第2節 経済のソフトランディングへの課題
2008年の世界金融危機に際し、中国の政策当局は08年11月に4兆元(GDP比約13%)の大規模な景気対策を発表した。金融危機による下押しの影響は、これらの景気対策に加え、対外的に資本取引を制限していることもあいまって、その他の新興国とは異なり資金流出等の金融面での影響も含め比較的軽微であった。しかし、この過程で金融機関の信用創造(GDP比)は08年の125%から10年には153%に増加しており、資産市場過熱の顕著な例として住宅価格の大幅な上昇がみられた。他方、上記の景気対策の終了を背景に、11年以降、成長率の緩やかな低下傾向がみられている。こうした中で、中国では過熱した住宅市場が崩壊するのではないか、経済が急速な減速過程に入っているのではないか、などの懸念も聞かれるようになっている。
本節では、こうした点について検討するため、現在の住宅市場過熱の様相、資金需要主体の動向、信用拡大を作り出した金融システムの発展段階からみた状況について、過去の住宅市場過熱の事例等と比較検討する。さらに、政策的に経済を軟着陸させるための課題について検討する。
また、前節に引き続き、 長期の高度成長を遂げたのちに中所得国の罠に陥った諸国としてアルゼンチン、ブラジル、チリ、マレーシア、メキシコ、タイ、安定成長を続けた諸国として日本、アメリカ、韓国、香港、シンガポールを中国との比較対象に取り上げることとする。
1.金融発展からみた調整の展望
以下では、中国の住宅市場過熱の様相を確認し、金融システムの発展状況やその背景を振り返る。それとともに、各国がそれぞれどのような金融市場や経済構造を有しており、それが危機への対応や成長力にどのように影響を与えたのかを比較分析することとする。
(1)住宅市場過熱の現段階
まず、中国の住宅価格の動向を各国と比較することにより、現在の過熱の程度を分析する。過去に住宅ブームが起こった各国について、不動産価格の推移についてみてみると、総じてそれに関連する金融危機開始の数年前に価格が上昇し、危機時には下落する傾向がある。中国の現在の上昇幅は、世界金融危機前の英国と同程度の動きを示しており、過去の住宅ブームと匹敵するような程度となっている(第2-2-1図)。
次に、不動産価格の推移を年収比でみると、中国の現在の水準は過去の日本やアメリカの不動産ブームの時期と比較しても、比較的高い傾向にある(第2-2-2図)。中国は高い成長率が見込まれていたため、日本やアメリカと比較すると高水準となりやすい事情はあるものの、今後は成長率が中長期的には低下することが予想され、住宅価格の調整を通じた景気下押しリスクの発生に留意する必要がある。
各国では、不動産ブームの前には経済的なファンダメンタルズの改善を背景として不動産価格の上昇期待が高まり、それに金融自由化等で生じた資金余剰の流れもあいまって、投機的な需要を引き起こすことが不動産ブームの要因として指摘されている27。
(2)資金需要の拡大
次に、経済の発展段階の違いも踏まえつつ、最近の資金の需要面の動向について検証してみよう。例えば、経済発展の初期段階では企業部門向け融資が拡大する傾向にあるが、その後は所得水準の上昇に従って住宅ローン等の家計向け融資が活発となることが予想される。このような資金需要の変遷について、各国の状況を以下で確認する。
まず、各国の資金運用先の内訳を確認すると、総じて経済発展の初期には企業部門向け融資が拡大し、次いで家計向け融資の割合が拡大していることが分かる。また、危機前後の比較でみると、アジア諸国では97年前に企業向け信用が拡大してその後縮小し、アメリカでは07年前に家計向け信用が拡大したのちに縮小した。これらの部門における過剰な信用拡大が行われた可能性がある。このように、金融危機は企業部門向け融資の拡大と家計向け融資の拡大のいずれの段階でも発生していることが分かる。中国は企業向け信用(GDP比)がまず高い水準となり、最近にかけては家計向けも拡大傾向にある(第2-2-3図)。
なお、企業向け信用や家計向け信用の拡大と経済成長との関係に着目すると、過大な信用の拡大は経済成長にマイナスの影響を与える可能性もある28。
