第1節 人材を巡る三つの論点
最初に取り上げる成長基盤は人材である。企業は、様々な中間財を購入し、人を雇い、施設設備を用いて業を営む。モノを作るにせよ、サービスを提供するにせよ、企業活動にとって人材は必須の投入要素である。こうした人材の質が、一国経済の生産性や付加価値生産(GDP)を決定する大きな要因である。教育が経済成長の源泉であることは広く知られており、我が国においても、経済成長や所得向上は教育投資一般の強い動機付けであった1。しかしながら、1990年代央以降の動向を振り返ると、デフレ下の低成長が続く中、若年雇用の伸びは低位にとどまり、非正規化が進展した2。非正規化の進展は、企業内での職業能力開発の機会が正規雇用に比べて少ない者の割合が高まることを意味し、人的資本の蓄積が滞るとの懸念を惹起している。人的資本の蓄積が鈍化することで、新たな技術を生み出す能力のみならず、新たな技術変化への対応力の低下が生じれば、経済全体の成長に悪影響を及ぼしかねない。
以上の問題意識から、本節では三つの論点について取り上げる。最初に若年雇用を巡る状況を概観し、雇用と人材育成の関係について考察する。第二は、企業社会における働き方を変えてきたICT技術の担い手に着目する。ICT分野における専門性の高いエンジニアやプログラマーの需給状況や賃金動向、そして、こうした専門性の高い業種に参入できる人材育成の現状を振り返る。最後に、いわゆる外国人高度人材の確保に向けた取組、諸外国との比較や我が国への留学生の就業動向、定着に必要な政策対応などを吟味する。
1 若年層の雇用と人的資本形成
我が国の人材育成や人的資本の形成においては、企業の役割が大きいとの指摘がある。もちろん、人的資本は、企業だけでなく学校教育や職業訓練を通じても得られるが、最近では、若年層の非正規雇用比率が高まることによって、企業によるトレーニング機会を得られない者が増えているのではないかとの懸念が生じている3。そこで、ここでは非正規化に焦点を当てて若年者の雇用状況を紹介し、非正規化と学校教育の関係を検討する。その後、非正規化を念頭に企業における人材育成の現状について概観し、求められる対応策を検討する。
(1)若年者の就業状況と非正規化の進展
我が国では欧米諸国と異なり、高校や大学を卒業する者が新卒者の一括採用プロセスを通じて雇用される仕組みになっている4。この仕組みの是非については様々な議論もあるが、以下では最近の若年者の就業状況について、内定率の動きと雇用状勢の関係、また、非正規化の進展度や非正規雇用と正規雇用との関係について見ていこう。
●新卒者内定率は改善傾向、高卒内定率には少子化の影響あり
就職を希望している者のうち就職内定を受けた者の割合(内定率)と労働市場の需給(一般労働者の有効求人倍率)の間には、当然のことながら強い相関がある。過去のデータからは、0.7倍程度の有効求人倍率であれば、高卒内定率は95%程度と期待されるが、例えば、2012年度は想定される水準よりも2.1%ポイント上振れており、ここ数年の高卒内定率は有効求人倍率から想定される水準より高めになる傾向がある(第3-1-1図(1))。他方、大卒内定率と有効求人倍率の関係は安定的であり、高卒内定率のような傾向は見られない(第3-1-1図(2))。この背景には、少子化と大学進学率上昇によって高卒求職者数は減少しているものの、高卒求人数はそこまで減少していないことがある。また、大学への進学率が上昇しているため、大卒求職者は高卒求職者数のようには減少していない、といった動きがあるとも考えられる。
また、一括採用に関連した慣行としては、学校や公共職業安定所を通じた職業紹介や就職あっせんがある。こうしたルートを経由した高卒者の就職率は組織的あっせん率と呼ばれるが、その推移を見ると、2000年代前半の組織的あっせん率はおおむね8割弱の水準であったが、リーマンショック後の2年間では急落した(第3-1-1図(3))5。こうした事態に対し、政府は就職支援の強化策を実施し、その後の景気持ち直しの効果もあいまって、最近の組織的あっせん率は元の水準に戻っている6。
これらのことからは、若年者の就業は短期的な景気変動に影響されること、また、学校などのあっせんには必ずしもリーマンショックのような景気変動の影響を排除する効果が期待できるとは限らないこと、さらに、企業が必ずしも長期的な視点に立って新人を採用できるわけではないこと、がうかがえる。なお、三点目の新卒採用を巡る企業の状況については、業況の実勢変化や先行きに対する不確実性の高まりといった循環要因、経営の短期志向や従業員構造の高齢化、さらにはグローバルな競争の高まりによる海外生産シフトといった構造要因が指摘されており、これらの要因が、正社員採用枠の縮小をもたらしているとの指摘もある7。
●非正規雇用比率は上昇傾向
就職内定率が景気に応じて変動し、組織的あっせん率も景気に左右されるということは、卒業のタイミングによって就業機会を逃す者が出てくることを示唆する8。同時に、一括採用の枠組みがあることから、景気状況の厳しいタイミングに卒業年齢を迎えた世代は、一括採用枠を前提とした「待ち(留年や大学院進学など)」ができたとしても、景気回復が遅れれば、あるいは、景気が回復に向かっても雇用創出力が弱ければ、いわゆる非正規雇用という形で働く確率が高まる9。
非正規雇用比率の推移を80年代中頃から見ると、20%以下の水準から緩やかに上昇し、2013年には30%半ばとなっている(第3-1-2図)。これを年齢別に見ると、15~24歳(含就学者)の同比率は90年代後半に高まっており、その後は5割程度で推移している。この年齢層は学生を含んでおり、必然的にアルバイトなどの雇用者が含まれる。そこで、同年齢層から就学者を除くと、比率の水準は下がるものの就学者を含む比率とおおむね並行に推移しており、新卒者の非正規雇用比率が95年頃から高まり出したことが示唆され、その後は3割程度で推移している。
また、25~34歳の非正規雇用比率も、90年代中頃から2000年代中頃の10年間に倍増している。景気循環による増減であれば、こうした上方シフトは生じないことから、若年者を取り巻く雇用に構造的な変化が生じていたと考えるのが自然であろう。雇用構造面では、2000年代前半は卸・小売業、2000年代後半からは医療福祉分野における非正規雇用比率が高まっていること、非正規雇用比率の高い非製造業の雇用ウエイトが上昇していることが指摘される10。
●非正規雇用者が正規雇用者になる確率は低下
若年層における非正規雇用比率の高まりと一括採用制度を重ね合わせると、将来に渡って非正規雇用にとどまる者が増加するのではないかとの懸念が生じる。内閣府(2006)は、最初の雇用形態で非正規雇用となった者がその後も非正規雇用にとどまる確率が上昇していることを示したが、こうした見方は他の先行研究においても支持されている11。最近までの動きを確認すると、非正規雇用から正規雇用へ異動する確率は、90年代以降、傾向的に低下し、非正規雇用者がその地位にとどまる確率は80%程度となっている。また、正規雇用から非正規雇用へ異動する確率についても、90年代の20%程度から40%程度へと高まっている(第3-1-3図(1))。
