平成5年

年次経済報告

バブルの教訓と新たな発展への課題

平成5年7月27日

経済企画庁


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第4章 豊かさに向けた経済のリストラクチュアリング

第2節 リストラクチュアリングを進める企業

バブルの崩壊,長引く景気後退など企業をめぐる環境が大きく変わるなかで,企業は経営資源を再配分し,望ましい事業構造へ立て直していくための経営の再構築,いわゆるリストラクチュアリングを進めている。以下では,こうして進みつつある企業のリストラクチュアリングの内容はどのようなものか,それは過去のリストラクチュアリングに比べてどのような特徴を持っているか,またそれは日本経済の長期的な変化という観点からどのような意義を持つものかといった点について考えてみたい。

1 収益悪化が続く企業経営

企業がリストラクチュアリングを進めるきっかけになったのは,いうまでもなく企業収益の悪化である。全体としての売上が順調に伸びているときには問題とされなかった企業行動,事業構造も,経済環境が変わり収益の悪化に直面すると見直しが必要になるからである。

(厳しかった企業の収益環境)

企業収益が,戦後初めて3年連続の減益となるなど,厳しい状況となった点については,すでに第1章でみた。

今回の経常利益(製造業)のピークからの推移を,第1次石油危機後,80年代後半の円高後と比較してみると( 第4-2-1図 ),第1次石油危機後はピークから5半期目にはV字型の増益に転じた。これは,輸出の回復によって売上が急回復したためである。85年からの円高期には,3半期目まで収益が落ち込みを示したものの,7半期目にピーク時を超えるまでに収益が回復している。これは,当初は輸出採算の悪化から収益が減少したものの,景気が回復するなかで,企業の内需転換などの努力が効を奏し,一気に利益水準が高まったためである。これに対して今回は,当初の落ち込みこそ小さかったものの,ピークから8半期を経過してもまだ低水準にあり,従来以上に収益回復のテンポが緩やかである。

ではなぜ企業の収益環境はこれほど悪化したのか。これには景気全体の低迷が長期化し収益環境が悪化したことが大きく影響していることはいうまでもないが,企業側の収益構造にも,長期景気拡大のなかで,知らず知らずのうちに,環境が悪化すると収益面に悪影響が及びやすい体質がしみ込んでいたという面がある。こうした収益構造面の問題として,以下では,①損益分岐点の上昇,②薄利多売型の収益構造の二つを取り上げる。

(損益分岐点比率の高まり)

89年以降,損益分岐点(全産業)が上昇しており,これが収益の圧迫要因として作用している。

損益分岐点は,企業の損益がゼロになる,すなわち費用をちょうどカバーするような売上高を意味する。これと売上高との比率が損益分岐点比率であり,この比率が高く1に近づくほど利益は小さくなる。企業の費用を変動費(原材料費等)と固定費(人件費,減価償却費,金融費用等)の二つに分けると,損益分岐点比率に影響するのは主に固定費の動向である。変動費は売上高にほぼ比例して変動するのに対して,固定費は売上いかんに係わらず必要となる経費だからである。

景気変動と損益分岐点の関係を見ると,景気拡大期には売上高が増大する一方,固定費は売上高ほどには増加しないため損益分岐点比率は低下し,景気後退期には固定費は売上高ほどには減少しないため損益分岐点比率は上昇するというのが一般的である( 第4-2-2図 )。

しかし今回の場合は,90年に景気が拡大を続けているなかで,すでに損益分岐点比率が上昇に転じ,それ以降一貫して上昇し続けているという特徴がある。業種別には,電気機械や輸送機械で,損益分岐点比率の上昇が特に大きい。この理由としては,①長期景気拡大の下で行われた設備投資が減価償却費負担を高めたこと,②積極的な雇用拡大が人件費を増加させたこと,③金融費用が上昇したことに加えて,④広告宣伝費や販売管理費も増加しており,これが損益分岐点比率を上昇させる結果となっている。

(薄利多売型の収益構造)

