第3節 求められる規制緩和
規制緩和は,現時点の日本にとって最も重要な経済政策課題の一つである。本節では,①今なぜ,規制緩和が求められているのかを整理し,②理論的にみた規制緩和の意義,規制の現状について簡単な概観を行った上で,③航空,電気通信,土地利用の三分野について具体的なケース・スタディを行い,④最後に,規制緩和についての評価を行うこととしたい。
1. 規制緩和についての基本的な考え方
(規制緩和の意義)
規制緩和は,今や世界的な潮流となっている。規制緩和への動きが始まったのは,80年代前後のアメリカ,イギリスであった。政府の市場への過度の介入,規制等が民間の経済活力を弱めているという考え方が強まり,小さな政府,民営化と並ぶ柱としてその必要性が強調され,その後規制緩和への動きが世界的な広がりをみせていったのである。日本では,第2次臨調発足(81年)以前においては,国民負担の軽減,行政事務の簡素・合理化などが規制緩和の中心であったが,第2次臨調以降では,民間活力の発揮,国際的調和,国民生活重視という観点から,規制緩和がより積極的な役割を果たすことが期待されるようになってきた(付注3-8①)。
近年,日本で特に規制緩和の必要性についての認識が強まってきたのには,第2章までみてきたような,景気後退の長期化が関係している。景気後退が長引くなかで,企業・消費者に「経済的な停滞からの出口はどこにあるのだろうか」という一種の閉塞感が強まっており,これに関連して,これまで産業の発展や国民生活の安定にそれなりに貢献してきた公的規制が,現在ではかえって経済社会の硬直性を強め,将来への発展の足かせとなっているという見方が強まってきたのである。こうしたなかで,規制緩和には,①企業のビジネスチャンスを拡大させ,消費者の選択を多様化させることによる内需の掘り起こし,②生産性の低い非製造業に競争を導入し,効率化を促すことによる内外価格差の縮小,③国際的観点からの透明性の確保,といった多様でしかもいずれも重要な役割が期待されるに至っている。
(公的規制の現状)
規制緩和の議論を始める前に,現在の公的規制が全体としてどの程度の大きさになっているのかを概観しておこう。
日本の公的規制の現状を,その主要な部分を占める許認可等事項数でみると,85年末の10,054件から,88年度末10,278件,93年度末11,402件と漸増している(付注3-8②)。93年度中には,277件の許認可がなくなり,136件が緩和(ただしこれは全体の事項数には反映されない)されるなど,規制緩和は進んではいるものの,新たな許認可等事項数が737件増加したため,全体では増加となったのである。
公的規制の対象となっている分野の割合を特定するのは難しいが,仮に関連法律の存在する分野を規制対象分野として試算すると,産業全体では90年の付加価値額ベースで,約42%が何らかの公的規制の対象となっている。産業別には製造業は14.1%であるが,建設業,金融・保険・証券,電力・ガス・水道,運輸・通信といった非製造業の分野は100%ないしそれに近い割合が何らかの規制を受けている(第3-3-1表)。
(なぜ規制が行われるのか)
では,そもそもなぜ公的規制は行われるのだろうか。公的規制については,自由な市場原理ではうまく処理できない問題(市場の失敗)に対処することを目的とした経済的規制と,国民の安全,衛生,健康の確保,環境の保全,災害の防止などを目的とした社会的規制とに大きく分けることができる。ただし,公的規制の中には,経済的,社会的両方の目的から行われる規制もあるため,いずれかに厳密に区分できるものではないことに注意する必要がある。以下では,公的規制の経済的側面に限って議論することとする。このような規制の具体的な根拠としては,次のようなものが考えられる。
第一は,規模の経済(または,範囲の経済)や資源の稀少性に伴う自然独占の存在である。この場合,企業規模が大きければ大きいほど有利になるため,市場メカニズムに任せておくと,最終的には独占が発生してしまう。すると,競争に負けた企業の投資は無駄になり,生き残った企業は独占価格の設定を行うことが可能となり,経済的な非効率性が発生する。これを防ぐためには,参入規制を行い特定の企業に事業機会を確保する一方,価格が適正な水準に設定されるよう規制を行い,資源の効率的配分を図ることが必要となる。こうした規制の具体例としては,電気・ガス・水道,電気通信,鉄道等に対する規制が挙げられる。
