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第3節 財政・社会保障の現状と財政健全化

我が国の財政収支は、急速な高齢化を背景とする社会保障費の増加、景気低迷による税収の落ち込み、度重なる経済対策に伴う歳出拡大と減税などから赤字基調が継続している。近年では、リーマンショックの影響による税収の大幅な減少や景気回復に向けた諸施策の実施による歳出の増大が財政赤字の拡大に寄与し、さらに、2012年後半の景気の弱い動きに対応するための緊急経済対策の実施などにより、一時的にせよ財政赤字が拡大している。財政赤字の長期化によって、我が国の債務残高対GDP比は上昇している。そのため、経済政策のレジーム転換が景気回復やデフレ脱却を後押しする中で、中長期的な視点から、財政健全化のための取組を一段と強化することが重要となっている。本節では、我が国の財政・社会保障の現状を整理するとともに、今後の課題について検討する。さらに、我が国と諸外国の財政状況を比較し、EU諸国の付加価値税率の引上げと景気との関係を点検することを通じて、我が国の財政健全化のための教訓について考察する。

1 財政・社会保障の現状と変動要因

我が国の財政の状況について、(1)歳出・歳入や収支といったフロー面、(2)構造的な歳出増加要因である社会保障費、(3)債務残高(ストック)と利払費、という3つの視点から整理する。具体的には、財政収支の動向と財政赤字の背景を確認するとともに、構造的な増加が続く社会保障費の動向について検討する。また、債務残高の要因分解を行い、債務累増の背景を探る。

(1)国と地方の収支は大幅な赤字基調

国と地方の基礎的財政収支112と財政収支はともに、1990年代初頭から赤字基調にあり、その赤字幅は2000年代には改善の動きを見せていたものの、2008年のリーマンショックの影響による税収の大幅な減少や景気回復に向けた諸施策の実施による歳出の増大により拡大し、さらに、2012年後半の景気の弱い動きに対応するための緊急経済対策の実施による一時的な歳出増などの影響により拡大した。この財政赤字の背景について、歳出・歳入の項目ごとの特徴を点検する。また、裁量的な財政政策の影響を把握するために、構造的財政収支の動向を概観する。

基礎的財政収支は大幅赤字が長期化

国と地方の基礎的財政収支対GDP比の推移を見ると、2003年度以降、赤字幅が縮小傾向にあったが、2008年度、2009年度には赤字幅が大きく拡大した(第1-3-1図(1))。これは、リーマンショック後の急速な景気後退による税収の落ち込み、景気下支え策としての大規模な財政政策の実施が主因である113。その後、景気が緩やかに持ち直してきたことから、2010年度及び2011年度の赤字幅は小幅ながらも縮小したが、2012年後半の景気の弱い動きやこれに伴う「日本経済再生に向けた緊急経済対策」により、2012年度は6.6%程度、2013年度は6.9%程度の赤字となる見通しとなっている114

我が国の基礎的財政収支の変動要因を1990年代以降全体について見ると、全体としては歳出より歳入の影響の方が大きい(第1-3-1図(2))。具体的には、1990年代前半のバブル崩壊、1990年代後半のアジア通貨危機や金融機関の経営破綻、2000年代前半のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックの後の景気後退期は、いずれも税収の減少を通じて歳入が落ち込み、基礎的財政収支が大幅に悪化した。歳出面については、公共投資の増減が目立つ。バブル崩壊後は、景気対策として累次の経済対策が講じられたため、公共投資が大幅に増加して基礎的財政収支を悪化させた。その後、財政構造改革によって公共投資を中心に歳出の見直しが進んだことなどの影響から、1999年度から2008年度までは収支改善に寄与したものの、2009年度は、前述の景気下支え策によって収支悪化要因へ転じた。また、社会保障費は、高齢化の進展を背景に、いずれの年度においてもマイナス寄与となっている115

構造的財政収支が大きく影響

経済財政運営の観点から我が国の財政事情を検討するためには、政府の裁量的な財政政策が財政収支に与える影響を把握する必要がある。そこで、財政収支を、景気変動に左右される受動的な「循環的財政収支」と、政府の裁量的な財政政策や社会保障費のすう勢的増加分などの「構造的財政収支」の2つに分解して、赤字幅拡大の背景を探る116。さらに、構造的財政収支については、利払費(ネット)とそれを除く構造的基礎的財政収支に区分する。

バブル崩壊以降の長期的な財政赤字の要因を見ると、循環的財政収支に比べ、構造的基礎的財政収支の影響がはるかに大きい(第1-3-2図)。これは、長期的な景気低迷に対応して、政府が裁量的な財政政策を繰り返し実施したことや、高齢化の進展に伴う社会保障費の増加による。また、利払費は、金利の低下に伴って、1999年度から2007年度まで赤字縮小要因であったが、最近は小幅ながらも赤字拡大要因となっている。

2008年度以降の赤字拡大局面では、急速な景気後退に伴って循環的財政収支の赤字幅が拡大したが、それ以上に、構造的財政収支の赤字寄与が大きかった。構造的基礎的財政収支対GDP比は、2007年度の-1.3%から2009年度の-6.5%まで5.2%ポイント悪化し、2011年度においても-6.3%と大幅な赤字が続いた。循環的財政収支対GDP比は、2007年度の+0.2%から赤字に転じ、2009年度には-1.1%まで赤字幅が拡大した。世界景気の減速や大震災などを背景に、2010年度、2011年度も-0.5%程度の赤字が続いた。

財政赤字の大部分が裁量的な財政政策や社会保障費のすう勢的増加などを反映した構造的財政収支に起因していることを踏まえると、財政運営においては、景気対策としての一時的な支出以外の歳出の抑制を進めるとともに、景気に左右されにくい歳入の確保が重要となる。また、現在、長期金利が歴史的に低い水準にあるが、今後の債務残高の累増や急激な金利上昇によって、利払費の増加傾向が強まり、財政収支を悪化させるリスクについても注意を要する。

社会保障が歳出の増加に寄与

国と地方の歳出対GDP比の変化幅を要因分解すると、以下のような特徴が挙げられる。まず、社会保障費は、高齢化の進展に伴って構造的に毎年増加しており、いずれの年においても歳出拡大に寄与している(第1-3-3図)。また、2009年度以降に寄与が大きく上昇したが、これは景気悪化による雇用調整助成金の給付増加や基礎年金の国庫負担割合の変更などによるものである。

