわけではなく、労働者への分配はリーマンショック後に大幅に高まってはいない。
●リーマンショック後の実質雇用者報酬は主要先進国・地域と比べて底堅く推移
次に、実質雇用者報酬について確認しよう。2008年7-9月期を100とした実質雇用者報酬の指数の推移を主要先進国・地域と比較すると、日本はドイツに次ぐ水準にある(第1-1-32図(1)。リーマンショックの震源地となったアメリカもリーマンショック前の水準を回復しているものの、日本よりは低い水準にとどまっている57。一方、ユーロ圏や英国はいまだにリーマンショック前の水準を回復していない。
実質雇用者報酬を一人当たり実質雇用者報酬と雇用者数に分けてみると、日本の一人当たり実質雇用者報酬は2009年4-6月期を底に増加傾向にあり、ドイツやアメリカとほぼ同じ水準にある(第1-1-32図(2))。雇用者数については、アメリカではリーマンショック後、長期にわたって雇用が大幅に減少したのに対し、ドイツでは緩やかに増加している。日本は両者の中間にあり、リーマンショック後の雇用者数の減少が小幅にとどまったため、雇用者数は横ばい圏内で推移している。
●限定的だった就業者数の落ち込み
日本の雇用者数の減少がアメリカと比較して軽微にとどまったのはなぜだろうか。第一に、景気の落ち込みに伴う雇用調整をアメリカでは雇用者数の削減により行う傾向が強いのに対し、日本では賃金の調整により行う傾向が強い点が挙げられる。実質GDPと雇用者数の関係を見ると、アメリカと比べて日本の雇用が実質GDPの動向に反応しにくいことが確認できる(付図1-1)。
第二に、2008年12月からの雇用調整助成金制度の要件緩和が雇用調整を緩やかにした可能性が指摘できる。同制度はリーマンショック後に高まっていた失業リスクが一挙に顕在化することを防ぐ効果があったと考えられる。一定の仮定を置くと、2009年後半の失業率は最大で1%ポイント程度抑制されたと試算される(第1-1-33図(1))58。
第三に、2009年以降の就業率の推移を見ると、少子高齢化の影響もあり、男女計・年齢計の就業率は低下が続いているが、15~64歳(男女計)の就業率は緩やかに上昇している(第1-1-33図(2))。このうち、60~64歳(男女計)の就業率は横ばいの後2012年に上昇し、15~64歳(女性)の就業率は上昇が続いている。高齢者や女性の雇用が比較的底堅いものとなっている。リーマンショック後の雇用増の大宗を担った非正規雇用の動向を見ると、この間、パート・アルバイトが安定して増加するとともに、2004年に改正された高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、「高齢者雇用安定法」という)59の影響で高齢者の契約社員・嘱託が増加している(第1-1-33図(2)、(3)、(4))。需要面では、デフレ下で労働コスト削減の必要性の高まりなどから企業部門で非正規雇用への需要が高まったことが考えられる。
●高齢者層の増加は一般労働者の賃金を押し下げ、パート労働者の賃金を押し上げ
日本の一人当たり実質雇用者報酬は2009年以降増加傾向にあることを確認した。この間、2004年の高齢者雇用安定法改正の影響で高齢者の嘱託が増加傾向にあり、2007年には団塊世代が60歳に達し始めた。こうした動向が平均賃金(所定内給与)に与えた影響を見てみよう。
まず、2005年以降の平均賃金の累積寄与度を見ると、相対的に賃金水準の低いパート労働者の比率が高まったことにより平均賃金が押し下げられた効果が大きい。一般労働者の賃金も2008年から2009年にかけて低下した後、おおむね横ばいで推移し、平均賃金を押し下げる一方、パート労働者の賃金が平均賃金を押し上げている(第1-1-34図(1))。
賃金カーブの経年的な変化を見ると60、2005年以降、特に55歳以上で賃金が低下(60~64歳では2005年から2012年にかけて29%低下)している。2004年に改正された高齢者雇用安定法により定年の引上げや継続雇用制度などの高年齢者雇用確保措置の導入などが義務付けられる中で、賃金水準の低い嘱託での継続雇用が広まったことが背景と考えられる(第1-1-34図(2))。
このように賃金が低下した高齢者層の増加が全年齢の平均賃金に与えた影響について見てみよう61。一般労働者では、平均賃金より高い賃金を得ていた正社員の高齢者が、①平均賃金よりも低い嘱託等62やパート・アルバイトの雇用形態に変わる場合や、②退職する場合には、平均賃金を押し下げる。逆に、③平均賃金よりも低い賃金を得ていた嘱託などの高齢者が退職する場合には、平均賃金を押し上げる。2005年以降の推移を見ると、①による効果が最も大きく、団塊世代の一部が60歳に達した2007年以降は①の押下げ幅が拡大傾向にある(第1-1-34図(3))。ただし、2012年には①の押下げ幅が縮小しており、これには団塊世代が65歳に達し、嘱託として継続雇用等される高齢者数が減少した影響が表れていると考えられる63。
