第2節 産業別均衡為替レートからみた貿易構造

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1. 比較優位理論と為替レート

(基本的考え方)

前節でみたコスト面からみた価格競争力の推移は換言すれば貿易財部門の実質為替レートであるともいえる。そして第1章では実質為替レートは内外の実質金利差と日本の累積経常収支によって基本的には決定されるが,時としてこれらの基礎的な経済条件によっては説明できない要因(バブルやニュース)によって影響されることをみた。以上の点を念頭においた上で,本節では部門別の「価格競争力」がどの様に決定されるのかを確認した後,95年に入っての急激な円高をどうみるかという点を産業別の均衡為替レートからみてみよう。

ところで部門別の「価格競争力」,あるいは部門別の貿易収支はマクロ的要因とミクロ的要因の両方によって影響を受ける。マクロ的要因にはマクロの実質為替レートなどの諸要因がある。その一方で,貿易収支は貯蓄と投資の差額(同じことであるが生産と需要の差額)を反映することとなる。なお,ここでは実質為替レートは現実の名目為替レートと均衡為替レート(貿易財の購買力平価)のかい離(実質為替レートは現実の名目為替レートを均衡為替レートで除したもの)を示すものと考える。一方,ミクロ的要因とは比較優位性である。なお,製品の差別化等がある場合には,いわゆる「産業内貿易」がみられるが,このことは比較優位理論の考え方を否定するものではない。

国際貿易の最も基礎的な理論である「比較優位理論」においては,財の絶対価格の比率を二国間(ここでは日本と外国とする)において比較して,ある財が,日本において外国におけるそれより相対的に安ければ,日本はその財に「比較優位」を持つという(詳細は付注2-2-1参照)。2財しか存在しない場合では各国とも一つの「比較優位財」と一つの「比較劣位財」を持ち,「比較優位財」を輸出し,「比較劣位財」を輸入することにより両国とも貿易による利益を得るのである。財が多数存在する場合は,比較優位の概念は,相対的な安さの序列を示すものである。例えば,他の産業に対して相対的優位性(すなわちその財の相対的安さであり高い生産性や低い賃金に影響される)を有する産業は,全体の貿易収支が均衡していても,純輸出者になる傾向がある。逆に比較劣位にある産業は純輸入者になる。しかし,比較優位の序列によって並べられた多くの財のうち,どこまでの財が輸出され,どこまでが輸入されるかは為替レートの水準によって変わってくるのである。言わば,為替レートは比較優位の序列のどこかに輸出品と輸入品を区別する境界線を引く役割を果しているのである。こうして,部門別の貿易収支はミクロ的には比較優位の構造と為替レートによって決定されることになる。いま,産業別の比較優位を産業別の内外相対的価格比で捉え,これを産業別の均衡レートと定義するならば,結局,部門別の貿易収支は,①マクロ要因である現実の為替レートと貿易財部門平均の均衡レート(購買力平価)のかい離と,②ミクロ要因である貿易財部門平均の均衡レートと産業別の均衡レートのかい離によって決定されるといえる。

(為替レートと競争力)

ところで貿易財取引のみからなる教科書的世界では,自由貿易が行われた場合,貿易財部門平均の均衡レート(貿易財部門の購買力平価)は日本が最も比較優位を有する産業の均衡レートと日本が最も比較劣位にある産業の均衡レートの間に必ず決定される。しかしながら,現実の為替レートは,資本取引等による影響が大きいため,しばしばこの均衡レートからかい離し得る(為替レートのミスアラインメント)。そしてこのようなミスアラインメントが長期化した場合には本来比較優位があるはずの産業においても競争力が過度に低下することになる。最も極端なのは,現実の為替レートが最も比較優位を有する財の均衡レートよりも増価する場合であり,この場合はどの産業も輸出競争力を持ちえず,国全体が輸出能力を失うことになる。

