平成5年

年次経済報告

バブルの教訓と新たな発展への課題

平成5年7月27日

経済企画庁


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第4章 豊かさに向けた経済のリストラクチュアリング

第4節 持続する日本経済の潜在的活力

日本経済は,これまでみてきたようなミクロ面での経済主体のリストラクチュアリング努力を生かしながら,内需中心の持続的な成長を実現させつつ,国民が求める質の高い生活水準への歩みを進めなければならない。このとき一つの重要な鍵を握るのは,生産性の上昇と社会資本の充実である。内需中心の成長も,質の高い国民生活への歩みも,結局のところ生産性の上昇,経済の効率化に支えられなければ持続可能なものとはならないし,社会資本の充実は,生産性の上昇に寄与するとともに,国民生活の質的向上をもたらすからである。本節では,この二つの点について検討する。

1 日本経済の基礎的生産性向上能力

供給面から経済成長をみると,全体としての成長は,就業者数の増加と労働生産性上昇によってもたらされる。さらにその労働生産性の上昇は,労働者の資本装備率の上昇と技術進歩や労働力の質の向上を示す全要素生産性の上昇によってもたらされることになる。以下では,成長を規定するこれらの要因を順に検討していく。

(労働力人口の伸びとその質)

経済全体の成長力を決める第一の要因は,質を考慮した上での労働力の伸びである。

日本の労働力人口は,70年代平均0.9%,80年代1.1%で増加してきたが,今後その増加率は大幅に鈍化するものと見込まれている。労働力人口は15歳以上人口に労働力率を乗じたものとして決まってくる。厚生省人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成4年9月推計)」(中位推計)によると,近年の出生率の低下により15歳~64歳の人口(生産年齢人口)は95年をピークに減少に転じると見込まれている。このため,労働省推計では,女性や高齢者の労働力率が高まることを織り込んでも,労働力人口の増加率は,80年から90年までの年平均1.2%に対して,それ以降2000年までは0.6%とかなり低い伸びが見込まれている。したがって,労働力人口の絶対数の伸びによる成長への寄与は,これまでよりは小さくなる。

しかし,供給面からの労働力の貢献をみる場合には,労働力人口の絶対数だけでなく,その質を考慮する必要がある。そこで,これまでどのような要因で労働力の質が向上してきたかを調べてみよう(計測方法は 付注4-6 参照)。労働力の質を計測する方法は様々なものがあるが,ここでは,労働者が限界価値生産性に応じて賃金を受け取るという前提に基づいて,製造業の労働投入量の増加分(ディヴィジア指数と呼ぶ)から労働者数の増加分を除いた残りを労働力の質向上分と考える。そして,この労働力の質を年齢,学歴,職種(ホワイトカラーとブルーカラー)等の要素に区分してそれぞれの貢献度を計測した。なお,年齢別賃金については限界価値生産性に対応しない部分も存在することに注意する必要がある。

この計測結果をみると,80年代には70年代に比べると向上のペースはやや緩やかになってはいるものの,年率0.4%程度で上昇している( 第4-4-1図 )。この質の向上を,年齢要因,学歴要因,職種別要因等に分けてみると,70年代には年齢要因の寄与が質の向上に大きく貢献していたが,80年代には学歴や職種の寄与が相対的に高くなっており,教育水準の高まりと,産業における高付加価値化やサービス産業化の進展等の構造変化とがあいまって,労働力の質が向上し続けていることが分かる。

日本経済は生産要素の観点からみると資本の利用可能性に比べて労働力が相対的に不足する状況へ移行すると考えられる。こうしたなかでは,より質の高い労働力を確保していくことがますます重要であり,そのためにも積極的な人的資本形成の施策を講じていくことが必要である。

(高貯蓄による資本蓄積)

成長力に影響する第二の要因は,資本の蓄積である。

資本蓄積の進展は,労働者一人当たりの資本(資本装備率)を高め,労働生産性を上昇させる。その資本蓄積が進むためには設備投資が必要であり,その源泉として貯蓄が必要である。

これまで,日本の貯蓄率は国際的にみてもかなり高い水準を維持してきており,これが国内投資の源泉となり,資本蓄積が着実に進む上での重要な背景となっていた。今後については,日本の高齢化は西欧諸国がこれまで経験したことのないスピードで進展するとみられており,その過程では高齢化に備えて貯蓄する人々よりも,高齢化して貯蓄を取り崩す人々が相対的に増えてくるため,家計貯蓄率は長期的には低下する可能性がある(消費のライフサイクル仮説)。91年の家計貯蓄率(国民経済計算ベース)は15.0%であるが,経済審議会2010年委員会報告では,これが2010年には9%程度まで低下するものと見込まれている。なお,現実には,日本においては高齢者世帯が必ずしも貯蓄取崩しを行っているわけではなく,貯蓄率がどの程度低下するかは明確ではない。