第二は,情報の非対称性の存在である。当該産業の市場が競争的であっても,需要者(消費者等)が供給者(企業等)と比較して,需要決定のための情報(価格,品質,安全性等)が十分ではないという意味で情報の非対称性が存在すると,供給者が情報面の優越性を乱用して,自己に有利な行動を取る可能性があるため,結果として効率的な資源配分が達成されにくい。このような場合,供給者が情報面の優越性を濫用し,自己に有利な行動をとるといったモラル・ハザード等から需要者を保護する必要がある。銀行,証券,保険等の金融業等においては,このような観点からも規制が行われている。これらの産業では投資家の財産を預かり,運用するため,虚偽の情報の提供や,不公正であったり過度にリスキーな取引が行われれば,投資家の被害は他の産業に比較して大きなものがあろう。投資家の保護を図るため,ディスクロージャーの推進,インサイダー取引・不公正取引の規制が必要である。
第三は,外部性の存在である。それぞれの経済主体が合理的に行動しても,市場取引を通じない形で他の経済主体にマイナスの影響を与える場合(負の外部性),この影響を小さくするような規制が必要となる。経済活動に伴う環境汚染,騒音,混雑等がそれであり,公害規制,土地利用規制はこうした観点からの規制である。
(規制緩和の必要性)
しかし,こうした公的規制の経済的側面に関しては,一般に,次のような指摘がなされている点に注意する必要がある。
第一は,規制の根拠は決して不変ではなく,経済環境の変化によって常に変わり得るということである。例えば,技術革新の進展によって,それまで自然独占が成立していた根拠が失われる場合も考えられる。また,消費者の意識・嗜好の変化,グローバリーゼーションの進展(規制の透明性の確保)も既存の規制の見直しを迫るものとなる。経済の現状に適合した規制の姿を維持するためには,不断にその必要性,内容を検討し,見直しを行っていくことが必要となってくる。現在の公的規制の多くは戦後復興期や高度成長期において創設されたものであることを考えると,その後の経済の変化の大きさに照らしてみても,規制の在り方を現時点で見直しておくことは極めて重要だといえる。
また,規制をすべき根拠があったとしても,どのような規制を行うか,規制の実施そのものが有効に行われているかについてのチェックも必要である。例えば,規制の効果を維持しつつ,同時になるべく企業の創意・工夫を高めるような規制を行っていくという観点も重要であろう。
第二は,時代の要請に合わない規制を持ち続けることの経済的コストがいかに大きいかということである。必要以上に参入規制,価格規制が行われることになると,企業側に超過利潤が発生し,その配分や規制の既得権化を目指して,陳情,ロビイング等の非生産的な活動(こうした独占レントの獲得を目指す非生産的活動は,生産的な活動で利潤を目指す「プロフィット・シーキング」に対して,「レント・シーキング」と呼ばれる)が行われるとともに,低生産性の企業が温存されることになる。これは,民間部門の創意工夫の意欲を減退させ,適正な競争を阻害し,最終的には消費者の負担を高めることとなる。
第三は,公的規制そのものには,環境変化に自律的,柔軟的に対応できるメカニズムが内在しているわけではないということである。逆に,公的規制そのものの性格として,一度成立すると,その規制は残り続ける傾向があり,不必要な規制が温存されやすいという面がある。これは,一定の規制に基づいた経済活動が継続していくと,次第に規制が既得権益化して継続的な経済活動に組み込まれてしまうため,規制をする側も,受ける側も,規制が継続することが自己の利益になってくるからである。
以上を踏まえると,規制緩和へ向けて常に最大限の努力を行うことで初めて経済社会情勢の変化に対する迅速かつ柔軟な対応が可能となると考えられる。既得権益化した不必要な規制を見直すことは,結果的には消費者の品質,価格面での選択の幅を広げ,既得権益を守ることを目的とした非生産的な活動に向けられていた資源をより生産的な活動に活用できるようになることが期待できる。
ただ,規制の問題は個々のケースによって大きく異なっているため,一般論で議論を進めるのには限界がある。そこで以下では,日本の航空,電気通信,土地利用を例示的にとりあげ,規制緩和の現状,規制のあり方について具体的に考えてみよう。
2. 航 空