2. 産業別均衡為替レート

平成6年度年次経済報告においては貿易財の均衡レートを生産性と要素投入コストなどから推計している。本節ではこの分析と同様に,73年を基準時点として,製造業7業種の単位労働コスト(生産性と要素投入コスト等)を考慮することで,日米間でこれら産業において購買力平価説が成立するような為替レートを均衡レートと定義し,これら7業種全体と各産業別で算出した(詳細は付注2-2-2参照)。均衡レートは産業の生産性を反映した中長期的な理論的為替レートであるため,景気循環要因を除去するために,労働投入係数を算出する際に,実質産出額のトレンドを用いている。なお,均衡レートについては,様々な計測方法があり,基準時点の取り方や産業のカバレッジ等によってもその値は変化するため,十分幅を持って考えるべきである。

(93年,94年に顕著に増価した現実レート)

7業種全体の均衡レートを75年,80年,85年,90年,93年,94年の動きで追うと,時を追って増価している(第2-2-1図)。75年から80年にかけては,均衡レートが現実のレートを上回り(割高)ながらも両者がそろって増価している。その後,80年代前半のドル高期においては,80年から85年にかけて均衡レートが更に増価したのに対し,現実レートは逆に減価したため,85年時点での現実レートは均衡レートよりかなり円安になった。このことは実質為替レートがこの期間かなり円安方向に振れたことを意味している。85年以降は両者とも増価したが,その差は縮小し,90年代に入ると,現実の為替レートが均衡レートを上回る勢いで増価した結果,93年,94年には現実レートが均衡レートを上回っている。さらに95年3月以降の急激な円高によって両者の差は一層拡大していると予想される。

(産業別均衡レートにみられる比較優位の序列交代)

産業別の均衡レートから各時点の比較優位の序列をみると,時を追って順位が変化していることがわかる。すなわち,70年代には鉄鋼等の一次金属が最上位であったが,80年代以降は電気機械が取って替わり,その後に輸送機械,一般機械といった加工組立産業が続いている。これは,第6節でみる貿易特化係数((輸出-輸入)/(輸出+輸入))の推移とも類似した傾向である。ここで,産業別均衡レートと輸出特化係数の関係をみると,第2-2-2図に示されているように,輸出競争力がある(輸出特化係数が大きい)産業の産業別均衡レートは産業平均の均衡レートより円高になっていることがわかる。

それではこのような産業別の均衡レートの推移の差はどこから生じるのであろうか。それは生産性と要素投入コスト,すなわち単位労働コストの産業別格差から生じている。そこで単位労働コストについてみれば,単位労働コストの上昇が低ければ低いほど,均衡レートは増価することになる(第2-2-3図)。その主役は電気機械や輸送機械に代表される重工業加工型産業である(付図2-2-3)。単位労働コスト上昇率の低い産業,すなわち,賃金に比べて生産性の上昇率が高い産業がこのコストパフォーマンスを武器に比較優位の序列を高め,均衡レートの増価とともに輸出競争力を高めてきたのである。このようにみるならば,その時代その時代の輸出産業の主役は均衡レートの増価にもかかわらずなぜ輸出競争力(比較優位)を高めたのであろうかという問題設定の仕方は正しくなく,逆に輸出競争力(比較優位)があったからその産業の均衡レートは円高であったというのが正しい理解である。換言するならば,日本のこれまでの為替レートの増価という中期的なすう勢は,輸出産業全体の競争力の上昇を背景に,その時代その時代において最も比較優位性を有する産業の均衡レートに牽引される形で決定されてきたといえる。

このような比較優位産業の裏側で必ず比較劣位産業は存在する。これらの産業は賃金上昇率より生産性の上昇率が低いためにその産業の均衡レートは,貿易財全体の平均的な均衡レートより相対的に割高になり,その結果比較優位の序列で下位に転落し,厳しい産業調整を強いられることになるのである。

以上のように新しい比較優位産業の登場を背景に日本の円の均衡レートはすう勢的に上昇した。そしてその過程で比較劣位産業から比較優位産業への産業構造の転換が行われた背景として,後に詳しくみるように,産業別の賃金と生産性の格差という現象があることに留意する必要がある。

