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第1章 世界金融危機の発生と拡大

第4節 金融危機再発防止に向けて

 第2節でみたように、今回の金融危機の直接的な原因は、金融機関が新しい金融商品や金融イノベーションに関するリスクを適切に管理できず、金融市場が機能不全に陥ったことによるものと考えられる。また、それを事前に抑止できなかった金融規制・監督体制の問題でもある。
  本節では、現在進められている金融危機再発防止に向けた取組を概観するとともに、今後の課題として欧米における金融規制・監督体制の在り方をめぐる論点を取り上げる。

1.金融危機再発防止に向けた取組

 08年11月14、15日に開催された金融サミットでは、当面の危機対応策に加え、今回の金融危機発生の原因と再発防止に向けた改革の在り方等についても議論が行われた。
  金融サミットの「首脳宣言」では、危機の根本的な原因は、市場参加者がリスクを適正に評価せず、適切なデュー・ディリジェンスの実施を怠っていたことなどに加え、不適切なリスク管理慣行や、複雑で不透明な金融商品、過度のレバレッジが組み合わさって、金融システムの脆弱性をつくりだしたことにあると指摘している。そして、金融規制・監督当局の側にも、金融市場のリスクの評価や対処において問題があったことを認めている。
  こうした認識の下、「首脳宣言」では、金融危機再発防止のため、金融市場と規制の枠組みを強化する改革を実施することで合意し、改革の共通原則として、(ア)透明性及び説明責任の強化、(イ)健全な規制の拡大、(ウ)金融市場における公正性の促進、(エ)国際連携の強化、(オ)IMF等の国際機関の改革の五つを挙げている。さらに、この五つの原則を実行するため、各原則における09年3月末までの当面の措置と中期的な措置を示した「行動計画」を決定した(第1-4-1表)
  再発防止のための五つの原則の具体的な内容をみると、まず、透明性及び説明責任の強化として、複雑な金融商品に関する義務的開示の拡大、金融機関の財務状況の完全・正確な開示の確保等に合意したことが挙げられる。証券化商品を始め複雑な新しい金融商品が、金融機関の不十分なリスク管理や格付けへの過度の依存を生み出す結果になったとの認識が背景にある。
  次に、健全な規制の拡大については、すべての金融市場・商品・参加者が、状況に応じて適切に規制され、あるいは監督の対象となるようにすることを参加国が誓約した点が重要である。CDSを始めとするOTC(Over the Counter)(38) デリバティブ商品のように、金融規制・監督当局があまり監視を行っていない金融商品の存在が、今回の金融危機を深刻化させた(39) 。当局が金融全体のシステミック・リスクを把握する観点からも、重要なポイントである。また、格付機関に対して国際的行動規範に整合的な形で強力な監督を実施することも合意された。
  さらに、金融市場における公正性を促進するため、投資家・消費者保護を強化し、利益相反を回避すること、規制当局が国境を越える資本フローを含め金融市場のすべての部門において、国際協調・連携を強化していくこと等が「首脳宣言」に盛り込まれた。
  「首脳宣言」では、各国の財務大臣に対し、専門家の提言を参考にしつつ、各種規制における景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)の緩和(コラム1−3参照)や、市場混乱時の複雑な証券についての国際会計基準の見直しと調整(コラム1−4参照)、信用デリバティブ市場の強靱性と透明性の強化及びシステミック・リスク軽減(コラム1−5参照)等について、追加的な提言を行うよう求めている。これらの点は、今後の金融市場の安定化と危機再発防止の上で重要なポイントであり、今後の早急な議論の進展が望まれる。

コラム1−3:規制における景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)

