第2章 成長力回復のための構造改革

[目次]  [戻る]  [次へ]

バブル崩壊後の累次の経済対策にもかかわらず,日本経済の自律的安定成長過程へのキャッチアップはうまくいかなかった。その一つの理由は,以下にみるように90年代に入って日本の中長期的な潜在生産能力の伸びが低下したことである。当然企業や家計の期待成長率も低下し,リスクをとるような投資活動が出にくくなるから,景気対策も波及効果が中断されやすくなると考えられる。潜在生産能力の伸びの低下には90年代前半の設備投資低迷というやや短期的な動きも寄与しているが,産業の生産性の伸びの長期的低下等も寄与している。

潜在生産能力の伸びが回復するためには,生産性が高まることが重要である。そのためには新しい技術を体化し,新しい需要を開拓するような投資が行われなくてはならない。もちろん期待成長率が下がれば,経済構成員は全体としてはリスク回避的になるであろうが,その中で機会に挑戦しようとする個人や企業は必ず出てきて,新たな発展を生んでいくものである。

問題は,こうしたリスクをとる行動を制約するような構造的要因があることである。これらは戦後の日本に長く存在していたものであるが,90年代に入って弊害が更に顕在化してきたと考えられる。

第一は,公的規制等の制度要因である。事業機会や技術革新機会の制約,そして高コスト構造の温存が,企業活動を停滞させてきた。所得の伸びが鈍化したなかでは,コストの高さは容認しがたいものになる。またグローバルな競争が製造業から非製造業に拡大し,事業機会や技術機会をすみやかに捉えることや生産性を高めることの重要性が増すからである。

第二は,金融システムがリスクマネーを十分供給できない金融市場要因である。従来からの間接金融機関,とくにメインバンクを中心とする単線的な資金供給チャネルは,いわゆる「貸し渋り」といった金融機関の資金仲介機能の低下がみられると企業活動制約要因になってしまう。世界的にベンチャー的企業が新たな事業機会,就業機会を作り出す時代には,今まで以上に,資金供給チャネルの多様性が求められる。

第三に,企業の運営や意思決定メカニズムの制度疲労,すなわち企業組織要因である。日本型企業システムは,目標が明確な時には関係者の暗黙の合意形成と情報の共有という面から大変効率的に機能したが,将来の不確実性が大きく暗黙の合意形成が困難になると,機能が低下する。企業などの期待成長率が低い水準にとどまってリスクテークに慎重な状態が続けば,潜在成長能力は更に低迷し,低成長期待が次第に自己実現的になっていくであろう。

以上の問題を改善し,経済構成員の積極的行動を呼び覚まして,潜在生産能力の伸びを回復させるためには,機会の平等,自己責任,情報開示,ルール重視を大原則とする,市場メカニズムと自由な競争に立脚した制度や企業システムへの改革が急務である。そこでのキーワードは次のようなものである。

第一は経済構造改革であり,特に経済効果の大きい分野での競争促進が望ましい。このなかには官民の役割分担を変更し,民間部門の参入を促進するための規制緩和や情報開示が含まれる。また公正で透明な税制へ向けた検討などによって国民や企業の意欲が十分に生かされるようにすることも重要である。

第二は金融システムの改革である。その中でも,リスクマネーの供給については,中小企業や新規開業のための資金調達が円滑化するような,資金仲介チャネルの複線化が望ましい。

第三に,民間部門の内部で企業システムの変革がなされていくことは不可避である。日本的な長期的・暗黙的契約関係は,関係者間の事前のコンセンサスが得られる時代には有効に機能したとしても,それが不可能な時代には,自由な発想とリスクテーク行動の競争によってのみ企業や産業の発展が可能となる。また,モノ作り的な分野では,雇用者への企業内訓練,部品供給企業への技術移転などにより,メリットを発揮しており,そうした利点は存続すると考えられる。一方,情報・ソフトウェア・ネットワークなどの分野では,自由な発想と高度の専門性が要求され,競争力の源泉として,最適な資源を組み合わせていく柔軟性も重要と考えられる。こうして,従来からの企業内,企業間,企業と金融機関の間などでの長期的契約関係も不合理な部分は見直されていくことになろう。

経済構造改革が雇用へ悪影響を与えているのではないかとの懸念が示されることがある。雇用については,経済社会全体として進める構造改革の中で,産業構造の変革が進展し,新たな就業の増大,新しい産業分野への労働力の移動も生じると考えられる。これらに適切に対応するため,セーフティネットとして必要な労働市場の整備を的確に講じていくべきである。また,倒産等にみまわれた事業者に対する社会的受容度を高め,市場での再挑戦の機会を拡大していくべきである。

以上のような構造改革は,片方で規制緩和などでは痛みを伴うものであるが,もう一方で,潜在的な需要や技術革新機会の強い分野では,新たなビジネス機会や新規需要を呼ぶことによって,短期の景気回復にも貢献すると考えられる。供給サイドの刺激,強化を伴ってはじめて,短期的な需要刺激策による経済回復が中長期的な経済活性化につながるのである。

[目次]  [戻る]  [次へ]