第1節 低下した潜在生産能力の伸び

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90年代を通じて経済成長率は低かった。これには需要の伸びが緩慢だったこととともに,潜在生産能力の伸びが低下したことが原因である。潜在生産能力の伸びの低下には,バブル崩壊後の設備投資減少による資本ストックの伸び鈍化や中長期的な労働投入量の伸びの低下とともに,構造的問題によって生産性の伸びが抑えられていることが寄与している。

生産性の伸びは製造業では低下していない。製造業の全要素生産性の伸びは,資本財の価格低下や質的改善を通じて,設備投資を実施するすべての産業に波及していく。このようなスピルオーバー効果は,製造業だけでなく,情報通信部門などのネットワーク産業でも見られ,こうした部門での生産性上昇が経済全体の効率化に寄与している。しかし非製造業では近年生産性上昇率の低下傾向が見られる。非製造業の生産性を伸ばすことができれば,①高コスト構造が是正されるとともに,②生産性上昇によるスピルオーバー効果が得られ,かつ③事業機会,雇用機会が拡大するわけで,供給サイドの政策が重要になっている。

1. 潜在生産能力の伸びと予想成長率の低下

(潜在生産能力の伸びの低下)

90年代の日本の経済成長率は,バブル崩壊直後の景気後退期のみならず,93年に経済が回復局面に入った後も,極めて緩慢なものとなっている。こうした成長率の緩慢な伸びは,需要の伸びが緩慢であったことが大きな原因ではあるが,それとともに生産能力の伸びが緩慢であったという供給側の要因による部分もあったと考えられる。

実質GDPについて生産関数を用いて潜在生産能力を計測し(注1),そこから需給ギャップの動向をみると,94年以降97年初までは成長が緩慢であったにもかかわらず需給キャップが縮小してきた。したがってここでも,94年以降の潜在生産能力の伸びは現実の成長率よりも低かったと考えられる(注2)(第2-1-1図)。

ただし,この推計で潜在生産能力の伸びを計測する場合,成長への労働力供給の伸びの寄与,資本投入量の伸びの寄与,全要素生産性の伸びの寄与のうち,生産要素供給量の伸びの動向については考慮できるものの,全要素生産性の伸びについては,計測期間の平均的な伸びが現在も続いていると仮定している,という問題点がある。このため,生産性の伸びの構造的変化が潜在生産能力の伸びに大きな影響があったと見られる場合には,その影響を十分にとらえることができない。

そこで,構造的VARモデル(注3)を用いて,経済に与える変動を,①影響が短期的には生じるものの長期的にはなくなってしまう変動を需要要因,②影響が永続的に残る要因を潜在生産能力の変動すなわち供給要因,として分割し,これら2つの要因の変動をみた(第2-1-2図)。これは,成長トレンド(60年第2四半期から73年第4四半期までの年平均成長率8.8%及び74年第1四半期から98年第1四半期までの年平均成長率2.9%)からのかい離率を上記の二つの要因に分解してみたものである。需要要因としては,金融緩和や引き締めなど長期的には影響を及ぼさないような変動が含まれる。また供給要因としては,労働力供給の伸びの中長期的な変動や生産性の伸びの変動などが含まれると考えられる。これにもとづいて潜在生産能力の伸びについてみると,75年以降の伸びが80年代後半のバブル期に徐々に鈍化し,バブル崩壊後は更に屈折しているものとみられる。

こうした結果によれば,近年成長率が緩慢なものとなってきている要因として,潜在生産能力の伸びが低下してきていた可能性が高いものとみられる(注4)。

(潜在生産能力の伸びの低下は現実の成長率を引き下げる)

潜在生産能力の伸びが下がれば,当然企業や家計の中長期の期待成長率も低下する。経済企画庁「平成9年度企業行動に関するアンケート調査」によれば,企業が予想する実質経済成長率は,先行き1年間の短期のみならず,より中期的な見通しも含め,徐々に低下してきている( 第2-1-3図)。期待成長率が下がると,リスクをとるような投資活動が出にくくなるから,景気の上昇テンポは鈍り,現実の成長率は低下することになる。景気対策も波及効果が中断されやすくなると考えられる。また,設備投資の鈍化は供給側から再び潜在生産能力に影響する面もある。

