1.内需を中心に拡大が続く中国経済
中国では、景気は内需を中心に拡大が続いている。一方で、2010年から物価や不動産価格は高まっており、これらへの対応がマクロ経済運営における重要課題となっている。以下では、まず、高い経済成長が続く中国経済の現状について、内需と外需の両面から概観し、次いで中国経済が、高成長を続ける一方で抱えている主なリスクや副作用について分析する。
(1)高い経済成長を持続
(i)内需中心の成長構造
(ア)目標を上回るペースで成長
まず、実質経済成長率をみると、08年の世界金融危機発生後、前年同期比の伸びは低下したが、同年11月以降、4兆元の対策1を始めとする大規模な景気刺激策(以下、景気刺激策)の効果もあり、09年1~3月期の前年同期比6.6%を底に、回復してきた。その景気刺激策の大部分は10年12月に終了し、さらに、11年夏頃からは、欧米をはじめとする世界経済の回復が弱いものとなっており、これらの景気への影響が懸念されているが、11年7~9月期も、前年同期比9.1%となり、09年7~9月期以降、9四半期連続で9%台以上の成長が続いている(第2-3-1図)。11年3月の全人代(国会に相当)で決定された11年の実質経済成長率の目標は8%前後となっており、その目標を上回って推移していることになる。
(イ)景気をけん引する固定資本投資
07年以降の実質経済成長率の需要項目別寄与度をみると、総資本形成がその半分以上を占め、経済成長をけん引してきたことが分かる(前掲第2-3-1図)。
まず固定資産投資をみると、08年の世界金融危機発生後も、景気刺激策の効果もあって、大きく減速することなく、09年は前年同期比31%増、10年中も同20~25%増程度の高い伸びを続けてきた。11年1~10月累計の前年同期比も、24.9%増となっており、引き続き高い伸びで推移している(第2-3-2図)。
なかでも、不動産開発投資は、11年9~10月は、伸びがやや鈍化しているものの、10年1~2月期以降、おおむね前年同月比30%増を上回る高い伸びとなっている。この背景としては、地方都市では北京市等の主要都市に比べて不動産開発が遅れていることや、不動産価格抑制策の実施が行き届いていないことなどのため、依然として旺盛な不動産開発が続けられていることなどが挙げられる。さらに、中低所得者向け住宅2の建設計画等を受けた投資が進んでいることも、活発な不動産開発が続いている要因と考えられている(詳細後述)。
なお、鉄道関連投資をみると、中国政府が第10次5か年計画(01~05年)や第11次5か年計画(06~10年)でインフラ整備を重視し、高速鉄道建設計画等を進めてきたことなどもあり、年初来累計の前年同期比は05年以降プラスで推移してきた。しかし、11年7月に浙江省で起きた高速鉄道事故の影響等により、7月以降は3か月連続でマイナスの伸びとなっている。鉄道関連投資は、不動産開発投資と同様に鋼材等の関連産業が多いため、今後の影響の広がりが懸念される。ただし、中国政府は、鉄道建設関連への融資等の支援を継続する方針を示しており、長期的な影響は限定的との見方もある。
(ウ)伸びが鈍化しつつも堅調な消費
消費の主要指標である社会消費品小売総額(名目)は、08年の世界金融危機発生の影響を受け、同年8月をピーク(前年同月比23.2%増)に伸びは鈍化したが、09年以降回復し始め、10年中は同18%増程度、11年に入ってからもおおむね同17%増前後の比較的高い伸びを続け、堅調に増加している。また、小売物価指数を用いて試算した実質の伸びをみると、物価上昇率が高い伸びを続けていることもあり、10年8月以降は低下しているものの、2けた台を維持している(第2-3-4図)。
また、一定規模以上3の企業の小売総額(名目)の主要品目別売上をみると、一部品目では非常に高い伸びが続いている。たとえば、11年に入ってからの前年同月比の動きをみると、総売上高に占めるシェアは小さいものの、金・銀・宝石はおおむね前年同月比40%増を超える高い伸びで推移し、建設・内装材料も中低所得者向け住宅等の不動産需要の高まり等を受け、全体を上回る伸びを示している(第2-3-5図)。
一方、総売上高の3割弱を占める自動車の伸びは、前年の高い伸びの反動もあり11年に入ってからは低下し、全体の伸びの低下要因の一つとなっている。
乗用車販売台数をみても、11年に入ってからは、それまでと比べて低い伸びとなっている。この背景には、自動車の買換え支援策4終了(10年12月末)を控えた駆け込み需要等で10年後半に急増した反動や、東日本大震災によるサプライチェーンの寸断の影響を受けた生産減少という特殊要因が考えられる。
