第11節 今後の回復に向けて
本年4月以降,昨年度の税負担増は成長へのマイナス影響という意味では影響が薄れ,また昨年秋の金融システム不安のときに見られた,先行きがまったく読めないというような著しい先行き不透明感はなくなってきた。昨年秋以来低下した家計の消費性向には,本年春以降回復に向かう兆しが見られる。
しかし,秋からの家計の景況感悪化や雇用不安の高まりを主因に生じた家計消費低下の影響は,我が国の経済活動全体に広がっている。企業部門は素材産業の在庫調整が長引き,これまで下支え役だった輸出も頭打ちとなって,企業収益が減益に転じ,設備投資も減少傾向になっている。特に雇用情勢は更に厳しさを増し,失業率は過去最高を更新して4%台にまでなった。需給の緩みは物価動向を弱含みにしており,これが企業収益にマイナスに働いて不況色を強めるという,いわゆる「デフレ・スパイラル」の可能性も指摘されている。
こうして,これまで下振れしてきた家計の景況感が下げ止まる動きがある一方,雇用者所得の低迷もあって,消費は低調に推移している。
このため97年末から98年度初にかけて各種の財政・金融措置がとられ,特に4月の「総合経済対策」は過去最大規模となっている。総合経済対策による7兆7千億円の社会資本整備と今年度具体的に決まっている所得減税2兆円分だけで,実施後1年間で2%程度名目経済成長率を押し上げるとの試算がされている。少なくとも内需を下支えする効果は十分あるはずであり,減税が実施され公共工事が本格的に出てくれば,所得の増加が国民にも実感され,景況感が上向いてくると考えられる。
経済対策の短期的な効果が出てくることは間違いない。問題はそれが民間需要中心の持続的な回復につながっていくかどうかである。90年代に入って累次の経済対策がとられたものの,結果として,自律的な景気回復は定着しなかった。景気回復が持続するためには,不良債権問題をはじめとするバランスシート問題が改善して企業がリスクをとる積極的投資活動を再開し,金融機関もそれに必要な資金を供給する機能を回復しなければならない。また,家計や企業が経済の将来展望を切り開いていけるよう,事業機会や就業機会を広げ,成功に対する報酬を拡大することが必要である。政府の施策は従って需要面の刺激だけでなく,金融システムを安定化させ不良債権処理を促進する施策,そして規制撤廃・緩和などによって日本経済の体質を強化し,経済活動へのインセンティブを高めて民間部門の積極的行動を促すための構造改革措置施策などが組み合わされている。各種構造変化やバランスシ-ト改善は痛みを伴うが,金融政策は著しい緩和基調を続け,変革を金融面から支えている。
当面は,我が国経済を本格的な回復へつなげる底固めの期間ととらえられるだろう。そのためには経済成長の阻害要因を取り除くことが一刻も早く求められている。有効需要の拡大を図るとともに,不良債権問題等の早期抜本的処理と金融システム改革により我が国金融システムを強固にすること,規制緩和をはじめとした経済構造改革を進め民間部門の積極的行動を促す環境を整備することが緊急課題である。こうした視点からとられた今回の総合経済対策や金融システム安定化策によって消費者マインドが改善し,規制緩和をはじめとした経済構造改革によって可能になる機会の拡大を企業が積極的に活用し,また土地・債権流動化策の活用により,金融機関が躊躇なく不良債権処理を行うなど不良債権問題の抜本的処理が進めば,我が国経済は民間需要中心の自律的回復過程に乗ることができよう。民間部門が,一連の政策によって広がった事業機会,投資機会を生かすよう,リスクをおそれぬ積極的行動に移ることを期待したい。政府は上記の各種政策を強力に推進するとともに,日本経済が抱える諸問題について解決の見通しを国民に示すことなどを通じ,国民が,長期的な展望を開けるようにすることが重要である。