日本の企業の収益率は傾向的に低下している。総資本利益率の長期的な推移を見ると,70年代は7.6%程度だったものが,80年代後半以降は6.4%へと低下している。この総資本を実物資産と金融資産に,収益を営業利益と金融収益に分けて実物資産利益率と金融資産利益率の動きをみると,特に実物資産利益率の低下が大きく,これが全体としての収益率の低下に寄与していることが分かる( 第4-2-3図 )。

このような実物資産利益率の低下の一因は,企業間競争の強さ等を映じた企業の薄利多売にある。

ここでは,例として,家庭電気製品の場合をみよう( 第4-2-4図 )。VTR,日本語ワープロ,ファクシミリ,ビデオカメラの販売数量と単価の推移をみると,製品としてマーケットに登場してから平均販売単価は急速に低下し,その後単価が横ばいないし微増で推移するなかで,販売数量が急拡大している。こうした製品は,単位当たりの利幅は低いものの,売上数量の大幅増により全体としての収益が確保されるという姿になっている。これには,大量生産により一単位当たりの平均コストが安くなっている,という面もあるが,こうした薄利多売型の収益構造は,ひとたび成長が鈍化すると低収益をもたらしやすい収益構造だといえる。

2 緊急避難的な経費の削減

企業によって進められているリストラクチュアリングの内容には多様なものがあるが,以下ではこれを,①短期的視点から進められている緊急避難的な経費の削減(設備投資の圧縮,販売管理費の削減),②長期的視点から進められている生産体制の見直し(消費者需要に即した無駄のない製品開発,多品種少量生産体制の見直し,本業回帰への動き,雇用面の新しい動き),③国際的な視点をも考慮して進められている経営姿勢の見直し(シェア争い・横並び型経営から個性発揮型経営への移行)の三つに分けて,その内容を調べる。

まず,収益環境の悪化のなかで緊急避難的に取り組まれている経費削減の動きについてみよう。高まった損益分岐点比率の下で収益を増やすには,売上を伸ばすか,固定費を削減する必要がある。景気後退期においては売上を増やすことは簡単にはいかないので,まずは固定費の削減が必要になる。その内容としては具体的には,①設備投資の圧縮による減価償却費の削減,②広告宣伝費,交際費などの販売管理費の削減,③人件費の削減などが考えられる。人件費の削減については,中長期的なリストラクチュアリングとの関係で後でみることとし,ここでは設備投資の圧縮と販売管理費についてみることとする。

(設備投資の圧縮)

まず,設備投資の圧縮による減価償却費の抑制についてみよう。

93年度の設備投資計画に関するアンケート調査(経済企画庁,日本銀行等)をみると,全産業の設備投資は92年度に続いて,2年連続の減少という結果となっている。特に,製造業では2年連続の二桁減少という厳しい姿となっている。目的別にみても,生産関連投資の他,合理化,省力化投資や研究開発投資までも削減の対象とされている。また電力を除いた非製造業においても93年度は減少の見通しである。投資の内容については,当面の設備投資は減価償却費の範囲内に収め,建物や機械の維持補修を中心に考えるという回答がみられるなど,慎重な投資態度がうかがわれる。また,新たな設備の導入を諦める代わりに,中古機械の修理や改造を行うことにより資本設備を更新する動きもみられる。既に着工済みの工場の新設についても,既存工場との連携や機能分担を見直したり,製造工程を洗い直したり,生産工程数を削減するなどして,投資額をできるだけ減らそうとする努力が行われている。

経済企画庁「企業行動アンケート調査」(93年1月調査)によると,今後3年間の設備投資見通しは全産業で年平均2.8%(製造業2.6%,非製造業3.2%)となっており,中期的にも設備投資を圧縮しようとする姿勢が示されている。

