第1節 短命の回復から再び景気後退へ

第1章 力強い景気回復の条件

第1節 短命の回復から再び景気後退へ

日本経済は、景気の谷である99年4月以降緩やかな景気回復を続けていた(1)。しかし、2001年に入ってから、景気は再び弱まっている。2001年1-3月期(景気の谷から7四半期目)には、輸出、設備投資、鉱工業生産といった企業部門の指標が悪化している(第1-1-1図)。厳密に景気がいつから後退局面に入ったかについては、後に統計的手法によって判定されるものの、各種指標から判断すると、2000年後半から2001年初めにかけて景気が後退局面に入った可能性が高いと考えられる。つまり、今回の景気回復は2年に満たない、戦後最短の景気回復局面であった可能性が高い(2)

また、景気回復期の経済成長率は、99年度1.4%、2000年度1.0%と低い伸びにとどまっており、今回の回復は短命だったばかりでなく、景気回復力も弱かった。

このように今回の景気回復は、その回復テンポが緩やかである上に持続性にも欠けるなど、脆弱なものであった。その主な理由として次の3点があげられる。

  1. 景気回復のエンジン(輸出と設備投資)が脆弱で、外需依存、IT(情報通信技術)に偏った景気回復であった。
  2. 景気が回復してからも、消費の低迷が続いた。
  3. 不良債権・過剰債務が日本経済の重しとなっている。

1 景気回復力が弱い理由

 景気回復のけん引役の脆弱性

今回の景気回復局面においては、国内消費が伸び悩む中で、輸出と設備投資が回復のエンジンとして働いた。とりわけ、輸出の増加が景気回復に果たした役割は大きかった。99年以降アジア向け輸出の伸びが急激であった。これは、米国を中心とした世界的なIT関連需要の増大によって、IT関連財の生産拠点である東アジア諸国・地域の生産が増加し、それによって日本からアジアへの半導体その他の電子部品等のIT関連財の輸出が増加するという好循環が生まれたことが大きな理由である。しかしながら、2000年半ば以降米国経済が急速に減速して、世界的なIT需要が冷え込み、我が国のアジア向け輸出は減少することとなった。

輸出の増加は製造業の生産増加に直結し、それが設備投資の増加をもたらした。この設備投資増加が景気回復をけん引するもう一つの要素となった。しかしながら、設備投資の増加も、好調なIT関連需要を背景とした電気機械等の限られた業種の寄与が大きかった。一方、非製造業の設備投資は、目立った回復をみせないまま、2001年に入ってからは減少に転じ始めるなど、全体的に回復力が弱かった。
このように今回の景気回復は外需依存、IT依存の偏った回復であったため、世界的なIT需要の動向に景気全体が左右されることとなり、景気後退局面においても、IT関連部門の生産、投資の減少が景気の悪化に大きく寄与した(第1-1-2図上図)。

 消費の低迷の継続

GDPが低い伸びにとどまり、回復力が弱かった要因の一つが、消費の停滞である。消費は景気の谷(99年4月)以降ほとんど増加しておらず、過去の回復局面と比べても、弱い動きとなっている。

この背景としては、(1)所得の低い伸びが続いていることに加え、(1)家計の将来不安が消費を抑制する方向に働いたことが重要であると考えられる。

 不良債権問題・過剰債務問題の長期化

不良債権問題・過剰債務問題が長引いていることが、我が国経済の活性化を阻害している一つの重要な要因となっている。具体的には、(1)銀行収益圧迫による金融仲介機能の低下、(2)生産性の低い企業、産業に資源が停滞、(3)金融システムへの信頼の低下による企業・消費者の慎重化、(4)過剰債務企業の設備投資の減退といったメカニズムを通じて、不良債権問題の存在が、我が国の経済成長を押し下げる圧力となっている。不良債権問題については、第2章で詳細な分析を行う。

以下では、(1)短期間で腰折れしてしまった設備投資の動きの背景と、(2)景気回復期間中も停滞し続けた消費の動きとその背景の雇用動向、について詳しく分析することで、今回の景気回復が脆弱であった要因を明らかにする。ここでの分析により、企業マインドと消費者マインドが低下し、企業と家計がともに日本経済の将来に明るい展望を持てないという状況にあることが、日本経済の回復力の弱さの背景となっていることが分かる。

また、2001年9月に米国で発生した同時多発テロ事件の影響等により、米国景気の今後の動向が不透明となる中で、設備投資と国内消費のゆくえが景気の先行きを左右するカギを握っている。したがって、ここでの分析は2002年の日本経済の先行きを展望するに当たって重要な含意を持つと考えられる。

2 脆弱だった設備投資の回復

(1)製造業中心の増加、非製造業の停滞

今回の設備投資回復過程においては、製造業と非製造業で異なる動きがみられた。

設備投資は、電気機械等のIT関連業種にけん引され、製造業を中心に増加してきたが、2001年に入り頭打ちとなり、その後減少に転じた。これは、非製造業の設備投資の弱い動きに加え、これまで増加をけん引してきた製造業の設備投資が減少に転じたためである。この点を統計数値で確認してみよう。

国民経済計算ベースの民間企業設備投資(実質)は、98年、99年と2年間前年比減少を続けたが、2000年には企業収益の大幅増等を背景に、前年比4.5%増と増加に転じた。しかし、2001年に入って以降、2001年1-3月期前期比0.9%減、2001年4-6月期2.8%減と減少が続いている。