さらに、排気量別にみると、09年は政策効果5もあり、小型車(排気量1.6L以下)の前年同期比が中・大型車(同1.6L以上)を上回っていたが、10年後半以降は、中・大型車、小型車ともにほぼ同じ動きとなっている(第2-3-6図)。
しかし、自動車普及率は09年でもまだ10.9%(都市部)と依然として低水準にあるため、今後も自動車需要の拡大は続くと考えられる。
(エ)内需向けと輸出向けで地域差が出る生産の動向
08年の世界金融危機発生後の推移をみると、前述のように、前年比2けた台の伸びで推移した消費に対し、輸出減少の影響を受けた鉱工業生産は、08年10~12月期以降、3四半期連続で前年比1けた台の伸びにとどまった。その後は、前年の伸びがマイナスとなっていた反動に加え、景気刺激策による需要増や世界経済の回復等を受けて、10年1~3月期には前年同期比20%増程度まで伸びが高まった。これらの要因の効果が一巡したことなどにより、10年半ばにかけて再び伸びは低下したが、11年に入ってからは、ほぼ横ばいの13~15%増の範囲で推移しており、堅調な増加を示している。
業種別にみると、たとえば輸送機器は、前述の乗用車販売台数の動向にあわせて、10年中は全体の伸びを上回る成長を遂げたが、11年に入ってからは全体を下回っている。一方、鉄金属加工(製鉄・製鋼等)は、景気刺激策等を受けて、08年10~12月期の▲3.9%を底に急速に伸びが高まったが、10年後半は、政策的な生産調整6等により、全体の伸びを大きく下回った。また、通信・コンピューター、その他機械や電気機械は、国内外の景気回復に伴って10年初にかけて伸びが高まった後は、安定的な伸びで推移している。
また、地域別にみると、中部、西部地域での生産は、西部大開発計画7等を背景に、07年以降、全体の伸びを上回る状況が続いている。一方で、輸出産業を中心とした長江デルタ地域や珠江デルタ地域8といった沿海部地域では、世界景気の影響を受けやすく、08年の世界金融危機発生後は大きく鈍化し、全体の伸びを下回った。その後、世界経済の回復に伴って伸びは高まったが、11年4~6月期以降、世界経済の成長が鈍化しつつある影響等を受けて、再び全体の伸びを下回っている(第2-3-7図)。
(ii)外需をめぐる動き
(ア)増加する輸出入
輸出は、08年の世界金融危機発生後に2けた台の大幅なマイナスとなったが、その後は世界経済の回復に伴って緩やかに持ち直し、10年半ば以降も増加が続いている。また、輸入も、輸出とほぼ同様の動きとなっており、輸出入ともに、11年4~6月期から2四半期連続で過去最高額を更新しているが、前年同期比をみると、輸入が輸出をやや上回っている(第2-3-8図)。
まず、輸出についてみてみる。国別寄与度では、輸出額全体の4割弱を占める欧米向けは、前年の伸びが低かった反動もあって10年前半は非常に高かったが、その後は低下し、特に11年4~6月期以降は、欧米の景気回復が緩やかになっていることなどを受けて縮小している。また、輸出額全体の2割程度を占める韓国、台湾、香港、ASEAN(以下、アジア地域)向けも、10年半ば以降は寄与度が低下し、11年4~6月期には、09年10~12月期以来の低さとなった。これらが、輸出全体の伸びの低下の要因となっている。なお、日本向け輸出の寄与度は、大きくはないものの安定的に推移してきたが、11年4~6月期にはやや縮小しており、東日本大震災による影響がうかがわれる。品目別寄与度でみると、電気機器や一般機械が、10年4~6月期をピークに大きく低下しており、欧米を中心とする世界の需要鈍化の影響を受けているとみられる。
次に、輸入についてみてみる。国別寄与度では、輸入額全体の3割を占めるアジア地域は、前年の低い伸びの反動もあって非常に寄与が高まった10年1~3月期をピークに低下し、10年7~9月期以降はほぼ同程度の寄与となった。しかし、11年4~6月期には更に寄与が低下し、全体の伸びが低下した要因ともなっている。また、輸入額全体の1割強を占める日本も、10年1~3月期をピークに寄与は低下していたが、東日本大震災による影響を受けた11年4~6月期は、大幅に縮小し、同年7~9月期も極めて低い寄与にとどまっている。さらに、品目別寄与度でみると、輸出と同様に、電気機器や一般機械の寄与が10年初のピーク以降低下し、これらが輸入全体の伸びの低下に大きく影響している。しかし、鉱物性燃料の寄与は、10年後半に一時低下したものの、その後は、国際商品価格の影響を受けて高まっており、輸入額の伸びの背景には、価格押し上げ要因もあることが考えられる。
