第3節 中国経済の将来と世界経済
前節までの考察では、中国は、中長期的な潜在成長率の低下に加え、金融市場の過熱も懸念されており、安定成長に移行するにはナローパスを歩むものにならざるを得ないことをみた。また、ソフトランディングは可能であるものの、自由化の遅れによる成長率の伸び悩みと自由化に伴う資本市場等の過熱という双方のリスクがあることが示された。本節では、中国の経済成長率の低下と経済の成熟化は、それぞれ世界経済に対してどのような影響をもたらすかについて考察することとする。
1.中国の存在感の拡大
世界経済に占める中国のGDPの割合52は、2002年が4.4%、07年が6.3%、12年が11.5%とすう勢的に拡大している。また、世界の経済成長率への主要国の寄与度を1998年から5年ごとに平均してみると、08~12年は世界全体の成長率に対して中国は3分の1以上の寄与となるなど、アメリカの寄与が小さくなる一方、中国が徐々に大きくなっていることが分かる(第2-3-1図)。
中国のプレゼンスの拡大に伴い、当然のことながら中国経済の動向が各国の成長に与える影響も高まっている。経済規模上位15か国について、各国の経済成長率の中国のそれに対する弾性値をみると、09年から高まっており、12年には中国GDPが1%変化する場合は上位15か国のGDP成長率は0.5%程度変化する傾向にある。このうち、主要5か国の弾性値は約0.4となっているのに対し、資源国の弾性値は約0.8と2倍になっている。(第2-3-2図)。このような傾向が今後も続くとすれば、中国経済が減速した際は資源国への影響がより大きいことが予想される。
次に、中国の長期的な成長について資本、労働、生産性の寄与を確認し、今後の生産人口の減少や投資率の低下を織り込んだ場合、今後10年の潜在成長率がどの程度となるかを推計してみよう。
高度成長期から安定成長期に移行する場合を考えると、資本については、投資率は急激に落ち込むことなく緩やかに低下する傾向となることが想定される。また、労働については生産年齢人口の減少から労働投入量はマイナスに転じるものの、教育水準の向上によって人的資本はプラスに寄与するものと見込まれる。また、生産性については安定成長を続けた各国と同様に今後も改善を続けることが期待される53。以上の前提をおいて今後の成長率を推計したところ、13~22年の潜在成長率は6.4%程度となった(第2-3-3図)。
これを国際・民間機関の予想と比較してみると、11~20年が6.1%(アジア開発銀行)、20年が6.8%(OECD)、13~22年が7.0%(Oxford Economics)54となっており、これらの見通しより1%程度低くなっている。
仮に、高度成長期から中所得国の罠に陥った場合は、投資率の大幅な減少、人的資本の改善の伸び悩み、生産性向上の鈍化が生じることが見込まれる。その場合の影響は、例えば投資率が更に10%低下した場合は0.7%、教育水準が現在の水準で推移した場合は0.3%、生産性の伸び率が現在の水準で推移した場合は2.0%、13~22年の潜在成長率をそれぞれ押し下げることが見込まれる。
2.世界との連関の進展
以下では、財、資本それぞれの取引を通じて、中国経済が減速した場合の影響の波及メカニズムについて検討する。
(1)貿易を通じた連関
前述のように資源国のGDP成長率と中国GDP成長率との弾性値が特に高まっている背景には、中国の輸入構造の変化があると考えられる。2000年以降の中国の輸入を地域別にみると、オセアニア等資源国に当たる地域のシェアが拡大している(第2-3-4図)。
GDP規模上位15か国の輸出に占める中国向けのシェアの推移を確認すると、やはり資源国の中国向け輸出シェアの拡大が顕著である(第2-3-5図)。また、地理的に近い日本や韓国でも中国向けのシェアが拡大している。
中国の財別輸入をみると、一次産品(素材)のシェアが2000年と比較して11年で2倍以上となっており、中国の急速な経済成長とそれによる資源等の需要の拡大がこれら財の輸入を増大させたと考えられる(第2-3-6図)。このことから、中国経済が減速した場合には、一次産品輸入が減少することにより、資源国の成長に影響を与えることが考えられる。
