第1章 世界金融危機の発生と拡大 |
第2節 世界金融危機発生の背景
2.金融機関に起因する問題
今回の金融危機発生の根本的な原因は、国際的な資金フローに支えられて世界の金融部門が急速に拡大する中で、金融機関のリスク管理やビジネスの在り方、さらには、金融規制・監督当局における規制・監督体制が、新しい金融商品や金融イノベーションに十分対応できておらず、資産価格等の下落に対して、非常に脆弱な構造になっていたことにある。以下、金融機関、格付機関、金融規制・監督当局について順を追ってみていく。
●金融機関における不十分なリスク管理
今回の金融危機発生の直接的な要因としては、金融機関が新しい商品や金融イノベーションに対して十分に対応できておらず、以下のような点で、リスク管理が不十分であったことが挙げられる。
(i)証券化商品等に関するリスク管理
第一に、金融機関においては、証券化商品に関するリスクを過小評価していたことが指摘されている。証券化商品については、様々な資産が組み合わせられた優先劣後構造を持ち、原資産とは全く異なるリスクやリターンの特性を持つ資産につくり変えられるなど、複雑な構造を持つものが多く、また、個別性が強い商品が多いことから、国債や株式といった金融商品と比べて、市場における流動性が低く、取引価格も流動性の影響を受けやすい等のリスクがあると考えられる。
しかしながら、多くの金融機関において、こうした証券化商品の特性に係るリスクの認識が十分でなかったことが指摘されている。とりわけ、以下でみるように、格付機関の格付けに過度に依存した投資決定が行われるなど、金融機関の側で、十分なデュー・ディリジェンスが行われていなかったことが指摘されている。
(ii)オフバランス機関に係るリスクの軽視
金融機関の不十分なリスク管理の第二の例としては、SIVs(Structured Investment Vehicles)やコンデュイット(Conduit)といったオフバランス機関に関するリスク管理が十分行われていなかったことが挙げられる。オフバランス機関は、証券化の流れの中で、金融機関がバランスシート上のリスクを切り離すために用いた仕組みであるが、実際は、こうした機関に対しては、金融機関が信用補完や流動性の補完をする契約が結ばれていたことから、オフバランス機関に係る流動性リスクや信用リスクは、最終的には、金融機関本体が負うこととなった。
また、現行の会計ルールでは、オフバランス機関については、そのリスクや利益の大部分を金融機関が保有していなければ、金融機関のバランスシートとの連結を避けることができることとなっているが、金融機関が、オフバランス機関に対する流動性の供給や信用補完契約を履行した場合には、オフバランス機関のリスクの大部分を保有したことになり、金融機関のバランスシート上にこれらの機関の損失を計上しなければならない状況も生じている。
(iii)リスク管理体制の不備
第三には、金融機関におけるリスク管理体制の問題がある。一部の金融機関において、リスク管理部門が本来の役割を果たしていなかったり、リスク管理の手法やモデルに問題があったことが指摘されている。例えば、国際的に活動する金融機関をメンバーとする国際金融研究所(Institute of International Finance)の報告書は、「多くの金融機関において、リスク管理戦略や手続き、手法において明らかな失敗があり、特に、当該金融機関全体のリスクを管理する統合的なアプローチが欠けていたために、しばしば重要なリスクに気付かなかったり、効果的に管理されないことがあった。」と指摘し、リスク管理部門やリスク管理のためのモデル、ストレス・テストの手法等について改善の方策を提言している(21) 。
(iv)インセンティブ構造の問題
第四に、金融機関における報酬体系等が、中長期的な経営リスク等を勘案したものになっていなかったことが指摘されている。アメリカにおいては、金融機関の報酬体系、とりわけ、ボーナスのようなインセンティブ部分の支払が、企業の市場での評価に直結する短期的な収益に強く依存して決定されていたことが指摘されている(22) 。
このような報酬インセンティブ構造は、例えば、住宅金融市場においては、経営者及び従業員の双方に、住宅ローンを過剰に組成し、収益を上げるインセンティブを与えるなど、むしろ中長期的には、金融機関の経営の脆弱性を高める方向に働いた可能性がある。
こうした報酬体系に係る問題点については、既に多くの企業で見直しが進められており、インセンティブ報酬の大部分の支払を先に延ばしたりするなどの取組が進められている。また、アメリカにおける金融機関への資本注入の仕組みでは、注入に際して、将来、報酬支払いが事後的には過大と認められるような場合に報酬を返還させることが盛り込まれているが、こうした方法もインセンティブ構造是正に向けた一つの方法であると考えられる。
●見直しを迫られるビジネスモデル
今回の金融危機の根本にある要因の一つとしては、金融機関のビジネスモデルの問題が挙げられる。アメリカにおいては、9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻の後、わずか1週間の間に、すべての大手投資銀行が商業銀行に買収される、もしくは、銀行持株会社として商業銀行を兼ねる金融機関へと転換することを余儀なくされた(第1-2-7図)。