今回の設備投資の回復は、製造業が中心であり、非製造業では明確な回復に至らないまま減少に転じた。製造業、非製造業の投資動向の違いを、財務省「法人企業統計季報」(実質値)でみてみよう。製造業の投資は、好調なIT関連需要を背景とした電気機械等にけん引され順調に増加し、2000年度は前年度比15.0%増となった。こうして、2001年1-3月期には97年末頃の水準まで達していた。さらに、堅調なリース取扱高を勘案すると、製造業の設備投資の一部がリースに振り替えられたと考えられ、実態としては、製造業の投資は、より大きく伸びていた可能性がある。しかし、製造業の投資は、4-6月期には前期比減少に転じた(第1-1-3図)。一方、非製造業の投資は、99年度、2000年度と微増が続き、2001年4-6月期の水準は、前回の底であった98年後半の水準を若干上回る程度で停滞している。

(2)景気回復のエンジンだった製造業の設備投資の脆弱性

今回の回復局面における製造業の設備投資は、「生産増⇒企業収益増⇒設備投資増」というメカニズムを通じて、堅調な増加を続けていた。しかしながら、2000年後半には、輸出の減少等を背景に鉱工業生産が減少し、その後企業収益も減少に転じ、「生産減⇒企業収益減⇒設備投資減」という局面に移行した。

上記の製造業の設備投資増加メカニズムが短期間で崩れた要因としては、次のような点が考えられる。

  1. 生産の増加がIT関連品目に偏っていたため、米国経済の減速を契機とした世界的なIT需要の冷え込みが生産の急速な減少につながり、これに伴い企業収益も減少した。ほぼ時期を同じくして、設備投資も減少した(3)
  2. 企業の人件費抑制努力により企業収益が増加し、それが設備投資の増加につながったが、特に中小企業において、人件費の削減が進まなくなるに従って企業収益が減少し、設備投資も減少した。
  3. 資本ストック調整局面は脱したものの、企業の期待成長率(企業が予想する将来の経済成長率)の低迷が、新たな資本ストック調整局面入りの時期を早めている可能性がある。ここで、資本ストック調整局面とは、企業が過剰となった資本設備を調整するために、新規の設備投資を抑制する過程を意味している。

以下においては、製造業の生産と企業収益の増加の特徴を検証し、その要因について詳細に分析していく。

 外需とIT依存の生産増加

鉱工業生産は、99年7-9月期以降、6四半期連続の増加を続け、2000年8月には単月で過去最高水準に達するなど堅調に増加した。このような生産増加が製造業の設備投資の堅調な増加の前提となっていた。しかしながら、この生産増加は、好調な米国経済を背景とした輸出増加とIT品目の生産増加にけん引されたもので、過去の回復局面と比べ業種、品目の広がりが乏しいものであった。つまり、99年春からの景気回復は、外需依存の回復であり、IT需要動向に大きく影響される不確かな回復であった(第1-1-2図下図)(4)

このため、米国経済の減速を受け、世界的にIT需要が冷え込んだ2000年末以降、鉱工業生産は、かつてないほど急速に減少することとなった。2000年10-12月期には0.6%増と伸びが鈍化し、2001年1-3月期には3.7%減、4-6月期には4.1%減と2期連続で大幅な落ち込みを記録した。2001年8月は、ピーク時(2000年8月)に比べると11.7%減となっており、これは、1年間の下げ幅としては、第2次石油危機以降最大である。また、生産減少局面においても、IT品目の生産落ち込みの寄与が大きかった。2000年10-12月期以降2001年8月までの鉱工業生産の減少のうち、約6割(56.0%)がIT品目の寄与によるものであった。

 リストラ努力で増加した製造業の企業収益

鉱工業生産の増加は、売上高増加という形で、製造業の企業収益の改善につながった。財務省「法人企業統計季報」で製造業の経常利益の動きをみると、99年7-9月期以降2001年1-3月期まで7四半期連続で大幅増加(前年同期比18.0~64.6%増)となっている。こうした企業収益の大幅な増加が、設備投資を増加させる要因となった(5)。しかし、2001年4-6月期には、製造業の企業収益は減少に転じた(前年同期比21.2%減)。

企業規模別に企業収益増減の要因を分解してみると、製造業の大企業においては、人件費の抑制を早くから続ける中で、売上高の大幅な増加が企業収益を押し上げていたことが分かる(第1-1-4図(1))。しかしながら、需要が減退し、生産が減少する中で、2001年4-6月期には、逆に売上高の減少(売上高要因)が収益押し下げ要因となっている。

一方、製造業の中小企業においては、2000年4-6月期以降、売上高要因がむしろ収益押し下げ要因となっている中で、人件費を削減することで収益増を維持していることが分かる(第1-1-4図(2))。しかしながら、大企業に比べ1社当たりの従業員数や1人当たり賃金が総じて少ない中小企業において、人件費削減の余地はそれ程大きくはないため、リストラ努力だけで収益増加を維持し続けることは困難である。このため、2001年4-6月期には、人件費の削減(人件費要因)による収益押し上げ効果は失われ、折からの売上高の減少を受け、企業収益が減少している。

