第4節 日本経済の新たなフロンティア

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景気後退が長期化するなかで,構造的な側面から日本経済の中・長期的な発展に対する懸念がいくつか指摘されている。ここではその代表的なものとして,二つを取り上げる。一つは,「日本経済の潜在成長力が低下したのではないか」という懸念であり,もう一つは,「今後,日本経済を引っ張っていくリーディング産業が見当たらないのではないか」という懸念である。

1. 潜在成長力についての考え方

日本の潜在成長力については,多くの議論がある。以下では,まず,近年日本の潜在成長力が低下しているのではないか,という議論のうち,企業の期待という観点からの「企業の中期的な期待成長率が低下しているのではないか」という議論をチェックしてみる。次に,需要面からの「消費需要は飽和したのではないか」という議論と,供給面から潜在成長力の将来を展望する場合の最も重要なポイントとなる,技術革新という要因をどう考えるかを考えてみる。

(期待成長率屈折論の吟味)

日本の潜在成長力に対する懸念は,端的には,企業の期待成長率の低下に現れていると考えられる。

まず,ここで取り上げる企業の期待成長率は,あくまでも企業の意識から決まってくるものであり,供給サイドの資本・労働・技術進歩によって規定される「潜在成長率」ではないことには注意が必要である。

今回の景気後退のなかで,企業の中期的な期待成長率が低下してきており,それが景気にも影響していることは事実であろう。経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」では,毎年1月時点での企業の中期的な成長期待(今後3年間)を継続的に調査してきている。この結果によれば,企業の中期的期待成長率は,91年以降低下してきており,特に94年には1.7%と,統計作成以来の最低となった(93年は2.9%)。

企業の期待成長率が低下する局面では,企業は従来よりも低い成長の下でも収益を確保できるような経営体質を築く必要に迫られることとなり,設備投資,雇用の抑制などリストラクチュアリングの努力を行うこととなる。それは,マクロレベルの投資の停滞,雇用情勢の悪化につながることとなる。今回の景気後退においても,こうしたメカニズムが作用していたことは事実であろう。

しかし,このところ期待成長率が「低下した」のは事実ではあるが,構造的にレベルダウンが生じて,元の水準には戻らないという意味で「屈折した」と判断するには慎重を期すべきであろう。それは,企業の期待そのものが,経済環境の変化によって弾力的に変動するからである。この点をみるために,適合的期待仮説(当期の期待は,前期の期待を実績との関係で修正したものとして決まってくるという仮説)に基づいて,成長期待の動きを説明する関数を推計してみたのが第3-4-1図である。この回帰式の説明力が高く,推計値が比較的現実の期待を追っているということは,企業が現時点でどのような成長期待を持つかは,前期の期待成長率と実績とのかい離度合いが大きな影響を及ぼしていることを示唆している。つまり,見方を変えれば,期待成長率は,現実の経済成長率の回りを循環しているのである。今回の景気後退局面では,成長期待が現実によって裏切られるという形でのダウンサイドリスクが繰り返し表面化するなかで,企業の成長期待も次第に下方修正が繰り返されてきた。したがって,今後景気が回復に転じてくれば,逆に,今度は成長期待は上方修正されていくとみるべきであろう。

(消費飽和論の吟味)

日本の潜在成長力に対する見方は,成長を需要からみるか,供給からみるかによって異なってくるようである。日本の潜在成長力に対する悲観的な見方は,需要面に着目するものが多い。典型的なものが,ここで検討する「消費飽和論」である。一方,潜在成長力は低下していないとする見方は,供給面に着目し,高い貯蓄率,質の高い労働力など良好なファンダメンタルズを支える条件は変化していないとするものが多い。

ここでは,まず,「消費飽和論」について検討してみよう。これは,「消費が成熟化して,ヒット商品が出にくくなっていることが消費の停滞を招いている」とする考え方である。これは,消費が停滞する局面では,これまでもしばしばみられた考え方である。以下ではこれを二つの観点からチェックしてみよう。