次に、企業についてみると、中国は国有企業が大きなプレゼンスを有するものの、累次の改革で民営化等が進められている。その結果、中国における一定規模以上の企業約34万社のうち、国有企業は社数では約2%となっている。しかし、国有企業は鉄道、石油、住宅・不動産開発等の大規模な資本投下の必要な業種で、独占・寡占的な地位を持つ傾向がある。大企業に占める国有企業の割合についてみてみると、中国は諸外国の中でも比率が高く、世界企業ランキングのフォーチュン2000の各国トップ10企業の売上、資産及び時価総額のうち、中国の国有企業のシェアは9割に達している(第2-2-4図)。08年に発表した景気対策においては、これらの企業をはじめとして借入が拡大しており、それが過剰融資・過剰投資につながった可能性が指摘されている。
国有企業は、もともと利潤追求のインセンティブが弱いという問題がある。これに対して中国は2000年代に株式市場化の推進等により国有企業の経営改革が進められ、その結果、経営効率は改善し、総資産利益率(ROA)は上昇傾向にあった。しかし、08年以降は、製造業の国有企業は製造業全体と比較して、ROAが低水準で推移している。景気対策等に対応し、国有企業は過剰投資を行い、それ以外の企業と比べて投資が非効率的なものであった可能性がある。一方、銀行業では国有銀行と株式銀行は同水準で推移している(第2-2-5図、第2-2-6図)。銀行業界では90年後半に不良債権処理、03年に銀行改革が行われた結果、経営効率は改善傾向にある。08年以降の影響も現時点では顕在化していない。
また、地方政府の資金需要についても特徴的な動きがみられる。地方政府は、地方債の発行が制限されており、この規制を回避するために「融資平台」という投資体を設定しそれが債券を発行することにより資金調達している。地方政府は開発に当たって農民から土地を買い取り、それを集積して大規模開発を行うことにより価値を高めて、転売している。その際の収入が地方政府の重要な収入源の一つとなっている29。地方間財政調整(再分配)システムがほとんどないため、財源を自ら確保する必要がある中、地方政府にとっては、収入源の基礎となる地価抑制に取り組みにくい構造になっている。地方政府が融資平台を通じた資金調達を拡大させた結果、13年の融資平台の債務は中国国内外の研究機関や研究者らによって約20兆元(12年GDP比約38%)に達していると推計されている30。
なお、中国の地方政府の幹部にとっては、その経済運営上、経済成長率が重要な目標として位置付けられている。したがって、宅地開発等の住宅関連の投資や、関連企業の行う設備投資等は、目標を達成する手段として、重要なものとなっている。このように、中国では地方政府が投資を優先させることが合理的となるインセンティブ構造があり、それが投資の拡大につながっている可能性があるとの指摘もある。
このように、資金の需要側からみると、中国では住宅の購入主体である家計に対する信用の拡大というより、国有企業、地方政府等が過剰投資となる傾向がある。
(3)金融発展から見た位置付け
以下では、中国の金融部門の現況を発展段階から概観する。東南アジア等の先行国にもみられる共通点として、発展の初期段階では国有銀行を中心とした強度な規制システムが支配的であったのち、民間参入、直接金融市場の創設、金利等の自由化等により、長期的に市場化が進められてきたことが挙げられる31。
こうした観点から、各国の金融発展について確認してみよう。金融発展の軌跡については、前述のように、(1)民営化、(2)市場の整備、(3)金利自由化から整理できる。
