第6節 企業・市場と政府の関係
市場経済に対する政府の経済的役割を正当化するものは,広い意味での「市場の失敗」であり,次のような理由が挙げられる。すなわち,
第一は,寡占等,不完全競争下でのカルテル等の非競争的行動である。これに対しては独占禁止法等に基づく競争政策が政府の役割となる。
第二は,取引の当事者の一方が他方よりも情報を多く占有しているという情報の非対称性の存在であり,これには商品の安全性の問題や金融機関等が情報面での優越性を利用してリスクの高い行動を行うというモラル・ハザード等の存在である。これに対しては消費者や投資家保護の政策が考えられる。
第三は,規模の経済による自然独占である。これに対しては,公益事業に見られるような参入・退出,価格,投資等の規制が政府の役割である。
第四は,公共財(社会資本等),外部不経済(環境問題等),外部経済(環境保全等)である。これに対しては,社会資本の供給や大気汚染,騒音等を防ぐ規制,国土・環境保全機能の維持・増進等が政府の役割である。
第五は,いわゆる「囚人のジレンマ」の状況の発生である。つまり,消費者や企業といった個々の経済主体は合理的に行動しても,お互いの間で情報の交換や意思の疎通が十分でないため,非効率性が発生し,それぞれの利益,ひいては,社会全体の厚生が低くなってしまうケースである。この場合,政府が情報の提供者,コーディネーターとしての役割を果たせば,より社会厚生の高い状況を実現できる可能性があろう。
上記の政策の中で,外部性(環境保全等)に対する規制,更には,安全,衛生,健康の確保を目的とした規制については,経済的規制というよりは,社会的規制と考えられる。
本節では,政府の役割として経済的な政策,規制を中心に,国際比較を通じ,①市場の寡占度と独占禁止法,②政府の産業に対する直接的規制,③社会資本の供給と市場経済の関係,④情報の生産者・供給者,コーディネイターとしての政府の役割について考えることとする。また,政府と市場,産業の関係を考える上で重要である⑤産業政策について取り上げる。最後に,今般,証券市場を巡り,損失補填等の一連の問題が発生したことを契機に証券市場,証券行政のあり方を改めて考えるため,⑥証券業における競争の促進を扱うこととする。
1. 市場の寡占度と独占禁止法
市場が完全に競争的であれば,市場メカニズムに任せることで最適な資源配分が達成されることになるが,現実には市場は競争的でない場合も多く,企業がカルテル的,非競争的な行動をとる余地が生まれる。このような場合,あくまで市場メカニズムを補完し,市場をより競争的なものに導くための補助的手段として政府の役割が期待される。このような観点から,独占禁止法を中心とした競争政策が日本を含め諸外国でも行われている。
最近,日米構造問題協議等でアメリカ側から日本の市場が競争的でなく,そのためには独占禁止法そのものや運用の強化が必要だとしばしば指摘されている。しかし,このような議論に対しては,まず,日本とアメリカの市場の競争性について客観的に評価するとともに,国際比較を通じて日本の独占禁止法の歴史,特色を明らかにする必要があろう。
(集中度からみた市場の寡占度)
市場構造が競争的かどうかを実証分析することは本来難しいが,寡占度の指標としてさまざまな集中度が使用される。ここでは,いくつかの指標に基づいて日米比較を行うこととする。
まず,マクロでの集中度をみるため,上位100社の資産集中度をみてみる。日本の場合(第3-6-1図①),全法人(非金融)の中で総資産上位100社の一般集中度(資産ベース,資本金ベース)は60年代半ば頃までは企業合併等により資本集中が進んだものの,以後は一貫して集中度は低下しており,ある程度競争的な傾向が強まっていったと考えられる。また,製造業の上位100社をとっても,集中度のレベルは高いものの,同様の傾向がいえる。一方,アメリカの上位100社(製造業)の資産集中度は(第3-6-1図),戦後上昇傾向にあり,特に75年以降の高い上昇は活発なM&Aの波を象徴していると考えられる。集中度のレベルも日本よりもかなり高い。また,上位100社の付加価値の集中度をみると戦後急速に高まり,60年代後半以降は比較的安定している。このように,アメリカの場合集中度は,戦前から比較しても緩やかな上昇傾向にあり,少なくとも低下しているとの結論は得られない。