まず,航空業の規制緩和についてみよう。航空業では世界的にも規制緩和が大きな流れとなっており,その結果として,国際的にも国内的にもヒトの移動というサービスが,安価で豊富に提供されるようになることが期待されている。
(規制緩和の経緯と現状)
まず,日本の航空業の規制緩和がどのように行われてきたかを概観しておこう。
航空業界の規制緩和については,86年6月の運輸政策審議会の答申で,①国際線の複数社体制化,②国内線の競争促進,③日本航空の民営化,を柱とする「今後の航空企業の運営体制の在り方について」が提示され,以後の規制緩和はこの答申に沿って行われてきた。例えば,①国際線の複数社体制化については,86年に全日空が,88年に日本エアシステムが参入して以来,両者ともシェアを伸ばしている。②国内線の競争促進については,86年以降,ダブル・トリプルトラック化(ある路線に対し2社または3社が乗入れを行うこと)が進展している。その効果をみるために,ダブル・トリプルトラック化が実施された路線の実施後1年間の旅客数の状況をみると,旅客数の増加率は,全国伸び率,前3年間伸び率に比べかなり高いことが分かる(第3-3-2表)。③日本航空については87年11月に完全民営化された。
また,第2次行政改革審議会(第2次行革審)の答申を受け,88年12月に閣議決定された「規制緩和推進要綱」では,航空運賃についても,①運賃の低廉化,②割引運賃の充実・多様化,などの施策が盛り込まれている。
国内運賃については,いわゆる「南北格差」(北海道や東北を結ぶ路線の賃率が相対的に割高となっていること)にみられるような賃率格差に対する利用者の不公平感を是正するため90年6月に27路線で値下げが実施されるとともに,割引運賃制度の導入・拡充が進められている。さらに,近年,国内航空に対する利用者のニーズが高度化・多様化し,個人型の割引運賃の充実を求める声が高まってきていることなどに対応して,事業者が自主的な判断により利用者ニーズに対応した運賃・料金設定を行うことを一層容易なものとするため,割引率50%までの営業政策的な割引運賃及び料金について届出で足りることとし,それを内容とする航空法の一部を改正する法律が94年6月に成立した。
一方,国際運賃については,認可運賃と実勢価格のかい離を是正し,透明性の高い運賃制度を構築するとともに,利用者にとって使いやすく,かつ,低廉な運賃を提供することを目的として,94年4月から新運賃制度が実施されている。この制度の下では,認可運賃のレベルの大幅な引き下げ,一人より適用可能な旅行商品に対する運賃の導入,利用者が直接購入できる個人型割引運賃の適用条件の緩和等を行うとともに,航空事業者による弾力的な運賃設定を可能とするよう,一定の幅の中で自由に運賃を設定し,また変動させることができる制度を導入している。
(今後の課題)
国内運賃については,普通運賃について,いわゆる「南北格差」にみられるような賃率格差に対する利用者の負担を是正すべく,標準原価方式の考え方が導入されている。標準原価方式とは,国内の各路線の原価をもとにして,単位距離当たりの原価と距離の関係を求め(標準原価曲線:固定費の高い航空業の特性を反映して,距離が長くなれば単位距離当たりの原価が低下するという距離逓減的な曲線),路線別の特性を反映させるために当該曲線の上下に一定幅を設定し,運賃をできる限りその幅の中に納めることにより,①同一距離同一運賃帯への志向,②遠距離逓減の徹底,を図ることを目的とした運賃決定方式である。これを受けて,90年6月に当時の標準原価曲線の上限を上回っていた27路線について値下げが行われた。今後,利用者の負担や競合する他の輸送機関の運賃水準とのバランスに留意しつつ,標準原価方式を用いた運賃体系の整備を進めていく必要がある。
また,営業割引運賃等については,原則として届出で足りることとなり,多様化するニーズに対応した割引運賃制度が一層充実するとともに,サービスが向上し,需要の喚起や増収につながるといった効果が期待されている。ちなみに,現行の各種割引については,往復割引や回数割引等を除いて,単身赴任割引や家族割引のように利用主体について制限の付されているものが多い。今後の割引運賃の導入に当たっては,国際線や欧米の国内線で広く導入されているような事前購入型割引や利用率の低い深夜・早朝便に係る割引等,利用主体に制限のない新しい種類の割引運賃の導入を検討していくことが望まれる。