ただ,設備投資の抑制は固定費の圧縮にはなるが,それが行き過ぎると,企業の将来的な発展の芽を摘んでしまうことにもなりかねない。こうした点で,今後の設備投資抑制の内容をみると,すべての設備投資を一様に減らそうとしているわけではなく,労働時間の短縮に対応した合理化・省力化投資や研究開発投資は,こうした状況下においてもある程度の伸びを確保しようとしている。研究開発投資についてみると,過去3年間は設備投資に占める割合が13.8%(全産業)であったのが,今後3年間には16.1%に高まるという結果が得られている。こうした背景には,80年代における企業の積極的な研究開発投資が80年代末の製造業全体の利益率改善に貢献したという経験がある。この点をみるために,研究者,研究費の動向と利益率の関係をみると,鉄鋼や化学においては研究者又は研究費の大幅増加と利益率の上昇が生じており,利益率と研究開発投資の密接な関係がうかがわれる( 第4-2-5図 )。こうしたことは,減益のなかで研究費への支出が困難になる場合があっても,リストラクチュアリングに際して研究開発への期待が高いことを反映していると考えられる。

(販売管理費の削減)

固定費圧縮の第二の手段は,固定費全体の約半分(91年度,全産業)を占める販売管理費の削減である。

広い意味での販売管理費は販売費(本社部門の人件費である従業員給料手当て及び役員給料手当て(製造原価に計上される工場部門の労務費とは異なる),減価償却費,荷造運搬費,販売手数料,広告宣伝費等)と一般管理費(技術研究費,保守費等)からなり,その大部分は売上に係わりなく必要となる固定費である。

製造業の売上高に対する販売管理費の比率をみると,80年代前半までは13%前後で推移していたが,その後一貫して上昇してきており,92年平均では17%弱となっている( 第4-2-6図 )。業種別には特に電気機械の上昇が目立っている。販売管理費は製品販売のための潤滑油,あるいは販売のための投資の役割を果たしており,景気拡大期に増加するのはある程度当然ともいえるが,80年代後半から売上高以上に増加率が高まったことが,その後の損益分岐点上昇の一因となった。

「企業行動アンケート調査」によって,企業がどのような収益構造の改善策をとっているかをみると,「販売管理費の見直し」は,「国内市場の新規開拓による売上高の拡大」,「生産性向上のための合理化・省力化」に次いで,3番目に回答企業の割合が高く,過去3年間の34.4%から今後3年間には44.3%に上昇している。なかでも,3Kと呼ばれる広告費,交通費,交際費は厳しい削減の対象になっている。業界の調べによると,92年の広告費は前年比4.6%減となった。広告費が前年より減少したのは65年以来のことである。

また,固定費を絶対的に削減するだけではなく,固定費の変動費化を進める動きもみられる。例えば,コンピュータによる情報処理を外部企業に委託するというような外注化は,専門化のメリットを追求するアウトソーシングとして固定費割合の低下に貢献している。

なお,3Kに象徴されるような中間経費の削減については,ある企業の経費削減が別の企業の売上の減少となるため,デフレ的な影響が累積的に進行することになるという議論がある。この議論が正しければ,販売管理費のような中間経費の削減は,ミクロの企業レベルでは景気後退に対応する合理的な行動であるが,それを合成したマクロでは逆に景気後退をより大きくしてしまうという,いわゆる「合成の誤謬」を生じさせることとなる。

しかし,この議論は必ずしも正しくない。確かに一方では,経費の削減は,削減対象となった業界の企業の売上を減少させ,その過程で設備投資の抑制などのデフレ的な効果を生じさせる可能性がある。しかし,他方では,経費節減は中間投入の削減であるため,それ自身が最終需要の直接的な低下をもたらすわけではない。つまり,ある企業の生産額に変化がないと仮定すると,その企業の中間投入の削減は付加価値生産額の増加をもたらし,企業収益にプラスの効果をもつ。したがって,経費削減の影響が波及していく過程では,企業の付加価値生産性の上昇が波及していく可能性もある。したがって,企業の経費削減の影響をみる場合には,短期的なデフレ効果と合わせて,長期的な経営の効率化の効果をも考慮する必要がある。

3 長期的観点から進められる生産体制の見直し

短期的な収益対策としてのリストラクチュアリングだけではなく,長期的な視点からもバブル期,長期景気拡大期にとられていた経営・生産体制をポスト・バブル期に向けて見直そうという動きがみられる。

(消費者需要に即した無駄のない製品開発)