また、中国は投資主導型で成長してきたことから、その投資が減速した場合には、資本財輸入が減少することにより、これらの財の輸出国の成長に影響を与えることが考えられる。そこで、90~11年のデータを使用して中国の投資と資本財輸入、一次産品輸入それぞれの相関をみると、一次産品輸入とはほとんど相関がみられないが、資本財輸入とは相関が高いことが分かる55。中国の資本財輸入のシェアは減少しているものの、これらの財を輸出している国については中国の投資減速に伴って一定のインパクトがあることが予想される。
(2)資金を通じた連関
世界金融危機等の経験を念頭におけば、大きな経済規模を持つ国からの経済ショックの波及には、上記でみたような貿易を通じたチャネルのほかに、資金フローを通じたチャネルもあり得る。加えて、アジア諸国は90年代の前半までは「アジアの奇跡」と形容されるほどの高度成長を誇ったが、間もなく97年に通貨危機を経験したことも想起される。
しかし、中国の国際金融体制は、管理フロート制と対外資本移動の規制という、比較的自由度の少ないものである。特に、資本流入については、直接投資は認める一方、証券投資は厳しく制限するなど、流動性の高い資金流入は強く規制している。この点がアジア諸国や中南米諸国とは異なっている。
また、中国の為替制度は、ドルにペッグした固定レート制であったが、05年に管理フロート制に移行した。最近は、この下で徐々に為替レートは上昇しており、05年から13年にかけて、人民元は4割程度増価している。
しかし、2000年代後半には経常収支が大幅な黒字傾向で推移する中で元高圧力が高まり、当局は大幅な為替介入を行った。この結果、外貨準備残高は12年には3.31兆ドルに達している。また、米国債の保有をめぐる状況をみると、中国は世界でもっとも多く米国債を保有する国であると同時に、中国の外貨準備高に占める米国債の割合も3割以上を占めていることが分かる(第2-3-8図)。
為替介入を行うことによる外貨準備残高の増加は、不胎化できない限り国内マネーサプライの増加につながる。前節でもみたように、マネーサプライ(M2)は09年には前年比3割近く上昇しており、金融政策が対外経済環境に左右される度合いが高くなっているとも解釈できる。
一方で、資本取引規制については、若干の規制緩和を行ったものの、基本的には規制を維持している。しかし、この点について、制度(de jure)では資本移動を遮断しているが、実際(de facto)は資本移動が行われていることが指摘されている。
制度上の規制の強さについては、それを評価するための幾つかの指標が開発されており、各国比較をすることができる。代表的なものの一つであるThe Chinn-Ito Indexによれば、70年以降の資本取引規制の自由化の動向を概観すると、各国・地域では香港、日本、シンガポール及びアメリカでは順次自由化を行っており、韓国も近年は自由化を進めている。ただし、中南米諸国やその他のアジア諸国・地域では資本取引規制を継続しているか、一時的に自由化を行ったものの再規制を行うケースも見受けられる(第2-3-9図)。中国は資本を完全に遮断しているわけではないが、高い規制レベルにあることが示されている。
他方、実際の中国における海外金融資本市場との統合程度については、幾つかの指標からみることができるが、それが進んでいることがうかがえる。特に、最近は人民元の先高観もあり、様々な形で資本が流入している模様である。例えば、13年には輸出額を水増し(過大申告)することで海外から中国国内に資金を流入させた疑惑が浮上している。特に、香港経由の貿易額のかい離が大きく、香港を経由してホットマネーが流入していると考えられる(第2-3-10図)。
加えて、中国への資金の流出入の状況56を資本収支の状況から確認すると、直接投資の形での流入も顕著である。一方で、対外直接投資も2000年代半ばから増加しつつある。
また、銀行の中国に対するエクスポージャは、このところ増加傾向にある。13年4~6月期時点では中国への与信は約5,000億ドルであり、インドの約2,500億ドルの2倍となっている。中国への与信の割合が大きい国をみると、日本やアメリカ等の主要先進国及び資源輸出国であるチリやオーストラリアが上位にあることが分かる。それぞれの国の対外与信に中国が占める割合は4%程度であるが、その割合は世界金融危機前のピークの08年4~6月期と比較すると3%程度上昇している(第2-3-12図)。
