第1節 雇用形態の多様化と家計部門への影響

バブル崩壊後に過剰雇用を抱え込んだ企業部門は、リストラを通じた雇用削減を実施することで過剰雇用の解消を図った。今回の景気回復局面では、派遣や請負などの非正規雇用、パート雇用者の比重を高めることで企業は収益力を高め、これが長期的な景気回復をもたらす一つの要因となったと考えられる。こうした状況の中、雇用全体に占める非正規雇用の比率が次第に高まるとともに、非正規雇用にも様々な種類が現れるなど、雇用形態の多様化が進展した。

このような雇用形態の多様化は、厳しい競争に直面する企業にとってはやむを得ない選択という面があり、実際に企業が収益を回復することで持続的な景気回復が実現するという利点があった。家計からみても、雇用がある程度確保され、企業収益が次第に家計部門に波及すること、雇用の選択肢が広がったことなどを通じて、景気回復の効果が得られるという利点があった。

雇用形態の多様化が、労働に関する制度的な制約を取り払うことにより、個人の自由な選択を保証したことによる結果として発生しているということであれば、労働者自身の人生の自由度を高められるという利点もある。例えば、業務量の多寡、責任の軽重を選択できるようになれば、労働者自身の余暇の時間が増え、趣味・娯楽などのために労働者が自由な時間を享受したり、自己実現により一層資することができる。また、多様な選択肢が与えられることで、例えば、子育て中の女性や短時間労働を希望する高齢者の就業が促進されることも期待される。

他方、本人の希望に反して非正規雇用という不安定な雇用にとどまっている場合は、労働市場の効率性や労働者の人的資本形成の観点からも改善の余地があると考えられる。この場合、能力や意欲などの就労に関する基本的な労働者の情報が、採用する企業側に把握されないような環境においては、一度非正規雇用という状態に入った雇用者の正規雇用への転換は難しくなる。

非正規雇用の増加の背景については、複数の経済社会構造の変化が指摘されている。IT化の進展はパソコンなどによる単純労働作業の代替を促進し、これまで単純作業を担っていた非熟練労働者への需要を低下させる可能性がある。グローバル化の進展は、これまで国内で活動していた生産拠点を海外に移転することにより国内雇用を減少させる可能性も考えられる。また、人口減少下にあって、労働力人口の減少から予想される労働市場の逼迫を改善するためには、女性など、より多様な者が働くことが可能となることが望まれる。さらに、団塊世代の大量退職により、企業にとっての基幹となる正規雇用者が減少することが見込まれる中でこれをどう補填するかが重要である。

このような雇用を取り巻く近年の大きな環境変化の中で、雇用形態の多様化が我が国経済社会に与える影響を考えることとする。

1 増加する非正規雇用の実態

 非正規雇用者の増加が続く一方、2006年に入り増加に転じた正規雇用者

今回の景気回復局面での労働市場における構造的な変化としては、非正規雇用が大幅に増加したことが挙げられる。しかし、2006年に入ってからは、正規雇用者も前年比で増加に転じており、これまでの正規雇用の減少と非正規雇用の増加という動きに対して変化がみられる。増加している正規雇用者の具体的な内訳をみると、主として、これまで家計の基幹的給与所得者とみなされる男性労働者の正規雇用者が増加していることが特徴的である(第3-1-1図)。また、これまでパートタイマーなどの非正規比率が高く、家計収入の補助的な役割を果たす割合が高いとされる女性労働者でも、このところ正規雇用者が増えていることが分かる。こうした正規雇用者の増加は、雇用の安定を通じて、家計部門の安定につながる蓋然性を高めるという観点からいえば、家計部門にとっては、明るい動きとして評価される。

ただし、非正規雇用者も、これまでと同様に増加し続けており、雇用形態の多様化は引き続き進んでいる。非正規雇用者が雇用者全体に占める割合は、2005年以降で、男性が2割程度、女性が5割程度となっており、最近2年程度の間、安定的に推移しているものの、傾向として上昇している。

