平成21年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

― 危機の克服と持続的回復への展望―

平成21年7月

内閣府


目次][][][年次リスト

第1節 今回の景気後退の特徴

 日本経済は2007年10月1を景気の山として、景気後退局面に入った。ここでは、今回の後退局面における経済指標の動きを振り返りながら、過去の後退局面と比べた特徴を明らかにする。まず景気の全体的な特徴をまとめたあと、企業部門、家計部門についてやや詳しくみよう。


1 全体的な特徴

 今回の景気後退の基本的な性格を挙げるならば、海外からの大きなショックの影響を受けたことである。そして、これが国内経済に波及した。その点を明らかにするために、最初に、国内経済の動きを概観するとともに、海外要因の状況を確認する。その上で、景気後退の速さ・長さ・深さ、部門間の状況の違いといった視点から、全体的な特徴を抽出する。

(1)景気悪化テンポの加速と海外要因

 本節の分析を始めるに当たって、大きな枠組を整理しておこう。第一に、国内景気の動きを2つの段階に区分する。第二に、世界貿易、原油・原材料価格や為替レートなど、我が国に重大な影響を及ぼした海外要因の変化を確認する。

●リーマンショックの前後で様相の異なった今回の景気後退
 今回の景気後退は、2008年9月におけるアメリカのリーマン・ブラザーズ破綻(以下「リーマンショック」)の前後で2つの段階に区分できる。2007年末頃からリーマンショック前までがいわば第一段階であり、アメリカを中心とする金融不安、景気の減速、原油・原材料価格の高騰などから、我が国の景気も緩やかながら弱まりを示した時期である。リーマンショック後の第二段階では、金融不安が世界的な金融危機へと発展し、世界景気は一段と下振れ、世界同時不況と呼ぶべき事態に至った。こうしたなかで、日本経済の状況も一変し、外需の大幅な減少に伴う企業部門の急速な悪化が始まった。
 このような景気後退の姿をGDPの動きで振り返ってみよう(第1−1−1図)。今回の後退局面に先立つ拡張局面は2002年2月に始まったが、その後の実質GDP成長率の推移を年度ベースで見ると、2003年度以降は2%台で推移した。2007年度は後半が後退局面となったが、それでも2%近くを維持した。しかし、2008年度の動きを見ると、4−6月期から前期比で減少が続いている。2008年1−3月期の成長率が「うるう年」によって押し上げられ、4−6月期にその反動が生じた可能性があるので、1−3月期、4−6月期を均して考えると、7−9月期までは緩やかな減少であったといえる。その後、10−12月期からは前期比で3%を超える大幅な落ち込みとなった。このようなGDPの動きから、今回の景気後退が二段階に区分されることが確認できる。
 需要項目別に見ると、2007年度まで回復を主導してきた輸出が、2008年に入ってほとんど伸びなくなり、10−12月期には大幅に減少していることが分かる。10−12月期、1−3月期のGDPの減少についてはいずれも輸出の減少が最も大きいマイナス寄与となっている。しかし、内需のうちの民需も2008年に入って一段と弱まり、2009年1−3月期には外需以上に大幅な減少となった。これは、大幅な減産による在庫調整を背景として、企業収益の大幅な減少や期待成長率の低下によって設備投資が減少したこと、企業部門の悪化が家計部門に波及して個人消費や住宅投資が減少したことなどによる。

●世界貿易が縮小するなかで日本の輸出も大幅に減少
 リーマンショック後に外需の寄与が大幅にマイナスとなった。主要国(日本を除く)の輸出の合計額(ドルベース)は、2008年7−9月期までは前年比10%以上の伸びを示してきたが、10−12月期以降は大幅な減少が続いている(第1−1−2図(1))。こうしたなかで日本の輸出(ドルベース)についても、主要国を上回るペースで減少してきた。この間、円高が進んだため円ベース、数量ベースではさらに減少幅が大きくなっている。なお、2009年3月以降、持ち直してきているが、この点については後述する。
 日本の輸出数量を地域別に見ると全地域で減少した(第1−1−2図(2))。もっとも、地域によって減少のタイミングが多少異なる。今回の世界同時不況の震源地ともいうべきアメリカ向けは、2007年当初から横ばいであり、2008年に入ると減少に転じた。EU向けもこれに近い動きを示していたが、リーマンショック後に急速な減少となった。これに対し、アジアやその他地域向けは、リーマンショックまでは比較的底堅く推移しており、その後、欧米向けと同様に急速な減少となった。このように、2008年半ばまではアジア向け等で底堅さが残ったため、我が国の輸出数量は全体として大きく崩れず、景気も緩やかな後退にとどまったと考えられる。