 ストック調整と企業の期待成長率の低下

製造業について設備投資のストック調整をみるため、資本のフローとストックの動きをみたのが、第1-1-5図上図の資本ストック循環図である。資本ストック調整とは、前述したように、過剰な資本設備を調整するために新規の設備投資が抑制される過程のことである(コラム1-1「ストック調整が設備投資を抑えるメカニズム」参照)。

91年末から始まったストック調整過程は、94年まで長期にわたり続くこととなり、当該期間中の設備投資を低く抑えた。95年から設備投資拡大局面に入ったが、98年後半からは再びストック調整過程に入り、設備投資は減少した。前回のストック循環(91~94年)では資本ストックの前年比伸び率がおおむね2.5%まで下がったところで、ストック調整はほぼ終了していたので、今回の98年後半からのストック循環も資本ストックの前年比伸び率が2.5%を切った99年4-6月期頃にはストック調整過程が終了していてもおかしくはなかった。しかし、実際にはその後1年近く調整過程が継続している。この間、企業が予測する今後の経済成長率(期待成長率)が低下を続け、資本ストックの過剰感がなかなか解消されなかったことが、その要因であると考えられる。つまり、企業の期待成長率の低下が、設備投資減少の期間を長期化させたと考えられる。

また、90年代後半においては、ストック調整過程が終了し、設備投資が増加に転じても、短期間のうちに再度調整過程が始まってしまう傾向が見受けられる。これも、企業の期待成長率の低下によって説明が可能と考えられる。

この点をみるために、設備投資増加率を縦軸に、「設備投資/資本ストック」比率を横軸にとって曲線を描いてみると、この曲線は、70年代前半に左方へ大きくシフトし、さらに90年代前半にも左方へのシフトがみられる(第1-1-5図下図)。資本係数(資本ストックKを所得Yで除したもの)の伸びと資本ストックの除却率を一定と仮定した中期的な状況においては、ある一定の期待成長率に見合った点を並べると双曲線が描けるという関係がある(つまり、同じ双曲線上の点は、同じ期待成長率を意味する)。この双曲線は左方のものほど、低い期待成長率に見合った双曲線となる。したがって、前述の曲線の左方へのシフトは、企業の期待成長率が低下していることを示唆している。

この図をみると、90年代後半以降、企業の期待成長率はゼロ%前後の低い水準が続いている。期待成長率の高まりがみられる場合は、その成長率に見合う水準まで資本ストックを積極的に増加させるため、設備投資の増加がしばらく続くこととなる。しかし、期待成長率の高まりがほとんどみられない現状では、ストック調整局面を脱し設備投資が増加したとしても、すぐに低い期待成長率に見合った資本ストックの水準に達してしまうため、短期間で再度調整局面入りしてしまうことになる(つまり、第1-1-5図下図において、循環円が小さくなることを意味し、設備投資増加局面が短くなる)。このように企業の期待成長率が低下し、企業が日本経済の先行きに悲観的になっていることが、90年代後半以降設備投資の増加が長続きしない1つの重要な要因であると考えられる。

内閣府「企業行動に関するアンケート調査(2001年1月調査)」によれば、企業の業界需要の実質成長率見通し(製造業、今後1年間)は、90年代後半から2001年度に至るまで2%を下回る伸びに低迷したままとなっている。その上、その後景気が悪化しているため、2001年も資本ストック循環から推定される企業の期待成長率の低迷は続いているものと思われる。したがって、2001年後半には再びストック調整過程に入っていると考えられる。その結果、製造業の設備投資は、過剰な資本ストックを調整するという圧力の下で、当面減少が続くと見込まれる。

実際、日銀短観により企業の設備過剰感をみると、99年4-6月期以降2000年末まで低下が続いたが、2001年3月調査以降製造業を中心に悪化している。結果として、企業の設備過剰感は、前回のボトムの水準(97年3月調査)まで下がらないままに、悪化に転じたことになる。

以上の分析から考えると、持続性のある堅調な設備投資の増加を実現するためには、企業の期待成長率を高めることが必要不可欠である。そのためにも、政府としては構造改革を実現することで、我が国経済の潜在成長力を高め、企業が中期的な成長を確信できるようにすることが重要である。

 能力増強投資の抑制

さらに、企業の期待成長率の低迷は、製造業の多くの業種で能力増強投資が抑制され続けているという、今回の設備投資増加過程におけるもう1つの際立った特徴をもたらすことになった。

経済産業省の「生産能力指数」で生産能力の動向をみると、一部IT関連業種(電気機械、及び電子部品に使用される非鉄金属)では、設備投資の増加とともに生産能力にも増加がみられたものの、他の業種では生産能力が減少し、製造業全体では前年同月比で生産能力の減少が続いている。このことは、需要が堅調であったIT関連の電気機械等一部の業種を除き、多くの企業が能力増強投資を抑制し続けたことを意味している。

前述のように、2000年に入り、おおむねストック調整圧力は解消したと考えられる。したがって、本来なら能力増強投資も再開されるはずである。しかし、その後も企業の期待成長率がほとんど高まっておらず、マクロ経済全体として需給ギャップが存在する中で、能力増強投資が抑制され続けているものと考えられる。