大震災からの復旧・復興のための財政出動は、2011年度中の公共投資を押し上げる効果は限定的であった。ただし、大震災・原子力災害からの本格的な復興予算を盛り込んだ、2011年度第3次補正予算が2011年11月に成立したことなどから、2012年から復旧・復興のための公共投資は徐々に顕在化した117

国の2012年度一般会計予算では、補正後の公共投資関係費が前年度を上回り、地方財政計画では、投資的経費のうち地方単独事業費を前年度比0.2%増としている。2011年度の予算繰越し分も考慮すると、公共投資は、2012年度の歳出拡大要因になっていると見られる。なお、国の2013年度一般会計予算では、公共事業関係費を前年度当初予算比15.6%増とし、地方財政計画では、投資的経費のうち地方単独事業費を前年度比5.8%減(緊急防災・減災事業費を含めると2.6%増)としている118

安定的な歳入構造の構築に向けた取組が重要

国と地方の歳入面の動向についても点検しておこう。まず、景気動向に応じて税収は増減しており(第1-3-4図)、構造的に増加する社会保障費を賄うためには、より安定的な歳入構造の構築に向けた取組が重要であるといえよう。

また、2010年度以降の歳入の回復が遅れている点も、歳入面の課題として指摘できる。リーマンショック後に、所得税、間接税、法人税がともに大幅に減少し、2010年度以降には改善の動きも見られるものの、その落ち込んだ分をほとんど取り戻せていない。今後は、2012年末以降の景気持ち直しの動きが税収増加に作用すると考えられるが、欠損金の繰越制度の影響などによって、税収が景気に遅行する傾向がある点には留意が必要である。

(2)社会保障費と年金財政の動向

前述のとおり、我が国では、高齢化の進展に伴う社会保障負担の増加が構造的な歳出拡大要因になっている。そこで、社会保障制度の支出と収入のバランスを検討しつつ、社会保障費の構造と財源の特徴を概観する。さらに、社会保障費の約半分を占める年金財政の現状についても確認する。

社会保障費と社会保険料収入の差が拡大傾向

我が国の歳出面の問題として、社会保障費が構造的な増加要因になっていることを指摘したが、ここでは社会保障制度全体の枠組みの中で、長期的に収入と支出のバランスが保たれているかどうかについて、社会保障費と社会保険料収入の推移を確認する。

社会保障費対GDP比は、高齢化率の上昇とともに高まってきており、今後も高い水準での推移が続く見通しである(第1-3-5図(1))。社会保険料収入対GDP比の伸びは、社会保障費対GDP比の伸びと比べて小さく、両者の差は徐々に拡大している。社会保険制度においては、十分な保険料収入を確保することが重要となるが、保険者による財政力の格差などを考慮すると、保険料の上昇を抑制する必要もある。そのため、我が国の社会保障制度においては、社会保障給付の財源に一定の公費を投入する制度となっている。しかし、その公費負担が財政を圧迫することで社会保障費が我が国財政に大きな負荷をもたらし、特例公債を通じた将来世代への負担の先送りの一因となっている。こうしたこともあり、租税を考慮した国民負担率(社会保障負担+租税負担)を見ると、多少は上下に変動しつつも、おおむね横ばいで推移しているのに対して、財政赤字を考慮した潜在的国民負担率は上昇傾向にある(第1-3-5図(2))。

将来的に医療と福祉その他の寄与が上昇

長期的に増加を続ける社会保障費の特徴を、部門別の動向から概観する。まず、2010年度の社会保障費の内訳を見ると、「年金」が50.7%、「医療」が31.2%、「福祉その他」が18.1%となっており、年金が約半分を占めている。部門ごとの対GDP比の推移を見ると、高齢化の進展によって、1990年以降、年金が大きく増加している(第1-3-6図(1))。しかし、他の2部門も増加傾向にあり、特に、介護を含む福祉その他は、2000年の介護保険導入に伴って構成比が大きく上昇している。厚生労働省の推計によると、今後も医療と福祉その他の寄与が上昇する見通しである119。このことから、社会保障の給付と負担のバランスを確保するためには、急速に増加している医療、福祉その他の部門の給付について重点化・効率化を行う必要があると考えられる。

また、社会保障費の財源面についても簡単に整理しておくと、2010年度は、主に保険料(51.5%)と公費負担(35.7%)によって賄われている。両者の推移を対GDP比で見ると、2009年度に基礎年金の国庫負担割合が引き上げられた影響で、公費負担のうち「国庫負担」が上昇していることが特徴として挙げられる(第1-3-6図(2))。また、地方自治体の負担である「他の公費」も増加傾向が続いている。このように、我が国の社会保障費の財源は、社会保険方式を採りながらも保険料から公費(主に税)への転換が進んでおり、しかも特例公債を通じた将来世代への負担の先送りが続けられている。社会保障制度の運営という観点からも、安定的な財源の確保が求められている。

デフレからの早期脱却が重要課題

社会保障費の約半分を占める年金に関しては、おおむね100年間で年金財政収支が均衡するように運営されている。したがって、将来の給付に備えた積立金の状況を把握することが重要である。そこで、厚生労働省の「平成21年財政検証結果レポート」で示された見通しと実績値を比較して、年金財政の現状を確認する。

年金積立金の推移を見ると、2009年度は実績値が見通しを上回っている。これは、給付は見通しを上回ったものの、主として積立金運用益が見通しを大きく超過したためである(第1-3-7図(1)~(4))。2009年3月以降、世界的に株価が上昇に転じたことなどから、積立金運用益が想定以上に拡大したと考えられる。しかし、その後、2010年度と2011年度の年金積立金の実績値は見通しを下回って推移している。これは、2010年度の積立金運用益が赤字になったこと、景気が弱い動きとなる中で、保険料収入が低迷したこと、2010年度の支出が予想を上回ったことなどによる。

年金給付額は物価及び賃金に連動して改定される制度であることから、年金給付総額は賃金上昇率に連動した動きを示すことになるため、年金財政の評価では、賃金上昇率を除いた実質的な運用収益も確認する必要がある。2009年度~2011年度の実質運用利回りを見ると、いずれの年度も実績値が見通しを上回っており、年金財政に対してプラスに作用している。2010年度は、名目運用利回りの実績値が見通しを下回っていたものの、賃金上昇率の実績値が前提値に比べてかなり低かったことから、実質運用利回りの実績値が見通しを上回る結果となった(第1-3-7図(5))。

