第1章 世界金融危機の発生と拡大 |
第4節 金融危機再発防止に向けて
2.欧米における金融規制・監督体制の改革の必要性
金融サミットの首脳宣言においては、今回の危機の根本的な要因として、「いくつかの先進国において政策立案者、規制当局及び監督当局は、金融市場において積み上がっていくリスクを適切に評価、対処せず、また金融の技術革新の速度について行けず、あるいは国内の規制措置がシステムにもたらす結果について考慮しなかった。」という問題点があったことを指摘している。また、「我々は、規制枠組み、健全性監督、リスク管理を強化し、すべての金融市場、商品、参加者が状況に応じて適切に規制され、あるいは監督の対象となることを確保することを誓約する」としている。そのためにはどのような改革が必要であろうか。これは、金融分野の規制・監督に係る広範な問題にかかわるが、ここでは、特に規制・監督の体制を取り上げる。すなわち、アメリカでは規制・監督が連邦政府の多数の機関と州政府によって担われており、複雑かつ重層的になっていることから、一部で新しい金融商品やビジネス・モデルに十分対応していなかったこと、ヨーロッパではユーロ発足に伴って金融資本市場の一体化が急速に進んでいるにもかかわらず、金融に関する規制・監督は各国政府の権限とされ、必ずしも十分な調整が行われていなかったことが指摘できる。以下では、こうした問題点を検討し、改革の方向性を考える。
(1)アメリカ
●アメリカの金融規制・監督体制
アメリカでは、南北戦争期あるいは1930年代からの歴史的経緯の積み重ねから、金融分野の規制・監督は多数の機関によって担われており、非常に複雑なものとなっている(第1-4-2表)。現在の姿は、1930年代におおむね形成されたもので、S&L危機等により若干の修正は加えられたものの、全体的な構造は変わっていない。
まず、預金取扱機関については、商業銀行(Commercial Banks)、貯蓄金融機関(Thrifts、またはSavings and Loans)、信用組合(Credit Unions)がある。いずれも、連邦政府から免許を付与されるものと、州政府から免許を付与されるものの二通りがある。例えば、商業銀行については、連邦政府から免許を付与される「国法銀行」(National Banks)と、州政府から免許を付与される「州法銀行」(State Banks)が並存する「二元銀行制度」(dual banking system)となっており、銀行はどちらかを選ぶことができる。これに対応して、監督も、連邦政府当局と州政府当局、FRS(連邦準備制度)、FDIC(連邦預金保険公社)等から成る、多元的な仕組みになっている。この二元銀行制度は、南北戦争の戦費調達と金融システム安定化のために国法銀行を設立できるようにした1863年の国法銀行法によって成立したもので、州法銀行は廃止されないまま存続した。
大恐慌後の1933年には、銀行法が成立した。この銀行法により預金保険制度がつくられ、FDICが創設された。FDICが、免許付与機関とは別に、加盟する預金取扱機関の健全性を監督し、重要な役割を果たす現在の体制のもとがつくられた。また、銀行法の中にある、いわゆるグラス・スティーガル法により銀証分離の原則が打ち立てられ、銀行業務と証券業務の兼業が禁止された(40) 。この原則は、1999年のグラム・リーチ・ブライリー法によって事実上撤廃されるまで存続した。
現在、連邦法に基づく預金取扱機関の場合には、FRS、FDIC、OCC(Office of the Comptroller of the Currency)、OTS(Office of Thrift Supervision)、NCUA(National Credit Union Administration)の五つの連邦機関が監督・検査を担っている。国法銀行の場合にはOCCが免許を付与し、第一義的な監督権限を有する。同時に、FRSへの加盟とFDICへの加入が義務付けられる。連邦免許付与の貯蓄金融機関の場合には、OTSが第一義的な監督権限を有し、FDICへの加入が義務付けられる。信用組合の場合には、NCUAが免許を付与し、預金保険が別途存在する(National Credit Union Share Insurance Fund)。
州法に基づく預金取扱機関については、州政府当局が免許を付与し、第一義的な監督権限を持っており、それぞれの州法で既定された業務の範囲内で業務を営む。FRSへの加盟やFDICへの加入の要否は州法の規定によって異なる。