●原油・原材料価格や為替レートも大きく変動
 海外発のショックとして、原油・原材料価格、為替レートの激しい動きも指摘できる。これらの状況とその物価への影響を見ておこう。
 原油価格は、2003年から上昇傾向で推移しており、2007年のサブプライム住宅ローン問題の顕在化により、株式市場などから商品市場へ資金が流れたこともあって、騰勢を強め、2008年7月には1バレル145ドルに達した(第1−1−3図(1))。輸入価格は、2003年の1キロリットル2万円前後が、2008年8月には9万円を超えるに至った。しかしその後は急落に転じ、世界的な金融危機の深刻化、景気後退の広がりのなかで上昇時のテンポを上回る速さで下落が続いた。その他のエネルギー価格、穀物価格等もピークをつけた時期にずれはあるものの、総じて原油と同じような動きとなった。
 対ドル円レートは、2007年7月以降、アメリカにおける金融不安の高まりなどを背景に円高方向で推移し、2008年3月には中心レート2で97円台にまで達した。その後、一旦は円安方向に戻る動きもあったが、2008年8月から再び反転、リーマンショックを受けて金融危機が深刻化するなかで円高が進んだ。なお、同じ円高ドル安でも、2008年3月まではドルがユーロを含む主要通貨に対し減価した結果であるのに対し、8月以降は円の独歩高であった。2009年2月以降は、日本の景気後退の厳しさが認識されたこともあって、円安方向に戻る展開となった。
 このように、2008年夏頃から年末にかけて原油・原材料価格は大幅に下落し、対ドル円レートは大幅に増価した。これは、これまで悪化してきた我が国の交易条件が大きく改善したことを意味する。交易条件の改善による物価への影響をGDPデフレーター等で見てみよう(第1−1−3図(2))。まず、輸入デフレーターに着目すると、2008年7−9月期にかけて前年比伸び率が高まったが、10−12月期以降は大幅な低下となっている。次に、国内需要デフレーターは、10−12月期以降、前年比伸び率が大きく低下し、輸入物価の下落が国内での消費財や投資財の物価に波及してきたことを示している。この結果、それまで前年比で低下を続けていたGDPデフレーターは、逆に上昇に転じた。GDPデフレーターは、生産物1単位当たりの付加価値(雇用者報酬や企業収益)であるから、その上昇は、輸入品のコストによる付加価値の圧迫が緩和されたことを意味する。

(2)今回の景気後退の速さ、長さ、深さ

 次に、今回の景気後退の特徴を、量的な側面から評価してみよう。一つ目は、「速さ」であり、主要指標の悪化テンポに着目する。二つ目は、「長さ」であり、主要指標の悪化が続いた期間を振り返る。三つ目の「深さ」は、需給ギャップの状況などから判断する。

●リーマンショック後の景気悪化は歴史的な速さ
 今回の景気後退は過去と比べて「速さ」という点ではどうだろうか。前述のとおり、リーマンショックの前後では景気後退の様相がまったく違うが、それを最も端的に示すのは「速さ」の違いである。そこで、2つの段階の違いを念頭に置きながら過去との比較を行ってみよう。比較の対象は、2回の石油危機に伴う後退局面(第一次石油危機後:1973年11月〜、第二次石油危機後:80年2月〜)と、最近の3回の後退局面(バブル崩壊後:91年2月〜、金融危機の前後:97年5月〜、ITバブル崩壊後:2000年11月〜)としよう。
 景気全般を代表する指標としてGDP、企業部門の動きを代表し景気との連動性も高い指標として鉱工業生産について比較してみよう。今回の後退局面のうち2008年7−9月期以前について見ると、GDPでは最近の2回の後退局面とおおむね同じテンポであった(第1−1−4図(1))。また鉱工業生産でも、第二次石油危機後やバブル崩壊後と同じ極めて緩やかな減少テンポであり、最近では珍しいケースであった(第1−1−4図(2))。しかし、GDP、鉱工業生産のいずれについても、10−12月期以降は過去と比べても景気の悪化が急速であったことが分かる。その後、鉱工業生産は、3月以降プラスに転じているがこれについては後述する。

●景気後退の長さは少なくとも過去の平均に達した可能性
 次に、景気後退の「長さ」である。日本の戦後を振り返ると、全部で14の景気循環が記録されている(内閣府「景気基準日付」による)。これに基づいて過去の景気循環における後退局面の長さを見ると、平均16か月となっている(第1−1−5図)。もっとも、1980年以降をそれ以前と比べると、後退局面は長期化する傾向にある。特に、80年3月〜83年2月の第二次石油危機後の後退局面、91年3月〜93年10月のバブル崩壊後の後退局面は30か月を超えた。
 今回は、2007年10月の「山」から数えると、2009年2月で過去の平均である16か月に達している。この時点の鉱工業生産など一致指標の状況から判断すると、今回の後退期間は少なくとも過去の平均的な長さには達した可能性が高い。問題は、今後さらに景気後退が長期化するかどうかだが、これについては第3節でやや詳しく検討する。ここでは過去に長期化した2つのケースの特徴を指摘しておく。第二次石油危機後、バブル崩壊後に共通するのは、途中で一度、在庫調整が終了に向かう局面を迎えたことである。にもかかわらず、輸出の不振を受けて過剰な在庫が再び積み上がり、景気の失速に至っている。こうした展開を繰り返さないことが、景気後退を長期化させない条件の一つとなろう。

1−1 日米の景気基準日付
 過去における日本の景気循環を、アメリカと対比しながら振り返ってみよう(コラム1−1表)。日米では景気基準日付の設定に際して着目する指標が違うことなどに留意が必要だが、これらの日付から分かる特徴は、次のとおりである。
 第一に、アメリカが景気後退に入ると、同時またはやや遅れて日本も景気後退に入ることが多い。第一次石油危機のときは、総需要抑制政策の結果としてそれぞれ景気後退に陥った。第二次石油危機では日本の国内対応は比較的成功したが、その後のアメリカを含めた世界同時不況の影響で長期にわたる緩慢な後退を経験した。また2000年11月からの日本の景気後退は、アメリカのITバブル崩壊の影響を受けたものであった。
 第二に、アメリカと比べると、日本では拡張局面が短く、後退局面は長い傾向にある。例えば、アメリカで、80年代と90年代のそれぞれにおいて、長い拡張局面が続いていた間に、日本では85〜86年にプラザ合意後の円高不況、97〜99年には金融危機を伴った景気後退があった。またアメリカでは雇用調整が速いこともあって、景気回復力が強くV字型となりやすい点も指摘できる。
 2007年秋以降の景気後退局面でも、日本とアメリカはほぼ同時に景気後退に入ったと見られる。一方、2009年に入ってからの日米の景気動向を比べると、アジア向け輸出の持ち直しなどから、日本において生産関連指標の改善が早めに現れている。しかしながら今回も、日本の景気が持続的な回復に向かうかどうかについては、アメリカの景気動向が重要な鍵を握るものと考えられる。


