2.拡大テンポが緩やかになっているインド経済
インドは、中国と同様に人口大国であり、IMFの予測によれば、2011年には購買力平価ベースのGDPが日本を追い抜くとされているなど41、近年成長が著しい。また、産業構造や就業構造は、中国をはじめとする他のアジア諸国とは異なる発展を遂げ、特に、第三次産業の発展が著しいという特徴がある42。
以下、こうしたインド経済の現状についてみていく。
(1)内需中心の拡大傾向が続く成長
インドでは、08年の世界金融危機発生の影響はあったものの、その後回復に向かい、10年度43において、インド政府が財政刺激策の一部縮小や金融政策の正常化等の出口戦略を進める中にあっても、景気は内需を中心に拡大してきた(第2-3-39図)。一方、物価上昇率の高止まりや、10年初からの金融引締めの影響が、消費や投資の面で顕在化しつつあり、11年半ば以降は、拡大テンポがやや緩やかになっている。10月25日には、インド準備銀行(RBI)が、11年度の見通しについて、それまでの前年度比8.0%から、同7.6%へと下方修正を行った。
(i)伸びが低下しつつも堅調な消費
まず、実質経済成長率への寄与度が大きい個人消費の寄与度をみると、08年10~12月期以降は、08年の世界金融危機発生の影響を受けて前年同期比でやや低下したものの、大きく鈍化することなく堅調に推移し、10年半ば以降は、高まりをみせていた。しかし、11年に入ってからの寄与度をみると、再び前年同期比でやや低下している。この要因については、物価上昇率の高止まりによる消費者マインドの低下や、利上げによるローン金利の上昇等が挙げられる。
たとえば、耐久消費財である乗用車販売台数をみると、09年7~9月期以降、前年同期比で2けた台の伸びが続いてきたが、11年4~6月期には、消費者マインドの低下等の要因や、燃料価格の上昇の影響を受けて、前年同期比で1けた台まで減速し、同年7~9月期には、同▲4.3%となった(第2-3-40図)。ただし、この減速の背景には、11年度からの物品税引上げ44懸念によって、11年1~3月期に駆込み需要があったことによる反動減もあるとみられる。さらに、11年4月以降、日本メーカーの販売台数が減少していることから、東日本大震災によるサプライ・チェーン寸断の影響で生産台数が減少したことや、日系企業での大規模ストライキの発生も要因として考えられる(第2-3-41図)。ただし、商用車販売台数や、価格の安さや燃費の良さによって物価上昇や利上げの影響を受けにくい二輪車販売台数は、依然として2けた台の伸びを維持し、比較的好調である(前掲第2-3-40図)。
さらに、自動車と二輪車の州・都市別普及率45を、01年度と08年度について比較すると、ゴア州やデリーといった所得水準が高い州・都市では変化がみられるが、それ以外では、おおむね普及率が低いまま変化がみられない。このため、今後はこのような普及率の低い州・都市での需要増に伴って、インドでは自動車販売が増加する余地は大きいと考えられるが、そのためには所得水準の向上や、インフラ整備等が不可欠である(第2-3-42図)。
(ii)減速傾向にある投資
総固定資本形成をみると、08年の世界金融危機発生によって、08年10~12月期以降、前年同期比はマイナスの伸びとなっていたが、景気回復に伴って、10年1~3月期には2けた台まで伸びは高まった。しかし、10年10~12月期以降は、金融引締めの影響等を受けて減速し、11年4~6月期も1けた台の伸びとなっている46。
また、資本財生産も、10年4~6月期以降、前年同期比2%増以下で推移し、11年1~3月期には同0.5%増まで伸びが低下していた。同年4~6月期は伸びがやや高まったものの、同年7~9月期には09年10~12月期以来のマイナスの伸びとなり、金融引締めの影響が出ていると考えられる(第2-3-43図)。