もちろん、非正規雇用者の全てが正規雇用への異動を望んでいるわけではない。総務省の「労働力調査」によると、非正規雇用を選んだ理由について「正規の職員・従業員の仕事がないから」を選択した不本意型の非正規雇用の割合は、女性で14.8%、男性で31.1%(2013 年)であった(第3-1-3図(2))。仕事以外の様々な事柄との兼ね合いにより、就業形態が選択されていることがうかがえる。しかし、就職時期が「失われた20年」におおむね該当する90年代後半から2010年代前半に就職時期を迎えた世代を含む年齢階層(25~44歳)について不本意型の非正規雇用の割合を調べると、女性は16.7%とわずかに上昇する程度であるが、男性では45.0%と1.5倍に高まる(第3-1-3図(3))。また、内閣府の実施した2013年の調査においては、非正規雇用の7割が望まずに非正規雇用の状態にあり、過半数が5年以内に正規雇用へ異動したいと回答している12。
なお、「日本再興戦略」(2013年6月14日閣議決定)においては、正規雇用と非正規雇用の二極化を解消し、雇用形態にかかわらず安心して生活できる環境を整備するには、職務・職種を限定した正社員など、多元的な働き方の普及・拡大を図っていくことが重要と指摘している。また、このような職務等に着目した「多様な正社員」モデルの普及・促進を図るためには、成功事例の収集、周知・啓発を行うとともに、労働条件の明示等、雇用管理上の留意点について取りまとめ、周知を図り、あわせて業界検定等の能力評価の仕組みを整備し、職業能力の「見える化」を促進することとしている。
(2)学校などにおけるキャリア教育と雇用
調査によって違いがあるものの、正規雇用を希望する非正規雇用者は少なからずいる。こうした雇用形態を決定する要因は、本人の選好や景気要因以外にもあるかもしれない。そこで、雇用形態の違いに対し、学校などにおけるキャリア教育がどのような関係にあるのだろうかという点を検討してみよう。
●雇用形態に影響を与える可能性のある高校在学中に受けたキャリア教育
さきの内閣府の調査においては、調査対象者に対して、高校在学中に受けた職業訓練などについても質問している。こうした質問に対する回答割合が正規及び非正規雇用者の間でどの程度異なるのか、つまり、正規雇用者と非正規雇用者の間において、顕著に異なる学習上の経験差があるかどうか、という点を調べてみよう。
調査結果によると、高卒就職者の場合、在学中に「職業人(企業からの派遣講師等)による実践的な授業・ワークショップ」に参加した者の割合は、正規雇用者13が14.6%である一方、「望まずに非正規」14の雇用者が参加した割合は5.7%となっており、その差は2.6倍である。同様に、「コミュニケーションやマナーを学ぶ授業」を受けたかどうかの受講有無に大きな差がある(第3-1-4図)。
大卒就職者の場合、同様の質問(高校等在学中の教育)に対する正規雇用者と「望まずに非正規」の雇用者の回答比率のパターンに違いが生じている。まず、高卒就職者の正規・非正規の差異に影響がありそうだと考えられた「職業人(企業からの派遣講師等)による実践的な授業・ワークショップ」の参加や「コミュニケーションやマナーを学ぶ授業」を受けたかどうかという点は、大卒就業者の正規・非正規の違いにはあまり影響していない。他方、「労働法(働くことに関する法律)や就労支援の仕組みに関する授業」を受けたかどうかという点は、高卒就業者に対するよりも大卒就業者の方が受講有無の差がやや大きい。また、大卒就業者の場合には、「ボランティア活動」への参加が正規雇用者と「望まずに非正規」の雇用者の間で大きな違いとなっている15。
また、高卒就業者と大卒就業者に共通していることは、「特にキャリア教育を受けていない」と回答する者の割合が、正規雇用者よりも「望まずに非正規」の雇用者に多いという点であり、何らかのキャリア教育が正規雇用へのきっかけとなっていることを示唆している。高卒就職者と大卒就職者の間で雇用形態に影響を与えるキャリア教育の内容に差違が生じているのは、両者の就業分野の違いなどが影響しているかもしれない。
正規雇用/非正規雇用比率が需要(雇主)側の要因で決まっていれば、こうした供給(就業希望者)側の取組が功を奏さずに、一定数以上の希望者は不本意な非正規雇用者となってしまうおそれもある。しかし、先行研究によると、供給側の質的変化が需要側に働きかけることは考えられることから、こうした供給側の取組が非正規雇用比率を低下させる可能性も見込まれる16。
●高校や大学におけるインターンシップの取組には改善の余地
一部のキャリア教育が正規雇用へのきっかけとなるのであれば、それらの現状はどうなっているのだろうか。我が国の教育機関におけるインターンシップなどの実施状況からは、調査時点に違いはあるものの、キャリア教育の実施率は全ての学校教育機関において上昇基調にある。高専では既に100%であるが、高校においても8割弱で実施されている(第3-1-5図(1))。一方、個人単位での参加率については、高校生では29.0%(2011年)、大学では1.8%(2007年)と低水準にとどまっている。こうしたことを背景に、「日本再興戦略」においては、インターンシップへの参加学生の増加とプログラムの質向上に向けて取り組むこととしている。
また、高校などでのボランティア活動が大卒就職者の正規・非正規の差に影響していそうな結果であったが、関連して、こうした科目を開設している大学数は、2000年頃には20%程度であったものの、2009年には40%を超えるところまで増加している(第3-1-5図(2))17。さらに、2013年度からは、「地域キャリア教育支援協議会設置促進事業」や「キャリア教育総合推進事業」が予定されており、教育機関におけるキャリア教育の取組の強化が期待される。
これらのことから、正規雇用へのきっかけとなると考えられる取組が、ある程度は実施されているといえよう。
3-1 主要国における若年雇用の促進策
学校教育段階を含めた若年雇用を促す取組は、主要先進国共通の課題となっている。特に、高い失業率と人的資本形成の滞りが長期的な成長力に影響を与えるとの観点からは、就業や就業に資する学習を促すために積極的な雇用政策を実施する意義がある。アメリカ、英国、ドイツ、フランスの各国における取組を比較すると、「職業体験・インターン」は、いずれの国においても制度的に実施されており、教育カリキュラムに組み込まれている。「企業実習併用の職業教育訓練」については、我が国ではジョブカード制度が実施されているが、類似の公的認証や、一部の雇用費用が公的に給付されたりする仕組みが運用されている。
