平成21年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

― 危機の克服と持続的回復への展望―

平成21年7月

内閣府


目次][][][年次リスト

第2節 貿易・為替レートと日本経済

 第1節では、今回の急速な景気後退の特徴について、主として過去の後退局面との対比で明らかにした。本節では、我が国経済がこのような厳しい状況に陥った直接的な原因である輸出入を巡る動きについてやや詳しく分析する。すなわち、「リーマンショック後のGDPの大幅な減少には外需が大きく影響しているが、先進国の中で日本の外需のマイナス寄与が特に大きかったのはなぜか」「経常収支の黒字が急速に縮小したが、今後ともこの傾向は続くのか」「外需の落ち込みには円高も関係があると見られるが、為替レート変動の日本経済への影響をどう考えるか」といった疑問について検討する。


1 外需急減の影響とその背景

 リーマンショック後の日本のGDPの落ち込みは、主要先進国の中で最大であった。その直接的な原因は外需のマイナス寄与が大きかったこと、それが国内経済にも波及したことである。まず外需の減少について確認し、その生産への影響について国際比較を行う。その上で、輸出、輸入それぞれの動きについて、日本と他の主要先進国でどのような違いが見られたかを明らかにする。

(1)GDP成長率の国際比較

 最初に、実質GDP成長率を需要項目別の寄与に分け、日米欧における違いを確認する。次に、こうした需要側の動きを供給側、すなわち生産の内容からも見ておく。具体的には、我が国における全産業活動指数の内訳を調べたあと、日米欧について鉱工業生産減少の実態を業種別に比較する。

●日本のGDPの減少幅が欧米より大きい原因は外需の大幅マイナス寄与とその波及
 日本とアメリカ、EUの実質GDPの動きを比べると、2008年10月−2009年3月期の期間では、日本の落ち込みが大きい(第1−2−1図)。EUはアメリカよりやや大きい減少となっている。その原因を探るため需要項目別の寄与に着目すると、以下のような特徴が見出される。
 第一に、日本はアメリカと比べ、財貨・サービスの輸出のマイナス寄与が大きい。また、同様に大幅な輸出減となったEUと比べても、マイナス寄与が幾分大きい。
 第二に、日本では財貨・サービスの輸入のプラス寄与(輸入の減少)が欧米と比較して小さかった。この結果、外需のマイナス寄与は日本が最も大きい。
 第三に、日本の内需のマイナス寄与は、アメリカ、EUと同程度に大きい。各地域とも、総固定資本形成、民間消費がマイナス寄与となっており、日本は総固定資本形成のマイナス寄与がアメリカ、EUと比較して大きい8

●供給側では鉱工業生産の減少が大きく寄与
 外需が落ち込むなかで、生産活動にはどのような影響が及んだのであろうか。ここでは、我が国について、全産業活動指数の内訳を調べてみよう(第1−2−2図)。全産業活動指数の動きはおおむね実質GDPの動きに沿っており、2008年10−12月期、2009年1−3月期の大幅な減少の様子も似ているため、この指数によって供給側からGDPの変化を見ることができる。
 その結果、10−12月期、1−3月期における全産業活動指数の減少は多くが鉱工業生産の寄与によることが分かる。我が国の外需、特に輸出はサービスより財のウエイトが圧倒的に高いことから、鉱工業生産の寄与が大きいことは当然であろう。ただし、全産業活動指数の減少のうち1/3弱は第三次産業の寄与であり、GDPの減少において個人消費(サービスのウエイトが高い)の寄与がかなり小さいことと整合的でないように見える。そこで、第三次産業活動の内訳を詳しく調べると、卸売、運輸など生産や輸出に関連の深い業種が減少に寄与していることが分かる。