貿易収支は07年以降黒字で推移してきたが、11年1~3月期は赤字となった。この背景としては、春節(旧正月)の影響で例年、増加の勢いが一時的に落ちる輸出に比べ、輸入は、国際商品価格の上昇等もあって増加が続いたことが考えられる。しかし、同年4~6月期以降は、再び黒字に戻っているため、経常収支黒字の拡大を招き、グローバルインバランス拡大の要因の一つになっている。
なお、人民元は増価基調にあるものの、増価ペースは緩やかである(詳細後述)。人民元の柔軟性が高められた10年6月以降も輸出は増加していることから、これまでは人民元増価の輸出への影響は大きくはなかったとみられる。
(イ)人民元をめぐる動き
(a)緩やかな増価にとどまる人民元
人民元は、事実上ドルペッグとなった08年7月から、対ドル名目為替レートでほぼ横ばいで推移した。その後、為替レートの柔軟性を高めることを決定した10年6月19日から、前述したように人民元は増価基調にある。11年11月4日には、10年6月19日対比の対ドル名目レートで約7.67%増価し、最高値を更新した(第2-3-9図)。
一方で、人民元の先物レート(人民元ノンデリバラブル・フォワード1年物、以下NDF)との関係をみると、NDFは人民元の先高感から増価基調であったものの、11年9月末になると下落し、約2年6か月ぶりに基準値(現物レート)を下回った。これは投資家が人民元減価の見通しをもっていることを示していると考えられる。ただし、08年にNDFが基準値を下回った際も、人民元は減価せず安定したレートを保っており、人民元が必ずしも見通しとおりに動くことは限らないことに留意が必要である。
人民元は中国政府によって対ドルレートに対する変動範囲が定められており、その範囲内に為替レートを維持するために、為替介入が行われている9。ただし、人民元売り・ドル買いの為替介入は不胎化が十分でないと、マネーサプライの増加をもたらすなど、インフレや過剰流動性増加の一因となると考えられる。
このような人民元の動きに対して、アメリカの上院議会では、中国が人民元の過小評価を容認しているとして、実質的に中国への制裁を意図した内容の法案を11年10月に可決した10。同法案は今後下院に送付され審議されるが、成立するかどうかは不透明な状況である。これに対し、中国政府は、強い遺憾の意を表明した11。
(b)拡大する人民元建て取引
世界経済における発言権拡大への足掛かりにもなる人民元の国際的な地位の確立、企業の為替リスク回避や外貨取扱事務の軽減につながる貿易や投資における人民元使用の拡大等のため、中国政府は、以下に述べるような対外取引の自由化を段階的に図っている。
11年8月23日に中国人民銀行は、これまで限られた地域でのみ可能だった人民元建て貿易決済を、全国に拡大する通知を発表した12 。それまで人民元建て貿易決済ができなかった地域の企業は、当該通知により、人民元建てによる貿易決済が可能となり、為替リスクを回避することができるようになった。
続いて10月14日には、人民元建て対中直接投資の解禁を通知した13。これにより、外資系企業は貿易決済及び香港等のオフショア市場における債券や株式の発行等を通じて得た人民元を、中国への直接投資に使うことが認められるようになった(第2-3-10表)。
コラム2-6:2011年夏中国の電力供給不足
中国では恒常的に電力供給不足が発生している(図1)。特に2011年6~8月期、電力供給不足は深刻なものになったといわれている。こうした電力供給不足には以下4つの要因が考えられる。
(1)電力をめぐる制度的問題
中国では火力発電が7割を占め、その燃料として主に石炭を使用している。石炭価格は市場において決まるが、電力の卸価格は国(国家発展改革委員会)が決定している。こうした制度により、電力料金は低く抑えられてきたが、11年4月と6月の2度にわたり、一部の地域で電力料金が引き上げられた。しかし、それでも料金水準は依然として低く、石炭価格の高騰の影響を受けて、火力発電企業の経営はひっ迫し、電力供給に影響を与えたことが考えられる。
(2)地域不均衡と送電設備の未整備
電力供給不足の要因として、地域不均衡や送電設備の未整備も挙げられる。地域別の発電量・消費量の推移をみると、西部、中部では発電量が消費量を上回っているのに対し、珠江デルタ・長江デルタ・環渤海では消費量が発電量を上回っている(図2)。唯一、東北は発電量と消費量はほぼ均衡しているが(図3)、地域不均衡は鮮明である。こうした状況を受けて、電力供給過剰の地域は、近隣の電力供給不足の地域への送電を検討しているが、送電ルートが未整備のため送電ができないという問題が生じている。