第一に,これまでの耐久消費財の消費動向を振り返ってみよう。耐久消費財に関しては,「かなりの耐久消費財について普及率が既に相当高水準となっている。このため今後は買換えが主流となり,新しい大型の耐久消費財が登場して,その普及率が上昇していくといったタイプの盛り上がりは期待できない」という考え方がある。確かに,主要耐久消費財の普及率はすでにかなり高水準となっていることは事実である。しかし,そのことが耐久消費財消費を抑制するとは限らない。それは,保有率の高まりと,高付加価値化の進展が考えられるからである。第3-4-2図は,主要耐久消費財の保有状況と所得の伸びの関係をみたものである。これによると,乗用車,エアコン,カラーテレビ,温風ヒーターについては,所得の増加に伴って保有台数が同じように増え続けている。つまり,「普及率」は上昇しても,複数保有が増えることを考えると,保有台数は所得に見合って増加しているのである。また,冷蔵庫,洗濯機など保有比率がほとんど100%に達しており,買換え需要が主体となっているものについては,従来型の保有台数は横ばいとなるなかで,新しい機能を備えた付加価値の高い製品(冷蔵庫であればより大型のもの,洗濯機であれば全自動など)の保有台数が増加している。このようにみてくると,普及率の上昇は,付加価値ベースでみた耐久消費財消費の抑制要因には必ずしもならないことが分かる。

第二に,消費性向の動きを振り返ってみよう。もし,「消費飽和論」が成立しているとすれば,「所得はあるのに,買いたいものがないので消費しない」という状況となっているはずだから,消費性向は低下するはずである。この点をチェックしてみると,前回やはり消費飽和論がみられた80年代前半には,消費性向は低下するどころか上昇していることが分かる(81年81.6%→82年83.3%→83年83.9%)。今回の景気後退においても,消費性向がほとんど変化していないことは,第1章第3節で既にみたところである。

「消費飽和論」は「所得は増加しているのに,消費が増えないのはなぜか」という局面でこそ登場すべき議論である。近年の場合は,「可処分所得の伸びが低迷しているなかで,消費が低迷している」という状況にあり,あえて「消費飽和論」を持ち出す必要性はないといえよう。

(潜在成長力と技術革新)

経済成長を供給面から考えると,労働と資本といった通常の生産要素とともに,それらの生産要素では測れない要因(全要素生産性:TFP,Total Factor Productivity)がある。このTFPには,技術革新が重要な役割を果たしている。以下では,この技術革新という点を中心に日本の潜在成長力を考えてみよう。

まず,成長が何によってもたらされるかをみるため,主要国の実質経済成長率を資本,労働,TFPに要因分解してみると(第3-4-3表),日本については,66~90年の5.5%成長(年率換算)のうち,資本の寄与は2.3%,労働の寄与は0.4%に対して,TFPの寄与は2.7%と最も高くなっている。しかも近年の動きをみると,資本,労働寄与度は低下しているが,TFPの寄与度はわずかながら高まってきている。諸外国をみると,アメリカ,カナダでは,経済成長への労働への寄与が高いものの(特に,70年代と80年代後半),他のヨーロッパ諸国ではいずれの時期もTFPの寄与が最も高い。供給側からみると,中長期的にはTFPの動向が重要であり,そのTFPに影響を与える技術革新の動向が潜在成長力の鍵を握っていることが分かる。

なお,潜在成長力に関しては,高齢化の進展などによる将来の労働供給面での制約の強まりが,成長力にマイナスに作用するのではないかという懸念がある。しかし,労働とTFPの伸びを国別に比較してみると,両者には逆相関の関係がみられる(第3-4-4図)。これは,労働力供給の制約が強まると,その制約を乗り越えるため,技術革新へのインセンティブが高まることを示している。逆に,アメリカでは,若年層の労働市場への大量参入によって労働の伸びが高まった70年代や80年代後半には,TFPの成長への寄与が低下している。労働力供給が高まったため,技術革新へのインセンティブが弱まったのである。このようにみると,これまでの労働力供給制約は,技術革新が生じることで成長全体にはそれほど大きなマイナス要因にはならなかった。したがって,今後の高齢化社会の到来においても,技術革新の動向が経済成長に大きな影響を与えるものと考えられる。

(研究開発投資,人的投資と技術革新)

こうしてみると,潜在成長力の議論は,基本的には今後の技術革新をどう考えるかという問題に帰着してくる。技術革新を事前に予想することは難しいが,技術革新を生み出す源泉は企業の研究開発や人的資本への投資であり,これを不断に継続させていけるかどうかが技術革新の鍵を握っていることは間違いない。