●鉱工業生産の減少幅も日本で特に大きく、輸送機械が最大の寄与
 それでは、鉱工業生産の減少の程度と中身を、アメリカ、EUと比べるとどうか(第1−2−3図)。なお、その際、アメリカ、EUの鉱工業指数には電気・ガスが含まれることに注意が必要である。
 第一に、予想されるとおり、日本の減少幅が最も大きい。これは、日本が最も外需の減少幅が大きいことを反映したものと考えられる。アメリカとEUではGDPの減少幅がほぼ同じだが、アメリカはサービスのウエイトが高い内需中心の減少のため、EUよりさらに鉱工業生産の減少幅が小さい。
 第二に、日本では輸送機械(その多くは自動車)のマイナス寄与が最も大きく、一般機械と電子部品・デバイスがこれに次いでいる。アメリカは、一次金属、化学などの寄与が相対的に大きく、2009年に入ると自動車・同部品も寄与が高まっている。また、EUにおいても、自動車の寄与が相対的に大きい。このように、自動車の生産減少は世界的に深刻であるが、生産の落ち込みに占めるウエイトは、日本において突出して大きいものとなっている。
 日本において輸送機械のマイナス寄与が特に大きい背景には、鉱工業生産に占めるウエイトの高さがある(第1−2−4図)。すなわち、日本では輸送機械が生産全体の2割程度を占め、次いで一般機械、化学となっている9。アメリカでは鉱業、EUでは食料品・たばこがそれぞれ首位を占め、日本にない電気・ガスのシェアを割り引いても、輸送機械のウエイトはそれほど大きくないことが分かる。

(2)輸出の減少幅が最大であった背景

 前述のように、日本のGDPの減少が特に大幅であった原因の一つは輸出のマイナス寄与の大きさにある。日本のGDPに占める輸出の割合はアメリカよりやや高いが、EUと比べるとむしろ低い(前掲コラム1−2参照)。したがって、輸出のマイナス寄与が大きかったのは、輸出の減少率そのものが大きかったからと考えられる。ここでは、その背景について、[1]輸出相手国の内需の状況、[2]輸出相手国の需要や為替レートの変動に対する輸出の反応の度合い、[3]輸出の品目構成、といった点から説明する。

●日本は輸出相手国の内需減少率が大きい
 輸出が減少する原因としてまず考えられるのは、輸出相手国における需要の減少である。そこで、主要国について輸出先の内需を輸出額ウエイト(2006年)で加重平均し、2008年10−12月期の前期比を横軸に、同時期の輸出の前期比を縦軸にとってみよう。その結果、次のことが分かる(第1−2−5図)。
 第一に、予想されたとおり、輸出先の内需の減少率が大きいほど、輸出の減少率も大きいという関係が緩やかながら観察される。ちなみに、同様の分析を輸出先のGDPの減少率で行った場合、こうした関係は検出できなかった。
 第二に、日本の輸出先の内需の減少率は、ここで取り上げた主要国の中では最も大きく、それが輸出の減少率も最大にした原因の一つであることが示唆される。
 第三に、日本については、輸出先の内需の減少率から推測される以上に輸出の減少率が大きい。したがって、輸出先の内需だけでは輸出の突出した減少が説明できない。この状況は韓国についても当てはまる。日本や韓国については輸出相手国がさらに別の国へ輸出する製品のための部品を供給している面も強く、相手国の内需だけでなく相手国の輸出の減少もマイナスに働いたと考えられる10。その他にも様々な要因が考えられるが、それらについては以下で検討しよう。

●相手国の需要や為替レートが動いたとき、日本の輸出は比較的速く調整
 次に、輸出相手国の需要や為替レートの変動に対する輸出の反応の度合いを見ておこう。相手国の需要が同じ程度減少しても、それによって輸出がどの程度減少するかは輸出国によって違う可能性がある。また、リーマンショック後の時期には、為替レートが円高方向で推移した。相手国の需要と並んで円高の影響も日本の輸出減に寄与したと見られるが、日本の輸出が為替レートに対してどのように反応するかもあわせて調べておこう11第1−2−6図)。
 第一に、相手国の所得が変化したときの長期的な輸出の変化(所得弾力性)では、日本は主要先進国の中ではやや低めである。
 第二に、輸出品と競合する相手国商品との相対価格(一種の実質為替レート)が変化したときの長期的な輸出の変化(価格弾力性)でも、日本は低めのグループに属する。
 第三に、以上の弾力性により決まる長期的な均衡値が動いた場合、その値へ向けて輸出が動いていくスピード(調整速度)を見ると、日本は他の主要先進国と比べて速い。したがって、今回のような急激な需要の落ち込みや円高があった場合には、日本の輸出は急速に減少する可能性が示唆される。