こうした動きからは、長期化する景気回復の下、企業部門が、自らの雇用戦略の中で、正規雇用者と非正規雇用者の配分について依然として慎重な調整を継続していることが示唆される。すなわち、過剰雇用を解消するためのリストラを実施し、非正規雇用の比重を高めた企業は、景気回復が持続しても、正規雇用者の比率を一方的に上げるという選択を行わないことがうかがえる。

 増加傾向がみられる勤務時間が長い非正規雇用者

雇用形態の多様化は、単に非正規雇用の増加にとどまらず、非正規雇用の内部でも、性別、労働時間別など様々な観点からみて多様化が進行している。これまで雇用をけん引してきた非正規雇用のうち、パート・アルバイトと比較して、派遣・契約・嘱託が増加する傾向がみられる。労働時間の違いによる雇用形態も、男女別で異なっており、非正規雇用と一括りにできるものではない。今回のように、景気回復が長期化することによって、企業が必要としている雇用形態の中身が、様々な変化を続けていると考えられる。

その中でも特徴的な動きは、非正規雇用者のうち長時間労働を行う雇用者の割合が高まっていることである。雇用形態別、就業時間別に細かく分類すると、男性労働者では、2004年以降週35時間以上労働フルタイムの派遣・契約・嘱託が増加している(第3-1-2図)。男性労働者について、労働需給の引締まりがみられるが、これが長時間労働、正規労働化へのシフトとして表れてきている可能性も考えられる。

一方、女性労働者についても、勤務時間が長い労働者が増加する傾向にある。これは、これまで増加していた週35時間未満のパートタイム労働者が減少し、正規社員や35時間以上労働の派遣・契約・嘱託が増えているという結果に表れている。

このように、今回の景気回復過程で過剰人員を解消した企業は、正規雇用者と同じように長い時間働くことができる非正規雇用者をより積極的に活用しようとしていることがうかがえる。

 非正規雇用者の2割程度が消極的理由で非正規となっていることに留意

近年比率が大幅に増加した非正規雇用を労働者の観点から評価するためには、非正規雇用が自ら選択した積極的な理由による結果であるかどうかを見極めることが重要であろう。そうした正規、非正規の選択に関する労働者の理由を、厚生労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査報告」の結果からみると、2003年に「正社員として働ける会社がなかったから」という消極的な理由が伸びていることが分かる。一方、「より収入の多い仕事に従事したかったから」、「専門的な資格・技能を活かせるから」といった本当の意味で積極的に評価できる理由についても緩やかに増加していることが分かる(第3-1-3図)。

こうした結果から、非正規を選択する者の一部には、そうした働き方を自ら選択する者がいることが分かる。ただし、調査時点における雇用環境などが異なることを考慮する必要があるが1、それでも「正社員として働ける会社がなかった」というやむを得ない理由で非正規雇用を選択する割合が時期にかかわらず2割程度いることには注意が必要であろう。景気回復が長期間にわたって持続しているものの、労働者自らが雇用形態の多様化を活用していることを示すような積極的な理由は目立って増えているわけではない。むしろ正社員を希望していたにもかかわらず、その希望が満たされないまま非正規社員にとどまっている者が依然として残っており、専門的な資格・技能が活かせるために非正規雇用者を選択する者は、まだ少ないことが可能性として示されている。

 男性若年により多くみられる消極的な選択としての非正規雇用

前記の「就業形態の多様化に関する総合実態調査報告」は、雇用環境が悪かった2003年時点を含む調査結果であったが、非正規雇用に対する労働者の最近の意識を把握するためには、その後の雇用環境の改善を反映した分析を行う必要がある。そこで、直近行われた「日本人の働き方総合調査」(労働政策研究・研修機構(2006年))のアンケート調査のデータを利用する。ここでは、特に若者に対象を絞り、非正規雇用となっている理由をより詳細にみることができる。