長期的な企業行動の変化の第一は,消費者の需要に即した無駄のない製品開発への動きである。

80年代後半,消費財メーカーは,頻繁なモデルチェンジを繰り返し,そのたびに新機能,付加価値を付け加えていった。しかしその後,91年以降消費が低い伸びとなるなかで,こうした動きが必ずしも消費者の需要に応じたものではなく,モデルチェンジのためのモデルチェンジ,多機能化のための多機能化に終わっていたのではないかという反省が生まれている。東京商工会議所が中小企業経営者を対象に行ったアンケート調査(93年4月発表)によると,約8割の経営者が家電製品や自動車等に使わない機能がついていると回答している他,モデルチェンジが多すぎるという答えが6割に達している。

具体的な例として,乗用車をみよう。バブルの時期には,乗用車販売が増加するなかで,新たな需要を引きつけるために,次々に新しいモデルが開発され,それぞれについてデザイン,機能等の面で多様な組み合わせが準備された。しかし,需要が低迷するなかで,こうした生産・販売体制は見直されてきている。92年中にモデルチェンジが行われた乗用車について新旧のモデルを比べてみると,エンジン数で28%,車型数では34%品種が削減されている( 第4-2-7表 )。また,ある企業の中期的リストラクチュアリング計画においては,今後車型や部品の種類が3割から4割程度削減される予定になっている。

80年代後半には,バブル的な消費需要の拡大のなかで,消費者側も質と価格に関する判断基準が緩くなっていたとみられるが,企業の側も新たな需要を開拓するための激しい競争を繰り返すうちに,多機能化,高付加価値化が自己目的化してしまい,それが本来の消費者のニーズに応えているかどうかについてのチェックが甘くなっていた面があったものと考えられる。

近年では,従来とは逆に,機能を簡素化し,消費者が買いやすい価格付けをした製品が売れ行きを伸ばしつつある。すなわち,消費が低い伸びとなるなかで,後述するような機能を簡素化した低価格パソコンやカメラ一体型VTR,ディスカウントストアにおける紳士服等については,堅調に売上が増加している。

(見直しが進む多品種少量生産体制)

企業行動変化の第二は,多品種少量生産体制の見直しである。製造業のほとんどの業種では,行き過ぎた製品の多機能化や多品種化を見直すことにより,消費者ニーズに密着しつつ,製品のコスト削減を図ろうとしている。

多品種生産の見直しは,機能の簡素化や部品の共通化と組み合わされて,一層のコスト削減効果をもたらしている。例えば,92年には,価格が従来の製品の半分というカメラ一体型VTRが登場した。これは,消費者が実際には使いそうにない機能をなくし,従来製品と部品を共通化するなどの努力により,部品数や工程数を従来の3分の2に削減することによって可能となった。同様の動きは,エアコン,パソコンなどにもみられる。紳士服においても,縫製コストの安い海外生産を進めると同時に,色柄,素材などの品番数を3割程度削減し,生地の仕入れコストを低下させるといった努力が行われている。

OEM(相手先ブランドによる生産)を活用した経営効率化も進められている。例えば,競争力のない製品の自社生産を打ち切ってOEMに切替え,その生産に当てられていた経営資源を新製品開発に振り向けるといったことが行われている。

さらに,企画―開発―生産―販売という経営プロセスそのものを見直すことによって,コスト削減を図ろうとする,ビジネス・プロセス・リエンジニアリングと呼ばれる動きも生まれている。例えば,開発部門や企画設計部門を生産ラインと一体化し,生産体制の有機化を一層進めることにより,設計変更回数を減らしたり,材料や部品の品質や仕様を簡素化する,といったことがそれである。また,家電業界では,POS(販売時点情報管理)を利用して製品の販売や出荷実績を機種ごとに把握し,在庫管理を徹底すると同時に,商品の売れ筋に応じて数週間先までの生産計画を弾力的に修正する体制が生まれている。

(本業回帰への動き)