第二に,国際線については,円高の下で国際競争はますます厳しくなっており,各航空会社の経営環境にも大きな影響を与えている。こうしたなかで,国際線における競争力を高めるために,各航空会社はリストラを通じた生産性向上,コスト引下げ努力を行っている。新国際航空運賃制度の導入により,各航空企業が自らの競争力に応じ,一定の幅の中で自由に運賃の設定ができることとなったが,今後は,更に新国際航空運賃制度を活用し,利便性の高い商品の開発を行うこと等により運賃面における収益力の向上を図ることが,国際競争力の強化のために不可欠である。
3. 電気通信
次に,規制緩和によって新たな事業の拡大が期待される分野として電気通信事業を取り上げよう。
(規制緩和の経緯)
電気通信は,技術革新によって自然独占の条件が変化してきたことを受けて,規制緩和が進められることとなった典型的な事例である。
日本の電気通信事業は多くの諸外国と同様に全国一元的に運営されてきたが,これは電気通信事業が基本的に自然独占の条件を備えており(通信ケーブルを張り巡らさなければならないため,初期投資が膨大であり,同一地域で複数の企業がサービスを提供しようとすると,極めて大きな重複投資が発生する),また,電話等のサービスが国民生活に不可欠なため広く公平かつ安定的に供給する必要があるといった公共的な性格も持ち合わせているためである。しかし,①従来の大規模ネットワークシステムに代わってマイクロ・ウエーブや光ファイバーケーブルといった比較的低コストの伝送路が登場し,さらに端末機の技術革新により小規模のネットワークシステムの構築が容易になったこと,②複数のネットワークの接続を可能とする技術条件が整備されてきたこと,③多種多様な電気通信サービスへの需要が拡大してきたこと,などを背景として,電気通信についての規制緩和は世界的な流れとなった。
こうしたなかで,日本も85年に抜本的な規制緩和が行われ,①回線利用,端末機が自由化されたこと,②それまで日本電信電話公社,国際電信電話株式会社(以下,KDD)により独占的に運営されてきたネットワーク自体の提供サービスにも競争原理が導入され,新規参入が可能となったこと,③電電公社の民営化が行われたこと,などの措置がとられた。
(電気通信事業の規制緩和の成果)
では,この抜本的な規制緩和から9年が経過した現在,その成果はどのように現れているだろうか。
まず,新規参入という点では,かなり多くの企業の参入がみられている(以下,参入企業数は94年4月現在)。すなわち,通信回線を自ら設置してサービスを提供する第一種電気通信事業には,75社が新規参入しており(以下,これらの新規参入企業をNCCと称する),このなかでは,携帯・自動車電話,無線呼出し等の移動体通信が58社と大きなウエイトを占めている。また,第一種事業者から回線を借りてサービスを提供するVAN等の第二種電気通信事業者については,新規参入企業数は1,589社に上っている。
次に,このような新規参入が電気通信市場にどのようなインパクトを与えてきたかをみよう。第一種電気通信事業者の行う基本サービス市場(電話サービス等情報の内容を変えずに伝送するサービス)の売上をみると(第3-3-3表),まず,国内通信では日本電信電話株式会社(以下,NTT)が約9割と依然として高いシェアを占めている。これは,売上規模の大きい電話サービスの分野で,NTTが圧倒的に高いシェアを維持しているためである。これには,①市内電話サービスについては,依然として規模の経済が大きく作用していること(市内電話網を構築しなければならない),②NCCがサービスを提供する場合,NTTが独占している市内網と接続する必要があるが,接続条件の整備が必ずしも十分ではないこと,などが影響しているとみられる。一方,比較的新しいサービスである携帯・自動車電話,無線呼出しについては,NCCのシェアが高まっており(携帯・自動車電話36.9%,無線呼出し34.5%),事業者間の競争が激化している。
国際通信については,新規参入は2社に止まっているものの,KDDとの競争格差は比較的小さいためNCCのシェアは25.3%まで高まっている。