これを今回の景気後退との関係で考えると,企業のリストラクチュァリングが進むなかで,こうした技術革新をもたらすような投資が継続的に実行されているかどうかが重要となる。そこで,近年の製造業の研究開発投資の動きを日本銀行「企業短期経済観測調査」(主要企業)からみると(第3-4-5図),設備投資における研究開発投資の伸びは,92年度,93年度(見込み)とも二桁のマイナスとなっており,特に,素材産業でのマイナス幅が大きい。94年度(予想)については,加工型を中心にマイナス幅の縮小が見込まれているが,3年連続の減少という厳しい環境にあることには変わりない。

また,こうした観点からすると,学生のいわゆる「理工系離れ」「製造業離れ」も憂慮すべき問題となる。近年の大学入学志願者の学部別比率をみると(第3-4-6図①),87年以降,工学部,理学部の志願者の割合が低下傾向にある一方,経済学部,経営学部の割合が上昇しているのが目立っている。また,理工系学生の製造業への就職比率は87年から88年にかけて急激に減少し(87年54.5%→88年49.8%),93年に至っても87年の水準まで回復していない(93年52.0%)ともに,製造業就職者に占める理工系学部卒業者の割合も87年をピークに急低下している(同図②)など,「製造業離れ」を示唆する傾向がみられている。こうした「製造業離れ」が生じている理由としては,①給与・賃金の面で他の業種,職種に比しての有利性が薄れてきたこと,②生産現場的な労働環境のイメージが悪いこと,③理工的な専門知識を生かせる業種,職種が金融業等の非製造業分野にも拡大したこと,などが考えられる。

企業が,来るべき景気拡大に備え,さらには中長期的にも成長をリードしていくためには,景気が低迷している時期こそが,将来への飛躍のための足固め,基盤作りを行う機会となる。経営環境が悪化し,将来への危機感が強まる局面でなければ,「創造的破壊」を実行し,抜本的な事業内容の見直しを行うことが難しいからである。「危機」という言葉が,「危険(リスク)」と「機会(チャンス)」という二つの言葉の合成であることにも示されているように,景気後退期に危機感が強まることは,新たな飛躍のための大きな機会でもある。その意味で,企業のリストラも単に固定費を削減するという後ろ向きの対応ではなく,将来への技術革新に向けてR&D投資,人的資本への投資を不断に継続していくことが結果的に日本経済の新たなフロンティアの開拓につながっていくものと考えられる。

2. リーディング産業は日本経済にとって不可欠なのか

(「日米逆転」とアジアの追上げ)

次に,「日本経済の将来をリードするようなリーディング産業がなくなってしまったのではないか」という懸念について考えよう。こうした懸念が生まれてきたのは,この1年の間に起きたいくつかの象徴的な出来事がその背景となっている。

その第一は,自動車産業におけるアメリカの復活と日本の低迷である。アメリカの自動車産業は,「リエンジニアリング」と呼ばれる生産体制の抜本的な見直しなどによって,生産性を高め,低価格車を投入するなど,アメリカ市場においてシェアを取り戻し始めている。この結果,具体的には,①日米の生産台数格差の大幅な縮小,②アメリカ市場での日本車シェアの低下,③アメリカの自動車産業(ビッグスリー)の黒字転換と日本の自動車産業の大幅減益,などが観察されるに至っている(第3-4-7図)。

第二は,93年には,日米の半導体市場でのシェアが8年振りに逆転したことである(第3-4-8図)。企業別シェアをみても,92年以降はマイクロ・プロセッサー(MPU,超小型演算処理装置)で高い競争力を誇るアメリカ企業が一位となっており,日本が圧倒的な競争力を持っていたMOS型(金属酸化膜半導体)メモリーでも93年に韓国企業のシェアが一位となった。

第三は,カラーテレビ貿易で初めて日本が入超(数量ベース)となったことである。93年には,日本のカラーテレビの輸入台数は366万台となり,輸出(328万台)を初めて上回った。

これまで日本が絶対的な競争力を維持してきたと信じられてきた分野で生じた以上のような出来事は,これまでの日本経済を支えてきたリーディング産業が,アメリカとアジア諸国との間で挟み打ちになっていることを改めて実感させ,これらに代わる産業が今のところみえないことが将来への不安感を高めているのである。