●GDPギャップで測ると今回は深い景気後退
 景気後退の「深さ」についても考えよう。単純に「深さ=速さ×長さ」であるとしよう。前例がないほど景気後退のテンポが速い一方、期間は少なくとも過去の平均には達した可能性が高いと見られることから、GDPや鉱工業生産のピークからの減少幅も極めて大きいことになる。
 もっとも、経済活動に何らかの潜在的な水準があり、そこからの距離によって景気後退の「深さ」を見る、という考え方もできる。景気の「山」が経済の過熱した状態にある場合と、そうでない場合とでは、同じ幅で経済活動が縮小したとしても、その後の成長の姿にとっての意味づけが異なるからである。そのような代表的な指標としてGDPギャップがある。例えば、GDPギャップが大幅にマイナスのまま推移するということは、マクロ的に超過供給の状態が続くことを意味し、経済がデフレに陥るリスクが高まる。2009年1−3月期には、まさにGDPギャップが過去と比べて大幅にマイナスとなっており、その意味で景気後退が「深い」と評価できよう(第1−1−6図)。
 こうした意味の「深さ」は設備の稼働率や失業率といった個別指標でも捉えることができる。本来は、これらの指標も潜在的、あるいは構造的な水準とのかい離をみるべきであるが、ここでは大きな動きだけを捉えるために水準そのものに着目しよう。まず稼働率については、減産幅が著しく大きかったことを受け、過去と比べて極めて低い水準にある。これは、設備の調整圧力の高さという意味でも深刻な状況にあることを示唆している。一方、失業率は上昇しているものの、2002〜2003年の過去最高水準(5.5%)には2009年春の時点では達していない。しかし、2002年以降の例でも分かるように、我が国の失業率は景気に遅れて変動することから、今後さらに悪化する懸念があることに留意が必要である。

(3)今回の景気後退における部門間の相違

 景気後退の姿が部門間でどう違うのだろうか。実体経済と金融、内需と外需、企業と家計という三つの視点からの対比で見てみよう。

●金融面より実体経済の悪化が顕著
 今回は世界的な金融危機の中で我が国の景気後退が生じているが、日本国内での金融面の悪化は、実体経済の動きと比べどの程度であろうか。具体的には、実体面での景気悪化を代表する指標として鉱工業生産、金融面での指標として株価及び銀行貸出をとり、第一次石油危機以降の景気後退局面の前後におけるその変化により評価してみよう(第1−1−7図)。これによると、次のような特徴を見出すことができる。
 第一に、今回は生産の下落幅が過去最大であるが、株価も同様である。しかし、生産と対比した株価の下落幅は、過去3回の後退局面と比べて相対的に小さい。実際、今回の株価下落は金融株のみならず輸出関連株を始めとして広範な業種で厳しいものとなっており、実体経済面の悪化を先取りする要素が大きかったと見られる。
 第二に、今回は、生産が大きく減少する一方で、銀行貸出がほとんど変化していない。これに対し、前2回の後退局面では、生産の減少幅が今回よりも小さいものの、銀行貸出が減少している。97〜98年の金融危機時はもちろん、2000〜2001年のITバブル崩壊時にも不良債権問題が解決しておらず、銀行のリスク許容力が著しく低下していたことを示している。
 以上を踏まえると、我が国における今回の景気後退は国内的な金融危機を伴うというよりも、実体経済中心の悪化が顕著で、それが金融にも波及したという性格のものであったことが分かる。

●外需、内需ともに大きくマイナス寄与
 景気後退局面における平均的な実質GDPの成長率を、内需、輸出、輸入の寄与に分けてみよう(第1−1−8図)。特徴的なことは、輸出と輸入の寄与の合計である外需の寄与が著しいマイナスとなったのは今回が初めてであること、内需も大幅なマイナスとなっていることである。それでは、今回と同様に「世界同時不況」と呼ばれた80年2月以降やITバブル崩壊に伴う輸出減少が記憶に新しい2000年11月以降からの後退局面では、なぜ外需が大きなプラス、またはわずかなマイナスにとどまり、今回はなぜ外需が大きなマイナスとなったのだろうか。
 その理由として、次のようなことが指摘できる。第一に、今回は、輸出の減少率そのものが著しく大きいことである。80年2月以降の後退局面では、前半は輸出がむしろ増加しており、「世界同時不況」に伴う輸出の減少は後半に限定されていた。また、ITバブル崩壊のときは、電子部品等を中心とした輸出減が中心で、今回と比べれば全体としては緩やかな減少であった。第二に、輸出依存度の高まりである。GDPに占める財貨・サービスの輸出の割合(実質ベース)は、80年、2000年に比べ、2007年には相当程度高くなっている(コラム1−2参照)。
 また、今回において内需が大幅なマイナスとなった背景としては、外需の落ち込みによる景気悪化が内需にも波及したことによると考えられる。

