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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 サブプライム住宅ローン問題の背景と影響

第2節 サブプライム住宅ローン問題の発生とその影響

2.サブプライム住宅ローン問題の金融資本市場への影響

●サブプライム住宅ローン関連の証券化商品の損失・格下げ
 延滞率の上昇によって、サブプライム住宅ローンを担保に発行されたRMBSやCDOにも損失が生じる懸念が高まり、その需要が急激に落ち込んだ。RMBSやCDOのインターバンク取引金利とのスプレッドをみると、07年前半から徐々に高まっていたが、07年後半に入って特に格付けの低いものを中心に急速に拡大している(第1-2-4図)。RMBSやCDOの保有者が被る実際の損失規模は、証券化商品の担保に含まれる住宅ローンのデフォルト額等に依存するが、証券化の過程でリスクが分散されたことなどから、各々の損失がどの程度になるか不確実な部分が多いという点も投資家の不安をあおる結果となった。
 こうした状況の中、07年7月に格付機関はサブプライム住宅ローン関連のRMBSやCDOの格付けの引下げ方針を公表した。その後も、格付機関によるRMBSやCDOの格付けの見直しが断続的に行われている。格下げの多くは比較的格付けの低い商品に集中していたが、AAA格の商品の中にも数段階引き下げられたものもあった。こうした格付機関による大幅な格下げは、投資家のRMBSやCDOの商品価値に対する不安を拡大させるだけでなく、証券化商品に対する格付け自体の妥当性についても信頼を損なうこととなった。これまで投資家などはRMBSやCDOに対する価格評価を格付機関による格付け情報に依存してきたことから、こうした状況の中で証券化商品の価格形成が困難となり市場流動性が悪化するとともに、既にこれらの商品を保有する者の中には投売りによって損失を確定する者も現れ、商品価格のさらなる下落につながった。

●金融資本市場の信用収縮と流動性問題
 サブプライム住宅ローンに関連する証券化商品の市場は、第1-2-5図でみるように貸付機関、銀行、投資家、ヘッジファンド等の様々な主体による取引の連鎖によって成り立っている。証券化はこれらの主体間での資金循環を機能させることを通じて、サブプライム住宅ローンの損失を貸付機関や銀行に集中することを回避させてきたが、このことが損失の所在や規模に関する不透明感を高めることにもなった。
 これらの主体の中でも特にヘッジファンドは、RMBSやCDOのうち格付けの低い商品(メザニン、エクイティ)に対して、レバレッジと呼ばれる手法を用いて自己資金の数倍ともいわれる運用を進めてきたため、サブプライム住宅ローンの延滞率上昇や格付機関による格下げ等の影響に直面し経営難に陥る者が現れた。また、投資銀行等の銀行も、傘下のファンドに資金供給していただけでなく、SPVによる証券化業務やコンデュィットやSIV(Structured Investment Vehicle)と呼ばれる独立の非連結(オフバランス)の事業体を活用した証券化商品の運用等にかかわっていたため、銀行の経営や収益に対する信用も低下した。
 銀行等がかかわっていたコンデュィットやSIVは、CDO等の流動性の低い資産の運用原資を、その資産を担保に発行する資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)など比較的短期の資金調達に依存していた(33)。CDO等の証券化商品に対する信頼が揺らぎ始めると、もともと複雑で流動性の低い証券化商品の価格付けが困難になったため、コンデュィットやSIVは満期を迎えたABCPの借換えによって資金調達を行うことができなくなるケースが発生した(第1-2-6図)。こうしたケースでは、銀行はコンデュィットやSIVに対し信用供与する契約となっているため、銀行にとってオフバランスであった損失がオンバランス化することとなる。しかし、このようなオフバランス債務に係る損失の規模や所在が不透明なため、金融機関同士が疑心暗鬼になり高リスク資産を保有している金融機関等との信用取引を控える動きがみられたり、銀行が今後生じうるコンデュィットなどへの信用供与のために流動性を確保する動きが進んだ結果、短期金融市場において流動性不足が急速に進行し、市場金利が急上昇した(前掲第1-1-21図)
 金融資本市場の変動はアメリカ国内だけにとどまらず、ヨーロッパを始め世界全体に波及した。特に、ヨーロッパの金融機関は、アメリカで発行されたRMBSやCDO等の証券化商品への投資を進めてきたことに加え、コンデュィット等を活用したオフバランス取引にもかかわってきたため、サブプライム住宅ローン問題の影響で経営悪化や資金調達難につながる事例も生じた。
 こうした状況の中で、これまで信用リスクに対する規律が緩んでいた状態から、一転してリスクの高い投資に対する評価が見直された結果、投資家の資金は「質への逃避」の動きによって米国債等の安全資産に向かい、株式市場や格付けの低い社債市場などは大きく冷え込むなど信用収縮が発生した(第1-2-7図)。特に、将来のキャッシュフローを担保とした借入れによってM&A(企業合併・買収)を行うレバレッジド・バイアウト(Leveraged Buyout : LBO)市場では、サブプライム住宅ローンと同様、借入手段であるレバレッジド・ローンやその証券化商品であるCLO(Collateralized Loan Obligation)等に対し、これまでヘッジファンドや投資家等がリスク資金を供給してきたが、サブプライム住宅ローン問題の発生以降、リスク回避の動きが進む中でLBO市場への資金流入も急速に縮小し、資金調達難から中止に追い込まれるM&A案件が発生するなど、信用収縮の影響が波及した。
 サブプライム住宅ローンに関係するRMBS、CDOの取引やABCP市場、短期金融市場における流動性不足は07年11月時点でも正常化していない。また、アメリカ大手金融機関の07年7〜9月期の純利益は保有するサブプライム住宅ローン関連の証券化商品の評価損の計上やLBO関連の損失計上等から大きく落ち込んでおり、株式市場も不安定な状況が続いている(34) (第1-2-8図)
 07年10月にアメリカ大手銀行は、RMBSやCDO等に投資してきたSIVを救済し、ABCP市場の正常化を図るため、SIVの資産のうち格付けの高い比較的安全な資産を購入し、SIVに対し流動性を供給する特別基金(Master Liquidity Enhancement Conduit:M−LEC)を設立することで合意した。特別基金の詳細は現時点では明確ではないが、特別基金自体が短期債券を発行して資金調達を行い、その規模は750〜1,000億ドルとされている。特別基金がSIVから資産を買い取ることで、SIVによるRMBSやCDOの投売りを回避しそれらのさらなる価格下落を防ぐことや、資本力のある大手金融機関が協力することで資本力の劣るSIVの円滑なバランスシート調整が可能となることが期待されているが、特別基金の資産買取りルールなどが現段階で不透明なためこのスキームがどの程度の効果をもたらすのかは判断し難いといった指摘も多い。
 今回のサブプライム住宅ローン問題では、例えばS&L危機のようなかつての住宅金融危機と比べ、証券化によって損失やリスクの特定の金融機関への集中を回避し金融資本市場に広く分散させたものとみられるが、一方でその損失やリスクの所在・規模が不透明になったことが市場参加者の不安を増大させた面もある。証券化が、今回の問題における金融機関の最終的な損失規模を抑え金融資本市場のリスクに対する安定性に貢献するのかどうか現時点では判断が難しいが、金融機関の貸出しや投資におけるインセンティブや情報開示の在り方等に関し新たな課題を提起した点は否定できない。