潜在生産能力の伸びの低下には,バブル崩壊後の設備投資低迷が資本ストックの伸びを抑制したことや,労働需要の伸びが高まらなかったことにより労働投入量の伸びが高まらなかったという,やや短期的な動きも寄与しているが,基本的には産業の生産性の伸びや労働投入量の伸びの中長期的な低下が寄与している。潜在生産能力の伸びが回復するためには,生産性が高まることが重要である。

(労働投入量・資本投入量の伸びの低下)

なぜ潜在生産能力の伸びが低下したのか,まず労働投入,資本投入,生産性の変化といった問題を見た上で,その背景を考えることにしたい。

労働投入量の伸びの変化について,その長期的な動向をみよう(第2-1-4図①)。就業者数と総実労働時間の積を労働投入量とし,景気循環要因を除去するため5年の移動平均を取ってその長期的な動向をみると,バブル期の89年頃までは年率1%弱で安定的に伸びていた。その後,就業者数の伸びの鈍化や労働時間の短縮の影響によって労働投入が減少する局面に転じ,最近では年率0.5%程度のマイナス成長になっており,89年までと比較すると約1%伸びが低下したことになる。成長会計に基づけば,潜在生産能力の伸びは「技術進歩率(=生産性の変化率)」と「要素投入量変化率の分配率による加重平均」とに分解して説明できる。たとえば,労働投入量の伸び率が1%低下した場合には,それに労働分配率約70%をかけた約0.7%だけ潜在生産能力の伸びが低下することになる(注5)。なお,今後は15歳以上65歳以下の生産年齢人口は低下する局面にあることが見込まれており,また引き続き労働時間の短縮が進んでいくと考えられることから,労働供給量全体の伸びは低いものにとどまる局面が中長期的に続くものと考えられる(注6)。

第2-1-4図② 資本ストックの伸びの推移

資本投入量の伸び率についても同様に低下が見られている。資本ストックの伸び率について88年頃まではおおむね6%程度で伸びていたが,バブル期の89年,90年に7%を上回って伸びたあと,大きく伸びが低下し94年から4%程度の伸びとなっている(第2-1-4図②)。資本分配率は30%強で推移しているので,このような資本投入量の伸びの低下は,潜在生産能力の伸びの約0.6%程度の減少を説明していることになる。

最適な資本投入量の決定は,労働投入量や生産性の伸びと無関係ではない。ソローの成長モデル( 注7)にもとづけば,長期的な均衡資本ストックの伸びは生産性の伸びと労働力の伸びの和となることから,労働投入量の伸びが1%,生産性上昇率が1%低下したとすると,88年までの資本ストックの伸び6%程度から最近の4%程度の約2%の低下を説明できる。

2. 生産性上昇率回復の課題

(低下していない製造業の生産性上昇率)

次に生産性上昇率に関する最近の動向について,全要素生産性(TFP)の伸び(注8)を業種別にみよう。これによると,製造業の全要素生産性の伸びは90年代以降もほとんど変化していないが,非製造業では低下傾向にあり,第一次オイルショック時の75年からバブル期前の85年までの平均的な生産性上昇率を約1.5%程度下回る結果となっている。この結果産業全体の生産性上昇率も約1%低下している結果となった(第2-1-5図)。

生産性の伸びの低下を説明する要因として,諸外国とのキャッチアップが完了したために成長率が低下しているとする見方があるが,技術集約度が相対的に高いと考えられる製造業について生産性上昇率は低下しておらず,生産性の伸びをみる限り必ずしもこうした見方を裏付けるものとはなっていない。中でも近年急速な技術進歩がみられている電気機械産業の生産性上昇率は引き続き極めて高いものとなっており,経済全体の生産性の伸びに大きく寄与している。

(バブル崩壊や規制が影響する非製造業の生産性上昇率低下)

これに対し,非製造業では近年生産性上昇率の低下傾向が見られる(注9)。経済全体に占める非製造業のウエイトが上昇する中で,この分野の生産性の伸びが低下すると経済全体の活力が削がれる。