次に現実の為替レートと産業別の均衡レートの対比であるが,現実レートが7業種全体の均衡レートに比べて大幅に円安であった85年時点においては,繊維と化学を除く多くの産業において現実の為替レートが当該産業の均衡レートより安くなっており,その結果,比較劣位産業で以前に比べて価格競争力が高まっている。しかしながら,それ以降は現実のレートが均衡レートに近づき,さらには均衡レートをオーバーシュートする状況の中で,当該産業の均衡レートが現実のレートより高くなっている産業は徐々に減っている(前掲第2-2-1図)。こうしてみると,現実の為替レートが7業種全体の均衡レートより大幅にかい離(ミスアラインメント)して増価している95年春以降の1ドル=80~90円という水準は,ほとんどの業種の均衡レートより高い(円高)水準と考えられ,事態の厳しさを物語っている。

(採算レートとの関係)

最近の急激な円高が企業にとっていかに厳しいものであるかは,企業の採算レートと現実のレートを比較することによっても確認される。すなわち,経済企画庁の「企業行動に関するアンケート調査報告書」によると,95年調査においては,輸出企業の採算レートは製造業全体で108.13円となっている。この調査は輸出をしている企業のみを対象としており,各産業で輸出可能な企業の数値が集計されているため,全体的に上記産業別均衡レートより水準が安く,また産業ごとのばらつきが小さい(前掲第2-2-1図)。

ちなみに現実の為替レートと輸出企業の採算レートの関係をみると,企業が円高に面するごとに採算レートを切り上げて,現実の為替レートを追いかける形で推移している(付図2-2-4)。85年直後の円高局面においては,採算レートは現実レートが急速な円高になったのを追いかけ,89年に追いついた後,その後の円安局面で採算レートは基本的に横ばいか,むしろ円安になった。その後93年,94年と再び円高が急速に進むなか,採算レートも円高に向かっているが,まだ追いついていない状況のなかで95年春以降の一層の円高が進行したのである。

3. 価格と生産性

2では,日本の貿易財の均衡レートのすう勢的な増価の背景には貿易財部門の中において産業別,あるいは業種別に単位労働コストの上昇率(賃金上昇率マイナス生産性上昇率)に格差があることをみた。ここでは,この分析を発展させ日本の価格-賃金-生産性の構造をアメリカとドイツとの比較の中で浮き彫りにする。

(各種物価の日米独の違い)

まず,日本,アメリカ,ドイツにおける輸出物価,製造業物価(製造業部門のGDPデフレータ),非製造業物価(非製造業部門のGDPデフレータ)の推移を比較する(第2-2-4図①~③)。なおこの三つの物価はいずれも自国通貨建てである(以下同じ)。まず国別にみると,日本では非製造業物価は緩やかに上昇しているが,製造業物価は横ばい,輸出物価は顕著に低下している。アメリカでは製造業物価と輸出物価がほぼ同じように緩やかに上昇しているなかで,非製造業物価の上昇率は相対的に高い。一方,ドイツでは,いずれの物価も安定的に推移しているが,非製造業物価が製造業物価より低い伸びを示している。

三つの国を横断的に比較すると次のような三つの特徴を読み取ることができる。まず第一は製造業と非製造業の物価の比較であるが,日本とアメリカは前者の方が後者より上昇率は低くなっているが,ドイツは逆に後者の方が低くなっている。第二には,製造業物価の推移についてみれば日本のみが水準はすう勢的に低下(上昇率はマイナス)している。第三は輸出価格と製造業の価格の関係についてであるが,アメリカについては両者の価格にほとんど差がないのに対して,ドイツと日本は輸出価格の方が製造業物価より低位に推移している。そして両者の差は日本の方がドイツより大きくなっている。このようにみると日本の物価はこれら三つの物価の上昇率の間に大きな違いがあるという点が特色になっているといえよう。

(生産性上昇率に関する日本とアメリカとドイツの比較)