コラム:1980年代のS&L危機との比較

 今回のサブプライム住宅ローン問題以外にも、住宅金融に関連する市場の混乱が経済面及び金融面で大きな影響を及ぼした事例として、1980年代のアメリカで起きたS&L(貯蓄貸付組合)の破綻問題がある。S&Lは、個人の零細預金を引き受け、それを原資に住宅ローン等の貸付を行う組合型の金融機関である。以下では、サブプライム住宅ローン問題との比較も踏まえつつ、S&L危機の背景とその影響について考察したい。

1.S&L危機の背景

(1)80年代に2度の危機に見舞われる
 S&Lは、70年代までは総じて安定した収益を確保していたが、80年代に入って2度の業績悪化による危機を経験した。第1次(80年代初頭)の危機は、S&Lの資産・負債における期間ミスマッチが原因となって短期金利の上昇による多大な損失が発生したことによる。すなわち、S&Lは短期の貯蓄預金を原資として長期固定金利での住宅ローンの貸出を行っていたが、長期の貸出金利を上回る短期の預金金利によって生じた逆ざやが収益を圧迫した。
 その後、規制緩和の動きが拡大する中で、S&Lは変動金利型ローンへの移行や住宅ローンの証券化等によって金利変動リスクを軽減するとともに、業務の多様化を通じて収益構造を安定化させた結果、83年以降、業績は回復した。
 第2次(80年代後半)の危機は、石油価格の下落をきっかけに、テキサス周辺等不動産価格が下落した地域を中心に延滞率が上昇し不良資産化が進んだことや、以下に述べるように、規制緩和による競争激化の中で起こったS&Lのモラルハザードが原因となった。

