第3節 回復する金融・資産市場

2006年に入ってからの金融市場を概観すると、実体経済の回復を反映した動きがみられる(第1-3-1図)。株価は、昨年の景気の踊り場脱却を受けて上昇基調を強めた。年明け後も、一服する場面もあったが、好調な企業収益等を受けて堅調に推移し、4月上旬、日経平均株価は17,500円台を記録した。その後、5月上旬から下落基調となり、6月下旬時点で15,000円台前半の水準で推移している。長期金利(10年国債流通利回り)も、3月の量的緩和解除を挟んで、緩やかに上昇している。この間、為替相場(円の対ドル相場)は、内外金利差拡大の下で、円安方向で推移したが、年明け後はアメリカの金利先高観の後退などを背景に一時110円/ドル台まで円高方向で推移した。一方、内外の物価上昇率や貿易ウエイトなどを考慮した実質実効為替レートは、1985年来の円安水準で推移している。民間銀行貸出は、3月に前年比プラスに転じた。さらに、3月公表の公示地価では、地価の下落幅が縮小し、都市圏を中心にプラスに転じる地点が広がりをみせはじめている。

金融市場の状況と実体経済の関係は、両者が相互に影響し合うことから双方向の影響をみていく必要がある。本節では、こうした観点から、景気が回復傾向をたどる下で、金融市場の特徴的な動きを分析するとともに、今後景気回復が持続し、金利が上昇した場合の実体経済に与える影響を整理する。

1 長期金利の変動要因と今後の見通し

 景気回復下で低位安定した長期金利

株価が踊り場脱却後の景気回復を反映し上昇した一方、長期金利(10年国債流通利回り)は、2005年度を通じて比較的低位で安定していた(2005年3月末:1.32%→2006年3月末:1.77%<前年比+0.45%>)。この背景には、景気回復が緩やかな中で、相当期間量的緩和が維持されるとの期待形成に基づき、金利が安定的に推移したことが考えられる(いわゆる量的緩和の時間軸効果)。しかし、長期金利については、内外金利の連動性が高まっていることによる影響も大きい。欧米の実質長期金利の推移をみると、2004年6月にアメリカで政策金利が引き上げられ、各国でも従来の金融緩和を徐々に修正する動きがみられたにもかかわらず、日本を含む各国金利は歴史的な低水準(おおむね2~3%)に収斂してきている(第1-3-2図(1))

こうした世界的な低金利現象の背景には、中国などの投資拡大に伴う供給余力の拡大が世界的な低インフレをもたらしたことのほか、ここ10年間に生じた世界的な貯蓄過剰(global saving glut)との関係が指摘されている21。世界的な貯蓄過剰は、90年代半ばまで国際資本市場において資金の借り手であったエマージング諸国や産油国が資金の貸手となり、世界的な資金フローが変化してきたことが影響している。すなわち、アジア等における一連の金融危機の後、これら諸国では、経常収支の黒字化とともに外貨準備が顕著に拡大している。原油価格高騰も、エマージング諸国や産油国の経常収支黒字化につながっている(第1-3-2図(2))。これらの貯蓄過剰部分が国際資本市場に供給されており、各国の貯蓄投資バランスとは独立して、実質長期金利が決定されている可能性がある。

 開放経済体勢の下での実質長期金利決定の仕組み

以下では、石[1996]に基づき、世界的な実質長期金利の収斂が、各国固有の金利に影響を与える要因によって説明し得るのか、それとも世界的な貯蓄過剰(世界貯蓄率)といったグローバル要因によって説明できるのかを検証した。

開放経済では、国際資本移動によって、内外金融資産の収益率の差(=内外の実質金利差)は、実質為替レートの予想変化率(為替の実質期待変化率)や為替変動のリスクプレミアムによって調整される。もっとも、長期的な為替レートは、購買力平価に基づいて決まると、市場参加者が予想したとする。その場合、理論上の静学的な長期均衡状態で、実質為替レートが一定となり、為替変動のリスクプレミアムが消滅することから、実質金利が内外で均等化すると考えられる。このとき、内外で均等化した実質長期金利は、世界全体の貯蓄率や投資の限界効率に依存して決定されると考えられる。

上記の考え方に基づき、日本、アメリカ、英国、ドイツ、フランス5カ国の実質長期金利を、各国固有の金利に影響を与える要因として、実質短期金利(各国の金融政策スタンスの代理変数)と実質実効為替レートのトレンドからの乖離差(実質為替レートの予想変化率の代理変数)を取り上げ、パネル推計した。なお、為替変動のリスクプレミアムの代理変数である累積経常収支比率は、最終的な推計式から外した。同比率は、間接的に国内貯蓄率の高さも意味していると考えられるが、実際に説明変数に含めた場合の説明力は弱く、各国の累積経常収支は、実質長期金利にほとんど影響を及ぼしていないとの結果となった。

この推計作業の中では、推計結果の中の定数部分(年ダミー+定数項)が各国の実質長期金利に共通する要因を抽出していると考えられる。「世界的貯蓄過剰が各国の実質長期金利に共通の影響を与えている可能性」について検証するために、この定数部分を世界貯蓄率で回帰し、世界貯蓄率の変化で説明できる部分と、その他の誤差の部分に分解した。

なお、先行研究では、世界貯蓄率として、推計対象となる先進国の貯蓄率を実質GDPで加重平均したものを利用している。しかし本稿では、近年、途上国の貯蓄余剰が先進国の資本市場に流入している見方を踏まえ、92年以降の推計では、途上国全体の貯蓄率(IMFの推計値)を世界貯蓄率として利用した。推計期間に関しては、国際的な資本移動の自由化が進みはじめる80年代以降を対象とし、構造変化を見るため、11982~1986年、21987~1991年、31992~1996年、41997~2001年、52002~2004年の5期間に分けて、計測を行った。