●輸出に占める自動車やIT製品のウエイトが高い国ほど、輸出減少率が大きい
 最後に、以上のようなマクロ的な分析を補うために、輸出品目の構成の違いによる説明を考えてみよう。日本の輸出においては、工業製品のウエイトが高く、自動車、電子部品・デバイス、一般機械などが代表的な品目である(付図1−2)。一方、資源国や農業国が強みを持つ、原料品、食料品、鉱物性燃料等のウエイトは低い。
 そこで、OECD加盟国30か国について、主な輸出品目の割合と輸出増減率(2008年10−12月期)の関係を見ると、輸出に占める自動車とIT製品のウエイトが高い国ほど輸出の減少率が大きく、原料品、食料品及び鉱物性燃料などのウエイトが高い国ほど輸出の減少率が小さいことが分かる(第1−2−7図)。したがって、日本の輸出の大幅な減少はこうしたウエイトの違いからも理解することができる。
 今回、アメリカを始めとする各国では自動車の販売、輸入が著しく減少した。自動車はローンを組んで買うのが一般的なため、景気後退による所得の減少に加え、金融危機の影響が大きく現れたものと考えられる。また、IT製品のうち電子部品・デバイスなど生産財は、海外での自動車等の最終需要の急減により、完成品メーカーの在庫調整を含めたより大きな需要減に直面したため、大幅な輸出の減少に至ったと考えられる。

(3)輸入が増加した背景

 日本の輸入は、2009年1−3月期には欧米と同様に大幅な落ち込みとなったが、2008年10−12月期時点では、世界的に貿易が縮小したにもかかわらず、逆に増加していたのはなぜか。[1]日本の内需や為替レートの動き、[2]内需が変化したときの輸入の反応度合い、といった点からこれを調べてみよう。

●日本の内需の減少幅が小さかったことや円高などが輸入の大幅な減少を抑制
 2008年10−12月期になぜ日本の輸入が他の主要国のように大幅に減少しなかったのかということについて、以下のような推測が可能である12
 第一に、日本の内需の減少は相対的に小幅であった。もっとも、日本では鉱工業生産の落ち込みが大きかった。そこで原材料の輸入が大幅に減少しても不思議ではないが、リーマンショック以前に発注していたものが輸入され、在庫となって積み上がったことも考えられる。
 第二に、為替レートが円高方向に推移していた。景気の悪化に伴って低価格品に需要がシフトするなかで、相対的に安くなった輸入品への需要が増えた可能性もある。
 第三に、日本の輸入の構成をアメリカとの対比で見ると、財に対するサービスのウエイトが高めである。サービスは財と違って在庫とすることができないため、需要の減少が増幅して輸入の大幅減につながりにくい面があろう。

●日本の輸入誘発係数はドイツより低いがアメリカと同程度
 次に、内需が変化したときの輸入の反応度合いを調べてみよう。ここでは、需要の構造が輸入の誘発に及ぼす影響を見るため、産業連関表を用いて日米独の輸入誘発係数13を比べた。その結果、以下のようなことが分かった(第1−2−8図)。
 第一に、最終需要計(図中では「平均」)の輸入誘発係数について、日本はドイツと比べると相当程度低いが、アメリカとはほぼ同じである14
 第二に、需要項目別に見ると、日本より輸入誘発係数が高いのはアメリカの民間固定資本形成、ドイツの個人消費、総固定資本形成、輸出といった項目である15
 第三に、これらの係数をもとに、2008年7−9月期、10−12月期を均した最終需要の減少が10−12月期の輸入に影響すると仮定した場合、輸入の減少率はアメリカ−5.4%、日本−2.8%、ドイツ−0.3%となる(付図1−3)。これは実際の輸入の増減率(アメリカ−4.7%、日本3.2%、ドイツ−4.1%)のうち、日米の違いの背景をある程度示唆しているが、日独の違いは説明できていない。
 この結果を踏まえると、前述のいくつかの要因のうち、内需の減少が相対的に小さかったことや円高だけでは10−12月期の日本における輸入の増加を十分説明できず、その他の要因も重要であったと考えられる16