証券分野については、連邦レベルにおける証券取引委員会(SEC)のほか、州政府による証券会社の監督がある。商品先物取引については、商品先物取引委員会(CFTC)がある。保険分野は、基本的に州政府の規制・監督下にある。
●現在の体制の問題点
こうした複雑な規制・監督の調整は、財務長官、FRB等関係者から成る大統領金融市場作業部会(President’s Working Group on Financial Markets)(41) をはじめ、様々なレベルで行われているものの、現代の金融分野の発展に十分適応したものとは言い難い。グローバル化や金融のイノベーションへの対応という観点からは十分ではなく、新しいさまざまな金融商品や金融サービスが生まれても十分にカバーされていない。
特に、1999年のグラム・リーチ・ブライリー法による銀証分離規定の事実上の撤廃を含む、1980年代からの一連の規制緩和により、金融機関の業務は相互乗り入れと多様化が進展し、また、デリバティブや証券化手法を始めとする新たな金融商品やイノベーションが次々と生み出された。
しかしながら、金融規制・監督体制は、南北戦争期から1930年代に出来上がった仕組みが基本的に維持され、新たな状況に対応していなかった。例えば、住宅ローンの販売業者・貸手は、基本的に州法の下にあり、その規制・監督は州によって異なり、統一的な免許の基準や規制等は存在しない。国法銀行の子会社が営んでいる場合は、それぞれの監督機関(OCC、OTS、FDIC、FRS)が関わるが、そうでない業者が相当部分を占め、サブプライム・ローンの半分以上は、連邦の監督下にない業者によるものであった。州によっては、十分な監督がなされていない、あるいは全く監督がない場合もある(42) 。こうした業者によって貸し出された住宅ローンが証券化商品に組成され、遠く海外にまで販売されるような事態を全く想定していなかった規制・監督体制であったといえる。
また、CDSを始めとするOTCデリバティブ市場についても、市場全体を監督する機関はなかった。金融監督の政治からの独立性が不十分なことも過剰なレバレッジに寄与したとの指摘があるが(43) 、これも複雑な規制・監督体制と無縁ではない。
●財務省の改革案「ブループリント」
こうした問題点は、今回の金融危機発生以前から認識されていた。財務省は、07年6月からアメリカの複数の規制当局による多層的な規制構造について見直しの作業を開始し、08年3月には「規制構造の強化に関するブループリント」(Blueprint for a Stronger Regulatory Structure)と呼ばれる、金融規制・監督の仕組みに関する抜本的な改革案を打ち出した(44) 。
「ブループリント」では、短期的、中期的、長期的な改革に分けて、提言を行っている。短期的な改革としては、まず、大統領金融市場作業部会を強化し、メンバーにOCC、OTS、FDICを加えて、金融のシステミック・リスク回避のため監督機関間での情報共有や調整を行うことを提言している。また、住宅ローンの販売業者・貸手の免許や規制について、各州の規制の適切性を評価する、連邦レベルの機関を創設することなどを提言している。
中期的には、貯蓄金融機関を国法銀行に移行させ、同時に、貯蓄金融機関を監督するOTSと国法銀行を監督するOCCを統合すること、保険業について連邦レベルの免許を創設し、財務省内に監督機関を作ること、金融イノベーションにより商品先物と証券の境界があいまいになってきていることから、商品先物取引を監視するCFTCと、証券取引を監視するSECを統合することなどを提言している。
さらに、長期的な改革として、銀行、証券、保険等セクター別に編成されている監督機関の構造を、目的別、すなわち、金融市場全体の安定確保、金融機関の健全性の監督、投資家保護等取引の適切性の確保という3つの目的に合わせて抜本的に編成しなおすことを提案している。これは、現在のオーストラリアの金融規制・監督制度(45) に類似したアプローチとなっている(46) 。この結果、FRBがシステミック・リスクを防止する「市場安定規制機関」(Market Stability Regulator)の役割を担い、預金取扱機関等政府の保証が関わる金融機関の監督については、OCCやOTS、NCUAを統合して「健全性監督機関」(Prudential Regulator)を創設、投資家保護等については、SECとCFTCの統合をベースに「取引等規制機関」(Business Conduct Regulator)が創設されることを想定している。また、これに併せて、免許も、連邦預金保険対象の預金取扱機関(Federal Insured Depository Institution)、連邦免許による保険会社(Federal Insurance Institution)、それ以外の金融サービスを行う機関(Federal Financial Services Providers)に整理することを提案している。
