第4節 財政政策の動向

 厳しいながらも改善に向かう財政収支

この数年間の財政政策をみると、政府の大きさ(一般政府の支出規模のGDP比)については、2006年度までの間、2002年度の水準を上回らないこと、財政収支については、2010年代初頭に基礎的財政収支を黒字化することを目指し、国・地方が共に歳出改革等に取り組んできた。これまでの歳出改革努力や景気回復等による税収の増加もあって、財政状況は依然として厳しい状況にあるものの、財政収支はやや改善している。

国と地方の基礎的財政収支の赤字は、2002年度にGDP比5.7%と高水準に達した。その後2003年度は横ばいとなった後、2004年度には同3.9%と低下に転じた。「構造改革と経済財政の中期展望-2005年度改定」参考試算によると、基礎的財政収支の赤字は、2005年度ではGDP比3.3%程度、2006年度では同2.8%程度とさらに低下が見込まれている。こうした国・地方の基礎的財政収支が2002年度以降どのような要因で改善しているかをみるために、歳出面と歳入面に分けて個別項目の動向をみると、以下のような特徴がみられる(第1-4-1図)

 公共投資の削減と税収増などを反映し、基礎的財政収支は改善

歳出面については、利払い除きの国・地方を合わせた歳出は対GDP比で2002年度23.2%から2004年度には21.6%まで低下し、2005年度、2006年度にも低下が見込まれている。その内訳をみると、GDP比でみて、最も低下が大きいのが公共投資であり、2002年度から2004年度にかけて1.2%ポイント程度低下した。主に公務員の人件費や現物給付等からなる最終消費支出(警察・外交・防衛等及び教育・保健衛生等)についても、2002年度以降、若干ながらGDP比でみて低下している。他方、社会保障関係の支出については、高齢化の進展等を背景に毎年GDP比が高まっており、基礎的財政収支の赤字拡大要因となっている。

歳入面については、2002年度、2003年度と税収のGDP比は低下した。これは、研究開発減税等の措置がとられたことや、郵便貯金の大量満期に伴う所得税収の増加が2001年度にあった反動という面も反映している。その後、2004年度には税収のGDP比は増加に転じ、2005年度、2006年度も引き続き税収のGDP比は増加が見込まれている。これは、法人所得の伸びがGDPの伸びを大きく上回っていることや、個人所得課税の定率減税の廃止等の制度改正の影響等を反映している。

以上の歳出面、歳入面の各項目の変化がどの程度基礎的財政収支の改善に寄与するかについて、2002年度と2006年度を比較することによっておおまかな傾向をみた。すると、この間に、国と地方の基礎的財政収支赤字はGDP比で2.9%ポイント程度低下すると見込まれるが、この主な要因は、公共投資削減と歳入増加の寄与である。

なお、国・地方に社会保障基金を加えた一般政府について、利払い等も含んだ総合的な財政収支(純貸出/純借入)の動向については、上記のような基礎的財政収支の改善を反映して、赤字幅(借入超過額)は2002年度のGDP比8.5%程度から、2005年度には5.4%程度、2006年度には5.0%程度27へと、やはり改善が見込まれる。

 2006年度予算では歳出は抑制、歳入は増加

歳出については、一般政府の支出規模のGDP比について2002年度の水準を上回らないことを目指してこれまでも様々な改革が行われてきた(付図1-15)。2006年度予算でも、歳出面において、医療制度改革、三位一体の改革、公務員総人件費改革等、様々な改革の成果を反映するとともに、一般歳出について社会保障と科学技術振興分野を除いて歳出を減額するなど歳出全体を見直した。この結果、国の一般会計歳出と一般歳出はともに前年度から減額された。特別会計についても、今後5年を目途に特別会計自体の統廃合も含め改革を行うこととされている。2006年度においては、財政融資資金特別会計の積立金12兆円を国債整理基金特別会計に繰り入れるなど13.8兆円の積立金・剰余金を財政健全化のために活用した。

歳入面については、2006年度の税制改正において、個人所得課税の定率減税の廃止が決定されたほか、研究開発税制の上乗せ措置の廃止やIT投資促進税制の廃止等、企業関係の政策税制を整理するなどの改正が行われた(付図1-16)。加えて、三位一体の改革の一環として所得税から個人住民税への3兆円規模の税源移譲が図られた。他方、景気の回復を反映して、個人所得や法人所得は増加しており、国の租税及び印紙収入は前年度当初予算比で約1.9兆円の増加が見込まれている。

