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第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第3節 アジアの景気は減速

2.その他アジア(NIEs、ASEAN)

 世界経済減速の影響を受け、中国以外のその他のアジア諸国においては景気減速が鮮明になっている。07年のNIEs、ASEAN経済についてみると、中国、アジア域内、ヨーロッパ向け輸出が比較的堅調に推移したほか、良好な雇用環境を背景に内需が底堅く推移したため、景気拡大が続いた(第2-3-13図)。しかし、08年に入ると、世界経済の減速が広がりをみせ始める中、程度に差はあるもののNIEs、ASEAN諸国においても景気の減速が現れてきた。特に韓国や台湾、シンガポールの資源小国では、景気減速が鮮明となっており、一方で資源国であるタイやマレーシアは世界経済減速の景気への影響は比較的小さなものとなっている。
  ただし、08年9月の金融危機以降、NIEs、ASEAN諸国は、更なる景気減速に対して懸念を強めており、相次いで景気対策を打ち出している(第2-3-14表)
  NIEsやASEANを含む東アジア地域は輸出依存度が高い。また、中国が東アジア域外への輸出を拡大させる中、特に日本やNIEsは中国を含む域内分業を発展させてきた。したがって、今後のアジア経済をみるに当たっては、輸出動向を注視していくことが重要である。

●アジア域内の交易条件は様々であり、景気にも温度差がみられる

 NIEs、ASEAN諸国は輸出依存度が高く、主要輸出相手先であるアメリカや中国の需要動向により経済成長が大きく左右されやすい(第2-3-15表)。NIEs、ASEANの輸出動向をみると、おおむね堅調に推移していたが、世界経済の減速が強まるにつれて、08年半ば以降減速に転じる国・地域が現れてきた(第2-3-16図)。主要輸出先であるアメリカと中国向けについてみると、アメリカ向けの輸出はアメリカの景気減速を反映して07年以降弱い動きとなっており、相対的に成長率が高い中国向けの輸出も高い伸びを続けてきたものの、08年半ば以降は鈍化している。
  ところで、アジア域内の国・地域の経済動向を個別にみていくと、世界経済が減速する中、韓国、台湾、シンガポールでは景気減速が既に鮮明となっている一方、タイやマレーシアでは比較的緩やかな減速にとどまっている。これは国際商品価格の高騰を背景とした交易条件の違いが大きく影響しているとみられる。とりわけ、IT関連財を主要輸出品目とした資源小国である韓国、台湾では、07年半ば以降、原油等の一次産品を始めとした輸入価格の急激な上昇にみまわれる一方、輸出製品への価格転嫁は進まず相対的に輸出価格は伸び悩んだ(第2-3-17図)。また、貿易収支でみても、07年半ば以降の収支は悪化しており、実質所得が海外へ流出する傾向が強まったことがうかがえる(13)(第2-3-18図)。こうした交易条件の悪化は、コスト増となって企業収益を悪化させ、また物価上昇を通して個人消費を冷え込ませることとなった。他方、資源国であるタイやマレーシアでは、コメや天然ゴム(タイ)、パーム油や原油(マレーシア)等の一次産品輸出が好調に推移し、輸出全体をけん引したほか、輸出の増加に伴う農業収入の増加が個人消費にプラスの影響をもたらしており、これまでのところ急激な景気減速には至っていない。特にマレーシアの交易条件は良好に推移しているとみられ、貿易収支も07年に比べて08年は改善している。
  今後のNIEs、ASEAN地域の景気は、主要輸出品目の違いにより国によって異なる面もあるものの、世界的な景気減速の影響を受けて、輸出の伸びの鈍化を通じて減速していくとみられる。とりわけ、08年8月以降は国際商品価格が大幅に下落しているため、これまで一次産品の輸出の拡大により好調であったタイやマレーシア等の資源国でも、今後減速ペースが速まっていく可能性がある。また、域内の生産動向をみると、08年4〜6月期以降は一様に伸びが鈍化しており、外需鈍化の影響は総じて強まっているといえる(第2-3-19図)。NIEs、ASEANは外需依存度が高いことから、世界経済が予想以上に減速する場合には、輸出の鈍化による所得・収益環境の悪化等から、景気が更に大きく下押しされる可能性もあり、その動向には留意する必要がある。

