第3節 バブル崩壊の諸影響

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今回の景気後退の最大の特徴は,それがバブル崩壊が進行するなかでの調整過程だったことである。本節では,まず,バブル崩壊の大きさをみたあと,資産価格の現状について整理する。次に,バブルの崩壊が実体経済に影響を及ぼすメカニズムについて,バランスシート調整,オフィスビルの需給悪化を中心に考えていく。

1. バブル崩壊の日本経済へのマグニチュード

バブルの生成が日本経済に大きな影響を及ぼしたように,バブルの崩壊もまた日本経済に大きな影響をもたらした。まず,バブルの崩壊そのものが経済的にどの程度の規模だったかをみよう。

(キャピタルゲイン/ロスの推移)

バブルに伴う資産価格の変動の経済的マグニチュードをみる一つの方法は,それによって生じたキャピタルゲイン/ロス(価格変動による評価損益)をみることである。その規模は,「国民経済計算」による「調整勘定」によって知ることができる。最近のキャピタルゲイン/ロスの動きをみたのが第2-3-1表である。

これによると,バブル期の86~89年には,株式,土地を合わせると,ほぼ名目GDPに匹敵するほどのキャピタルゲインが発生していた。しかし,バブルの崩壊とともに,株式については90年から,土地については91年からやはり巨額のキャピタルロスが発生している。92年の株式,土地を合わせたキャピタルロスは,名目GDPの約9割となった。

93年の姿を推計してみると,株式については株価が持ち直したことを受けて,40兆円程度のキャピタルゲインが生じたとみられる。一方,土地については,大都市を中心に下落傾向が続いていることから,93年も130兆円程度のキャピタルロスが発生していたとみられる。

(資産・負債の増減額の推移)

このキャピタルゲイン/ロスの変化は,時価ベースの資産・負債を合わせたネットの金額をみたものである。しかし,バブルの生成と崩壊の過程では,資産と負債のそれぞれが変動し,その結果,各経済主体のバランスシートが大きく変化することになった。この点が,後でみるバランスシート調整問題とも関連してくることになる。

こうした資産と負債の変化をみるために,国民資産と負債の増減額の比較を行ったのが第2-3-2図である。これをみると,まず,地価や株価が上昇し始めた86~89年には,負債も増加してはいるが,資産の増加(その多くは含み益の形態をとっている)テンポがはるかに大きかった。逆に,90年以降については,バブル崩壊に伴う株価,地価の下落により,資産の増加テンポは大幅に鈍化し92年には減少に転じた。しかし,負債については,増加テンポは鈍化してはいるものの依然増加している。こうして,資産の急激な変化に負債面での調整が追い付いていないという状況が現れ,資産と負債のバランス(つまりバランスシート)が大きく変化することとなったのである。

このように負債の調整が,資産の調整に比べて遅れがちとなるのは,資産価格が低下すると,資産の方は含み益の減少という形態をとって瞬時に調整されるのに対して,負債は資産価格が低下してもそのまま残り続けるからである。その負債を資産とバランスのとれた姿に調整するためには,利益や手元流動性が潤沢であれば負債残高自体を徐々に削減していくか,それができなければ,新規の資金需要に対する負債での調達比率(限界負債比率)を引き下げていくことで全体としての負債比率を低下させていくしかなく,資産の調整に比べ相当の時間が必要となるのである。

この資産と負債の調整スピードの差が後に述べるバランスシート調整問題を生み,バブルの後遺症として実体経済に影響し続けることも考えられるのである。

2. 資産価格の現状評価

80年代後半以降,資産価格には経済の実態(ファンダメンタルズ)からは説明できない大きな変動,すなわちバブルが発生した。では,近年の資産価格の状況は,経済のファンダメンタルズとの関連でどのように評価できるだろうか。

(株価の評価)

まず,株価について考えてみよう。

株価は,92年10月以降,東証株価指数で1,300前後(日経平均で17,000円前後)の水準でおおむね横ばいの推移となっていたが,93年3~4月には景気底入れ期待感の高まり等から1,600台(日経平均で20,000円台)まで回復した。その後はおおむね横ばいが続いたが,9月中旬以降は中間決算における企業業績の悪化などを背景として低下し,東証株価指数は一時1,300台となった。しかし,94年に入り景気回復期待から再び上昇に転じ,このところ1,600前後で推移している(第2-3-3図①)。

こうした株価は,経済の実態との関係でどの程度の水準になっているだろうか。この点を,まず株式時価総額の名目GDP比でみると,80年代前半までゆるやかに上昇してきた同比率は,80年代後半に入り大幅な上昇を示した後,株価が下落した90年以降低下してきており,この間にバブルの発生と崩壊があったことがうかがえる。もっとも,93年の比率は85年に並ぶ水準(つまりバブル前の水準)にまで低下している(第2-3-4図①)。

また,企業収益,金利との関係からみて株価がどの程度割高・割安かを示すイールド・スプレッド(長期金利-株式益回り,このスプレッドが大きいほど,金利,収益状況からみて株価が割高となっていることを示す)をみても,94年3月末の水準は,ほぼ過去の平均に近いところとなっている(第2-3-5図)。

こうした二つの点からみれば,株価については,おおむねバブルの調整は終了したとみることができる。

(地価の評価)

次に,地価についてみよう。

最近の全国の地価の推移を,地価公示(94年1月1日調査,前年同期比)でみると,住宅地については4.7%の下落となっており,93年(8.7%の下落)に比べて下落率が縮小している。一方,商業地では11.3%の下落と引き続き大幅な下落が続いている(93年は11.4%の下落)。(第2-3-3図②)。

こうした地価の推移と,経済実態との関係をみるため,地価(6大都市・市街地価格指数,全用途平均)の対名目GDP比をみると,株価の場合と同様86年以降急上昇した後,91年以降は急速に下落するという動きを示しており,この間にバブルの発生と崩壊があったことを示している。もっとも,93年末の水準は,86年当時の水準まで低下してきている(前掲第2-3-4図② )。

また,土地の保有から得られる収益(住宅地であれば家賃,商業地であればオフィスビルの家賃など)を金利で割り引いたものをここでは「理論地価」(東京都)とみなし,これと現実の地価を比較してみたのが第2-3-6図である。この理論地価の推計に当たってはどんな計算方法をとるかによってもかなり違ってくるため,理論地価と現実の地価とを比較する場合には十分な幅を持ってみる必要はあるが,最近の両者の関係はバブル期以前の83年当時に近いものとなっていることが分かる。