非製造業の生産性上昇率について見ると,バブル期の80年代後半に大きく上昇し,バブル崩壊後は大きく低下している。こうした動きが顕著にみられる業種として,金融・保険業や建設業が挙げられる(注10)。バブルの影響をより強く受けたこれらの業種において,バブル期に生産性の伸びが高まっていたことは特徴的である。建設業においては大型のビルなど高付加価値な大規模開発が多数見られたことが寄与しているものとみられる。また金融・保険業も金融の自由化に伴って金融サービスの多様化が生産性の向上をもたらしたものと考えられる。バブル崩壊後の生産性上昇率は低下しているが,建設業はバブル前の生産性上昇率に近いところで推移しているのに対し,金融・保険業はバブル前の生産性上昇率を大きく下回り生産性が低下している。これはバブル崩壊後に不良債権が積み上がり,資産の収益率が低下したことが影響しているものとみられる。このように近年の非製造業における生産性上昇率の低下には,バブル崩壊に伴って金融・保険業をはじめとして資産の収益率が低下したことが影響しているものと考えられる。

90年代の日本経済の低成長の背景に,バブル期の結果的には収益性の低い投資の積み上がりがあった。バブル期に楽観的すぎた見通しと,それに基づいた低コストの資金のアベイラビリティーの高まりにより,多くの企業が収益率の低い投資に走った。そのために,負債を返済するための原資ともなるべき生産構造にも歪みが残り,生産性は低下したままである。企業によっては,そのような非効率をその後の業績の回復でカバーしきれず,景気が停滞するにつれて「バブルの後遺症」が露呈し,倒産が増えている(注11)。

このように,「バブルの後遺症」の最大の問題は,歪んだ資源配分が残した「生産・収益構造への禍根」が長きにわたって残り,中長期的な成長率の鈍化にまでその影響が及んでいることである。

また,近年の非製造業の生産性の伸びをバブル前と比較すると,規制の程度が相対的に低いと考えられるサービス業などの低下割合は小さいものの,規制の程度が相対的に高いと考えられる,金融・保険,電気・ガス・水道等では,90年代に入ってからの生産性上昇率の低下幅がより大きくなっている(注12)。このような違いが生じる要因に,競争条件の違いが考えられる。潜在生産能力の伸びが高く一定以上の需要の伸びがあるもとでは,参入と退出に規制があっても,すでに存在している企業が生産能力の拡充の際に新たな技術を取り入れた設備を装備したり,生産の増大に伴う学習効果の発揮をはじめとして規模の経済性を発揮させることで,生産性を高めることが可能であった。しかしながら,一定以上の需要が見込めない状況の下では,こうしたメカニズムを発揮させることが困難になってくる。これに対して,競争条件がより厳しい業種は,需要が低迷する中でも拡大しないパイを巡って業界内での競争がより激化し,競争を通じた効率性の向上効果がより高まり,生産能力の拡大幅が小さくても生産性の伸びに大きく影響しないことが考えられる。

こうした非製造業の生産性の伸びの低迷は,国際間の絶対的な生産性の低さをもたらしている。日米の非製造業の労働生産性(実質GDP/就業者数)を比較すると,日本の非製造業は概ねアメリカを追い上げているものの依然としてその水準は低水準であり,いくつかの業種では近年格差が拡大している(注13)。経済全体に占める非製造業のウエイトが上昇しその重要性が増す中で,非製造業において低生産性部門が存在しキャッチアップを図る余地が残されていることは,新たな成長のフロンティアが残っているととらえることも可能であろう。

(生産性上昇に向けた課題)

以上のように見ると,中長期的に見て労働力投入の伸びの低下は回避できないと考えられることから,この面からは70年代後半や80年代と比較してある程度の成長率の低下要因となることは避けられない。

しかし,生産性の伸びの低下については,回避できない要因で低下しているわけではない。生産性の伸びが低下すると潜在生産能力の伸びの低下をもたらし,また企業の期待収益率の低下から生産能力の増強が図られず,設備投資などにも影響しよう。こうしたことから生産性を引き上げるような供給サイドの政策を進め,生産性上昇率を引き上げるとともにこれを通じて資本ストックの伸びを確保し,潜在生産能力の伸びを回復させていくことが中期的な政策的課題である。その際,特に不良資産・不良債権の償却を進めつつ,規制緩和・撤廃を通じた供給サイドの政策の推進が重要になっている。

(電気機械産業の生産性上昇が投資に与えるスピルオーバー効果)

生産性の向上は実質所得を引き上げるだけでなく,様々な波及効果をもつ。生産性が上昇すると,競争市場ではそれが発生した産業の製品やサービスの価格を引き下げる効果を持つ。単にその産業にとどまらず,ある産業の産出財は別の産業の投入財になっていることから,ある産業の生産性上昇に伴う価格低下は別の産業の価格低下に寄与する波及効果がある。これに加えて,最終財とりわけ投資財の価格を低下させ,これが投資コスト低下を通じて他の部門の産出価格を低下させる波及効果も生じる。