以上のような既存の事業者と新規参入者との競争の高まりの効果は,具体的には通信料金に現れている。NCCは各種サービスにおいて,NTTやKDDよりもかなり低い料金で新規参入を行い,これに対抗する形でNTT,KDDも値下げを行うとともに,経営の合理化,効率化が図られ,両者において料金の顕著な低下がみられる。まず,国内通信をみると(第3-3-4図①),85年と比較して電話料金は10%程度低下しているが,事業者間の競争がより厳しいとみられる無線呼出しや自動車電話の料金は,3割近い低下を示している。国際通信では,国内通信よりも競争が厳しいことも反映して,料金は5割近い大幅な低下となっている(同図②)。また,規制緩和の成果は,こうした料金面だけではなく,深夜割引制度の拡充,月極め割引サービス,長距離選択制割引制度といった料金体系の多様化やVANやデータ処理といった高度情報通信社会に向けてのサービスの多様化などの面にも現れている。
さらに,電気通信市場での規制緩和,料金の低下,サービスの多様化は,電話端末機器などのハード機器の市場拡大にも大きく寄与し,それが更に電気通信市場の拡大を促進してきた。電話端末機器については,85年以降,販売が自由化された結果,新機能を有する新商品が多数登場し,消費者の選択の幅が大きく拡がるとともに,価格も大幅に低下した。電話端末機器の市場の動向をみると,特に,コードレスホンの市場が急激に拡大している(第3-3-5図)。携帯・自動車電話等の移動機については,94年4月から売切り制が導入されたため,これらの市場でも多様で低廉な機器が投入され,市場が一層拡大することが期待される。
(規制緩和への課題)
以上のように,電気通信事業での規制緩和に伴う競争の増大とその成果については,積極的な評価ができるものと考えられる。ここでは,さらに,利用者の利便の向上を図るという観点からみると,今後の検討課題としては,料金,サービスの多様化を更に推進することが重要である。NTTのダイヤル通話料金体系の変化をみると,①長距離料金はNCCとの競争もあって大きく低下していること,②単位距離当たりの通話料金は,距離・量に比例した料金体系から徐々に距離逓減的な料金体系に変化してきていることなどが分かる(第3-3-6図)。また,NTTの事業部別収支状況(92年度)をみると,長距離通信事業部の黒字が地域通信事業部等他の事業部の赤字を補うという「内部補助」の構造が分かる。これは,長距離通話を多用している利用者から他のサービスを多用している利用者へ所得配分が行われ,長距離通話需要はその分抑制されていることも意味していることから,料金体系をコストを基本として見直していくことが今後の課題であろう。また,料金体系の多様化は,以下でみるような新たな情報通信基盤の整備に対応するためにも重要な課題である。
(マルチメディア時代への対応)
規制緩和の議論とは必ずしも直接関係するわけではないが,電気通信事業の将来を考えるに当たっては,いわゆるマルチメディア時代への対応が重要である。マルチメディアに対する経済的期待はかなり大きい。これは,光ファイバー等を用いた新しい情報通信基盤を全国的に整備すれば,高速・大容量の双方向通信が可能となり,通信,放送のみならず,他の産業も含めたニュービジネスの創造,内需の拡大につながっていくと考えられるからである。このような本格的なマルチメディア時代を迎えるに際しては,いうまでもなく,全国的な新たな情報通信基盤の構築が必要となる。また,その能力を活用するアプリケーションの開発・導入も必要である。
アメリカにおけるマルチメディアへの動きをみると,CATVの普及がその面で大きな役割を果している。CATVはそのケーブル網を高度化することにより双方向の通信が可能であるため,それを利用して様々なマルチメディア事業が可能になるとみられている。そこで,諸外国におけるCATVの普及状況をみると(第3-3-7表),アメリカでは,施設数,普及率ともに主要国中で群を抜いている。このようなCATVの高い普及率を背景に,アメリカでは,ビデオ・ダイヤルトーン(電話会社による映像伝送サービス)という形で地域電話会社がCATV事業に参入したり,CATV会社が広く加入世帯に張り巡らされたケーブル網を生かし通信事業への参入を図っており(連邦通信法の規制により,現在同一地域内での電話とCATV事業の兼営は禁止されている),数千世帯から数万世帯を対象として,視聴者からのリクエストに応じて番組を配信するビデオ・オン・ディマンド,ホームショッピング,遠隔教育等の双方向サービスの提供実験が予定されている(第3-3-8図)。公共的機関が行う情報通信基盤整備プロジェクトに対する補助金の交付・事業者に対する税制措置の実施など,連邦政府においても積極的な政策的支援を展開している。