こうした点からみて,地価についても,80年代後半以降の大幅な変動をもたらしたバブルは,おおむね終了したものと考えられる。

3. バブル崩壊の実体経済への波及経路

次に,ここ数年のバブルの崩壊が実体経済にどのような影響を及ぼしたかを検討する。以下では,この点を「リスク許容力」の変化という観点から整理してみる。

(リスク許容力の高まりと実体経済の関連)

バブルの発生と崩壊が今回の景気変動に及ぼした影響を考える上で重要な概念として,「リスク許容力」というものを考えよう。「リスク許容力」というのは,企業,金融機関などの経済主体がどの程度積極的にリスクをとろうとするか(またはどの程度リスクを気にするか)を示すものである。バブルは,この「リスク許容力」を変化させることによって,実体経済の様々な面に影響を与えたのである。

以下では,実体経済との関係では最もバブルの影響が大きかった企業の場合を考えながら,リスク許容力と実体経済の関連を整理する。

まず,バブルが生まれ,資産価格が上昇する過程では,企業のリスク許容力が高まる。つまり,新規の事業を行ったり,必要資金を負債によって調達する場合に,想定され得る失敗のリスクや倒産に陥るデフォルト・リスク(負債依存度が高いことは,利払いを怠ればデフォルト(債務不履行)を宣言される可能性が高いことを意味する)に対する許容量が拡がるのである。これは,資産価格の上昇によって含み益が増加すると,それが経営上のリスクに対するバッファーとして作用するからである。つまりいざリスクが顕在化しても,含み益を吐き出せば処理できると考えるのである。

このように含み益の増加がリスク許容力を高めるというメカニズムは,今回だけではなく,これまでも資産価格が高騰した時期にはみられた現象である。第2-3-7図は,含み益を加味した自己資本比率(正味資産/総資産,国民経済計算ベース,以下これを「修正自己資本比率」と呼ぶ)と負債残高の伸びを対比させてみたものである。この修正自己資本比率は,含み益を加えた経営上のリスクに対するバッファーの厚みを示していることから,リスク許容力の水準を示す指標といえる。これによると,今回のバブルの局面でも,また同様に資産価格が上昇した72~73年の局面でも,修正自己資本比率が上昇するのに見合って,負債残高も伸びを高めている。これは,企業がリスク許容力の高まりに応じて,負債を積み上げながら積極的な投資活動を行ったことを示している。

次に,このリスク許容力の高まりが,どのようにして実体経済に影響を及ぼしたかについて考えてみると,まず,リスク許容力の高まりが,企業の投資マインドを強め,これに応えて金融機関の貸出姿勢も積極化したことが考えられる。リスク許容力が高まったことによって,企業の側では,新規事業において想定される失敗のリスクに対して許容範囲が拡がったことになり,金融機関の側では,金融機関自身のリスク許容力の高まりに加えて,十分な担保をとれるので貸倒れのリスクが小さいと判断するようになったことも,貸出姿勢の過度の積極化をもたらすことになったからである。

また,デフォルト・リスクに対する許容力が増したことから,企業では,過去のトレンドを大きく上回って負債を積み増すことが可能になり,総資産に占める負債比率を高めていったのである。

(リスク許容力の低下とバブルの後遺症)

次に,バブルが崩壊したときの影響を考えよう(以下,バブルの崩壊と実体経済との関係については第2-3-8図参照)。

バブル崩壊の影響は,資産価格が下落しているときに,ほぼ同時に生ずる「同時的影響」と,資産価格の下落が終わった後も経済に影響を与え続ける「後遺症的影響」とに分けることができる。例えば,資産価格の変動による資産の増減が,消費・投資行動に影響する「資産効果」は,「同時的影響」の典型である。

ここでみてきたリスク許容力の変動は,次のような二つの点で,バブルの「後遺症的影響」の原因となり,それが近年の実体経済に大きな影響を及ぼすに至っている。

その第一は,バランスシート調整問題である。バブル生成の過程で,リスク許容力の高まった企業は,資産・負債を両建てで増加させた。その後,バブルが崩壊して資産価格が低下すると,前述のように資産は瞬時に減少するが,負債はそのまま残ることとなり,必然的に企業のバランスシートは悪化し,金融機関にとっての不良債権が増加することになる。こうして悪化したバランスシートを調整する過程では,経済全体のリスク許容力が低下し,バブル期とは逆に,投資が抑制される可能性がある。

第二は,オフィスビルの需給バランスの悪化である。バブル期には,リスク許容力が高まるなかで,積極的なオフィスビルの建設が行われた。しかしこうした投資は,着工から竣工にいたる懐妊期間が長いため,景気の低迷でオフィススペースへの需要が減少しているなかで新たな供給として現れてきている。このため,バブルが終了したあとも,オフィスビルの需給バランスの悪化は後遺症として残り続けることになる。

そこで以下では,このバランスシート調整問題とオフィスビルの需給バランスの悪化を取り上げて,詳しく検討することとする。

4. バランスシート調整

ここでは,バブルの後遺症としてのバランスシート調整問題について,企業,家計,金融機関という経済主体ごとに,バランスシート調整の現状と実体経済に及ぼす影響について考える。

(1) 企業のバランスシート調整

(バブル期における負債の積み上がり)

バランスシート調整問題が生じるのは,バブルの発生期に負債が過度に積み上がることに原因がある。

80年代後半の負債残高の積み上がりが,実体経済の拡大テンポをいかに上回っていたかをみるために,名目GDPと企業・家計部門毎の負債残高の推移を比較したのが第2-3-9図である。これをみると,87年以降,負債残高の増加テンポが名目GDPの伸びを大幅に上回っていたことが分かる。

これを企業の場合について考えてみると,負債残高が実体経済の拡大テンポ以上に増加したということは,この間,企業の負債による資金調達の比率が高まっていったことを意味する。この点を,有形固定資産(土地を除く)に対する長期負債残高の比率(以下では,これを「負債比率」と呼ぶ)で確かめてみたのが第2-3-10図である。これをみても,製造業(製造業のなかでは特に中小企業),非製造業とも80年代後半に負債比率が急激に上昇していることが分かる。

(企業のバランスシート調整の進展状況)

