第6節 マクロ面からみたサプライサイドの現状

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我が国経済のダイナミズム復活の視点は何か。その一つは日本の産業の比較優位構造をもう一度おさらいし,今後の方向を探ることと,もう一つは経済成長の源泉であるマクロの諸要因を確認することである。第4節~第5節で述べた「産業空洞化」の懸念を最小限にするためにもこの2点についての分析が必要である。こうした問題意識の下で,本節ではこれまでの円高を乗り切ってきたサプライサイドの要因を貿易面と経済成長面から探る。

貿易面では,我が国の貿易構造において比較優位構造を決定しているのは何かを探る。経済成長面については,一国の経済成長は,資本,労働等の生産要素の成長(投入量増大)と,技術進歩(投入効率の改善)によってもたらされるが,我が国の成長の源泉は何かをみた上で,現時点での我が国の生産要素の国際比較及び内容の分析を行う。技術の問題については次節で扱う。

1. 産業の比較優位構造

比較優位の構造は第2節で見たように各種財の内外の相対価格によって決定されるが,それはさらには内外の各種の生産要素の変化によって動態的に変化していくものである。

(比較優位構造の変遷)

このような比較優位の構造が現実の貿易にどう顕在化をしているかをみる指標の一つが輸出特化係数である。それは(輸出-輸入)/(輸出+輸入)と定義される。ここでは,輸出特化係数を過去7時点みることで,我が国産業の顕示化された優位構造を事後的に追跡してみる。まず,94年時点で業種別にみると,繊維以外はすべて輸出超であり,上位から,自動車,一般機械,電気機械,精密機械となっている(第2-6-1図①)。

ここで,比較優位の推移をみると,素材型産業から加工組立産業へ優位が移っている。また,最近の特徴としては,加工組立の中でも,最終消費財から資本財・中間財(部品等)へと優位が移っていることが分かる。

さらに,産業別にみると,全般的に輸出特化の程度が低下するなかで,一般機械は90年以降も輸出特化の程度を高めている。内訳をみると,原動機,工作機械などが特化の程度を高めている(同図②)。なお,原動機については,乗用車などの海外生産に伴う動きとみることができよう。通信・電子・電気計測機においても主力製品に変化がみられる。その内訳をみると,かつて輸出特化の程度が非常に高かった家庭用電気機器,通信機器・音響映像機器がその程度を低めており,その動きは93年,94年と顕著である(同図③)。一方,半導体等電子部品は70年には輸入特化であったのが75年には輸出特化を示しており,85年以降円高期にも輸出特化の程度は低下していない。コンピュータ(電子式自動データ処理機械)は80年代前半まで輸入超,85年には輸出超となったが,90年以降特化の程度が低下している。

(貿易特化係数の要因分析)

このような比較優位構造を説明するのは何だろうか。ここでは,過去4時点において,上記18業種の輸出特化係数について,要素賦存による比較優位の考え方から労働集約度(現金給与総額/付加価値額),資本集約度(固定資産残高/付加価値額)及び,動態的な技術開発行動(研究開発集約度:社内使用研究費/付加価値額)を加えて回帰分析をする。ここでは,係数の正の符号は輸出特化に対する正の関係,すなわち,比較優位と正の相関関係を意味する。

その結果,すべての期間において労働集約度と輸出特化係数とは正の関係がある。つまり,労働集約的な財が比較優位を示していると考えられる(第2-6-2表)。一方で,資本集約度と輸出特化係数は負の関係があるが,85年以降その関係は有意でなくなってきている。研究開発集約度は輸出特化係数と,有意水準は低いものの,正の関係がある(なお,該当時点の景気変動による影響をならすために,平均を取っても結果は同様である)。

このことは,我が国において,鉄鋼以外の資本集約的な素材型装置産業は概して輸出特化の程度が高くなく,また,加工組立産業においては,賃金の付加価値に占める割合が比較的高いこととも整合的である。さらに,通信・電子・電気計測器,電気機械,自動車等輸出主力業種における研究費比率は高い(なお,92年時点の推計式のあてはまり度が低下しているのは,為替レートが次第に円高に振れてきたために,三つの生産要素のみが輸出特化係数の大きさを説明できていないことを示している)。

なお,社内研究費の中には人件費と有形固定資産購入額が含まれ,現金給与総額と固定資産残高に二重計上されている可能性があることから,ここで,社内研究費だけを取り出して輸出との関係を4時点でみてみよう。すると65年,75年には,輸出と研究開発との間でほとんど相関がなかったが,85年,92年と時を追ってその相関関係は高まりをみせている(第2-6-3図)。