 世界貯蓄率上昇による実質長期金利低下圧力の高まり

第1-3-3図に、パネルデータの推計結果と、各時期における実質長期金利の決定要因を把握するため、推計結果に基づく日米独の3カ国の実質長期金利の要因分解を示した。結果を整理すると以下のとおりである。

1 推計期間を通じて各国の実質長期金利の動きに対しては、国ごとの実質短期金利(金融政策の代理変数)がいずれの期間も有意な説明力を有している。係数をみると、11982~1986年は0.58、21987~1991年は0.44と、比較的高い。しかしながら、直近(2002~2004年)をみると、実質短期金利が実質長期金利に与える影響は相対的に縮小し、説明力も以前ほどではなくなっている。

2 実質為替レートの予想変化率(代理変数は、実質実効為替レートのトレンドからの乖離差)は、安定的に有意に影響を与えているとは言い難い。ただし、為替レートのミスアライメント(実質実効為替レートの中期的な購買力平価からの乖離)がみられたとされる時期(例えばアメリカにおける高金利政策のもとで、ドルが大幅に増価しており、市場参加者による将来的なドルの減価期待が強かったと考えられる80年代前半<1982~1986年>)には、実質長期金利の上昇に寄与していることがみてとれる。

3 最後に、世界貯蓄率が与える各国の実質長期金利に対する影響は、世界貯蓄率の上昇(低下)で実質長期金利が低下(上昇)するという、予想通りの負の相関がみられた。例えば、1987~1991年や直近(2002~2004年)では、貯蓄率の上昇に伴って、世界的に実質長期金利が低下している。直近の世界貯蓄率の上昇は、エマージング諸国や産油国における貯蓄率上昇を意味しており、世界的な金利低下圧力となっている可能性が高い。特に今回の推計においては世界全体の資金循環の中で先進国に対して資金供給元となっている途上国の貯蓄率を明示的に採用することで、世界貯蓄率の長期金利の引き下げ圧力の説明能力が改善したという点で興味深い結果となっている。

 今後の世界的な金利上昇リスク

以上の推計結果を受けて、今後の日本を含めた長期金利の動向を見ていく上での留意点を改めて整理すると、次のとおりである。

1 実質短期金利の実質長期金利に対する影響は、直近では低下しており、実質長期金利が次第に金融政策の影響を受けにくくなっている。90年代に入ると、国際資本取引の拡大する下で、累積経常収支が実質長期金利に与える影響や為替リスクに対するプレミアムも縮小しつつある。この結果、日本を含む先進国の長期金利は、世界貯蓄率によって説明し得る部分が大きくなっており、各国の金利格差が縮小し、一定水準に収斂しつつある可能性がある。

2 ただし、80年代前半に先進国の金融政策がインフレ抑制を重視して同時並行的に引締め気味に運営され、各国の実質短期金利が上昇する中で、実質長期金利が上昇している。足許においても、日米欧とも金融政策のベクトルが引締め方向に転じている。各国の金融政策の引締めは、予防型金融政策による漸進的なものであるが、今後のインフレ動向との関係で、短期的には、原油価格高騰の影響のほか、中長期的には、現在の世界的なディスインフレ傾向に変化がみられるかどうか、注視する必要がある。

3 さらに、世界の貯蓄投資バランスと国際資本フローの動向に関しては、途上国の貯蓄超過が米国債などへの投資を通じて、アメリカの大幅な経常赤字を持続的にファイナンスする構造となっている(第1-3-4図付図1-12)。今後、金利が上昇傾向をたどる中で、アメリカの景気後退リスクやエマージング諸国の金融経済の不安定化が、国際資本フローの動きに影響を与えていくリスクにも留意する必要がある。

2 金利上昇の実体経済に与える潜在的影響の評価

金利が上昇した場合、様々な経路を通じて実体経済に影響を及ぼすことが考えられる。企業や家計の利払い負担が増加して景気回復に悪影響を与える、国債の利払い負担が増加して財政赤字が拡大する、さらに債券価格が下落して金融機関が大きな含み損を抱えることなどが挙げられる。長期金利の上昇が景気回復と足並みをそろえたものであり、かつその上昇が緩やかであれば、利払い負担の増加による企業収益への影響は売上げ増加や資産価格の上昇によって吸収可能である。金融機関の債券含み損も同様に貸出金利上昇による収益拡大や株価の含み益によって相殺可能と言える。家計部門では借入れよりも預貯金が多いため、金利上昇は利子所得の増加につながる。ただし、個々の家計への影響という点では、変動金利等による住宅ローンを利用している世帯における支払負担増加がある。以下では、金利が上昇した場合の影響を経済部門別に整理する。

(1)これまでの金利低下により家計から企業への所得移転が発生

利子所得変化による所得再分配に関しては、金利低下は、一般的には家計から支出性向の高い企業部門への所得移転によって、マクロの支出性向を高めると考えられる。ただし、バブル崩壊以降のバランスシート調整もあって企業の投資行動が慎重化する一方で、ゼロ金利と呼ばれる極めて金利水準が低い下で、むしろ再配分自体が社会的公正の面から問題ではないかといった点が指摘されてきた。

家計の利子所得の受払額が逆転した1995年度以降の制度部門別にみた純利子所得の動向をみると、金利低下局面における家計の利子所得の減少と企業(非金融法人企業)の利払いの減少が顕著にみられる(第1-3-5図)。このように金利低下の直接効果としては、家計から企業への所得移転があったと言える。なお、金融機関は95年度以降の累計では利子所得は若干減少しており、利子所得の増減という点では、今次金利低下は金融機関にとってプラスの効果をもたらしていない。金融機関は資金を仲介するという点では、所得面では中立的である。