2001年に入ってからは、これまで生産能力が増加していた電気機械と非鉄金属の設備過剰感が大幅に高まっており、今後これらの業種においても能力増強投資が急激に抑制される可能性がある。一方、鉄鋼や紙パルプでは生産能力が下げ止まる兆しはみられるものの、繊維、一般機械、輸送機械等では生産能力は依然減少傾向にある。したがって、今後も製造業の能力増強投資の抑制傾向は継続するものと考えられる。

コラム1-1

資本ストック調整が設備投資を抑えるメカニズム

設備投資の動向を左右する1つの重要な要因である資本ストック調整について分析するため、資本のフロー(設備投資)とストック(資本ストック、企業が保有する生産設備の合計)の動きをみたのが、以下の概念図である。企業は、目標とする生産水準(以下「目標生産水準」とする)に見合った望ましい資本ストック水準を考え、現在のストック水準をそれに調整しようとするが、望ましいストック水準が実現されるためには一定の時間がかかること等から、設備投資の伸びと資本ストックの伸びは、通常循環図を描くことになる。以下では、この「資本ストック循環」について解説する。

景気の先行きが改善すると、企業は目標生産水準を上げ、それに見合う水準まで資本ストックを積み増す動きが出てくるので、それまで鈍化していた資本ストックの伸び率が高まる局面に入る(この転換点が概念図A点)。目標生産水準に見合った望ましい資本ストックの水準になるまで資本ストックを積み増す動きが続き、当初はフローである設備投資の伸びが、資本ストックの伸び率を上回って加速度的に高まる。

目標生産水準に見合った望ましい資本ストックの水準が近づくにつれ、企業は設備投資の伸びを抑制し始め、やがて資本ストックの伸びと設備投資の伸びが均衡する(概念図B点)。目標生産水準が変動せず、設備投資伸び率をこの均衡点で止められれば理想的であるが、実際はそのようにはいかない。設備投資の伸び率鈍化が景気後退の1つの契機としての役割を果たすことになり、それを受けて企業が目標生産水準を切り下げる行動をとるためである。その結果、これまで積み上げてきた資本ストックに過剰感が生まれる。切り下げられた目標生産水準に見合った資本ストック水準にするため、フローである設備投資は加速度的に減少することになる。

その後、切り下げられた目標生産水準に見合った望ましい資本ストックの水準に近づくにつれ、設備投資の減少幅は小さくなり、再びA点に至り、次の循環に入る。

このように繰り返される循環がいわゆる「資本ストック循環」である。この循環の中でB点からA点に至る過程(概念図の(2))がいわゆる「ストック調整局面」であり、これは企業の目標生産水準の切り下げに伴い、過剰となった資本ストックを調整するために設備投資を抑制する過程である。

(3)非製造業の設備投資は停滞続く

以上、99年以降最近までの製造業の設備投資の動向の特徴をみてきた。特に、投資回復がIT関連業種に限られていたこと、能力増強投資が抑制されていたこと、企業の経済の先行き見通しが悪化していることが、設備投資の基調的な弱さの背景にあることを明らかにしてきた。
それでは、非製造業の設備投資はどのような状況であろうか。非製造業においては、99年春から景気回復が始まってからも、設備投資に明確な回復の動きがみられなかったという点に大きな特徴がある。その主な理由としては、以下の点が考えられる。

  1. 消費の低迷を受けて個人向けサービス業が伸び悩み、非製造業の設備投資のうちでウエイトの高いサービス業の設備投資が明確な増加基調に至らなかった。
  2. 電力業、運輸・通信等規制緩和が進む業種で弱い動きが続いた(6)
  3. 非製造業では、過剰債務を抱えている企業が多く、99~2000年の大幅な収益増加の多くが借入金返済に回され、新規設備投資に十分な資金が回らなかった可能性がある。

以下では、特に非製造業の収益動向と過剰債務の問題について検討する。

 デフレ下での非製造業の企業収益増加

非製造業においても、企業収益は大幅に改善した。財務省「法人企業統計季報」(名目値)でみると、99年1-3月期以降2000年10-12月期まで8四半期連続で大幅な増加(前年同期比8.4~34.5%増)となった。2001年1-3月期には、減少に転じたものの、4-6月期には再び増加している。

企業規模別に企業収益増加の要因を分解してみると、非製造業の大企業においては、売上原価を抑制することによって企業収益を増加させてきたが、2000年4-6月期以降は売上高を伸ばすことで企業収益増加を維持している(第1-1-4図(3))。しかしながら、2000年半ば以降消費者物価が卸売物価以上に下落し始め、その後も下落幅が拡大する中で、十分なマージンを乗せることが困難な状況となった(7)。このため、2000年半ば以降、売上高原価比率(売上原価÷売上高)が上昇し始めており、非製造業の大企業は、薄利多売(相対的な仕入れコストの上昇)による収益確保に追われていることが示唆される。このことから、2000年半ば以降、仕入れコスト要因(売上原価要因)が収益押し下げ要因となって企業収益の伸びが鈍化している。特に消費者物価下落の影響を強く受けていると思われる卸小売業で、売上高原価要因の収益圧迫度合いが大きい。