アメリカの投資銀行は、伝統的には、企業の株式・債券の発行等による資金調達を支援するプライマリー業務と、M&Aや企業の財務・資本戦略等についての助言業務から、手数料を得ることを業務の中核としてきたが、99年のグラム・リーチ・ブライリー法により、33年のグラス・スティーガル法により禁止されていた銀行業務と証券業務の相互参入が広範に認められ、商業銀行系の証券会社との競争が激化していったことに伴い、その収益源を、融資業務や証券売買業務といった投資銀行自身がリスクを取って収益を上げる業務へと転換していった。
また、2000年代前半の、世界的な低金利や国際的な資金フローの拡大も、投資銀行がビジネスモデルを、より自らリスクをとる方向へと変えていく推進力となった。投資銀行は、世界的な低金利下では、低コストで短期金融市場から大量に資金を調達することが可能であり、そうした資金を高いレバレッジで投資することにより、高い利益を追求することが可能であった。また、投資銀行については、FRBの規制・監督下にある商業銀行と異なり、SEC(アメリカ証券取引委員会)の監督下に置かれているが、大手投資銀行については、04年8月に、SECによる自己資本ルールであるネット・キャピタル・ルール(Net Capital Rule)(23) の適用が除外されたことも、より高いレバレッジでの投資を可能にした。
●投資銀行型ビジネスモデルの限界
しかしながら、こうした投資銀行のビジネスモデルは、国際金融資本市場が順調に拡大し、資産価格も上昇を続けている局面においては、非常に有効に機能してきたが、アメリカのサブプライム・ローン問題を契機として、金融市場の混乱が広がり、資産価格も下落する局面においては、そのもろさを露呈することとなった。
投資銀行型のビジネスモデルの特徴の一つとしては、資金調達に占める短期借入金等への依存度の高さが挙げられる(第1-2-8図)。投資銀行と商業銀行の負債の構造を比較すると、投資銀行においては、短期借入金とその他流動負債を合わせて負債の約6割が短期の資金から構成されているのに対し、商業銀行では、その割合は3割強にとどまっており、また、負債の約半分が、預金保護等の仕組みに守られ、相対的に流出しにくい預金等で構成されていることが分かる。投資銀行のこうした短期の資金への依存は、今回のような金融市場の混乱に対しては非常にもろく、信用リスク等の高まりにより、短期金融市場における流動性が低下すると、投資銀行は、直ちに資金繰りに困難を抱えることとなった。
投資銀行のビジネスモデルのもう一つの特徴としては、商業銀行と比べて、高いレバレッジ比率が挙げられる。投資銀行は、世界的な低金利を背景に低コストで調達した資金を、高いレバレッジで投資することにより収益を拡大させてきた。こうしたビジネスモデルは、資産価格が上昇局面については、利益を何倍にも膨らませる一方で、資産価格が下落していく局面においては、逆に損失を増幅することとなった。また、レバレッジ比率が高いということは、損失に対する自己資本のバッファーが小さいということであるから、投資銀行型のビジネスモデルは、証券価格等の下落に対しても非常に脆弱な構造となっていた。
このため、こうした投資銀行型のビジネスモデルに対する市場の不信が高まると、相対的に財務体質が健全とみられてきた投資銀行までもが資金調達に窮することとなった。最終的には、預金という安定した資金調達源やFRBからの融資(24) の後ろ盾が得られる商業銀行型へと業態を変えていくことになったのである。
なお、こうした短期で調達した資金を高いレバレッジで投資することにより収益を上げるビジネス・スタイルは、ヨーロッパの金融機関や金融当局の規制を受けていないオフバランス機関、ヘッジファンド等にも共通したものであるが、こうしたビジネスモデルに対する市場の目は厳しく、そのビジネスモデルの見直しが必要になると考えられる。とりわけ、ユニバーサルバンキング型のヨーロッパの金融機関の一部においては、既にレバレッジ比率がアメリカの投資銀行と比較しても高い水準となっていることから、今後、その調整を迫られる可能性があると考える。
●格付機関によって引き起こされた問題
今回の金融危機を引き起こした原因の一つとして、格付機関の格付手法に問題があり、証券化商品に関するリスクを過小評価していたことや、また、そうした格付けに投資家や規制当局が過度に依存していたことが指摘されている。リスクの過小評価により、格付けにおいて過大評価された証券化商品の格付けは、これらの組成・流通を過剰に促進し(25) 、その後の格付機関による格付けの見直し、すなわち、証券化商品の格付の大幅な引下げが、証券化商品の価格急落を引き起こすこととなった。さらに、大幅な格付け引下げは、格付け自体の妥当性についての信頼も喪失させることとなり、格付けに依存してきた証券化商品市場では、価格形成が困難となり、市場の流動性が著しく低下するなど、格付けが混乱の引き金となったと考えられる。
(i)格付手法の問題
今回の金融危機の過程では、格付機関が証券化商品、とりわけ住宅ローン担保証券(RMBS)やそうしたRMBSを含めて組成される債務担保証券(CDO)についての信用リスクを過小評価していたことが明らかになっている(26) 。