さらに、年金財政については、デフレの影響についても考えなければならない。特例水準解消後も現在のマクロ経済スライド120は、デフレ下においては発動されない仕組みとなっているため、我が国のように緩やかなデフレ状況が続く場合、実質的な年金給付水準が抑制されないという問題が指摘されている121。現在、消費者物価上昇率の実績値は、財政検証の見通しを大きく下回ってマイナス圏で推移している。長引くデフレから早期に脱却することによって、こうした負の影響を取り除くことも、年金財政の重要な課題となっている(付図1-14)。

(3)国と地方の債務残高と利払費の動向

我が国では、急速な高齢化を背景とする社会保障費の増加、景気低迷による税収の落ち込みなどの影響で、フローの財政赤字が長期にわたって続いている結果、債務残高対GDP比が上昇傾向にあり、財政健全化が急務となっている。ここでは、債務残高の現状を点検するとともに、財政運営上のリスク要因となる利払費の推移について確認する。また、債務残高の寄与度分解を行って、債務累増の背景を探る。

債務残高が拡大する一方、利払費は低位で安定

国と地方の債務残高は、財政赤字が長年続いた結果、主要先進国の中で最も高い水準にある(第1-3-8図(1))。政府債務問題に苦しむ国では、債務残高の累増とともに、金利上昇に伴う利払費の急増が、財政危機の大きな要因となっており、財政運営上のリスク要因として利払費の動向も注目される。我が国の利払費は、実効利子率(当年の利払費/前年末の債務残高)が市場の長期金利に連動して低下してきたことから、2000年代半ば以降、低位で安定している(第1-3-8図(2)(3))。

利払費の変動要因を見ると、債務残高の累増による利払いの増加分を、金利低下による利払いの減少分が相殺してきたことが分かる(第1-3-8図(4))。

基礎的財政収支赤字が債務累増に大きく寄与

債務残高対GDP比の変動について、基礎的財政収支要因、利払費要因、実質成長率要因、デフレーター要因によって分解し、我が国の債務残高がどのような要因によって累増してきたかを確認するとともに、それを抑制するためには何が必要かを検討しよう。

まず、債務残高の最も大きな押上げ要因となっているのは、1992年度から赤字が継続している基礎的財政収支である(第1-3-9図)。すなわち、我が国の債務残高の累増を抑えるには、基礎的財政収支を改善させる必要があり、先に議論したように、構造的に増加する社会保障費を始めとする歳出の重点化・効率化、安定的な歳入構造の確立などが課題として挙げられる。また、利払費要因は、金利低下の影響で1999年度から押上げ寄与が縮小し、2004年度以降の寄与度は2%ポイントを下回る水準で推移している。ただし、この間に債務残高の拡大が続いたため、将来的に金利が上昇に転じた場合には、利払費要因の押上げ寄与は以前よりも大きくなる。

さらに、我が国の長引くデフレの影響で、1998年度以降、デフレーター要因が債務押上げに寄与している。他方、実質成長率要因は、リーマンショックの影響で2008年度と2009年度に大きな押上げ寄与となったが、総じて、債務を押し下げる方向に作用している。債務抑制という視点からも、早期にデフレから脱却して安定的な物価上昇を実現するとともに、成長戦略などを通じて実質GDPの持続的な成長を図っていく必要がある122

財政の持続性に対する市場からの信認は維持

最後に、我が国の現在の財政状況を市場がどのように見ているか、国債の信用リスクを示すCDSスプレッドと財政リスクの指標としてよく利用される長短金利スプレッドによって確認しよう。日本のCDSスプレッドは、欧州政府債務危機に対する懸念の後退などを受けて、2012年初めから低下傾向にある(第1-3-10図(1))。諸外国の水準と比較すると、日本は、アメリカやドイツのような主要先進国並みであり、政府債務危機が深刻化したポルトガルやスペインなどと比べ、かなり低い水準にある。長短金利差は低下傾向にあり、他の主要先進国よりも低い水準で推移している(第1-3-10図(2))。このような市場のリスク指標の推移から判断する限り、現在のところ、我が国の財政の持続可能性に対する市場の信認は維持されている。

また、ポルトガルとスペインのスプレッドは、リーマンショック前まで安定的に推移していたが、財政に対する市場の信認が大きく損なわれたことによって、その後、急速に上昇した。市場の信認を一度失うと、それを取り戻すのは容易ではなく、さらに、金利上昇などを通じて財政健全化を困難にする。このような国の事例を踏まえると、市場からの信認を維持していくためにも、我が国は財政健全化に向けた取組を引き続き進めなければならない。

2 財政健全化に向けた取組と今後のリスク要因

これまで見てきたように、我が国の財政は非常に厳しい状況にあり、できるだけ早期に財政赤字の縮小と債務残高の抑制を進め、中長期的に持続可能な財政構造を確立することが課題となっている。ここでは、政府の財政健全化に向けた取組を概観するとともに、経済成長と財政健全化を巡る論点について整理する。さらに、我が国の財政健全化を阻むリスク要因として、急激な金利上昇の影響についても考察する。

(1)政府の財政健全化に向けた取組

政府は、大震災からの復興や経済再生のために必要な取組を実施すると同時に、社会保障・税一体改革を継続し、中長期的に持続可能な財政の実現を図ることとしている。以下では、政府の財政健全化に向けた取組について紹介しよう。

中長期の経済財政の方針と基礎的財政収支目標

経済財政運営全般の司令塔を担う経済財政諮問会議が取りまとめ、2013年6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生~(骨太の方針)」において、中長期の財政健全化を実現するための取組が示された。

財政規律を維持するための具体的な数値目標として、国と地方の基礎的財政収支について、2015年度までに2010年度に比べ赤字の対GDP比を半減させ、2020 年度までに黒字化、その後の債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指すこととしている。また、この財政健全化目標達成に向けた取組を着実に進めることが重要であり、政府は、「骨太の方針」などを踏まえた今後の取組内容を具体化した「中期財政計画」を早期に策定するとともに、中長期の経済財政の展望を示し、これらにより、財政健全化目標への道筋を明確にし、国民の安心や、国際社会、市場からの信認を確かなものとすることとしている