次に,企業のバランスシート調整がどの程度進んできたかをみよう。企業のバランスシート調整とは,現在の負債残高を重荷として感じるようになった企業が,リスク許容力の低下に見合って負債比率を引き下げようとすることである。企業のリスク許容力の水準は,おおむね修正自己資本比率(前掲第2-3-7図)の動きによって示されることは既に説明した。その企業の修正自己資本比率は,92年の段階で既におおむねバブル以前の水準に戻っている。よって,負債比率についてもバブル以前の水準にまで引き下げられるかどうかが,バランスシート調整終了の一応の目安になるだろう。

このバランスシート調整の進展状況を,前掲第2-3-10図の負債比率の変化によってみると,86年以降急激な上昇を辿ってきた負債比率は,90~91年をピークに低下してきており,バランスシート調整が進展していることがうかがわれる。しかし,そのレベルは最近時点でもまだ,バブルの発生する以前の80年代前半の水準と比べると中小・不動産等非製造業を中心に開きがあり,バランスシート調整の終了までには時間がかかる可能性があることが分かる。

この負債比率の低下の度合い(バランスシート調整の進展度合い)は,業種・規模によって相当異なっている。すなわち,①大中堅の製造業については,負債比率の上昇が緩やかなものにとどまっていたため,その後のバランスシート調整のインセンティブも小さいこと(これは大企業では80年代後半にエクイティによる資本市場からの調達が行われたことによる),②中小・製造業や非製造業(電力・不動産を除く)では,負債比率の上昇も大きかったが,その後の調整も進んでおり,近年では87年当時の水準にまで低下してきていること,③中小・不動産業では,負債比率の上昇が大きかったにもかかわらず,その後の調整がほとんど進んでいないこと(後掲第2-3-28図①),といった差が観察される。

では,企業はどのようなやり方でバランスシート調整を進めているのだろうか。この負債比率を引き下げるには,二つの方法がある。一つは,既存の積み上がった負債残高を利益や現・預金等手元流動性で返済していくという方法であり,もう一つは,新規の資金需要に対して極力手元流動性で充当することで限界負債比率を引き下げていく方法である。企業がどちらの方法によって調整を進めているかは,金融資産の両建て比率(現預金+有価証券/負債残高)をみることによって見当を付けることができる。手元流動性を取り崩して負債の返済に充てたとすれば,この比率は変化しないはずだからである。この両建て比率の変化をみると,90年以降急激に低下している(第2-3-11図)。このことは,企業が手元流動性を負債の返済ではなくて,新規の資金調達の原資に充当してきたことを示している。こうしてみると,景気後退の中で,企業収益が低迷している現状では,基本的には,企業は,手元流動性の余裕度に応じて限界負債比率を引き下げていくことでバランスシート調整を進めてきているものと考えられる。

(企業のバランスシート調整が実体経済に及ぼす影響)

次に,こうしたリスク許容力の変動,バランスシートの変化が,企業の設備投資行動を通じて実体経済にどのような影響を及ぼしたかを考えてみよう。

この点をみるために,バブルやバランスシートに関連する要因を取り入れた設備投資関数を推計した結果が第2-3-12表に示されている。土地要因(地価/名目GDP)については,地価の上昇はリスク許容力を高めるほか,担保価値の上昇によって資金調達が容易になるため設備投資にプラスに作用する。なお負債要因(負債比率)については,バランスシートの悪化(負債比率の上昇)は,負債比率を低下させようとするインセンティブを通じて設備投資のマイナス要因となる。この点は,この推計式の結果からも確認される(土地要因のパラメータがプラスに有意,負債要因はマイナスに有意)。なお,企業がリスク許容力に比べて負債比率を重荷と感じ設備投資を抑制している可能性があるかどうかをみるには,この二つの要因の設備投資に対する寄与度をネットアウトしてみれば理解できる。例えば,第2-3-13図は,バランスシート調整が遅れているとみられる非製造業について,設備投資の変動要因ごとの寄与度の推移をみたものである。これによれば,最近の設備投資の低迷の主な要因がストック調整の長期化にあることは,稼動率要因の寄与が他の要因に比べて大きいことからもみてとれる。

一方,バランスシート要因をみると,87年から91年にかけては,地価の上昇によって土地要因が設備投資にプラスに作用した。他方で,負債比率を上昇させたことはマイナス要因として作用したが,この二つのうち,当時は地価の上昇によるリスク許容力のプラス効果のほうが強かったため,全体としては設備投資を押し上げる方向に働いた。つまり,負債比率は上昇したがそれ以上にリスク許容力が拡大したため,企業では,負債調達を重荷と感じることなく設備投資を行い得たのである。

逆に,92年以降は,負債比率の改善(バランスシート調整)が設備投資押し上げ要因として作用する一方,地価下落が抑制要因となっているが,後者のマイナス効果の方が強く作用しているために,全体では設備投資を抑制していることが分かる。すなわち,負債比率の改善は進んでいるものの,リスク許容力の低下に見合った水準には達していないため,引き続き負債圧縮インセンティブが働いて設備投資が抑制されているとみられるのである。

以上のことから,「バランスシートの悪化」は設備投資にマイナスに寄与するのであるが,負債比率が低下する過程である「バランスシート調整」自体は,悪化したバランスシートを改善することで,設備投資へのマイナス寄与を徐々に縮小させる方向に働くのである。このことは,今後についても,悪化したバランスシートは当分残るため,これが設備投資に抑制的な影響を及ぼし続けるが,バランスシート調整の進展に伴い,その影響が徐々に緩和されてくる可能性を示している。

ここまでは,バランスシートが直接,設備投資に影響する経路を考えてきた。しかし,企業のバランスシートと設備投資の関係については,負債が積み上がり,その圧縮が順調に進展しないことによって企業の利払い費が増加し,これが企業のキャッシュフローの減少を通じて設備投資に影響するというルートも考えられる。しかし,この点については,金融緩和の浸透によって企業の利払い負担が軽減していることが,こうしたマイナスの影響をかなり緩和している。

そこで,企業の収益力と比べた金融緩和効果の浸透をみるため,利払い負担額(支払利息・割引料/売上高)と収益力(経常利益+支払利息・割引料/売上高)の推移を比較したのが第2-3-14図①である。これは,企業の収益力の低下に見合ってどれくらい金融緩和が利払い負担を軽減してきたかをみたものであり,両者が同じテンポ(傾き)で低下していれば,差引で決まるキャッシュフローの一段の悪化が回避されていることになる。これをみると,金融緩和が始まった91年から92年央にかけては,利払い負担の軽減よりも収益力の低下度合いが大きかったが(収益力の負の傾きのほうが大きい),92年央以降は,収益率の減少に見合ったスピードで利払い負担額も減少してきており(両者の傾きがおおむね一致),マクロ的にはキャッシュフローの減少による設備投資の抑制という経路は回避されているとみることができる。