労働力の伸びが鈍化する過程においては,労働コストが資本コストに比べて相対的に上昇し,労働節約的な設備投資が進み,資本集約的な技術が一層選択されていく。国内の高い貯蓄率は,海外からの貯蓄の導入(経常収支の赤字)に頼ることなく,国内で高水準の資本蓄積を実現しうる潜在的な力があることを示している。高い資本蓄積が可能であることは,教育水準の上昇がもたらす労働力の質向上や新技術導入等が技術進歩率の上昇に結実しやすい環境を生む。このため,国内の潤沢な貯蓄を国民の物的・人的資産形成,企業の資本蓄積に向けて有効に活用していくことが重要となる。

(技術進歩で高まる生産性)

成長力に影響する第三の要因は,技術進歩である。

生産活動は労働力,資本という二つの生産要素を投入して行われるが,技術進歩があると,労働力や資本の投入から考えられる以上に生産水準が高まることになる。

こうした技術進歩を示すのが全要素生産性の動きである。労働生産性の上昇は,労働者一人当たりの資本装備率の上昇によってもたらされる分と,技術進歩等を反映して生産効率が向上する分に分けることができるが,後者の効果を示すのが全要素生産性である。

全要素生産性の計測方法には様々な方法があるが,ここでは労働生産性と資本生産性をそれぞれの分配率で加重平均するという方法をとっている。こうして計算された全要素生産性を,日本,アメリカ,ドイツで比較してみると,日本とドイツについては,全要素生産性が経済成長に大きく貢献しており,日本の場合は,80年代後半のGDP成長率に対する寄与率は4割程度となっている( 第4-4-2表 )。

この全要素生産性を左右する要因のひとつとして,企業の研究開発投資が考えられる。

この点をみるために,産業ごとに全要素生産性を計測し,研究開発投資と関係をみたのが 第4-4-3図 である。これによると,第1次石油危機から85年までの時期と,それ以降の時期に分けてみると,どちらの時期においても,研究開発費/売上高比率と全要素生産性との間には強い関係がみられる。

近年における企業の研究開発投資の動きをみると,設備投資が全般的に減少するなかで研究開発投資についても削減の対象とされている。しかし,通産省「主要産業の設備投資計画」(93年3月調査)によると,企業が設備投資を削減する場合でも研究開発投資についてはできるだけ維持していこうとする姿勢がみられるなど,研究開発投資の重要性の認識には変化がないと考えられる。従って,中長期的にみれば,安定的に研究開発投資が行われるものと期待され,技術進歩が今後も生産性を高める方向に作用することが予想される。

(時短と労働生産性の上昇)

生産性の上昇は,単に成長力を高めるという観点からだけではなく,国民生活の質的充実,なかでも労働時間の短縮という観点からも重要なポイントとなる。

時短の推進は国民生活にゆとりをもたらし,国民が豊かさを実感するうえで最も重要な課題となっていることは既にみた。

日本の年間総労働時間は,70年代後半から88年頃まで2,100時間程度でおおむね横ばいで推移していたが,その後次第に減少し,90年度には2,044時間となった後,92年度には1,958時間まで減少した。88年度から92年度までの労働時間の減少(142時間)については,91年以降の景気の調整局面入りに伴う所定外労働時間の減少(88年度から92年度まで44時間の減少,90年度から92年度まで41時間の減少)も影響している。

今後持続的な内需の回復が進むなかで更に労働時間の短縮を進めていくためには,労働生産性の向上が不可欠となる。労働生産性の向上の成果は,実質賃金の上昇や労働時間の短縮として配分される。したがって,労働生産性が上昇するときには,時短を進めやすい環境が生ずる。逆に,時短を進める場合に十分な労働生産性の向上が伴わないと,単位労働コストが上昇するおそれがあるため,企業収益や物価の安定を考慮すると労働生産性の向上が重要な課題となる。