(日本挟み打ち論の評価)

しかしながら,上記のような現象を捉えて,日本の産業の国際競争力がここにきて急速に低下している,または,日米間の産業競争力が「逆転」したと判断するのは早計であろう。

第一に,自動車については,まずアメリカでは景気拡大が続いているのに対し,日本は依然景気が低迷しているという日米の景気局面のずれが,自動車の生産台数,自動車産業の企業収益などに大きく影響していることに注意する必要がある。

第二に,半導体については,DRAM(記憶保持動作が必要な随時書込み読出しメモリー)のようなMOS型メモリーでは日本が,MPUのようなMOS型マイクロではアメリカが優位を持っていたという関係は,これまでにもみられていたことである。むしろ,今回の日米の半導体シェア逆転の背景には,アメリカが優位性を持っていたMOS型マイクロの需要が,パソコンの販売台数の拡大などとともに,近年,大幅に増加してきたという,需要側の要因が作用していたものと考えられる。

第三の,カラーテレビ貿易の入超については,台数でみるか,金額でみるかの差に注意する必要がある。前述の日本の入超への転化はあくまで台数ベースの議論であり,金額ベースでは日本の出超が続いている。これは,日本はカラーテレビについては,値段の安い低付加価値品を輸入し,値段の高い高付加価値品を輸出しているからである(前掲3-1-15図)。ただ,家電製品についての長期的な流れとしては,日本企業のアジアへの生産拠点の移転,アジア諸国の競争力の向上などにより,輸出市場における日本のシェアの低下,アジア諸国のシェアの上昇が生じていることは事実である。電気製品について,世界輸出に占める各国(または地域)のシェアをみると(第3-4-9図),特に,家電製品については,80年代後半以降,アジアNIEs,ASEANのシェアが上昇する中で,日本のシェアは低下してきている。

以上のように,これまでみてきたような産業分野で,アメリカの競争力が回復し,アジア諸国の追い上げがみられることは事実であるが,それは長期的な流れのなかで評価すべき問題である。これらの産業分野で,これまで日本が飛び抜けて強い競争力を持っていたとは限らないし,最近になって突然競争力が落ちたわけではない。前述のような指標をもって,これらの産業に対して過度に悲観的な見方をするのは適当ではない。

(国内的視点からみたリーディング産業の条件)

次に,日本経済の長期的展望とリーディング産業との関係を考えよう。最初に,リーディング産業の条件と役割について検討することにしよう。

まず,リーディング産業について議論するために,ここでは国内的視点と国際的視点を分けて考えてみよう。国内的視点とは「日本の経済成長にとって重要な産業」であるという意味でのリーディング産業である。一方,国際的視点からは,「国際的に高い生産性,競争力を持った産業」がリーディング産業といえる。当然,両者の視点からみたリーディング産業は一致する場合も多い。この二つの考え方を明確に区別しながら更に詳しく考えてみよう。

まず,国内的視点からみたリーディング産業の条件と役割を考えてみよう。潜在成長力にとっての重要なポイントが技術革新であったことを踏まえると,リーディング産業を経済成長と結びつけて考える場合には,単にどんな産業の需要が増えるかということではなく,その産業が技術革新とどのように関連するかが重要であろう。また,リーディング産業を更に「他の産業に比べて経済全体の成長により重要な役割を果たすと考えられる産業」と考えれば,他の産業との投入・産出を通じた連関が強い,または,技術のスピルオーバー効果(ある産業の技術が他の産業にも波及し,使用されることによるプラス効果)が高いという正の外部性を持つ産業がリーディング産業ということになろう。

例えば,産業の「コメ」と呼ばれた高度成長期の鉄鋼や化学,70年代以降,産業の新しい「コメ」として登場した半導体を含む電気機械,大きなすそ野産業を持つ自動車産業など,通常,リーディング産業と呼ばれているものは結果として上記のような条件を十分満たしていたといえる。これをいくつかの手法で確かめてみよう。

第一に,産業の規模そのものがかなり大きい。自動車,電気機械の全産業に占める割合は(90年付加価値ベース),自動車2.0%,電気機械4.0%となっており製造業では最もシェアの高いグループに入る。これをアメリカと比較してみると(87年付加価値ベース),自動車1.3%,電気機械2.0%となっており,日本のほうがずっとシェアが高い。