ただし,これは全体の平均についての話であり,業種・規模別の状況は当然異なっている。例えば,今回特にバランスシートの悪化がみられた中小・非製造業(不動産業を含む)の場合をみると(同図②),利払い負担の軽減はみられたものの,収益の減少がそれ以上に大きかったことから,結果として売上高経常利益率を大きく低下させていることが分かる。

(2) 家計のバランスシート調整

(家計部門のバランスシートの悪化)

企業の場合と同様,家計部門についてもバブル期には,負債の積み上がりがみられた。

家計部門の負債残高の可処分所得に対する比率の推移をみると,87年以降かなりの上昇がみられる(第2-3-15図①)。もっとも,家計の場合には,企業と違って,地価の上昇によるリスク許容力の高まりというメカニズムは想定しにくい(家計が自分の住んでいる土地の資産価値が高まったからといって,積極的に借入れをして投資をすることはあまり考えられない)。したがって,87年以降の負債の増加は,①株価の上昇に伴う資産効果,②金融機関の融資姿勢積極化を背景とした消費者信用の飛躍的な拡大などによるものと考えられる。

(家計部門のバランスシートの悪化が実体経済に及ぼす影響)

こうして考えると,家計部門については,リスク許容力の変動,バランスシートの変化が,消費活動を通じて実体経済に及ぼす影響は小さいものと考えられる。バブルの崩壊と消費の関係については,金融資産の目減りから生じる逆資産効果は想定できるものの,家計がリスク許容力の低下を背景に負債残高を圧縮しようとするインセンティブが生じている可能性は小さいと考えるのが自然である。なぜなら,そもそもバブル発生における負債積み増しの背景にリスク許容力の影響が小さかったとみられることや,企業と違ってバランスシートという概念が希薄だと考えられるからである。

さらに,負債残高の増加に伴う利払い費の増加について,消費者信用に係わる利払い額の対可処分所得比をみると,同比率は91年まで急上昇した後,92年には顕著な低下を示していることが分かる(前掲第2-3-15図② )。この点からも,家計ではバランスシート調整が消費に及ぼす影響は小さいとみることが可能である。

以上の点を第1章で採用した消費性向関数で検証してみると,関数による推計値と実績値には最近でもほとんどかい離がみられず,80年代後半以降の個人消費においては,リスク許容力の増加やその後のバランスシート調整がほとんど影響していなかったことを示唆している。

もっとも,以上の議論は平均的な家計についてのものであり,個々の家計をみれば,バブル期における過大な消費が,結果として,多重債務者や自己破産者を飛躍的に増加させたことも事実である。こうした状況の中で,消費者自身が行き過ぎた消費を抑制しようと行動することや,金融機関が消費者信用の拡大に慎重になることを通じて,消費が抑制される可能性は否定できないが,その影響度合いは,マクロ的にはやはりそれほど大きなものではないと考えられる。

(3) 金融機関のバランスシート調整

(民間金融機関のバランスシート調整の進展状況)

金融機関の場合,バブルが崩壊して資産価格が低下したときの,バランスシートの変化の現れ方には次の二つがある。一つは,一般の企業と同様に,資産の含み益の減少によって,リスク許容力が下がるというものであり,もう一つは,不良債権が増加するというものである。

まず,第一のリスク許容力の低下についてみよう。金融機関のリスク許容力に影響すると考えられる株式の含み益については,金融機関は株価が高水準だった80年代後半に株式の保有を高めていったが,その後の株価の下落等によって含み益が急減しているとみられる。

次に,第二の,不良債権の増加についてみよう。企業では,含み益が減少することによって資産が減少する一方で,負債は変化しないという形でバランスシートが変化するが,金融機関の場合は,その企業に対する貸付が資産となっているため,回収の困難な不良債権が生じるという形で,バランスシートの変化が生じる。もっとも,この不良債権の増加は,それが償却処理されるまでは,表面的にはバランスシートに影響しないが,未収利息によって収益が圧迫されることとなる。ただし,このような収益圧迫を勘案しても,金融機関の収益は極めて高水準にあることに留意する必要がある。

そこで,金融機関の不良債権がどのように推移してきたかをみてみよう。都市銀行,長期信用銀行及び信託銀行3業態の不良債権は,91年度末に約8兆円であったが,92年度末には12.8兆円と大幅に増加したのち,93年度末には高水準の業務純益等を財源とした積極的な償却を反映して13.6兆円と,93年9月末(13.8兆円)比で若干の減少となった。この結果,不良債権の総資産に対する比率(不良債権比率)は,91年度末の0.96%から92年度末には1.62%まで上昇した後,93年度末は1.73%(93年9月末1.75%)とほぼ横ばいとなっている。

では,金融機関はこうした不良債権をどのように処理しているだろうか。不良債権への対応の方法としては,①貸出金償却(不良債権額のうち回収できなかった損失額をバランスシートから落とすもの。その時点で,不良債権額は減少し,その分金融機関の経常利益も減少する),②債権償却特別勘定への繰入(損失見込額をあらかじめ積み立てておく方法で,繰り入れた時点では不良債権額は減らないが,経常利益は減少する。ただし,それが実際に償却される場合には同勘定残高の取崩しで対応するため,不良債権額が減少して,経常利益には影響しない),③共同債権買取機構への売却(同機構に不良債権を売却し,債権額と売却額の差額を売却損として処理する方法。不良債権は減少し,売却損の分だけ経常利益が減少する)などがある。

ここで,前述の三つの処理による分を広義の償却額と考え,その最近の状況をみると,例えば,94年3月期決算の場合では,広義の償却額は,約3.4兆円(3業態計)に上っている。こうした償却努力を映じて,不良債権の増加テンポも大きく鈍化してきており,93年9月末比で若干の減少となっているほか,不良債権残高に対してどれほど償却原資を積み立てているかを示すカバー率(債権償却特別勘定残高/不良債権残高)も22.3%と上昇してきており,不良債権に対する対応力の強化が図られてきている(第2-3-16図)。