 規制における景気循環増幅効果とは、自己資本比率規制や引当金に関する規制等により、景気拡大局面に金融機関がますます貸出しを増加させたり、逆に後退局面において規制を満たすために貸出しを縮小させ、結果として景気循環を増幅してしまう効果である。例えば、金融機関は、景気後退局面で保有する有価証券の評価額が下落した場合、評価損を自己資本から控除する結果、自己資本比率を維持するために、貸出しを絞り込むなどして資産縮小を行うこととなる。これが、需要減退を通じて更に景気を悪化させるという悪循環をもたらす可能性がある。また、自己資本比率の分母はリスクウェイト付けした資産の合計であるが、バーゼルIIでは、事業法人向け貸付けについては格付けに応じてリスクウェイトが変化するので、景気悪化に伴い、既存の貸出しがよりリスクの高い資産として分類された場合、結果として自己資本比率を維持するため、他の貸出しを絞り込んで資産を縮小せざるをえないことがありうるのではないかという議論がある(注1)
  損失の引当についても、同様の問題が指摘されている(注2) 。金融機関は、景気後退期には、要注意先債権や破綻懸念先債権等の増加に対応して多く貸倒引当金を積み増すため、利益が圧迫される。この場合、金融機関によっては、自己資本比率を維持するため、貸出しを縮小させる可能性があり、これが結果として景気を更に悪化させることもありうる。例えば、スペインでは、こうした問題点に対応するため、2000年から新しい引当ルール(dynamic provisioning)を導入している。このルールでは、過去の長期データから求めた貸出しの予想損失を用いて、景気拡大期にはより多く引当てを求め、景気循環の影響を平準化する工夫をしている(注3) (注4) 。ただし、こうしたルールには適用に際して裁量の余地があり、これが透明性を害する可能性もある(注5)。規制における景気循環増幅効果の軽減と、規制の透明性の両立をいかに図るかが重要な論点となろう。
  自己資本比率規制における景気循環増幅効果については、既に金融安定化フォーラム(FSF)においても指摘されており(注6) 、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)とFSFが効果の検証と緩和策についての検討を開始している。今回の金融サミットで合意した「行動計画」においても、09年3月末までに景気循環増幅効果を緩和するための提言をとりまとめることとされた。


コラム1−4:公正価値会計(時価会計)(注1)

 「公正価値会計」とは、市場に十分な取引があり、「市場価格」が信頼できるものである場合には、その価格による評価(mark-to-market)を行い、市場が混乱している場合等信頼に足る市場価格がない場合には、「合理的に算定された価額(理論値)」による評価(mark-to-model)を行うものである。米国会計基準では、市場に十分な取引がある場合、市場における取引価格を公正価値とし(レベル1)、そうした価格がない場合には類似資産の市場価格等を用い(レベル2)、それもない場合には会社内部のデータを用いて将来キャッシュフローの割引現在価値等を算定して用いる(レベル3)こととしている。
  今回の危機においては、複雑な証券化商品や仕組み商品の市場取引が僅少になったり、換金売りのため投売り状態に陥り、通常では取引されないような低い価格で取引されるなどの事態が生じた。このため、このように市場に異常がある場合の市場価格による評価について、様々な議論がなされている。
  また、証券化商品や社債等について、07年初めから市場価格評価による評価損失は、アメリカ、英国ユーロ圏合計で2.8兆ドルに達している(図1)。このため、金融機関が保有する資産を市場価格で評価することは、金融危機を更に深めることになるのではないか、また、景気悪化を増幅しているのではないかという議論がある。
  他方、公正価値会計は景気循環増幅効果はあるものの、他の代替手段に比べれば透明性が高く、むしろ引当てや自己資本比率規制の方で景気循環の効果を考慮すべきではないかという見方(注2) 、あるいは、市場価格が理論価格よりも低いのは、市場が将来の不確実性を織り込んだものと考えるべきではないか(注3) との議論もある。
 なお、上記のような議論も背景に、08年9月30日、アメリカの証券取引委員会(SEC)と財務会計基準審議会(FASB)は共同で、資産評価に関する取扱いを明確化する指針を公表し、市場が無秩序(disorderly)なため、取引価格が極端な場合には、会社内部のデータに基づき推計することが可能であることを明示した(注4)
  また、不良資産買取り(TARP)等を内容とする緊急経済安定化法は、公益上必要あるいは適切、かつ投資家保護と矛盾がない場合には、SECに対し、市場価格による評価を停止する権限を付与している。また、SECは財務省及びFRBと協議しながら市場価格による評価に関する研究(金融機関のバランスシートに与える影響、08年に起きた金融機関の破綻に与えた影響、投資家に提供する財務情報の質に与える影響等)を行い、90日以内にその報告書を議会に提出することとなっている。
  また、10月13日に国際会計基準(IFRS)が改訂され、金融資産の保有区分について、それまで不可能であった売買目的区分(公正価値評価)から満期保有区分(償却原価)への振替が例外的状況において可能となり、これを受け、EUでは10月15日、当該改定を受け入れた(注5)


