目次][][][年次リスト

第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 サブプライム住宅ローン問題の背景と影響

第2節 サブプライム住宅ローン問題の発生とその影響

4.サブプライム住宅ローン問題や金融資本市場の変動に対する対応策

●アメリカにおけるサブプライム住宅ローン問題への対応
 アメリカ政府及び金融当局等はサブプライム住宅ローン問題の一層の深刻化や今後同様の問題の発生を防ぐため、貸手、借手双方に対する包括的な対応策を打ち出している(第1-2-19表)

(i)貸付機関や回収機関(サービサー)に対する住宅ローン返済条件の緩和要請
 今後相当数のサブプライム住宅ローンが金利の見直し時期を迎えることを考慮し、連邦制度準備理事会(FRB)、通貨監督庁(OCC)、連邦預金保険公社(FDIC)等の金融当局は、07年4月に貸付機関に対し、9月には回収機関に対して住宅ローン返済条件の緩和要請を行った。回収機関への要請については、回収機関が州レベルでの監督となっている場合も多いため、連邦当局だけでなく州銀行監督官協会(CSBS)も連名で実施された。
 サブプライム住宅ローンのように貸し出された住宅ローンが証券化される場合、住宅ローンの回収や管理は、貸付機関に代わって回収機関が証券化に際して結んだ合意や契約に基づいて実施することとなるため、回収機関は金利リセットを迎える借手との間で返済条件の見直しを協議するなどの柔軟な対応がなされない、もしくは柔軟な対応を行うことに限界がある可能性がある。しかし、回収機関は合意や契約上の範囲内で借手と条件変更の協議を行うことが可能な場合もあり、住宅ローン返済条件の緩和によって借手のデフォルトが回避されれば、借手が住宅を保有し続けることができるようになるだけでなく、貸付機関や証券化商品の投資家等にとっても損失額を抑えることにもつながり得る点が指摘されている。このため、貸出機関や回収機関による住宅ローンの返済条件の見直しが今後どの程度進むのかによって、サブプライム住宅ローンの延滞やデフォルトの動向及びその損失規模にも影響するものと考えられる。

(ii)アメリカ政府による住宅保有者に対する支援策
 07年8月31日にアメリカ政府は、FHAによる住宅ローンの融資保険制度の拡充等を柱とした住宅保有者に対する支援策を打ち出した。同支援策のうち、サブプライム住宅ローンからFHA保険付ローンへの借換えを可能とするなどのFHA支援策(FHA-Secure)や、住宅の差押えに直面した住宅保有者に対するカウンセリングの拡充(差押え回避イニシアチブ)等は議会の審議を経ずに実施可能だが、FHA保険の対象ローンに頭金無しの住宅ローンを加えたり、対象ローンの上限を引き上げることなどを目的としたFHA刷新法案(FHA Modernization Legislation)や税制上の支援策は議会の審議を経る必要があり、後者の支援策の効果が表れるには一定の時間を要すると考えられる。住宅都市開発省(Department of Housing and Urban Development: HUD)は08年末までに200万件の住宅ローンが金利リセット時期を迎えその4分の1である50万件がデフォルトになるとの予測を提示しているが、FHA-Secureの効果が加わることによりその半分程度(24万件)まで差押えを回避できるようになり、さらにFHA刷新法や税制上の支援策が実現すれば、新たに20万件の差押えの回避が可能と試算されている。
 また、07年9月19日に、OFHEOは、ファニー・メイ、フレディー・マックの両GSEsに対し、年間2%(四半期に0.5%)のペースで住宅ローンの買取り可能額の実質的な引上げを行う方針を決定した。さらに、GSEsに対し住宅ローン買取り基準の上限緩和を求める動きもみられている。
 ただし、こうした政府や公的機関主導の一連の取組は政府保証の拡大につながり、市場原則を損なうとともに貸付機関等の新たなモラルハザードを生み出すおそれもあるため、暫定的な措置であるべきとの指摘もある(47)