2 日本の国際収支構造

 輸出の大幅な減少などから、我が国の経常収支黒字は大きく縮小している。これは異常な事態とも見られるが、それでは、本来の姿はどのようなものだろうか。現在の金融危機が終息した後には、どのような姿が想定されるのであろうか。以下では、経常収支のこれまでの動きを振り返った後、経常収支の「均衡値」の試算などを通じてこの問題を考える。

(1)経常収支の推移

 我が国の経常収支黒字は、2002年以降の景気拡張局面において増加を続けてきたが、2007年末頃から減少に転じた。特に、リーマンショック後は一段と減少している。ここでは、経常収支の推移をその内訳とともに概観する。

●2007年末頃から経常収支の黒字幅は縮小
 経常収支は貿易・サービス収支、所得収支及び経常移転収支の合計である。そこで、経常収支の推移を、これらの項目に分解して説明しよう(第1−2−9図)。
 まず、2007年度までの長期的な推移を見ると、経常収支は2002年度から明確な増加基調となっている。これは、貿易・サービス収支の黒字幅が抑えられる一方、所得収支の黒字幅が大きく拡大したことによる。所得収支については、2008年までは目立った減少は見られない。
 一方、2007年末頃からは、経常収支の黒字幅が縮小傾向にある。その主たる原因は、貿易・サービス収支、その中でも貿易収支の減少である。
 リーマンショック後は経常収支が一段と減少しているが、これは、貿易収支が赤字に転じたこと、2009年に入って所得収支の減少も目立ってきたことによる。所得収支の減少は、日本企業の海外法人の業績悪化による直接投資収益の減少、円高と海外金利の低下による証券投資収益の減少などを反映したものと考えられる。

●リーマンショック後の貿易収支赤字化は輸出数量の減少が主因
 リーマンショック後に貿易収支が減少し、赤字に転じた要因について、通関収支差(通関ベースの輸出金額−輸入金額)の動きを輸出、輸入それぞれの価格要因、数量要因の寄与に分解して調べよう。
 それによれば、2008年9月以降、収支差の動きに大きく影響しているのは輸入価格と輸出数量である(第1−2−10図)。すなわち、原油価格等の下落を主因に輸入価格が大幅に下落し、これが収支差を増加させる方向に寄与するようになった。しかし、輸出数量の減少も著しく、10月〜1月までを均して見ると、輸入価格下落の寄与以上に収支差を減少させている。したがって、貿易収支赤字化の主因は輸出数量の減少であったといえよう。
 一方、輸出価格は円高等の影響で下落傾向にあり(契約通貨ベースの価格が維持される傾向にあるため、円ベースの価格が下落する)、寄与は小さいが収支差を減少させる方向に働いてきた。また、輸入数量の月々の動きは一定していない。9、10月に増加したものの(寄与がマイナス)、その後の基調としては弱めの動きとなっている。