第一の民営化の状況については、中国では間接金融が拡大する中で、国有銀行に中心的な役割が与えられた。国有銀行が本来的に持つ利潤動機の弱さやコーポレートガバナンスの弱さの問題32は、90年代の経営悪化問題として現れた後、2000年代に銀行改革により経営効率も一定程度改善した。94年に中国農業銀行、中国建設銀行の政策金融部分が別行に移管されるなど商業銀行化が進められているが、中国銀行、中国工商銀行を含めた国有4大銀行の資産シェアは銀行資産全体のほぼ半分を占めている。それと並行して、80年代より城市信用社33の商業銀行化が認められ、03年以降は国有4大銀行の株式会社化が進められるなど、民営化・市場化が進められている。しかし、世界金融危機後の景気対策時には、国有銀行の役割も大きかったとみられる34。なお、銀行の発展は、従前の非正規の金融(民間金融・地下金融)に対して銀行がとって代わるものといえる。経済発展に伴う金融深化の中で、銀行貸出の比率は上昇している35。
第二の金融市場の整備状況について、間接金融と直接金融の発展段階に着目すると、東南アジア等先行国の場合と同様、中国でも銀行の整備が株式等の直接金融市場に先行した。それぞれの割合をみると、近年のアメリカ、韓国及び香港は直接金融型、その他の各国・地域は間接金融中心型に位置付けられる。総じてみると、各国とも、株式時価総額が拡大傾向にあり、直接金融の割合が上昇していることがうかがえる(第2-2-7図)。
なお、金融市場の発展は、限度を超えると必ずしも安定的な経済成長にとってプラスとならない可能性がある。例えば、民間部門の信用供与について一定程度の規模を超える場合は、金融システムが過熱している場合が多く、それによって誤った資源配分が行われ、景気後退のリスクが高まるため、成長に対してマイナスとなる傾向があるとの指摘もある36。このように、過度の信用供与がもたらし得る副作用には留意が必要である。
第三に、金利等の自由化に着目すると、中国は金利が規制されている。預金・貸出金利は規制されており37、その差(利ざや)が銀行利益として確保されている。この下で、預金金利はしばしば物価上昇率を下回っており、実質利子率がマイナスとなることもあった(第2-2-8図)。家計にとっては、利回りの低い預金金利に投資機会がほぼ限られている状況にあり、それがプルーデンス政策の弱さともあいまって、後述の「理財商品」が高利回りの投資としてブームとなった背景となっている。
また、実質貸出金利では、中国はほかの新興国と比較すると低水準で推移している。これは貸出基準金利が規制されていたことが要因であり、中国では相対的に過剰投資が行われやすい環境にあることがうかがえる。
一般的には、各国の金融自由化は、70年代以降に大きく進展した。各国ごとに進捗具合は異なるが、金融自由化による国際資本移動の活発化は、株式市場等の活性化につながり、その後好景気をもたらしていることが分かる(第2-2-9表)。一方で、それが資本市場の過熱につながり、ブームの崩壊後に資本流出を引き起こし、経済危機に陥る例が多くみられる。なお、中国ではいずれの自由化もいまだ実現していない。
以上のような金融市場の整備状況について、中国の直接金融について着目すると、市場機能の拡大が進められている。93年には株式市場及び社債(企業債)市場が整備された。株式については、他の先行国と比較しても規模においては深化が進んでいる38(前掲第2-2-7図)。また、社債については、地方政府を後ろ盾として設立された融資平台や国有企業を中心にこのところ拡大している。一方で、必ずしも民間企業の資金調達の多様化にはつながっていないとの指摘もある。
市場の拡大に関連して、金融の技術革新による新商品の利用も進んでいる。最近は、銀行がオフバランス取引として、信託商品、委託商品等の形で、家計や企業から資金を集めて、資金需要者へ資金を仲介することが増加しており、この部分は銀行の預貸比率規制の枠外にある。こうした銀行規制外での金融活動は「シャドーバンキング」として他の先進国でもみられるものであり、アメリカでのサブプライム問題の反省から、その規制の在り方も議論されているところである。なお、シャドーバンキングの規模39を比較すると先進国が圧倒的に大きく、中国のシェアは1%程度と見込まれている。
中国では、シャドーバンキングのうち、銀行等のオフバランスの信託商品である、いわゆる「理財商品」の急拡大が問題視されている。理財商品の状況をみると、12年末の残高は約7.1兆元であったのが13年6月には約9.1兆元に達するなど、大幅に増加している。これは、高利回りの投資対象として選好が強まったことが背景にある。加えて、理財商品をはじめとするシャドーバンキングの拡大は、中小企業等の資金調達を補完する側面もある。いずれにせよ、理財商品の拡大等により、中国のシャドーバンキングの規模はGDP比でおおむね40%に達していると見込まれている(第2-2-10図)。