既卒者を念頭においた就業機会拡大のための施策については、相談・支援の部分には大差がないものの、セーフティネットに関連する施策については違いがある。我が国やアメリカにおいては、訓練などの受講は任意であるが、英国やドイツでは、訓練などへの参加と給付措置を連動させている(付表3-1)。失業給付などの一方的な支払により生計を維持させるだけでなく、技能を習得させることで再就業を促す狙いがある。
こうした促進策については、例えば、労働研究開発機構(2009)がドイツの職業訓練に関する評価をしている。そこでは、「訓練場所の確保、技術の高度化・多様化による指導員の確保が困難であることを背景に、望んでいる訓練を受けられない青少年が多い。また、一般の学校中退者は5分の1しかデュアルシステムで訓練を受けられず、卒業者との社会的格差が広がる要因となり得る」と指摘している。また、OECD(2010)もドイツの職業訓練についてレビューしており、「デュアルシステムの最終試験で実施される専門知識や技能試験が重視され、一般教養がおろそか。また、職業訓練学校との連携が弱い又は無いと答えた企業が半数を超えるといった調査もあり、連携を強化すべき」と指摘している。OECD(2009)は英国のレビューをしており、「国の認定資格数が多すぎて、どの資格が労働市場にとって価値があるものか、企業側が判断し難い」と指摘している。
我が国での取組を検討、又は既存の政策を評価する際には、こうした事例を積極的に利活用することが望まれよう。
(3)企業における人材育成投資と自己啓発を巡る現状と課題
学校などにおけるキャリア教育が正規雇用へのきっかけとなり得ることは分かったが、こうした供給側の工夫や努力が求められる理由は、企業側の雇用者に対する人的投資が正規雇用者に重点が置かれているためである。例えば、働きながら技能や知識を得るOJTを正規雇用者に実施している企業の割合は6割程度、非正規雇用者に実施している企業の割合は3割程度である。以下では、職場を離れた研修(OFF-JT)を中心に企業による人材育成の現状を見ていこう。
●若年非正規雇用へのOFF-JT実施率は正規雇用の半分程度
若年層における非正規雇用比率の高まりが人的資本投資にもたらす影響は、企業における正規及び非正規雇用者への投資動向に依存する。企業による従業員への人材育成を調査した結果によると、70%前後の事業所が正社員に対してOFF-JTを実施している一方、非正社員に対しては30%程度の事業所しか実施していない(第3-1-6図(1))。
また、従業員側の回答から20歳台のOFF-JT受講時間を比較すると、正社員の受講時間は2006年度から2011年度の6年平均で非正社員の3倍である(第3-1-6図(2))。正社員又は非正社員それぞれの中における20歳台に対するOFF-JT時間の配分を比較すると、正社員は6年平均で1.6倍、非正社員は1.1倍となっており、正社員の場合には若年層に対して重点化されているのに対して、非正社員の場合には年齢にかかわらず同程度のOFF-JTが実施されている(第3-1-6図(3))18。
こうした時間数は一つの目安に過ぎないが、非正規雇用として従事することによって生じる企業内訓練を通じた人材育成機会の減少が、個々人のライフサイクルにおける人的資本形成にマイナスとなるおそれがある。
●企業の従業員教育投資性向は安定的
次に企業が従業員教育に投じる費用について確認する。長期雇用を前提とすれば、一定の従業員教育投資が継続的に行われているはずである。調査結果を概観すると、企業の従業員教育投資性向(教育訓練費/総労働費用)は、過去25年程度の間に増減しているように見えるが、例えば少子高齢化により従業員の平均年齢が押し上げられていることも影響しているかもしれない。そこで、従業員の平均年齢の変化を調整すると、従業員教育費用の総労働費用に対する割合は特に減少しているわけではなく、企業の姿勢にはあまり変化は生じていないことがうかがえる(第3-1-7図)。
●自己啓発投資時間は増加傾向
人的資本の蓄積は自ら行うものでもある。雇用者が自己啓発に投じる費用と時間について、年齢階層別に調べた結果からは、費用は4~6万円/年で推移し、年収比では若年層が1.2~1.6%程度、中高年層は0.8%程度となっている(第3-1-8図(1))。時間数は、全体として若干の増加傾向が見られていたが、2009年度以降は減少に転じており、2011年度では80時間程度/年である(第3-1-8図(2))。正社員と非正社員で比較すると、時間については、2009年度以降正社員が減少に転じる一方で非正社員はおおむね増加の傾向にある。費用については大差なく、おおむね横ばいとなっていたが2011年度は減少している(第3-1-8図(3))19。この要因としては、訓練等給付支援金の縮小が影響した可能性も考えられる。
●学び直しに向けた大学などの取組には改善の余地
正規雇用か非正規雇用かにかかわらず、雇用者が行う自己啓発投資に関連して、大学などには、学び直しの教育サービスを提供する機能・役割が期待されている。我が国の社会人教育に占める大学の役割を概観すると、博士課程に占める社会人の入学者比率は特殊要因もあって高まっているものの、修士課程での入学比率は10%程度で、過去10年以上変化が見られない(第3-1-9図(1))20。
また、グローバルな視点から、例えばOECD加盟国間で大学入学者に占める社会人の比率を比較すると、我が国は最下位であり、大学は高校と社会の間の過程という単線的な位置付けにとどまっている。もちろん、比較対象国の中には、大学進学前に就業するという社会的な慣習や徴兵制度によって教育課程の位置付けが異なる国、又は所得などの制約により大学進学が遅くなる国もあるが、技術や知識の変化が著しい現状を踏まえると、大学が教育サービスの質的向上を図り、より社会人に近い存在、必要な存在になることが求められる(第3-1-9図(3))。
そこで、社会人の大学再入学などを阻害する要因について調べた結果を参照すると、勤務時間の長さと費用負担といった障害がある(第3-1-9図(4))。勤務時間の長さについては、ワークライフバランスの面からも改善すべき課題だが、雇主と雇用者の関係を踏まえると、職場の理解を得られないという回答とも連動した阻害要因である。平均的な大卒雇用者が年金の支給開始年齢に到達するまでの期間は40年以上であり、企業の平均的な存続期間よりも雇用者の働く期間は長い21。また、社会人の大学における学び直しに関しては、社会人のニーズに適合した教育課程がないという障害もあることから、大学側において、産業界や社会人の学び直しニーズに対応する内容と期間の教育プログラムを整備することも重要である。他方、いわゆるホワイトカラーの雇用者については、職務選択の決定権や専門性が不明瞭であり、社外で通用するような技能や知識の汎用性・雇用流動性が乏しいともいわれている22。こうした事実を踏まえると、労働移動を容易にするためにも、明確化された雇用契約の締結とライフステージに応じた雇用契約内容の変更が、雇主と雇用者の間で適切に実施できるような社会共通の契約慣行の定着が求められる。費用については、こうした人的投資によって生じる将来の追加的な稼得能力が個人に帰属する限り、原理的には自己資金か借入れによって賄うことが基本である。しかし、こうした稼得能力の向上は、社会的にもメリットをもたらすことが期待されるため、一定の社会的な支援について妥当性が確認される場合が大いにあるとも考えられる23。