 景気循環と財政収支の改善

財政収支は、これまでの歳出改革努力や景気回復等によって改善に向かっている。これは、以下のように、財政収支を景気循環に影響を受けない構造的な部分と景気循環的な部分に分けてそれぞれの動きを見ることで確認できる。一般に、景気回復期においては、自然増収や失業給付の減少等による財政収支の改善がみられるなど、財政収支は景気変動の影響を受ける。そこで、一般政府(国・地方・社会保障基金)の財政収支を、このように景気変動の影響を受ける循環的財政収支と、景気変動要因を除いた構造的財政収支に分けて推計する(第1-4-2図)。構造的財政収支は利払いとそれ以外の部分にさらに分割できる。推計結果によると、景気回復によって循環的財政赤字が2002年度以降継続的に縮小していることに加え、構造的な赤字部分も2003年度以降縮小している。2002年度から2004年度までに一般政府赤字はGDP比で3%近く縮小したが、このうち循環的財政赤字縮小の寄与は0.4%程度で、残りは構造的財政赤字縮小の寄与であった。他方、ネットでみた利払い費については、同じ期間において、GDP比でみてほぼ横ばいで推移した。

 1990年代のOECD諸国の財政収支改善の経験の政策的含意

ちなみに、OECDの資料28により、90年代において財政収支の改善を経験したOECD諸国について、循環的財政収支と構造的財政収支の改善の寄与度をみると以下のような特徴がみられる(ただし、ここでの傾向は財政収支改善を経験したOECD諸国の平均的な姿であり、国によって状況は大きく異なることには留意する必要がある)(第1-4-3表)

第一に、財政収支改善を経験したOECD諸国全体でみると、一般政府の赤字は90年代において対GDP比で5%程度改善した。このうち循環的な要因による改善と構造的な要因(利払い含む)による改善の寄与は、おおよそ1対2くらいであり、総じて景気回復の影響よりも歳出・歳入両面の財政再建努力や利払いの低下等を反映した構造要因の寄与が大きい傾向がみられる。

第二に、構造的要因による改善のうち、約3分の1が利払い低下によるものであり、金利低下の効果はそれなりに大きかった。特にユーロ圏の国では、単一通貨導入の過程で低インフレ国の金利水準に収斂する傾向がみられたことから金利低下が財政再建に大きく寄与したほか、債務残高の高い国では財政再建とその展望が金利低下を促し、それが利払い費低下を通じて財政再建に寄与するという好循環もみられた。

第三に、財政再建のスピードについては、財政収支改善を経験したOECD諸国全体の平均でみると、財政収支は毎年対GDP比で0.8%程度改善している。ただし、国によって大きな差があることに留意が必要である。

第四に、財政収支の改善によって多くの国で公債残高の対GDP比が低下したが、一部の高債務国では財政再建の過程でインフレ率が低下し公債残高の対GDP比がそれほど低下しなかった例もみられた。その結果、財政収支改善を経験したOECD諸国の平均では、公債残高の対GDP比は微増となった。

以上のOECD諸国の経験からすると、現在の日本では、既に金利が低い水準にあり利払い費の低下効果が期待できないことなどを考えると、90年代のOECD諸国の財政再建と比べても、日本の財政再建は厳しい状況にあることに留意する必要がある。

 財政の持続可能性について

財政の持続可能性を判断する基準として、公債残高の対GDP比が将来に向けて発散しないということが一つの基準として広く認識されている。具体的には、公債残高の対GDP比が発散的状況であるかどうかについては、ドーマーの公式として知られている関係式から判断することができる。関係式によると、1財政収支から純利払いを除いた基礎的財政収支が均衡している下では、名目金利よりも名目GDP成長率の方が高ければ公債残高の対GDP比は漸進的に低下するが、名目GDP成長率よりも名目金利の方が高ければ公債残高の対GDP比は時間とともに発散していく、2名目GDP成長率よりも名目金利の方が高い場合には、公債残高の対GDP比を安定化させるためには基礎的財政収支を黒字化する必要がある、ということになる29。こうしたドーマーの公式については、必ずしも名目GDP成長率や名目金利が中期的に一定の率で変化するとは限らないことや、公債残高の対GDP比がどの程度になると財政の危険水域に入ったと考えるべきかについては含意がないといった限界はあるものの、財政の持続可能性を考える上で一つの目安として幅広く用いられているものである。

 OECD諸国の財政持続可能性の条件比較

そこで、ドーマーの公式により定義された財政の持続可能性が日本を含む主要先進国でどの程度過去に満たされてきたかを調べた。具体的には、OECDの分析を参考にして30、実際の名目金利、名目GDP成長率の関係から、公債残高の対GDP比を安定化させるのに必要な基礎的財政収支を計算し、現実の基礎的財政収支がそうした持続可能条件を満たしているかどうかを計算した(第1-4-4図)