(3)自然環境の影響(猛暑、渇水、干ばつ)
11年7月下旬から8月中旬にかけて、湖南省、貴州省、雲南省、四川省、重慶市等で最高気温が観測史上最高を記録するなど、全国の広範囲にわたる地域で記録的な猛暑となった。こうした猛暑の影響を受け、エアコン等の稼働率が上がり、全国各地の発電所において最大電力は過去最高を更新した。
火力発電による供給不足が発生するなか、火力発電に次ぐ電力供給手段となる水力発電も渇水、干ばつの影響を受けて振るわなかったため、電力の供給不足に更に拍車をかけたといわれている。11年7、8月の全国の平均降水量は例年に比べて少なく、貴州省、湖南省、広東省では1951年以来60年ぶりに最小値を更新し、長江流域では例年に比べ3割ほど少なかったという。特に、水力発電への依存度が高い江西省、湖南省等の華南地域や華中地域における影響は大きかったとみられる。
なお、渇水や干ばつの影響は、水力発電だけにとどまらず、河川の水位が低下することにより、火力発電の原料となる石炭の輸送にも影響が出ているとみられる。
(4)家電普及に伴う電力消費量の増加
電力供給不足の要因としては、国民生活における電力消費量の増加も考えられる。中国政府は09年に、景気刺激策として、農村における家電の普及政策(「家電下郷」)の全国展開(09年2月~)及び家電の買換え促進策(「以旧換新」)(09年6月~11年12月)を行った。これらの景気刺激策により、農村部においても家電の普及が進む一方で、電力消費量の増加がもたらされた。
11年5月に、中国最大の電力会社である国家電網は、6~8月期の電力供給不足を想定して、電力の安定供給のために、生活重視の電力供給に努める方針を明確に示している。その背景には、前述した景気刺激策により購入した家電の効果的利用を通じて国民生活向上を図るため、中国政府の電力供給政策が、これまでの産業重視から生活重視のものへと転換しつつあることが考えられる。
(2)中国経済を巡るリスク要因
(i)物価、不動産価格の上昇と金融政策
(ア)高止まりしている物価上昇率
消費者物価上昇率は、07年後半から08年後半にかけて高い伸びを続けた後、世界金融危機後の、08年後半から09年前半にかけてマイナスへと転じた。09年後半からは、気温の低下や豪雪等による野菜や果物価格の上昇により、消費者物価上昇率は再び高い伸びとなった。また、労働コストの上昇や国際商品価格の上昇も物価上昇に寄与し、11年10月時点の消費者物価上昇率は前年同月比5.5%と、同年8月からは3か月連続で伸びが低下しているものの、依然として11年の政府目標である前年比4%前後を大幅に上回っている(第2-3-11図、第2-3-12図)。
このように物価上昇率が高止まりしている要因の一つとして、天候不順による野菜等の価格高騰がある。11年5月下旬の干ばつによって、野菜等の生産量の減少が見込まれ、主に野菜価格が高騰した。しかし、6月上旬には大雨が降り、干ばつによる価格上昇圧力は緩和された。一方で、長江(揚子江)周辺では洪水が起きた。洪水による被害で、再度野菜や穀物等の価格高騰が懸念されたが、国務院は、早稲の増産が見込まれることや、食糧生産は8年連続の豊作が見込まれることなどから、穀物価格は干ばつや洪水の影響を受けることはないと発表した。
11年に入ってからの物価上昇の押上げ要因としては、野菜価格だけでなく、豚肉価格が大きく上昇していることも挙げられる(第2-3-13図)。これは豚肉が中国の食卓では欠かせない食材であることが背景にある。11年10月の豚肉価格の上昇率は前年同月比38.5%増と、同年6月をピークにその後低下しつつも、上昇率が食品の中で最も高くなっている。08年後半から10年6月まで豚肉価格が前年比でマイナスになったために養豚農家が経営難で減少し、豚の飼育数が減ったこと、10年後半に子豚が疫病等で大量死したこと、更に労働コストや飼料等の飼育コストが増加したこと等が要因とされている。
都市部・農村部別の物価上昇率をみてみると、消費者物価上昇率(総合)は07年から11年にかけて一貫して農村部が都市部を上回っている。食品価格の上昇率についても同様に、09年後半から農村部が上回っており、農村部が物価上昇圧力をより強く受けていることがわかる(第2-3-14図)。