社会人の学び直しを取り巻く諸課題を解決するため、政府は2013年5月に人手不足感のあるICTを始めとした理工系人材及びグローバル人材の育成などを図る支援策を提示した24。具体的には、大学などの教育機関と地域の産業界の連携を図り、オーダーメイド型の教育プログラムを開発実施する予定である。この際、奨学金制度の弾力的な運用や雇用保険制度の見直しによる社会人への支援措置、非正規雇用を含む従業員の学び直しを促す事業主への支援策を同時に手当することとしている。
3-2 主要国におけるスキルの取得環境
本文では学校教育や職場での人材育成の実施状況に焦点を当てたが、ここでは学校教育を通じたスキル獲得に要する費用及びスキルの質と獲得機会の公平性について、主要国の中での我が国の位置付けを確認する。なお、本文における正規・非正規雇用間の差とは、観点が異なる点に留意が必要である。
その結果によると、我が国のスキル取得に係る費用は3位と高い。スキル取得に係る費用は、個人費用と公的費用に分けられ、さらに授業料などの直接費用と大学に進学せずに就職していれば得られた所得などといった放棄所得(機会費用)に分類できる。個人費用については、直接費用及び放棄所得のそれぞれについて、OECD平均と比較して高負担であり、公的費用はOECD平均と比較して低負担である(コラム3-2図)。スキルの獲得機会の公平性について義務教育終了時点を一例に見ると、我が国ではスキルを獲得する機会の公平性が、統計的に有意にOECD平均より高い(付図3-2)。スキル獲得に要する費用については、その便益が個人にとどまるか、社会にも還元されるのかも踏まえ、企業も含めた公私の負担のバランスを考えることが必要である。また、取得したスキルの質の高さと獲得機会の公平性については、一定の評価ができるといえよう。
3-3 企業の寿命と雇用期間
公的年金の支給開始年齢が65歳へと引き上げられる中、退職年齢を引き上げる試みも続いている。また、再雇用制度などの普及もあって、60歳台の就業率は2000年の44%から2012年には49%へと高まっている。雇用者の平均勤続年数は、2000年以降、12年前後で横ばいの動きとなっているが、2012年時点で同一企業内の勤続30年以上になる雇用者の割合は、全雇用者の8%、30年以上の勤続が可能となる45歳以上の雇用者の20%、となっており、90年時点に比べてそれぞれ3.6%ポイント、6.8%ポイントの上昇となっている。
雇用者が長期間働ける可能性が高まることは好ましいが、企業はそこまで存続するのだろうか。2012年の一年間に10,633社(負債1,000万円以上)の倒産が観測されたが、平均的な業歴は25年程度であった(コラム3-3図(1))。なお、同年の法人企業数は110万社程度(資本金1,000万円未満除く)、会社都合の失業者数は102万人であった。倒産せずに廃業する企業もあることから、廃業率によって企業が40年間生き残る平均的な残存確率を機械的に求めると、2000年代平均で24%である(コラム3-3図(2))。したがって、40年以上の長期に渡って働き続けるということは、一度や二度の転職は当然発生し得ることであり、そうしたことを前提に社会の仕組みを作り上げていくことが、雇用安定化の鍵となるだろう。
2 ICT関連産業の動向と労働需給
ICT技術は、あらゆる財・サービスの生産活動に利用されており、その供給側であるICT関連産業の重要性は増している。我が国でも、ICT関連産業は重要視されており、人的な不足を解消するために外国人高度人材を呼び込むことも進めている。それにもかかわらず、ICT人材は引き続き不足気味となっており、専門的な人材が確保できない場合には、成長のボトルネックとなりかねない。ここではICT関連産業の動向を概観した後に、ICT関連の人材を巡る労働需給について検討する25。
(1)ICT関連産業の動向
以下では、ICT関連産業の生産や雇用者数などの動向を概観し、諸外国と比較することによって我が国における当該産業の経済的な位置付けを明らかにしよう。
●増加基調にある我が国のICT関連産業の生産
我が国のICT関連産業の付加価値生産(GDP)は拡大傾向にある。95年から2010年の間、ICT関連産業全体の名目GDPは、デフレ状況が生じていた中でも3%の増加となっており、実質では1.8倍、年平均4%の成長を続けてきた。その結果、経済全体のGDPに占める割合は95年の6%程度から2010年には11%弱へとおおむね倍増している(第3-1-10図(1))。他方、雇用者数はおおむね横ばいであり、全体に占める割合は7%弱で推移している(第3-1-10図(2))。したがって、雇用者一人当たり付加価値生産はほぼ倍増したことになる。
●ICT関連産業のうち、拡大を続けているのは情報サービス
拡大傾向にあるICT関連産業であるが、そこに含まれる全ての業種が拡大しているわけではない。まず、通信の名目GDPは15年間で4%減、実質では1.9倍となっている。実質成長率が名目成長率を大きく上回るのは、通信のデフレーターが大きく低下しているためであり、その背景には技術進歩がある。他方、情報サービスのGDPでは、名目、実質ともに増加しており、特に実質GDPは2.8倍増を記録した。この結果、ICT関連産業の実質GDPに占める情報サービスの割合は、14.6%から22.7%と拡大し、8業種の中で最も大きくなった。他方、情報通信関連製造業は、実質では増加しているものの、名目GDPは61%減と大幅に減少している。総じて、ICT分野のサービス生産は拡大するものの、財生産は縮小傾向が続いている(第3-1-11図(1)及び(2))。
雇用面においても同様であり、通信の雇用シェアがおおむね横ばいとなる中、情報サービスのシェアは95年の16.7%から2010年には34.0%へと2倍になっている。他方、情報通信関連製造業の雇用者数は66%減となっている(第3-1-11図(3))。
●OECD加盟国の中では平均水準