一方、パート労働者では、高齢者の賃金が平均賃金よりも高いことから、正社員や嘱託などの雇用形態にかかわらず、継続雇用等された場合には平均賃金を押し上げる効果がある。2005年以降の推移を確認すると、継続雇用等による平均賃金の押上げ効果は10~15%と大きく、嘱託などとしての継続雇用等の寄与が特に大きい。ただし、一般労働者と異なり、団塊世代の影響はその推移からは確認できない。
このように、高齢者の就業行動による全年齢の平均賃金への影響は、一般労働者では平均賃金を押し下げる方向に、パート労働者では平均賃金を押し上げる方向に働いている。一般労働者の所定内給与が伸び悩む一方、パート労働者の所定内給与が増加基調にある背景の一因には、こうした高齢者の就業行動の影響もあるものと考えられる64。
●社会保障給付が可処分所得を継続的に押し上げ
所得からの分配に加えて、政府による社会保障給付などを通じた所得の再分配が可処分所得を押し上げた可能性もある。統計の利用が可能な2012年1-3月期までの可処分所得と主要項目の推移を見ると、雇用者報酬がリーマンショック後に大幅に減少し、その後も緩やかな増加にとどまったのに対し、主に年金からなる社会給付(除現物)や高齢者が主な受給者となる医療や介護の社会給付(現物)は継続的に可処分所得を押し上げ、その伸びも総じて雇用者報酬より高かった(第1-1-35図)。勤労者世帯に限られるものの、2012年以降の可処分所得の推移を家計調査で確認すると、その後も社会保障給付が総じて可処分所得を押し上げていることが分かる。一般に、退職した高齢者を含めれば社会保障給付の可処分所得への寄与はより高まると見られる。政府による年金などを通じた所得再分配が高齢者の可処分所得を継続的に押し上げてきたことが先に見た高齢者消費の強さの背景にあったと考えられる。
(3)住宅投資
家計部門では個人消費の底堅さが目立ったが、住宅投資も底堅く推移してきた。住宅取得支援施策の推移とともに、その動向を振り返る。
●住宅着工は住宅取得支援施策と復興需要の下支えで底堅く推移
住宅着工戸数は、リーマンショックの影響で2008年10-12月期から約1年間にわたって大幅減が続き、リーマンショック後の底となった2009年7-9月期の住宅着工戸数はリーマンショック前の64%の水準にまで落ち込んだ(第1-1-36図(1))65。その後は、住宅ローン金利が低水準で推移する中で、住宅着工戸数は底堅く推移している。2009年には住宅ローン減税の拡充、2010年にはフラット35Sの金利下げ幅拡大などの住宅取得支援施策がとられたことも住宅着工を下支えした。2011年半ば以降は復興需要などで回復ペースがやや高まっている。ただし、その回復テンポは総じて緩やかであり、2012年10-12月期の水準はリーマンショック前の8割程度にとどまっている。
●住宅取得層の減少などを背景に住宅投資の回復テンポは緩やか
こうした住宅投資の水準の低さが日本に特有の現象なのかを確認するため、2008年を100とした住宅投資の指数の推移を主要先進国と比較してみよう。ドイツでは2009年以降、景気が総じて底堅さを維持してきたことや堅調なリフォーム需要を背景に、住宅投資は2010年以降回復基調にあり、2008年の水準を回復している。これに対し、住宅バブルを経験したアメリカでは2005年、英国では2007年をピークに住宅投資が大規模な調整過程にあることもあり、回復力は依然として弱く、水準も2008年を下回っている。
住宅バブルの崩壊を経験していないにもかかわらず、2008年以降の日本の住宅投資の回復テンポはアメリカや英国と大きな違いは見られない(第1-1-36図(2))。この背景の一つとして、日本では主な住宅取得者層である30~39歳の人口が2006年をピークに減少していることが挙げられる(第1-1-36図(3))。世帯当たり人数の減少に伴う世帯数の増加が住宅着工を押し上げる面もあるものの、住宅取得者層の人口の減少は中長期に住宅着工を押し下げる要因となると考えられる。2013年に入ってからは、景況感の改善が進むとともに、住宅ローン金利の先高感、地価や住宅価格の下げ止まり、消費税率の引上げを見据えた駆け込み需要の一部顕在化などから住宅取得マインド66は改善が続いている。こうしたことを背景に、短期的には住宅投資の回復テンポが高まる可能性もある。一方、大震災以降、建設技能労働者の不足が続いており、住宅投資の供給制約とならないかについても注意が必要である。
①生産量要件:「最近3か月の生産量又は売上高がその直前の3か月または前年同期と比べ5%以上減少」から「最近3か月の生産量又は売上高が前年同期と比べ10%以上減少」へ変更。
②支給限度日数:「3年間で300日」を平成24年10月1日から「1年間で100日」に、平成25年10月1日から「1年間で100日・3年間で150日」へ変更。