一方、非製造業の中小企業においては、売上高の増加(売上高要因)が一貫して企業収益増加要因として寄与している中で、2000年4-6月期以降は人件費や販売管理費も削減し、収益増加を維持してきた。しかし、大企業と同様に仕入れコスト要因のマイナス寄与が大きくなり、また、製造業と同様人件費の削減余地が乏しくなってきたこと等から、2001年1-3月期には収益減少に転じることとなった(第1-1-4図(4))。2001年4-6月期には、売上増加から再び収益が増加したものの、人件費の上昇(人件費要因)による収益押し下げの寄与が大きくなり始めている。

 依然続く借入金返済の動き

非製造業の企業収益は、2001年1-3月期には減少に転じたとはいえ、バブル期を上回る水準となっており、キャッシュフロー(内部留保+減価償却費)も増加した。しかしながら、非製造業においては、多くの企業で過剰債務の問題が引き続き解消されていないため、キャッシュフローが借入金返済に回され、新規設備投資に十分な資金が回っていない可能性もある。卸小売業においては、大規模小売店舗法の特例措置による駆け込み等により積極的な設備投資が行われたものの、過剰債務の解消はあまり進展していないものと考えられ、2001年以降も過剰債務問題が非製造業の設備投資を抑制する可能性が考えられる。

さらに、2000年4月以後開始する事業年度から導入された退職金給付会計制度により、退職給付債務の積み立て不足の解消に資金が回ったという要因も考えられる。退職給付債務の積み立て不足は、制度上15年以内に解消する必要があるが、マーケットからの要請により、多くの企業が財務状況の健全さを示すため、早期に積み立て不足を解消しようとしたと考えられる。

ここまでの設備投資の最近の動向に関する分析をまとめておこう。99年春からの景気回復局面においては、製造業が主導する形で99年春頃から生産が持ち直し、99年後半からは輸出の寄与もあって、生産増⇒企業収益増という動きがみられた。99年末には設備投資も持ち直しの動きがみられるようになった。2000年に入り、設備投資は増加基調となったものの、IT関連業種中心の製造業にとどまり、非製造業まで広がることのないまま、2001年に入り頭打ちとなり、その後減少に転じた。設備投資の抑制要因となり得る、企業収益の鈍化の動きもみられる。

このように今回の設備投資の回復力が弱く、2001年に入り減少に転じた理由としては、以下の点が挙げられる。

  1. 国内外のIT需要にけん引された製造業中心の回復であり、IT関連需要の世界的な減速とともに、生産、企業収益、設備投資ともに減速に向かった。
  2. 非製造業においては、売上原価や人件費の抑制等により企業収益に改善がみられたものの、電力業や通信業が基調としては設備投資を抑制していることや、消費の低迷等から、非製造業全体としての設備投資は弱い動きにとどまった。

これまでの分析からは、今後設備投資が回復するための条件として、(1)構造改革を実現することで、企業の期待成長率を高めること、(2)企業の過剰債務(特に非製造業について)を解消し、キャッシュフローを設備投資に回せるようにすること、が必要であると考えられる。

3 低迷する消費

(1)消費低迷はなぜ続いているのか

99年春以降、景気が回復へと向かう中で、消費は横ばい状態が続くという過去に例を見ない状況が続いた。個人消費を実質民間最終消費支出(国民経済計算ベース)でみると、99年度は1.5%増となったものの、2000年度は0.0%減となった。2001年4-6月期には前期比0.5%増とやや増加している。過去の回復局面と比較すると、従来は景気回復とともに消費の回復がみられたものの、今回は景気の谷(99年4-6月期)以降消費は、ほとんど増加しておらず横ばいとなっており、設備投資、生産、企業収益等の企業部門の堅調な回復と対照的な動きとなった(第1-1-6図)。

このように、GDPの約6割を占める消費の回復が遅れ、横ばい状態が続いたことが、今回の景気回復を短命なものに終わらせた一因となっている(8)

一体、消費低迷はなぜ続いているのだろうか。以下の分析では、次の2つの基本的な要因から、消費が回復力を欠いていることを明らかにする。

  1. 99年からの景気回復期、その後の景気後退期を通じ、家計の所得の改善テンポが緩やかであった。
  2. 家計が、将来の仕事や所得に関する不安から、消費を抑制している。

こうした基本的な要因に加え、住宅ローンを抱えた世帯が、ローン返済の重荷から消費抑制を強めている可能性があることも、消費低迷の1つの要因となっていると考えられる。

このように全体の消費が低迷する中で、一部の消費は比較的堅調に推移している。特に高齢者の消費が堅調である。また、個別品目では、携帯電話機、DVD、デジタルカメラや、通信費(通信サービスの消費)等の情報通信関係の消費、高額の海外ブランド品の販売が大幅に拡大している。

以下では、これらの点について、詳しく検討しよう。

 消費低迷の基本的要因

消費低迷の要因としては、まず、所得の改善テンポが緩やかなものにとどまっていることがあげられる。家計所得の動きを実質賃金でみると、厳しい雇用情勢を反映し、99年春の景気の谷以降も、前回の回復局面(93年第4四半期~)と同様弱い動きが続いており、2001年入り後では一層、緩やかな伸びとなっている。また、雇用者数も同様に改善テンポが緩やかであることから、経済全体でみた所得も改善テンポが緩やかになっている(第1-1-7図)。この背景にある厳しい雇用情勢については、次の項(2)厳しい状況が続く雇用情勢、で検討する。このように、家計の所得の改善テンポが緩やかなものにとどまっていることが、消費低迷の基本要因である。