それでは上でみた横断比較による三つの特色はいかなる要因によって説明できるのであろうか。これは各物価上昇率を単位労働コスト上昇率と比較することによってある程度説明可能である。すなわち,各種物価上昇率は,基本的には単位労働コスト上昇率とパラレルな動きとなっている(付表2-2-5)。また,業種間の賃金上昇率格差についてみれば各国共に総じてみれば小さい(業種間の賃金格差を標準偏差でみれば,日本の製造業は0.9,非製造業は0.6,アメリカはそれぞれ0.8,1.0,またドイツはそれぞれ0.5,0.6となっている)。そのため,物価上昇率と生産性上昇率との間に,負の相関関係がみられる(第2-2-5図)。

この点を踏まえた上で,上記の第一の特徴に関連して,ドイツのみ非製造業物価が製造業物価より上昇率が低いのはなぜか,第二の特徴に則していえば,日本のみ製造業物価が低下しているのはなぜかという点を考えてみよう。いずれの答えも生産性の上昇率で説明できる。まず第一の特徴に関連していえば,ドイツにおいては賃金上昇率は他の国の場合と同様に製造業と非製造業の間でほとんど違いはないが(ドイツにおいては製造業の賃金上昇率が平均で4.3%,非製造業は3.9%),生産性は製造業よりも非製造業の方が上昇率は高くなっている(製造業は1.3%,非製造業は2.0%)。このためドイツにおいては非製造業の単位労働コスト上昇率が製造業よりも低くなり非製造業の物価の安定に寄与しているのである。なお,次節で触れる内外価格差問題に関連してドイツではマルク高にもかかわらず内外価格差問題が大きなテーマになっていない背景にはこうした非製造業の高い生産性上昇率があることにも留意すべきであろう。

次に上記の第二の特徴に関連していえば,日本の製造業の生産性上昇率は三国の中で最も高く(製造業計で3.1%増),これが製造業の極めて低い物価上昇(同0.8%減)をもたらしており,両者の負の関係は極めて顕著である。なお,製造業の中でも一部業種(電気機械等)の生産性上昇は顕著であるのに対し,その業種の賃金は生産性ほど上昇していないために,その業種の単位労働コスト及び価格が目立って低下している。これが2で述べた電気機械の均衡レートの増価をもたらしているのである。なお留意すべき点はドイツの製造業の生産性上昇率(製造業で1.3%)は総じて低く,三国中最も低くなっている。

(製造業部門内での単位労働コストの格差)

日本の均衡為替レートのすう勢的な増価の背景として貿易財部門の中において著しく単位労働コスト上昇率の低い産業があり,貿易財部門の中で単位労働コストに格差が生じていることをみたが,ドイツやアメリカはどうなっているのであろうか。生産性上昇率については日本の製造業部門の中での格差はドイツやアメリカに比べて大きくなっている(第2-2-5図, 付表2-2-5)。特にドイツの場合は生産性上昇率の格差は小さい(標準偏差は1.5)。一方,賃金上昇率については日米独とも製造業の部門の中でそれほど大きな格差はないことから,生産性上昇率の格差はそのまま単位労働コスト上昇率の格差を通じて産業別の均衡レートの格差に反映されることになる。このように産業別の単位労働コスト上昇率の格差からみる限り,ドイツにおいては特定の産業の均衡為替レートの増価によって他の産業が比較劣位化する程度は日本より小さいものと想像される。ドイツではマルク高は大きな経済問題にならないという説がある。その真偽の程は定かではないが,その背景には第1章第9節でみたような実効為替レートやドル建て輸出比率という要因に加えて,こうした産業間の生産性上昇率の格差の問題もあるものと考えられる。

(輸出価格と国内価格)