こうしたICT関連産業について、OECD主要国間の比較をすると、我が国におけるICT関連産業のGDPシェアは11位となっており、首位の韓国と比較すると4%ポイント、英国やアメリカと比較すると1%ポイント弱下回っている(第3-1-12図(1))。また、雇用シェアは10位となっており、首位のフィンランドと比較すると3%ポイント低く、英国と同程度となっている(第3-1-12図(2))。95年から2009年までの変化を比較すると、付加価値シェアの増加幅は1.3%ポイントで14位であり、雇用シェアの増加幅は0.4%ポイントで18位となっている(第3-1-12図(3)及び(4))。我が国の人口や経済の規模を考えると、人口規模の小さな北欧諸国のようにICT関連産業への特化が極端に生じることは想定し難いが、現状においては相対的に多くの付加価値を生み出す重要な産業となっている。
(2)ICT関連産業の労働需要
ICT関連産業全体としては、実質生産が拡大している程には雇用者数は増加しておらず、また、業種間の違いも大きい。以下では、こうしたICT関連業種の労働需要や賃金について見ていく。
●増加基調にあるICT関連の労働需要
ICT関連産業の労働需要について、情報サービス、情報通信機械器具製造業の2業種、情報処理技術者の1職種における新規求人数をそれぞれ見てみよう26。2005年以降、輸出に影響される情報通信機械器具製造業の求人数が最も大きく変動しており、リーマンショック時はもとより、2012年後半から下落傾向が顕著に見られる。リーマンショック後の求人数水準は、2005年の20%程度しかない。他方、情報サービスや情報処理技術者の求人数は、やはりリーマンショック時に大きく落ち込んだものの、その後は増加基調を維持している。求人水準についても、2005年の7割程度に回復している(第3-1-13図(1))。また、情報通信機械器具製造業と情報サービスの2業種が新規求人数に占める割合は3%程度と小さいが、その大半は情報サービスである(第3-1-13図(2))。
●情報サービスを含む情報通信は人手不足
新規求人数の水準はいまだ2005年の7割程度にとどまっているものの、雇用人員判断DIにおいては、全産業が2013年に入ってようやく過不足感がバランスする状態に至る中、情報通信は、2011年の後半以降、既に不足感のある状態になっている(第3-1-14図(1))。また、情報通信に含まれる情報サービスとその他情報通信(映像・音声・文字情報制作など)及び関連する通信については、水準や振幅には業種差があるものの、一貫して不足感が高まっている(第3-1-14図(2))。
ただし、2005年当時の不足感に比べると、その程度は小さく、求人数が7割程度にとどまっていることと整合的な結果となっている。いずれにせよ、情報サービスを含む情報通信では慢性的な雇用不足が発生している。
●ICT関連職種の賃金は相対的に高めだが労働時間も長い
次に、ICT関連職種の賃金動向を見ていこう。産業別の賃金水準を比較すると、情報通信は電気・ガスに次いで2番目に高い水準となっている(第3-1-15図(1))。当該産業に含まれるいくつかの代表的な職種の賃金(月給)と一般労働者の賃金について、所得階級別分布を比較すると、ICT関連職種の月給は、10万円台の人数が相対的に少なく、30万円以上の階級のウエイトが高い27。したがって、ICT関連職種の賃金は相対的に高めだといえる(第3-1-15図(2))。しかし、ICT関連職種は残業時間も長いため、時給で比較すると高くない(第3-1-15図(3))。賃金(基本給)の決定方式については、能力給ベースの企業の割合が全産業平均に比べて高いものの(情報通信は8割、全産業は6割)、年齢・勤続年数といった年功ベースの企業も6割程度(全産業も6割)存在することから、完全な能力給に移行しているわけではない。例えば、プログラマーのように能力がはっきりしている職種であっても、スキル以外の要素(年齢など)も給料の多寡に影響を与える傾向がある。
また、2012年のアメリカと我が国のICT関連職種の賃金(年収)について、それぞれの国における全職種の賃金に対する比率によって比較すると、アメリカにおけるシステム・エンジニア及びプログラマーの賃金は、全職種の平均年収に比べて2倍であり、我が国は1.1倍である28(第3-1-15図(4))。なお、アメリカのシステム・エンジニア及びプログラマーはICT職種全体の8割を占めている。
(3)ICT関連人材のミスマッチと育成
ICT関連業種の労働需要は堅調であり、賃金が反応するようであれば労働供給が増加して、量的な過不足感は解消されることが期待されるが、こうした調整が十分行われているようには見られない。この背景を探るには、ICT人材の種類や能力も考慮する必要があろう。以下では需給のマッチングや供給側の動向を見ていこう。
●分野によるが、総じて質の高いICT人材の不足が続く
ICT人材に対する企業の意識調査結果からは、ICT企業及びICTサービスのユーザー企業共に、量に対する不足感も若干高まっているが、質に対する不足感がより大きい。実に、9割弱の企業が質の不足を指摘している(第3-1-16図(1))。具体的に、どのような職種でICT人材を雇用していきたいかという点については、プロジェクト・マネジメント(PM)、アプリケーション・スペシャリスト(APS)、ITスペシャリスト(ITS)の三分野への需要が多い。
他方、供給される人材の相対的な分布としては、アプリケーション・スペシャリスト(APS)が多く、企業の需要と方向性は一致している。しかし、技能レベル1・2というエントリー段階の技術者が多く、業務をリードできるレベルの技術者は不足している(第3-1-16図(2))。プロジェクト・マネジメント(PM)については、高度な人材の割合が多いものの人数が相対的に不足しているように見受けられる。総じて、ミスマッチの原因は、職種ごとでの業務に関する技能水準を勘案した人数不足にある。
また、ICT関連職種の年齢別就業者数について2002年と2012年を比較すると、いずれの年についても25~29歳の人数が一番多く、若者の適応力が高いことと整合的である。一方、全体の年齢別就業者分布と比較すると、他の職種に比べ、30歳以上の就業者が少ない。10年間の比較からは、30歳以降の人数が急激に減少する傾向が見られるが、これは、システム・エンジニアやプログラマーの中には、経験を重ねるにつれ、ICT関連の他職種(コンサルタントなど)に移行したり、離転職したりする者も多いことと関係しているとの指摘もある。なお、統計上の留意点としては、係長相当職以上の者が役職者として区分され、職種別就業者数の計数から除かれるといった要因もある29(第3-1-16図(3))。
