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第1章 世界金融危機の発生と拡大

第3節 高レバレッジの解消とその影響

●秩序だった(orderly)レバレッジ引下げの必要性

 第2節で示したように、今回の金融危機発生の根本の原因の一つは、金融機関が高いレバレッジをきかせてバランスシートを拡大していくと同時に、バランスシートの構成において、より利回りの高いリスクの高い資産のウェイトを高めていったことであった。したがって、今後、金融市場が正常化していく過程においては、金融機関が、バランスシートの圧縮を図り、高いレバレッジを解消していくとともに、バランスシートにおけるリスク資産の構成を適正化していくプロセスが避けては通れない。 
  しかしながら、こうした金融機関のレバレッジの解消は、信用の収縮を通じて、家計の消費行動や企業の設備投資といった実体経済にも影響を及ぼしかねない。とりわけ、大規模なレバレッジの解消が短期間の間に進行する場合には、総資産の圧縮、すなわち、資産の売却が資産価格の急落をもたらすことになり、こうした資産価格の下落は、貸出しの圧縮を通じた実体経済の落ち込みと相乗効果を発揮して、金融機関のバランスシートを大幅に毀損することになりかねない。このことは、更なるバランスシートの調整を通じて、金融面と実体経済の間の負の悪循環を加速度的に進ませることにもなることから、高レバレッジ解消の過程をいかに秩序だった(orderly)ものとしていくかが、金融正常化に向けて重要となってくる。

●レバレッジを急拡大させたアメリカの投資銀行

 まず、2000年代に入り、欧米各国の主要金融機関が、どの程度総資産残高を拡大させ、また、同時にレバレッジ比率(総資産額と自己資本の比率と定義)がどの程度高まってきたのかをみることにする。 
  2000年以降のアメリカの大手金融機関の総資産額とレバレッジ比率の推移について、投資銀行と商業銀行に分けてみると、アメリカの大手投資銀行は、08年第1〜3月期にかけて、総資産額を大幅に拡大させてきている。また、レバレッジ比率についても、03年まではほとんど上昇していないが、04年以降大幅に高まっていることが分かる。こうしたレバレッジの高まりの背景には、04年8月に、大手投資銀行については、SEC(米証券取引委員会)のネット・キャピタル・ルール(Net Capital Rule)についての適用除外を受けることが可能になったことが背景にある(第2節参照)。
  しかしながら、足元の動向をみると、08年第1〜3月期からは、総資産残高及びレバレッジ比率とも急速に減少に転じている。これは、短期金融市場の流動性が低下するのに伴い、資金調達が困難になった投資銀行が資産を売却することにより、借入金の返済に対応した結果であると考えられる。
  他方、大手商業銀行については、投資銀行同様、総資産残高は急速に増加させているものの、レバレッジ比率には余り大きな変化はみられていない。これは、大手商業銀行については、FRBの自己資本規制の下に置かれており、そもそも資産額の伸びに上限が設けられていることに加え、増資による自己資本の増強も同時に行われてきたことによるものとみられる。
  ただし、これらの資産額等は、あくまで銀行の決算を基に作成されたバランスシート上の金額のものであることには留意する必要がある。アメリカの投資銀行、商業銀行とも、この間、コンデュイットやSIVsといった、オフバランス機関を通じた資金調達及び資産運用を拡大させていることから、オフバランス機関を含めた総資産残高やレバレッジ比率はより高いものとなっていた可能性が高い。他方、07年頃からは、オフバランス機関の財務状況の悪化に伴い、オフバランス機関を銀行のバランスシートに取り込む動きが進んでいるとみられることから、総資産残高がその分大きくなっている可能性がある(第1-3-1図)
  以上の推移をみると、今後は、投資銀行において引き続きレバレッジ比率引下げの動きが進んでいくとともに、商業銀行においても、オフバランス機関のバランスシートを含めたバランスシート圧縮の動きが本格化していくものとみられる。

●アメリカと比較しても高いヨーロッパの金融機関のレバレッジ

 続いて、ヨーロッパの主要銀行についても同様に総資産額とレバレッジ比率の推移をみると、ユニバーサル・バンキングにより資産運用業務等を含め幅広い業務を行ってきたヨーロッパの銀行では、アメリカの金融機関と比較して、もともと高いレバレッジによる資産運用が行われていたことが分かる。その傾向は04年以降、各国において更に高まっており、とりわけ、一部の銀行においては、わずか3〜4年の間にレバレッジを2倍以上に引き上げるなど、異常なスピードで資産の拡大を行ってきている。
  今後、ヨーロッパ各国の金融機関では、このように上昇させたレバレッジ比率を引き下げていくことが必要となるが、さらに、リスクに対する投資家の関心が強まる中で、アメリカと比較して高い水準にあるレバレッジをどこまで引き下げるのかという点が、今後のレバレッジ解消の過程をみていく上で重要なポイントと考えられる。

