第4節 高齢化・人口減少と地方財政

日本全体として人口が減少する中で、特に地方での減少が目立っている。2005年とその10年前の95年を比較すると、人口が増加した都道府県は、主として首都圏近郊の都県や愛知県、大阪の周辺の府県であり、東北では宮城県、九州では福岡県のみであった。すなわち、人口減少はすべての地域で等しく生じているわけではなく、人口が流入する自治体とそうでない自治体が併存する形になっている。また、高齢化率についても、北海道や東北各県をはじめ、一部の首都圏や近畿、中国や九州の各地方で相対的に大きな高まりがみられる68。これまで公共事業に依存してきた地域にとっては、その削減が地域経済に大きな影響を与えているとされ、こうした国の財政再建の取組が都市と地方の格差という問題を生じさせているのではないかという指摘も一部でなされている。

本節では、以上のような議論を踏まえ、高齢化に直面する地方財政の問題について検証を行うこととする。 

1 高齢化と地方への所得移転

ここでは、高齢化が進展する中で、地方にどのような形で国からの移転がなされているのかを分析する。その際、これまで地方経済を支えてきた公共投資が削減される一方で、高齢化の進展に伴う社会保障給付の増加がある程度地方経済に影響を与えてきたと考えられるが、その規模と推移、また公共投資も合わせた移転についてもみることにする。

社会保障給付を通じた所得再分配政策は地方への移転の役割を果たしている

高齢化に伴う社会保障給付69の増加は、財政への負担を大きくする一方で、社会保障給付が高齢者の比較的多い地方に移転されるということになれば、現在大きな政策課題となっている地域間格差の縮小につながる役割を果たすとも考えられる。特に、人口減少下で、これまで国から地方への歳出移転としての役割もあった公共事業が削減されてきたところであるが、高齢化による社会保障給付の充実がそれに代わり、国から地方への移転としての役割を担うようになっている。

3年ごとの「所得再分配調査」の結果によれば、移転の大きさを示す再分配係数((再分配所得―当初所得)/当初所得)で表される各地域への再分配効果は、年を追うごとに高まっていることが分かる(第3-4-1図(1))。特徴的な動向として、近年は、ほぼすべての地域で再分配係数が上昇していることから、高齢化に伴う社会保障給付の移転の増加がほぼすべての地域でみられ、所得再分配の効果が強くなっていることがうかがえる。なお、景気回復の恩恵が最も乏しいとされる北海道への再分配が最も高く、景気回復の恩恵を受けているとされる東京を含む関東70、東海への再分配が最も小さくなっていることから、社会保障給付が地域間格差を是正する役割を担っているものと考えられる。

また、最近時点の再分配効果の高まりは、高齢化率の上昇と並行してみられる(第3-4-1図(2))。1996年から2005年にかけての約10年間で高齢化率は全体として高まっており、それに伴って、すう勢的に再分配係数が高くなっている。

このように、社会保障給付を通じた地方経済への再分配機能は、むしろ近年高まっていることがうかがえる。

地方自治体の公共事業依存度が低下する一方で代替的に社会保障給付が増加

これまで公共投資については、90年代に行われた景気対策により大幅な追加が行われてきたが、その後はそれ以前の水準にまで減少してきており、重点化・効率化への取組がなされてきた。公共投資は、地域間の「ばらつき」(変動係数)71が著しく小さいことから、その実施は地域間格差を縮小させるように進められてきたことも示唆されている72。一方で、前述のとおり社会保障給付費は増加しており、このルートによる地域間の再分配は拡大していると考えられる。そこで、公的固定資本形成と県内総生産及び社会保障給付費の関係の中で、実際にどの程度公共事業の減少が社会保障給付を代替しているのか、内閣府の「都道府県別経済財政モデルに」よる試算値等を用いて表すことにする。

一般に、公共事業依存度が高い地域は、厳しい経済状況に置かれているとされているが、第3-4-2図(1)から、その傾向が確認できる。90年度、2005年度のいずれにおいても、公的固定資本形成の対県内総生産比で示される「公共事業依存度」と一人当たり県内総生産で示される「経済状況」とは負の関係にあり、更に直近の2005年度時点で、その傾向が強まっていることがうかがえる。公共事業はこのところ減少が続いたこともあり、公共事業依存度は低下しているが、そうした依存度が高い自治体では経済状況の改善度合いが鈍く、依存度が低い地域では経済状況の改善度合いが相対的に高まっていることが分かる。

その一方で、高齢化率の高まりによって社会保障給付費が増えている(第3-4-2図(2))。全体として「公共事業依存度」が低下している中で、社会保障給付の県内総生産比率が高まっており、「社会保障依存度」が代替的に高まっていることがうかがえる。その結果、ほぼすべての都道府県で二つの比の合計はおおむね高まっており73、90年度から2005年度にかけて国から地方への移転(政府支出)はむしろ増加している(第3-4-2図(3))。

このように、各都道府県では、公共事業への依存度を低めつつも、社会保障制度という枠組みによって国から地方へ移転がなされており、公共事業の拡大が難しい中で、後者の役割が地方経済にとってますます重要になっている。