(2)経済部門別に見た金利上昇の影響

 1%ポイントの金利上昇による家計の純利子所得増加は約6兆円

上記のとおり、家計では金利低下に伴い利子所得が減少した。そこで今後、仮に金利が1%ポイント上昇した場合の影響について、資産、負債の中身については考慮しないなどといった単純な仮定をおいて試算してみると、家計の利子支払額が2.5兆円の増加となる一方、利子受取額は8.8兆円増加する結果、純利子所得は6.3兆円の増加となる。これを単純な消費関数に当てはめることで消費支出の増加分を試算すると1.2兆円程度の規模となる(2005年中の消費支出対比:0.4%)22。ただし、本試算では、金利上昇が企業経由で家計の雇用者所得に及ぼす負の影響などは考慮されていない。耐久財の購入のように金利上昇が支出を抑えるルート(消費と貯蓄の代替効果)も考慮していないこともあり、幅をもって見る必要がある。

さらに、実際に家計の消費行動は、それぞれの家計が抱える預金残高と借入残高の状況によって左右されるだろう。世帯別の預金・負債構造の違いを1世帯主の年齢階級別、2勤労者世帯の住居所有関係別、3世帯年収別にみると、1世帯主の年齢階級別には、高齢に近づくにつれ、預金残高から負債残高を差し引いた預金超幅が大きくなる、2勤労者世帯の住居所有関係別には、住宅ローン返済世帯の負債超幅が大きい一方で、借家や社宅に住む勤労者世帯の預金超幅が比較的大きい。さらに3世帯年収別には、年収500万円未満と1000万円以上の層で預金超幅が比較的高いことがみてとれる(第1-3-6図)。こうしたことから、利子所得増加に伴う消費支出の増加は、高齢者層、高所得者層で比較的大きいことが予想される。

 変動金利比率が高い住宅ローン借入は金利上昇リスクに注意が必要

住宅ローン等を抱える家計では、金利が上昇する一方で、雇用者所得に伸びが期待できない場合、注意が必要である。すなわち、住宅ローンのうち、借入期間中に金利が変動(変動金利、固定金利期間選択型(例:2年固定))する借入分については、将来の金利上昇リスクが内在している。ここでは、金利上昇が住宅ローンに与える影響を試算するため、前提となる借入額等のモデルケースとして、住宅金融公庫が公表している融資利用者の平均データ(平成16年度)を参考に借入条件を仮定した(第1-3-7表付注1-4)。この仮定の下では、変動金利借入れ分は全体の借入額の3割弱となる(借入額の7割強は住宅金融公庫等からの固定金利借入れ分)ため、金利が年0.5%ずつ上昇していき、5年後に返済計画を見直した際、年間返済金額の対年収比率は当初の18.6%から2%弱上昇する(年収614万に対して約11万円の負担増)。当該試算はあくまで、公庫利用者の平均データを参考に借入条件を仮定したものであり、実際には年収をはじめ、全体の借入金額やその金利タイプ別の借入金額などは家計によって異なる。現在、個人向け住宅ローン残高に占める住宅金融公庫のシェアは25%、残りの75%は民間住宅ローンが占めている(第1-3-8図)。民間の個人向け住宅ローンの貸付残高に占める約3割が変動金利型であり、これに加えて固定金利期間選択型3年以内までを含めると、全体の約7割を占めている。このように家計の住宅ローンにおける固定金利の借入期間は比較的短いと言える。

こうしたことから、上記モデルケースの全体借入額を変えることなく、変動金利借入額を全体の借入額の5割に増やした場合の試算を行った。金利が年1.0%ずつ上昇した場合、5年後の返済比率は24.4%まで上昇する(年収614万に対して約40万円の負担増)。さらに、借入れ全てを変動金利型にしている場合の試算では、5年後の返済比率は29.4%まで上昇する(年収614万に対して約80万円の負担増)。

このように、年収対比で借入金額が大きく、借入期間中に市場金利に合わせて金利が変動する借入れの比率が高い世帯においては、金利が上げ足を早めた場合の影響について注意する必要がある。

 1%ポイント金利上昇は企業部門全体の金利負担を約3兆円増加

今回の景気回復局面では、企業や金融機関はリストラを進め、収益性の向上を図ってきた。全国銀行の貸出約定平均金利と企業収益の関係をみると、90年代半ばの貸出金利の大幅な低下は、営業外費用の減少を通じて売上高経常利益率の改善に大きく寄与した。その後も、借入返済の動きともあいまって、低金利は企業収益に対してプラスに寄与し続けてきた。

現状、景気が緩やかに回復してきている中で、企業収益も大幅な増益を続けている。もっとも、今後、貸出金利が上昇した場合、企業収益へのマイナスの影響も懸念される。仮に既存貸出に対する約定平均金利が1%ポイント上昇した場合の影響を業種別・規模別に試算してみると、全体では3.1兆円の利払費増との試算結果になった(第1-3-9図)。2005年の増益幅との比較では、吸収可能な範囲であるといえよう。有利子負債の圧縮により、金利上昇の企業収益への影響は小さくなりつつある。ただ、業種別・規模別にみると、中小企業や、不動産業などの非製造業といった有利子負債負担の大きい業種もあるため、金利上昇による利払費増加の影響は業種間で異なることに留意する必要がある。

さらに、限界利益(売上高-変動費)の考え方によって上記3.1兆円の支払利息の増加等を補うために必要な売上げ・費用の増減を試算してみると、売上げ増によるならば、売上げ単価若しくは売上げ数量の1.2%の増加が必要であり、固定費減で補うのであれば、1.2%固定費削減が必要との試算結果となった(付図1-13)。このような結果からは、金利上昇は少なからず、物価上昇圧力若しくは企業収益の抑制につながる可能性が懸念される。このほか、海外金利との比較で国内金利の上昇が円高をもたらし、輸出企業の価格競争力の低下、一方で輸入コストの削減を通じて、企業収益に与えていく影響について考慮する必要がある。