日本のCATVの普及率が低い理由としては,そもそも地上系のテレビジョン放送が広範に普及しており,CATVの必要性が薄かったことなどの事情が挙げられる。日本のCATV事業に関しては,アメリカと異なりCATV事業と電気通信事業の兼営は従来より可能であり,93年12月にはCATVの営業区域の全面的自由化が実施されるなど,マルチメディア化に対応する形で規制緩和が行われている。こうしたなかで,CATV事業が拡大するとともに,政府の適切な環境整備の下,民間主体で光ファイバー・ケーブルを中心に,無線系も含めて,それぞれの特性を活かしつつ,情報通信基盤の整備を着実に進展させていくことが次世代のマルチメディア時代を迎えるために重要となろう。
4. 土地利用・都市計画
ここまでは,個別産業における規制をみてきたが,次に,社会的規制として位置付けられている土地利用・都市計画の規制についてみよう。企業,消費者の経済活動の基盤である土地利用規制のあり方は,現下の重要課題である住宅・土地問題の解決にも大きな影響を及ぼすものである。
(日本の土地利用規制の現状と問題点)
土地利用規制のタイプとしては,線引きなどを行う「区域区分制度」,用途,利用密度規制を行う「用途地域制」などがある。豊かな住生活,望ましい都市空間を形成していくためにはこれらの規制が必要不可欠であるが,一方で,これらを緩和すべきだという議論も多い。
しかし,これらの規制については,むしろ現行の規制が必ずしも十分に機能していない場合があり,これが問題を生じさせている面がある。例えば,「区域区分制度(線引き)」については,市街化調整区域等において開発圧力が高い集落周辺や幹線道路の沿道等において小規模な開発が累積してスプロールが進み,土地利用の混乱や居住環境の悪化が生じている場合がある。開発ニーズに対して計画的な対応を図る場合には線引きを適切に見直すとともに,開発規制の的確な運用が重要である。「用途地域制」についても,従来,規制が緩いことが用途の混在を生んでいた面も否定できない。先の地価高騰の過程においても,大都市の住居系用途地域において,地価負担力の高い商業・業務系の土地利用の立地圧力が高まり,住居系の土地利用が圧迫されるとともに,居住環境にも大きな影響が生じた。これに対応して,92年の都市計画法改正により,住居系の用途地域を3種類から7種類に細分化し,よりきめ細かな用途規制を行うことにより,業務ビルの住宅地への進出の抑制が図られることとなった。
建築物の密度を規制することにより,地域の経済・社会活動の総量を誘導し,道路等の公共施設とのバランスや良好な市街地の環境の確保を図ることを目的とした容積率について,一律的にその緩和を求める考え方がある。しかし,現実に利用されている容積率は,指定値を下回っている場合も多い。東京都について容積率の充足率をみると,千代田区,中央区,港区は充足率が高いものの,他の区ではおおむね50%以下となっている(第3-3-9図)。これは敷地が狭小であること,道路等の都市施設の整備が未だ低い水準にあることなどによるものである。これによれば一律の緩和が市街地の環境にも土地の有効利用にも効果的でないことが分かる。
(諸外国の土地利用規制の現状)
一方,諸外国の土地利用規制をみると(付注3-9),例えば,ドイツでは総合的な土地利用計画(Fプラン)と併せて,地区レベルを対象として詳細な土地利用,建築規制を内容とする地区詳細計画(Bプラン)を定めることとしており,原則として同計画の策定なしには開発が認められない強い規制となっている。アメリカはゾーニング制を採用しているが,地域を細分化してきめ細かく建築可能な用途が列挙されている一方,インセンティブ・ゾーニング(公共的施設の整備を行う民間事業者の開発に対して容積率の割増等を認める制度)で計画的な開発を誘導している例がある(日本では,再開発地区計画等の容積率特例制度がこれに類似した制度である)。
(土地利用の規制緩和への課題)
以上を踏まえると,日本の土地利用規制の緩和に向けた課題がいくつか指摘できる。まず,容積率に関しては,指定容積率を一律に引き上げることは市街地環境の悪化や地価への悪影響も懸念されることから適当でなく,それぞれの地域の特性や時代の変化に応じてきめ細かい見直しを行うことが重要である。そのなかで,優良な市街地を形成する住宅供給プロジェクト等に対して容積率等の緩和措置を講ずるなど,土地利用の高度化,有効利用を図るべき地域に対しては機動的に対応していくことが重要である。
土地利用・都市計画は,諸外国の例をみても,地方自治体,特に市町村が計画作りにおいて大きな役割を果す必要がある。それぞれの環境,条件に合わせた魅力ある都市作りのためには今後とも地方自治体の都市計画策定能力の充実が望まれる。