高齢化が進展する中、地方においても社会保障等のための財源充実確保を図っていくことが重要

近年、「地方法人二税(法人住民税・法人事業税)」の税収が急速に回復していること等を背景に、地域間の税収の差が広がり、財政力の格差が拡大する傾向があることが指摘されている74。それに比べて、その他の「個人住民税」や「地方消費税(清算後)」75、「固定資産税」については、地方ごとの税収の偏りが小さいものとなっている(第3-4-3図)。そのため、こうした税のウエイトが高まることは、地域間の税収の偏りの低下に寄与することになる。

なお、法人事業税については、税制の抜本的な改革において偏在性の小さい地方税体系の構築が行われるまでの間の措置として、その税率の引下げを行うとともに、「地方法人特別税」を創設し、その収入額に相当する額を「地方法人特別譲与税」として都道府県に対して譲与することとした76

また、高齢化の進展の中で、地方においても、引き続き安定した公共サービスを提供し続けることが求められる。特に社会保障については、地方の果たす役割も重要であるとの観点から、地方消費税を含めた財源の確保が必要とされ77、検討が行われているところである。ここで、都道府県レベルで、消費と所得(雇用者報酬+公的年金給付)について、それぞれの偏りにどの程度違いがあるのかを比べてみると、前者の方が後者より小さいことが分かる(第3-4-4図(1))。そこで、こうした違いの背景として、経済規模を考慮したうえで、高齢化率に着目すると、所得に比べて消費の方が相関が小さい(ほとんどない)ことが分かる(第3-4-4図(2)(3))。このように、消費と所得では高齢化率との相関の度合いが異なっており、それに応じて税収も高齢化の影響をある程度受けることが考えられる。ただし、当然のことながら、消費、所得、税収については、高齢化以外にも、さまざまな要因が影響すること、また今後の税制改革の影響がありうることに十分留意する必要がある。

こうしたことなどを踏まえ、今後、高齢化が進む中で、社会保障給付をはじめとする公共サービスの持続可能性を高めつつ、国・地方において財源を確保していくことが重要である。

2 人口、都市・行政機能の集積と地方財政

所得移転や各種税収の地方経済への影響に加え、ここでは、人口減少に直面する地方においてどういった形で活性化、行政の効率化が図れるのか、また公共事業が削減される中で社会資本をどのように維持するのかといった課題に焦点を当てる。具体的には、人口流入が多い地方自治体の特徴の分析、高齢化対策費をはじめとする行政費用の効率化のための示唆、既存の社会資本の有効活用に関する考察を行う。

人口や規模が大きい自治体に人が集まる傾向がみられる

都市や地方の間の格差の問題は、政府部門による社会保障や税の所得再分配機能に頼るだけでは解決が難しい。地域活性化の鍵となる要因を踏まえ、地域の自助努力が促されることが重要であることはいうまでもない。

そこで、都道府県の経済状況を表す各種指標から、人口流入がみられた地域にはどういった特徴があるのかを明らかにしよう78。具体的には、人口規模そのものや道路、教育費、社会福祉費など人口の流入や流出に関係がありそうな20余りの個別指標から、いくつかの「総合的指標」(これを「主成分」という)を作成する。その結果、総人口や固定資産税、所得といった個別指標79の影響を強く受ける「人口・資産の規模」が「最も代表的な総合的指標」(これを「第1主成分」という)として見出された(付表3―8)。その次に、有効求人倍率や失業率などの「労働環境による効果」、面積や道路実延長などの「地理的規模による効果」などが比較的代表性の高い主成分であることが分かった。

その上で、見出された幾つかの主成分をもとに、人口流入率にどれだけ影響を与えるかについて分析してみると、「人口・資産の規模」が全体のうち相当部分を捉えており、これが人口の流入に関して最も期待できる要因であると解釈できる(第3-4-5図(1))。なお、第1主成分の大きさと人口流入率・流出率の関係をみると、それぞれ正の相関が観察されるが、流入率の傾きが流出率の傾きを上回っていることから、「人口・資産の規模」が大きいほど、流入超が顕著になることを意味する(第3-4-5図(2))。

以上から、総じて、人口や税収などの面で規模の大きなところにむしろ人が集まることが分かる。地域経済への含意としては、雇用状況、社会インフラなどの重要性も考えられるが、そもそも都市としての規模が大きいことが重要であること、所得や税収、政府の支出が大きいところに人がますます流れてくることが挙げられる。高齢化や人口減少が進む中で、自治体は住民に期待される公共サービスを提供することが求められ、その財源の確保が課題になっているが、そのためには、市町村合併や自治体規模の拡大によって人口の集積がなされることが重要である。