第二に,他の産業への波及効果が大きい。産業連関表(90年)によって,当該産業の生産が一単位増加した場合,全産業の生産量をどの程度誘発するかを比較するしてみると,製造業では輸送機械(2.725),鉄鋼(2.635),電気機械(2.218)の順に高くなっており,自動車(輸送機械に含まれる),電気機械産業の誘発効果がかなり大きいことがわかる。また,産業連関表における内生部門計の投入係数(ある産業の投入係数を,投入する側の産業毎に加えたもので,中間投入構造における当該産業の重要度を示す)の変化(80年→90年)をみると,製造業では素材産業では低下し,加工組立産業ではおおむね横ばいとなっているなかで,特に,電気機械が60%増加しているのが目立っている。さらに,半導体等を含む電子・通信機器は86%増加しており,いわゆるマイクロエレクトロニクス革命の下で半導体等が様々な産業で産業の「コメ」として投入される割合が高くなってきたことが分かる。

第三に,生産性の伸びが高く,経済全体の効率化に結びついている。産業全体としての生産性の上昇は,個々の産業自身の生産性の上昇によってもたらされる分(生産性上昇効果)と生産性の高い分野の就業者のシェアが高まることで生産性全体が高まる分(就業構造変化効果)とに分けられる。いま,製造業の労働生産性の変化を取り上げ,上記の二つの効果に分けた上で,特に,業種別の寄与をみると(第3-4-10図①),66~73年までの高度成長期では一次金属・金属製品の寄与が最も高かったが,安定成長期以降は,特に,電気機械の寄与が大きく,輸送機械もかなり大きな寄与を示していることが分かる。また,製造業の業種別に全要素生産性(TFP)の伸びを比較すると,高度成長期においては,電気機械,化学,一次金属の伸びが高かったが,近年では電気機械の高い伸びが際立っている(第3-4-11表,付注3-10)。

このように,電気機械,自動車産業は,①経済全体の中で比較的大きなシェアを占め,②他の産業への誘発効果が大きく,③技術革新による生産性の向上も高いといった特徴を備え,日本経済をこれまでリードしてきた。逆に,今回の景気後退下では,これら自動車,電気機械の不振が目立っていることが,他の産業にも大きなマイナスの波及効果を及ぼしており,それが将来への不安感を高めている面がある。しかし,これにはかなり景気後退が長期化していることが影響している。また,長期的にみれば,今後,これらの産業の海外生産比率が高まることが予想されるが,それによって開放される資源を当該産業におけるより付加価値の高い分野に振り向けていくことができれば,これらの産業は引き続きリーディング産業としての役割を果たしていくことができると考えられる。

さらに,他の産業との連関,経済への波及効果が大きいという意味では,先でみた対事業所サービス(情報サービス産業等),また,将来的にはマルチメディア関連産業も期待できるわけであり,「物的部門」と「サービス部門」の相互補完性が強まる形で新たなリーディング産業が生まれることも十分考えられる。

(国際的視点からみたリーディング産業の必要性)

次に,国際的な視点からリーディング産業の条件と役割を考えてみよう。一般に,「日本経済の将来をリードする産業があるか」という懸念は,「国際的に高い生産性,高い競争力を将来にわたって維持できる産業が現れるのか」という懸念からきているように思われる。しかし,これまでの経験をみる限り,「国際的に高い生産性,競争力を持った産業」という意味でのリーディング産業を持つことが,日本経済の長期的発展にとって不可欠であったとはいえない。

50年代から60年代にかけては,アメリカは高い技術力,高い資本・労働比率を背景にすべての産業に圧倒的に高い労働生産性を誇っていたが,アメリカと日本,ヨーロッパとの労働生産性の格差はその後,次第に縮小していくという収斂(コンバージェンス)がみられた。このコンバージェンスの過程こそが,日本経済の成長の過程であったということができる。このコンバージェンスが進展する姿は,全産業ベースの労働生産性(一人当たりGDP,購買力平価で評価)でも,製造業の労働生産性(現実の為替レートで評価)でも確かめることができる(第3-4-12図)。

