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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 サブプライム住宅ローン問題の背景と影響

第2節 サブプライム住宅ローン問題の発生とその影響

3.サブプライム住宅ローン問題の実体経済への影響

●住宅市場調整の長期化・深刻化
 05年半ば以降、利上げの影響等から住宅ローン金利が徐々に上昇し始め、また住宅価格も所得等と比べてかなり高水準となったことなどから、人々の住宅の購買意欲も後退し始め、住宅販売件数は05年7〜9月期にピークをつけ下落に転じた。こうした住宅需要の急減速に加え、住宅建設の調整が遅れたことなどから、05年末以降、在庫率も急速に上昇し始めた(第1-2-10図)。こうした状況の下、06年1〜3月期に住宅投資は減少に転じ、06年4〜6月期以降は前期比年率で二桁台の大幅な減少となり、現在まで住宅部門の調整が続いている(第1-2-11図)
 住宅価格は、OFHEO住宅価格指数でみると06年4〜6月期から伸びが鈍化し始め、ケース・シラー住宅価格指数では06年8月から下落に転じている。先にみたように、住宅価格の軟化は、サブプライム住宅ローンの延滞の原因となったが、サブプライム住宅ローン問題の発生は、住宅部門の調整をさらに長期化・深刻化させる幾つかの要因をもたらしている。
 まず住宅ローンの延滞が長期間に及び担保物件の差押え・売却につながることによって、既に10か月を超え高水準となっている中古住宅の在庫率をさらに上昇させるおそれがある。07年4〜6月期では、サブプライム住宅ローン残高の約5%が差押え物件となっているが、07年後半から08年に変動金利のリセットを迎えるサブプライム住宅ローンの増加が予想される中、延滞による差押えの物件が積み上がることで在庫調整を遅らせる可能性がある。また、投資目的等で住宅購入を行った者のうち、投資収益を超える住宅ローンの返済負担に耐え切れず住宅を売却するといった動きも在庫調整に影響すると考えられる。
 また、サブプライム住宅ローンの延滞の増加等から、既に金融機関による住宅ローンの融資基準がサブプライム層だけでなくプライム層等に対しても厳格化しており、今後住宅販売がさらに減少するおそれもある(第1-2-12図)。足元でも住宅販売件数の落ち込みは続いており、特に中古物件の住宅販売は99年の統計調査開始来の低水準となっている。こうした住宅販売の減少も在庫調整を深刻なものとする可能性がある。
 住宅部門の調整の長期化、深刻化は住宅価格に対して下押し圧力となって表れている。今後の住宅価格の先行きを示す一つの指標としてケース・シラー住宅価格指数の先物指数をみると、住宅価格は2010年にかけて1割強の下落が生じると見込まれている(39) (第1-2-13図)。住宅価格の下落は、サブプライム住宅ローンの延滞を悪化させる要因となるだけでなく、次にみるように逆資産効果を通じて消費を減少させるおそれもあり留意が必要である。

●住宅部門の調整が消費に与える影響
 住宅部門の調整は、住宅価格の下落に伴う逆資産効果や消費者の信用制約の悪化等により消費を減少させる懸念があるとともに、建設、製造業、金融等の住宅部門に関連する産業の雇用にも影響を与えることで消費を抑制するおそれもある。

(i)住宅価格の動向に伴う資産効果
 人々は当期所得だけでなく資産を含む生涯の所得に基づき毎期の消費を平準化させ生涯効用の最大化を図るというライフ・サイクル仮説に基づけば、住宅資産の増加は消費を将来にわたって増加させる効果を持つと考えられる。2000年代の個人貯蓄率の動きをみると、住宅資産以外の要因にも影響を受けた面はあるものの、住宅資産が大きく増加した2000〜06年にかけて2.4%から0.4%に低下しており、住宅価格の上昇に伴う資産効果が消費を一定程度増加させたことが示唆される(40) (第1-2-14図)
 住宅資産の資産効果が消費に及ぼす影響についてはこれまでも多くの実証研究が行われている。これらの研究によれば、アメリカにおける住宅資産の増加に伴う限界消費性向(Marginal Propensity of Consumption)は、推計値にばらつきがあるものの、1ドルの住宅資産の増加に対する消費の増加でみると多くは2〜7セントの範囲内となっている(第1-2-15表)。この推計値の大きさの目安として実際に消費に及ぼす影響に置き換えてみると、個人消費支出(PCE)デフレータ(2000年基準)で実質化した07年4〜6月期末における家計部門の住宅資産額は約18兆ドルであることから、仮にその10%が減少する場合、消費は約360〜1,250億ドル(約0.4〜1.5%)減少するという計算となる。
 ライフ・サイクル仮説に基づけば、消費に対する資産効果は、住宅資産だけでなく金融資産等その他の資産にも同様に存在すると考えられるが、住宅資産と金融資産の資産効果の大小については見解が分かれている。例えば、住宅資産の方が株式等の金融資産に比べて、価格変動の度合いが小さく安定しているため長期的な生涯所得の増加ととらえやすいこと、限界消費性向が相対的に高いと思われる中低所得層により広く所有されていることなどから、住宅資産の資産効果の方が大きな効果を持つとの見方がある。一方、住宅価格の上昇は住宅購入予定者にとっては将来の住宅購入に備えて消費を抑制する効果を持つこと、金融資産は限界消費性向の高い高齢者層によって多く保有されていることなどから、金融資産の方がより消費に大きな影響を与えるなどの見方もあり、一概にどちらが大きな効果があるか明確ではない(41)
 家計のバランスシートをみると、家計純資産額(資産額−負債残高)は 02年以降上昇傾向が続いておりこれまで消費を支えてきたと考えられるが(第1-2-16図)、そのうち純住宅資産額(住宅資産額−住宅ローン債務残高)は06年後半以降減少に転じている。これまでのところ、金融資産の増加によって家計純資産額は緩やかに上昇しているため、資産効果全体としては消費にプラスの影響をもたらしている可能性もあると考えられるが、今後住宅価格が大きく下落するようなことになれば、さらなる純住宅資産額の低下が家計純資産額を減少させ、さらに逆資産効果によって消費を減少させる可能性がある。