長期的な企業行動の変化の第三は,行き過ぎた多角化戦略を見直し,本業に回帰しようとする動きである。

80年代後半の円高を克服する過程において,多くの企業は輸出依存型経営体質からの脱却,内需の開拓,海外生産の展開等に応えるため,それまでの事業構成を組み替え,経営の多角化を目指した。素材型産業は,脱本業を図り,新素材,バイオテクノロジー,情報通信,レジャー関連分野へ進出する動きがみられた。こうして業種の垣根が低くなり異なる産業に属していた企業同士が競争するようになるという動きは「業際化」と呼ばれた。

製造業の多角化状況を生産能力と資本ストックの増加率の関係で調べてみよう( 第4-2-8図 )。生産能力は当該産業の本業分野について計測されているのに対し,資本ストックは当該産業にとっては異業種分野の設備(本業以外の分野)も含まれる。したがって,資本ストックの伸びが生産能力の伸びを大きく上回る業種ほど,新規分野への進出が進んでいるとみることができる(ただし,多角化の進展だけでなく,公害防止投資などの増加による資本係数の上昇も,生産能力と資本ストックとの格差を広げる要因となったと考えられる)。これによると,80年代後半,鉄鋼,繊維,石油・石炭,窯業・土石などの産業では,生産能力が減少する一方で,資本ストックは増加を続けており,輸送機械,電気機械,精密機械についても,資本ストックの伸びが生産能力の伸びを上回っている。こうした産業で,この間事業の多角化が図られたことを示している。

しかし,バブルの崩壊とともにこうした多角化路線の見直しが進んでいる。民間金融機関の設備投資アンケート調査により91年8月時点と93年2月時点で企業の多角化意欲を比較すると,「新たに進出分野を増やしたい」とする企業が大きく減少し,「今後も新規進出,多角化予定なし」の企業が増加している( 第4-2-9表 )。また,「既存分野の中で的を絞り他は撤退」という回答もわずかながら増えている。このように,円高を克服した後の景気拡大期には,収益率は低くとも新規分野への進出や事業の多角化が積極的に展開されたが,最近では事業拡大路線を改め,本業を中心に的を絞り収益性の低い分野からは撤退するといった動きが進められている。

(雇用面における新しい動き)

第四の側面として,雇用面におけるリストラクチュアリングの動きをみよう。

今回のリストラクチュアリングの過程において,雇用との関係で企業は多面的な課題に直面している。それは,①短期的な側面からは,収益の改善のため人件費の抑制が求められている,②中期的には将来確実に予想される人手不足への対応を図るとともに,国民的課題である労働時間の短縮に取り組む必要がある,そして,③長期的には,高齢化の進展,国際化の進展,国民の価値観の変化などのなかで,従来の日本型の雇用慣行をそのまま維持することが難しくなってきていると考えられるといった点である。

まず,短期的な人件費の抑制と中期的な人手不足への対応という点で,企業がどのように雇用面でのリストラクチュアリングを進めているかを,「企業行動アンケート調査」によってみると,次のような点を指摘できる。

第一に,経営環境の変化に対しては,今後(3年間)においてもこれまでと同様に,企業内での人員の移動(部課間の移動47.5%,事業所間の移動38.6%)や残業時間の短縮(40.6%)によって対応しようとする企業が多いという基本的な姿に変化はないが,これまでよりは新規採用の削減を図る企業が増えている(20.2%→40.3%)。ただ,一時帰休(1.0%)や希望退職者の募集・解雇(2.5%)といった厳しい対応を採ろうと考えている企業は少ない。

第二に,中期的な人手不足対策としては,「労働時間の短縮による人材確保」(過去3年間31.5%,今後3年間44.5%)という回答が最も多い。ただ,近年の厳しい経済情勢を反映して,これまで人手不足対策として推進されてきた措置が後退を余儀なくされている。「臨時・パートタイム労働者・派遣労働者の活用」(37.3%→24.1%),「求人年齢の引き上げ・中途採用の導入・拡大」(40.8%→21.3%),「結婚・出産・育児等による退職者の再雇用制度の導入」(14.3%→6.6%)などがそれである。

第三に,年齢別,男女別,職種別に人材の不足,過剰感に差がみられる。年齢・男女別では,「40歳未満の男性職員」については,過半数の企業が不足感を持っているが,「40歳以上の男性職員」については,過半数が過剰感を持っている。職種別には,「技術・技能系専門職」に不足感が強く(60.1%が不足と回答),「事務系管理職」については過剰感が強い(66.8%が過剰と回答)という差がみられる。