次に,産業別にみて,アメリカ(出荷ベース)と日本(生産ベース)の集中度として,上位4社累積シェアとハーフィンダール指数を用いて比較してみよう(第3-6-2表)。品目の範囲が類似していると思われる209品目を抽出して比較すると,紙,化学,石油・石炭製品等はほぼ同程度,ゴム,金属,機械類等は日本の方が高く,繊維等は日本の方が低い。しかし,全体では,4社累積シェア,ハーフィンダール指数ともにアメリカの方がかなり低いという結果になっている。ただし,調査時1984年(アメリカは82年)であること,アメリカの場合,高集中産業のデータが各社のマーケットシェアの公表につながるため秘匿されることが多いが,日本の場合は高集中品目の調査が重点的に行われるといったバイアスがあることに注意する必要があろう。ただし時系列比較をすると(63年時の比較が可能な品目のみ),4社の累積シェア(単純平均)はアメリカが63年49.9%から82年には49.8%と安定的であるのに対し,日本では,63年61.1%から84年58.9%へと若干低下している。これは,資産等でみた集中度と整合的である。
以上,各種集中度でみた日米の寡占度,競争度の違いは曖昧な部分もあり,特に,集中度のレベルの比較は,各国の集中度の計測,集計方法が異なるので,単純な比較,競争状況についての結論を出すのは難しい。また,市場の競争構造をみる場合,集中度だけでなく,参入の程度,利益マージン等の市場のパフォーマンスも考慮に入れるべきであろうが,上記の指標をみる限りは,日本の市場が全体としてアメリカよりも競争的でない,または,非競争的になってきているとは言えない。
(独占禁止法の歴史,特色)
次に,日本の独占禁止法の歴史を簡単に振り返ってみよう。独占禁止法(以下,独禁法)は戦前の集権的・統制的・競争制限的体制を打破し,産業・市場構造を競争的にすることでその後の成長基礎を作ることを目指し,アメリカの反トラスト法を規範にして,1947年に制定された。制定時の独禁法は,日本経済の徹底的な民主化を進めようとする当時の占領政策の意向をかなり強く受け,事業会社の株式保有の原則禁止,合併の認可制,国際協約の認可制等の理想主義的とも言える厳格な規定が存在した。その後,経済再建のための外資導入や財閥解体による大量株式の消化が急務になる中で,49年には株式保有,役員兼任の制限の緩和,国際協約,合併等の届出制への緩和等の改正が図られた。また,52年に独立を達成した後,経済的自立が緊急課題となったが,朝鮮特需後の輸出不振による深刻な不況にみまわれ,産業界を中心に独禁法が経済実態に則していないとの声が高まった。こうした中で,国内産業の保護といった産業政策的な視点も踏まえ,53年に,①不況カルテル,合理化カルテルの容認,②株式所有,役員兼任の制限の更なる緩和(金融会社の株式保有制限5→10%),③再販売価格維持制度の導入等を内容とする独禁法の大幅な緩和が図られ,カルテルの適用除外制度が形成されていった。
しかし,高度成長期を通じて,産業保護の必要性が徐々に後退すると同時に,経済の国際化とも相まって経済の競争体質の強化が重要になっていった。また,石油危機発生とその後の狂乱物価に見舞われた際に,ヤミカルテルが多発化し,独禁法の強化の必要性が認識されることとなった。このような背景の下で,77年には,価格カルテルに対する課徴金制度の導入,大会社の株式保有制限の導入と金融会社の株式保有制限強化(10%→5%)等,独禁法の強化が行われた。カルテルの課徴金制度については,日米構造問題協議の最終報告を受けて91年に課徴金の引上げに関する独禁法の改正が行われたところである。次に,日本の独禁法,更には競争政策について,特にアメリカとの国際比較を通じてその特色を考えてみよう( 第3-6-3表)。
まず,実体法上では,アメリカの反トラスト法が実体規定の数が少なく,訴訟が多いこともあって判例法が実体法として明確な基準を形成しているのに対し,日本の独禁法では実体規定の数は多く,それにより詳細に規定されており,公正取引委員会が公表するガイドラインが違法性の基準となってきたといえる。また,アメリカと比較しても,カルテルや再販売価格維持行為の適用除外制度の範囲が広い。