 金利上昇は銀行の資金収益上は押上要因

フロー面で、金利変動は、預金・貸出の調達・運用を通じて、資金収益へ影響を及ぼす。これは、銀行の資金運用調達バランス(貸出・預金残高の固定・変動金利別や期間別)のほか、貸出・預金金利の設定態度にも依存する。さらに、金利上昇が景気変動に伴うものであれば、貸出債権の質の改善を受けた与信関連費用の減少なども収益に好影響を与えると考えられる。

ここで、貸出金利が上昇した場合の銀行の資金収益に与える影響を試算してみた(付注1-5)。貸出金利息収入については、総貸出に占める短期貸出の割合が3割程度あり、市場金利の上昇を早く織り込んだ収益増加が見込まれる。一方、費用である預金支払利息については、資金調達において、市場金利への追随率が低い普通預金等の流動性預金の占める割合が6割弱と大きく、貸出金利ほど全体の預金金利は上昇しない。総じて、預貸金利鞘の改善が見込まれる。試算結果では、資金収益は0.7兆円のプラスとなった23

 地銀における国債評価損の拡大には注意が必要

一方ストック面で、長期金利上昇は、銀行部門が保有している有価証券の評価損益に影響を及ぼす。例えば、金利が1.0%ポイント上昇した場合の影響について、国債金利のイールドカーブが全期間にわたりパラレルに上方シフトしたと仮定して国債価格の下落によって生じる評価損を主要行3行(2004年度末国債残高65.0兆円)について推計してみたところ、合計で▲2.2兆円程度と試算された(付注1-6)。市場に流通する国債の平均残存期間が約5年であるのに比較すると、主要3行の保有国債の平均残存期間は約3.5年と中短期債中心の運用ポートフォリオのため、比較的、金利上昇への耐性があるといえよう。

これに対して、地方銀行64行の保有国債(2004年度末25.8兆円)の平均残存期間は約6.3年と相対的に中長期国債が多い。同様に国債価格の下落によって生じる評価損を推計してみたところ、合計で▲1.6兆円程度と試算された。

一般に、金利が上昇したとしても、株価が上昇する場合には、保有株式に生じる含み益で、債券の評価損を相殺することも考えられる。さらに、評価損が生じた場合でも、バランスシートに税効果考慮後の評価損が計上されるにとどまり、期間収益には直接影響を及ぼさず、銀行収益に与える影響は国債価格下落による直接の評価損ほどは大きくない可能性が高い。

ただし、個別の銀行についてみた場合、国債の保有構造に照らし金利上昇への耐性が相対的に低い一方、保有株式の含み益や預貸金利鞘の改善に期待できず、自己資本が十分とは言えない先については、大幅な金利上昇に注意が必要である。

 1%ポイントの金利上昇は2009年度までに約2~4兆円の国債費増加

仮に景気回復に伴い、金利が大幅に上昇すれば、年々の公債残高が巨額に達しているなかで、利払い費の増加が景気回復による税収増を上回り、財政収支が悪化する可能性がある。

2006年度末の国及び地方の長期債務残高は775兆円程度に達する見込みであり、このうち、普通国債残高は542兆円程度である。2006年度には新規財源債は30兆円程度、借換えのために発行される国債は108兆円程度であり、合計で138兆円の国債が発行される予定となっている(財政融資特会債を除く)。仮に金利が上昇すれば、こうした新規発行分の利払い費の上昇に直接影響するとともに、既発債についても多額の借換債を発行していることから、借換え時の調達コスト上昇に繋がり、金利上昇が財政に与える影響は大きくなると見込まれる。財務省の「平成18年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」によると、標準ケース(金利2%)と比べて金利が1%ポイント上昇した場合には、国債費が2007年度では1.6兆円、2009年度では4.0兆円程度増加するとの計算が示されている(第1-3-10図)

3 景気回復を反映して回復を続ける株式市場

 上昇基調をたどる株価、時価総額はバブル期の水準まで回復

株価(日経平均株価)は、2005年5月の11,000円割れの水準を底として、景気の踊り場脱却への期待から、上昇力を増した。その後、好調な企業収益見通しや海外投資家の旺盛な投資から、2005年末には16,000円台まで上昇した。2006年入り後には、一部企業に対する検察当局の家宅捜索をきっかけに15,000円台前半まで調整する局面があった。その後、量的緩和解除後の金融市場が総じて落ち着いた動きとなったことから、3月期末にかけては、2000年8月以来となる17,000円台まで上昇した。この結果、2005年度中の株価(日経平均株価)上昇率は46.2%となり、主要国中最大となった(NYダウ5.8%、ドイツDAX37.3%)。業種別株価の昨年3月以来の上昇率をみると、内需関連株や素材関連株が上位を占める一方、下位は、電気・ガス業などである(第1-3-11図)

この間、東証1部上場企業の株式時価総額は、548兆円とバブル期の1989年末(591兆円)の水準付近まで回復した。海外投資家による資金流入、個人によるインターネット取引の拡大、企業によるM&Aや自社株買いの増加など、投資主体の裾野に広がりがみられる中、売買高、売買代金とも過去最高を記録した(2005年度の売買高<東証1部>は5,364億株、売買代金<同>554兆円)。

 株価上昇の要因-企業収益の好調とリスクプレミアムの低下

2005年来の株価上昇の要因を整理すると、第一に、大企業中心の大幅な増益基調(2005/3月期まで3年連続の増益、2年連続の2けた増益)があげられる。一方で、株価は、2000年4月の高値(日経平均株価20,833円)から2003年4月の最安値(同7,607円)まで下落傾向を辿り、その後も昨年春先まで上昇力に乏しい展開を続けていた。この結果、株価のバリュエーション指標である予想PER(株価収益率、TOPIXベース)でみた株価水準は、ここ一、二年の間に、国際比較でみても割高感が是正されてきた(第1-3-12図)。もっとも、足許をみると、株価が上昇基調をたどる中で、PERは上昇に転じている。