(2)均衡経常収支

 以下では、経常収支の均衡値を試算するとともに、金融危機が終息した後の貿易・サービス収支の行方について考えよう。

●2008年10−12月期の均衡経常収支はGDP比5%程度
 現在の経常収支が世界の景気後退の深刻化による異常なものであるとすれば、本来あるべき姿はどのようなものであろうか。この問題を考えるには、経済が潜在的な能力を発揮している状態に対応した経常収支、すなわち均衡経常収支(あるいは構造的経常収支)の概念が参考になる。一般に、日本のGDPが成長すれば輸入が増加し、他の条件が一定であれば経常収支の黒字幅は縮小する。一方、世界のGDP(ここではアメリカのGDPで代表させている)が成長すれば日本の輸出が増加し、経常収支の黒字幅は拡大する。こうした関係を含め、日本の経常収支とその裏側の貯蓄投資バランスの変動の仕組みをモデル化した上で、日米の現実のGDPの代わりに潜在GDP17を与えたときの経常収支が均衡経常収支である。
 その推計結果を見ると、2002〜2003年頃には均衡収支が現実の収支を大幅に上回っていたが、その後、両者の差が縮小し、2007年には均衡収支が現実値を下回った18第1−2−11図)。すなわち、2000年代初頭はITバブル崩壊などの影響によりアメリカに代表される世界経済の潜在的な能力は発揮されず、そのため日本からの輸出も潜在的な能力と比べると低くなっていた。しかし、その後、世界経済の成長が続いた結果、日本からの輸出が大きくなり、均衡値とほぼ同水準となった。19
 さて、2008年に入ると現実の経常収支は急速に減少した。前述のとおり、2008年前半の動きは原油価格等の高騰によるものだが、10−12月期以降は輸出数量の急減によるものである。一方、均衡収支は大きく変化しておらず、10−12月期の時点でGDP比5%程度を維持している。均衡収支は、景気変動など短期的な変動を除いた収支であることから、均衡収支と現実値の差は、景気が悪化したことによる経常収支の減少を示している。今後、世界の景気が回復に向かい、アメリカのGDPが再浮上してくるならば、経常収支も再び均衡水準に近づくと見込まれる。

●金融危機後の財貨・サービス収支の改善は限定的となる可能性も
 しかし、こうした想定は、アメリカ経済がもとの水準に戻ることが「均衡」だという前提に立っている。では、アメリカ経済は「均衡した状態」にあったといえるのだろうか。一つの考え方は、これまでのアメリカ経済がバブル的な状況にあり、それが世界経済を潜在的な能力以上に成長させていた、というものである。その結果、日本からの輸出も、通常の所得弾性値から想定される以上に伸びてきたことになる。今回の金融危機ではこれと逆のことが生じ、信用収縮などによって所得の減少以上に世界需要が落ち、日本からの輸出が激減したと考えることができる。
 こうした考え方を先に紹介した均衡経常収支のモデルに適切に取り込むのは容易ではないが、日本からの輸出に所得効果だけでなく資産効果を加味して、財貨・サービス収支に限定した試算を行ってみよう。具体的には、資産効果をアメリカの株価の動きで捉える。また、財貨・サービス収支のベンチマークを、サブプライム住宅ローン問題が顕在化する以前の2006年の実績値(GDP比1.2%程度)とする。その上で、新たな株価の水準を想定して、それに対応する財貨・サービス収支を試算する。
 その結果は、株価の想定に応じて以下のようになった(第1−2−12図付図1−4)。ケース[1]は、アメリカの株価が95年の平均的水準に戻るとした場合である。これは、グリーンスパン前FRB議長が株式市場を「根拠なき熱狂」と評した年の前年に当たる。このときは、日本の財貨・サービス収支がGDP比で0.5%程度になる。ケース[2]は、アメリカの株価を住宅バブルが発生する前の底値である2003年1−3月期の水準とした場合である。このときは、財貨・サービス収支が0.9%程度となる。いずれのケースも、2009年1−3月期の収支赤字といった事態ではなくなるが、2006年の水準と比べると黒字幅が相当程度低いものとなる。
 このように、これまでのアメリカ経済が多分にバブル的状況であり、そのために日本の輸出も膨張していたと考えるならば、金融危機が終息した後でも我が国の貿易・サービス収支の回復は限られたものとなる可能性があろう。


3 為替レート変動と日本経済

 これまで、為替レートが円高方向で推移したことが、輸出の減少と輸入の増加(いずれも数量ベース)に寄与した面があることを指摘した。このルートを通じて、円高は我が国の景気の悪化をさらに厳しいものとしたと考えられる。しかし一方で、円高は日本経済全体の購買力を高めるというメリットもある。さらに、長期的には日本の輸出競争力の高まりが、結果として円高をもたらすことも考えられる。ここでは、こうした為替レートを巡る論点について検討する。

(1)為替レート変動と景気

 円高にはメリット、デメリットの両面があるとしても、短期的には景気に対してはデメリットが大きいと考えるのが一般的である。購買力を高め、内需を刺激する効果と比べ、外需を減少させる効果が大きいと見られるためである。こうしたメカニズムを確認するには、マクロ計量モデルの推計結果が有用である。そこで、OECDのInterlinkモデルの乗数を参照しつつ、国際比較の視点から為替レート変動の日本経済への影響を調べよう。