コラム2-3:金融市場の混乱と実体経済の悪化に直面する韓国経済

  韓国経済は、08年前半から民間消費や設備投資等の内需の減速傾向が強まるとともに、年後半からは世界経済の減速により、景気のけん引役であった外需も減速傾向となっている。また、08年9月に発生した世界的な金融危機の影響により、このところ株価や為替が急落するなど、金融市場も大きく混乱している。このように、韓国経済には、他のアジア諸国と比べて実体経済及び金融面の両面において弱い動きがみられるが、その背景には以下のような点があると考えられる。
  第一に、他のアジア諸国と比較して、一次産品価格の高騰による交易条件の悪化が大きかったことが挙げられる(注1) 。韓国は名目GDP比でみた原油輸入額の割合が大きく、一次産品の高騰を反映した所得の流出が他国と比較して顕著であり、交易条件はすう勢的に悪化している。実質所得の伸びを示す国民総所得(GNI)成長率も、07年後半から08年7〜9月期にかけて実質経済成長率を大きく下回っており、こうした所得の流出を通じて、消費や投資にマイナスの影響を及ぼしていると考えられる。(図1)
  第二に、貿易収支の悪化が挙げられる。韓国の貿易収支は、原油価格の影響から07年末に黒字から赤字に転じ、08年も赤字を記録することが多くなっている。今後についても、足元のウォン安が輸出にはプラスとなるが、韓国は部品・素材の輸入依存度が高いことから、通貨安が輸入額の増加となって現れやすく、また、世界的な需要の縮小により、主力輸出品であるIT製品の輸出が価格及び数量ともに減少傾向であることから、一次産品の価格上昇が落ち着きをみせた後も、貿易収支の赤字が続く可能性がある。
  第三に、他のアジア諸国にはない韓国特有の現象として家計債務の増加が挙げられる。90年台後半には40%程度だった家計債務の名目GDP比は、個人消費の喚起及び自営業者からの税収の確保を目的としたクレジットカード利用推進策(2000年)や、数次にわたる政策金利の引下げに伴うローン金利の低下(01年)等を背景として2000年以降増加し(注2) 、08年には70%近くまで高まっている。こうした債務残高の積み上がりに伴い、家計はバランスシート調整の必要に迫られており、今後、消費の抑制につながることが懸念される。
  第四に、外国からの資金、とりわけ短期資金の依存の高まりが挙げられる。韓国においては、近年、外国人投資家による債券保有が増加し、債券保有全体に占める外国人のシェアは06年末の6.3%から08年1〜3月期には11.4%にまで高まっている(注3) 。また、韓国では、04年後半以降、外国銀行支店を通した海外からの短期資金の流入が加速するなど、外国金融機関への依存度が高まっている。こうした海外資金への依存により、外国銀行全体におけるレバレッジ解消の動きの影響を受けやすくなっている。(図2)
  このような韓国経済特有の状況もあって、韓国は金融危機の影響を強く受けており、金融市場は不安定な動きを続けている。07年10月末まで増価基調であった韓国ウォンは年末から減価に転じ、08年7月以降急速に減価が進んでいる。ウォンの下落に対して、政府及び韓国銀行は、為替介入の実施、FRBとの通貨スワップ協定の締結及びチェンマイ・イニシアチブの体制の強化等の下支え策を講じてきているが(注4) 、効果は一時的なものにとどまっており、ウォンはその後再び下落に転じている(注5)
  以上みてきたように、韓国経済は、国内経済の悪化や金融市場の混乱に直面しており、対応を誤れば同国経済に深刻な影響を与えることになりかねない。政府及び韓国銀行は、10月以降、金融安定化策や14兆ウォン規模(GDP比約1.6%)の景気刺激策、政策金利引下げ等を相次いで実施しているが、これら政策の効果も含め今後の動向には引き続き注視が必要である。(図3)


コラム2-4:一次産品価格下落の影響を受けるオーストラリア経済

 オーストラリア経済は、堅調な内需に支えられて、16年間にわたる景気拡大を続けてきたが、08年に入り、個人消費の減速から景気が減速するとともに、夏以降は、為替市場も不安定な動きをみせている。
  また、06年以降増価基調を続けていた豪ドルは、08年7月をピークに減価が急速に進み、10月には米ドルに対しては5年ぶりの安値で推移、円に対しては一時1豪ドル55円台の戦後最安値を記録している。こうした実体経済の急速な悪化や金融市場の混乱の発生には以下の要因が考えられる。(図1)
  第一に、国際的な一次産品価格の変動の影響が挙げられる。石炭や鉄鉱石等の資源や小麦等の農産品の輸出国であるオーストラリアでは、08年前半までは、資源価格の高騰から交易条件が大幅に改善し、その恩恵を受けたことから景気は拡大した。しかしながら、08年以降、一次産品価格の下落に伴い、こうした好条件は逆転しており、今後は交易条件の悪化により景気に悪影響が及ぶことも予想される。(図2)
  第二に、中国との貿易関係の深化に伴う影響が挙げられる。近年、オーストラリアは、中国への貿易依存度を高めており、07年の輸出額全体(豪ドルベース)に占める中国向け輸出額のシェアは約14%と日本に次ぐ規模となっており、中国からの輸入額では約15%と首位を占め、輸出入額ともに前年比10%台の高い伸びで増加している。
  その最大の貿易相手先である中国では、08年後半に入って資源需要に減速の兆しがみられている。このため、資源価格の変動ともあいまって、オーストラリアの輸出入の先行きに対する不透明感が高まっている(注1)
  第三に、資産価格の下落の影響がある。一次産品の価格変動と世界的な金融混乱等の影響から、投資家が主に資源関連株から撤退し、株価の下落に伴い資源通貨である豪ドルが売られ、より安全な通貨等に回避する動きがみられる。また、住宅価格も08年7〜9月期は前期比1.8%減少と30年ぶりの落ち込みとなっており、こうした資産価格の下落も今後の景気に影響してくると考えられる。(図3)
  第四に、海外への資金流出の影響がある。国内景気の減速に加え、世界的な金融不安及び中国等新興国経済の減速懸念から、オーストラリア連邦準備銀行(RBA)は、9月以降3か月間で政策金利を合計3%ポイント引き下げている。オーストラリアは大幅な経常赤字国であり(注2) 、為替の安定には海外からの安定的な資金流入が重要となるが、アメリカへの資金の回帰に加え、度重なる利下げがオーストラリアへの資本流入を阻害する懸念がある。 
  RBAは、利下げのほか、10月後半には為替対策として豪ドル買い介入を数次にわたり行っており、政府も、7月から実施している個人所得減税(4年間で467億豪ドル、GDP比約4%)に加え、10月には、初回住宅購入者に対する補助金増額等の経済対策(104億豪ドル、GDP比約1%)を発表するなど景気刺激策を講じている。今後の一次産品の動向や資産価格の更なる下落等が懸念される中、こうした政策が景気の下支えや為替の安定に及ぼす効果については注意深く見守る必要がある。


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