また、農村部と都市部の収入をみると、農村部の純収入は都市部の可処分所得より少ない一方、農村部のエンゲル係数は都市部より高く、収入に占める食品の消費支出が都市部より大きくなっている(第2-3-15図)。この点からも、このところ食品価格を中心とする消費者物価上昇の影響を、より強く農村部が受けていることがわかる。
中国政府は、主に消費の増加や原材料価格の高騰により価格の上昇が見込まれる商品について、行政指導による価格統制を行っているとされている16。しかし、中国政府による価格統制によって企業が価格を抑制し、インフレを抑制する効果があっても、原材料価格の上昇圧力は変わらず、結果的に企業の収益を圧迫し、減産せざるを得ない状況に陥る可能性もある。
なお、国家発展改革委員会は、11年下半期のマクロ経済政策の方向性として、物価急騰の断固抑制及び物価の基本的安定維持に一段と力を入れるとしている。そして同年9月7日には、消費が促される中秋節(9月半ば)と国慶節(10月初め)の祝日期間中における物価の安定を維持する通知を公表し、その期間中は、菓子等の食品価格、交通機関や宿泊施設の料金等の違法なつり上げを取り締まるなど、市場価格の管理監督を強化するよう各地方政府に指示した17。
(イ)依然として高水準にある不動産価格
不動産販売価格をみると、08年1月以降は、07年の不動産バブルの懸念を受けた中国政府の不動産価格抑制策や、08年3月頃までの金融引締めを背景に主要70都市全体18で前月比の伸びは低下が続き、同年8月にはマイナスに転じた。しかし、翌09年には、公的投資の拡大や各種住宅購入促進策の効果によって価格は上昇し、10年初にかけて再び不動産バブルが懸念される状況となった。前述のように物価上昇率が高止まりしているなか、実質金利が低水準となっていることで、投資意欲が高まっていることも影響しているとみられる。
これらを受け、中国政府は、10年4月以降に再度不動産価格抑制策19を打ち出し、11年に入ってからは、第12次5か年計画(11~15年)に建設目標が定められている中低所得者向け住宅の建設(11年中に1000万戸、15年までに3600万戸)に向けた取組も、全国に指示した(第2-3-16表)。このため、主要70都市の新築不動産価格20の前月比をみると、北京、上海、深セン等の一部主要都市では、10年4~6月期にかけて大きく低下した。その後、一時伸びはやや高まったが、11年初めから半ばまでは再び伸びが低下し、その後も上昇幅は縮小している。また、主要70都市のうち、前月比で価格が上昇した都市数は、11年1月の60都市をピークに減少し、同年8月以降は上昇した都市数は減少し同年10月は13都市となっていることから、主要70都市全体でみても、上昇圧力は大きく緩和されつつあると考えられる(第2-3-17図)。
しかし、前述のとおり不動産開発投資は高い伸びが続いており、主要70都市のうちの中部・東北等の地方都市や、主要70都市に含まれない地方都市等、不動産価格抑制策の対象外の都市では、不動産価格は依然として高い上昇圧力を受けているとみられる。このため、中国政府は、限定していた不動産価格抑制策の対象範囲をその他地方都市へも拡大することを決定している。
なお、不動産価格と年収について主要都市別に比較すると、上海市や深セン市等主要都市では、06年には年収の10倍程度であった不動産価格は、10年には年収の20倍を上回る高水準となっている(第2-3-18図)。このことは、不動産価格の上昇圧力は緩和されつつあっても、その水準は依然として高いということを示している。
(ウ)引締めが続く金融政策:その効果と限界
(a)政策金利と預金準備率の引上げ
中国政府は、08年11月に景気刺激策を打ち出し、金融政策のスタンスを「穏健な金融政策」から「適度に緩和された金融政策」へと転換した。銀行貸出の総量規制撤廃等の金融緩和策は、投資や消費を拡大し、景気回復の原動力となった。しかし、景気刺激策は不動産価格の高騰や、後述するように地方政府融資プラットフォームを通じた借入れによる地方政府の債務増大等をもたらしたため、中国人民銀行は政策スタンスを変更することになった。
11年3月、全国人民代表大会(国会に相当)において、中国政府は金融政策を「適度に緩和された金融政策」から「穏健な金融政策」に変更することを決定し、引締めスタンスを打ち出した21。また、国家発展改革委員会は11年下半期の金融政策の基本的スタンスについても、引締めの姿勢を維持し、引き続き穏健なマクロコントロールを続けることやインフレ抑制を最優先事項として掲げている22。