まず、日本については、80年代半ばから90年代前半にかけて持続可能条件を満たしていたが、それ以降の期間については持続可能条件を満たしていない。その前提となる名目金利と名目成長率の関係をみると、70年代末までは成長率が金利を上回る状況がみられた。80年代以降についてはバブル期等の一時期を除いて総じて金利が成長率を上回って推移している。そうした中、基礎的財政収支が1984年から1990年代初頭にかけてプラスとなっていたが、それ以降の期間については大幅に悪化している。こうしたことから、日本の公債残高の対GDP比はOECD諸国の中でも極めて高い水準となっている31

他のG7諸国についてみると、日本とは対照的に80年代後半から90年代前半にかけて財政悪化によって持続可能条件を満たさない国が多くみられたものの、90年代半ば以降については持続可能条件を満たす国が増えている。その背景にある名目金利と名目成長率の関係についてみると、やはり80年以降については金利が成長率を上回る傾向がみられ、そうした中で、90年代に基礎的財政収支を黒字化させることで持続可能条件を満たすようになっている。

 歳出・歳入一体改革と成長力、競争力強化について

政府は、民間需要中心の持続的成長と財政健全化という2つの大きな課題に取り組んでいる。「基本方針2006」では、経済と財政を一体のものと捉える「経済・財政一体改革」の考え方の下、成長力・競争力を強化する取組を推進しつつ、財政健全化の努力を今後とも継続することを改革の基本として、歳出・歳入一体改革、経済成長戦略大綱について今後の具体的な取組を策定した。

財政健全化については、債務残高の発散的な増大を阻止し、財政を持続可能なものにしていくための第一歩として、2010年代初頭における国・地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化を目指し、財政再建に取り組んできたが、将来にわたり経済社会が活力を維持していくための基盤を確固たるものとすると同時に、財政の健全化に向けて必要な改革をゆるぎなく推進するため、歳出・歳入一体改革に向けた取組を策定した。

歳出・歳入一体改革では、小泉内閣の財政健全化を第I期(2001~06年度)と位置づけた上で、第II期(2007年度~2010年代初頭)には、財政健全化の第一歩である基礎的財政収支黒字化を確実に実現し、第III期(2010年代初頭~2010年代半ば)には、持続可能な財政とすべく、債務残高GDP比の発散を止め、安定的に引き下げることとしている。具体的な時間軸と目標は以下のとおりである。

財政健全化第II期(2007年度~2010年代初頭)

 第I期と同程度の財政健全化努力を継続し、2011年度には国・地方の基礎的財政収支を確実に黒字化する。

 財政状況の厳しい国の基礎的財政収支についても、できる限り均衡を回復させることを目指し、国・地方間のバランスを確保しつつ、財政再建を進める。

 地方については、国と歩調を合わせた抑制ペースを基本として歳出削減を行いつつ、歳入面では一般財源の所要総額を確保することにより、黒字基調を維持する。

財政健全化第III期(2010年代初頭~2010年代半ば)

 基礎的財政収支の黒字化を達成した後も、国、地方を通じ収支改善努力を継続し、一定の黒字幅を確保する。その際、安定的な経済成長を維持しつつ、債務残高GDP比の発散を止め、安定的に引き下げることを確保する。

 国についても、債務残高GDP比の発散を止め、安定的に引き下げることを目指す。

財政再建を進める上では、中長期的な成長力・競争力の極大化に最大限の努力を払いつつ、歳出・歳入一体改革を着実に推進すること、すなわち、「成長力強化と財政健全化が相互に響きあい、強めあう好循環」を実現していくことが重要である。政府はこのため「経済成長戦略大綱」を策定し、その基本的考えと戦略目標を政府全体で共有し、一貫性のある取組を推進することとした。具体的には、持続的、安定的な民間需要主導で成長するため、以下の3つを梃子にして「人口減を克服する新たな成長モデル」を構築するものである。

 生産性向上:特に、日本経済の約7割を占めていながら、製造業と比較しても、国際的にみても生産性が低いサービス産業の生産性向上の推進。

 技術革新:科学技術の振興によるイノベーションの創出とIT革新を生産性向上と経済の拡大に結びつけるとともに、省人化やITの高度活用により、労働生産性を高める。

 アジア等海外のダイナミズム:アジア諸国との分業を通じて、我が国産業の高付加価値化、産業構造全般の高度化を図る。

加えて、「労働力と人材の質の向上」を図るため、若者、女性、高齢者が意欲を持って能力を発揮できる社会を実現し、労働人口の減少という制約要因を打破することとしている。

大綱を実効性のあるものとするため、かかる政策を実現する枠組みとして、人口減少が本格化する2015年度までの10年間に取り組むべき施策を、短期・中期・長期に分けた「工程表」に整理するとともに、毎年度、PDCAサイクルによりその進捗状況を点検し、「基本方針」の策定過程で定量的にローリングを行い改定することとしている。