1−2 日本の輸出依存度
 日本の輸出依存度は時系列で見てどう変化してきたのであろうか。輸出依存度として、「国民経済計算」(SNA)ベースの財貨・サービスの輸出のGDPに占める割合(実質ベース)をとると、80年には8%弱であったが、2000年には11%程度となり、その後さらに一段と上昇して2008年には16%程度に達している(コラム1−2図)。2000年代の急速な上昇は、内需が伸び悩むなか、世界経済の拡大に伴い、日本が自動車等の機械類の輸出を中心に景気回復を遂げたことを反映している。なお、この間、輸出に占める財貨の割合は9割弱で推移してきた。
 他方、日本の輸出依存度を国際比較すると、必ずしも高いとはいえない。例えば、アメリカと比べるとやや高いものの、EUとの対比では、相当程度低い。これは、EUについては、域内貿易のウエイトが高いことによると考えられる。


●労働分配率は急上昇
 次に企業部門と家計部門の相対的なダメージを比べよう。具体的には、労働分配率(ここでは分子に雇用者報酬、分母に最近のデータが存在するGDPをとった)と民需に占める家計部門の支出である個人消費、民間住宅の割合に着目する。一般に、後退局面の初期において労働分配率は上昇する傾向にある。また、民需に占める家計部門の割合は後退局面を通じて上昇する傾向にある。
 今回は、労働分配率が急速に上昇した(第1−1−9図)。すなわち、企業収益が大幅に減少する一方、雇用者報酬の動きは相対的に小さかった。また、支出面でも、民需に占める家計部門の支出の割合が顕著に高まった。実際、97年と2001年をそれぞれ起点とする後退局面と比べると、雇用者報酬の減少はこれまでのところ緩やかである。後述のように、個人消費はどの後退局面でも雇用者報酬の伸びと近いペースで動いている(ただし98年には減税のためかい離)。したがって、民需に占める家計のウエイトの上昇は、企業収益の落ち込みもあって設備投資が大きく減少したことによるものである。


2 企業部門における調整の進展

 リーマンショック後の企業部門は、[1]予想以上のテンポで輸出など最終需要が落ち込み、在庫調整のため急激な減産が必要となったこと、[2]原油・原材料価格は低下したものの、需要の落ち込みを反映して売上、収益が急減したこと、[3]設備過剰感が大幅に高まり、期待成長率も低下したことから、設備投資の減少テンポも速まったこと、などの特徴が見られる。これらについて、順次、確認していこう。

(1)鉱工業生産

 ここではまず生産、出荷、在庫の推移を概観し、在庫率が急速に上昇した背景を明らかにする。また、在庫調整速度の観点から、これらの指標の動きを評価する。

●急激な減産が在庫水準の上昇を緩和
 前述のとおり、リーマンショック後の鉱工業生産の急減は、記録的なものであった。ここでは、在庫循環の視点からこの時期の生産の動きを特徴付けてみよう(第1−1−10図)。
 第一は、生産、出荷ともに急速な減少を示したことである。もっとも両者を比較すると、2009年1月までは生産、出荷とも減少率はほぼ同じであったが、2月には生産の減少率が出荷のそれを上回った。
 第二は、在庫率(出荷に対する在庫の比率)が急上昇し、これまでにない高さに達したことである。在庫率は2008年3月から緩やかに上昇を始めたが、11月以降、生産、出荷が急速に減少したことに伴って急上昇を示した。もっとも、2009年3月には、在庫率は低下に転じている。しかし依然その水準は高く、弱まってはいるものの在庫調整圧力が残っていることを示している。
 第三は、在庫の水準そのものは、緩やかにしか上昇せず、2009年1月には減少に転じていることである。これは、在庫調整の主因が、在庫の絶対水準が増加したことにあるのではなく出荷が急速に減少するなかで、在庫の出荷に対する相対水準が増加したことにあることを示している。望ましい在庫水準も新しい出荷水準に合わせて低下したことから、その水準に向けて在庫水準を急いで低下させたものと考えられる。

●在庫率が急速に上昇した背景
 今回、需要の減少に伴って急速な減産をしたにもかかわらず、在庫率が急速に上昇したのはなぜだろうか。先手を打って在庫水準をさらに低下させ、在庫率の上昇幅を抑えることはできなかったのだろうか。それが困難であったのは、リーマンショック後の需要の減少テンポが、企業が予想する以上に速かったためと見られる。具体的には次のようなデータからこれが確認できる。
 第一に、生産の予測と実績のかい離である(第1−1−11図(1))。生産の実現率(1か月先予測と実績の差)、予測修正率(2か月先予測と1か月先予測との差)の最近の動向を見ると、2008年10月までは大きくても2%程度の下振れが続いていた。しかし、11月以降の数か月間、実現率、予測修正率ともマイナス幅が急テンポで拡大した。なお、その後、マイナス幅は縮小し、これについては後述する。
 第二に、売上高の期初計画と修正計画のかい離である(第1−1−11図(2))。過去の動きを見ると、景気後退局面では計画が下振れるとともに、在庫率が高まる傾向にある。2008年度もその例にあてはまるが、特に下期の計画は大幅に下振れ、在庫率にも急上昇が見られた。
 第三に、需給判断の予測と実績のかい離である(第1−1−11図(3))。これも、景気後退局面で拡大するのが一般的であり、今回は、2008年4−6月期まで国内需給判断DIの予測と実績は一致していたが、やはり7−9月期からずれが生じた。さらに、10−12月期には、かい離は大幅なものとなった。海外需給判断DIも、10−12月期には国内需給以上に大きな予測と実績のかい離を示した。