商業銀行47信用与信残高(非食料部門)をみると、08年末以降の景気減速に伴い、前年同期比は09年11月にかけて大きく低下したが、その後は、設備投資等の資金需要の回復等があったとみられ、増加が続いた。しかし、11年に入ってからは金融引締めの影響もあって、伸びがやや低下している。ただし、依然として、インド準備銀行(RBI)が11年度の想定値(indicative trajectory)とする前年度比18%増をやや上回る水準での推移となっている(第2-3-44図)。
(iii)やや伸びが鈍化する生産
鉱工業生産48は、08年後半からの景気減速を受け、09年前半は前年同月比でマイナスとなったが、その後は堅調な内需等を受けて伸びが高まり、10年1~3月期には前年同期比15%増程度となった。10年半ば以降も、伸びは鈍化傾向をたどっていたものの、これまでと比べても高い水準が続いていた(第2-3-45図)。さらに、11年に入ってからも、11年1~3月期から3四半期連続で伸びは低下している。財別の内訳を寄与度でみると、10年7~9月期以降1%ポイント前後の寄与となっていた耐久消費財が、11年4~6月期には0.3%ポイントまで縮小している。耐久消費財の約2割を乗用車が占めているため、自動車の需要ペースが鈍化していた影響を受けている可能性が考えられる。
(2)インド経済を巡るリスク要因
(i)高いインフレの進行
(ア)中央銀行の目標値を大きく上回る物価上昇率
卸売物価49をみると、11年に入ってからは、食品価格は伸びが低下しているものの、エネルギーや、食品・エネルギーを除いたその他工業製品の伸びは上昇し、総合では前年同月比9%以上という高い伸びが続いている(第2-3-46図)。インド準備銀行は、当面の目標を前年比4.0~4.5%としているが、それを大きく上回る推移が続いている50。この背景には、旺盛な内需や原材料価格の上昇のほか、所得向上によって比較的価格が高い高タンパク食品(卵、牛乳等)への需要が高まっていること、賃金コストの上昇、供給制約等、構造的な要因があると考えられる。
たとえば、供給制約の要因として、農業の生産性の低さ51や物流関係等のインフラの未整備52が考えられる。インフラの整備状況について第11次5か年計画(07~11年度)の中間評価報告53をみると、道路・橋梁、鉄道、倉庫等、物流関係のインフラ整備への投資額は、計画当初比でマイナスとなっており、計画どおりに進捗していない(第2-3-47図)。第12次5か年計画(12~16年度)54では、インフラ整備への投資額は、第11次5か年計画の約2倍に当たる45兆ルピーで検討されており、今後のインフラ整備の進展が注目される。
また、11年から公表されている全国の消費者物価指数をみると、都市でも農村でも、上昇している55。なかでも食品価格は、農村では、物流や保存設備等のインフラ不足等の影響を受けているとみられ、都市を上回る上昇ペースとなっている。また、野菜は、天候要因によって供給量が左右されやすく、変動が激しい(第2-3-48図)。
なお、今後の食品価格に大きく影響する11年度のモンスーン期(6~9月)の降雨量はほぼ例年並みとなっており、穀類生産高についても、インド農業省は、10年度比3.7%増との見通し56を示している(第2-3-49図)。このため、11年度後半の食品価格が供給要因から受ける上昇圧力は、高くはないと見込まれている。ただし、収穫期に洪水等の天候要因により穀物等の生産高が見通しを下回った場合、食品価格が上昇する可能性がある。また、穀物等の生産高は農業収入に関わるため、生産高の減少は、農村地域の消費の下押しとなる可能性があることには注意が必要である。
他方、エネルギー価格については、小売価格統制が行われており、小売業者は、政府からの補助金で市場価格との差の大部分を補っているが、原油等の国際商品価格の上昇もあって、政府の歳出増が懸念されている。このような背景もあって、11年6月に一部燃料57の小売価格が引き上げられたが、補助金は引き続き中央政府財政への圧迫要因となっている58。
(イ)これまでの金融引締めの効果と今後の金融政策スタンスの変化