歳出面と歳入面の取組

歳出面については、「骨太の方針」において、裁量的経費、義務的経費を通じて聖域なき見直しを行っていく必要があるとした上で、主な歳出分野における重点化・効率化の考え方を示している。例えば、(1)社会保障分野においては、後発医薬品の使用促進や医療提供体制改革などを通じて、国民に効率的に社会保障サービスが提供される体制を目指すなど、(2)社会資本整備においては、民需誘発効果や投資効率等を踏まえた、選択と集中の徹底した実行など、(3)地方財政においては、今後の経済成長の動きと合わせた地方税収の確保や歳出の重点化・効率化などにより、地方財政を歳入面、歳出面から改革することなどを示している。

歳入面については、(1)復興特別税の創設などの復興財源の確保、(2)消費税率の引上げ、などが挙げられる。大震災の復興費用を捻出するため、復興特別税の創設と、政府保有株式の売却などが「復興財源確保法」で定められた123。復興特別所得税については、所得税額に対して2.1%の付加税が2013年から2037年まで25年間課される。既に施行されていた復興特別法人税と合わせて、9.7兆円程度の復興財源が確保される見通しである。さらに、売却可能な日本たばこ産業株式会社株式は2013年2月から3月にかけて売却を行ったほか東京地下鉄株式会社の株式の国債整理基金特別会計への所属替によっても復興財源を捻出する。また、2012年8月に成立した税制抜本改革法において、2014年4月と2015年10月に消費税率がそれぞれ3%、2%引き上げられることが定められた。消費税率引上げ分は、社会保障の充実・安定化を図るため、全て社会保障財源化されることとなっている。

(2)経済成長と財政健全化の関係

長期的な財政均衡のために歳入・歳出の改革が必要であるが、財政健全化の取組を進める上で、経済成長との関係についても考慮に入れる必要がある。

財政健全化と経済成長の両立が重要

一般に、経済が持続的に成長すると、税収の増加による財政収支の改善や、債務残高対GDP比などの債務指標の改善(分母のGDPが増加する効果)が進むが、景気低迷が長引くならば、税収の減少などを通じて、財政の悪化要因になる。実際、我が国においても、バブル崩壊後の景気低迷やデフレなどのマクロ経済的要因が、財政状況を悪化させたことは先に見たとおりである。他方、政府が財政健全化について十分な取組をせずに、債務残高対GDP比が増大すると、経済成長率が低下する傾向にあるとの研究も存在する124。こうしたことを併せて考えると、経済成長と財政健全化は相互作用的に影響する傾向にあるといえる。そのため、「骨太の方針」に述べられているように、経済再生が財政健全化を促し、財政健全化の進展が経済再生の一段の進展に寄与するという好循環を目指し、持続的成長と財政健全化の双方の実現に取り組むことが重要である。

経済成長による財政改善の効果

既に述べたとおり、経済成長と財政健全化は相互作用的に影響する傾向があり、通常、持続的な経済成長は、財政健全化に資するものである。そのため、我が国では、これまで見てきた歳出面と歳入面の財政健全化の取組を進めるとともに、持続的な経済成長の実現に向けた政策対応も求められている。なお、経済成長の財政改善への効果については、前提条件の違いによって、見解に大きな差が見られる点には留意が必要である。具体的な論点として、景気過熱によってインフレ率が大きく上昇すると、税収以上に歳出が増加して財政収支が悪化するリスクや、税収弾性値の振れが大きいため、経済成長の効果自体が不明瞭であるという問題などが挙げられる125

(3)金利上昇が国債費に及ぼす影響と低金利の背景

ここでは、財政健全化に対するリスクとして、金利上昇が国債費に及ぼす影響について確認しつつ、長期金利の要因分解によって金利低下の背景を検討する。また、日本国債の保有と流通における海外投資家の動向についても概観する。

急激な金利上昇による国債費増加のリスク

既に見てきたように、我が国の債務残高対GDP比は主要先進国の中で最も高い水準にあるが、長期金利は他国と比べて低位で安定している。しかし、現在、長期金利が歴史的に低い水準であることを踏まえると、今後は債務残高の累増に伴って利払費が増加し、財政健全化への取組を進めずに将来的に国債金利が急激に上昇し始めると、国債の新規発行や借換えが進むにつれて政府の利払い負担が大幅に増加し、財政健全化が困難になる。

そこで、財務省の「平成25年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」によって、金利上昇が我が国の国債費に与える影響について確認しよう。仮に、国債利回り(10年国債)が、2014年度以降、試算の前提から1%上昇した場合、利払費は2014 年度で1 兆円、2015年度で2.4 兆円、2016 年度で4兆円あまり増加することが予想される。前提から2%上昇した場合には、2014 年度で2兆円、2015 年度で4.9 兆円、2016年度で8.2兆円増加する(第1-3-11図(1))。我が国では、経済成長を伴わない金利上昇が財政に及ぼす影響は大きいといえる。

このような将来的な金利上昇や借換えリスクを少しでも軽減させるため、政府は国債の平均残存年限の長期化を進めてきた(第1-3-11図(2))。一般に、金利が低いときに償還期間の長い国債の発行を増やすと、政府の中長期的な資金繰りの改善が期待される。実際、国債の年限長期化の動きは、2000年以降の超低金利局面に入ってから強まっている。

最近はリスクプレミアムが金利低下に寄与

それでは、将来的に金利上昇をもたらす要因は何であろうか。ここでは、名目長期金利を要因分解することによって、マクロ面から金利決定要因を明らかにするとともに、我が国の金利が低位で安定している背景を探る。なお、推計に当たっては、名目長期金利が、実質長期金利と予想物価上昇率の和に等しくなるという理論的な関係を踏まえ、その理論値と現実の名目金利の差をリスクプレミアムととらえる126

名目長期金利の要因分解を見ると、2006年からリーマンショック後の2009年までと、それ以降で、金利低下の背景が異なっている(第1-3-12図)。リーマンショック後までは、予想物価上昇率とリスクプレミアムの上昇が金利上昇に寄与する一方、実質長期金利(=潜在成長率)が金利低下に寄与していた。これは、資源価格の高騰などによる物価上昇、アメリカの住宅バブル崩壊やリーマンショック後の世界的な金融危機などによるリスクプレミアムの上昇、急速な景気悪化による成長力の低下を反映したものだと考えられる。リーマンショック後の景気拡張局面においては、実質長期金利(=潜在成長率)と予想物価上昇率が上昇する中で、欧州政府債務問題などを背景に、相対的に安全資産とみなされた一部主要国の国債が選好されたことなどから、日本国債のリスクプレミアムが相対的に低下し、名目長期金利の低下につながった。