また,長期的な日本型雇用慣行についても,意識の変化がみられる。いわゆる終身雇用制,年功序列型賃金,企業別労働組合等により特徴づけられる日本の雇用システムは,これまで経済変化への適応力を高め,企業と労働者それぞれにメリットを与えながら日本の経済成長に貢献してきた。しかし,こうした慣行を維持することは次第に困難になってきている。それは,①労働者の高年齢化が進行するなかで,年功序列制賃金体系が賃金コストの増加をもたらしやすくなっていること,②企業経営のグローバル化や急速な技術革新の進展のなかで,企業内よりも外部の労働者を活用したほうが効率的な場合が生じていること,③労働意識の変化から転職志向が高まっており,安定成長期以降でみると,景気循環に応じて上下することはあるものの,若年者を中心に離職率が傾向的に上昇していること( 第4-2-10図 ),④価値観が多様化し,仕事よりも余暇を,企業内よりも企業外の生活をより大切にする動きが生まれていることなどによる。

こうしたなかで,企業は従来のシステムのメリットを残しつつ,変化への対応を図っている。例えば,能力に応じた評価を強めるため,一部企業においては年俸制導入が行われている。また,所定内給与における勤続評価(同じ年齢でも勤続年数の長いほうが賃金が高い)の度合いも,中高年層を中心に弱まりつつある( 第4-2-11図 )。こうした動きは,長期勤続の有利性を弱め,当該企業では十分能力が発揮できない労働者にとっても転職コストが低下することにより,転職の自由度を高めることになる。

(今回は大きく低下していない期待成長率)

過去2回の企業のリストラクチュアリングと今回の局面を比較して異なることは,前2回のリストラクチュアリングでは,企業の中期的な期待成長率がはっきりと下方シフトしたが,今回の低下幅は小さいということである。

「企業行動アンケート調査」により期待成長率(今後3年間の予想実質成長率)の推移をみると,第1次石油危機後はそれまでの高度成長の屈折とも重なったため,企業の期待成長率は6.4%(74年3月調査)から5.3%(75年1月調査)へと低下した。85年の円高に際しても,期待成長率は4.0%(85年1月調査)から2.7%(87年2月調査)に低下した( 第4-2-12表 )。

つまり過去2回における企業のリストラクチュアリング努力は,エネルギー価格の上昇,円高の進展といった環境条件変化への適応であると同時に,下方シフトした成長期待への適応プロセスでもあったわけであり,それだけに企業の対応努力も厳しいものとならざるを得なかった。

しかし今回のリストラクチュアリングの過程においては,企業の期待成長率の低下は小幅なものにとどまっている。93年1月の同調査によると今後3年間(93年度から95年度)の経済成長率は2.9%(年平均)とやや低下が見込まれているが,足元の景気低迷にはそれほど影響を受けていないといえよう。自社業界の成長率については,加工型製造業や非製造業では中期的に3%台半ばの回答が得られており,これまでの期待に比べて下方シフトはみられない。

さらに注目すべきことは,87~90年度に,現実の経済成長率が4~6%を記録し続けたときも,企業の中期的な成長率はこれにひきずられることなく,2~3%台の期待成長率を持っていたことである。バブル関連の需要が成長をかさあげしていたなかにあっても,多くの企業は現実の需要拡大を一時的な現象とみていたのではないかと考えられる。

4 国際的調和を目指すリストラクチュアリング

日本の企業行動は,国際的な視点からも変革を求められつつある。これには二つの契機がある。一つは,経済摩擦の過程で,日本企業の行動自身が海外から批判の対象となることが増えてきたことであり,もう一つは,日本の企業活動のグローバル化が進むにつれて,従来の行動パターンを国際的にも受け入れられるようなものに変えていく必要が強まっていることである。こうした観点からここでは,企業行動の国際的調和という視点からのリストラクチュアリングに光をあててみよう。