ただし、外国銀行の与信(GDP比)をみるとその割合は低い。アメリカの32%、日本の12%と比べると中国は7%であり、外国銀行の中国への与信の規模は必ずしも大きくないともいえる。
このように、経常黒字体質の下、人民元の先高観がある中で、規制を回避した資金流入もあることを踏まえると、現在の規制を維持するのが難しくなっていく可能性がある。先行国と同様、資本の自由化、為替の自由化が徐々に進むことが考えられる。事実、中国政府は、これらの自由化について、長期的な課題と位置付けている。前節でみたように、資本自由化は、資本流入の増加を通じて好況期の到来をもたらすが、金融資本市場が過熱した場合はその崩壊によって経済の大きな落ち込みを招くおそれもある。そのため、資本取引の自由化は金融資本市場のプルーデンス政策の整備とともに進めることが重要といえる。
3.中国経済の構造変化の影響
以下では、中国経済が成熟化した場合の財、資本の連関を通じた世界経済への影響について検討する。
(1)消費主導に向けた転換
中国は投資主導から消費主導への転換をマクロ経済運営の重要課題に掲げてきた。消費主導型への転換のためには社会保障制度や戸籍制度等、様々な改革が必要となるため、これまでのところその取組は十分に成功したとはいえないものの、中長期的には所得の拡大に伴って耐久消費財や、更にはサービスを中心に市場が拡大することが見込まれる。
それでは、中国を始めとする新興国の所得増加は世界の消費市場にどのようなインパクトを与えるのかみてみよう。これを世界全体における中所得者層57による消費のシェアの推移からみてみると、中国及びインドを始めとする新興国での堅調な経済成長が続いた場合、2000年にはアメリカ、EU及び日本で7割程度を占めていた中所得者層のシェアは徐々に低下し、25年には中国及びインドの消費のシェアが先進諸国を上回ると見込まれている(第2-3-14図)。
また、中国では、経済の成熟化に伴って都市化が進展し、農民工等の農村出身者の教育等へのアクセスが徐々に改善されていくことで所得水準が底上げされ、消費主導型経済への転換が更に進んでいくことが期待されている。中国では、90年をピークに農村人口が減少に転じ、15年には都市人口が農村人口を上回る見込みである。また、過去は人口50万人以下の比較的小規模な都市に所属する住民が多かったのが、25年には人口500万人以上の都市に在住する都市住民の割合が3割近くに達するなど、人口の集約が進んでいくことが見込まれている(第2-3-15図)。
加えて、中国では富裕層向けの市場も拡大することが見込まれている。都市世帯における収入別の家計数の各国比較をみてみると、20年には中国の都市部では3万4千ドル以上の所得層は2千万世帯を超えるとの推計がある。これは20年当時の日本やドイツの同所得層とほぼ同規模であり、これらの層向けに強みを持つ先進諸国にとっても大きなビジネスチャンスが生じる可能性があるといえる(第2-3-16表)。
消費の構成についても、所得向上に伴って変化が生じると見込まれている。10年時点では、家計消費のうち食料及び衣服のシェアが50%近くを占めていた。しかし、例えば所得水準が最も高い上海市では、食料及び衣服のシェアは40%程度であり、娯楽や交通通信等の裁量的経費が多くなることが分かる(第2-3-17図)。このように、消費額の増加によって消費の質も成熟化が進んでいくことが期待される。
市場拡大が期待される耐久消費財としては、例えば、自動車や冷蔵庫等が挙げられる。自動車や冷蔵庫の普及率は主要国と比較すると低い水準に止まっており、今後の成長が期待されている(第2-3-18、第2-3-19図)。
加えて、中国も都市部においては洗濯機、冷蔵庫、カラーテレビ等はかなり普及しているものの、今後は環境に配慮した製品等への買い替え需要が高まる可能性もある58。
(2)貿易の高度化と競合
中長期的な傾向として中国の貿易は次第に高度化しており、今後も輸出産品について高付加価値化が進められることが予想されるため、先進国を中心に競合関係が生じることも予想される。
まず、中国の最大の輸出相手国であるアメリカの輸入に占める中国のシェアの推移をみてみると拡大していることが確認できる。アメリカの輸入シェアは、80年代は日本が約20%を占めていたものの、90年代以降は中国及び韓国のシェアがやや拡大し、特に10年以降は中国のシェアが20%近くにまで拡大している(第2-3-20図)。
