第2節 高齢化・人口減少と社会保障財政

高齢化・人口減少が財政に影響を及ぼす最も直接的で、重要なルートは社会保障である。そこで以下では社会保障の給付と負担について検討しよう。

まず、今後、高齢化・人口減少の進展に伴って社会保障給付の水準がどうなっていくかを概観する。なお、社会保障に係る費用は、税・社会保障負担を組み合わせて賄われている。ここでは、社会保障給付を賄うための財政負担に関して、「国民負担率」の大きさのほか、便宜的に、保険料などの「社会保障負担」に着目する。その際、特に公的年金について、給付の国際比較も含めてやや仔細に検討する。その上で、社会保障給付の増加に伴う国民負担の増加と経済成長の関係について考察する。また、給付と負担についての国民の意識を明らかにする。

社会保障給付の国民所得比は現行制度下で増加の見込み

高齢化の進展に伴い財政上の支出の内訳が変化しているが、特に社会保障に係る支出の増加が見込まれる。2000年度から2005年度にかけて、社会保障給付費は78.1兆円から87.9兆円へと12.5%増加したが、そのうち年金給付が41.2兆円から46.3兆円へと12.4%増加したことが全体の伸びに大きく寄与した。また、介護対策が3.3兆円から5.9兆円へと80%近く伸びている。最近のこうした支出の伸びは、特に団塊の世代が60歳を超えつつあることを反映している。社会保障給付費が国民所得に占める割合をみても、21.0%から23.9%と2.9%ポイント増加している(第3-2-1図)。この背景として、今回の景気回復局面で特徴的にみられたデフレや賃金の伸び悩みによって、国民所得がほぼ横ばい(6年間でわずか0.4%の増加)となっている中で、高齢者の増加により年金給付を中心に社会保障給付が伸びたことが考えられる。

高齢化による影響は今後も続くと考えられるが、厚生労働省が2006年5月に行った「社会保障の給付と負担の見通し」によれば、同比率は、各種の社会保障制度改革を前提にした場合であっても、2011年度でもほぼ同程度、2025年度においても26.1%と経済の伸びを上回って増加していくものと見込まれる。社会保障給付費のうち、年金は2004年度の制度改革22の効果もあって、2025年度は対国民所得比で2005年度とほぼ同程度となっている一方で、医療や介護の伸びが高まっている。第1節でみたとおり、高齢化が進むにつれて医療・介護関係の支出が増えることと整合的であり、これらの需要が高まることを示している。人口で最も多い団塊の世代は、2015年度にはすべて65歳以上の高齢者層に属することになり、2025年度には高齢者人口は約3,600万人(人口の30.5%)になるとされるが23、こうした人口のボリューム・ゾーンの医療・介護給付費をどのような水準にすることが適切なのかが、今後の重要な課題となっている。

こうした中で、上記見通し公表後に利用可能となったデータを用いた内閣府試算など24を踏まえ、2007年10月の経済財政諮問会議において、有識者議員から、中長期の社会保障の選択肢として、A)「給付維持・負担上昇」及びB)「給付削減・負担維持」の2ケースが示された(第3-2-2図)。A)は、医療や介護の給付水準を現状より抑えることはせずに、高齢者の増加に伴う現役世代の負担を受け入れる、B)は、医療や介護の給付水準を現状よりも抑え、高齢者が増加しても現役世代の負担が極力増加しないようにする、というものである。この二つの選択肢は、負担と給付の関係を明示的に示すために、あえて極端なケースを示したものではあるが、今後の議論につなげるための参考として提示されたものである。

日本の社会保障給付費のうち高齢化関連は国際的にみて中位

日本の社会保障給付費は、現時点では国際的にみて必ずしも高いというわけではない。OECD基準の国民所得比で比べると、日本はスウェーデンやフランス等よりは低いが、英国とはほぼ同水準であり、アメリカより高い水準にある(第3-2-3図)。データ制約のため2003年の数値での比較であるが25、日本は2005年でも23.9%であるから、この状況は現在でも変わっていないと考えられる26。その内訳をみると、日本はスウェーデンやフランス等と比べ失業給付や生活保護などの「福祉」が少ない。一方、高齢化に関わりのある「年金・介護」、「医療」計の給付については中位にある。

給付があれば、必ず同じだけ負担がある。負担は社会保険料などの「社会保障負担」、税、あるいは将来世代の負担である公債発行のいずれかの形を取る。ここでは、まず我が国の国民負担の全体の現状を確認しておこう。税と社会保障負担を合わせた「広義の税収」の国民所得比を「国民負担率」という。周知のように日本の国民負担率は40.1%(2008年度見通し)で、OECD加盟国で算出可能な国のうち下から数えて6番目であり、アメリカよりわずかに高いがスウェーデンやフランスと比べ極めて低く、その他の主要欧州諸国と比べても低い。(第3-2-4図)。このように、我が国の社会保障給付は国際的にみて中位、国民負担は低位であるということがいえよう。