第二に、投資主体の裾野の広がりと株式需給面への好影響である。従来、金融・企業のリストラの過程で、金融機関や事業法人等による持合い解消や、年金基金の代行返上など、国内投資家による「構造的な売り圧力」が、株式保有のリスクプレミアム拡大を通じて、株価の下押し圧力となっていた可能性がある。しかしながら、2005年以降、海外投資家による大幅な買い越しに先導されるかたちで、個人、投資信託、あるいは事業法人などの国内投資家全般のリスク許容度も拡大したと考えられる。この結果、需給面からの構造的な売り圧力が薄れ、株価の先高感が強まった。

こうした動きを確認するため、予想PERの変動を要因分解してみた(第1-3-13図)。具体的には、株価の割引配当モデルに基づき、PERを、1企業収益の期待成長率(g)、2資本利益率(ROE)、3株式資本コスト(k)に分解する。さらに3株式資本コスト(k)を、国債金利などのデフォルトリスクの極めて低いリスクフリー金利と株式保有に伴うリスクプレミアムの和と考える。これにより、PERの変動は、(i)株式資本コスト要因(利益一定の下で、リスクフリー金利の低下及びリスクプレミアムの縮小によりPERは上昇)、(ii)残余利益要因(利益率〈ROE〉が高く、企業収益の期待成長率が高い場合、超過利潤の発生により、PERは上昇)に分けることができる。

以上の考え方に基づき、最近(2003年~直近)のPERの変動要因(四半期)を分析すると、株価が本格的な上昇に転じた昨年第3四半期以降、株式資本コストの低下、企業の残余利益(超過利潤)の増加ともに、予想PERを上昇させる方向に効いている。特に、株式資本コストの低下は、長期金利が低下傾向をたどる中、2005年後半以降株式保有のリスクプレミアムが大幅に縮小したことを示している。

 株式市場においてプレゼンスが高まる個人投資家

株式市場では、海外投資家や個人、事業法人など、投資主体の裾野の広がりがみられる。この点が、株式保有のリスクプレミアムの縮小としてあらわれている可能性がある。

まず、株式の需給面で最大の買い手となってきた海外投資家の動向をみると、2000年から2002年の株価下落局面では売越し傾向が目立つ一方で、株価が回復に転じる2003年後半以降、大幅に買い越している(前掲第1-3-11図の(4))。こうした買越し基調の下で、中長期的に銀行や事業法人による持合い解消が進められる一方、海外投資家の株式保有比率が足元26.7%(2005年度末)まで上昇してきている(第1-3-14図)

一方、個人投資家については、インターネット取引や信用取引を利用した売買拡大がみられる中、東証二部やジャスダック市場・マザーズ市場などの新興市場において活発な取引が行われた(第1-3-15図)。しかしながら、売買高の盛り上がりにもかかわらず、株式の保有比率は横ばいで推移している。

最近の個人投資家の動向を、1個人株主の増減要因、2世帯主の年齢別・年収別の株式保有比率、3個人株主の保有銘柄についてみると、以下のとおりである。

1 東証のデータによると、個人株主数(延べ人数24)は、3,808万人(05年度末)と、前年度比250万人を超える大幅な伸びとなった。これは、2001年10月施行の改正商法により、単元株制度が導入されたことに伴い、株式発行企業の最低売買単位を自由に設定できるようになったため、売買単位の引下げや株式分割が急増し、売買単位当たりの購入金額が下がった結果、個人株主が大幅に増加したことによる要因が大きい(第1-3-16図)。なお、個人株主数の増加数を上場市場別にみると、増加人数のうち約3割弱が、東証二部、マザーズ等における上場銘柄の保有増加によるものである。

2 世帯主の年齢別株式保有比率をみると、金融資産に占める株式・株式投資信託の割合は、退職後の60~69歳で9.3%、70歳以上の世帯では10.6%と高い。世帯の年収別にみると、高所得者層ほど株式の保有比率が高い。ただし、こうした高所得者世帯においても、株式の保有比率は10%程度に留まっている。ちなみに、アメリカの年齢別と比較すると、アメリカでは、年金などを通じた間接保有を含むため、単純な比較はできないが、40~50歳代が株式の保有比率が最も高く、金融資産の50%以上に達する。ただし、65歳を過ぎると、その割合は急速に低下する。このように、日本の家計における株式保有は、60歳以上の高齢者層や高所得者層に偏っているのが特徴である(第1-3-17図)

3 個人株主の保有銘柄の特徴を業種別にみると、非製造業が中心で、配当利回りの高い電気・ガス業、株主優待制度を導入している空運・陸運業における保有比率が高い。サービス業における保有比率も高いが、これは非製造業中心の上場が多い新興市場において、個人株主が増加していることが背景と考えられる。値嵩株が多い金融、精密機器、輸送用機器における個人の保有比率が低く、最低売買単位の大きさが個人投資家の投資のし易さに影響を与えていると考えられる。ちなみに海外投資家の保有比率が高い株式は、医薬品、電気機器、精密機器などの値嵩の国際優良銘柄であり、個人投資家の保有比率が高い業種は、逆に海外投資家の保有比率は低くなっている(第1-3-18図)

上記の点を整理すると、(i)個人投資家による売買がインターネット取引等を通じて拡大しているが、個人の株主保有比率自体は、中期的に保有比率を高めてきた海外投資家と比較するとあまり拡大していない。(ii)最近の個人株主の増加要因は、主に株式分割等による売買単位の引下げや新規上場によるものが大きく、新興市場等で多く増加している。(iii)一方で、従来個人株主は、60歳以上の高齢者層や高所得者層に偏っており、保有比率の高い業種は、配当利回りの高い電力・ガスや内需関連である。

個人投資家の売買拡大と実体経済との関係を整理すると、短期的には株高による資産効果が挙げられる。株式保有比率の高い高齢者・高所得者に加え、最近では30~40歳代を中心に、インターネットを通じた株式取引が増加している25。もっとも、株価下落時の逆資産効果も存在する。個人株主が増加している新興市場では、一部企業の粉飾決算事件等をきっかけに年明け後に急落した後、昨年末の株価水準を回復し切れていない。予想PER(前期差)の要因分解でみたように、今後の株価は、2006年度の企業収益や長期金利の動向に影響を受ける。株式投資をめぐる経済環境が悪化し、先行き不透明感が強まった場合、投資家のリスク許容度は低下し、リスクプレミアムが拡大に転じる可能性に留意が必要である。