その結果からは、おおむね男性で2割以上、女性でも2割弱が非自発的な理由でパートタイマーなどの非正規雇用を選択していることが分かる(第3-1-4図)。このうち、特に、契約社員で、「正社員として働ける先がなかった」、「しばらくすれば『正社員』になれるということだった」とする非自発的な理由による就業が男女ともに4割以上みられたことが特徴的である。

また、パート、派遣・請負社員の雇用形態について、非自発的な理由(正社員として働ける先がなかった)を男女間で比べると、男性でその比率が高くなっている。男性の場合には、家計収入の要となることが期待され、非正規雇用形態の選択が必ずしも自発的な理由でなくとも就業を受け入れざるを得ないことが多いと考えられる。女性については、正規・非正規といった雇用形態にかかわりなく、自らの都合の良い時間を優先する結果が示されている。ただし、女性の「自らの都合の良い時間を優先する」との選択結果が自発的なものであったとしても、これは家事労働の負担という制約の下での判断とも考えられ、留意が必要である。

 正規、非正規雇用者で異なる人的資本形成と賃金決定

正規雇用者と非正規雇用者の賃金と勤続年数の関係をみると、男女とも非正規雇用者の賃金は、正規雇用者の賃金と比較して低い。勤続年数が長くなるに従って正規雇用者の賃金は増加するが、非正規雇用者の賃金はそれほど上がらない(第3-1-5図)。

学歴や業種などその他の要因が賃金に与える影響をコントロールし、伝統的なミンサー型2の賃金関数を推計し、賃金と勤続年数の関係を性別、雇用形態別に分析する(第3-1-6図)。男性については正規雇用者、非正規雇用者とも勤続年数の増加とともに賃金は上昇するが、非正規雇用者の方が上昇度合いが早く減少し、賃金は頭打ちになってしまうことから、勤続年数が長くなればなるほど、正規と非正規の間で賃金の差が大きくなる。また、女性については、正規雇用者では男性と同様に勤続年数が長くなるに従って賃金は上昇するが、非正規雇用者については勤続年数と賃金の間に明確な関係は認められない結果となっており、やはり勤続年数が長くなるに従いある時点までは賃金の差が大きくなることになる。

このような正規雇用者と非正規雇用者で異なる賃金構造の背景として、非正規雇用者は、その労働契約も長期となっておらず、継続就業年数も短いこと、また労働時間も短いことが挙げられる。またその結果として、後述するように、仕事を通じた教育、訓練が進まず、仕事を通じて形成される熟練、いわゆる人的資本の蓄積の程度が相対的に低くなることも考えられる。

我が国の雇用慣行においては、企業内での長期にわたる業務上の教育、訓練を受けることを通じて、労働者の熟練の水準を引き上げるという特徴が指摘されている3。そのため、労働者の勤続年数、労働時間は、労働者の人的資本の形成に重要な役割を果たすとされている。

このように、正規・非正規という雇用形態の違いによって、勤続年数の長さが人的資本の形成を通じて労働生産性を上げる程度に差があり、それが賃金の違いに反映されている可能性がある。

 非正規雇用者に対する能力開発の提供方法は主としてOJT

非正規雇用者にとっても、正規雇用者と同様に、人的資本の形成のためには、企業側から提供される教育・訓練が重要な役割を果たすことになる。企業が実際に非正規雇用者に対して能力開発をどの程度行っているのかをみるために、内閣府が2007年に企業に対して実施したアンケート調査の結果をみると、6割強の企業で、OJTを中心とした能力開発が行われていた4。2割以上の企業では、OJTに加え、Off-JTも実施されており、そもそも具体的に実施していないとする回答はわずか10%強程度であった。こうした結果からは、非正規雇用者の教育を、企業側も主としてOJTによって行っていることがうかがわれる。