社会保障負担だけでみれば各国で高まる傾向

そもそも社会保障給付に係る負担については、社会保障給付が社会保険料のみならず税で賄われている国もあり、その比率は各国で異なるため、個別に比較するのは適当でなく、その合計が重要である。

その中であえて、税と社会保障負担を分けて、便宜的に国際比較を行うと、我が国は個人所得課税や消費課税の税収のGDP比が低水準となっている27。一方、社会保障負担の変化についてみると、高齢化の進展とともに、各国で社会保障負担のGDP比はおおむね高まる傾向がみられる(第3-2-5図)。なお、フランスはGDP比で顕著に落ち込んでいる。これには、90年当時、フランスの社会保険料の水準は他の先進諸国に比べ、既に高い水準にあり、保険料率の引上げが難しい状況にあったため、91年に設けられた個人所得課税である「一般社会税」等により、社会保障財源が賄われた経緯がある。また、被用者の社会保障負担割合についても、長期的にみれば各国で高まる傾向にあるといえる(第3-2-6図28

一人当たりでみて日本の公的年金給付額の退職前所得比率は低いが、生涯給付総額でみればOECD加盟国で中位

我が国においては、老後のセーフティ・ネットとして社会保障制度の充実が図られてきたにもかかわらず、老後の生活不安が指摘される。例えば、内閣府政府広報室の「国民生活に関する世論調査」では、「日常生活での悩みや不安」で最も多い回答が「老後の生活設計について」(2007年7月53.7%)であり29、こうした傾向は長くみられる30。その一方で、諸外国、特に高福祉高負担国とされている北欧などでは年金が充実し、年金への信頼も総じて高い31

そこで、国際比較可能な一人当たりベースで、社会保障制度のうち最も大きな部分を占める公的年金給付に焦点を当て、実際にどれほどの違いがあるのかを調べることにする。最近のOECDの試算によると32、日本は年金支給額の退職前の平均年収に対する比率(所得階層別の平均を加重平均したもの。以下、「退職前平均年収比率」。)が33.5%となっており、OECD平均(57.5%)よりも低く、英国の30.0%、アイルランドの32.5%に次いで下から3番目の水準となっている(第3-2-7図)。ただし日本の場合は、平均寿命が長いために、一生を通じて得る公的年金資産(一人当たり:ドルベース33)では、全体の中で中位に位置する。

この図から、OECD諸国を4つのグループに分けることができる。アメリカやカナダなどは、退職前平均年収比率が日本と同様に低い一方で、受給期間が限られるため、一生を通じて得られる公的年金資産は日本を下回っている。この反対がルクセンブルク、オランダ、デンマーク、スウェーデンなどの欧州諸国で、年金支給の対退職前平均年収比率が平均より高く、一人当たり公的年金資産も平均より大きいものとなっている。一方、ドイツ、フランス、スイスなどの大陸欧州諸国では、年金支給の対退職前平均年収比率が日本よりやや高い程度であるものの、一人当たり公的年金資産は大きい。さらに、韓国、イタリア、スペインでは、年金支給の対退職前平均年収比率が高い半面、一人当たり公的年金資産では小さいものにとどまる。

日本の退職前平均年収比率が国際的にみて低くなっているが、留意すべきは、この国際比較が(男性)一人当たりを対象としていることである。我が国ではマクロ経済スライドの導入(2004年)後も、標準世帯の所得代替率34は50%を上回ることとされるが、これは被扶養配偶者も含めた夫婦をモデルとしている。すなわち、個人単位ではなく、被扶養配偶者の年金受取額が加算されたものとなっている35。一方、例えばドイツなどでは、日本のような被扶養配偶者への年金給付の仕組みが存在しない。したがって、仮に夫婦当たりで国際比較をすれば、第3-2-7図における日本の位置はやや上昇すると見込まれる。

諸外国においては少子高齢化に対応した大規模な年金改革が行われている

我が国では、公的年金を含めた年金制度改革が2004年に行われたが、諸外国においても、少子高齢化の進展などを背景に、近年様々な改革がなされ、検討されている。例えば、フランスでは、2003年の年金に関する法律の成立により、1)満額年金の給付水準として最低賃金額の85%以上になることを目標とすること、2)拠出期間を延長し、満額受給要件を40年から徐々に引上げ、2020年までに41年と3四半期とすること、3)高齢者雇用を促進するため満額年金の要件をクリアしても働き続ける場合に支給率を3%増額すること、4)支給開始年齢を原則60歳とする一方、40~42年の拠出期間を達成していれば、60歳前でも満額年金受給を可能とすることなどに加え、5)年金に関する個人の情報公開請求権の付与や年金保障委員会の創設などの管理運営面を改めることを盛り込んだ改革が大きな国民的議論の末になされた36