ただし、付加価値ベースの輸出をみてみると、中国の総輸出に対する国内付加価値の割合は、09年時点で70%を切っている。国内付加価値の割合は、鉱物資源を保有する国や先進国が高い傾向にあるが、中国は、メキシコ、タイ、韓国等の工業国に近い割合である。このことから、中国が世界的なサプライチェーンの一部として組み込まれていることがうかがえる(第2-3-21図)。
世界的なサプライチェーンの変化によって、輸出競争力が低下した場合はほかの競合国にその地位を奪われるおそれがある。中国が世界の工場としての地位を保てなくなった場合は、製造業を核とする成長が十分には進まず、サービス業主体の内向きな経済となる可能性もある。それを回避するためには、貿易の高度化が不可欠である。
この点、中国と先進国等との競合関係を貿易構造の類似性を示す貿易相関係数59の推移で確認すると、中国は資源国であるオーストラリア等や最終需要地であるアメリカとの競合は低いものの、日本、ドイツ及び韓国との相関係数は上昇傾向にあり、競合が生じつつある可能性を示唆している。これを80年代後半まで中国と同様の高度成長期を続けていた韓国と比較してみると、日本、ドイツと並びアメリカについても相関係数は上昇傾向にあり、競合が生じつつあることがうかがえる(第2-3-22図)。このように、中国が産業の高付加価値化を進めていった場合、先進国では競合が激しくなる可能性がある。
(3)サービス貿易の進展
中国の貿易を通じた中国の世界経済との連関の中では、サービス貿易の発展も想定される。これは、中国におけるサービス需要の拡大に加え、中国の輸出財が高度化し、繊維から鉄鋼、家電、半導体等へと高度化するにしたがって、先進国からの輸出は貿易のメリットを享受しやすいサービス分野にシフトしていくことも考えられるためである。
まず、中国のサービス貿易の推移を確認すると、輸出・輸入ともに拡大しているが、貿易の総額に占める割合は、10%前後にとどまっており、20%前後のアメリカ、ドイツ、日本等の先進国や約30%のインドに比べるとその割合は小さい(第2-3-23図)。また、サービス貿易の規模は12年にはアメリカの約16%に達しており、中国の経済規模の拡大に伴ってその割合は上昇傾向にある。
また、中国のサービス貿易とGDPの推移を確認すると、輸出・輸入ともGDPの拡大とともに増加しているが、特に10年以降はサービス輸入の伸びがサービス輸出の伸びを上回っている(第2-3-24図)。
中国のサービス輸入の分野別の割合をみると、日本や韓国に比べて、旅行や輸送の割合が大きいことが分かる(第2-3-25図)。さらに、中国は、建設分野の割合が小さい反面、保険分野の割合が突出して高い。中国は、日本や韓国と比べて、特許権等使用料、教養・娯楽サービス分野の輸入割合が小さく、これらの分野は、中国の経済発展に伴い、裁量的支出が増加する結果、拡大していくことが期待される。中国政府は、「サービス業発展第12次5か年計画」において、サービス業発展のために外資誘致を掲げており、保険や金融サービス等の中国の競争力の低いサービスや、高齢化を背景に拡大が見込まれる医療・介護関連サービス等は、外国企業の進出が期待される。
また、中国の消費需要は、所得水準の向上に伴って、前述の耐久消費財に加えてサービス分野についても今後拡大していくことが期待される。娯楽及びホテル、ケータリングについて、消費に占める割合を一人当たりGDPと比較すると、中国はいずれも低い水準に止まっている。これらの支出は一定の所得水準を超えると所得向上に伴って拡大する傾向があるため、今後はこれらの需要が拡大する可能性もある(第2-3-26図)。
このような中国におけるサービス化の進展の結果、中国への対内直接投資についてもサービス業への投資が拡大する傾向がみられる。対内直接投資のうち、製造業は11年10~12月期以降、前年比マイナスで推移している一方、卸・小売業の対内直接投資の伸びは堅調に推移している(第2-3-27図)。これは、人件費の上昇から製造業が中国に第三国輸出のための生産拠点を求める誘因が徐々に薄れてきた一方、所得上昇による国内マーケットの拡大が卸・小売業進出の誘因を強めていることが考えられる。