●いずれの国でも自国通貨高は景気にマイナス
 日本では、少なくとも「景気循環」が問題となる数年の期間では自国通貨高(円高)はGDPにマイナスの影響を及ぼす。このことは、内閣府の短期マクロモデルの乗数でも確認できる。しかし、これは日本が輸出依存型の経済構造だからではないか、という疑問も浮かぶ。逆にアメリカでは、しばしば「強いドル」への支持が表明されることがあるが、これはアメリカが輸入超過だからではないか。こうした疑問に答えるため、国際比較が可能なOECDのInterlinkモデルで自国通貨が10%増価した場合の実質GDPの押下げ効果(2年目)を比べてみよう(第1−2−13図)。
 その結果によれば、第一に、アメリカを含め、すべての国で2年目の効果はマイナス、すなわち、基準となるケースと比べ実質GDPが減少している(図では「押下げ効果」としてマイナス符号を落とした乗数の値を示している)。なお、3年目になると、ニュージーランド、英国など一部の国でわずかながらプラスとなり、アメリカは5年目でプラスとなる。しかし、多くの国では5年目になってもマイナスである。第二に、日本のマイナス効果は、必ずしも大きいほうだとはいえない。
 したがって、貿易構造にかかわらず、自国通貨高は短期的には「景気」にマイナスであること、日本の自国通貨高に対する脆弱性が他国と比べて著しいというわけではないことが分かる。

●貿易依存度の高い国は自国通貨高に弱いが、非価格競争力の強化等で影響は緩和
 しかしながら、自国通貨高によるマイナス効果の大きさが貿易構造によって影響を受けていることは想像ができる。この点を確認してみよう。横軸に輸出依存度、または輸入依存度(輸出、輸入のGDP比率)をとり、縦にInterlinkモデルの乗数(上記と同じ、自国通貨が10%増価したときの2年目のGDP押下げ効果)をとってプロットした(第1−2−14図)。その結果、予想どおり輸出依存度、あるいは輸入依存度が高い国ほどマイナス効果が大きい。日本は貿易依存度が意外に低いことから、円高の効果もそれほど大きくない。
 それでは、貿易依存度が高い国では不可避的に自国通貨高の影響が大きいのだろうか。実は、為替レート変動に対する脆弱性を軽減する方法がいくつか考えられる。第一は、企業内貿易の拡大である。第二は、製品差別化による競争力の強化である。具体的に調べてみよう。第一の点に関しては、企業内貿易の大きさを海外直接投資で近似しよう。横軸に海外直接投資残高の輸出額に対する比率をとって、これまでと同様にモデルの乗数との関係をプロットすると右下がりの関係が得られた(第1−2−15図)。第二の点に関しては、研究開発投資の割合が高い国で結果として非価格競争力が強まると考え、同様のプロットを行った。結果は、やはり右下がりの関係が得られ、製品差別化の進んだ国ほど自国通貨高に対する耐性が強いことが分かる。

(2)為替レート変動と物価

 以上で、為替レートの増価は景気に悪影響を及ぼすが、非価格競争力の強化でその影響は緩和しうることを確認した。次に、為替レート増価の中長期的なメリットとされる購買力の増加、内需の拡大というルートに関連し、輸入物価の下落を通じて消費者物価に波及する度合いを調べよう。