自治体の行政費用抑制にはある程度の規模が必要になる傾向

公共サービスにはその種類に応じて行政運営に伴う費用を最小化するような適正な規模があると一般に考えられている。現在、市町村の合併が進められているが、その背景として、市町村の多くが高齢化に直面し、引き続き効率的に基礎的な公共サービスを提供し続けるために、ある程度の人口の集積、財政基盤の強化が必要とされていることが挙げられる。実際、99年度末に3,232あった市町村の数は、2008年11月1日には1,784へと約45%減少することになっている80

市町村合併の効果については、有形、無形のものを含めて様々あると考えられるが、ここでは、一人当たりの各種費用と人口規模との関係を取り出すことによって、どういった費用項目で、どの程度の効率化効果があるのかをみることとする81。その結果、徴税費を含む「総務費」、社会福祉費を含む「民生費」、清掃費を含む「衛生費」、企業への貸付金を含む「商工費」など、ほぼすべての主要な費用項目で、それぞれ効率化効果の大きさは異なるものの、ある規模までは人口増加とともに一人当たり費用が低下する傾向があることが分かる(第3-4-6図)。ただし、雇用対策費を含む労働費や農林水産費及び消防費では、人口規模の拡大に伴う大きな効率化の効果ははっきりしたものではなかった。なお、規模が一定以上になると一人当たり費用が増加しているが、その要因としては、政令指定都市、中核市などの指定を受けることによって、都道府県の一部業務を引き受けていることが挙げられる82

以上のように、費用項目に応じて、最小となる最適人口規模は異なっているため、各市町村がどういった観点からの費用の最小化を図るかは、個別の事情によって異なり、一般化することは難しいだろう。ただし、共通事項としておおむねいえることは、あまりにも規模が小さい自治体では各種の行政費用が大きくなる傾向がみられ、ある程度の規模を持つことによって、重複行政事務の削減などを通じた効率化が可能となることである。

高齢化対策費との関係でもある程度の人口規模を持つことが費用削減につながる

さらに、行政分野のうち、特に高齢化に対応する部分に着目することで、地方自治体の行政費用削減効果をみてみる。データの制約上、市のデータを用いた結果、高齢化率が一定以上(65歳以上人口が20%以上)では、人口が多いほど、民生費のうちの高齢化対策費(老人福祉費)は低下する傾向があることが分かる(第3-4-7図)。この背景としては、まず規模が大きくなるにつれて、高齢者向け施設の共用化や共通経費の省略などによって一人当たり費用を逓減させることが可能になることが考えられる。なお、人口が約20万人(対数値で12強)を超える水準になれば、一人当たり費用の目立った減少の効果はみられないことから、現状ではほぼこの水準に達することが費用効率化のための目安であるといえよう。

これまで、市町村の合併が急速に進んできたが、そうした動向は、行政費用の効率化に資するという可能性が示された。市町村合併には、費用効率化のメリットの他に、旧自治体の枠を超えて住民がより多くの施設やサービスが利用可能になること、より広域的な視点に立った都市計画作りが可能になることなどのメリットなども指摘されてきた83

今後も高齢化が進む中で、市町村の合併を通じた財政負担の軽減並びに新しい行政の取組が期待される。 

公共事業や事務費が減少する中でも、地方自治体は新たな対応を行っている

地方自治体の財政難に対応した新しい取組の一つとして、一部ではファシリティ・マネジメント(施設管理)、アセット・マネジメント(資産管理)と呼ばれる管理方法を行うようになっている。これは、新しい施設建設や社会資本の整備を進めることとは別に、既存の施設・社会資本を補修すること、あるいは劣化を防ぐような措置をとることで、耐用年数以上の長期間の利用を目指すものである。一般に地方自治体は、厳しい財政状況に加え、高齢化の進展によって、これまで行ってきたような社会インフラの整備ができるような環境ではなくなっており、15年前と比較した公共事業は都道府県レベルでみても、県内総生産に占める割合がおおむね低下してきている(前掲第3-4-2図(1))。このように公共事業に依存できない中で、既存の施設をどのように効率的に維持管理していくかが重要な課題となっている。

その具体的な例として「北海道ファシリティマネジメント(FM)」が挙げられる。北海道は、2004年度から2006年度の平均で、実質公債費比率が都道府県で最も高い20.6%に達し、起債許可制基準を上回る水準に達しているなど84、財政状況の悪化が懸念されている自治体である。しかし、広大な面積を有することもあり、2005年においても公共事業に依存せざるを得ず、公共投資額は高い水準になっている。また高齢化率も2005年時点で21.4%に達し、全国平均の20.1%を上回っている85。そうした中で、2006年にFM導入基本方針を決定し、所有する建築物の「ストックマネジメント」を行い費用削減を見込んでいる86

高齢化は地方にも大きな影響を与えており、財政負担軽減のために様々な取組が行われている。ファシリティ・マネジメントやアセット・マネジメントに限らず、市が100%出資した株式会社を設立し、市の職員でなくとも対応可能な業務を委託することで、年間の行政サービス経費を大幅に減らすことに成功しているケースもみられ87、他の地方自治体からも注目を集めている。こうした先進的な取組が広がることによって、高齢化社会においても、地方自治体による公共サービスの持続的な提供が可能になると考えられる。