理財商品の問題点としては、(1)3か月程度の短期で資金を調達し、それを不動産等の長期プロジェクトで運用していること、(2)元本保証は無いケースがほとんどであるのにもかかわらず、預金者(正確には出資者)である一般の個人は銀行による暗黙の保証を期待しリスクを認識していない可能性があること、(3)銀行にとっては、オフバランス取引であり元本保証の必要はないものの、銀行の信用を維持するために預金者の理財商品の価値の確保を強いられる可能性があり、その場合、銀行経営内容が悪化すること等が指摘されている。
以上から、中国では金融の自由化や市場の発展が徐々に進む中で、08年に発表した景気対策もあって大規模な信用拡大が生じており、この中で国有銀行が国有企業等向けの融資に依存する動きや、自由化が住宅市場の局所的な過熱を招いた動きもあり、これらが金融資本市場の過熱懸念を生んでいる背景にあると思われる。
2.経済政策の課題
中国経済は、世界金融危機後の景気対策がおおむね終了した11年以降、傾向的に減速してきた。同時に、上記にみたような構造を背景に、資産市場・信用市場の過熱も懸念される状況になっている。第1章でみたように、昨年から今年にかけてのマクロ経済運営は、金融政策は緩和方向をベースとしており、財政政策についても需要下支えのための微調整で臨んでいる。
危機が生じた場合の影響について、60年以降の各国の銀行危機40を概観すると、中南米諸国では80年代、アジア諸国では90年代に頻発している。そのうち、中国と同様に過剰投資が問題となっているケースに絞るため、銀行危機の前年又は2年前までに3年以上連続で固定資産投資(GDP比)が上昇しているものに着目すると、日本の80年代後半の不動産市場過熱等を含めて9ケースある。これらの国のGDPの推移を銀行危機前の5年間の平均との差で比較すると、危機直後から危機後10年までの間に成長率が過去のトレンドより総じて低い水準で推移しており、過去のトレンドと比較すると平均で4%程度落ち込んでいることが分かる(第2-2-11図)。
本項では、以上のような危機が生じた際に成長力維持のための影響緩和策を実施できるかという観点から、財政及び金融のフレームを確認するとともに、経済政策における課題を整理する。
(1)経済減速への対応能力
中国のマクロ経済運営については、当局の統制力、財政余力という観点から概観したい。政策当局の統制力が強い点として、中央統制経済の性格をなお有しているとみることもできるが、具体的には以下のような点が挙げられる。
まず、経済運営の枠組みである各年度の経済見通しに基づく政策運営や臨時の景気対策等は、政府各部の指導の下、地方政府によっても実施される。また、金融面においても、国有銀行・国有企業を始めとして、比較的コントロール度合の高いチャネルを通じた量の調整が可能である。
金融政策については、金融政策の独立性が担保されておらず、金利も規制されているため、短期金利の変更を通じた長期金利のコントロールというチャネルは用いられず、預金準備率の変更を通じた信用量のコントロールや窓口規制が主な手段となっている。
中国の財政余力について概観すると、財政赤字(GDP比)はおおむね3%前後で推移している。また、公的債務残高(GDP比)の推移についてみると、中国は50%以下と、各国と比較しても低い水準にある。
次に、金融機関のショック対応能力を確認すると、中国は不良債権比率や自己資本比率からみても、比較的対応能力は高いとされている。各国の2000年以降の不良債権比率の推移についてみてみると、金融危機後に不良債権比率が上昇する傾向がある。2000年代前半はアジア諸国・地域はアジア通貨危機の後遺症で高い比率となっており、後半は世界金融危機の影響もありアメリカで上昇している。なお、中国の現在の不良債権比率は低い水準にあるものの、2000年代前半には30%前後で推移しているが、10年以降は1%程度で推移している41(第2-2-12図)。また、商業銀行の自己資本比率は08年以降11%以上で推移しており、BIS規制の最低基準である8%を超えている。