●今回の在庫調整の速度をどう評価するか
 それでは、今回の景気後退局面では、在庫調整の速度はどう評価できるだろうか。過去のデータから、在庫の部分調整モデルを用いて速度を計測してみよう。このモデルでは、企業は前期の出荷動向を加味してこれまでの出荷見通しを修正し、新たな出荷見通しを立て、望ましい在庫水準は、その出荷見通しに比例したものと考える。その上で、企業は望ましい在庫水準と現実の在庫水準の差の一定割合を埋めるように、在庫を減らす(あるいは積み増す)。そのスピードが在庫の調整速度である。
 推計結果を見ると、在庫の調整速度は長期にわたって上昇傾向にあり、2000年代は特に一貫して上昇していることが分かる(第1−1−12図)。一方で、望ましい在庫水準の出荷見通しに対する割合(限界在庫率)は、低下している。こうした結果の背景としては、生産・在庫管理技術の不断の進歩があると考えられる。
 もっとも、今回の出荷の減少は、予想できないほど急激であった。したがって、上記のモデルに照らしていえば、望ましい在庫水準の下方修正が後手に回った可能性が高い。その結果、在庫調整速度が高まっていたとしても、予想に反して在庫率が急速に上昇したと考えられる。また、望ましい在庫水準自体を急いで引き下げたとしても、必要とされる減産幅が大きすぎて物理的に追いつかず、一時的に在庫調整速度が低下していた可能性も十分あろう。

●2009年春には生産が持ち直し
 前述の通り、リーマンショック後、鉱工業生産は急減し、在庫率は急速に上昇した。しかしながら、2009年3月以降、生産が持ち直している(前掲第1−1−10図)。それまでの厳しい減産が、多くの業種で緩和されつつあり、特に電子部品・デバイス、化学、輸送機械などが生産の増加に大きく寄与している。
 こうした生産の増加は、基本的には在庫調整の進展を反映したものと考えられる。在庫率を見ると、やはり2009年3月以降、急速に低下している。在庫率が顕著に低下している業種は、生産が増加している業種と一致している。もっとも、在庫率は、依然として高水準であり、過去2回の景気後退局面と比較しても高い(前掲第1−1−11図)。一方、限界在庫率は当時と比較して低下していることから、今後さらに在庫調整が進展すると見込まれる(前掲第1−1−12図)。
 出荷についても、生産や在庫率の反転と同じ時期から増加に転じている。業種別では、化学は海外向けを中心に出荷が大きく増加している。中国等向けに、化学製品の輸出が増加していると見られ、輸出がアジア向けを中心に持ち直していることと整合的である(前掲第1−1−2図)。一方、情報通信機械、電子部品・デバイス、一般機械等では国内向け出荷が増加している。これは国内の在庫調整が進展し、生産が持ち直していることによると見られる。
 また、鉱工業生産の実現率、予測修正率を見ると、リーマンショック後に大幅に落ち込んだ後、2009年2月以降マイナス幅が縮小し、その後、実現率はゼロ近傍、予測修正率はプラスで推移している(前掲第1−1−11図)。こうした実現率、予測修正率の改善傾向は、電子部品・デバイスを中心として、予想以上に速く内外の需要が持ち直し、在庫調整が進展したことから、減産の緩和スピードも上振れたことを示している。
 今後、在庫調整の圧力が一層低下するなかで、政策効果に支えられて国内向けの生産が回復に向かうことが期待される。また、欧米における金融危機と実体経済の悪循環が小康状態にあるなかで、中国経済等を中心に景気が回復に向かえば、日本からの輸出(相手国からさらに第三国に輸出するための部品供給も含む)も増加して、海外向けの生産が持続的に増加していくことが期待される。

(2)企業収益

 企業収益が減少した要因を整理するとともに、「これまでの収益の蓄積(ストック)」という面から見た企業の余裕度をチェックする。さらに、重要な費用項目である人件費に対する売上高減少の影響を考察する。

●売上高の減少が収益を大きく圧迫
 企業の経常利益は景気が後退するなかで減少を続けてきた。特に、リーマンショック後は減少幅の拡大が加速し、2009年1−3月期には製造業が赤字に転じた。ここでは、製造業・非製造業別、規模別に経常利益の前年比を要因分解し、リーマンショック後の特徴を整理しよう(第1−1−13図)。
 第一に、全体として売上高の減少が減益の大きな要因となっている。2008年7−9月期までは、大中堅企業では売上高は依然として増加していた。しかし、リーマンショック後は、需要急減による売上数量の減少、販売価格の低下を背景に売上高が減少に転じたと見られる。なお、販売価格の低下には、市況の悪化に加え、円高による円建て輸出価格の低下も寄与したと考えられる。
 第二に、大中堅製造業においては、変動費要因が収益押下げに寄与している。変動費要因は、7−9月期までも収益押下げに寄与していたが、これは原油・原材料価格の上昇を反映したものであると考えられる。10−12月期以降は商品市況が低下したものの、大企業では仕入れに関して長期契約の割合が高く、仕入れ価格の低下につながりにくかった可能性がある。
 第三に、大中堅製造業においては、2009年1−3月期には人件費要因がプラス寄与となった。中小企業においても、人件費要因が減益幅の圧縮に寄与している。これは、売上高の減少に対応して人件費の削減を進めた結果と考えられる。