具体的に、中国人民銀行はインフレ抑制のため、預金準備率や貸出及び預金基準金利の利率を引き上げることによって、金融引締めを行ってきた。11年に入り、預金準備率は0.5%ポイントずつ6回引き上げられ、貸出及び預金基準金利も0.25%ポイントずつ3回引き上げられた(第2-3-19図)。金利の引上げは新規銀行貸出の抑制をもたらしており、1~10月の累計の新規銀行貸出額は前年比で▲8.8%と減少している。また、マネーサプライの伸びも鈍化している(第2-3-20図)。
(b)新規銀行貸出以外の資金調達残高が増加する社会融資総量
前述のように、中国人民銀行の金融引締めによって新規銀行貸出額は減少している。しかし、新規銀行貸出以外の方法による資金調達や海外からの資金流入が増加し、引締め政策が充分に効果を発揮できていない状況もみられた。
そこで、中国人民銀行は、新規銀行貸出額のみでは資金調達額の実態を把握しきれないとして、他の資金調達法を含む社会融資総量という新しい経済指標を11年2月に導入した23。これまで設定されてきたマネーサプライの通年の目標が11年については設定されていないことからも、社会融資総量が金融政策の重要な指標の一つとしてみられていることがうかがえる。
社会融資総量を項目別にみると、新規銀行貸出以外の資金調達残高(銀行引受手形、委託貸付、社債等)が増加していることが浮き彫りになっている(第2-3-21図、第2-3-22図)。そのため、これらの資金調達法を引き締めるため、中国人民銀行は各銀行に対して窓口指導を行っているといわれている24。11年7~9月期のそれぞれの項目の伸び率を見てみると、同年4~6月期でやや高まっていた社債や銀行引受手形の伸びが低下していることが分かる。
(c)海外からの大幅な資金流入
中国の高金利や、人民元が一段と増価するという期待を背景に、海外から投資や貿易決済を通じて資金が中国に流れているといわれている。これらの資金流入は、インフレや不動産価格の高騰の一因となっていると考えられる。
国際収支をみると、経常収支と資本収支はともに黒字が続いている(第2-3-23図)。
その内訳について、10年の経常収支黒字は09年と比較すると、主に前述のような輸出入の動向を受けた貿易黒字にけん引されて前年比17.0%増(443億ドル増)となった。所得収支黒字も231億ドル増と、約4倍となった。また、資本収支黒字は対内直接投資にけん引されて、前年比24.9%増(226億ドル増)となった。
短期的な資金(ホットマネー)の流入額を推計するため、流入してきた外貨の量を示す外国為替資金残高増加額(フロー)から、貿易黒字と対内直接投資の合計額を引いてみると、08年の世界金融危機後の08年10~12月期及び09年1~3月期の2四半期を除き、大幅にプラスとなっている(第2-3-24図)。各四半期によって大きく変動するものの、中国に流入している資金の多くが短期的なものである可能性がうかがえる。
国家外貨管理局は、こうした海外からの資金の流入を抑制するため、外国為替業務やクロスボーダー取引の管理監督強化等の措置をとるとの声明を11年8月に発表した25。また、中国人民銀行は人民元の増価を抑制するために、人民元売り・ドル買い介入を行う26一方で、前述のように預金準備率引上げ等の金融引締めを行うとともに、外貨の流入を抑制することなどによって、過剰な流動性を抑制しようとしている。
(d)引締めで顕在化する副作用
中国政府は、インフレ抑制等のため金融引締めのスタンスを保持してきたが、その副作用が現れ始めている。四半期ごとに公表される「貨幣政策執行報告」で、中国で適用されている貸出金利の構成比を公表したが、11年に入って、貸出基準金利より高い金利を適用している機関は増加し続けており、同年6月には全体の6割を占めるに至っている(第2-3-25図)。
また、引締めの強化によって、一部の中小・零細企業の資金繰りが悪化し、中小企業が多く集まる浙江省では倒産が相次いで発生しているという27。
こうした中小企業向けを中心に、市中の貸出金利の何倍もの高金利での貸付をする、いわゆる「非法集資(非合法な資金調達)」が横行し、不動産や株式市場に流入していた過剰流動性資金が高利回りを求めてこうした非合法の市場に流入しているともいわれている。
このような状況を受けて、中国政府は、非合法な資金調達を厳しく取り締ることを宣言する28とともに、中小企業の資金調達ルートの拡大等の中小企業支援策を発表し、状況の改善を図っている29。
(ii)不動産開発投資と地方財政をめぐるリスクの存在
前述のように、不動産開発投資が高い伸びで推移し、不動産市場が過熱してきたことを受け、10年以降相次いで不動産価格抑制策が実施された。そのため、一部主要都市では不動産価格の伸びが低下し、不動産開発投資の伸びも鈍化しつつある。しかし、同時に、不動産開発投資が抱えていたリスクも顕在化し始めている。