デフレ脱却に向けた大胆な金融緩和が引き続き推進され、国債市場の需給緩和期待が高まると、リスクプレミアムの低下が金利押下げに寄与することが期待される。また、我が国の財政健全化に向けた取組が後退するなどして、財政に対する信認が損なわれると、財政リスクが高まり、リスクプレミアムが上昇する可能性がある127

日本国債の保有と流通における海外投資家の影響

我が国の長期金利の低さについては、国債保有構造の特殊性が指摘されることが多い。経済部門別の国債保有状況の推移を見ると、我が国では、国内投資家が国債の約9割を保有し、その中でも金融機関の比率が大きい(第1-3-13図(1))。一方、海外投資家の国債保有比率は8.5%程度(2011年末)と、他の主要先進国と比較して著しく低い(第1-3-13図(2))。

近年、海外投資家は、我が国の短期債の購入を増やしており、国庫短期証券の保有比率が大きく上昇している(第1-3-13図(3)(4))。この背景としては、アメリカの住宅バブル崩壊や、欧州政府債務問題をきっかけに、海外投資家がリスク回避のための円買いを積極化させたことなどが挙げられる。こうした動きは、2012年秋以降、為替レートが円安方向に進んだ頃から弱まっているが、海外投資家による国庫短期証券の保有比率は、第二次世界大戦以降において、歴史的に高い水準にある。資金のグローバルな流れに留意した国債管理政策が必要であり、国債保有者の多様化という観点で、海外投資家が国債保有を進めることは好ましいが、逆にそれが、将来の金利変動リスクを高める可能性があるとの指摘もある。

また、海外投資家は、国債流通市場において、一定の影響力を持っている。公社債売買(現物)における海外投資家の売買シェアは10%~20%程度にとどまるが、国債先物市場における売買シェアは約4割と非常に大きい(第1-3-14図)。海外投資家は、国債保有比率こそ低いものの、先物取引を含めた国債流通市場を通じて、金利形成に影響を及ぼしていると考えられる。そのため、今後とも、海外投資家に対して十分な情報提供を続けることによって、国債に対する信認を高め、コミュニケーション不足などによって生じる予想外の金利上昇を抑制することが重要である。

1-8 百年前の国債保有状況

海外投資家の国債保有比率の低さは、我が国の歴史上、全く変わらない特徴なのであろうか。百年ほど遡って、我が国の国債保有状況について確認してみよう。

19世紀末から第二次世界大戦前までの国債保有者別のシェアを見ると、1885年度から1900年度頃までは、民間非金融法人が最も高いシェアを占めていた。しかし、日露戦争の戦費調達のため、1904年に英国で外国債が大量に発行されたこともあり、海外投資家の国債保有比率が急速に上昇し、1905年度末には64.7%に達した(コラム1-8図)。この水準は、2011年末のフランスにおける海外投資家の保有比率と同程度である(前掲第1-3-13図)。なお、英国での外国債発行に当たっては、当時日本銀行副総裁であった高橋是清がロンドンで募集活動を行うなど尽力した。

1915年度以降は、外国債の発行残高が頭打ちとなったことや、海外投資家が国内債の購入を増やさなかったことなどを背景に、海外投資家の国債保有比率は低下傾向にあった。一方、財投及び一般金融機関等の金融部門は国債購入を拡大させ、国債保有比率は1928年度末に5割を超え、1940年度末に7割強まで上昇した。また、日本銀行の国債保有比率は、1920年頃から、緩やかな上昇傾向にあった。1932年には、昭和恐慌からの脱出を図るため、当時大蔵大臣であった高橋是清は、積極財政政策による国債の大量発行と日本銀行による国債の直接引き受けを実施した。なお、高橋蔵相は日本銀行による国債引き受けを「一時の便法」としており、日本銀行に一時的に引き受けさせた後、市場において一般金融機関等に売却を進めていたことに留意が必要である128。その後、国債の市中消化が困難となったため、高橋蔵相は、国債が一般金融機関等に消化されず、日本銀行が背負い込むことになれば、悪性インフレを引き起こすとし、1936年に公債漸減方針を打ち出した。しかし、二・二六事件で高橋蔵相が暗殺されたことなどから、国債直接引き受けは続いた。その結果、日本銀行の国債保有比率は、1930年度末の3.3%から1940年度末の14.1%まで上昇した。

3 諸外国の経験と財政健全化の論点

ここでは、国際比較を通じて我が国の厳しい財政状況を再評価し、諸外国の教訓を学ぶ。具体的には、リーマンショック前後の我が国と諸外国の財政状況を比較する。また、歳出面に関して、主要な歳出項目である公的社会支出と公的固定資本形成の長期的な変化を概観する。さらに、2000年以降のEU諸国の付加価値税率引上げの事例を検証し、税率の引上げが経済に与える影響について考察する。

(1)最近の諸外国の財政状況

各国政府は、リーマンショック後の急激な景気悪化を防ぐために積極的な財政出動を行い、2008年以降、財政状況を大きく悪化させた。ヨーロッパの一部の国では、自国の努力だけは解決できないほど問題が深刻化し、国際機関に対して金融支援の申請を余儀なくされた。このような諸外国と我が国の財政状況を比較する。

我が国の債務残高はOECD平均より速いペースで増加

OECD諸国について、リーマンショック発生前の2007年から直近2011年までの基礎的財政収支と一般政府債務残高対GDP比の変化を確認しよう。まず、ほとんどの国において、基礎的財政収支が悪化し、債務残高が増加している(第1-3-15図(1))。債務残高の増加ペースは、アイルランドやギリシャなどのヨーロッパ周縁国において速い傾向にある。日本は、大震災という固有の要因を考慮しても、主要先進国の中でも相当な速度で債務残高が増加していることや、政府債務残高対GDP比の水準が最も高いことを踏まえると、ここ数年間の日本の財政悪化は非常に厳しいといえる。