●利益のストック面から見ても企業に余裕があるとはいえない状況
 直近の景気回復局面では、大中堅企業や製造業を中心に企業収益は歴史的な高水準に達していた。そのことから、収益が減少したとしてもまだ余裕があるのではないかという指摘も散見された。しかし、その後の減少テンポが急だったために、もはや経常利益の水準が過去の後退局面と比べて高いとはいえない状況にある。
 もっとも、フローの利益は減少しても、これまでの内部留保のストックがあるのではないか、という可能性は残る。そこで、大企業について、内部留保が蓄積された結果ともいうべき利益剰余金を調べると、確かに高い水準にある(第1−1−14図)。問題はその具体的な中身である。企業の資産形態を見ると、現金・預金、有価証券といった手元流動性の水準は傾向的に低下しており過去の後退局面と比べてもやや低めの水準にある。それではこの間、フローの利益をどこに回してきたかといえば、固定資産(設備投資)、負債の返済、配当等ということになる。このうち固定資産は手元に残っているものの、生産活動に必須のものであり余裕資産とはいえない。また、減産を余儀なくされるなかで稼働率が低下して、一部の設備が遊休状態となっても、機動的に資金化できるものではない。したがって、利益のストックで見ても「企業には余裕がある」といえる状況にはないことが分かる。

●大企業製造業では売上高から人件費への波及が短期化
 リーマンショック後の2008年10−12月期には、大中堅企業では売上高が減少に転じたにもかかわらず、人件費削減は目立って進まなかった(前掲第1−1−13図)。2009年1−3月期になって、ようやく大中堅製造業では人件費要因による収益へのプラス寄与が見られるようになった。こうした関係は今回の後退局面に特徴的な現象なのだろうか。ここでは、大企業全産業を対象にして、80年以降のデータをもとに売上高と人件費の相関関係を調べてみた。その結果、売上高の変動から3四半期後に人件費への影響が最も大きくなる、という傾向が見られた(第1−1−15図)。ただし、3四半期後との相関がその前後と比べて顕著に高いわけではない。
 次に、製造業に絞って、こうした相関関係がどう変化してきたかを見よう。それによれば、まず、80年代、90年代、2000年代と経るにしたがって、全般的な相関は低くなっている。しかし、相関のピークは80年代では2四半期後、次いで4四半期後であったのに対し、2000年代では当該四半期となっている。すなわち、売上高の変動が早期に人件費の変動に結びつきやすい状況となっている。これには、非正規雇用比率が上昇するなかで、企業が主として非正規雇用を雇用の調整弁として使っていることなどが影響していると考えられる。

(3)設備投資

 ここでは、生産の減少、稼働率の低下、設備過剰感の高まりという経路から、設備投資が減少に向かった様子を振り返る。また、資本ストック循環の面からも現状を評価する。

●設備過剰感の高まりと設備投資の減少
 我が国企業は2002年からの景気拡張局面で設備投資を増加させ、これがGDPの成長の柱の一つとなっていた。反面、バブル期に過剰設備を抱えた反省もあって、投資額をキャッシュフローの範囲内にとどめるなど、比較的慎重な態度で投資を行い、全体として見れば設備過剰感がない状態が景気の山まで続いてきた。その後、後退局面に入っても、当初は設備過剰感の高まりは緩やかであった。そのため、資本ストックの調整は軽微にとどまるとの見方もあった。
 しかし、設備過剰感についても、リーマンショック後は大幅な高まりが生じ、水準で見ても製造業では過去最悪、非製造業でも過去の最悪期と同程度の過剰超となった(第1−1−16図)。ところで、製造業について見ると、設備過剰感は製造工業の稼働率の低下とともに高まるが、その関係は極めて密接である。稼働率の短期的な動きは生産の動きで説明できることから、リーマンショック後の過剰感の大幅な高まりは、結局、生産の急速な減少に起因すると考えられる。
 こうした稼働率や過剰感の動きにやや遅れる形で、製造業、非製造業とも実際に設備投資の減少テンポを速めた。なお、「法人企業統計季報」における設備投資のデータは、2008年度についてはリースの会計処理方法の変更による影響が非製造業に現れていることに注意する必要がある。この点を勘案すれば、今回の設備投資の減少度合いは、厳しい減産を迫られた製造業のほうが非製造業より深刻であったと考えられる。

●資本ストック循環から見た期待成長率は大幅に低下
 設備の過剰度合いは、企業の期待成長率との対比で考えることができる。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」によれば、2008年1月に1.9%程度であった今後5年間の予想実質経済成長率は、2009年2月には1.0%まで低下した。また、製造業の予想業界需要については、1.7%程度であったのが、0.6%程度となった。このような期待成長率の低下は、中期的に最適な資本ストックの水準を引き下げ、その水準へ向けたストック調整を促すこととなる。
 その状況を、資本ストック循環図によって確認してみよう(第1−1−17図)。まず、全産業ベースでは、2007年〜2008年前半の時期には、1.5%程度の期待成長率に見合う設備投資が行われていたと解釈することができる。しかし、2008年後半になると設備投資の減少テンポが次第に速まり、特にリーマンショック後には期待成長率0.5%程度に対応した位置に達している。また、特に製造業に着目すると、2008年前半まで3%程度の高い期待成長率に対応した設備投資を行っていたが、リーマンショック後は2%程度の期待成長率に対応する水準にまで落ち込んでいる。


3 家計部門への景気後退の波及

 リーマンショック後の家計部門の特徴は、[1]雇用不安が急速に高まったものの、雇用の大幅な調整は遅れたこと、[2]しかし、その前の景気拡張局面から基調として所得の伸びが弱く、個人消費も緩やかな減少に向かったこと、[3]住宅は家計部門の弱さに加え、供給側の要因もあって減少テンポが速かったこと、が指摘できる。