ただし、非正規雇用者へのOJTが正規雇用者のそれと同質なものであるかについては注意が必要である。そもそも正規雇用者のような企業にとっての基幹労働者と非正規雇用者のような周辺労働者とが様々な仕事の面で異なり、量的な面で計測される訓練提供において正規、非正規ともに差がない場合でも、その質の面において差が生まれている可能性がある。そのため、検証に当たっては、実際の現場での正規雇用者と非正規雇用者の取扱いといった個人レベルにまで踏み込むことが求められる。

 正規、非正規雇用者は、仕事に関する必要な専門的知識・技能の習得の面で差

そこで、正規、非正規雇用者個人からみた場合に、具体的にどのような手段によって仕事に関する専門的な知識や技能を身に付けているのか、その方法についてどのような違いがあるのかを確認する。内閣府が2006年に労働者個人に対して実施したアンケートによれば、個人にとって必要な専門的知識・技能は、正規、非正規雇用者ともに、実務中に身に付けるとする回答が最も多く、それぞれ6割程度であった。その中身をみると、非正規雇用者は、正規雇用者に比べ、上司や先輩によるOJTや企業外の研修を通じた知識・技能の蓄積が相対的に低いことが特徴として挙げられる(第3-1-7図)。また、非正規雇用者は、正規雇用者に比べ、自発的に仕事に関する知識・技能を身に付けるための独学を行っている者が相対的に少ないことがうかがわれる。

こうした違いの背景には、正規雇用者と非正規雇用者の仕事に対する目的意識が異なること、また、非正規雇用者の企業への帰属の程度が低いことにより同僚から受ける教育の機会が相対的に乏しいことなども考えられる。非正規雇用者は、職場のみならず、独学についても主体的な知識・技能の習得の機会が相対的に乏しいことが懸念される。このように、非正規雇用者の人的資本蓄積については、様々な調査結果を踏まえ、注意してみていく必要があると考えられる。

 同一労働を行う正規と非正規雇用で処遇が異なる背景にある情報・交渉力の非対称性

非正規雇用者と正規雇用者とが異なる責任、異なる仕事内容であれば、処遇に差異が出るのも自然なことといえる。しかし実際には、同様な業務に従事しているにもかかわらず、人事管理上の扱いや処遇が異なる場合も多くみられる。

非正規雇用者のうち特にパートタイム労働者について、パートタイム労働者を雇用する事業所に尋ねたアンケート5によれば、「職務が正社員とほとんど同じパートがいる6」と答えた事業所は42.5%に上り、そのような事業所のうち38.5%が「全体の半分以上のパートの職務が正社員とほとんど同じ」と答えている(第3-1-8図)。さらに、「職務が正社員とほとんど同じで、かつ、正社員と人材活用の仕組みや運用7が実質的に異ならないパートがいる場合、その賃金(基本給)の決定方法の正社員との違い」について、「ほとんどのパートは正社員と異なる」、「正社員と同じパートはいない」とする事業所はそれぞれ18.7%、39.8%となっている。このように、仮に同じ責任・同じ仕事内容であっても、賃金に関する均衡処遇がなされていないというような場合には、個人の能力や意欲が処遇に考慮されずに、むしろ労働意欲を損なわせてしまうという点が懸念される。

均衡処遇が実現しないという問題が発生する背景としては、労働市場が効率的に機能していないような状況が想定される。すなわち、雇用する側が雇用される側の情報を十分持ち合わせていないため、合理的な意味に乏しい雇用契約関係が結ばれてしまう可能性がある。また、労働契約を結ぶに当たり、労働者側と雇用する側との立場が不均衡な状況にあるため、労働者側が賃金交渉力を持ち得ないという要因もあり得る。パートタイム労働者を始めとする非正規雇用者は、こうした情報や賃金交渉力の非対称性により、自らの限界労働生産性に見合った実質賃金を得ていない可能性もある。さらに、外部労働市場の整備が十分ではないために賃金が競争的に形成されていないとする考え方もある。そのため、職種や技能の違いではなく、正規・非正規という雇用形態の違いが賃金決定に際して重視される場合も考えられる。