日本とドイツの違いは更にある。それは上で問題提起をした日本とドイツにおける輸出価格と製造業の物価のかい離の背景についてである。

ある製品の輸出価格を決定するのは,当該製品の国内価格,為替レート及び当該製品の世界価格と考えられる。そこで,日独の製造業の自国通貨ベースの輸出物価について,まず,国内価格(製造業デフレータ)と為替レート(対ドルレート,自国通貨が増価すればマイナスとなる)で回帰した。そこで予想される係数は,国内価格についてはプラス,為替レートについては0と1の間であり,(1-為替レートの係数)が転嫁率(為替レートが1%変化した時に,外貨建て輸出価格に何%転嫁するかという大きさ)となる。すなわち,転嫁率が0(係数は1)であれば,為替の増価分だけ自国通貨ベース輸出物価は低下し,転嫁率が1(係数は0)であれば,為替が増価しても自国通貨ベースの輸出物価は変わらない。推計結果は,日本では国内価格の係数が期待した符号条件と逆の結果となった。ドイツでは,国内価格,為替レート共に説明力をもち,転嫁率は約0.9となった(第2-2-6表)。さらに,世界価格を加えると,日本では,国内価格,世界価格ともに符号は正となったものの,国内価格は説明力を持たず,世界価格の方がやや説明力が勝るという結果になった。一方,ドイツでは各説明変数が説明力を持ち,転嫁率は約0.7となった。このようにドイツの転嫁率は0.7~0.9とほぼ安定的な結果が得られた。

なぜ日本においては輸出物価と国内物価の関係が弱いのであろうか。換言すれば, 第2-2-4図に示されているように,日本の製造業物価はほぼ横ばいで推移しているのに対して,輸出物価は顕著に低下しているという両者のかい離関係を為替レートの増価では説明しきれないのはなぜかということである。そこでまず考えられるのは輸出物価と国内物価の品目構成の違いが影響しているのではないかということである。事実,価格が大幅に低下している電気機器等のウエイトは国内物価に比べて輸出物価において目立って高い(国内卸売物価では14.8%,輸出物価では31.3%)。そこで,まず品目別の国内卸売物価を輸出物価ウエイトで組み直した輸出物価ウエイトの国内卸売物価を作成し,これを輸出物価と比較すると両者のかい離幅は若干縮小する(付図2-2-6)。しかしながら,輸出物価ウエイトの国内卸売物価を説明変数として,上記の方法で輸出物価を回帰しても,ほとんど説明力の改善はみられない。

そこで次にこのようなかい離が各業種で共通にみられるのか調べるために,業種別に,輸出物価を当該類別国内卸売物価と為替レートで回帰した。すると,電気機器,一般機器,精密機器,化学製品,繊維品においては,国内物価も為替レートも説明力をもち(なお電気機器については為替レート,繊維品については国内卸売物価の有意性はやや低い),化学製品を除くと転嫁率は約0.7という結果が出た(第2-2-7表)。なお,化学製品については,石油化学製品の汎用分野(プラスチック等)などで製品価格が国際市況に左右され,メーカーが価格支配力をもちえない状況で為替の増価分を価格に転嫁するのが困難であることなどが考えられる。回帰結果から見る限り,これらの産業の輸出価格の設定パターンにはドイツとの違いはあまりないということを意味している。一方,輸送用機器は国内卸売物価が説明力を持たなかった。この業種は,輸出物価のなかで,約4分の1のウエイトをもっているが,輸出物価が85年から87,88年にかけてと91年以降低下しているのに対して国内卸売物価は90年ごろまで緩やかに低下した後92年以降は横ばいで推移している(付図2-2-7)。

なお,輸送用機器にみられる国内卸売物価の硬直性については,以下のような事情が反映していると思われる。例えば,輸送用機器の構成の大部分を占める自動車産業は,部品の製造・組み立てから完成品の販売に至るまで広範な関連企業を持つ総合産業であり,完成品は系列のディーラーを通じて消費者に販売される仕組みになっている。その場合,メーカーからディーラーに対する卸売価格(いわゆる「仕切り価格」)は,実質上の値引きが現れてこないこともあって,変動が小さい。自動車,特に乗用車の国内卸売物価は,ディーラーに対するこのような「仕切り価格」が同一車種について継続的に調査された結果であることから,硬直的にみえる面があると考えられる。

以上まとめてみると日本とドイツの間で輸出物価と国内物価の推移のかい離に関して,日本とドイツの差があるのは個別の業種の価格設定と国内卸売物価と輸出物価の共通品目のウエイトの違いなど統計のとり方によるところが大きいといえよう。

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