(1)雇用情勢

 まず、労働需給、雇用者数の動きについて、過去の後退局面との比較を行う。次に、賃金の中身がどう変化してきたかを見る。なお、雇用調整に関するやや詳しい分析は、本章3節及び第3章で改めて行う。

●有効求人倍率は過去と比べても急速な低下
 前述のように、景気後退局面に入った後、失業率は上昇してきている。しかし、遅行指標である失業率の上昇に見られる以上に、雇用情勢が急速に悪化してきたことを示す指標もある。ここでは、景気悪化の家計への波及という視点から、有効求人倍率と雇用者数の動きについて、過去の景気後退局面と比べてみよう。
 まず、有効求人倍率は、低下のスピードが最近の3回の後退局面を上回ってきている(第1−1−18図(1))。しかし、第一次石油危機後ほどの急速な低下にはなっていない。このときは、労働需給が逼迫し、物価と賃金がスパイラル的に上昇しつつあったなかで、原油価格の大幅な引上げが行われたため、厳しい総需要抑制策が打ち出され、それを受けて労働需給は急速に緩和に向かった。
 一方、雇用者数は、2008年中はおおむね横ばいであったが、2009年に入ると減少が始まり、前回の後退局面の減少幅とほぼ同程度にまで落ち込んでいる(第1−1−18図(2))。

●所定内給与、所定外給与、特別給与が揃って賃金押下げに寄与
 それでは、有効求人倍率に見られる労働需給の急速な緩和は、賃金の動きにどう反映されているのだろうか。現金給与総額の動きを見ると、2008年11月から前年比の減少幅が急速に拡大している(第1−1−19図)。
 しかし、振り返ってみると、賃金は2007年の初めから弱い動きとなっており、前年比2%程度の減少も見られた。これは、2006年半ばから団塊の世代の退職・再雇用の影響や、労働者に占めるパートタイム労働者比率の上昇もあって所定内給与が緩やかながら減少したこと、企業収益の増勢鈍化などを背景に特別給与(賞与等)が落ち込んだことによる。
 リーマンショック後の賃金の減少は、それまでとは違い、所定内給与、所定外給与、特別給与が揃って減少に寄与している。こうした形の賃金の減少は2001年の後退局面においても生じている。しかし、今回は急速な減産に伴う残業時間の減少を受けて、所定外給与が急速に減少していることが特徴的である。なお、2009年4月以降、生産の持ち直しにつれ、所定外給与の減少幅も縮小しつつある。一方で、企業収益の悪化により、2009年の夏季賞与は製造業を中心に大幅に減少すると見込まれ、今後は特別給与が賃金押下げの大きな原因となることが予想される。

(2)個人消費

 上記で見た雇用者数、賃金の動きを反映して、雇用者所得(実質ベース)がどう推移したかを見てみよう。その上で、個人消費の減少の様子を、過去の後退局面との対比で分析する。

●物価の下落が実質雇用者所得を下支え
 雇用情勢が悪化の方向に進んだことから、家計の所得環境も厳しくなった。その様子は、家計所得の大部分を占める実質雇用者所得を見ることで分かる。ここで見る実質雇用者所得は、名目雇用者所得(雇用者数×一人当たり賃金)を物価3で除したものである。以下ではその前年比を寄与度に分解してみよう(第1−1−20図)。
 前述のとおり、景気後退局面入り後、雇用者数は前期比ベースでおおむね横ばいで推移してきた。実質雇用者所得の前年比に対する寄与度で見ても、雇用者数には2009年2月までは目立った変化がなかった。しかし、3月に入ると、雇用者数の押下げ幅が拡大している。一方、賃金は緩やかに減少してきたが、リーマンショック後は大きく雇用者所得を下押ししている。その結果、名目雇用者所得も賃金と同様に減少している。一方、消費者物価の上昇は2008年に入ってから9月まで実質雇用者所得を下押ししてきた。ところが、リーマンショック後は前年比で物価が下落し、2009年1月には実質所得の下支えに大きく寄与するようになった。その結果、実質雇用者所得の減少幅は、名目ベースよりも小幅となっている。

●緩やかな減少となった個人消費
 今回の景気後退局面では、当初、個人消費はおおむね横ばい圏内で推移してきた。しかし、リーマンショック後は、緩やかな減少を示すようになった。このような個人消費の動きを、最近の3回の景気後退局面と比べてみよう。個人消費に影響を及ぼす最も重要な要因として雇用者報酬を、また、個人消費の内訳で最も変動が激しい項目として耐久財消費を取り上げ、景気の山を基準として推移を示した(第1−1−21図)。いずれも実質ベースである。これらのデータからは、以下のようなことが読み取れる。
 第一に、いずれの後退局面においても、個人消費はおおむね雇用者報酬と近い動きをする。両者が持続的にかい離したのは98年であるが、これは特別減税の実施によって雇用者報酬以上に可処分所得が大きく押し上げられたからである。したがって、今回、個人消費が横ばいないし緩やかな減少という形となって景気の下支えができなかったのは、基本的には雇用者報酬が弱い動きであったことによる。
 第二に、今回、リーマンショックの前までは耐久財消費が堅調であった。これは、薄型テレビや次世代光ディスクレコーダーなどの買い替え需要が、価格が下落傾向で推移するなかで、北京オリンピックや地上波デジタル放送への移行をにらんで高まったことなどによる。この間、雇用者報酬と比べて個人消費の伸びがやや高かった背景には、こうした耐久財消費の堅調な動きがあったと考えられる。しかし、リーマンショック後の耐久財消費は、自動車が大幅に減少、AV機器も伸びが鈍化するなど、全体として減少傾向に転じた。
 もっとも、2009年春以降、個人消費には持ち直しの動きが見られるようになった。すなわち、消費者マインドの改善が続くなかで、自動車販売台数や外食などが持ち直してきているほか、エコポイントの影響もあって薄型テレビなどを中心に家電製品が好調に推移している。ただし、雇用・所得環境は悪化しており、その影響には留意が必要である4