以下では、地方政府・銀行・不動産開発業者の三者が密接に関係して推し進めてきた不動産開発をめぐる仕組みと、それが内包するリスクについて分析する。
(ア)地方政府と不動産開発の密接な関係
1994年の分税制30実施以降、地方政府は恒常的に財源不足に陥っており、不足する財源を土地使用権譲渡金31によって補っている。地方政府による土地使用権譲渡は、金額・面積ともに、世界金融危機時の08年には前年比でマイナスとなったものの、景気刺激策の影響で09年及び10年には大きく伸びた。また、土地使用権譲渡金額の伸びが譲渡面積の伸びより大幅に高いことから、不動産市場の過熱に伴い、土地使用権譲渡価格も上昇していたことが分かる(第2-3-26図)。
また、直接債券を発行できない地方政府32は、公共インフラ投資のための資金調達を目的として地方政府融資プラットフォーム(以下、プラットフォーム)33を設立し、プラットフォームは、不動産開発権等を担保に、銀行等から資金を調達してきた。公共インフラ投資に係る支出は、プラットフォームの支出全体の約8割を占めている(第2-3-27図)。特に、08年の金融危機後の景気刺激策実施後の08年から09年にかけて、プラットフォームを含めた地方政府の債務は増大している34 35(第2-3-28図)。このため、プラットフォームの債務は、地方政府が最終的に返済責任を負う債務(以下、地方政府の債務)36残高の4割以上を占めるに至っている。
プラットフォームは、営業収入や施設使用料等を得て債務返済の財源に充てるが、一般的に公共インフラ投資は回収が長期にわたり、収益性が低い。そのため、プラットフォームは自らの収益だけですべての債務を返済することが不可能であるため、最終的には地方政府の財政収入に頼らざるを得ない。しかし、前述のように、地方政府の財政収入は恒常的に財源不足であるため、更なる不動産開発を継続し、そこから得られる土地使用権譲渡金を既往債務の返済に充てていかざるを得ない構造となっている。
(イ)不動産価格抑制策が抱えるジレンマ
不動産開発業者は、プラットフォームからの投資を受けて公共事業の一環としての不動産開発を行うとともに、銀行からの融資を受けて民間不動産開発も進めている。
実際、銀行の不動産開発業者向け貸出は、伸び率が低下しつつあるものの、依然として増加しており、不動産開発が依然として旺盛に進められていることが分かる(第2-3-29図)。
ただし、中央政府によって不動産価格抑制策が打ち出されて以降、一部の主要都市での不動産価格の伸びが鈍化し始めている(前述(i)(イ)参照)。前述のように、地方政府は、新たな不動産開発投資を行うために、不動産開発業者に土地使用権を譲渡し、その譲渡益をもって、すでに実施している不動産開発プロジェクトのために銀行から借りた資金の返済に充当しているため、不動産市場の停滞による不動産開発の減速によって、地方政府が資金返済に窮する事態が発生する可能性がある。プラットフォームの債務償還期限は11~12年に集中している(第2-3-30図)37。
同時に、不動産開発の減速は、不動産開発業者の業績悪化及び債務返済負担の増大ももたらす可能性がある。主な不動産開発業者3社の自己資本比率をみると、低下傾向にあり、これら不動産開発業者が、銀行等からの融資を増やし、不動産開発を旺盛に進めていることが分かる(第2-3-31図)。
さらに、銀行の不良債権比率は、現時点では低水準にあるが、地方政府と不動産開発業者への貸付が債務不履行に陥った場合には、上昇する可能性がある(第2-3-32図)。
以上のように、不動産開発をめぐり、地方政府、不動産開発業者及び銀行は、相互に密接な関係を構築している(第2-3-33図)。今後、不動産価格が下落し、不動産開発が減速すれば、地方政府やプラットフォームのみならず、銀行や不動産開発業者へも連鎖的に影響を与える可能性があるため、注意が必要である。
(iii) 経済発展の裏で依然解消しない所得格差
中国では、経済発展が進む一方、必ずしもそれが全国民に享受されているとはいえず、所得格差をはじめとした地域格差の拡大が問題となっている。具体的には、地域別でみた所得格差が拡大しているほか、1990年に2倍であった都市・農村間の所得格差38が2010年に3.2倍へと拡大するなど、都市・農村間格差39も拡大している。このため、地域格差の是正は、第11次5か年計画(05~10年)より、「全面的な小康社会(ややゆとりのある社会)」を目指している中国政府にとって重要な課題となっている。地域間格差や都市・農村間格差を考察することは中国の所得格差を考える上で不可欠であり、ここではこれらの視点から所得格差の動向を取り上げる。