国際的観点からみた,企業行動の変化の第一は,シェア重視型の企業行動が変わってきていることである。

日本の企業が市場シェアの維持に大きな関心を払い,シェアを重視した企業行動をとったのは,期待成長率が高いなかで動態的な市場競争が展開されたことによる当然の結果だともいえる。市場の期待成長率が大きい分野では,一定のシェアを確保する,または少しでもシェアを拡大する経営は,現在の利益がある程度犠牲になっても,将来の利益まで含めた割引現在価値を最大化することになるからである。

しかし,70年代後半から80年代前半にかけては,海外市場が高い成長を遂げるなかで,日本の企業は低収益の下での激しいシェア争いを繰り返したため,これが,海外から「集中豪雨的輸出」として批判されることになった。

こうした状況を受けて,近年では,日本の企業の間でも,シェア重視型の企業行動を見直す動きがみられる。例えば,ここ10年程度の間で,企業経営上の優先目標がどのように変化してきたかをみると,81年にはマーケットシェアの優先順位が最も高かったが,93年の調査では投資収益率が第1位となり,マーケットシェアは第4位に後退している( 第4-2-13表 )。

このように市場シェアを重視する度合いが低下しているのは,バブル後の経済情勢の変化の自然の結果でもある。すなわち,バブル崩壊後資本コストが通常の水準に回帰していくなかで(資本コストの上昇は,将来収益の割引率を上昇させ,将来よりも現在の収益を重視させるように作用する),内外市場における市場の期待成長率がやや低下していることなどが,シェア重視型の経営姿勢を続けることを経済的に不利なものとしていると考えられる。こうしてみると,シェア重視型経営の変革は,国際的な調和という方向にも沿うものであるとともに,近年の経済情勢の変化に応じたものだということができる。

国際的な観点から見た変化の第二は,横並び型の経営から個性発揮型経営への変化である。

電気機械,化学,商社等の産業では,各企業が多様な製品を生産し,取り扱っており(いわゆる総合型企業),事業の幅が広く,特定の分野で大きく出遅れていることがない代わりに,ある分野で非常に強みを有しているという企業が少ない。これは,横並び意識がきわめて強いことがその背景にあると考えられる。総合型の体制をとる場合には,事業のリスクが分散され,企業全体としてのリスク抵抗力が強くなるというメリットがあるが,比較優位が劣る製品も生産しなければならないため収益性が低くなる,あるいは収益性の低い事業からの撤退が困難になるといったデメリットも考えられる。こうした横並び意識は,設備投資,研究開発,新規事業への進出,海外現地生産の展開や現地法人の設立等,企業経営の多くの分野に及んでいる。80年代後半,直接投資が急増し海外現地生産が急展開したのも,同業他社に後れを取るまいとする横並び意識が作用したものと考えられる。

企業はこれまで他社追随型の競争を行ってきた。マーケットが成長する限りはこのような競争でも利益を上げることが可能であったが,今後はそれぞれの企業が独自性を発揮しながら新規分野へ進出したり得意分野に特化するという形でのいわゆる「棲分け」が行われ,オリジナリティを発揮する企業がその市場で高い収益を得るという変化が生じるであろう。つまり,企業の創造性が試される時代になりつつあるといえよう。

以上述べてきた企業のリストラクチュアリングへの動きが円滑に進んでいくためには,規制緩和などの行政側の対応や情報通信基盤の整備などを一層進めることが重要である。

とくに,非貿易財を中心とする内需関連分野における価格規制や市場参入規制等の経済的規制を見直していくことは,内需主導型の成長経路を目指していくうえでも重要な課題である。さらに,内外の企業活動はますますグローバル化を進めており,規制の国際的調和を求める声が高まっている。こうした行政側の対応は,①産業の新たなフロンティアが開かれ,技術革新の発揮などダイナミックな企業活力が発現していくことを可能とし,②公的規制の実施に伴う行政コストの削減をもたらし,③活発な新規参入による競争的市場環境の確保を通じて消費者利益を増進させることとなる。

また,経済社会の情報化に対応するためには,情報通信基盤の整備を一層進めることも必要と考えられる。