日本の金融システムにおける構造変化を展望する観点から、「貯蓄から投資へ」の流れが言われている。株式市場における個人投資家のプレゼンス拡大は、前向きな動きと捉えられるだろう。しかし、キャピタルゲインを目的とする短期的な取引中心で、いわば「売買すれど保有せず」といった層も見受けられる。今後、中長期的に企業の事業成長にコミットできるような個人株主の増加が期待される。

4 回復に転じた銀行貸出

 民間銀行貸出は住宅ローンと中小企業向けを中心に回復

長らく減少を続けてきた民間銀行貸出は回復している。その中身をみると、大企業向けの貸出が減少し、主に中小企業向け貸出や個人向け住宅ローンが回復を続けている(第1-3-19図(1))

個人向け住宅ローンの増加は、住宅金融公庫が原則として直接融資を廃止する方向であることから、市場が民間銀行にシフトしていること(第1-3-19図(2))、銀行も企業向け貸出や債券投資に比べて収益性が高いため、積極的に取り組んでいることなどが背景にある。

企業向け貸出をみると、中小企業向け貸出が回復している。中小企業は97年末の金融危機以降、資金繰り面で総じて厳しい金融環境に置かれていた。最近の貸出回復は中小企業の過剰債務が低下し、不良債権問題が克服される中で、銀行の貸出態度が緩和していることがあげられる。

これに対して、大企業向け貸出については、大企業における設備投資の高い伸び(2005年度では、製造業が2年連続2けた増)にもかかわらず、貸出増加にはつながっていない。ちなみに業種別の貸出伸び率をみると、製造業の設備資金向け貸出が、依然として前年を10%程度下回っているのに対して、非製造業向けの貸出が回復してきており、その中でも貸金業、不動産業向けの貸出は増加に転じている(第1-3-19図(3))

この間、貸出業務をめぐる需給環境をみると、新規の国内貸出金利は低下傾向を辿っている。利率別貸出残高の推移をみると、貸出金残高のうち、貸出金利1%未満の貸出が2000年以降大幅に増加しており、直近(2005年末)では貸出全体の3割に達している(第1-3-20図)。金利水準が比較的高いと考えられる個人の住宅ローン向けが伸びる一方で、むしろ貸出金利1%未満の貸出が増えている。こうしたことから、企業向け貸出の需給環境が緩和的であることが示唆される。以下では、銀行の貸出行動と企業の借入行動を反映させたモデルによって貸出市場の需給環境を分析する。

 銀行の貸出行動の変化

まずは、銀行の貸出行動の変化という観点から、不良債権問題の正常化が、銀行の資金仲介機能を回復させる方向に働いているかを確認してみたい。金融機関が貸出を行う際には、それによってどの程度の利益が上がるか(貸出金利の水準)とともに、どの程度の貸出リスクをとれるのか、すなわち金融機関自身の体力(不良債権比率、自己資本比率)が影響するものと考えられる。そこで、これらを説明変数とし、貸出の期末残高の伸び率を被説明変数とする回帰分析を行った。分析に基づいて、金融機関による貸出供給曲線を推計すると、徐々に右方向にシフトしてきている。これは、同じ貸出金利回りでもかつてよりも貸出金が増加する傾向にあることを示しており、貸出余力が着実に回復している結果となっている(第1-3-21図)

 大企業中心に資金調達は銀行借り入れから直接金融市場へ

これに対して企業の借入行動の変化もみられる。金融機関の貸出余力の回復にもかかわらず、上記でみたように企業向け貸出は、はっきりプラスに転じておらず、貸出金利は低下している。この背景には、企業側が設備投資を内部資金の範囲に抑制し、余剰資金を有利子返済に充てている、あるいは大企業を中心に直接金融による資金調達が増加している可能性などが指摘されている。

以下では、資金制約が借入需要に与える影響をみるため、企業規模別の借入需要関数を推計した(第1-3-22図)。企業の借入需要(金融機関借入金/有形固定資産)の説明変数として、1借入金利子率、2営業利益率(営業利益/有形固定資産)、3時価資産額比率(株式+土地の時価資産額の合計/有形固定資産)、4設備投資対キャッシュフロー比率(設備投資額/キャッシュフロー)と5代替的な資金調達手段である社債残高(社債残高/有形固定資産)を取り上げた。このうち、3時価資産額比率は企業のバランスシート調整が借入需要に与える影響、4設備投資対キャッシュフロー比率は、資金制約がある場合に借入需要に与える影響をそれぞれみるものであり、借入需要と正の関係にあると考えられる。

推計結果をみると、大中堅企業の製造業では、社債がマイナスで有意に効いているのが特徴である。これは代替的な資金調達手段により銀行借入が不要となっていることを示している。時価資産額比率、設備投資対キャッシュフロー比率も、大中堅製造業はマイナスで有意に効いている。このことは、大中堅製造業の場合、財務内容が健全な企業が多く、時価資産額等が借入需要に影響を与えておらず、直接金融にシフトしていることを示唆している。これに対して、大中堅非製造業や中小企業の場合、時価資産比率がプラス(ただし、中小企業製造業のみ有意)に効いており、企業のバランスシート調整が銀行借入に影響を与えたことを示している。設備投資対キャッシュフロー比率に関しては、大中堅並びに中小企業の非製造業では有意にプラスに効いている。このことは、設備投資がキャッシュフローの範囲を超えて増加していく(すなわち資金制約が生じる)場合には、銀行の貸出積極化(貸出余力の回復)に応じて、借入需要が増加していく可能性を示している。