以上のように,我が国の輸出競争力は装置規模というより,労働力及び技術開発力で説明されてきたということであるが,労働力については単なる頭数というよりもその質を考慮したもの,すなわち人的資本が重要な役割を果たしてきた。後にみるように,我が国には資本の新鋭度の高い一方で,平均的に質の高い労働者が多数存在することから,その労働力を活用してきたと考えることができよう。また,全産業的に研究開発比率が高まる傾向にある。今後は,人的資本と技術開発力の一層の充実が競争力強化のポイントとなることをこの分析は示唆しているといえよう。

2. 経済成長の源泉

次に,経済成長が何からもたらされたかを分析する。ここでは,いわゆる成長会計を用いて,経済成長(実質GDP上昇率)を61年度から毎年度,資本,労働,その他(全要素生産性:TFP)で寄与度分解した。TFPは,資本と労働の貢献分以外の残差として求められることから,技術進歩,規模の経済,外部経済・不経済,生産要素の「質」の変化,稼働率,狭義の残差を含んでおり,広義の生産効率と考えられる。さらにTFPは景気変動に大きな影響を受ける。すなわち,経済成長が急速に鈍化したような場合,生産要素の投入がそれほど急速に連動せず,結果として残差であるTFP上昇率が大きく鈍化する。このことは,生産活動が低いゆえに生産要素の投入が効率的でない,換言すれば,資本や労働といった貴重な資源が有効に使用されていない状況を示す(したがって,ここでは景気変動をならすために実質GDP成長率は5期移動平均を取っている)。

観測期間において,経済成長に対しては,資本の寄与度が一貫して大きく,成長率の半分弱が説明できる(第2-6-4図)。安定成長期以降,経済成長率が大幅に鈍化するなかで資本の寄与度も大幅に鈍化した。なお労働投入の寄与度は小さい。TFPについては,ほぼ資本に匹敵する寄与を示している。安定成長期以降(74年度以降)をプラザ合意の85年度前後で分けてみると,どちらの期間の平均もTFPの寄与が資本の寄与を上回っている。前半(74~84年度)と後半(85~93年度)を比較すると,後半では資本の寄与度が前半に比べ若干低下したのに対し,TFPの寄与はわずかに上昇している。以上,我が国の経済成長においては,最近はむしろTFP上昇による部分が大きいと思われる。

(TFP上昇率の要因分解)

それでは,TFP上昇(生産効率の上昇)は何によってもたらされるのだろうか。可能性としては,技術進歩,生産基盤の整備,投入要素の質の向上などがある。ここでは,TFP上昇率を,社会資本ストック(全体と交通・通信),知識ストック(ここでは自然科学分野の研究開発費と技術輸入額を実質化した変数で代用)で回帰した(付注2-6-1)。知識ストックはTFP上昇率に正の符号で有意である(第2-6-5表)。社会資本ストックは全体で正の関係がある。さらに,生産活動基盤の性格の強い交通・通信ストックに限ってみると説明力が高まり,生産効率上昇との関係を示す係数も大きくなる。このことは,生産効率の上昇には,知識ストックの充実と,交通・通信関連といった産業基盤をなす社会資本ストックの整備が寄与していることを示している。この点は今後の潜在成長率を考える上での示唆を与えるものであろう。

(労働と資本の国際比較)

先の成長会計の方法では,生産要素の投入に関して質の変化は反映されておらず,質の向上は残差であるTFPの上昇となって現れている。そこで,以下我が国の労働と資本の内容と質を分析する。

ここで労働と資本を国際比較してみよう。第一に,人的資本を教育水準という観点から国際比較する(第2-6-6表)。様々な指標でみても日本の人的資本の質を示す指標は他の先進国と比べても決して見劣りするものではない。日本人の中等教育在学率(ほぼ高等学校に相当)は9割以上と極めて高い。一方,高等教育(学部以下)在学率もイギリスと同等である。また産業技術と関係の深い理・工学の学位取得者の比率については学士レベルでみると平均以上である。このことは,日本人が中等教育以上の教育を受けている割合が極めて高く平均的な基礎学力が高いことを示唆している。さらに,産業技術の習得・応用のための人的基盤が充実していると思われる。