このような労働市場に固有の問題を解決し、労働市場の効率性を向上させるためには、後述するような政策面での対応が求められる。

2 非正規雇用の増加の背景としての経済社会環境の変化

 IT化、組織合理化と非正社員比率との関係

雇用の非正規化の流れの背景として、IT化の進展などの経済社会環境の変化の影響が指摘される。一般に、IT化の進展は、非熟練の労働需要を低下させる働きを持つと考えられている。そこで、IT化と非正規雇用者の関係について、企業へのアンケート調査を用いた先行研究に基づき8、WEB技術の活用やLAN整備などによってIT化の進展を把握し、職場単位での雇用への影響をみれば、こうしたIT化の一部が、一般事務職を減少させる一方で、非正規雇用の活用を促し、アウトソーシングを加速させることが示される(付表3-1)。

まず、WEB技術の活用による情報環境が整備されている職場においては、一般事務職の数の減少、派遣社員の活用の進展、パート・アルバイトの活用及びアウトソーシングの増加の可能性が示されている。他方、LANの整備による影響については、一般事務職の減少及びアウトソーシングの増加につながる傾向がみられたが、派遣やパート・アルバイトの活用については、明確な関係がみられなかった。さらに、組織のフラット化、組織統廃合を推進する場合には、一般事務職の減少、派遣社員・パート・アルバイトの活用、アウトソーシングの増加といった傾向がみられている9

この背景として、企業は、IT技術の導入により、その技術を使う補完的な人材も併せて外部労働市場から求めることが多くなったことが考えられる。熟練のIT機器オペレーターが担ってきた仕事の一部が新しいIT機器の導入により、作業が単純化され、未熟練労働者でも担えるようになり、導入した新しいIT技術と関わりのある労働力を外部から補完することが可能になった結果、労働力の非正規化が進んだと考えられる。

 企業の海外進出方法により異なるグローバル化の正社員数への影響

グローバル化の雇用に与える影響については、グローバル化によって国内の産業空洞化が発生し、その結果、国内の職が奪われ国内の雇用に悪影響を及ぼすとされる懸念が指摘される。しかしながら、現実の企業行動を詳細に分析すると、企業活動のグローバル化と雇用の関係は単純なものではなく、グローバル化の内容によって雇用への影響は異なっている。

内閣府のアンケート調査(2007)10を用い、企業レベル(製造業)の行動を検証すると、海外現地生産の比率が高い企業ほど、むしろ従業員全体及び正社員の増加を見込むという結果になった(第3-1-9表)。その結果を説明する根拠としては、海外現地生産の比率の高いグローバル化企業は、生産性を上げる目的で海外に進出する場合に、自国で基幹となる正社員を採用し、現地での生産現場における監督など特殊技能を要する分野で活躍することができる熟練度の高い人材をより多く求めることがあると考えられる。

その一方で、海外現地生産を進める企業のうち、海外生産高に占める日本への輸出の割合が高い企業ほど我が国の雇用者数全体及び正社員を減らすとする傾向が示された。また、今後も日本への逆輸入比率を高めようとする企業は、同じく雇用者数全体及び正社員を減らす可能性が示されている。これは、自国内の賃金が高いことなどを背景に海外の安価な労働市場を求めて企業が海外に進出し、海外の現地労働者が我が国の雇用者の代替となることに加えて、製品を日本に輸出(逆輸入)する過程で、国内市場への製品の供給も代替され、国内の雇用を減少させる方向に作用するものと考えられ、これは懸念される「空洞化」の一つの事例ともいえる。

なお、グローバル化と雇用に関し、中小企業を対象にしたアンケート結果に基づく先行研究でも、上記の分析とおおむね同じ結果が示されている11。そこでは、従業員総数、正規従業員数の雇用の影響について、輸出比率の上昇した企業及び原材料・部品の輸入比率の上昇した企業は、もともと輸出のない企業に比べ、従業員総数、正規従業員を増加させるという結果であった。また逆に、そうした二つの比率が低下した企業では、それぞれ従業員を低下させる結果となった。一方、非正規従業員については、その増減について有意な結果は出なかった。