他方、システム・エンジニアやプログラマーの年齢分布を日米で比較すると、アメリカにおいては、25~34歳の階級にピークがあり、35歳以上の人数についても減少テンポは極端ではない(第3-1-16図(4))。アメリカの統計においても、マネージャー相当職の者は定義的に除かれるため、ある程度は我が国と似た統計の作成方法となっている。アメリカの結果は、システム・エンジニアやプログラマーは適応力の高い若者向きの面はあるものの、実際には、長期に渡って就業可能な仕事であることを示唆している。また、我が国の技術者不足は、若年就業者が少ないのではなく、20歳台でICT関連職種に就業した者が10年、20年と続けていくことが難しいという雇用管理上の問題もあると考えることができる。
●ICT関連の卒業者数は減少傾向
ICT関連業種の労働需要が旺盛である一方、供給は伸びずに不足感が高止まりしている背景には、少子化の影響以上に若年者の就業数が減っていることもある。ICT関連の学科などの専修学校以上の卒業者数の推移を確認すると、2000年代央頃から下落傾向が顕在化しており、全体に対する割合も2000年の7.5%から2012年には6.1%へと低下している(第3-1-17図(1))。
他方、大学卒業者のうち、専攻分野の割合が高まっているのは、保健(看護学、その他)、家政(食物学)、教育(体育学、その他)、芸術(その他)などであり、専修学校で相対的に人数が増えている学科は、文化・教養(法律行政、動物)、衛生(美容)、医療(理学作業療法、柔道整復、はり・きゅう)などである(第3-1-17図(2))。ICT関連学科の卒業生が減少する背景としては、専修学校や大学で理系離れが起こっていると指摘されているが、2012年3月の大卒就業者全体に占める工学及び理学部出身者は14%程度であるのに対して、ICT関連技術者に占める比率では55%と4倍であり、理系離れの影響を受けやすい。このうち、特に、情報系分野が含まれる工学系が占める割合の減少幅が大きく、その中でも、ICT関連学科の減少幅は1.1%ポイントと他の工学系に比べても比較的大きい。
新規就労者の減少と既存就労者の離職が進む背景としては、さきに触れたような労働時間を勘案した場合の賃金が魅力的ではないことに加え、専門家としてのキャリアパス(進路)が不明確、未整備といったことなどが指摘されている30, 31。
賃金の決定方法については、個々の雇主が創意工夫をしていくべきことであるが、プログラマーが専門職として採用されるのではなく、いわゆる総合職採用として会社都合により雑多な仕事を行うことが想定されているのであれば、こうした状況に変化はあまり見込めないかもしれない。しかし、アメリカでは全就業者平均の2倍の賃金水準が支払われる現状を踏まえると、我が国のシステム・エンジニアやプログラマーの相対賃金は一層高まること、高まらなければ需給は満たされないだろうことが推察できる。
キャリアパスについては、企業規模による違いはあるものの、システム・エンジニアやプログラマーがスキル・経験を積んでプロジェクトマネージャーになるという流れが一般的なようである。また、システム・エンジニアやプログラマーは、加齢に伴い新たな技術の習得や適応が難しいとの指摘もある。しかし、前述のとおり、アメリカの従業者数の年齢分布からは、これらの仕事は年齢が上がっても続けられる性質のものと考えられる(前掲第3-1-16図(4))。我が国のコンピュータ関連産業の歴史が浅いわけでもなく、また、技術者に不足が生じているにもかかわらず中高年層技術者が少ない点は、社内的な労働過不足を社会的に調整できていないことを示している。技術者/技能者が就社ではなく就職をし、必要とされる職場へ転じていくことが可能となるような、職の性格と賃金の関係を踏まえた雇用管理制度の確立や運用が望まれる。相対賃金の是正に加えて、こうした職としての道筋が明らかになれば、専門職を志向する学生などの関心も高まるものと期待される。
●我が国はICTを使った教育に遅れが見られる
ICT関連学科の学生数が低迷していることは、それ以前の初等中等教育と関係があるのだろうか。2009年にOECDが実施したPISA2009では、デジタル読解力(ICTの技能(ネット検索など)や知識の有無が結果に影響する学力調査)とプリント読解力(紙による通常の学力調査)の結果が比較できる。我が国のデジタル読解力は、デジタル読解力の試験が実施された19か国・地域中、韓国、ニュージーランド、オーストラリアに次いで4位であった(第3-1-18図(1))。次に、デジタル読解力とプリント読解力の調査結果の差を見ると、デジタル読解力で我が国より上位となっていた三か国は、デジタル読解力のスコアの方が高いが、我が国では差がほとんどない(第3-1-18図(2))。上述三か国の生徒は、ICTの技術や知識を活用したデジタルテキストを読解する技能が高いことがうかがえる。また、学習環境におけるICTの導入状況を比較すると、学校におけるインターネットやパソコンの普及は調査対象となった45か国・地域の中でそれぞれ37位、36位であり、国語の授業におけるコンピュータの活用時間数は最下位であった(第3-1-18図(3)、(4))32。
教育におけるハード面のICT環境の整備状況については、PISA2009実施時点で若干の遅れが見られたものの、例えば普通教室における校内LAN整備率は、2009年3月時点で64.0%であった水準が、2012年3月時点で83.6%になるなど、整備は進んでいる33。また、学校教育におけるICTリテラシー向上については、2011年度から実施している新学習指導要領において更に取組が進められた34。
ICTリテラシーの習得は、今や基礎的な学力の一部であり、グローバルに求められる普遍性がある。期待されるICTリテラシー向上の効果を踏まえると、政府の上述したような取組以外にも、例えば、ICT製品などの関連事業者のPR活動と学校などがタイアップすることで、双方にメリットを生み出すような仕組みを考えることも必要であろう。ICT関連産業が成長分野であることから、こうした分野への就業可能性のある学科への進学者が減少していることに歯止めをかける必要がある。また、ICTリテラシーを向上させるため学校の教育環境の整備を進めなければ、今後必要とされる人的資本の蓄積を欠くことになりかねない。
3 グローバルな人材獲得競争
グローバルな高度人材の獲得については、我が国が持続的成長を遂げるための重要な施策として位置付けられてきた35。特に、ICTや金融といった分野における人材ニーズの高まりに対応した専門的技能労働者の確保が求められて久しい。我が国の若者への人的投資や中高年の学び直しが重要であることは当然であるが、即戦力として、外国人高度人材への期待は大きい。また、こうした外国人がもたらすイノベーションの創出などのシナジー効果も期待されるだろう。また、留学生についても「高度人材の卵」として重視すべき存在と位置付けられ、我が国経済の活力源となることが期待されるだけでなく、教育機関や若年層のグローバル化を促すという課題にも資すると期待される36。