(iii)アメリカ金融当局によるサブプライム住宅ローン融資に関する指針等
 07年6月29日、連邦制度準備理事会(FRB)、通貨監督庁(OCC)、連邦預金保険公社(FDIC)等の金融当局は、ハイブリッド変動金利型のサブプライム住宅ローン融資に関する指針を発表した。同指針では、所得証明が不十分な融資は原則認めないなど、借手の返済能力に関する厳正な審査や、金利リセットの際は原則60日前に通知し違約金無しで借換えを認めることなどが求められている。
 しかし、同指針には法的拘束力はなく、対象も連邦レベルの監督下にある金融機関のみで、サブプライム住宅ローンの主な貸手とされるノンバンク等のモーゲージ・カンパニーは対象外であるため不十分との指摘もある。こうした点を踏まえ、金融当局では連邦と州の双方の当局間での連携によって、モーゲージ・カンパニー等の非預金取扱金融機関に対する統一的な監視体制に向けた試行的な取組や、全国規模での住宅専門金融機関の許可システムを構築する動きもみられている。
 また、金融当局においては、法律(Home Ownership and Equity Protection Act、Truth in Lending Act 等)上の規定に基づき、不正又は詐欺的な貸出しに対する借手保護のルールや借手に対する住宅ローンに関する適切な情報公開ルールの策定にも着手している。

●各国中央銀行による金融資本市場の変動に対する対応
 サブプライム住宅ローン問題を発端として生じた金融資本市場の変動に対し、FRBや欧州中央銀行(ECB)を始め各国中央銀行は、短期金融市場における流動性不足を解消するため、緊急的に大量の資金供給を実施した。07年8月初めにヨーロッパ大手銀行傘下のファンドによる換金凍結を契機に発生した流動性不足に対応すべく、その問題が発生してからの一週間で、ECBは約2,100億ユーロ(約35兆円)、FRBは約880億ドル(約10兆円)、日本銀行は約1.6兆円の資金供給を行った。その後も必要に応じて資金供給が行われている。
 また、8月17日にFRBは、金融市場の正常化に向けて、公定歩合を0.5%ポイント引き下げるとともに(6.25%から5.75%)、窓口貸出における貸出期間を通常の翌日物から最長30日間とするなど、金融機関への流動性供給のため特別な措置が講じられた。また、FRBは窓口貸出の担保としてRMBSやABCPなどを含む幅広い資産を引き続き受け入れることを改めて確認し、それらの市場への流動性供給を促すために積極的に取り組む姿勢を示した。
 こうした一連の対応にもかかわらず、金融資本市場の正常化は進まず、さらに住宅部門の調整が深刻化するなど、景気への下方リスクが増大したことから、9月のFOMCでは、金融市場の混乱により生じ得る経済全般への悪影響を未然に阻止するべくFF金利の誘導目標の0.5%ポイント引下げ(5.25%から4.75%)、さらに10月のFOMCでも0.25%ポイントの引下げ(4.75%から4.50%)が実施された。公定歩合についても、9月及び10月にそれぞれ0.5%ポイント、0.25%ポイントの引下げが実施された。ECB、BOE及び日本銀行でも政策金利を据え置くなど慎重な対応がとられている。

●国際協調に向けたさらなる取組の必要性
 サブプライム住宅ローン問題に対する各国共同の取組として、07年9月10日に、証券監督者国際機構(IOSCO)内に設置された証券化商品の格付けを研究する特別チームにおいて、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの約20か国・地域の証券規制当局により格付機関の実態調査が開始された。そこでは、サブプライム住宅ローン等を担保とする証券化商品の格付け手法に加え、格付けを依頼した金融機関との間の利益相反の有無等の検証、証券化商品の情報開示の拡充やリスク管理体制の在り方等が課題となっている。また、10月に行われた先進7か国(G7)財務相・中央銀行総裁会議でも、サブプライム住宅ローン問題を発端とする金融資本市場の混乱に対し各国が協調して対応していくことが確認された。金融資本市場のグローバル化に対応するためには規制当局間の連携が必要であり、IOSCO等を通じて当局間の共同による取組を進める動きが出てきている。


目次][][][年次リスト