 女性の30代後半以降の労働力率の高さの主な背景としてみられる非正規雇用

女性の労働力率の上昇も、労働市場を取り巻く大きな環境変化の一つと考えられる。出産、子育てで一時的に職場を離れざるを得ない可能性の高い年齢層の女性の労働力率が他の年齢層に比べて低くなる、いわゆるM字カーブが最近になって解消されつつあることが指摘されている(第3-1-10図)。

しかしながら、女性労働力率の構成を就業形態別にみると、M字カーブの30代後半以降の盛り上がりは、主にパート・アルバイトに代表される非正規労働者等の割合が大きいことが分かる(第3-1-11図)。正規雇用のみの比率でみれば、25~29歳の正規雇用労働力率43.7%から30~34歳の30.6%にまで急速に低下したまま、30歳代後半から40歳以降にかけても上昇がみられていない。この結果は、30歳代前半に入り、女性が子育てなどで正社員の立場から離れ、その後も正社員に戻ることなく、パートやアルバイトとして就業することで、全体の女性の労働力率を押し上げていることを示している。

雇用形態の多様化は、短時間勤務を求める女性を含め、様々な雇用の機会を与えるという点で家計への利益をもたらしてきた面を持つ。しかしながら、いったん離れた元の職場への正社員としての復職や他の企業への正社員としての再就職は困難であるという問題は依然として残っている。前述したとおり、正規雇用者と非正規雇用者には賃金面の違い、教育・訓練を通じた熟練(人的資本)の違いもあり、育児後の女性が正社員となりにくい状況は、労働力不足が懸念される将来において女性労働を活用しようとする場合の足かせとなるおそれがある。今後、労働市場において、子育てなどにより一度退職した女性を再度正規雇用として受け入れる道がこれまで以上に開かれるよう、また、多様化した就業形態においても適正な処遇と能力開発の機会が得られるよう政策的な手当が求められる。

 女性の再チャレンジ支援では、正規雇用者を増やすための取組も重要

現在、女性の再チャレンジに関する各種政策が進められている。具体的には、マザーズハローワークを通じた再就職支援の拡充や、職場体験制度の実施、メンター紹介サービス事業などが実施されているが、今後は、家計部門の安定化のために鍵となる正規の女性労働者比率を高めるといった観点も必要である。

また、政府の取組以外でも、現在、様々な企業が主に子育て後の女性の再就職の支援を目的とした取組を行っている。一度退職した社員が再度正社員として元の会社に就職するジョブリターン制度、子育て中ではあるが関連職種の経験がある人材を正社員として中途採用する制度などを設けている企業が現れており、こうした動きが広く普及していくことが期待されている。あわせて、正社員として雇用された女性自身が引き続き企業内で活躍し、成果を残していくことも求められる。

 特に30歳代の正社員に対する需要を高める団塊世代の退職

現在の日本経済が直面する労働市場における環境変化として大きな影響が見込まれるのは、約680万人(うち就業者数は約490万人)といわれる団塊世代の退職である。そこで、内閣府(2007)「平成18年度企業行動に関するアンケート調査」に基づき、現在みられる企業の雇用不足感が団塊世代の退職と正規・非正規雇用者の雇用動向とどのように関連付けられるのかを検証する。

同調査の特別集計が示す注目すべき分析結果は、特に30代の正社員について、団塊の世代の退職により雇用不足感が高まると答えた企業が特徴的に多くみられたことであった(第3-1-12図)。

団塊世代の退職の影響を受けて雇用不足感が現れている30歳代は、労働力調査の詳細結果でみた正規雇用者比率が最も高くなっている層である(75.0%)12。このことから、この年齢層は、企業にとっての即戦力となる基幹労働者である可能性が高い。「日銀短観」や厚生労働省の「労働経済動向調査」でみられる雇用不足感の強さが、30歳代の正社員に表れていることも考えられ、現状の労働需給に引締まりがみられ、この年齢層の正規社員を外部市場から補填することが難しいことを考慮すると、企業部門の雇用不足感は、今後も容易には解消できない可能性もある。