以下では、国が選ばれる時代にあって、働きに来る外国人の動向を振り返った後、世界の高度人材を集めるために何が必要か、という点について明らかにしていく。また、こうした高度人材になり得る留学生の動向についても就業行動を中心に探っていく。
(1)外国人労働者の受入れと出入国管理政策
ICT関連職種を始めとして、我が国で人手不足感が強い業種には成長分野が多いものの、学生の理系離れや賃金などのメリットが希薄なことから、需要を満たすだけの供給が国内では実現できていない。そこで、既に高度人材として活躍する者を受け入れていく政策に焦点が当てられることになる。ここでは外国人労働者の受入体制の動きについて、主要国の動向も含めて見ていこう。
●主要先進国の外国人流入比率は人口の0.5%程度
OECD諸国において外国で生まれた者の流入比率はおおむね人口の0.5%程度であり、2010年は2007年に比べると低下している。ヨーロッパにおける人口小国では高めの比率となるが、アメリカは平均を下回り、ドイツやフランスも同様である。我が国は人口規模が大きく、単純労働者の受入れを認めていないこともあって、流入比率が極めて低い(第3-1-19図(1))。流入してきた外国人の属性について、高等教育を受けた者の割合を比較すると、カナダは過半数を超えており、続いて英国の47%となっている。他方、下位国であるイタリアやスロベニア、ギリシャは10%程度にとどまっている。OECD平均は29%程度であるが、我が国の場合は32%程度と若干高めになっている。2000年の水準との比較では、多くの国で上昇しているが、我が国はおおむね変わっていない(第3-1-19図(2))。
●高度人材を積極的に受け入れる政策を各国が展開
流入外国人の属性を決める要因は、移動する者と流入国の労働需給が基本であるが、人が移動する背景には、企業活動のクロスボーダー化、専門的労働者に対する需要増を支援する政策対応があり、入国に関する規制も重要である。特に、高度人材については、多くの国において選別的かつ積極的な受入体制が整えられている。我が国においても、高度人材に対するポイント制による出入国管理上の優遇制度が2012年5月7日より施行されている(第3-1-20表)。
●英国においては、3割程度の高技能者が定住
我が国ではまだ始まったばかりの高度人材ポイント制だが、既に実施している諸外国ではどのように評価されているのだろうか。英国では政策レビューが広範囲に実施されており、外国人労働政策についても例外ではない。2008年より実施されているポイント制度については、制度が順次導入されるにつれ、ビザの取得件数が減少している(第3-1-21図(1))。2008年以降はリーマンショック後の景気動向が影響している面もあるが、全体数が減る一方で、高技能者(投資家や起業家など)数はおおむね横ばいとなっている。技能者(企業内転勤やスポーツ選手など)数もおおむね横ばいとなっており、全体数の減少に寄与しているのは、ビザの区分上、相対的に技能水準が低いと看做された者ということになる。英国の場合、ビザの取得から5年後に定住権の申請が可能となる。したがって、2004年以降の3年間に入国した者が2009年以降に定住申請を始めているが、おおむね3割程度の移民が定住しているようである(第3-1-21図(2))。
(2)外国人労働者の流入状況と決定要因
主要国が高度技能を有する外国人労働者の定住を促す仕組みを利用している中、我が国に流入する外国人材にはどのような特徴や仕事上の課題があるのだろうか。また、どのような要因が来日の決定に影響するのだろうか。
●技術や教授の資格者が増加する一方、研究は減少が続く
我が国に入国する外国人労働者について、在留資格別に動向を見ると、「技術」がさきの景気循環局面で大きく増減したものの、長期的には増加傾向にある。また、同様の増加傾向を見せているのは「教授」及び「その他」である(第3-1-22図(1))。「その他」で増加しているのは、「企業内転勤」及びスポーツ指導者、航空機等の操縦者等を含む「技能」である。しかしながら、「研究」で来日する外国人数は90年代後半をピークに減少しており、2011年の人数は、ピークであった97年の三分の一に過ぎない。
また、地域的な動きを出身国別に見ると、アジアの伸長が著しく、リーマンショック後に急落したものの、2011年時点の水準は2000年の倍である。増加傾向は南アメリカなどでも見られるが、北アメリカやヨーロッパなどは減少傾向を示している(第3-1-22図(2))。
●外国人材が本来果たしたい役割と現状には乖離
国際的な労働移動が生じる背景には、出身国と受入国の状況や本人を取り巻く環境などの様々な要因があることは想像に難くないが、アンケートなどから我が国への外国人流入を決めている要因を探ろう。まず、留学生が我が国を選定する背景について調査した結果からは、「日本社会に興味があり、日本で生活したかった」との回答が最も多く、次いで「日本語・日本文化を勉強したかった」との回答が続く37。これらの回答は2005年の調査でも上位であった。このように、我が国固有の文化的な魅力に対する関心が高い一方、教育や研究、又は職業といった活動面の回答は3番目以下となっている(第3-1-23図(1))。
また、就職先として我が国を母国の留学生に勧めたくない理由を問う設問への回答としては、外国人が何らかの要因により出世などに限界があるといった回答が上位となり、労働時間の長さといった理由も選ばれている(第3-1-23図(2))。
次に、高度外国人材が求職の際に重視する条件という設問への回答からは、当然ながら仕事の内容や会社の将来性・安定性といった回答が上位にくる(第3-1-23図(3))38。仕事の内容について、当該外国人が本来果たしたい役割と実際の役割のギャップについて指標化した結果からは、「グローバルビジネスでのリーダーシップの発揮」、「海外市場へのアプローチ」、「海外の顧客のニーズに合った商品・サービスの企画・開発」といった点について、乖離が大きくなっている(第3-1-23図(4))。こうした役割に関するギャップについては、単なる希望と現実が異なるというだけでなく、外国人労働者を募集するに当たって要する「採用後に従事すべき業務の内容」について十分な意思疎通が図られていないという課題がある可能性も否めない39。
●在留資格によって異なる我が国への流入決定要因
外国人が就労や留学といった目的で我が国への入国を決める際、どのような要因がその決定に寄与しているのか定量的に把握しよう。労働移動に影響を与える要因は、各国間の距離や目的国及び自国のGDPが一般的に挙げられる40。こうした要因を基本として、我が国と出身国の様々な経済社会的な条件や政策的な要因と労働移動との統計的な関係(グラビティ・モデル)を計測した。
就労を目的とした外国人に関する結果からは、先行研究と同様に距離の壁や所得(一人当たり実質GDP)による誘因があることが明らかとなった(第3-1-24図(1))。