●オフバランス機関における高レバレッジ解消の動き

 上述したように、アメリカにおいては、高レバレッジ解消の動きは、銀行のバランスシート上の問題だけでなく、銀行が設立した様々なオフバランス機関においても広がっていった可能性があり、その動きを合わせてみる必要がある。とりわけ、こうしたオフバランス機関については、資金調達に占める短期の資金への依存度が高く、また、高いレバレッジでの投資を行ってきたとみられることから、資産価格下落や金融資本市場の混乱の影響を強く受けているものと推測される。
  こうしたオフバランス機関の資産残高の推移については、包括的に把握することは困難であるが、例えば、FRBの統計におけるABS(資産担保証券)発行体(31) の金融資産残高の推移をみると、総資産残高が、04年以降急拡大した後、07年10〜12月期をピークに既に減少に転じていることが分かる(第1-3-2図)。こうしたABS発行機関体は、資金調達困難に陥っているものも少なくないとみられ、実質的に銀行が信用供与等の支援を行っていたり、これらの機関のバランスシートを銀行本体のバランスシートに統合したりするケースも増えている。このため、これらの保有する資産残高も更に減少していくものとみられる。

●ヘッジファンドの運用資産の縮小

 また、バランスシート圧縮の動きは、ヘッジファンドにも広がりをみせている。ヘッジファンドについては、金融当局の規制を受けず、高いレバレッジでの資産運用を行うとともに、投資家から高収益の運用を求められ、銀行等に比べよりリスクの高い資産への投資を行ってきたことから、資産規模の圧縮の度合いは、商業銀行等と比べ、相対的に大きなものとならざるを得ないと考えられる。
  ヘッジファンドの収益率と総資産額の推移をみると、ヘッジファンドの収益率は、07年の後半以降、急速に低下しており、足元では、収益率がマイナスに転じている。資産残高も07年後半から減少に転じており、その結果、レバレッジ比率も低下し、07年に60倍を超えていたレバレッジ比率が、08年前半には40倍を切るところまで低下している。
  また、資産価格の低下に伴い総資産額が減少していることに加え、収益率の低下に伴い、投資家からの資金の払い戻しの求めの増加やヘッジファンドの破綻件数が増加していることが資産額の減少につながっていると考えられる(第1-3-3図)。今後についても、ヘッジファンドの運用資産については、50〜75%の規模で縮小するとみる向きもあり(32) 、総資産額の大幅な圧縮が続いていくものとみられる。

●高レバレッジ解消の影響

 次に、こうした欧米の金融機関における今後のレバレッジ比率引下げが、金融機関の総資産残高にどの程度の影響を与える可能性があるかをみていくこととする。
  アメリカ、英国、ドイツ、フランスの主要な銀行の決算データを用いて、高レバレッジ解消の影響を計算してみる。アメリカの投資銀行について、レバレッジ比率が顕著に高まる以前(03年)の水準まで、レバレッジを引き下げようとすると、10月28日の資本注入を考慮しない場合には、総資産規模を16%程度、金額にして5,600億ドル程度圧縮する必要が生じる。他方、資本注入額300億ドルの効果を考慮した場合には、その必要性はとりあえず減じる。しかしながら、この試算は、追加的な損失による自己資本の毀損がないという強い仮定を置いていることには留意が必要である。
  他方、ヨーロッパでは、レバレッジの上昇の程度がアメリカより大きかったことから、レバレッジ比率の引下げが、総資産額に与える影響は大きくなる。アメリカと同様に03年の水準までレバレッジ比率を引き下げようとした場合、英国では37%、ドイツでは36%、フランスでは17%程度の資産圧縮が必要となる。また、各行への資本注入額データが利用可能な英国の銀行について、資本注入を考慮した場合の必要削減額を求めると、削減額は大幅に縮小されるものの、依然として27%程度の圧縮が必要となることがわかる(33) (34)
(第1-3-4表)