リーマンショック後の2009年以降に限って見れば、債務残高対GDP比の上昇した国が多く、債務残高の抑制は進まなかった(第1-3-15図(2))。他方、基礎的財政収支対GDP比については、収支の改善を進める国が多い一方、日本の収支は大震災などの影響もあって、改善の動きが見られなかった(第1-3-15図(3))。

リーマンショック後の財政出動が収支悪化の主因

各国の財政収支対GDP比について、2007年から2011年までの悪化要因を見ると、歳入よりも歳出の影響が大きいことが分かる。このことから、リーマンショック後の急激な景気悪化を防ぐために、各国政府が積極的な財政支出の拡大を行ったことが、財政収支の悪化につながったと考えられる(第1-3-16図(1))。日本においても、リーマンショック後の景気下支え策としての財政政策の実施により、公共投資が一時増加した(第1-3-17図)。そうした政府支出の拡大は、ほとんどの国で2009年頃までに終了しており、その後は歳出削減が進められた(第1-3-16図(2)(3))。

1-9 リーマンショック後の財政健全化の動き

各国政府によるリーマンショック後の財政健全化の取組について、構造的基礎的財政収支を用いて確認しよう。OECD諸国の構造的基礎的財政収支対潜在GDP比を見ると、2009年に悪化した後、2010年~2012年にかけて改善が進んでいる国が多い(コラム1-9図(1))。Guichard et al.(2007)の定義に基づくと、この間にOECD諸国30か国のうち8割の国で財政健全化が始まり、2年間以上継続している国も多い(コラム1-9図(2))129。しかし、日本は収支の改善がほとんど進まなかった。

財政健全化を進めた主要国の収支と実質GDPの関係を見ると、イタリア、ポルトガル、ギリシャ、スペインなどのソブリンリスクが顕在化した国では、経済が低迷している中でも、政府債務問題に対処するため、財政健全化策を実施せざるを得なかったこともあり、実質GDPが減少した。他方、英国、フランス、ドイツ、アメリカでは収支を改善させる中で実質GDPも増加した(コラム1-9図(3))。こうした各国の事例をかんがみれば、財政健全化と経済成長を両立させることも可能と考えられる。

債務増加国の中で目立つ我が国の金利負担の低さ

こうした財政悪化が、国債金利や利払費に与えた影響について確認しよう。一般に、景気後退が見込まれるときは資金需要の低迷から金利の低下が見込まれるが、財政悪化が深刻な場合には、景気後退による一段の財政悪化懸念などからソブリンリスク(国債保有リスク)が高まり、金利も大きく上昇する。ソブリンリスクが顕在化した、アイルランド、ギリシャ、ポルトガルなどの金利は、2007年から2011年の間に2倍以上も上昇し、イタリアやスペインも財政の先行きに対する懸念から金利上昇が見られた(第1-3-18図(1))。他方、日本も、それらの国と同じように債務残高が積み上がっていたが、金融市場においてソブリンリスクが急速に高まることはなく、金利はむしろ低下した。

その結果、我が国の利払費は相対的に抑制されている。OECD諸国の債務残高の変化と利払費の変化には、総じて正の相関が見られるが、日本は、債務残高が大きく増加したにも関わらず、利払費はほとんど変化していない(第1-3-18図(2))。ただし、利払費が急速に拡大した国々の事例を踏まえると、日本においても、ソブリンリスクの高まりに伴う金利上昇によって、利払費が増加するリスクについては留意が必要である。なお、財政収支が悪化すると、国債金利の長短スプレッドが拡大する傾向にあるが、日本においては、そのような傾向も見られない(付図1-16)。

(2)公共投資と社会保障費の長期的な動向

今回の世界的な財政悪化局面では、歳入よりも歳出の悪化寄与が大きいこと、各国政府が2009年以降に支出抑制を進めていることを確認した。中長期的な視点から先進国の財政を展望しても、歳出抑制に取り組むことが、財政健全化の重要な鍵となっている(第1-3-19図)。こうした歳出構造について、主要な歳出項目である公共投資と社会保障費に着目して、我が国の特徴を概観する。

我が国の公共投資は他の主要先進国と同程度まで低下

主要先進国の公的固定資本形成対GDP比の長期推移を見ると、日本は2000年代前半まで最も高い水準にあったが、財政構造改革によって公共投資の削減が進められたことなどの影響もあり、近年は、他の主要先進国と同程度の水準まで低下している(前掲第1-3-17図)。OECD諸国の2011年の公的固定資本形成対GDP比を比較しても、日本は平均的な位置にある(第1-3-20図)。

また、公的固定資本形成対GDP比の1995年から2011年までの変化を確認すると、日本の低下幅はOECD諸国の中で最も大きく、他国よりも公共投資の削減が行われてきた130。期間別に見ると、2005年から2011年に公共投資削減の動きが鈍化しているが、これはリーマンショック後の景気下支え策や大震災からの復旧・復興のための施策などが影響している。政府債務問題を抱えるポルトガル、スペイン、アイルランドなどは、2005年から2011年の期間に公共投資を削減している。これは債務危機に対応するための財政緊縮策によるものであり、特に、2010年以降に公共投資の削減が目立つ。他方、同じような財政問題を抱えるイタリアでは、公共投資の水準が長期的に低位で安定しており、財政悪化の要因とはなっていない。

高齢化を背景に各国で社会保障費が増大

OECD諸国の公的社会支出対GDP比について、1980年から2012年までの変化を比較すると、以下の点が指摘できる131。まず、日本の上昇幅は、ポルトガル、ギリシャに次いで大きく、社会保障費の増大が財政悪化に強く影響していることが分かる(第1-3-21図(1))。また、その上昇幅は、1990年代に入ってから拡大している。この要因を探るために、分野別の支出動向を確認すると、年金などの「高齢」と「医療」の寄与が大きい(第1-3-21図(2))。この背景としては、我が国の高齢化の進行ペースが諸外国を上回っていることが指摘できる。今後もこの傾向が続くと見込まれるため、我が国の財政健全化においては、社会保障制度の徹底した重点化・効率化などを通じた改革が重要な課題となっている。

他の先進国においても高齢化が着実に進んでいるため、ほとんどの国で社会保障費が増加しており、その動きは2000年以降に強まっている。ここ数年、政府債務問題が深刻化した国では、公共投資とともに社会保障費の削減も行われている。