(ア) 所得格差が大きい東部地域と西部地域
中国政府は、各市・省・自治区を東部地域、中部地域、西部地域、東北3省の4地域に分類しているが、各地域の特徴は以下のとおりである40(第2-3-34図)。
東部地域は沿海部に面する経済発展の進んだ地域である。中部地域は先進する東部地域の経済発展を支えてきた地域で、06年以降は「中部勃興」政策のもと北部や南部及び沿海部と西部を結ぶ主要基地として発展が進んでいる。西部地域は、経済発展が立ち遅れた地域であるものの、資源供給基地としての役割を担い、「西部大開発」という発展政策の名のもと、今後の発展が見込まれている。東北3省は旧来型の鉄鋼、機械、化学工業等の重化学工業(主に国有企業)が多く、03年以降「東北振興」計画のもと、企業再編・民営化が進められている地域である。
各地域のGDP・人口・面積を10年時点で比較すると、東部地域と西部地域の格差が顕著となっていることが分かる。すなわち、東部地域では全国の1割弱の国土に、4割程度の人口が集中し、GDPの約5割を占めている。一方、西部地域では全体の7割の国土を占めるものの、人口は3割弱となっており、GDPは全体の2割弱に過ぎない(第2-3-35表)。前述のように、資源が豊富で市場としての潜在力を持つ西部地域ではあるが、先進的な東部地域に比べ、インフラ整備はまだ十分とはいえない。また、東部地域の7倍を占める国土を有する西部地域には様々な自然環境や、歴史的・社会的要因(多民族地域であることなど)が混在しており、それらは発展の障害にもなり得るため、東部地域との格差是正は容易ではない。
次に、産業別就業者の割合をみると、第1次産業就業者の割合が高い地域は主に西部地域に集中し、第2次、第3次産業就業者の割合が高い地域は東部地域に集中している(第2-3-36図)。第2次、第3次産業就業者の割合が多く、1人当たりGDPが高いグループは東部地域、次いで東北3省、中部地域、そして西部地域の順となっている。また、第2次、第3次産業就業者の比率が高いほど経済発展が進展しており、その結果、先行する東部地域と西部地域の間の所得格差は大きいことがわかる。
(イ) 西部地域で大きい都市・農村間格差
次に、都市・農村間の所得格差を地域別でみると、東部地域や中部地域、東北3省では格差が相対的に小さい(第2-3-37図)。特に、東部地域や東北3省は1人当たりGDPが高く、都市・農村間の所得格差も小さい。それに対し、雲南、貴州、甘粛、チベット等の西部地域の省・自治区では、1人当たりGDPが低い上に、都市・農村間の所得格差が相対的に大きい。また、西部地域内における所得格差は、他地域と比べて大きいことが分かる。
さらに、家電製品の普及率をみると、地域別の自然環境等を考慮する必要があるが、総体的にみて、都市部や経済発展の進んだ地域の農村では、家電製品はいずれについても1世帯に1台は普及しており、都市部と農村の消費スタイルに違いがなくなってきているといえる。他方、西部地域を中心とする農村部では、家電製品の世帯普及率が低い。特に、雲南やチベット等をはじめとした少数民族が多く、所得水準が低い地域で家電製品の普及率が低いことがわかる。
これらのことを確認するために、所得と保有台数との相関をみてみると、都市部では収入と家電製品の保有台数の相関が弱くなっているが、農村部ではその相関が高いことがわかる。つまり、都市部や経済発展が進展した地域の農村部では、今後は更新需要が中心になると見込まれるのに対し、経済発展が遅れた地域にある農村部では潜在需要が大きく、今後は所得の増加に伴って、世帯普及率の上昇が見込まれる(第2-3-38図)。
その範囲を超えて人民元安または高になる場合に、為替介入が行われる。なお、中間値は、当日の市場が開く前に
指定金融機関から提示された人民元の対米ドルレートの、最高値と最安値を除いた残りのレートを加重平均した値
とされている。
増額をもたらし、実質的に預金準備率が2~3回引き上げられたのと同じ効果を有するとされる。(中国証券報11
年8月29日)
て取り締まる」と述べた。(11年10月5日)
方間格差等の問題を引き起こしたため、地方政府の歳入分を減らす分税制改革が実施された。分税制により、中
央政府と地方政府の歳入比率は、93年には2.2:7.8であったものが、94年には5.6:4.4となった。