(2)金融自由化による競争激化とモラルハザード
 S&L危機には、金融セクターの規制緩和も大きく影響した。82年に成立した預金金融機関法(Garn-St. Germain Depository Institution Act)により従来固定金利の住宅ローン貸出しに限定されていたS&Lの業務範囲が一定の範囲において自由化され、貯蓄金融機関と商業銀行との業態の垣根の撤廃が進んだ。一方で、住宅ローンの証券化を背景に、モーゲージ・カンパニーが住宅ローン市場で台頭するようになった。激しい競争を通じてS&Lの利ざやは縮小し、本業である住宅ローン市場での採算性は大きく低下した。
 こうした結果、企業買収に関連する融資やいわゆるジャンクボンド(35)等の高リスク・高リターン投資の割合を拡大させていったが、リスク管理のノウハウを十分に持たないS&Lにとっては不良債権に陥る危険の高いものが多くを占めた。また、このような高リスクな経営姿勢を助長するものとして、連邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)や連邦預金保険公社(FDIC)が、S&Lが保有する資産のリスクの多寡を問わず、一律の預金保険料率で預金者に対する預金の払い戻しを保証する仕組みとなっていたことも指摘される。これは、経営が悪化する中で、S&Lがリスクや採算を度外視した投資等を行うモラルハザードの誘因となった。
 さらには、S&Lの検査、監督を行う連邦住宅貸付銀行(FHLB)の理事の過半数は業界の意向を反映したメンバーで占められるなど、独立性が不十分であった上に、検査官の数や経験の不足等から、経営上の不正行為等に対する検査能力自体も不十分であったともいわれている。

2.S&L危機が持つインパクト

 S&L危機の影響は、現在のサブプイム住宅ローン問題とどのように対比されるだろうか。まず、S&Lの住宅ローン貸出額とその延滞率の推移をみる。サブプライム住宅ローンの貸出額が04〜06年にかけて短期間のうちに急増したのに対し、S&Lの住宅ローン貸出しは80年代を通して緩やかに増加したことが分かる。一方、60日以上の延滞率をみると、S&Lの貸し出した住宅ローンについては、80年代後半に急速に上昇しており、現在のサブプライム住宅ローンの延滞率を大幅に上回る水準となっており、当時のS&L危機の規模の大きさがうかがわれる(図1、図2)。(36)

S&Lの住宅ローン貸出額と延滞率/サブプライム住宅ローン貸出額と延滞率

 当時のS&Lのバランスシートをみると、負債の約8割が預金債務となっており、基本的に預金を原資とした貸出しが行われていたことがわかる。このため、今日のサブプライム住宅ローン問題において、証券化によってリスクや損失が金融資本市場を通して世界中に拡散したのとは対照的に、S&Lの貸出しのデフォルトに伴うリスクや損失は原則S&L自身に帰属した。また、S&Lが受け入れた預金者の預金については、預金保険制度によってその一部ないし全額が保護されており、S&Lの破綻により必要となった整理・清算コストはアメリカ財政が負担することとなった(37)
 80年代の金融機関のROA(総資産利益率)をみると、S&LのROAは、80年代初頭と80年代後半の二度の危機の際に顕著な悪化がみられた。一方、商業銀行のROAは、80年代初頭の第一次危機の際は水準を維持し、80年代後半の第二次危機の際も、一時不動産投資や企業買収関連融資の損失から下落したものの、すぐに持ち直して上昇した。このように、金融機関のROAでみても、S&L危機の影響はS&Lに集中しており、ほかの金融機関への波及はみられなかった(図3)。
 損失の規模をみると、破綻したS&Lを処理するためのコストは約3,700億ドルとなった。この損失額は、当時の商業銀行の自己資本額が約2,000億ドルで現在(約1兆ドル)の約5分の1であることを踏まえると、多大な損失がS&Lに集中したことがわかる。他方、今回のサブプライム住宅ローン問題では、証券化によってリスク・損失が分散されたことで、個々の金融機関の損失がどの程度のものとなるのか、さらに金融機関全体でみた損失規模がどの程度のものとなるのか注視が必要である。

金融機関のROAの推移

●対アメリカ資本流入への影響
 海外からのアメリカに対する証券投資は、金融資本市場に大きな変動が生じた07年7月以降、急速に減少し、8月には純投資額がマイナスとなった結果、07年7〜9月期は前期から大きく落ち込んだ(第1-2-9図)
 アメリカの高水準な経常収支赤字を踏まえると、いずれ国際的な不均衡の調整が必要となる可能性があるが、その局面において、これまでのようにアメリカの発達した資本市場と安定した利回りによって海外の過剰貯蓄から発生した資本が流入し経常収支赤字のファイナンスができていた状況に変化が生じ、それがきっかけとなって急激な調整となるリスクにも確率は少ないが留意は必要と指摘されている(38)。この場合、急速なドル安の進行を通して、アメリカ経済だけでなく世界経済全体に悪影響を及ぼすおそれがある。
 サブプライム住宅ローン問題を発端とする金融資本市場の変動によって生じたアメリカ証券投資の変調が今後も継続するのかどうか現時点で判断が難しいものの、RMBSやCDO等の証券化商品に対する海外投資家の動向には留意が必要である。


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