社会保障費が増加する中で国民負担を据置き

これまで我が国の社会保障費(公的社会支出)の増加ペースが諸外国より速いことを見てきたが、社会保障制度の枠組みの中では、政府の支出と収入のバランスが重要である。OECD諸国の公的社会支出(政府の支出)と国民負担率(政府の収入)の関係を散布図によって確認すると、日本の政府の支出は中程度に位置しているが、政府の収入は低位にある(第1-3-22図(1))。なお、国民負担率に将来の負担となりうる財政赤字を含めた潜在的国民負担率で見ると、日本は平均よりやや下に位置する(第1-3-22図(3))。

また、日本について経年変化を見ると、グラフ上、上方に垂直移動している。これは、国民負担は増加しない一方、公的社会支出が増加してきたことを示している。我が国では、今後も高齢化率が上昇すると見込まれるため、公的社会支出の拡大が続き、上方にシフトする圧力が働く(第1-3-22図(2))。これは、政府の歳入が増加しないままに、政府の公的社会支出が増加し続ける状況を示している。我が国の社会保障制度を長期的に持続させていくためには、公的社会支出の重点化・効率化によって上方シフトを止めるか、国民負担の増加によって右上方向にシフトさせるか、若しくは両者をうまく組み合わせることが必要だと考えられる。

(3)付加価値税率を引き上げる国が増加

我が国では、2013年秋に2014年4月からの消費税率引上げについての判断が控えている。また、近年、ヨーロッパを中心に、財政健全化のための歳入面の対策として、付加価値税率を引き上げる国が増加している。そこで、付加価値税の国際比較を行うとともに、2000年以降のEU諸国の付加価値税率引上げの経験を検証し、税率の引上げが景気に及ぼす影響について考察する。

税収の付加価値税に対する依存度が上昇

OECD諸国の中で付加価値税を導入している国の標準税率を比較すると、我が国の5%が最も低く、最も税率が高い国はアイスランドで25.5%となっている(第1-3-23図(1))132。こうした税率の違いを反映して、日本の付加価値税収の対GDP比や、その税収全体に占める比率も国際的に最も低い水準にとどまっている。

OECD全体の税収構造の特徴としては、以下の点が挙げられる。まず、1970年代から1990年代にかけて税収全体に占める付加価値税の割合が2倍以上も増加しており、長期的に付加価値税に対する依存度を大きく高めてきたことが分かる(第1-3-23図(2))。その後、2000年代は横ばいで推移していたが、欧州政府債務危機が深刻化した後に、財政緊縮策として付加価値税率を引き上げる国が増加したことなどから、最近は再び上昇している。他方、所得税の割合は、1980年頃から低下傾向にあり、所得税から付加価値税へ税収構造のシフトが進んだ。法人税収は、2000年代前半の世界的な景気拡大局面で大きく伸びたが、リーマンショック後に大きく落ち込んだ。その変動をならしてみると、長期的には、おおむね横ばいの動きが続いている。

所得税から付加価値税に移行する理由として、景気変動に対して付加価値税収が相対的に安定していることが指摘される133。ただし、リーマンショックに伴う世界的な金融危機では、個人消費の落ち込みによって、所得税収と同様、付加価値税収が落ち込むケースが見られた(第1-3-23図(3))。

付加価値税率と付加価値税の税収調達力は逆相関の関係

国の税収を増やすという観点から付加価値税を考える場合、標準税率や税収規模だけなく、税収調達力についても検討する必要がある。OECD諸国について、標準税率1%当たりの付加価値税収対GDP比と、OECDの公表しているVRR(VAT Revenue Ratio)を見ると、我が国は両指標ともOECD平均を上回っており、消費税(付加価値税)の税収調達力が高いことが確認できる(第1-3-24図(1))134。また、標準税率が低い国は、当然のように付加価値税収が少ないが、税収調達力については、逆に高くなるという傾向が観察される(第1-3-24図(2)(3))。これは、標準税率が高い国では軽減税率が導入されている国が多く、全ての財・サービスに標準税率を適用した場合より、税収が減少することなどを反映している135

我が国の消費税率は国際的に見て低い水準にあるが、税収調達力が高いことを考えると、税率の引上げに伴う税収増加の効果は大きいと考えられる。付加価値税率の議論においては、こうした税収調達力も重要な論点である。

景気低迷下で付加価値税率の引上げを行うEU諸国

EU諸国において、付加価値税率の引上げを実施した国の数は、2008年のリーマンショックから1年ほど経過した後に増加した(第1-3-25図(1))136。これは、各国政府が、リーマンショック後の税収の落ち込みや経済対策によって悪化した財政状況を立て直すために、EU諸国の景気が持ち直す中、付加価値税率を引き上げ、税収の拡大を目指したことによる。その後、欧州政府債務問題の深刻化などを背景に、EU圏の経済成長率はマイナスに転じたが、財政健全化策の一環として、複数の国で税率が引き上げられている。

EU諸国の付加価値税率の引上げ幅を見ると、1%と2%の引上げ幅を選択している事例が最も多く、次いで3%となっている(第1-3-25図(2))。なお、一度の引上げ幅が1%の場合であっても、複数回にわたり付加価値税率の引上げを行っている国も多く見られる。最大の引上げ幅は5%であるが、2000年以降は2つの事例に限られる。一般に、小幅な引上げを何度も繰り返すと事業者の事務負担が増加する一方、大幅な引上げは景気全体への影響が大きくなると考えられる。英国とドイツは、こうした点も含めて総合的に判断し、それぞれ2.5%、3%の幅で引き上げた137。なお、EU全体の傾向として、リーマンショック後には、1%と2%の幅で税率を引き上げたケースが多くなっている。各国政府が、大幅な税率の引上げによる景気の下押しリスクなどを考慮して、小幅な変更にとどめた可能性がある。

付加価値税率の引上げは必ずしも経済成長を阻害せず

付加価値税率の引上げと景気動向の関係について検討するために、実質GDP成長率と実質個人消費の変化を確認しよう138。実質GDP成長率は、税率を引き上げる直前の四半期、引上げ時ともプラス成長を維持する事例が少なくない(第1-3-26図(1)(3))。この背景として、増税前の駆け込み需要に加え、景気状況が大きく悪化している時に増税しなかった国もあることなどが考えられる。リーマンショック前に限って見ると、引上げ直前と引上げ時の2四半期連続でプラス成長となった事例の割合が多い。そのため、税率の引上げに伴う駆け込み需要は、経済成長の押上げに寄与したと考えられるものの、その後の反動減は、必ずしも経済全体を押し下げる程の規模だったとはいえない。