第二に,物的資本の国際比較をする。まず,既存の資本ストックの新鋭度を表す資本設備ストックの年齢(ヴィンテージ)を国際比較する。ヴィンテージとは,企業の建物や機械等の設備が設置されて以後現在までに経過した平均年数を表す指標であり,「資本設備の新しさ」を表す一つの目安と考えられる。もちろん,このようなヴィンテージは,各国の資本設備の中身まで考慮されていないため,耐用年数の長い建物設備の構成が低かったり,品質が劣り耐用年数の短い設備の比率が高いような場合にヴィンテージが若くなることがあり,若いことが,資本設備の質の高さを表すとも限らない。また,通常だと,古い設備ほど速く除却されると考えられるが,今回の試算では古い設備にも新しい設備にも同じ除却率を適用しており,本来のヴィンテージとかい離が生じる可能性があるという点にも留意する必要がある。ここでは,そのような限界も踏まえつつ,ヴィンテージの若い設備(新しく取得した設備)ほど最新の技術が体化されている可能性が高いと想定する。ヴィンテージをみると,各国ともに高齢化傾向にある(第2-6-7図)。これは,資本蓄積がある程度進んだ段階ではやむを得ない面がある。日本の資本設備のヴィンテージは,バブル期には旺盛な設備投資によりやや若返りもみられ,92年以降新規設備投資の対前年比割れが続いたため再び高齢化しているものの,他の主要国に比べて若く,日本の生産資本設備は他の主要先進国に比べて新鋭度が高いと考えられる。次に,85年と92年の全産業の資本の平均生産性(Y/K)を国際比較すると,日本は85年には先進5か国のトップである(第2-6-8図)。これは,先にみたように,我が国の経済成長に対して資本の寄与が高かったことと整合的である。その後は第1章第11節で述べたように,ROE(株主資本利益率)の低下を背景に資本の生産性は低下したものの,それでも先進5か国のほぼ平均的レベルにある。

(生産要素の構成の変化)

ここで生産要素の内容について違った観点から考えてみよう。まず資本設備における機械と建物の構成変化が生産性に及ぼす影響である。80年代以降,実質でみた資本ストックの中における機械資本設備の割合が高まっている(形態別資本ストックについては付注2-6-2)。資本の投入は資本装備率(労働者一人当たりの資本)を高めることにより,労働生産性を高める。資本の種類によって労働生産性を高める効果に相違があるだろうか。ここでは,労働生産性を,資本ストックの種類別(機械,建設)に分けた資本装備率で回帰して,労働生産性の上昇に対して種類別の相違があるのかをみた(付注2-6-3)。その結果,資本装備率は労働生産性上昇にプラスの寄与をしているが,建設資本と機械資本に分けると機械資本の方が係数がやや大きく,説明力も高い(第2-6-9表)。このことは,資本の投入により労働生産性は上昇するが,機械に対する投資の方がその効果が大きいことを示唆している。

次に労働の構成変化について考える。ここでは,労働を学歴,年齢,性,職種(生産と管理・事務・技術:製造業のみ)等の属性ごとのグループに分ける。属性ごとに労働に対する市場の評価は異なり,高い評価を受けるグループは高い対価が支払われている。したがって,高い評価を受けているグループが労働全体に占める割合が高くなれば,労働全体に対する対価が労働投入量以上に高まることになる。そこで,業種(製造業,卸売・小売業,飲食店,サービス業)別に,上記属性ごとにグループ分けを行い,「評価」を加味したウエイトで集計(ディビジア集計,付注2-6-4参照)し,労働の投入量以上に対価が高まっているか,高まっているのならばどのような構成変化によって説明できるか寄与度分解する。

以下,各グループごとの対価(一人当たり時間当たり賃金)の違いと労働全体に占める各グループのシェアをみた上で,労働全体に対する対価の高まりが,どのような構成要因の変化によりもたらされたかをみる。

製造業では賃金(一人当たり時間当たり,以下同様)は総じてみると,男子は女子より高く,管理・事務・技術は生産より高く,高学歴ほど高くなっている(付表2-6-5①a)。年齢別には一般定年退職前(50~54歳)までは年齢が上がるほど高くなり,その後は落ちる。時を経るに連れて,性別の賃金率格差は総じて縮小しているが,生産,管理・事務・技術間の格差はほとんど変化がない。年齢別にみると,年齢別賃金カーブは時を経るに連れて,よりフラットになると同時に55歳以上の賃金の相対的高まりがみられる。投入労働量のシェアの推移をみると,性別は70年代以降あまり変化ないものの,ホワイトカラー化,高学歴化,高齢化が進んでいる(同表①b )。こうしたなかで,製造業においては,労働に対する対価の高まりは高度成長期に比べて鈍化したものの,それ以降もおおむね横ばいで推移している(第2-6-10図①)。すなわち,70年代は年齢要因が対価の上昇の最大の要因であり,80年代は学歴要因が最大の寄与を示している一方で,種類別要因の寄与が高まっている。これは,製造業における事務・管理・技術部門増大を背景に,相対的に賃金報酬の高いホワイトカラーが増加したことを背景としている。