また、留学生の多い国からは働きに来る者の数も多いという結果になっており、留学生を増やすことが、先々の労働者の増加にもつながることが示唆される。その他、特許の取得件数の相対的な増加や、円の実質実効為替レートの相対的な上昇は、我が国への流入誘因となっている41。
こうした傾向は、在留資格が「技術」や「人文知識・国際業務」の入国者についても当てはまるが、さらに「人文知識・国際業務」ではEPA・FTAの締結42や我が国の完全失業率の水準が、誘因として統計的に有意な結果となっている。この背景としては、EPA・FTAの締結により貿易などが促進されたことや、我が国の経済・雇用環境の悪化に伴う海外進出や海外事業の拡大を考える企業が増加したことから、国際業務を担う外国人に対する需要が高まった可能性が考えられる。
留学生については、所得(一人当たり実質GDP)は統計的に有意となっているが、我が国と出身国の所得の変化率の差に関する係数を見ると、就労目的の外国人とは符号が異なっている(第3-1-24図(2))。すなわち、我が国より一人当たり実質GDPの成長率の高い国からの留学生が多いという結果となっている。実際に留学生の出身国を見ると、中国が圧倒的に多く、韓国、ベトナムと続くことから、発展が目覚ましい国からの留学生が多いといえる。その他、留学生の入国・在留に係る我が国の規制緩和や、労働市場の多様化を示す女性の労働参加率の相対的な上昇が流入増加の誘因となっている。
(3)外国人留学生を巡る状況
我が国では留学生数を増加させる方針が採られてきたが、ここでは具体的な人数の動向や留学生の属性、そしてその後の就職状況などを概観しよう。
●留学生の受入れはいまだ米英が中心だが、我が国への留学生も増加
高等教育水準における留学生の受入動向によると、2010年はアメリカが68.5万人と最大の受入国であり、続いて英国の39.0万人、オーストラリアの27.1万人と続く。上位に来る国々を見ると、学術先進国であり、かつ英語圏であることが影響しているようである。また、国の規模を勘案するため、高等教育水準の学生数で留学生数を除して比較すると、オーストラリアが約17.0%と最大となり、続いてオーストリアが約13.6%、ニュージーランドが約11.7%、英国が約9.4%とやはり英語圏が有力だが、例外も存在する(第3-1-25図(1))。
同じ2010年における我が国への留学生数は14.2万人であり、これはドイツに続き6番目の受入国となっている。しかし、学生比で比べると、22番目と順位を落とすことになる。2000年から10年の変化としては、増加人数が8.2万人、年平均増加率は9.0%と相対的に高い伸びを示している(第3-1-25図(2))。
●我が国への留学生は増加傾向ながら2010年以降減少傾向
過去10年の高い伸びは何故生じているのだろうか。留学生増減を年代別に求めると、まず、90年代は年率6.5%程度で増加してきたが、2000年代前半に加速し、年率8%前後の流入増となった。この加速要因として、総務省(2005)は、留学生の在留期間の延長43、大学等の在籍管理状況に着目した在留資格審査の簡素化等44の入国・在留に係る規制緩和が大きく影響したと指摘している。その後、伸び率は少し鈍化しつつも2010年まで拡大は続いたが、2011年以降は、東日本大震災(以下、「大震災」という)の影響もあり、減少傾向となっている(第3-1-26図(1))45, 46。
なお、留学生の出身地域(2012年時点)としては、アジアが92%と最大であり、続いてヨーロッパ、北アメリカとなっている。2000年以降、多くの地域で留学生が増加しているが、特にアジア、ヨーロッパ、北アメリカにおける増加が顕著である(第3-1-26図(2))。
●進学段階によって異なる留学生の就職希望
高度な教育を受けた留学生が我が国の企業へ就職すれば、成長に寄与することが期待される。留学生の進路希望に関する調査結果を調べてみると、学部課程や専門職大学院の学生は、日本において就職希望と回答する者の割合が六割を超えるものの、博士課程や修士課程の学生については、それを下回る水準にとどまっていることが分かる。高学歴の留学生は、自らの出身国において就職したいと回答する者が多く、特に博士後期課程の学生の場合は、過半数を超える者が出身国における就職を希望している(第3-1-27図(1))。専攻分野別の就職希望先については、あまり目立った差異はないものの、医・歯学の分野の留学生は自国において就職を希望する者の割合が多い(第3-1-27図(2))。
次に、どのような職種に就業したいかという問いへの回答からは、学部課程の留学生については、海外業務や貿易業務、そして翻訳といった外国人という属性を活かした職種への希望が上位にくる。他方、博士課程の学生では、学校などの教育や調査研究といった、本人の人的資本という属性を活かした希望が上位にくる傾向がある(第3-1-27図(3))。
●いまだに回復しない我が国における留学生の就職率
こうした希望に対し、実際の就職状況はどうなっているのだろうか。最初に留学生の我が国の新卒市場における規模を確認すると、新卒就業者数に占める割合は1%から1.5%程度の間である。この割合が景気循環と似た変動をしていることは、留学生の国内就職率が、日本人以上に景気動向の影響を受けることを示唆している(第3-1-28図(1))。
学部卒業者の場合、2007年は卒業者の40%が国内で就職していたが、リーマンショック後の2009年には同比率が25%程度へ低下した。修士課程修了者についても同様の傾向が見られる。その後は上昇に転じているが、そのテンポは緩やかであり、2011年の実績は2009年から上昇しているが、それ以前と比較すると低い水準にとどまっている。他方、博士課程修了者については状況が異なっている。リーマンショック以前の国内就職率はおおむね30%台前半であったが、2006年をピークに緩やかな減少傾向を示しており、2011年は27%となっている(第3-1-28図(2))。こうした動きと対照的に、留学生の出身国での就職率が上昇傾向にあり、学部卒業生は10%程度、修士課程修了者は15%程度が出身国に戻って就職している47(第3-1-28図(3))。第3国での就職には大きな傾向的変化はなく、博士課程では2%台半ばになるものの、学部卒業生や修士課程修了者は1%を超えたことがない(第3-1-28図(4))。
A.上場企業全部及び有望未上場企業の中から、売上高1,000億円以上で、海外売上比率が1%以上など、海外進出をしている可能性が比較的高い企業、3,176社
B.公表されているインターンシップ受入企業、外国人雇用サービスセンターに求人を出している企業(Aの企業を除く)、73社
C.上場企業全部及び有望未上場企業の中から、売上高1,000億円未満の中堅・中小企業のうち、従業員数の多いもの(Bの企業を除く)、1,751社