(ii)消費者の信用制約に対する効果(Mortgage Equity Withdrawalの効果)
 住宅資産の増加はその担保価値の増加等を通じて消費者の信用制約を緩和し、消費を増加させる効果もある。住宅資産の増加分からホーム・エクイティ・ローンやキャッシュアウト・リファイナンス等によって資金を引き出すことをモーゲージ・エクイティ・ウィズドローアル(Mortgage Equity Withdrawal:MEW)と呼ばれている(42)。Greenspan and Kennedy(2007)によるMEWの推計値をみると、住宅ブームが加速した90年代後半から住宅市場が調整局面に転じる05年まで一貫して増加している(第1-2-17図)。MEWの消費支出に対する効果については様々な見方があるが(43)、Greenspan and Kennedy(2007)が推計したMEWのうち消費に充てられた額は、05〜06年には消費支出全体の約2%に達しており、消費の増加に対して一定の役割を果たしたと考えられる。
 住宅資産の動向が消費に与える影響として従来の資産効果とMEWを通した効果について明確に区別することは難しいとの指摘もあるが、これまでの先行研究においては資産効果とMEWによる効果の双方が同時に消費に対して大きな影響を及ぼすとの結果は得られていない(44)。しかし、アメリカのように発達した住宅ローン市場を有する場合は、消費者が住宅資産を担保に簡易かつ低コストで資金を引き出すことが可能となるため、MEWの効果が大きくなるとされている。Muellbauer(2007)は、住宅ローン市場の発展が十分でない場合は、住宅価格の上昇は将来の住宅購入に備えて消費を抑制させる効果の方が大きくなり住宅資産の資産効果はマイナスとなる可能性を示唆する一方で、発達した住宅ローン市場を前提に信用制約の緩和の影響を加味すると住宅資産の資産効果はプラスになり、金融資産の資産効果よりも大きいと分析している(45)
 こうした先行研究を踏まえると、今後の住宅価格の動向が消費に与える影響として、これまでMEWによって消費を増加させてきた効果が、今後MEWの減少によってその効果がはく落し、先にみた住宅資産の資産効果とあいまって消費を押し下げるおそれがある。加えて、家計がこれまで増やしてきた住宅ローンなどの債務の元利返済負担も過去最高水準まで上昇しており、今後この債務返済負担が消費を圧迫する可能性もある(第1-2-18図)

(iii)住宅・金融部門における雇用調整による影響
 住宅部門の調整は、建設業や耐久財製造業、金融業等の関連する産業の雇用環境にも影響を与えている。例えば、07年1〜10月において、住宅建設関連産業では12万人の雇用が失われたほか、耐久財のうち木材・家具・家電産業でも4万人、金融仲介業でも5万人の雇用減となっている。これらの産業の雇用が雇用全体に占める割合は1割弱と小さいものの、雇用全体でみても既に雇用者数の伸びが緩やかになっており、今後、こうした雇用情勢が消費に与える影響にも注視が必要である。

 これまでみてきたようにサブプライム住宅ローン問題はアメリカ経済の先行きに大きな影を落としている(46)。住宅部門の調整の長期化・深刻化は、住宅投資のさらなる減少をもたらすだけでなく、住宅価格の下落による資産効果やMEWの減少等を通じて個人消費の下押し圧力となるリスクがある。また、サブプライム住宅ローン問題を発端に生じた金融資本市場の変動は依然として正常化しておらず、サブプライム住宅ローン関連の金融商品に対し発生している信用収縮がコマーシャルペーパー(CP)や社債等ほかの信用市場にも伝播したり、銀行等の金融機関のバランスシート悪化や流動性不足によって個人や企業への融資態度がさらに厳しくなることで、消費者や企業のマインドを冷え込ませ、経済活動の重石となる可能性もある。今後の見通しについては、住宅部門の調整に加え個人消費の伸びが緩やかになることで、07年末から08年始めにかけて経済成長率は弱い状態が続き、その後は徐々に持ち直していくとの見方が中心であるが、サブプライム住宅ローン問題がもたらす下方リスクが現実のものとなる場合には景気が一層減速するおそれもあるため注視が必要である。


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