先行き、景気が回復過程をたどる中で、銀行貸出が増勢を強めていくかどうかが注目される。上記の借入需要関数の推計に基づいて今後を展望すると、中小企業向けの場合は、中小企業における財務内容が好転し、キャッシュフローの範囲を超えて設備投資の増勢が強まっていく場合、銀行貸出が増加していく可能性が考えられる。これに対して、大企業向け(特に製造業向け)の場合は、メインバンク制にみられる銀行・企業間関係に構造変化がみられる中で、直接金融を利用するインセンティブは強まりつつある。こうした状況下、キャッシュフローの範囲を超えて設備投資の増勢が強まっていく場合でも、銀行からの借入増加につながっていくかどうかに関しては、慎重にみておく必要があろう。

5 地価と不動産関連市場の動向

(1)持ち直しの動きがみられる地価

 全国平均では下落が続く中で三大都市圏の商業地はそろって上昇

地価公示(2006年1月調査)によれば、地価は全国平均では15年連続で下落した。地価の水準は、ピーク時(1991年)に比べるとほぼ半分になっている(全国平均:全用途は52.1%の下落、住宅地は47.2%の下落、商業地は70.2%の下落)。しかし、住宅地は3年連続で、商業地は4年連続で下落率が縮小したほか、東京、大阪、名古屋の三大都市圏の商業地はそろって15年振りに上昇するなど、持ち直しの兆しがみられ始めている(第1-3-23図)

地方圏でも、住宅地は2年連続で、商業地は3年連続で下落幅が縮小している。こうした中、札幌市では、15年振りに平均で上昇となったほか、仙台、広島、岡山といった地方都市においても上昇地点が現れ始めている。一方、その他の地方都市の中には、人口減少や商業地における集客力の低下などを背景に、依然として大きく下落している地点が多い。このように、利便性の相違をはじめ個々の地点における状況により、地価の動きに地域間で差異が生じている。

 一部の地方都市にも持ち直しの動きがみられる

商業地の全国平均の下落率が縮小し始めた2003年と直近の2006年について主要都市(中心部)の商業地の地価動向を比べると、以下のような特徴がある(第1-3-24図付図1-14)。

1 東京(千代田区、中央区、港区)、名古屋市(中村区)、大阪市(中央区)にみられるとおり、三大都市圏域の都心部では、全ての地点が上昇又は横ばいとなった。福岡市(中央区)、札幌市(中央区)、横浜市(西区)といった大都市圏でも、下落地点が減少しており、持ち直しが顕著である。地価が高い地点ほど地価が上昇する傾向があり、利便性・収益性の高さを反映した動きであると考えられる。特に、東京、名古屋では2006年には30%以上の上昇を示す地点もみられる。これ以外の政令指定都市では、仙台市(青葉区)、神戸市(中央区)などで上昇に転じた地点が現れた。

2 政令都市以外の地方都市の中でも、下落率の縮小が続いている。なかでも、鹿児島市、岡山市などでは、利便性・収益性の向上に向けた取組により、下落から上昇ないし横ばいに転じる地点が現れている。

3 一方、秋田市、旭川市などその他の地方都市では、依然として2けたを超える下落地点がみられるなど、下落傾向に歯止めがかかっていない。

 地価上昇は、東京圏では「点」から「面」への広がりも

ちなみに、東京圏の住宅地における距離圏別の地価上昇率をみると、昨年調査では、JR東京駅から直線距離で5km前後の地点まで、地価の上昇がみられていた(第1-3-25図)。しかし今年の調査では15~20kmの地点まで、地価上昇の地点がみられるなど、地価の持ち直しに広がりがみられている。なお、大阪圏や名古屋圏では、地価が横ばい又は上昇に転じている地点が広がり始めているが、地価上昇がはっきりとした「面」への広がりをみせている状況ではない。

一方で、地価の水準自体をみると、東京都区部においては、ピーク時からの下落率が住宅地で62.6%、商業地で80.1%となっている。これは、バブル期の高騰以前と同程度の水準であり、全体としてバブルが再燃しているという見方はあたらないと考えられる。しかしながら、年間で3割前後の高い地価上昇のあった地点がみられ始めており、今後、このような大幅な地価上昇が、その地点の利便性や収益性の高まりなどを反映した動きであるかどうかを注視していく必要がある。

 オフィス型の不動産-空室率は緩やかに低下、賃料はいまだ弱含み

こうした観点から、オフィスビルを中心とした不動産市場についてみてみると、景気が緩やかに回復する下で、都心部を中心とした利便性の高い地域で、オフィスビルの需要は増加している。15年振りに地価が上昇した東京都区部のオフィス市場の動向をみてみると、直近(2006年3月末)のオフィスビル空室率は、3.2%まで低下している(第1-3-26図)

一方で、賃料の動きをみると、下げ止まりの兆しはうかがえるものの、いまだに下落が続いている。このように東京都区部のオフィス市場の動向をみると、景気回復に伴い、地価がプラスに転じ、需要も改善傾向(空室率が低下傾向)にあるものの、賃料の回復が明確化するまでには波及していない。したがって商業地の一部でみられる大幅な地価上昇はまだ局地的な現象であって、全体としてのオフィス需要の改善による地価上昇圧力が生じている状態にはいまだに至っていないと考えられる。

他の主要都市におけるオフィス市場動向をみると、大阪、名古屋、札幌、仙台、福岡といった地価の下げ止まり傾向が鮮明化している都市で、東京都区部と同様に、空室率が低下傾向にある(空室率は6%後半~9%未満の水準で東京都区部より高い)が、賃料はいまだに回復していない。