ここで,製造業の労働生産性を例にとり,日本の労働生産性がいかにしてアメリカに追いついていったかをみよう。この日本のアメリカに対する相対的労働生産性(製造業)の上昇は,「資本・労働比率の変化」による分(つまり当初は,労働者の資本装備率が低かったのが,次第にアメリカ並みに高まってくる)と,「TFPの格差の縮小」による分(つまり,アメリカ並みの技術進歩を実現するようになる)に分けることができる(第3-4-13表)。この要因分解の結果をみると,高度成長期には「資本・労働比率の上昇」「TFPの格差の縮小」の双方が相対的生産性の上昇に大きく寄与していたが,安定成長期以降は,もっぱら「TFPの格差の縮小」が生産性の上昇をもたらしている。これは,高度成長期までに資本・労働比率ではアメリカにキャッチ・アップし,その後は技術力の面でのキャッチ・アップが進んでいったことを示している。

では,このとき産業別にみた生産性のキャッチ・アップはどうだったろうか。この点をみるため,日本のアメリカに対する相対的な労働生産性(製造業)を業種別に比較すると(第3-4-14図①),63年当時はいずれの業種もアメリカの生産性に対してかなり低い水準であったが,その後,すべての業種で相対的生産性が上昇し,それが製造業全体の生産性の格差縮小につながっている。特に,相対的生産性の上昇が高い業種は化学と一次金属であり,日本の経済成長に高い寄与を示してきた電気機械等の相対的生産性上昇が際立って高い伸びを示したわけではない。この点は,業種別に日本の相対的なTFPの推移をみても同様である(同図②)。

このように,日米の製造業の労働生産性格差の縮小(コンバージェンス)は,すべての業種でその格差が縮小したことによるものであり,ある特定の生産性の高い,高付加価値産業に資源(労働)を投入した結果生じたわけではない。この点を確認する一つの方法は,アメリカの就業者比率で日本の労働生産性を計算してみることである。もし,アメリカに比べて生産性の高い産業の就業者比率を高めることで生産性が上昇していたのであれば,生産性の高い産業の就業者比率はアメリカの方が低いと予想されるため,アメリカの就業者比率で計算した日本の労働生産性は,実際の生産性よりも低くならなければならない。しかし,この生産性を計算してみると,むしろ実際よりも高い値が得られる(第3-4-15図)。

このように,日本経済がアメリカ経済にキャッチ・アップしていった過程においては,必ずしも国際的に高い生産性,競争力を持った特定の産業(国際的視点からみたリーディング産業)が存在し,大きな役割を果たしたわけではないが,今後は,そのような産業を持つこと自体難しいと考えられる。先進国間での生産性のコンバージェンスがかなり達成され,更にはアジア諸国のキャッチ・アップが急速に進展しているという状況の下では,ある国が特定の産業で極端に高い生産性,競争力を維持し,世界をリードすることはそもそも難しくなってきているからである。その意味で,あらゆる産業において高い生産性を誇っていた50~60年代のアメリカは,先進国のコンバージェンス,アジア諸国のキャッチ・アップが顕著になる以前の例外的な状況であったといえる。

しかしながら,それぞれの産業で技術革新への努力を続けていくことは,日本の経済全体の成長,生産性を向上させ,国民の生活水準向上につながっていくと考えられるし,ひいては,世界経済の発展にも貢献すると期待される。例えば,技術革新といえば,加工組立て型のハイテク産業が想定されることが多いが,素材産業の中でも最近ではファインセラミクス,新合繊等の新製品が生まれており,技術革新の「種」は幅広い業種に拡がっている。また,製造業だけでなく非製造業での技術革新,生産性の向上も忘れてはならない。全産業ベースの労働生産性の伸びを産業別の寄与でみると(前掲第3-4-10図②),製造業に次いで第三次産業の寄与が大きい。経済全体に占めるシェアが高くなっているサービス産業の生産性を更に向上させることは,製造業の特定業種の生産性向上よりも経済全体へのインパクトは大きいといえる。

既に,キャッチ・アップ段階を終えた日本経済においては,先験的に新たなリーディング産業を特定することは難しい。むしろ,規制緩和等の環境設備が図られるなかで,個々の産業が技術革新等への努力を積み重ねることで,日本経済の新たなフロンティアの開拓が進められるであろうし,その中から結果的に新たなリーディング産業が生まれてくると考えるべきであろう。

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