そこで労働生産性の向上がこれまでどのように配分されてきたかをみたのが 第4-4-4図 である。これによると,常に生産性向上の成果の多くが実質賃金の上昇となって配分されている姿は変わらない。それでも,高度成長期までは労働生産性向上の成果は労働時間の短縮にも活用されていたが,その後,第1次石油危機を経て生産性が大きく鈍化すると,その成果は主として実質賃金の上昇に利用されるようになり,時短の進展がスローダウンすることになった。しかし,その後は時短の促進が大きな流れとして意識されるようになるにつれ,80年代後半以降においては,生産性の向上が賃金と時短にそろって生かされるようになっている。

2 経済活力と豊かさの基盤となる社会資本

社会資本は基本的な公共財の一つであるが,その整備は今後ますます重要になる。それは,国民生活の質を高めるうえで快適な生活環境を形成するとともに,経済成長を支える基礎的基盤を整備するという上でも重要な役割を果たすからである。

また,来たるべき21世紀までの期間は,高い貯蓄率に支えられ,後世に残すべき良質な社会資本ストックを形成するための貴重な期間であり,21世紀に向けて着実に社会資本整備の充実を図ることが重要である。

(民間経済活動に貢献してきた社会資本)

社会資本の整備は,持続的な経済成長を図る上での重要な基礎的条件である。

ここでは,社会資本と経済成長との関係を,供給面からの長期的な影響と,生産活動への短期的な影響という二つの側面からみよう。

まず,供給面からの影響を考えると,政府の公共投資による社会資本整備は,社会的間接資本として民間の生産活動の効率化や生産性の上昇に大きく貢献する。そのため,社会資本は需要面だけでなく,供給面からも経済成長に対して重要な役割を果たしてきている。このような役割を果たす社会資本は多種多様であるが,たとえば,交通通信分野についてみると,道路,鉄道,空港,港湾,情報通信関連施設等が,モノ,ヒト,情報の流れの量的拡大,高速化を可能にすることにより,他分野の社会資本とともに民間の経済活動の生産要素の1つとして生産性・効率性を高める働きをしていると考えられる。国際的にみると社会資本の整備が立ち遅れている現状にもかんがみると,社会資本の着実な整備を図ることが重要であるといえよう。

次に,公的資本形成の短期的な生産活動への影響をみるため,消費を内生化した産業連関モデルを用いてその生産誘発効果を調べてみよう。

全体としての生産誘発係数は2.69となっている。産業別の影響をみると,建設業に対してのほか,サービス,商業,電気機械,鉄鋼等の各業種に相対的に大きな影響が及ぶという姿になっている( 第4-4-5図 ,計算方法は 付注4-7 参照)。

(生活の質を高める社会資本)

社会資本は,国民生活の質そのものを高めるという観点からも重要な役割を担っている。

政府は,90年6月に21世紀に向けて着実に社会資本整備の充実を図っていく上での指針である公共投資基本計画を策定した。この計画において,1991~2000年度の10年間の公共投資総額をおおむね430兆円とし,国民生活の豊かさを実感できる経済社会の実現に向けて生活環境・文化機能に係る公共投資の割合を増加させることなど,公共投資に関する枠組み及び基本方向が総合的に示された。

地球社会と共存する生活大国の実現を目指した「生活大国5か年計画」(92年6月)においては,この公共投資基本計画を踏まえ,社会資本の整備を着実に図ることとしている。

特に,生活大国5か年計画では,生活大国実現のためには立ち遅れがみられる生活関連の社会資本整備を重点的に図っていくことが必要不可欠であるとし,このため,社会資本整備に当たっては,利用者の視点に立った整備目標を具体的に明らかにしている。例えば,豊かな学習・文化環境の形成,高齢者の社会参加促進,不安のない老後生活の確立,快適な生活圏域の形成,圏域内の交通と交流の充実などのために,体育館開放用クラブハウスなどの施設を備えた公立学校の割合(91年度約31%→96年度50%程度),広幅員歩道等(幅おおむね2m以上)の設置率(90年度約20%→96年度おおむね30%),デイサービスセンターの整備率(91年度見込み2,630か所→今世紀中1万か所)や特別養護老人ホームの整備率(91年度見込み約18万人分→今世紀中24万人分の施設),排水が公共的主体により衛生処理される人口の割合(90年度見込み全国45%→おおむね2000年7割を超える程度)や歩いて行ける範囲の公園の普及率(90年度見込み48%→96年度約59%),東京圏における鉄道の混雑率(89年度約200%→おおむね2000年180%程度)等に関する目標が掲げられている。このような社会資本の整備を推進することにより,国民生活の質を高めていくことが重要である。