なお、中国の金融面における政策対応能力を示す例として、90年代から2000年代前半にかけて銀行の不良債権処理を行った経験も指摘できる。
コラム2-1:中国の不良債権処理の経験
中国における2000年代初頭の不良債権は、金融資産管理会社(略称AMC)が国有商業銀行から不良資産を買い取り、不良債権を切り離していくことで処理された。95年における国有商業銀行の大量の不良債権発覚と、その後のアジア通貨危機と中国経済の成長率の落ち込みにより、中国政府は不良債権問題の深刻さを認識し、その後の不良債権処理に取り組むこととなる。99年にAMCが中国政府の認可を経て設立され、翌年11月に中国政府は「金融資産管理会社条例」を制定し同会社の役割が正式に定められた。この管理会社が不良債権を受け継ぎ、管理・処分する「非銀行業金融機関」となり、政府の出資によって運営されることとなった。
AMCは全部で4社設立され、中国華融資産管理会社、中国長城資産管理会社、中国東方資産管理会社、中国信達資産管理会社が、設立初期においてはそれぞれ中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行の不良資産を簿価で購入した上で、管理、処分した。国有銀行から継承されたこれらの不良債権は、銀監会の統計によれば06年3月末までに8,663億元の不良債権が処理され、うち21%は現金で回収され、残りは中央政府財政支出で相殺することで処理されたと見込まれる。また中国政府は、04年に中国銀行と中国建設銀行に計450億ドルの外貨準備を拠出して、資本金注入を行っている。同年には政府より「資産管理公司目標考核責任制方案」が打ち出され、06年末までをめどに当初の設置目的である国有銀行の不良債権処理を行うことが明確化されたこともあり、AMCはそれ以降の経営方針を見据えた上で、政府当局の認可を経て商業化し始め、他の金融機関の不良債権の処理等の業務も手掛けるようになり、現在に至っている。
以上のAMCによる不良債権の処分により、中国の不良債権比率は大幅に改善した。03年末の段階で、主要銀行(国有商業銀行を含む)における不良債権額は、2兆4,000億元(約34兆円)、当時の中国の名目GDPの約2割、全融資額の18%に上っていた。2000年代以降中国の銀行の不良債権比率は次第に低下し、12年末時点で0.95%と比較的低い水準で推移している(前掲第2-2-12図)。06年以降のAMCによる不良債権処理実績については、公式な統計はないものの、一部報道では09年までの10年間で1.9兆元、うち4,200億元を現金回収したとされている。
AMCの設立による銀行からの不良債権切り離しについては、銀行側のモラルハザードを生み出しかねないなどの批判もある。また、13年に入り、シャドーバンキング問題等が広く報じられ、IMFも中国の融資の拡張に懸念を表明しており、国内外において中国の不良債権問題再燃への懸念は尽きない。AMCが、今後の不良債権問題及び金融システム安定に関し、どのような役割を果たしていくかも注目されるだろう。
以上を背景に、政策当局は裁量的・微調整的な運営の能力があり、実際に行う傾向にある。また、いわゆる政策の実施ラグは比較的短く、例えば、世界金融危機後の4兆元の景気対策は08年11月に発表、09年初めからの実施と、諸外国と比べても早いスタートとなった42。
こうした政府のコントロールの強い面がある一方、マクロ政策として緩和的な側面が出やすいというバイアスもある。
まず、金融政策においては、為替レート制度が変動相場制でないということから、過剰流動性の発生を抑制しにくい環境にある。経常収支が黒字傾向にある中で、管理フロート制の下、当局は元高圧力を緩和するため積極的に為替介入を行ったが、これは不胎化しない限りマネーサプライの増加につながる。実際、マネーサプライ(M2)は09年には前年比3割近く上昇するなど、世界金融危機以降の世界的な金融緩和の影響もあり金融緩和バイアスが働きやすかった。