前回の回復局面(93年第4四半期~)では、所得の伸びが弱いなかで、消費が緩やかながらも増加していたのに対し(前掲第1-1-6図)、99年春以降の消費の動きは、所得の動きと同様に弱いものとなっている。90年代半ば頃までは、所得の伸びが低下すると消費性向(所得のうち消費に回される比率)が上昇し、消費を下支えするという効果が働いた。しかし、97年度以降は消費性向もほぼ横ばいとなっており、所得の改善テンポが緩やかであることが、そのまま消費の低迷につながるようになっている(第1-1-8図)。

次に、将来不安が現在の消費を抑制する方向に働く点をみるために、将来不安が消費性向に影響を与える要因について検討しよう。多くの家計は現在の所得だけでなく、将来の所得がどうなるかも考えながら、現在の消費を行っている。したがって、現在の所得に変化がなくとも、将来所得の予想が変化すれば、現在の消費にも影響を及ぼす。これをみる一つの方法として、収入の増え方や雇用環境が今後半年間に今よりも良くなるか否かを聞いた消費者態度指数(内閣府「消費動向調査」)と、消費性向との関係をみてみよう。93年秋以降の景気回復局面においては、雇用環境の先行き見通しの改善とともに消費性向(国民経済計算ベース)も上昇するという傾向があった(第1-1-9図)。97年1-3月期以降の景気後退局面においては、雇用環境の先行き見通しが急速に悪化して家計の将来不安が増した結果、消費性向もやや低下した。その後、雇用環境の見通しは98年半ば頃から持ち直したものの、2000年秋より再び悪化している。一方、消費性向もやや持ち直す動きがあったものの、その後頭打ちとなり、明確な上昇基調には至っていない(第1-1-9図)。

また、内閣府「国民生活モニター調査(2001年9月調査)」によると、消費が1年前と比べ「少なくなった」と答えた家計(約2割)は、その理由として、「将来の仕事や所得に対する不安や不確実性が強まったから」、「一時的でなく、今後も所得が減少していくと思ったから」をあげる人が多くなっており、仕事や所得についての将来不安の増大が、現在の消費を抑制している可能性を示唆している(第1-1-10図)。

以上の分析から、所得の改善テンポが緩やかなものにとどまったことや、将来の仕事や所得に関する不安が、消費低迷の基本的な要因となっていたと考えられる。

 住宅ローン負担家計の消費抑制

前掲「国民生活モニター調査(2001年9月調査)」によると、消費支出が1年前と比べ少なくなったと答えた理由として、「住宅ローンの負担がある一方で、所得が思っていたほど増えなかったから」をあげた人も19%程度いる。これは、勤労者世帯全体に占める住宅ローンのある世帯の比率が約3~4割であることを考えると、無視できない数字である。そこで、住宅ローンの有無と最近の消費の関係を「家計調査」(勤労者世帯)によりみてみよう。90年代半ば頃までは、住宅ローンのある世帯とない世帯で消費支出は似たような動きをしていた。ところが、99年頃から住宅ローンのある世帯の消費減少が目立っている(第1-1-11図(1))。消費性向についてみると、住宅ローンのない世帯では、99年前半頃から消費性向がやや持ち直していたのに対し、住宅ローンのある世帯では、消費性向の低下が続いている(第1-1-11図(2))。この背景としては、いわゆる「強制貯蓄」的な性格を持つ住宅ローン返済負担を抱える家計において、所得の改善テンポが緩やかであることが消費を抑制する力が、より強く働いた可能性があると考えられる。なお、住宅については、着工時には家具等の耐久消費財等を購入することが多く、消費に与える影響は大きいことに留意する必要がある。

また、以下にみるように、日本経済は物価下落が続くデフレの状況にあり、実質賃金と比べ、名目賃金は弱い動きとなっている。1人あたり名目賃金(現金給与総額)は、2000年度には35.5万円となったが、これは水準としては97年度(37.1万円)より4.3%低い。債務金額は名目値で決まっているので、名目所得の低迷が住宅ローン返済世帯の負担をより重くしている可能性がある。

 一部の明るい動き

全体の消費が低迷する中で、(1)高齢者の消費、(2)情報通信関係の消費(携帯電話機、DVD、デジタルカメラ等のデジタル機器の販売、通信費の支出)、(3)高額の海外ブランド品の販売等、一部の消費については、比較的堅調な動きとなっている。

第1に、高齢者の消費については、ローン負担や将来不安等が比較的小さいと思われる60歳代以上の消費支出が、他の年齢層に比べ堅調な動きとなっている(第1-1-12図(9)

第2に、個別品目でも、大幅に消費が伸びている製品も多い。情報通信関係の消費が強く、例えば2000年(度)は、デジタルスチルカメラの国内出荷額は前年比89%増、DVDの販売額は66%増、携帯電話の販売額は59%増、カーナビゲーション・システムの国内出荷台数は29%増と、いずれも大きく増加している(10)。携帯電話やインターネットの普及で通信費(通信サービスの消費)も、家計調査ベースで2000年度8.0%増と、大幅に増加している。