コラム10 非正規雇用者という用語について

本書を始め、一般的に使用される「非正規」雇用者という用語は、従来型の「正規」雇用者と対をなすものである。この「正規」「非正規」という雇用形態の分類は、過去の報告書や統計分類にみられ、最近では雇用形態の多様化の流れの中で一般的に利用されるようになっている。しかしながら、近年、非正規雇用者が全雇用の約3分の1を占めるなど、より一般的にみられる雇用形態となったことなどを背景に、日常用語としては否定的な語感もある「非正規」という用語の使用について議論がある。一部の文献などでは、正規を「典型」、非正規を「非典型」と分類するものもみられるが、同様に雇用形態の多様化を表す表現とはなっておらず、広く用いられる用語とはなっていない。

我が国の政府報告書においても、これまで非正規という用語が使われてきた。我が国の年次経済報告(経済白書)を振り返ると、平成4年(1992年)版において、既に「パートタイム労働者等の非正規従業員」との使用がみられている。同報告の平成6年(1994年)版、8年(1996年)版においても、それぞれ「非正規労働者には、臨時・日雇、パートタイム、派遣労働者等が含まれる」、「パートタイム、臨時、日雇労働者といった非正規労働者」として、「非正規」雇用者を説明している。

また、「労働力調査」においても、「非正規」という用語が平成13年(2001年)8月の「労働力調査特別調査報告」にある「結果の概要」から用いられている。なお、それ以前に、「正規の職員・従業員」と比較されたのは、「パート・アルバイト」という雇用形態であった。「労働力調査詳細結果」によれば、「正規の職員・従業員」と並んで、雇用形態を「パート・アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「契約社員・嘱託」、「その他」に分類、後者の4類型を合わせて「非正規の職員・従業員」として、両者の動向を統計上把握することができるようになっている。

諸外国では、アメリカの労働統計局が「workers with traditional arrangement(伝統的な形態の労働者)」と「workers with alternative arrangement(代替的労働者)」という分類を行っており、例えば、派遣労働者とされる「Temporary help agency workers」は、後者に属している。また、「workers with contingent arrangement(付随的な労働者)」と「non-contingent workers(付随的でない労働者)」との統計上の分類も存在している。なお、フルタイム、パートタイムという一般的な分類も存在する。また、英国では、フルタイムとパートタイムのほか、「Temporary(短期)」と「Permanent(期限なし)」という分類、カナダでも「Permanent」と「Non-permanent」という分類が用いられている。一方、フランスでは、フルタイムでかつ期限のない雇用以外の雇用を「formes particulières d’emploi(特殊形態の雇用)」とする呼称も存在するが、公式の統計によれば、「Temps complet(フルタイム)」、「Temps partiel(パートタイム)」それぞれに、「Non salariés(給与体系でない労働者)」と「Salariés(給与所得者)」の分類がある。後者の給与所得者は更に、「Intérimaires(臨時)」、「Apprentis(見習い)」、「Contrats à durée déterminée(任期付契約)」、「Stagiaires et contrats aidés(インターン・補助契約)」、「Contrats à durée indéterminée et autres(期限なしその他)」との詳細な分類がある。また、ドイツでは、「Vollzeitbeschäftigung(フルタイム)」と「Teilzeitbeschäftigung(パートタイム)」の分類及びパートタイムのうち、労働時間18時間以下又は以上の雇用者の分類(unter 18 Stunden/18 Stunden und mehr)がなされている。

本書でも、我が国でより一般的に使われている「非正規」という用語を用いているが、今後は、雇用形態の多様化という実態に即した用語の使用が望まれる。その場合、統計上継続的に把握できる正規の対である分類であり、かつ、雇用形態に関して中立的な用語であることが望ましいと考えられる。