例えば、RMBSの格付けについては、格付手法に以下の不備があったことが指摘されている。第一に、サブプライム向け貸出しについては、過去のデータが限定されており、そのことがモデルの適切性を損なったこと、とりわけ、住宅価格が上昇している時期のデータのみで、評価が行われたことが指摘されている。第二には、格付機関が、住宅ローン等のデフォルト発生に関する担保資産相互の相関を低く見積もっていたことが指摘されている。これにより、証券化のリスク分散効果が過大に見積もられ、過度に高い格付けにつながったと考えられている。第三には、サブプライム住宅ローンの貸出しについては、貸手が十分なデュー・ディリジェンスを行っていない可能性や住宅ローンを巡る不正の横行等が見られたが、格付機関はこうした貸手側の問題を看過していたことが指摘されている。
(ii)利益相反
格付機関については、収入の大部分を格付けの依頼者である発行体からの収入に依存していることから(27) 、そのことが格付けに影響を与えている可能性、いわゆる「利益相反」の問題があることが指摘されている(28) 。
とりわけ、今回の金融危機の引き金となった証券化商品に係る格付けについては、格付機関にとって最も成長性の高い事業分野となっていたことから、他の商品の格付けと比べて、こうした利益相反の問題がより大きなものとなっていた可能性がある。例えば、IOSCO(2008)では、「発行体との取引を確保するために、格付機関が格付手法において保守的な前提を置くことを回避しようとする」リスクが生まれたことが指摘されている。
また、証券化商品については、投資家のリスク嗜好の違いを利用して、それぞれのトランシェが特定の格付けを得られるように組成が行われることから、FSF(2008)では、証券化商品については、「組成プロセスの間に、格付機関が発行体との間で、特定のストラクチャーが格付けに与える影響について議論するという点で、利益相反の危険性が高まる」としている。このように、格付機関が、発行体に対して、格付業務だけでなく、事実上コンサルティング業務も提供している場合には、利益相反の危険性が高まることになると考えられる。
(iii)格付けへの過度の依存
投資家や金融機関の側が、投資決定に当たって格付機関の格付けに過度に依存し、そのことがリスクの高い証券化商品の組成や販売を過度に促進したことが指摘されている。とりわけ、複雑な証券化商品に対しては、投資家や金融機関の側において十分なデュー・ディリジェンスが行われておらず、投資決定に当たって格付機関の格付けに過度に依存していたことが指摘されている。格付け自体は、あくまで信用リスクを評価するものであり、市場における流動性リスクやボラティリティ・リスクまでを表すものではないが、投資家の側では、格付けをその商品に対する品質保証として取り扱ってきた面があった。
また、投資家だけでなく、金融規制・監督当局も格付けに依存してきたことが指摘されている。当局は、規制等の目的のために格付機関の格付けを利用しており、例えば、アメリカでは、全国的に認知された格付機関(Nationally Recognized Statistical Rating Organization: NRSROs)の格付けに基づいて連邦機関の決定がなされるケースが多数みられるなど、2000年代に入り、格付機関への依存があったとみられる。また、アメリカにおける導入は08年から段階的に行われるが、バーゼルIIによる新しい自己資本比率規制においても、格付けに応じて貸出先企業の信用力を評価する仕組みが取り入れられている。こうした、当局による格付けの利用もあって、金融機関や投資家の格付けへの依存は深まっていたものと考えられる。
●十分に対応できなかった金融規制・監督当局
金融機関や格付機関だけでなく、金融当局も、新しい金融商品や金融イノベーションのスピードに十分についていけず、規制・監督面での対応が不十分なものになったことが指摘されている。この結果、一部の金融機関における過剰なリスク・テイク等を放置することになったと考えられる。
具体的には、金融機関におけるレバレッジの拡大、言い換えれば、自己資本の低下に対する対応が不十分であったことが挙げられる。アメリカの金融機関は、証券化の流れの中で、バランスシートのオフバランス化を進めていったが、上に述べたようにオフバランス機関のリスクは十分に切り離されておらず、オフバランス化は、事実上、自己資本規制の回避を行う手段となっていた(29) 。さらには、投資銀行については、こうしたオフバランス機関の存在に加え、大手投資銀行に対するSECの自己資本規制が緩められるなど、当局の側で、様々なリスクに対する自己資本のバッファーの重要性に対する認識に緩みがみられた可能性がある。
また、格付機関に対する監督体制も不十分であったと考えられる。アメリカでは、06年9月に信用格付機関改革法が成立するまでは、格付機関に対しては、認定格付機関制度(30) があるのみで、SECによる監督は行われていなかった。このため、上述の格付機関が抱える利益相反の問題や、証券化商品の格付けの適正性の問題に対して十分に対応ができなかったことに加え、むしろ、認定制度による格付けの行政利用を進める中で、金融機関や投資家の格付けへの過度の依存を高めることになったと考えられる。
このほか、欧米各国における金融規制・監督体制が、そもそも効率的・効果的なものとなっていなかったことが、新しい金融技術への対応や金融機関の過剰なリスク・テイクに対して、十分に監視の目が行き届かない原因となったと考えられる(欧米各国の金融規制・監督体制が抱える問題については、第4節参照)。