その他、ドイツ、英国、スウェーデン、アメリカといった主要先進国における年金改革の状況については、第3-2-8図のとおりである。おおむね年金支給開始年齢は65歳であるが、それを段階的に引き上げる傾向がみられる。あわせて、高齢者の就労継続促進のためのインセンティブ、または規定年齢以前に給付する場合の削減の仕組みも各国でみられる。また、ドイツでは公的年金給付への優遇措置を段階的に廃止する一方で、民間の確定拠出年金制度(任意)のための税控除を設けたほか、スウェーデンでも公的年金の確定拠出型への移行がなされていること、英国でも所得比例部分の公的年金について民間の確定拠出型年金への乗換えを促していることなど、総じて確定給付型から確定拠出型への移行がうかがえる37

高齢化により国民負担が増大する中で、経済成長を阻害しないことが重要

高齢者の増加は社会保障給付受給者の増加をもたらし、結果として社会保障の規模を大きくする。国の一般会計歳出の推移でみると、公共事業やその他の割合が低下しているのに対し、社会保障関係費の金額及び割合が上昇している(第3-2-9図)。約30年前の75年度当時、社会保障関係費は政府の一般会計歳出総額のうちの約4.0兆円、割合で19.3%の規模であったのに対し、2007年度になるとそれぞれ約21.1兆円、25.5%程度へと増加、上昇した。額にして約5.2倍増、割合にして約6.2%ポイントの上昇であり、社会保障関係費の伸びが予算全体の中でも際立っている。このように、社会保障の規模の増大が我が国の財政を圧迫することが懸念される。

社会保障の増大が経済に与える影響については、国民負担と成長の関係等に着目し、OECD各国のデータを用いた分析がこれまでなされてきた。90年代においては、国民負担率と経済成長の間には明確な関係は見出せないとする研究が幾つかみられる38。一方、最近では、社会保障の規模や国民負担の大きさは経済成長に負の影響を与えるとする研究もある39。いずれにせよ、社会保障の規模や国民負担率に関しては、各国の置かれた状況を考慮することなく、成長との関係を直接的に論じることは難しい40

社会保障支出や国民負担の規模と成長率の関係については、上述のように様々な見解がある。高齢化の進展に伴い社会保障支出や国民負担の規模が増加する過程で、程度の差はあれ労働や資本の供給が阻害される可能性も指摘される中で、こうした影響ができるだけ生じない仕組みを考えていくことが経済成長との関係で重要である。また、社会保障給付の場面でも、労働意欲を削がないこと、民間経済活動を圧迫してイノベーションの芽を摘まないことが求められる。

「給付維持・負担上昇」よりも「給付削減・負担維持」への支持が全体として多いが、年齢によって異なる結果

前述のように、2007年10月の経済財政諮問会議では、有識者議員から、中長期的な社会保障の選択肢として、A)「給付維持・負担上昇」、B)「給付削減・負担維持」の二つのケースが示された。そこで、この二つの選択肢をもとに内閣府でアンケートを行った結果、全体としては、B)「給付削減・負担維持」に「近い」又は「どちらかと言えば近い」と答えたケースが48.3%に達し、A)「給付維持・負担上昇」に「近い」又は「どちらかといえば近い」と答えたケースが24.0%となり、B)への支持が多くみられた(第3-2-10図)。

A)B)の回答の割合を属性ごとに分解したところ、性別や所得階級、職業、雇用形態、学歴の別によって目立った違いがあるという結果はみられなかった41。一方で、年齢については明確な差がみられ、年齢が上がるほど、A)「給付維持・負担上昇」を選択する傾向が顕著にみられる(第3-2-11図)。このことは、予想されるとおり、年齢が上がるほど給付の維持を必要とすることを示している。その傾向は特に年金を受け取る直前の55~59歳の層で最も強くみられ、60歳以降で低下している。60歳以上は年金を既に受け、年金額が確定している一方で、人口に占める割合が最も高い団塊の世代層は、年金を受け取る直前の時期にあり、制度変更による影響も比較的大きいため、給付確保をより強く求めることが、こうした結果の背景として考えられる42。あわせて、A)の傾向が強い層は、高齢者のいる世帯でも明確にみられた。

なお、前述のとおりここで示した二つの選択肢は、あくまでも極端なケースとして参考に示されたものであり、実際の政策はこの間で行われるものであることに留意が必要である。