●日本は為替レート増価の消費者物価への波及が相対的に弱い
 為替レート変動の消費者物価への波及(パススルー)を把握するためには、為替レートから輸入物価への影響、輸入物価から消費者物価への影響の2つに分けて考える必要がある。前者については、ここでは、輸入物価が為替レート(名目実効レート)、海外の生産コスト、国内の景気動向(GDP)によって決まると想定し、このうち為替レートの影響を取り出す。後者については、産業連関表を用いて消費財のコスト構成を調べることにより、消費者物価への輸入物価の影響を取り出す。その結果は、以下のように整理される(第1−2−16図)。
 第一に、為替レートの変動に対する輸入物価の弾性値を見ると、日本は主要先進国の中で中程度であった。一般に、輸入品の品目構成、国内の物価安定の度合い、為替レートのボラティリティ、国内市場の競争度など様々な要因が輸入物価へのパススルーの大きさに影響するといわれる。日本は国内で一般物価が上昇しにくい体質であると考えられるが、一方で輸入品に占める資源・エネルギー等の市況に影響されやすい商品のウエイトが高いことなどもあり、中程度のパススルーが観察されたと考えられる。
 第二に、輸入物価の変動に対する消費者物価の弾性値を見ると、日本はアメリカと並んで先進国の中で低めとなっている。これは、輸入依存度の低さなどに起因すると見られるが、その詳しい内容については後述する。
 第三に、上記2つの弾性値を総合した、為替レートの変動が消費者物価に及ぼす影響については、日本は先進国の中でやや低めである。これは、第一の弾性値は中程度であるものの、第二の弾性値が低めであったことが原因と考えられる。

●日本のパススルーの低さは輸入財比率の低さ、商業・運輸マージンの高さが原因
 このように、我が国において為替レート変動の消費者物価へのパススルーが相対的に低い主な原因は、輸入物価から消費者物価へのパススルーの低さにある。上記の推計過程で用いた産業連関表の情報から、その背景として次の諸点を指摘することができる。
 第一に、日本では中間投入コストに占める輸入財の比率が低い。貿易財、非貿易財のいずれについても同じ状況である。一般に、小国は輸入比率が高く、アメリカ、日本など大国は輸入比率が低い(第1−2−17図)。
 第二に、消費財の商業・運輸マージン率が高い。そのため、円高によって輸入価格が下落しても、流通の途中で円高差益がマージンとして吸収されやすく、消費者物価への波及は弱くなる。日本のほか、アメリカや英国でも相対的にマージン率が高い。
 第三に、家計消費に占める輸入財の比率が低い20。これも、第一の点と同様に、小国はこの比率が高く、アメリカ、日本など大国は低い傾向にある。
 以上を踏まえると、日米における輸入価格のパススルーの低さは経済規模の大きさから、輸入財の比率が低いことによって必然的にもたらされている面もあることが分かる。

(3)均衡為替レート

 長期的に見れば、自国通貨高は生産性の上昇等によって輸出産業の価格競争力が高まった結果である、という捉え方もできる。これを具体的に示す材料として、「均衡為替レート」21という概念がある。いわば輸出産業の実力を示すものであって、生産性の上昇等により均衡レートは増価する。一方、現実の為替レートが均衡レートより著しく増価すれば、自国産業にとって厳しい状況となる。均衡レートを実際に推計して、この点から現状を評価してみよう。

●電気機械や一般機械、輸送機械の価格競争力上昇により均衡レートが増価
 対ドル円レートの場合、均衡為替レートとは、日米の輸出産業が生産する財の相対価格である。それは産業ごとに計算でき、例えば、ある産業で輸出品の価格が日本で110円、アメリカで1ドル10セントであれば、相対価格、すなわち均衡レートは100円/ドルとなる。ここでは、日米の経常収支がおおむね均衡しており、金利や物価の変動が小さかった1979年1−3月期で現実の為替レートが均衡レートに一致していたと仮定し、そこからの価格の変化率を用いて推計した。95年、2000年、2007年の各時点での産業別均衡レートからは以下のことが分かる(第1−2−18図)。
 第一に、産業による違いは大きく、2007年においては、主要業種のうちで最も競争力のある電気機械が95円であるのに対し、最も競争力の弱い繊維は133円である。電気機械の強さ、繊維の弱さは95年から基本的に変化していない。
 第二に、産業別の時系列変化を見ると、輸送機械や化学、一般機械で均衡レートの増価が目立っている。一次金属や繊維では増価は見られない。
 第三に、産業平均の均衡為替レートの増価には、輸送機械、化学、一般機械など主要な産業における均衡レートの増価が反映されている。これらの産業を中心とした価格競争力の強化が、平均的な均衡レートを円高に導いたといえよう。