(2)拡大するJ-REIT市場

 J-REIT市場の創設と資金の流入

最近の都心を中心とした地価上昇の要因となっている新たな動きの一つとしてJ-REIT(日本版不動産投資信託)市場の拡大が指摘されることがある。日本では、2000年11月施行の「投資信託及び投資法人に関する法律」において、J-REITといわれる、不動産への投資、運用等を目的とした法人の組成が規定された。2001年9月に東証に2銘柄が上場されて以来、新規に上場する銘柄が次々に現れ、2006年5月末時点で33銘柄が上場(東証31(うち1銘柄は、福証にも上場)、大証1、ジャスダック市場1)されており、時価総額は3兆円を上回る規模まで拡大している26(第1-3-27図)

REIT(不動産投資信託)は、多くの投資家に対し証券を発行して集めた資金や金融機関からの借入金を元に、オフィスビル、住宅、商業施設などの不動産を購入し、その賃料収入や物件の売却に伴う売却益を配当原資として投資家に還元する。REITは、証券取引所に上場されており一般に売買することができるほか、証券を発行して投資を募るという形態から投資単位の小口化が可能である。従来の相対による不動産の実物取引とは大きく異なる。J-REITの投資家構成を2005年の売買金額のシェアでみると、金融機関(25%)、個人(28%)、外国人(32%)で約8割を占める。

 地方圏にも広がるJ-REIT市場

三大都市圏の商業地がそろって上昇に転じる中で、J-REIT市場の規模が拡大している(第1-3-27図)。前述のとおり、商業地地価は、東京都区部やその近接地域での上昇地点が一層増加するとともに、大阪や福岡など東京圏以外でも上昇や横ばいに転ずる地点が増えている。これらの地域は、J-REITによる投資が活発に行われている地域であることから、不動産投資資金の流入が地価底入れの一要因となっていることが示唆される。

REITが保有する物件は、2005年6月末で499物件である。取得物件の所在地は、東京都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)で半分近くを占め、23区で6割以上、関東地方に8割近く(388物件)が集中している。ただし、大阪府が5.6%(28物件)、福岡県が4.2%(21物件)など関東地方以外の都市の中心部でもJ-REITによる物件取得が行われている(第1-3-27図)。取得物件の用途を資産規模ベースでみると、オフィスが62.2%と中心になっており、次いで店舗が24.4%、住宅が9.7%、ホテルが2.5%となっている。2002年3月末時点ではオフィスが87.2%と集中していたことと比べると、投資対象がオフィスのみならず店舗や住宅などにも広がり多様化している。

 収益用不動産の価格形成の動向

REITの価格形成にみられる収益還元法に基づく不動産価格の算定方法は、従来までの事例比較中心の価格算定方法とは異なる。賃料収入(インカムゲイン)と利回りが、取引の基準として正しく開示され、これに基づき価格が算定されれば、需給調整メカニズムも働きやすいとも言える。内閣府では、賃料及び期待利回りのデータを基に収益還元法に基づく単純なモデルを想定して、大都市中心商業地における商業用不動産の価格水準(土地、建物の合計)を試算した(第1-3-28図付注1-7)。これによれば、東京、大阪、福岡といった都市では、賃料がおおむね横ばいで推移するもとで、期待利回りが低下している。これら地域では、収益還元価格でみた不動産価格が上昇しており、賃料の先行き上昇期待が強いことが伺われる。

 今後のJ-REIT市場をみる上での留意点

REITの価格形成を踏まえると、今後の市場動向をみていく上で、以下の留意点が挙げられる。

第一に、地価の動向である。J-REITによる物件取得は、都心部を中心とした地価の押上げ要因となった可能性が高い。最近一部ではJ-REITによる旺盛な物件取得により市場が過熱し取得物件価格の高騰を招くとの懸念も聞かれる。地価上昇につれた物件取得価格の上昇は、賃料一定の下で、J-REITの収益率の低下につながることからマイナスの側面と考えられる。

第二に、オフィスビルの賃料動向である。先にみたとおり、J-REITの保有物件は、東京都区部の物件が大半である。都心部のオフィスビルの空室率は低下しているが、全体としてみれば賃料はいまだに低下している。高賃料の優良物件の確保が難しくなっていく場合、REITの収益率は低下することになる。ただし、収益還元法に基づく不動産の収益価格は、現在の賃料水準だけでなく、賃料の先行き期待にも影響される。すなわち、賃料の先行き期待が下落から上昇へ転ずると、収益価格(取得価格)の上昇を通じて、利回りが低下する場合もある。

ちなみに代替資産である国債との相対的優位性を示すイールドスプレッド(J-REITの配当利回り-10年国債利回り)をみると、2002年当時には4%強あったものが、足許では2%弱まで低下している(第1-3-29図)。これは、REITの収益性低下という側面で捉えられる一方で、賃料の先行き期待が下落から上昇に向かいつつあることからREITの利回りを低下させた可能性も考えられる。

第三に金利上昇に伴う資本調達費用上昇の影響である。J-REITは、配当可能所得金額の90%超を投資家に配当する必要があり、内部留保の蓄積が限られる。このため、新規に物件を取得する場合、外部からの資金調達が必要となる。金融機関借入に依存し、レバレッジ(負債比率)の高いJ-REITほど、金利が上昇した場合、負債コストが増加し、これに見合う賃料収入を得られない場合、収益が圧迫される。J-REITの負債率と収益率をみると負の相関関係にある。

以上の点を踏まえると、今後は景気回復とともに不動産の再生や中長期的な有効活用といった観点から、J-REITによる投資対象が地域的にも用途別にも広がりをみせていくのであれば、J-REITが引続き地価や不動産市況の持ち直しに好影響を与えていくことが考えられる。一般投資家の立場からは、金融資産としての適切な市場評価と安定的な価格形成が確保されることが必要である。 J-REIT はキャピタルゲインではなく収益と期待利回りから不動産価格が決まるという点である程度の安定感は確保できる。しかし実際には収益と期待利回りの設定方法に依存する形で不動産の資産価値評価にはある程度の幅が存在する。そのため健全なJ-REIT市場の進展のためには信頼性のある賃料・価格情報や利回り指標が公表されていくことが不可欠である。