また,独禁法の運用面をみると,日本では公正取引委員会が実質的な一元管理を行い,行政手続による運用が主体であり,訴訟に持ち込まれるケースは少ない。一方,アメリカの場合は,司法省や州当局,私人において差止め請求訴訟が認められており,運用面での中核を形成するのと同時に,政府や私人による三倍損害賠償請求訴訟も盛んである。刑事訴訟においても,司法省独自の判断で訴訟手続が取れるなど司法中心の競争政策であるが,他方,行政機関たる連邦取引委員会も審決等の手続により活発な活動を行っている。ヨーロッパ諸国については,ECやその加盟国を中心に行政上の措置を主たる手続とする競争政策が行われ,行政官庁の制裁金がカルテルの実質的な抑止力となっているなど,アメリカよりも日本に近い仕組みといえる。
以上を踏まえて,日本の競争政策を評価してみよう。特に,アメリカとの比較については,いずれの国においても公正かつ自由な競争を維持促進するという目的は共通しているものの,アメリカにおいては司法手続が中心であるのに比べて日本では行政手続が中心であるという相違もあって,一概にどちらが優れているとの判断は難しい。アメリカの問題点としては,ヒト,カネ,時間といった多くの資源を訴訟のために投入してきたことが挙げられる。
一方,日本の場合もいくつかの問題点が指摘できる。第一に,アメリカと比較しても適用除外の範囲が広いことである。これまでもみたように適用除外制度の多くは50年代に経営の安定,企業の合理化等を図るため必要やむを得ぬものとして,各産業分野に創設されたものであり,従来からの見直しにより,制度及びその下で実施されている適用除外カルテル等の件数はともに減少してきているところであるが,今日の経済環境の変化を考慮すると,適用除外制度の必要性も変化してきている。こうした観点から,91年7月に公正取引委員会が公表した「政府規制等と競争政策に関する研究会報告」では政策手段としての有効性に疑問のある適用除外カルテルの廃止や,再販売価格維持制度の抜本的な見直し等を含め適用除外制度の全般的な見直しを提言している。
第二は,現在の日本の競争政策が諸外国からみて不十分であるという印象を与えているのではないかということである。公正取引委員会による違反行為排除のための行政手続をみると,独禁法違反の事実が認められた場合に「審決」といった法的措置を行うほか,「警告」といった行政指導を多用してきた。また,公正取引委員会による刑事告発も50年以降は74年の石油カルテルと91年のラップ業者によるカルテルの2回のみである。このような方法は,競争政策の柔軟的対応を示すものであり,このような政策により結果的には市場メカニズムが有効に機能してきたと評価できよう。しかしながら,企業側の競争制限的な行為に対する認識の甘さ,運用上のわかりにくさを生んでいる可能性も否定できない。日米構造問題協議においてアメリカ側が日本の競争政策を取り上げたのもこのような背景がある。さらに,アメリカの企業は反トラスト法遵守のために多大なコストを払っているという意識があり,現に近年ではカルテルに対する刑事訴追件数が増加しており,企業の責任者が禁固刑となるケースも70年代から増えてきているといわれている。また,損害賠償請求訴訟も活発に行われている。
したがって,独禁法の規制の考え方,内容を具体的,明確に示したガイド・ラインをきめ細かく内外に公表し,浸透させていくことが重要であり,91年7月に公表された「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」もこのような趣旨に沿ったものと考えられる。また,日本がアメリカほどの訴訟社会ではないにしても,実際に訴訟が円滑に行われるかどうか,また,違反抑止のための実効的担保手段になっているかが十分検討されるべきであろう。このような観点から,日米構造問題協議以降,刑事罰の活用・強化,損害賠償制度の活用等が検討・実施されてきている。
2. 政府の産業に対する直接的規制