また、地方政府レベルにおいては、前述のように、不動産価格の上昇が政府収入につながるというインセンティブ構造にある。地方財政調整システムが十分でない中で、住宅価格の上昇により一定程度の地方政府の歳入を維持している以上、住宅価格が依然として上昇傾向にあっても急激な引締めをしにくい(第2-2-13図)。
さらに、中央銀行の独立性がないことも、それ自体での評価は難しいものの、政府の成長重視バイアスもあり過熱に対する引締めが遅れがちになりやすいという点も、各国の経験から指摘できよう。
このように、中国は減速に対しての一時的な対応能力は高いといえる。ただし、上記のように緩和気味になりがちな諸要因がある中で、適切なバランスを取ることが課題といえよう。
加えて、中央統制の度合いが強いことと裏腹だが、金融資本市場が十分に発達していない。このため、中国はこれらの市場動向に左右される度合いが小さい一方、発達した金融市場においてしばしば得られる、先行き警戒に関するシグナル発信機能が少ないところがある43。早期の対応を可能とするには、設備及び資金の需給や先行き等に関する現場状況を集約し、それを代替的に入手することが重要となる44。また、これらの統計情報の整備やその他経済情報の把握につとめ、認知ラグの短縮化を図ることも課題である。
(2)減速対応と構造改革の間の狭い道
上記にみたように、中国はその統制の強さから、経済の減速への対応力は比較的高いと考えられる。他方、景気対策の中でも、国有企業や地方政府に一定の依存をすることによる課題として、これまでも過剰投資や不良債権問題等があった。これらの問題に抜本的に対処するためには、金融市場改革や国有企業改革等、構造的な対応が求められることになる。
まず、財政については、地方政府の収入構造を見直すことが課題である。地方財政の調整制度が不十分であるため、地方政府が融資平台を通じて金融機関や市場から資金調達をし、不動産開発を行っていることが、不動産価格の上昇期待とあいまって不動産市場の過熱を生む原因となっている。これら債務の不良債権化を懸念する議論もあるものの、公共財は利益を生む性格のものではなく、その意味での通常の「不良債権」という位置付けとはなじまない面もある。むしろ、地方政府の不動産開発に関する負債増加に問題があるとすれば、市場ベースでの不動産開発の形をとりながら政府による暗黙の保証を予期させることで投資リスクが過小に評価され、資金が過剰に調達されてしまう構造にあるといえよう。
また、金融部門の役割についても、中長期的な成長力の強化に資するような改革が必要である。金利規制の結果、全体として家計部門から銀行・企業部門への移転が行われていた。金利規制の縮小は、銀行の利ざやの縮小となり、投資機会が制限されていた家計にとって利回りの高い投資機会を提供することで、結果として消費の喚起にもつながるものと見込まれる45。また、国有企業に対する国有銀行の融資についても、全体的な利潤動機の弱さによる問題については2000年代初めの改革によりおおむね改善が行われているものの、国有銀行による低利での融資に過度に依存しないようにすることが課題である。
(i)長期的な財政余力
ソフトランディングを優先し改革を遅らせる場合のリスクとしては、産業の高度化等の遅れによる中所得国の罠への落ち込みとともに、マクロ政策余力の低下も懸念される。
第一は、地方政府債務や年金債務の存在である。地方政府債務については、13年の融資平台の債務は中国国内外の研究機関や研究者らによって約20兆元(12年GDP比約38%)に達していると推計されている。また、年金債務については、中国銀行46は、中国の年金(養老保険)の将来世代が支払う保険料の現在価値と将来世代に支払われる年金の現在価値との差額と、現在の養老保険機関の原資額を比較し、10年時点で16.48兆元もの原資不足が存在するとの結果を得ている。また、ドイツ銀行47は、いかなる改革も行わなかった場合、養老保険制度への政府補てん額は持続的に上昇し、50年にはその年の財政支出の20%以上を補てんに充当しなければならなくなるとし、50年までの累計の養老保険の原資不足額の現在価値は11年現在のGDPの75%に相当するとの結果を得ている。