●資産価格の下落がもたらす更なる調整

 こうしたレバレッジ比率の引下げの実体経済に与える影響は、資産価格の下落により、さらに増幅される可能性がある。資産価格下落等に伴う金融機関の損失拡大は、自己資本の低下を通じてレバレッジ比率を引き上げることになり、更なるレバレッジ引下げをもたらすことになる。
  実際、このところの欧米の主要金融機関の決算動向をみると、サブプライム・ローン関連も含めた証券化商品の損失を多額に計上し、赤字決算になっている金融機関も多いが、こうした損失の拡大は、金融危機発生後においても、レバレッジ引下げの傾向を強めているとみられる。さらに、後述するように、アメリカでは、住宅価格が今後も10年にかけて、下落を続けていくとみられており、また、ヨーロッパでも、既に住宅価格が顕著に下落している英国に加え、フランス、スペイン等で、住宅価格が下落していくとみられる(第2章参照)。こうした住宅価格下落が、金融機関のバランスシートに与える影響についても、注意が必要である。

●資本増強と不良資産処理の必要性

 金融危機の実体経済への影響を最小化し、実体経済と金融面の悪化の負の循環を食い止めるためには、金融機関のレバレッジ解消のプロセスを秩序だった(orderly)ものとする必要があり、このため、政策当局は、公的資金による資本注入も含め、様々な手段で金融機関の資本増強を促していく必要がある。
  ブルームバーグの集計によると、世界の主要金融機関におけるこれまでのサブプライム関連の損失額は、08年11月25日の時点において、7,138億ドルに達している(第1-3-5表)。これに対し、金融機関は、政府による公的資本注入も含め、7,681億ドルの増資を行ってきた(35) 。また、08年10月のIMFの国際金融安定性報告書における試算によると、今後発生する損失も含め金融機関の損失額の合計は、約1兆4,000億ドルに上ると試算されており(第1-3-6表)、今後数年間に6,750億ドルの資本増強が必要になるとされている(36)
  08年10月のG7の行動計画以降の各国の取組により、アメリカでは主要金融機関に対して3,500億ドル(約32兆円)(37) 、ヨーロッパでも、英国で500億ポンド(約6.8兆円)、ドイツ、フランスでは、それぞれ800億ユーロ(約9.5兆円)、400億ユーロ(約4.7兆円)等、合計で約6,000億ドル(約56兆円)を超える規模の公的資金の注入枠が確保された(第1章第1節参照)。今後も、民間資金による増資も含め、金融機関の資本増強を促していくことが必要である。しかしながら、金融資本市場の混乱が続くとともに、欧米が同時景気後退に陥る厳しい経済環境の下では、民間部門からの資金調達は容易でないと考えられる。また、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)についても、金融危機の影響により大きな損失を被り、投資行動も慎重になっているとみられることから、07年までのような資金の出し手になるとは考えにくい。このため、必要な場合には、政府による公的資金注入枠の拡大が求められることも十分に考えられる。
  なお、公的資金の注入を含む金融機関の資本増強に際しては、その実効性を高めていく観点から、以下の三点が重要と考えられる。
  第一点目は、健全な金融機関の資本増強の必要性である。レバレッジ解消による実体経済への影響を最小限に抑えていくためには、資本増強を通じて金融機関による信用の維持・拡大につなげていくことが重要である。このためには、健全な金融機関の資本増強を促し、貸出余力を強化していくことが重要と考えられる。
  第二に、金融機関の資本増強に向けては、配当の抑制や経営者報酬抑制等により内部のキャッシュフローを維持していく努力が欠かせないという点である。とりわけ、公的資金による資本注入を行う場合には、配当や経営者報酬についての条件を付した上で資本注入を行うことが、国民の理解を得る上でも重要と考えられる。
  また、第三に、最も重要な点として、資本の増強を図ると同時に、金融機関の保有する不良資産をできるだけ早くバランスシートから切り離すことの重要性である。不良資産額の確定なくしては、必要な増資額が判明しないことから、仮に公的資金を注入したとしても、カウンターパーティ・リスクは減少せず、金融システム全体の正常化は実現しない。アメリカにおいては、TARPにおける不良債権の買取りは現時点では優先度が低いとして、当面先送りする方針が示されており、また、ヨーロッパでは、政府による不良債権買取りスキーム等を具体化する動きはない。しかし、政府によるスキームの有無にかかわらず、金融機関において、不良資産を確定し、それをバランスシートから切り離していく過程が今後の正常化に向け不可避と考えられる。


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