第3に、デパート等では、高額の海外ブランド品(衣服、バック、装飾品その他)の販売が拡大しており、将来不安のない層では堅調な消費が行われていることがうかがえる。一方で、最近のデフレからくる安価な商品の販売が好調であるなど、消費の二極化がみられる。

(2)厳しい状況が続く雇用情勢

雇用情勢は消費に大きな影響を与える。景気が99年春以降回復に向かい、その後再び悪化する中で、雇用情勢は厳しい状況が続いている。雇用情勢の厳しさは、改善テンポの緩やかな所得と、将来に対する不安という2つのルートを通じて、消費低迷の要因となっている。最近の厳しい雇用情勢は、次の2つの特徴を持っている。

  1. 雇用のミスマッチが増え、構造的失業率が増加傾向にあることから、景気の強さや弱さにかかわらず、失業率が下がりにくくなっている。最近の失業率5%のうち、4%弱が構造的失業率と推計される(11)
  2. 企業が、バブル崩壊以降の過剰債務の圧縮等のために、人件費を抑制していることを背景に、賃金の伸びが緩やかである。

以下では、これらの点について検討する。

 景気循環にかかわらず高水準の失業率

失業率は、99年春以降の景気回復の進展にもかかわらず、高水準で推移した。その後2000年末から2001年前半にかけて景気が悪化に転じる中、失業率は何度か既往最高の4.9%となった後、2001年7月には5.0%と初めて5%台となった。

99年春以降をみると、景気の強さ弱さにかかわらず、企業の側で人手不足(欠員)が増加する一方、労働者の側で失業が高止まりするという、一見すると意外な動きがあった。

こうした動きを、企業側の「人手不足の度合い(欠員率)」と失業率の関係でみてみよう(第1-1-13図)。ここで人手不足とは、企業の求人件数から実際の就職件数を引いた企業の未充足求人を意味しており、「人手不足の度合い(欠員率)」は、(未充足求人数)÷(雇用者数+未充足求人数)の比率である。また、ここでは失業率については、自営業主等を除いた雇用者についての失業率(雇用失業率)を見ている。

現実の経済では、企業側の求人に対して失業中の労働者が就職を申し込んでも、職種、業種、経験・技能等の違いから企業側のニーズと労働者のニーズ・技能が合わないこと(ミスマッチ)や、また転職が即時に行なわれるとは限らず、一般に時間がかかること等があり、人手不足(欠員)と失業が同時に起こっている。ここでは、雇用のミスマッチによる失業と、転職・職探しプロセスでの失業を、景気循環とは独立に起こるものであって労働市場の構造に根ざしたものという意味で、構造的失業と呼ぶ。

70年代以降の「人手不足の度合い(欠員率)」と失業率の関係(UV曲線)を分析すると、構造的失業がいかに高まってきたかがわかる(UV曲線の読み方はコラムの概念図参照)。具体的には次の点が明らかになる。

  1. 70年代から80年代にかけて、構造的失業がやや高まった。
  2. 90年代後半に、構造的失業は一層高まった。
  3. 99~2000年の景気回復局面では人手不足(欠員率)が高まったにもかかわらず、失業率が高止まっており、構造的失業率が高いことを示唆している。

近年における構造的失業の増加の多くは、雇用のミスマッチ等によるものと考えられる。

コラム1-2

UV曲線の見方

 一般に、景気が良くなって企業の人手不足が増加すれば、企業は雇用を拡大し失業が減少する。これは概念図において、UV曲線上の左上から右下への動きで表される。これに対し、雇用のミスマッチや職探しの非効率性が増すと失業と人手不足の併存の程度が高まり、構造的失業率が上昇する。これは概念図において、右上方へのUV曲線のシフトで表される。

 最近の失業の大半は構造的失業

以上の分析を踏まえ、現実の失業率のうち、構造的失業率がどの程度の水準にあるかを推計してみよう。

構造的失業率の推計の基本的考え方は、次のようなものである。人手不足の人数(欠員数)と失業者数が同数存在する場合、仮にミスマッチや転職に伴う摩擦等の構造的な要因がなければ、それら失業者はすべて雇用されると考えられる。従って、人手不足の人数(欠員数)と失業者数が一致している時の失業率を構造的失業率とし、それ以外に発生する失業は、景気の変動に伴って発生する循環的失業率と考える(12)

こうした考えに基づいて推計した最近の日本経済における構造的失業率は、90年代半ば以降、一貫して上昇している(第1-1-14図)。98年には、特に厳しかった景気情勢を受けて、循環的失業率も増加した。その後、99年半ば以降景気が回復しても失業率が高止まりしたのは、循環的失業率は低下したものの、構造的失業率が上昇を続けたためであることがわかる。

最近時点における失業率5%のうち、構造的失業率は4%弱、循環的失業率は1%程度となっている。

 専門・技術職、サービス業ではむしろ人手不足

最近の雇用ミスマッチは、どのような職業や産業で高まっているのだろうか。この点を検討するため、企業の雇用過剰・不足感について、職種別・業種別の特徴をみてみよう。まず、全業種、全職種でみると、99年春からの回復局面は、98年の不況が深刻だっただけに、企業の雇用過剰感が強い状態で始まった。その後、景気が改善するに伴い、2000年末まで雇用過剰感は低下したものの、2000年末以降再び高まっている。

