第5節 まとめ

本節では、これまで述べてきた景気の現状や財政・金融政策の動向についてあらためて整理するとともに、今後の経済・財政動向を考える上で重要なポイントについて考察する。

 景気回復が持続する可能性は高い

第1節では、景気の現状に関して、家計や企業といった分野ごとの最近の動向と、やや中長期的にみた今回の景気回復の特徴について分析した。2005年央に踊り場を脱した日本経済は、その後、消費、投資、外需のバランスがとれた景気回復を続けてきている。その背景には、バブル崩壊後の調整を終えた企業部門の行動が正常化するとともに、労働市場の需給が改善する中で家計部門にも好影響が及ぶという好循環がみられていることがある。

景気回復がここまで長期化してきたことは、こうした企業と家計部門の健全化が大きく寄与していることは間違いない。それに加えて、景気回復を支える外部環境として、世界経済が順調に回復していること、為替レートや国内の金融状況が比較的安定的に推移していることも寄与している。他方、原油価格の高騰は大きなかく乱要因ではあるが、それが世界的な経済成長に伴う需要増加によるものである限りは、それによる収益圧迫効果は需要拡大によってある程度相殺されるものである。各国で原油高騰による悪性のインフレ圧力が封じ込められていることもあって、これまでのところ景気回復を阻害するほどの影響はみられていない。

 リスク要因顕在化の可能性は大きくはないが注意が必要

景気回復が今後も持続する可能性は高いと考えられるが、過去の経験からすれば、景気回復が長期化すれば、経済活動主体の期待の偏りなどを背景として経済の一部に歪みが蓄積されてくるのが通例である。そうした観点からは、循環的に大きな変動を示す傾向がある設備投資や在庫投資の動向には、今後も注意が必要である。設備投資は、今のところ、おおむね経済全体の成長率と整合的な範囲で増加しており、また、在庫についても、経済全体としては依然として安定的に推移している。しかしながら、マクロ・レベルでみて均衡がとれていたとしても、各産業別にみた場合には大なり小なりの不均衡が常に生じており、それが他の産業にも波及するかどうかについては注意が必要である。とりわけ、各産業とも生産能力の拡大に踏み出しつつある中では、需要と生産の乖離が生産調整を大きくする可能性があることには留意する必要がある。

また、外部環境についても、世界経済の動向や世界的な金利上昇の動き等には留意が必要である。世界経済は順調な回復を続けているものの、その背後では、アメリカの経常収支の莫大な赤字がアジア諸国や産油国等の資金流入によってファイナンスされている状態にある。今後、世界的に金利が上昇していくことが見込まれる中で、引き続き世界の資金がアメリカに安定的に流入していくのかどうか、そうした資金の流れが変化した場合にどうなるかといった点は注意が必要である。

 デフレからの脱却も視野に入ってきた

足許の物価動向をみると、いずれの物価指標をみても、下落幅を縮小ないし上昇に転じつつある。また、物価を取り巻く環境をみても、GDPギャップがプラスに転じているほか、単位労働コストについても、緩やかに低下幅を縮めていくことが予想される。さらに、家計や企業のインフレ期待も上昇傾向にある。このように物価の基調や背景を総合的に考慮すると、日本経済は、物価が持続的に下落する状態を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがない状況、すなわちデフレからの脱却が視野に入ってきた。

ただし、代表的な物価指標である消費者物価の動きをみると、国内経済の需給要因を必ずしも反映しない様々な特殊要因を除いたベースでは、上昇ペースは極めて緩やかなものに止まっている。今後の見通しは、本年8月の同物価指数の基準改訂に伴う下方改訂の可能性のほか、より中長期的には、グローバル化や規制緩和の影響等も踏まえつつ、物価上昇の程度を見極めていく必要がある。

このようにデフレからの脱却が視野に入りつつある中、今後我が国経済が物価安定のもとでの持続的な成長を実現していくため、引き続き政府・日本銀行は一体となって取組を行っていくことが必要である。日本銀行においては、先般公表された「新たな金融政策運営の枠組み」に基づき、市場の動向にも配慮し、実効性のある金融政策運営により引き続き金融面から確実に経済を支えていくことが期待される。

 金利上昇の影響には留意が必要

2006年入り後の金融市場では、景気回復を反映して株価が堅調に推移したほか、量的緩和政策が解除される中、金利が緩やかに上昇し始めている。また、長期金利の動向は、国内要因だけではなく、海外金利とも連動性を強めている。金利上昇が大幅かつ急速に進んだ場合には、各経済主体に与える影響は大きい。例えば、こうした場合、景気回復による税収増を上回って国債利払い負担が大幅に増加し、政府部門の財政収支が悪化する懸念が生じる。今回の試算によれば、金利上昇が景気回復と足並みをそろえたものであり、かつその上昇が緩やかな程度に止まれば、利払い負担の増加による企業収益への影響は、売上げ増加などによって吸収可能である。 ただし金利上昇が円高を通じて企業収益に与える影響についても慎重に考慮する必要がある。金融機関についてもその債券含み損も同様に貸出金利上昇による期間収益拡大や株価の含み益によって相殺することも考えられるが、これらに期待できず、自己資本が十分とはいえない先については大幅な金利上昇に注意が必要である。また、家計部門では借入れよりも預貯金が多いため、金利上昇は利子所得の増加につながる一方で、変動金利等による住宅ローンの借入れ比率が高い世帯における支払負担増加には注意が必要である。

 財政再建と経済成長の両立が重要

第4節では、財政政策の動向について論じたが、今後、少子高齢化が進む中で、財政赤字を放置しておくことは、今後の持続的な経済成長の大きなリスク要因となり得るものである。これまでの歳出改革努力や景気回復の持続によって、国と地方の基礎的財政収支は最近改善してきているとはいえ、高齢化によって社会保障費等の義務的経費が増加していくことが見込まれる中では、政府が目標とする基礎的財政収支の黒字化のためには、歳出・歳入両面において相当の政策努力が必要である。同時に、これと車の両輪をなすものとして、すべての経済政策の基本ともいえる成長力、競争力の強化を推進し、その成果を財政健全化に活かすことが重要である。「歳出・歳入一体改革」、「経済成長大綱」で示された改革を着実に実施していくことが重要である。