今後についても,民間金融機関では,不良債権の早期・積極的な償却の推進を,中・長期業務計画の柱としている場合が多い。またこの間,政府や金融当局では,不良債権問題の解決を図り,経済活動に必要な資金の円滑な供給を確保するために,様々な施策を採ってきた。例えば,民間金融機関のリスク許容力を高める手段としての自己資本比率の改善手段の多様化(優先株の発行,債権流動化の推進等)や財務内容の悪化した企業の信用力を補完するための信用保証制度の拡充を行ってきた。



コラム


(金融機関のリストラクチュアリング)


我が国の金融機関は,これまでも金融自由化の進展等に対応して,経営の合理化に努めてきた。このことは,金融機関の効率性を表す経費率が80年代を通して一貫して低下してきたことからもうかがわれる(全国銀行ベース,81年度1.72%→85年度1.37%→88年度1.09%)。

これに加えて,最近では,バブル崩壊に伴う不良債権の増加を背景に,経費削減を中心とするリストラを進展させてきている。そこで,最近の金融機関のリストラの進展状況を,一般企業(製造業)と比較が可能な経費削減についてみることにする( )。

まず,大蔵省「法人企業統計季報」等により,製造業の固定費の推移をみると,経費削減が進んだ結果,前年比伸び率は92年度以降大きく鈍化し,93年度には前年水準を下回るまでに圧縮が進んできている(91年度7.1%→92年度0.2%→93年度-1.1%)。

これに対して,金融機関(都市銀行,長期信用銀行及び信託銀行の3業態)の営業経費(人件費+物件費+税金)の推移をみると,前年比伸び率は大きく鈍化してきており,93年度には,製造業同様,前年水準を下回った(91年度5.2%→92年度1.7%→93年度-0.9%)。この結果,営業経費の経常利益に対する寄与度についても,マイナス寄与が急速に縮小してきた後,93年度は収益を押し上げる方向に働いている(経常利益に対する寄与度;91年度-9.0%→92年度-3.7%→93年度2.9%)。

以上の比較から,金融機関の経費削減については,費用構造の違い等を勘案すれば,一般企業との単純な比較に当たっては幅を持ってみる必要はあるものの,ある程度進展してきているとの見方ができる。

こうした経費削減が可能となったのは,①営業経費の約4割を占める給料手当が,新規採用人数の大幅な削減等により大きく低下していること,②交通費,交際費,広告宣伝費のいわゆる3K費も,順調に削減されてきていること,③設備投資についても,電算センター等の大型投資が集中した前年の反動で減少した91年度を除いても,92年度以降二桁のマイナスと本格的な圧縮に取り組んでいること,などが背景にある。

なお,こうした我が国金融機関のリストラの方法を米国と比べると,①大規模な人員削減が行われていない,②米国で頻繁にみられる不採算部門からの撤退が行われていない,といった違いがみられる。こうした違いがみられるのは,我が国金融機関が終身雇用といった日本型雇用慣行を維持していることに加え,大規模な人員削減や不採算部門の売却を行えば,当該金融機関に対する信頼性を損なうおそれがあるという認識が少なくないという事情による。

このようにみると,単に米国と同様な方法がとられていないからといって,我が国金融機関のリストラが進展していないとみるのは,我が国の金融慣行や含み益の存在等を無視したやや短絡的な見方といえよう。もっとも今後については,金融制度改革等の金融の自由化が更に進展していくなかで,金融機関のリストラの内容についても,各々の特性を活かした経営方針を一段と反映したものとする必要性も高まっているといえよう。



(民間金融機関の貸出しの動向)

次に,こうした金融機関のバランスシート調整の動きが,実体経済に及ぼした影響について考える。そこで,以下ではまず,今回の景気後退局面における金融機関の貸出態度についてみた後,次にそれが実体経済とどのように関連しているかをみよう。

景気後退局面における企業サイドからみた民間金融機関の貸出姿勢を示すものとして,金融機関の貸出態度判断D.I.(企業の金融機関の貸出態度に対する判断。「緩い」-「厳しい」をみており,プラス方向であるほど貸出態度が緩いことを示す)の動きを,前掲第1-10-15図によってみよう。これによると,大企業では,今回の金融緩和局面で,過去と同程度に「厳しい」超から「緩い」超への動きがみられるのに対して,中小企業については,緩和以降もほとんど横ばいで推移している。こうしたことは,過去の緩和局面にはみられなかった動きである。特に,今回の動きを業種別にみると(第2-3-17図),小売,サービス等一部の業種では逆に緩和感が後退している。

以上のことから,今回の金融緩和局面においては,金融機関の貸出姿勢は,大企業向けに比べ中小企業向けについては慎重なものにとどまっていたとの見方もある。

(民間金融機関の貸出しの低迷の背景)

では,今回の場合,民間金融機関の貸出しはなぜ低迷したのだろうか。その理由としては,次の二つが考えられる。

第一は,景気低迷の長期化を背景とした経済活動の停滞等による借入需要の減退によるところが大きかったが,これに加えて,企業の財務内容が悪化したり,地価下落により担保価値が低下してきているため,金融機関にとって,通常の審査基準でみても貸出しに慎重にならざるを得ない状況が生じていたことである。いわゆる「貸出リスク」の上昇である。この場合,結果的に金融機関の貸出しが低迷していても,それは,借手サイドの事情を考慮すればある意味では当然の態度だったといえる。

第二は,金融機関の側が,不良債権の増加等に対処してバランスシート調整下にあったことである。金融機関では,80年代後半にみられた過度の融資姿勢を是正してきているが,その正常化の過程で貸出しが低迷したとの見方もある。

前者の要因による民間金融機関の貸出しの低迷は,これまでの景気変動でもみられることであり,今回の景気後退局面に限ったことではない。今回問題となっているのは,現在の貸出しの低迷が,金融機関サイドの事情によって生じているかどうかという点である。

以下では,金融機関サイドの事情によって,貸出しが低迷していたかどうかを二つの方法で検討してみる。

第一の方法は,やや煩雑だが次のような手順をとっている。それは,①借り手側の事情によって金融機関の融資態度を説明する回帰式を推計する,②その推計値と現実の値を比較する,③推計値と現実値が一致していれば,貸出態度の変化は,もっぱら借り手側の要因によって説明できることになり,両者がかい離している分は,借り手側ではなく金融機関側の事情によるものだと考える,というものである。