雇用の過剰・不足感は、職種・業種によってばらつきが大きい。職種別には、技能工の不足感が、2000年末以降景気の悪化に伴って急速に低下している中で、専門職や技術職の不足感は、依然として高い水準にある。これに対し、管理職や事務職では依然過剰感が強く、職種間の雇用のミスマッチがみられる(第1-1-15図(1))。

業種別にみても同様に、景気の動向を受け、雇用不足・過剰感はほとんどの業種で、99年春以降、不足方向へ向かった後、2000年末以降は、過剰方向へ戻っている。ただ、運輸・通信業やサービス業では、雇用不足感が高く、製造業や建設業では、雇用過剰感が高いという特徴がある。また2000年末以降、もともと雇用不足感の高いサービス業では不足感の低下が小幅にとどまる一方、もともと雇用過剰感の高い製造業や建設業では、生産や公共工事の減少を受けて、過剰感の上昇のテンポが急速であるなど、業種別にばらつきがみられる(第1-1-15図(2))。

 改善テンポの緩やかな賃金所得

厳しい雇用情勢の中で、賃金所得の改善テンポは、緩やかなものにとどまっている。賃金所得は、家計の所得の増減を通じて、消費に影響を与えている。国民所得計算ベースの雇用者報酬(実質)の伸びは、99年度は0.5%減で、2000年度にようやく2.4%増となった。その後、2001年4-6月期は前期比1.0%増となっている。経済全体の賃金所得は、雇用者数と1人当たり賃金を掛け合わせたものなので、雇用者数の動向と1人当たり賃金の動向をみることによって、賃金所得の改善テンポが緩やかな状況を詳しく検討しよう。

まず、雇用者数は、99年度に入って景気が回復しても減少傾向を続け、2000年5月からようやく前年同月比で増加に転じるなど、過去の景気回復局面と比較すると、改善テンポは緩やかであった(前掲第1-1-7図下図)。2001年に入ってからは、雇用者数はおおむね横ばいで推移している。雇用者数を産業別にみると、サービス業では増加が続いている一方、建設業、製造業では基調として減少している。

1人当たり賃金の伸びも緩やかである。これを、1人あたり現金給与総額(ボーナス、残業代等を含む税引き前給与の総額、名目)でみると、98年度1.7%減、99年度0.8%減と、2年続けて減少が続いた後、2000年度は0.4%と増加に転じた。これを、物価上昇分を除いた実質ベースでみても、2000年度は消費者物価が下落したことから1.1%増(99年度は0.2%減)と増加に転じたものの、過去の景気回復局面と比較しても、伸びは緩やかであった(前掲第1-1-7図上図)。2001年以降、残業時間が減少していること等から、1人あたり賃金はその後も弱い動きが続いている。2001年の夏のボーナスについて、厚生労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模5人以上)の夏季賞与をみると、前年比1.1%減となった。

賃金の伸びが緩やかなものにとどまっている背景には、企業が、従業員の高齢化に伴う人件費上昇への対応等のために、人件費を抑制していることがある。99年から2000年にかけて、企業収益が大幅に増加しているにもかかわらず、人件費はほぼ横ばいで推移した(第1-1-16図)。

賃金の抑制方法としては、(1)ボーナス(特別給与)の抑制、(2)パートや日雇いの活用があげられる。1人あたり現金給与総額の推移について、変動の要因をみると、給与総額が減少した98~99年には、ボーナスの減少がもっとも響いており、企業が主にボーナスを下げることによって賃金を抑制していることがわかる。また、先にみたように、最近の雇用者数の改善テンポは緩やかなものであった。その内訳をみると、増加の寄与が大きいのは、パートや日雇いの雇用者の増加であり、男子のパート以外の常用雇用は、景気の回復が始まった後も減少を続けていた。最近の雇用者数の増加にはサービス業が大きく寄与しているが、サービス業でもパートや日雇いの比率は高くなっている(13)。パート以外の常用雇用に比べ、賃金の低いパートや日雇いの増加は、平均賃金を押し下げる効果を持っている。

また、家計の所得にはこうした賃金所得以外に自営業主・家族従業者の所得が含まれるが、自営業主・家族従業者数は99年1.6%減、2000年3.5%減と減少し、2001年に入ってからも減少を続けており、全体の所得の押し下げ要因となっている。

以上の分析から、雇用者数と賃金がともに弱い動きとなっているため、賃金所得の改善テンポが緩やかであることがわかる。こうした賃金所得の動きが、消費低迷の主要な要因の1つとなっている。

以上、日本経済を支えるべき設備投資と消費の回復力の弱さの原因を分析してきた。ここでの分析により、企業と家計のマインド低下が回復の脆弱性の大きな要因であることを明らかにした。つまり、これまで経済低迷が長期間続いた結果、企業と消費者が将来展望を開けない状態になっており、そうした企業と消費者の「弱気」が、現実の経済の弱さを生み出すという悪循環に陥っている、というのが現在の日本経済の姿である。

したがって、日本経済の持続的な成長を実現するには、企業や家計の先行き不安を払拭し、企業や消費者の将来見通し(期待成長率)を高める必要がある。そのためには、規制緩和、財政改革、年金・医療制度の改革等の構造改革を、目に見える形で着実に実行していかなければならない。