実質個人消費については、引上げ直前の四半期はプラス成長となる一方、引上げ時には短期的にマイナス成長となる傾向がある(第1-3-26図(2)(4))。このように、個人消費においては、税率の引上げに伴う駆け込み需要とその反動減の影響が明確に観察される。ただし、引上げ直前の四半期の動きについては、リーマンショック前後で違いが見られる点に注意が必要である。リーマンショック前は、一つの事例を除いてプラス成長であったが、リーマンショック後は、消費の基調的な動きが弱かったため、駆け込み需要があってもマイナス成長となった事例も多い。

また、付加価値税率の引上げ時にマイナス成長となった事例について、その後マイナス成長がどれくらい続いたか確認してみても、リーマンショック前後で状況が大きく異なっている。リーマンショック前は、実質個人消費が2四半期以上マイナス成長を続ける事例は一つしかない。実質GDPも2四半期以上が1回観察されるだけで、3四半期以上の事例はない。しかし、リーマンショック後は、財政状況の深刻な場合に、国際金融市場の信認を得るためや、税収を少しでも増やすために、経済が停滞している中でもやむを得ず税率の引き上げを行う国が見られた139。このような国では、その後の欧州政府債務問題などもあり、3四半期以上のマイナス成長を記録した例も存在している。

以上のようなEU諸国の事例からは、以下の特徴が指摘できる。まず、付加価値税率の引上げは、駆け込み需要とその反動減によって個人消費に影響を及ぼす傾向が見られたが、必ずしもマイナス成長に陥るわけではなく、経済全体を低迷させるものとはならなかった例も多い。リーマンショック前は、付加価値税率の引上げ後もプラス成長が続いた国が多い一方、リーマンショック後は、欧州政府債務危機などが景気に大きな影響を与えたこともあって、付加価値税率の引上げ前後にマイナス成長が続いた国も見られる。財政状況が極めて悪化した国においては、歳出削減や所得税などの増税と併せ、付加価値税率の引上げを行わざるを得ない例もあった。我が国がこのような事態に陥らないためにも、経済再生と財政健全化の両立に向けた取組を着実に進める必要がある。


(112)復旧・復興対策の経費及び財源の金額を除いたベース。
(113)2009年度は、雇用調整助成金の給付増加や基礎年金の国庫負担割合の変更なども赤字幅拡大に寄与した。
(114)内閣府(2013)「足元の経済財政の状況について」を参照。
(115)絶対的な額で見た場合には、社会保障費が歳出の中で大きな割合を占めているという構造的事情があることに留意する必要がある。
(116)裁量的な財政政策としては、公共投資や減税に加えて、当期の利益を過去の欠損金を繰り越して控除できる「欠損金の繰越控除制度」などが挙げられる。
(117)なお、「2011年度東日本大震災復旧・復興関係経費」は年度末時点の執行率が61%となり、その経費の4割弱が翌年度以降に繰り越された。
(118)ただし、2013年度一般会計予算の公共事業関係費については、地域自主戦略交付金の廃止に伴う移行額6,395億円が含まれており、この影響を除くと、前年度とおおむね同水準。
(119)年金対GDP比の先行きは低下する見通しとなっているが、これは、マクロ経済スライドなどにより、年金支給額の伸びがGDPの伸びを下回る見込みであることによる。
(120)最終的な保険料水準及びそこに到達するまでの各年度の保険料水準を固定した上で、「現役人口の減少」と「平均余命の伸び」というマクロで見た給付と負担の変動に応じて、その負担の範囲内で給付水準を自動的に調整する仕組み。
(121)年金の受益と負担に対するデフレの影響については、Hosen(2010)、増島・森重(2012)を参照。
(122)名目成長率の上昇に伴って金利が上昇し、グロスの債務の増加要因となる面があることなどには留意が必要である。
(123)2011年12月に公布、一部施行済み。
(124)第1章第1節を参照。
(125)税収弾性値については、内閣府(2011a)において詳細な分析がなされている。
(126)このリスクプレミアムとは、将来の不確実性に対して投資家が要求する金利上乗せ分のことであり、財政リスク、流動性リスク、金融システムリスク、価格変動リスクなどが含まれる。
(127)例えば、財政問題を抱えるイタリアにおいては、リスクプレミアムが大きな金利押上げ要因となっている(付図1-15)。
(128)松元(2009)を参照。
(129)財政健全化については、様々な定義があることから、ある程度の幅を考慮する必要がある。
(130)なお、リーマンショック後(2008年~2011年)は横ばいとなっている。
(131)OECDの公的社会支出には、社会保障費に加えて、家計に直接移転されない施設整備などの費用も含まれる。
(132)2013年1-3月期時点においては、ハンガリーで税率が27%と最も高い。アメリカでは、州や市ごとに小売売上税が課されているが、連邦レベルでは課税されない。
(133)付加価値税の他の長所として、水平的公平性、世代間公平性、中立性、簡素性などが指摘できる
(134)VRRは、(1)実際の付加価値税収、(2)全ての課税ベースに標準税率を適用した場合の消費税収、を比較したものである。VRRの水準は、各国の税率構造などの影響を受けるため、ある程度の幅を考慮する必要がある。
(135)軽減税率については、Mirrlees et al. (2010)の議論などを参照。
(136)付加価値税率の引上げは標準税率のみを取り上げ、期間は2000年1-3月期~2013年1-3月期を対象とした。EU諸国では、軽減税率が一般に導入されており、標準税率が引き上げられた場合でも、軽減税率の据え置かれる場合が少なくない。
(137)英国は2010年1月と2011年1月、ドイツは2007年1月に税率を引き上げた。
(138)税率引上げを実施した時期と、実施していない時期におけるGDPと消費については、付注1-10を参照。また、OECD諸国の付加価値税率の引上げタイミングとGDPギャップの関係については、内閣府(2011b)を参照。
(139)例えば、2011年1-3月期のポルトガル、2011年7-9月期のイタリア、2012年7-9月期のスペインなどが指摘できる(付図1-17)。
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