以下,この手順に従って説明しよう。まず,民間金融機関の貸出利鞘を貸出しリスクを示す変数によって説明する回帰式を推計する。貸出利鞘(調達金利と貸出金利の差)は,金融機関の貸出態度を示す変数と考えられる。財務内容が悪化している先や担保価値が低下しているような先への貸出しに際しては,調達金利に比して貸出金利が上昇して,利鞘が拡大するからである。説明変数としては,①倒産負債総額の貸出残高に対する比率(これが高いほど,倒産のリスクが高まるので,「貸出しリスク」が上昇する),②地価(担保要因を表す。地価が下落すると,借り手の担保価値が下落するのでその分利鞘が拡大する)の二つを使った。

次に,この関数で推計値と実績値を比較してみたのが,第2-3-18図である。これをみると,90年以降は推計値も実績値も利鞘が上昇しているが,91年後半以降は推計値がほぼ横ばいで推移するなかで,実績値が上昇するといった形で両者のかい離幅が拡大している。この結果からみる限り,91年以降金融機関の貸出しが低迷しているとみられるのは,借り手側の事情もかなり反映しているが,借り手側の事情以外の要因,例えば金融機関サイドの事情も影響している可能性がうかがわれる。もっとも,この推計では,借り手サイドの要因を倒産負債総額対貸出残高比率と担保価値の二つのみで表しているため,その解釈は慎重に行う必要がある。特に最近では貸出利鞘自体縮小に転じており,借り手側の事情以外の要因も小さくなってきている。

第二の方法は,個別銀行のクロス・セクション分析によって,不良債権を有する銀行や自己資本比率の低い銀行の方が貸出しを抑制する傾向があるかどうかをチェックすることである。

第2-3-19表は,銀行毎の貸出残高伸び率(93年9月末,前年比)を自己資本比率(92年9月末)と不良債権比率(公表されている不良債権額の貸出残高に対する比率,93年3月末)によって説明した回帰式である。これによると,都長銀信託21行ベースでは,自己資本比率は符号が正で有意(自己資本比率が高いほど貸出しの伸びが高い),不良債権比率は符号が負で有意(不良資産が多いほど貸出しの伸びが低い)という結果が得られた。また,BIS基準適用の地銀・第二地銀69行(93年9月末時点)ベースでみても,不良債権比率は符号が負で有意であることが分かった。この結果は,不良債権の増加や自己資本の低下という金融機関サイドの事情によって,貸出しが低迷する可能性があることを示している。ただし,このようなクロス・セクション分析では,個別のサンプルの影響により,計測結果にバイアスが生じる可能性があり,サンプル等のとり方によっては異なる結果も出得ることには留意が必要である。

(貸出しの低迷と実体経済への影響)

次に,これまでみたような民間金融機関の貸出しの低迷が実体経済に及ぼした影響をみるために,金融機関の貸出姿勢と企業の設備投資の関係について考えてみよう。

まず,金融機関の貸出姿勢が企業の設備投資に与える影響を,先に企業のバランスシート調整の分析で採用した設備投資関数に,金融機関の貸出姿勢を表す貸出態度判断D.I.を説明変数に加えることで検証してみる(前掲第2-3-12表)。

これをみると,大・中堅企業の設備投資に関しては,貸出態度判断D.I.は符号が逆でかつ有意ではないが,中小・非製造業の設備投資に対しては,符号も正で有意な結果が得られる。これは,金融機関からの借入れ依存度の高い中小・非製造業については,金融機関の貸出しの低迷が,アヴェイラビリティの制約等を通じて設備投資に抑制的に働く可能性があることを示している。もちろん,この貸出しの低迷には,金融機関サイドの事情(過度な融資姿勢の正常化)が影響している可能性もあるが,借り手サイドの事情(貸出しリスクの上昇)がかなり影響していることは先にみたとおりである。

なお,こうした貸出しの低迷が企業・家計の資金調達に何がしかの影響を与えている可能性があることは,資金調達面の変化によってもうかがうことができる。すなわち,企業等国内非金融部門の金融負債調達残高とそのうちの民間金融機関からの調達残高の伸び率を比べてみると,91年以降は民間金融機関からの借入れが,若干ではあるが相対的に低い伸びとなっている(第2-3-20図①)。これは,企業等の資金調達に占める民間金融機関からの借入れの比率が低下していることを示唆するものである。ただし,公的金融機関からの借入増や資金調達における証券化の拡がり等も影響していることには留意が必要である。

同じ比較を,アメリカについて行ってみると,90~91年にかけて,金融機関による与信の伸びが,全体の負債の伸びに比べて大きく低下しており,資金調達に占める金融機関借入れの比率が一時的に大きく落ち込んでいることが分かる。これによって,アメリカでクレジット・クランチが生じた可能性を指摘する見方もある(第2-3-20図②)。

(4) 今後のバランスシート調整の動向

これまで各経済主体におけるバランスシートの悪化とその調整の現状をみてきた。こうした検討から,今後のバランスシート調整と実体経済の関係について考えてみよう。

まず,バランスシート悪化は,非製造業を中心とした企業の設備投資抑制という経路を通じて実体経済に影響を与えてきた可能性がある。ただし,①バランスシート要因は,いくつかの設備投資の決定要因のうちの一つにすぎず,それが全体の設備投資の動きを決定付けるほどの抑制要因となっているわけではないこと,②バランスシート調整には進展がみられること,また③金融緩和の浸透がバランスシートのマイナス寄与をかなり緩和していること,などからすれば,今後,設備ストック調整が一巡し稼働率に改善がみられるようになれば,現状のようなバランスシートの姿が続くとしても,設備投資が下げ止まりから回復に転じる環境は整うことが期待される。

こうした点については,日本に先んじて資産デフレやバランスシート問題を経験し,景気回復局面に入っているアメリカの例が参考になる。

第2-3-21図は,アメリカにおいて,バランスシートの進展状況と実体経済がどのように推移してきたかをみたものである。バランスシートの進展度合いを示す指標として企業,家計部門それぞれの「負債残高対名目GDP比率」と「利払い負担対名目GDP比率」をとり,これと設備投資,民間消費支出の動きを比べてみると,バランスシート調整が終了していない段階で(特に家計では負債の増加テンポが止まったに過ぎない段階で),設備投資や個人消費が回復していることが分かる。この事実は,①バランスシート調整が終了しなくとも実体経済が回復する素地は整い得ること,②ただし,その後の回復テンポが過去に比べて緩やかとなっている背景としては,バランスシート調整の存在が考えられること,③FRBの数次にわたる金融緩和が,企業や家計の利払い負担を相当程度緩和することを通して,今回の景気回復の環境整備に重要な役割を果たしていたこと,などを示唆している。