●2009年初めの対ドル円レートは均衡レートや採算レートとの対比でも円高
 それでは、産業平均の均衡レートと現実の為替レートの関係はどうなっているか。また、輸出企業が想定する採算レート(内閣府「企業行動に関するアンケート調査」による)と比べるとどうだろうか。79年以降の動きからは、以下のような特徴が指摘できる(第1−2−19図)。
 第一に、均衡レートは増価基調で推移してきた。いいかえれば、日本の輸出企業は、アメリカの企業と比べて一貫して競争力を高めてきた。やや詳しく見ると、90年代半ばまでは増価のテンポが速かったが、2000年代は緩やかとなっている。
 第二に、現実の為替レートは、おおむね均衡レートを挟んで変動してきた。2002年以降はおおむね現実の為替レートが均衡レートより円安で推移してきたが、均衡レートが短期的には大きく動かないとすれば、2009年1−3月期の平均94円という現実の為替レートは均衡レートよりかなり円高であったと見られる。
 第三に、輸出企業の採算レートは、おおむね均衡レートに沿った動きをしている。特に、最近は均衡レートとほとんど同じ水準となっている。均衡レートと比べて著しく円高となった場合、輸出企業の採算が合わなくなる、という関係を改めて確認するものである。

●最近における均衡レートの増価には日本における賃金上昇の抑制等が寄与
 前述のとおり、均衡レートは増価基調で推移してきたが、その要因を日米企業のコストの変化から説明してみよう。具体的には、95〜2000年、2000〜2007年の期間について、単位労働コストと単位中間投入コストの変化率に着目する(第1−2−20図)。いずれについても、これらの期間で日米ともに低下している。しかし、均衡レートの動きに関係するのは、日米の低下率の差である。主要な結論は以下のとおりである。
 第一に、単位労働コストは日本の低下率が大きく、単位中間投入コストはアメリカの低下率が大きい。前者は均衡レートを円高方向に、後者は円安方向に動かす。実際には均衡レートはこの間に円高になっているので、単位労働コストの低下率がアメリカに比べて大きかったことが相対的に円高方向に影響を及ぼしたことになる。
 第二に、単位労働コストの変化は、名目賃金と労働生産性の変化の差に分解することができる。この動きを見ることによって、単位労働コストの変化が生産性の上昇によってもたらされたものかどうかを確認することができる。日本はアメリカより生産性上昇率が低かったものの、賃金上昇率も低かった。このことから、日本の単位労働コストが相対的に大きく低下したのは、賃金の上昇を抑制してきた結果と見ることができる。
 第三に、単位中間投入コストの変化を中間投入デフレーターと中間投入原単位の変化に分解した場合、特に中間投入デフレーターの動きは95〜2000年と2000〜2007年で方向が違う。ここでは2000〜2007年に着目すると、日本はアメリカより中間投入デフレーターの上昇率が小さかったが、中間投入原単位の低下率も小さかった。単位中間投入コストはアメリカでの低下率のほうが大きかったが、これにはアメリカにおける原単位の急速な低下が寄与したと考えられる。
 以上をまとめると、この期間については、日本における賃金上昇の抑制等が対米競争力を高め、均衡レートを増価させた面が強いと見られる。

1−3 通貨のボラティリティと輸出
 日本円はボラティリティの高い通貨である、といわれることがある。実際にはどうか。各国の名目実効為替レートの月次データ(80−2007年)で計測した。結果は、予想どおり、円のボラティリティは先進国通貨の中で相対的に高かった。オーストラリア、ニュージーランドが日本に続く。一方、ユーロ圏のボラティリティは総じて低い。なお、ユーロ圏について期間を分けて計算すると、ユーロ導入によりボラティリティが低下しているが、ユーロ導入前からボラティリティが低い。
 通貨のボラティリティは貿易に影響するのだろうか。国ごとに輸出の平均成長率との関係を見ると、ボラティリティが高いほど輸出の成長率が低いという関係が得られた(コラム1−3図(1))。さらに詳しく調べるため、日米独について5年ごとに通貨のボラティリティと輸出の成長率(1年ラグ)をプロットしたところ、いずれの国でも、ボラティリティが高まる時期は輸出の成長率が低い(コラム1−3図(2))。このように、通貨の安定は輸出の成長にとって重要な基盤の一つであることが分かる。


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