特に投資財価格の上昇率は傾向的に経済全体の物価上昇率を下回っており,投資財価格と経済全体の価格との相対価格の低下が資本コストを低下させ,設備投資のインセンティブをもたらす重要な要素となっている。91年~96年までの業種別全要素生産性の伸びから投資財価格に与える効果をみると,生産性の上昇は潜在的に年平均0.5%程度価格を低下させる圧力となっている。同様に内需デフレーターに与える影響をみると年平均0.2%程度にとどまっており,年0.3%程度の相対価格の低下が生産性上昇によって生み出されていることになる(第2-1-6図)。とりわけ電気機械産業は,生産性上昇率の高さとその投資に占めるウエイトの高さがあいまって,極めて大きな影響を及ぼしている。近年のデジタル技術を活用した情報通信関連技術の急速な発展が,この部門の投資財価格の急速な低下をもたらして,通信業や金融・保険業を始めとする情報通信関連投資の刺激に大きく寄与しているとみられる。逆に,潜在的に投資財価格を上昇させるように働いているのは建設業の生産性の低下である。建設業の生産性は,企業の設備投資だけでなく,家計の住宅投資,政府の公共投資にも大きな影響を及ぼすと考えられ,建設業の生産性の向上が,投資全体の活性化に極めて重要な要素であると見込まれる。

(非製造業の生産性上昇率低下がもたらす高コスト構造)

製造業は,生産性上昇率は低下していないが,付加価値ウエイトは近年低下傾向に拍車がかかり,就業者ウエイトも低下している。

この要因としては,貿易・投資の自由化によってモノの調達先や企業の立地がより自由になり,その結果対外直接投資による海外生産比率の高まりや製品輸入の拡大が進んだことが挙げられる。とくに,95年頃まで為替レートが円高基調で推移したことが海外現地生産などを促進したとみられる(第2-1-7図)。

近年円安傾向に変化したことで,為替レートを通じた要因が剥落しており直接投資も伸びなくなり,海外生産比率も上昇テンポは緩やかになってきている。しかしながら,再び製造業の就業者数が縮小してきている。こうした現象が生じている要因は,需要が低迷する下でも競争に伴う生産性向上努力が製造業において継続的に行われているためであるが,これに加えて,非製造業を中心とする低生産性部門の存在が非製造業の生みだすサービスの財に対する相対価格の上昇という高コスト構造を生みだし,これが製造業の縮小にも寄与しているのではないかとの見方がある。

非製造業の生産性上昇率の低下が他の部門に及ぼす影響としては,主として次の二つが指摘できる。第一に,非製造業のうち生産性上昇率の低下がみられる業種が高コスト化するだけでなく,産業の投入・産出関係を通じて他の部門に高コスト構造がもたらされる影響である。第二に,生産性の上昇率の低下に伴って,その業種の生産要素需要が低下前の要素需要を上回る場合,賃金や資本のレンタル費用といった経済全体の生産要素価格を引き上げ,高コスト構造を生み出す影響である。

このうちより直接的なインパクトをもつとみられる前者の影響について,規制産業を中心とする非製造業の生産性上昇率の低下が,他の部門にどのような影響を及ぼしているかを試算した。非製造業で規制ウエイトが高く生産性上昇率の低下幅が大きい業種について,最近5年間(91年~96年)の平均生産性上昇率が第一次オイルショック後の75年~85年までの10年間の生産性上昇率と等しくなった場合に,価格体系がどのように変化するかを産業連関表を用いて分析した。これによると,非製造業については農林水産業を除き生産性上昇率が低下した産業以外への波及は小さいのに対して,製造業に対する波及はより大きい(第2-1-8図)。

こうして,非製造業における生産性の伸びの低下は,非製造業のうち生産性上昇率の低下が見られる業種が高コスト化するだけでなく,産業の投入・産出関係を通じて主として製造業にも影響が及んでいる。このとき,製造業のような貿易財産業の場合,非貿易財産業と異なり海外生産や海外からの製品輸入による代替といった国内の高コスト構造を回避する手段を適用することが考えられ,この結果海外立地が促され産業の空洞化がもたらされうる。

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