コラム


(バランスシート問題の日・米比較)


バランスシート調整の日・米の比較を行うに当たっては,バランスシート問題に「質的」な相違があることに注意する必要がある。すなわち,日本では,負債の積極的な調達を梃に両建てでバランスシートを膨らませていったのに対して,米国では,総資産がほとんど変動しないなかで,負債サイドでの自己資本と負債の入替えが進行する形で負債の増加が進行したという点である。

こうした違いを,日・米両国の企業のバランスシートにおける負債,自己資本,総資産の対名目GDP比率で確かめてみると(図1),日本では,80年代後半において,自己資本がほぼ横ばいで推移するなか,負債の増加に伴って総資産が増加した。一方,米国では,80年代後半に負債が増加したが,一方で自己資本が減少したため,全体としての総資産には変動はみられず,この間,「借入増→株式償却」という入替えが進んだことがみてとれる。

こうした負債の増加という共通の企業行動の背景に「質的」な相違がみられる背景として,以下の点が指摘できる。

①日本では,資産価格の上昇によるリスク許容力の高まりが顕著だったことから,企業の投資マインドの強気化を通して,負債の増加と企業規模の両方の拡大が可能となった。

②一方,米国では,地価の変動は,北東部等一部に限定した現象であったため全体としては緩やかなものとなり,必ずしも企業の投資マインドを積極化させたわけではなかった。こうした状況の中で,80年代に盛行をみたM&Aのための資金調達やその対抗措置(LBOを回避するために借入れを原資にして資本(株式)を償却)の必要から,負債を増加させるとともに株式を償却(株式純発行額のマイナス)していったものとみられる(図2)。

こうした負債残高増加の背景の違いは,その後のバランスシート調整の進展具合にも影響を与えている可能性が考えられる。

米国では,株式市場の回復を背景に,91年以降,必要資金調達額を上回るエクイティ・ファイナンスの実行を通じて,「自己資本の増加→負債比率の低下」という80年代後半の逆のプロセスで調整を進めている(前掲図2)。実際,90年以降,総資産が横ばうなか,自己資本の増加によって負債比率は緩やかな低下傾向を示している(前掲図1)。

一方,日本では,総資産の圧縮と負債残高の削減を同時に進めなくてはならないことに加えて,株式市場の低迷からエクイティ・ファイナンスも困難となっていることから,負債残高の調整が米国に比べて遅れてしまう可能性があり,そのことは,最近の負債残高の名目GDP比率が91年以降も高どまっていることにも現れている。



(5) オフィスビルの需給悪化

近年の経済にマイナスの影響を及ぼし続けているバブルの後遺症として,第二に指摘できるのは,オフィスビルの需給悪化である。バブル期には,需要側も供給側もリスク許容力が高まっていたため,オフィスビルの着工が急増した。しかし,バブルの崩壊を背景とする景気低迷によって需要は急減し,採算性も低下したが,オフィスビルは懐妊期間の長い投資であるため,供給は高水準を続け,需給バランスは悪化することとなり,これが建設投資のマイナス要因として作用し続けているのである。

(バブル期のオフィスビル建設の盛り上がり)

まず,バブル期におけるオフィスビル建設の動きを振り返ってみよう。

第2-3-22図①は,建築物の着工床面積(居住用を除く)の用途別の推移をみたものである。オフィスビル建設の動きは,「事務所」のなかに含まれている。その「事務所」は,83年以降90年にかけて増加し,全体の床面積の押し上げに寄与したことが分かる。

全体の着工床面積に占める「事務所」の比率をみても(同図②),この時期に大きな高まりをみせている。こうした盛り上がりは,72~73年以来の10数年振りのブームだったといえる。

このときのオフィスビル建設の盛り上がりの特徴としては,以下の様な点がある。

第一は,東京圏,大阪圏といった大都市圏を中心とした盛り上がりだったことである。これを「事務所」の着工床面積の地域別動向でみると,全体に占める3大都市圏の割合は,80年代前半の約50%から,着工がピークとなった90年度には62%まで上昇している(第2-3-23図①)。

第二は,大型ビルの建設が全体の伸びをリードしていたことである。「事務所」の着工床面積に占める大型ビル(5000m2以上)の割合は,80年代前半には約25%だったが90年には36%に上昇している(同図②)。

ではなぜこの時期,オフィスビルの建設が急増したのだろうか。これには,需給両面からの力が作用していた。需要面からは,景気拡大が長期化し,さらに金融の国際化,オフィスのインテリジェント化などの要請も加わって,特に大都市圏でのオフィススペースの需要が強まり,需給が逼迫して賃料も上昇し始めた(第2-3-24図)。これに応えて,供給が増加し始めたわけだが,当時の資産価格の上昇によって,需要者である一般企業も,建設主体となる企業も,資金を提供する金融機関の側も,リスク許容力が強まっていたことが,オフィスビルの建設という投資の決定を更に容易にする役割を果たしたものと考えられる。

(オフィスビル不況の現状)

こうして大きな盛り上がりを示したオフィスビル建設の動きは,91年以降一転して厳しい調整局面を迎えることになる。オフィスビル建設については,経済情勢の変化→投資決定→着工→竣工という期間が長い。今回の場合は,①経済情勢の変化→着工の段階での調整が遅れ気味であったことと,②着工→竣工という投資の懐妊期間も長期化していることの二つが重なったため,その調整が一段と厳しいものになったと考えられる。以下では,まずオフィスビルの着工ベースでの調整の動きをみた後,懐妊期間の長さからもたらされる動きをみよう。

前掲第2-3-22図①によって事務所の着工床面積の推移をみると,91年以降減少に転じた後,93年には前年比31.1%と大幅な減少を示し,建設活動全体を大きく押し下げる要因として作用している。

この停滞局面における建設活動の動きをみると,オフィスビルについては,工場部分に比べて調整が遅れ気味となっている。91年以降の動きをみると,工場部分に相当する「工場及び作業場」は92年20.5%減,93年31.9%減となっており,92年以降大幅な調整が行われるという姿となっているが,「事務所」については,92年11.5%減,93年31.1%減となっており,93年に入ってから調整が急速に進み始めている。