5. 規制緩和の総合的評価
(規制緩和の効果の考え方)
規制の必要性は技術革新や国民の嗜好とともに変化していくものであり,常に見直しを行いながら,経済環境に合わなくなったものは撤廃していくことが必要である。政府も「経済的規制は原則自由・例外規制」という考え方の下に,公的規制の計画的見直しを推進しているところである。しかし,規制緩和は重要な政策課題であるだけに,その効果についてあまりにも過大な期待を抱くことのないようにすることもまた必要である。
第一に,規制緩和が現在の日本経済の抱えるすべての問題の解決,特に,短期的な景気回復,内需の拡大・黒字の縮小などにも良く効く万能薬のように考えられているとすれば,それは過大評価であろう。規制緩和によってもたらされる生産性向上,事業機会の拡大といった効果は長期的に徐々に現れてくる性格のものである。また,規制緩和は「景気が悪いから推進する」という性質の問題ではなく,景気の良し悪しにかかわらずあくまでも中長期的な視野で推進していくべきものである。
第二に,規制緩和という薬の効能が間違って理解されている場合もみられる。例えば,「規制緩和によって内外価格差が解消すれば,物価水準が低下し,家計の実質所得が増大し,消費が刺激される」という議論がある。確かに,規制緩和による競争の促進,効率化がコストを低下させ,需要を拡大させる場合にはこのような議論が成り立つが,現実には規制緩和に基づく価格の低下は,それまで規制に守られてきた産業の所得を縮小させることもあり,十分に消費が刺激されるかどうかについては議論の余地がある。
(規制緩和と民間部門の役割)
それでは,規制緩和の経済効果を最大限発揮させていくには何が重要であろうか。そのためには,政府が規制緩和を実行していく一方で,企業,消費者の側もこうした動きに積極的に対応していくことであろう。
第一に,規制緩和と企業との関係をみよう。
規制緩和が企業にとっても大きな事業機会の拡大となるのは,規制緩和が新規参入の促進,新たなビジネス・チャンスの拡大を生む結果,競争が促進され価格が低下するとともに,技術革新により消費者にとって魅力的な新商品・サービスが生まれ,マーケットが大きく拡大する場合である。
しかし,こうした市場構造を大きく変化させるような規制緩和は,その効果を事前に予測することが非常に難しいため,規制を緩和する側にも,される側にもリスクが生まれる。監督官庁の側では,いったん規制を緩和してしまうと後戻りができないため,リスクを恐れて既存の秩序維持を重視する傾向が生まれる。また,民間企業の側でも,リスクの大きい規制緩和を要求するよりは,規制を前提に自分もインサイダーになって,既得権益を享受する方が有利だと判断するケースも考えられる。したがって,大きな効果を持つ規制緩和を実現していくためには,政府がその経済効果を考えながら機動的な規制緩和を行う一方,企業側も,ある程度のリスクを覚悟しながら,積極的な事業展開を図るような企業家精神を発揮させていくことが求められる。
第二に,規制緩和と消費者との関係を考えよう。
参入・価格面での規制が緩和されると,通常は,これまで超過利潤を得ていた企業の利益(生産者余剰)が減少する一方,消費者の利益(消費者余剰)が増加する場合が多い。その意味で,規制緩和は消費者重視の社会に向けた推進力となる。しかし,その一方で,規制緩和が進められた社会においては,競争が促進され,企業の創意・工夫により,価格,品質,サービスの差別化,多様化が図られると考えられるため,消費者選択の拡大に伴い,消費者にとっても自らの責任で選択することが徹底化された社会となるという点も重要である。
したがって,消費者が規制緩和の恩恵を十分享受していくためには,自分の選好や情報に従い,自分自身で多様化したサービス,価格を選択していくことが必要となる。その意味で,消費者側にも自己責任への意識の確立が強く求められているのである。こうしたなかで,消費者が多様化したサービス,価格を選択していけるような能力・知識を身につけることが重要となっており,そのためには,フローの情報だけではなく,その蓄積を通じた「情報資本」(インフォメーション・キャピタル)の形成が必要であろう。また,政府においても消費者の自己責任をバック・アップするような一般的なルール(独占禁止法等)については,厳正な運用に努めていくことが重要である。