(3)住宅建設

 最近の住宅建設の動きについて、過去の景気の山前後と対比しつつ概観する。また、家計の住宅取得能力、マンションの在庫調整といった、住宅建設を取り巻く環境を調べておこう。

●減少した住宅着工
 住宅建設の動向を住宅着工戸数で見ると、2007年の夏から秋にかけて改正建築基準法施行の影響により大幅に減少した後、一旦は持ち直した。その後については、これまでに先送りされた部分が押上げ要因となると期待する向きもあった。しかしながら、景気が後退するなかで、現実には法施行前の水準に戻らないまま減少傾向が続いている(第1−1−22図(1))。特に、リーマンショック後は再び減少し、そのテンポが速まっている。利用関係別では、貸家、分譲住宅でこうした動きが顕著である。持家については、2006年半ば頃からすでに弱い動きとなっており、その傾向が改正基準法施行の影響による落ち込みから持ち直した後も同じように続いている。
 こうした住宅着工戸数の動きは、過去の景気後退局面と比べるとどう評価されるだろうか。ここでは、住宅着工戸数が景気の先行指標であること5、法施行前の基調的な水準からの変化に注目したいことから、比較の基準を景気の山の半年前とする(第1−1−22図(2))。その結果、以下のような特徴が浮かび上がる。
 第一に、今回の後退局面における減少テンポは、リーマンショックまでは過去の平均的な動きとおおむね同じであった。しかし、リーマンショック後の減少テンポは速くなっている。
 第二に、今回は景気の山に近づく前にすでに弱さが現れていた。過去を見ると、基準時点(景気の山の半年前)より前は着工戸数が強含んでいることが多い。しかし今回は、賃金が上がらない一方で地価、資材価格が上昇し、貸家や持家の着工が頭打ちになっていた。
 第三に、景気後退局面でも底堅い動きが見られたのは、2000年のITバブル崩壊のときである。このときは、99年から住宅減税の大幅な拡充が行われ、その効果が発現していた。今回においても、今後住宅減税6の効果が期待されるところである。

●家計の住宅取得能力は低下してきたが2008年には横ばいに
 このように住宅着工が減少した背景の一つとして、家計の住宅取得能力の動きを見てみよう。これは、住宅価格に比較して家計がどれだけ資金調達できるかを示す指標であるが、可能な資金調達の上限は、可処分所得の一定割合を毎年の借入金と利子の返済に回す、という考え方で求めることができる。ただし、ここではデータの制約から、住宅価格として首都圏マンションの発売価格を用いた。
 家計の住宅取得能力の推移を見ると、2005年半ば頃まではおおむね横ばい状態であったが、その後、2007年頃まで低下基調が続いた(第1−1−23図)。こうした動きの背景には、第一に、2007年頃までの住宅価格の上昇7がある。特に、2007年前半には価格の上昇率に高まりが見られた。第二に、2005年から2006年にかけての調達可能額の減少が指摘できる。これは、この期間における金利の上昇を反映したものである。こうした取得能力の低下が、持家や分譲住宅のすう勢的な弱さの一因となったと考えられる。
 しかし、2008年に入ると、住宅取得能力はおおむね横ばい圏内の動きに戻っている。これは、この間、住宅価格、調達可能額ともほとんど変化がなかったためである。もっとも、需給の悪化を受けて、住宅の実勢価格はむしろ下落していると見られ、この点を考慮すると取得能力はやや上昇した可能性もある。にもかかわらず住宅需要が弱まった背景としては、厳しい雇用情勢を反映して家計の所得や雇用に対する将来見通しが悪化したことなどが考えられる。

●在庫調整局面にあるマンション
 今回、着工が減少するなかで、特に顕著であったのが共同建て分譲住宅(マンション)である。そこで、首都圏のマンションに着目し、その着工が大幅に減少した背景を、最近の景気後退局面と対比しながら調べてみよう(第1−1−24図)。まず、着工の減少テンポを比べると、今回は、97年以降の後退局面と比べても急速なことが確認できる。その背景として、在庫と発売の動きを見よう。
 第一に、今回は2007年末にすでにマンションの在庫が大幅に積み上がっており、これが着工を抑える要因となったと考えられる。これに対し、97年の景気の山では、その前に在庫水準が大きく低下する場面があった。また、2000年においても、在庫水準は比較的安定していた。
 第二に、発売戸数の減少テンポも今回は速い。2000年以降の後退局面は、前述のとおり住宅減税の拡充による効果もあって、マンションの発売は比較的好調であった。しかし、97年以降の後退局面では深刻な金融危機が発生し、家計の所得環境も悪化した。そのため、発売戸数も減少したが、今回はそのときより発売の抑制が大幅かつ長期にわたり、厳しい状況にあると考えられる。この背景としては、今回は、地価や資材価格の動きを反映して住宅価格が上昇したことなどが指摘できる。なお、2008年度末にかけて、発売の抑制や値引き販売の効果などからある程度在庫調整が進んできた。


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