卸売・小売業,飲食店においては,賃金は総じて製造業と類似の傾向がみられる( 付表2-6-5②a)が,時を経るに連れて,性別の賃金格差は総じて縮小している。投入労働量のシェアも,総じて見ると製造業と類似の傾向がみられ,高学歴化,高齢化が進んでいる(同表②b)。労働に対する対価の高まりの程度は,90年ごろまで基本的には製造業に比べ大きかった(第2-6-10図②)。それには年齢要因が一貫して最大の寄与を示している。学歴については,もともと製造業に比べ高学歴の比率が高いこともあって寄与も相対的に小さく,90年代にはもはや寄与しなくなった。

サービス業において賃金をみると,やはり,総じて製造業,卸売・小売業,飲食店と類似の傾向がみられる(付表2-6-5③a)。年齢別賃金カーブは時を経るとともに,よりフラットになると同時に50歳以上の賃金の相対的高まりがみられる。投入労働量のシェアも,総じてみると製造業と類似の傾向がみられる(同表③b)が,製造業,卸売・小売業,飲食店に比べて高学歴の比率が高い。卸売・小売業,飲食店とともに,サービス業は製造業に比べて年齢構成が若く,93年時点でなお最大のグループは,20代となっている。こうしたなかで,労働の対価の高まりに対しては,年齢要因が最大の寄与を示している(第2-6-10図③)。90年から93年にかけては相対的に高学歴層の賃金率が低くなったことから学歴要因は対価を低める方向に働いている。

以上,労働構成の変化と労働の対価の高まりをまとめると,高齢化や高学歴化,また製造業ではホワイトカラー化が労働の対価を高めている。労働の対価は,ある程度は労働の限界生産力を反映していると思われるが,実際は賃金慣行により決定されている面が強いと思われる。また本分析ではデータの制約から勤続年数について分析していないが,労働の対価については勤続年数の効果もかなり高いと考えられる。我が国の賃金慣行として普及している年功賃金(年齢や勤続による累進度の高い賃金)は,豊富な若年労働力,企業及び経済の高い成長というマクロ的経済条件の下で,労働へのインセンティブや企業への定着率を高める効果を発揮してきた。もちろん年功賃金の背景には同一企業内での経験年数の上昇(=年齢の上昇)=熟練化といった形での熟練労働力に対する高い評価がある。この点中高年層が厚いということは熟練労働力が豊富に存在するといった良い意味がある。しかしながら,一方で労働者の高齢化が生産性に悪影響を及ぼすのではないかとの懸念も生じている。このような人口の高齢化と生産効率(全要素生産性)との関係については,第3章で検討する。

(貯蓄の役割)

先にみたように,日本の成長の源泉として,資本投入の寄与が大きかった。我が国の貯蓄投資バランスにおいて,法人企業部門が恒常的な投資超過主体である一方で,家計部門が恒常的な貯蓄超過主体であり,民間企業の活発な投資(資本投入)が家計部門の高貯蓄に支えられていたと考えられる。ここでは,投資の原資としての貯蓄の動向をみる。

貯蓄率の推移を国際比較すると,日本の貯蓄率は,先進7か国の中で最も高い水準であり,安定的に推移している(付図2-6-6)(なお今後の長期的な貯蓄については第3章で詳細に分析する)。

(貯蓄と投資の国際比較)

次に,29か国について貯蓄率と投資率の相関関係をみると,正の相関関係がある( 第2-6-11図)。また,第2-6-11図では,80年に比べて92年においては貯蓄の係数はやや小さくなっている。このことから,国際的な資本移動が活発化している現在,一国の投資率はその国の貯蓄率によって必ずしも制約されないと言えよう。

(サプライサイド強化の重要性)

我が国の経済成長は,基本的には資本投入と生産効率の向上によってもたらされてきた。資本投入は高い貯蓄率に支えられており,資本投入,特に機械設備への投資による資本装備率の上昇は労働生産性の向上に寄与してきた。また,生産効率(TFP)の向上には,生産要素の質の向上,知識ストック,社会資本ストックが寄与してきたと考えられる。そして上に述べた経済のサプライサイドを規定する諸要素は依然として我が国経済の最大の強みであると考えられる。今後の持続的な成長維持のためには,これを支える生産基盤たる地球環境の保全への対応とりわけCO2排出の抑制・削減等への取組を含め,環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築を目指す視点を持ちつつ,これらの諸要素の更なる強化が必要である(付注2-6-7)。

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