物価上昇等を受けて、インド準備銀行はインフレ圧力抑制を重要と考え、政策金利を10年3月に引き上げて以降、11年10月25日までに13回(11年に入ってからは5回)の引上げを行ってきた。また、11年5月と7月には、引上げ幅をそれまでの0.25%ポイントの2倍で実施したが、この背景には、相次ぐ利上げにもかかわらず、前述のとおり物価上昇率が高止まっていたことが挙げられる(第2-3-50図)。しかし、10月25日の金融政策決定会合では、11年12月以降は物価上昇率の低下が始まるとの見通しから、次回(12月)の金融政策決定会合で引上げを行う可能性は比較的低いと述べ、これまでの金融政策スタンスからの転換を示唆している。
なお、マネーサプライ(M3)の伸びは、10年に入ってからはそれ以前と比べると低くなっているものの、10年7~9月期の15.0%を底にやや高まっており、インド準備銀行が11年度の想定値(indicative trajectory)とする前年度比15.5%増をやや上回っている(第2-3-51図)。
(ii)常態的な経常収支赤字
(ア)大幅な貿易赤字と特徴的なソフトウェア収支黒字
輸出のGDP比はアジア諸国の中では比較的低い(10年度:15.2%)が、輸出は、08年の世界金融危機発生後に減少し、09年半ばには前年同期比▲30%前後となった。09年の実質経済成長率寄与度では、輸出はマイナスとなっている。しかし、09年10~12月期に前年同期比がプラスに転じた以降は、増加が続いてきた(第2-3-52図)。
輸入も09年半ばにかけて減少したが、09年10~12月期以降は増加に転じている。輸入の品目別寄与度をみると、原油(10年度シェア:3割)以外の寄与は10年10~12月期を底に高まっており、これまで内需を中心として景気が拡大してきたことを背景に、輸入は増加が続いているとみられる。ただし、金等の国際商品価格の上昇の影響もあると考えられる。
次に、貿易収支をみると、金額に変動はあるものの大幅な赤字が常態化している。一方、サービス収支の黒字は増加しているため、経常収支では赤字幅が抑制されている(第2-3-53図)。
この背景の一つとして、第三次産業、中でも不動産・ビジネスサービス(IT産業等)等が高成長を遂げており、中国を含めた他のアジア地域でみられる経済発展の構造と異なっていることが挙げられる59。制度的要因等60により発達しにくかった第二次産業に対して、IT産業のうちのソフトウェア・サービス部門は、インド政府の支援策やBPO(Business Process Outsourcing)61に適した環境が整っていることなどから、発展しやすい条件が整っており、輸出志向型で成長している62。第二次産業の発展の遅れは、工業製品の輸出競争力の強化につながらず、貿易赤字の常態化要因の一つとなっている。一方で、ソフトウェア・サービス部門の発展は、1997年以降のソフトウェア・サービス収支の黒字幅の拡大をもたらし、インドの国際収支構造の特徴となっている。
(イ)不安定な資本収支黒字構造
常態化している経常収支赤字は、資本が流入超過になることによってファイナンスされているため、安定的な直接投資が不可欠である。短期的流入である証券投資は、10年中は資本流入の大半を占めていたが、11年に入ってからは、国内経済や世界経済の減速懸念を受けて減少傾向にあり、今後の動向には注意が必要である(第2-3-54図)。一方、安定的な資本流入が続くためには、対内直接投資が不可欠となるが、外資に対する禁止・規制63、複雑な税制、インフラの未整備等が安定的流入の阻害要因ともなっている。このため、政府は11年4月に外資規制を一部緩和し、さらに、小売業について規制緩和等を今後行うことを検討するなど、投資環境の改善に向けた取組を行っており、今後の市場拡大が期待される。
為替レートの推移をみると、11年8月以降、アメリカ及び欧州での財政問題に端を発する世界経済の減速懸念による質への逃避等から、他のアジア新興国と同様に自国通貨安が進んでいる(第2-3-55図)。自国通貨安は、対外債務の負担増とともに輸入物価の上昇を通じて国内物価への上昇圧力となりうる。インド準備銀行は物価上昇率について、11年12月以降の低下を見込んでいるが、今後の動向に注意が必要である。