コラム1−5:OTC取引の増大とCDS

 OTC取引とは、金融機関などの取引当事者が相対で行う取引を指すが、近年、特に、デリバティブ(金融派生商品)のOTC取引が急増している。OTC市場におけるデリバティブ取引残高の推移をみると、2000年代に入って以降、拡大を続けてきたが、03年以降更に伸びを加速させており、08年6月末時点で、684兆ドルと世界のGDPの13倍の規模まで拡大している。内訳を見ると、主に金利先物や金利オプション等の金利関連取引が全体の約3分の2を占めているが、このところCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)取引も急速に拡大しており、07年末には、57.9兆ドルにまで拡大した後、08年6月末には57.3兆ドルとわずかながら減少している(図1)
 CDSは、そもそも、各種債権に対するデフォルトリスクをヘッジするための金融デリバティブ商品であり、一般的には、契約時に、プロテクションの売手と買手の間で、対象となる主体(企業、政府等)や債権、保証の対象となるクレジットイベント(破産、支払不履行等)、保証金額等を決め、実際にそのイベントが発生した場合には、保証金額がプロテクションの売手から買手に支払われる仕組みとなっており、また、一般的には現物決済が主流である(図2)
 CDS取引については、プロテクションの対象となる保有債権を実際には保有していない、投資あるいは投機目的の投資家が増加しており、売買の対象も個別企業を対象としたCDSだけでなく、代表的な企業のCDSプレミアム(保証料)を組み合わせた指数や、CDSを組み込んだ証券化商品であるシンセティックCDO等が作られ、取引が拡大してきた。
  08年9月の米大手保険会社AIGの経営危機に際しては、同社がCDSのプロテクションを投資家相手に大量に提供していたことから、そのリスクが関心を集めることとなった。CDSについては、プロテクションの売手である金融機関がデフォルトした場合に、その買手にとって転嫁したはずのリスクが転嫁されないことになり、買手の信用リスクが高まる。さらに、そうした買手が他のCDSでプロテクションの売手となっている場合には、そのプロテクションの買手の信用リスクも上昇し、市場全体に信用リスクが広がっていくことになる。
  しかも、CDS取引はOTC取引であったため、外部からは、どの金融機関が、どういう債権を対象としたCDSをどの程度売買しているのかといった情報が把握できない。そのことが、金融機関の財務状況に対する不透明感を高め、市場のカウンターパーティ・リスクを高めることとなった。
  CDSを含めOTCデリバティブ取引については、これまでも相対取引に伴うリスクの低減や取引の透明性を高めるための努力が行われてきたものの(注1) 、十分とは言い難く、今後、システムの安定性を高めるためには、中央清算機関(CCP:Central Counter-Party)が設置されることが望ましい。実際に、欧米においては中央清算機関設立の動きが進められている(注2) 。中央清算機関において清算が行われれば、市場の透明化・効率化につながり、また、従来の相対取引が清算機関を相手方とする取引に一元化されれば、プロテクションの買手がプロテクションを受けられないリスクが軽減されることになる。
  08年11月の金融サミットにおいても、こうした清算機関設立の動きを受けて、09年3月31日までの当面の措置として、「監督当局及び規制当局は、CDS及びOTCデリバティブ取引のシステミック・リスクを低減させるための努力を加速し、市場参加者が、CDS契約のための取引所取引または電子取引基盤を支持するよう要求し、OTCデリバティブ市場の透明性を向上させ、さらに、OTCデリバティブのためのインフラが、増加する取引高を支えられるものとなるよう努める。」とされているところであり、今後の各国における取組が期待されるところである。


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