第二には、中国の財政は高い税収の伸びにより支えられてきたものの、経済成長率の落ち込みにより財政収支が悪化するおそれもある。政府債務残高がある一定の水準を超過すると成長率が低下するという研究結果が報告されている。例えば、政府債務残高がGDPの85%を超過すると成長率に負の影響を与え、成長率低下による歳入減・高齢化に伴う歳出増により債務が増加し、更に成長率が低下するという悪循環に陥る可能性が指摘されている48。また、公的債務の増加は民間資本の蓄積を阻害することにより、成長率に負の影響を与える可能性もある。
以上から、短期的には中国は財政余力が大きいと評価できるものの、地方政府債務の現状や今後の年金債務や財政赤字等の推移を踏まえると、これのみに頼るのには限界があるものと思われる。また、政府債務の累増は経済成長に対してマイナスの影響を与えるとの研究結果が出ていることから、公的債務残高(GDP比)が一定水準を超えると、リスクプレミアムが拡大し、金利が上昇することで借入コストが増加し、企業の投資や家計の消費が抑えられることで成長率に負の影響を及ぼすことが考えられ、政府債務対GDP比を一定程度に保つことは安定的な成長を確保する観点からも重要であるといえるだろう。
(ii)市場インフラの整備
先進国では、不況の期間を通じて、あるいは危機を契機として、持続可能でない企業や産業の効率化が行われることにより、長期的な成長力の維持・向上を実現した面もある。それが円滑に行われるためには、倒産制度・預金保険制度・失業保険といった退出に関する制度や、それに携わる人的な能力の確保といった、不況や危機に対応できる市場インフラの整備も必要となる。中国では、こうしたインフラが充分に整備されている段階とはみられない。
これらの状況を踏まえて、資産価格の上昇そのものではなく、シャドーバンキング問題をはじめとした信用市場の状況に関心が移っている。危機対応のための市場インフラが十分に整備されていなければ、企業倒産や個人破産によって社会的な摩擦を生むことが懸念され、政策運営上も成長減速回避を優先する傾向になる。過去、資産価格上昇率が低い場合でも金融危機が生じている例もみられ、むしろ信用の急拡大が金融危機を予期する上では優れた指標となり得るとの教訓が得られている。また、金融危機の付随した不況は、通常の景気循環の不況よりも深く、回復も遅い傾向にあるとする研究49もある。経済発展の安定化のためには金融危機を未然に防ぐことが重要となってくるものと考えられる。
金融当局の13年における動きをみてみると、プルーデンスの強化に向けた姿勢がうかがえる。人民銀行では、預金保険制度の確立に重点を置き、「預金保険条例」の法制化を推進している。中国銀行業監督管理委員会では、特に地方政府融資平台をはじめ不動産関連のリスク管理の強化を推進するとしている50。
資本取引を始めとした金融市場の更なる自由化については、短期的には痛みを伴うものの、中長期的には金融自由化が制度改革の第一歩となり、経済成長率を押し上げる傾向にある51。中国においても、世界金融危機発生後は、国境を越えた資本の自由な移動は、国内の金融安定を妨げるのではないかとの疑問の声も挙がっている。しかし一方で、資本項目の自由化は、(1)資源の最適な配分をより良好に進め、それが国内の経済成長につながること、(2)人民元の国際化の進展を推進するのに有利であること、というメリットがある。そのため、中国当局としては「資本項目の完全兌換を徐々に推進していく」方針を示している。
このように、中国では金融市場や資本市場について逐次的に改革が進められるのと同時に、法制度の整備等、構造改革の取組も進められている。例えば、各国の2000年代後半の規制改革の状況についてみてみると、中南米諸国は総じて規制改革に対する取組が遅れており、アジアは高水準であることが分かる。その中でも、中国は05年の新会社法等により、49年以来初めて民間企業の破産をルール化するなど、ビジネス環境の整備を進めている(第2-2-14図)。