こうして,オフィススペース部分と工場部分で調整スピードに差が生じるのは,投資を決定する際のシグナルの違いによるものと考えられる。すなわち,工場建設の重要な決定要因となる企業収益や稼働率が,91年以降急速に落ち込んでいったのに対して,オフィスビル建設の際の重要な投資判断材料となる新規賃料(新規賃料に敷金・保証金の運用益を加えたもの)は,実体経済の動きにやや遅れて低下しているほか,空室率についても,やや遅れて上昇している。すなわち,新規賃料(東京23区)については,商業地地価が91年以降下落に転じた後も,92年まで上昇傾向をたどっていたし,空室率に顕著な上昇がみられ始めたのも92年から93年にかけてであった(前掲第2-3-24図)。

次に,懐妊期間との関係で,今回のオフィスビル需給の悪化を考えてみよう。

今回の場合,この懐妊期間の長さが,現実のオフィスビルの供給面にどのように作用しているかを,東京の例でみよう。今後の東京23区のオフィスビル供給予定を,(財)土地総合研究所の調査によってみると(第2-3-25図),①95年までに供給される予定のオフィスビルの大部分は,93年前半の調査時点で既に着工済みのプロジェクトであること,②「事務所」の着工床面積(東京23区)は91年以降減少に転じているにもかかわらず,オフィスビルの供給面積は,94年についても依然として増加する見通しとなっていること,などが分かる。こうした供給の調整の遅れには,今回のオフィスビルが大型の案件が多かったため,従来以上に投資の懐妊期間が長期化していることも影響していると考えられる。

この調査によると,93年から2001年までの総供給予定面積は,5,000m2以上の大型ビルを中心に1,335haにのぼっている(ただし供給時期不明分253haを含む)。バブル期(86年~90年)の供給床面積の総数(1,380h)に匹敵する供給が,バブル崩壊によりオフィススペースへの需要が減少している現状の中で,新たな供給圧力として作用してくるものと考えられる。

この調査を基に,2000年までのオフィスビルのフローの着工の動きと,ストックに当たる延べ床面積を推計し,両者を比較してみたのが第2-3-26図である。これによると,延べ床面積は,景気後退に入った91年以降も6%前後の高い伸びを続けた後,漸く93年から2~3%に伸びが鈍化してくる姿となっている。全体としての設備ストック調整が91年以降本格化しているのに比べると,明らかに調整が遅れていることが分かる。ただし,この推計結果をみるに当たっては,96年以降の供給計画のなかには未着工のプロジェクトのウエイトも大きいことより,今後中止ないし延期される案件も出てくることが予想される一方,供給時期が不明のプロジェクト253haの中から実行に移されるものもあると考えられることから,今後の供給予定については幅を持ってみていく必要がある。

(オフィスビル不況と不動産業の設備投資)

次に,以上みてきたような,オフィスビル不況が実体経済にどのような影響を及ぼしたかを考えよう。まず,中期的な実体経済への影響としては,これまでみてきたように,設備投資の一部であるオフィスビルの建設活動のストック調整がかなり遅れて本格化し,それが長期化しつつあることが,全体としての設備投資のストック調整が長期化する一因となっていることはいうまでもない(なお,オフィスビル建設が設備投資全体に占めるウエイトは約4%<90年時点>)。

ここでは,さらに今回のオフィスビル不況が不動産業の設備投資に及ぼした影響について詳しく考えてみよう。なぜなら,不動産業の設備投資に占める建設投資の比率は88%(90年時点)と,全産業平均(37%)に比べて格段に高く,その大宗がオフィスビルとみられるからである。

今回のオフィスビルの需給緩和を不動産不況という観点からみると,74年から77年にかけての不動産不況は分譲マンションなどの販売不振に端を発した需給悪化だったが,今回は,オフィスビルと土地にも大きな需給悪化が発生していることが特徴である。この点を,不動産業の売上高に対する各資産残高の比率の推移で確かめてみたのが第2-3-27図である。不動産業が保有する資産の中で,分譲マンションは「棚卸資産」に,オフィスビルは「その他の有形固定資産」に含まれている。これをみると,74年以降の不動産不況の局面では,特に「棚卸資産」の保有割合が高まっていたが,今回の局面では,「その他の有形固定資産」と「土地」の比率も過去と比べて大きく上昇している。このことは,今回の場合は,分譲マンションだけでなく,オフィスビル,土地についても不動産業によって相当程度保有されていることを示している。

こうしたなかで,不動産業のバランスシートの悪化,リスク対応力の低下が目立っている。オフィスビルの供給主体である不動産業については,バブル期において建設資金のほとんどを有利子負債で調達したために,負債比率の上昇を招いており,しかも近年に至るまで同比率は高止まったままである(第2-3-28図①)。不動産業には,この負債比率を圧縮しようとするバランスシート調整のインセンティブが強く作用しており,これが不動産業全体の設備投資に対して抑制的に作用した面もあるものとみられる。

また,不動産業が保有している販売用の土地については,近年その流動化が停滞しているなかで,不良資産(不稼働資産)として,不動産業の収益を圧迫していることは明らかである。しかも,こうした販売用の土地は,80年代後半において,不動産業が新規に買い増してきたものであるため,現在の地価水準からみると相当の含み損が発生しており,これがまたリスク許容力を一段と低下させているものとみられる。

こうしたバランスシートの悪化は,利払い負担の高まりを通じて,不動産業の収益を圧迫している。不動産業の利益(経常利益+支払利息・割引料/売上高)と利払い負担額(支払利息・割引料/売上高)の動きを比べてみると,91年以降,両者は低下に転じているが,利益の低下テンポに利払い負担の軽減が追いついていないことから,支払利息・割引料が利益を上回り,不動産業全体では経常赤字に陥っていることが分かる(第2-3-28図②)。

以上のように,今回のオフィスビルの需給悪化に象徴される不動産不況は,建設投資のストック調整を長期化させるとともに,不動産業のバランスシートの悪化,リスク許容力の低下,収益の悪化を招いてきた。不動産業の設備投資は,基本的には景気低迷に伴うオフィスビル需要の減退を背景に減少してきたが,これに加えて,これまでみてきた供給サイドの要因も設備投資を抑制する要因として作用してきたものと考えられる。

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