現時点では、こうした提案を実現に移す具体的な動きはみられないが、将来の金融危機の再発を防止する観点からは、「ブループリント」の実現を含め、規制・監督体制の抜本的な見直しが望まれる。
(2)ヨーロッパ
●ヨーロッパの金融市場の統合化と金融危機
ヨーロッパでは、1999年のユーロ発足、ユーロに係る単一決済システム(TARGET)の導入により、ユーロ圏内の金融市場の統合が進み、金融機関の国境を越えた活動も活発化した。短期金融市場は実質的に単一市場となり、証券市場も統合が進んでいる。長期の社債(1年以上)の約半分は、起債国以外のユーロ圏内の国々で保有され、国境を越えた銀行貸出しも銀行間を中心に着実に増加してきた(47) 。EU域内での金融サービス貿易は、年平均23%増(04〜07年)と高い伸びを示していた。金融市場の統合により、ユーロ圏内の銀行の数はユーロ発足1年前(98年)の8,361行から07年の6,128行へと2,200行以上減少するなど(48) 、金融機関の間の競争も激化した結果、生き残りに向けて極端な経営行動に向かう金融機関もみられた(49) 。
また、ユーロ圏においても、金融イノベーションが進展した。ユーロ圏におけるABSの発行もGDP比2%と、アメリカ(同25%)や英国(同10%)に比べれば低水準ながら、07年前半までは堅調に増加し、ユーロ建て金利デリバティブも99年から06年の間に4倍になるなど、金融のイノベーションも着実に浸透していた。ユーロ圏内の金融機関の総資産額も、98年の14兆ユーロから07年の28兆ユーロへと10年間で倍増した(50) 。
しかしながら、このように金融資本市場の統合化、高度化が進んでいるにもかかわらず、EUにおいては金融規制・監督の権限は各国に存するため、金融機関の国境を越えた活動に関する監視が十分行き届かないことや、ユーロ圏の金融システム全体のシステミック・リスクを扱う主体が存在しないなどの問題がある。
例えば、ヨーロッパには、国境を越えて活動する大規模な金融機関が46機関存在し、EUの総資産額の68%を保有するが(51) 、こうした金融機関の監督については、支店と子会社で取扱いが異なる。免許を付与した国(母国)が国外の支店も含め監督するが、子会社の監督は、当該子会社が存する国(ホスト国)が行うことになっている。こうした金融機関の健全性を確保するためには、母国とホスト国の金融監督当局間で十分な情報交換を行うことが重要であるが、その点が不十分だったのではないかという指摘がある(52) 。
また、ユーロ圏全体のシステミック・リスクについては、ECBが定期的に報告を公表しており(Financial Stability Review)、今回の危機の可能性についても、07年6月時点で、不適切なリスク管理や過剰なレバレッジにより金融システムの脆弱性が高まっており、予期しないショックにより大きな混乱が起こるリスクが増大していると警告していた(53) 。しかしながら、ECBには金融監督に関する権限はないので、こうした警告はあまり活かされないまま、今回の金融危機を迎えた。
●規制・監督の調整に向けた努力
ヨーロッパでは、ユーロ発足当初から、金融資本市場の規制・監督の基準の統一化や調和に向けた努力が進められてきた。具体的には、99年5月に欧州委員会が作成した「金融サービス行動計画」や、01年2月に、ラムファルシー元EMI(欧州通貨機構、ECBの前身)総裁を委員長とする賢人委員会が行った、金融サービス市場関連の立法プロセスの改革や規制・監督の在り方に関する提言(いわゆる「ラムファルシー・レポート」)に沿って、改革が進められてきた。現在では、金融分野の規制・監督について、各国金融監督機関とECB、各国中央銀行等による欧州銀行監督委員会(Committee of European Banking Supervision)を始め、様々なチャネルによる調整や情報共有が図られている。
しかし、08年9月以降のヨーロッパにおける金融危機の深刻化をみると、EU域内あるいはユーロ圏内で、金融規制・監督について更なる協調、強化が必要であることは明白である。今回の危機を機会に、ユーロ圏内の単一規制・監督機関創設の可能性も含め、抜本的な体制の強化が期待される。