独占禁止法等のように,基本的には市場メカニズム,経済主体の自由な意思決定にまかせつつ,市場機能を阻害する行動を制限したり,市場機能が有効に働くための補完的制度は,政府の経済的規制の中でも間接的な規制と呼べるであろうが,情報の非対称性や自然独占のある分野は,以下で述べるように明らかに市場の失敗が発生するため,資源配分の非効率の発生を防ぐべく,直接的な規制が必要となる。また,これらの産業から提供されるサービスの多くは必需的性格を有するため,資源配分の効率性とともにサービス供給の公平性の確保も重要であるが,前者が主たる目的であり,後者はあくまで付随的な規制と考えるべきであろう。
政府が直接的な規制を行っている産業の全産業に占める割合は付加価値額ベース(88年度末)で日本経済全体の約4割であり,特に建設,金融・保険・証券,電力・ガス・水道,運輸・通信といった非製造業の分野はほとんどについてなんらかの規制が行われている(第3-6-4表)。これらの分野の規制の経済的理由は,大きく分けて,情報の偏在・非対称性と自然独占が挙げられる。以下では,情報の非対称性の例として金融業を,自然独占の例として電気通信業について政府の規制のあり方を考えることとする。
(1) 情報の非対称性のケース―金融業
産業自体が競争的であっても,需要者が供給者に比較して,需要決定のための情報(価格,品質等)が十分でないという意味で情報の非対称性が存在すると,その結果として効率的な資源配分が達成できにくい。このような場合,供給者が情報面の優越性を濫用し,自己に有利な行動をとるといったモラル・ハザード等から需要者を保護する必要がある。銀行,証券,保険等の金融業等においては,このような観点からも規制が行われている。これらの産業では投資家(預金者)の財産を預かり,運用するため,虚偽の情報の提供や,不公正であったり過度にリスキーな取引が行われれば,投資家の被害は他の産業に比較して大きなものがあろう。投資家の保護を図るため,ディスクロージャーの推進,インサイダー取引・不公正取引の規制が必要である。しかし,その他の規制,例えば,金利,手数料,配当等に関する価格規制は必要最小限にするべきである。
(2) 自然独占のケース―電気通信業
自然独占については,資源の稀少性や技術の特性により最終的には独占が発生してしまうため,自由競争を行わせると競争に破れた企業の投資は無駄になり,生き残った企業は独占的価格設定を行うため,経済的な非効率が発生する。このため,参入規制を行い特定の企業に事業機会を確保する一方,適正な価格水準に価格を規制し,資源の効率的配分を図ることがその規制の目的である。自然独占の発生の理由としては,ネットワーク・システム供給を前提とした生産,流通面での規模の経済性,範囲の経済性とそれに伴う大きな埋没費用(サンク・コスト)が挙げられよう。具体的には公益事業(電気・ガス・水道),電気通信,鉄道等である。
自然独占の場合,規制の必要性は異論のないところだが,政府が最適に規制できるとは限らず,政府の失敗,規制の失敗が発生しうる。特に,政府と規制対象企業との間で,政府が規制対象の企業のコスト等の情報を熟知していないという情報の非対称性・偏在が存在する場合,最適な規制が行われない。また,自然独占という根拠も,自然独占を発生させる技術特性が技術革新等で変化しうるため,環境の変化に応じ,見直されるべきものであろう。
最もいい例が電気通信分野である。この分野は,技術革新の進展に伴って,従来の大規模ネットワーク・システムにかわって,マイクロ・ウエーブや光ファイバーケーブルといった比較的低コストの伝送路の出現や端末機器の技術革新等により小規模のネットワーク・システムの構築が容易となったこと,また,多種多様な電気通信サービスの提供要求,複数のネットワークの接続を可能とする技術的条件の整備等が規制緩和のきっかけになったと考えられる。以下,日本における電気通信分野の規制の現状と規制緩和の進展についてみてみよう。
(電気通信業の現状と規制緩和の進展状況)
日本の電気通信業は多くの諸外国と同様に創業以来全国一元的に運営されてきたが,これは,電気通信事業が上記のように基本的に自然独占の条件を備えており,特に,電話等のサービスが国民生活に不可欠なため広く公平かつ安定的に供給する必要といった公共財的性格も持合わすためである。しかし,通信技術の進歩や通信需要の拡大等を背景とした世界的な規制緩和の流れの中で,日本でも,70年代以降,段階的に規制緩和が行われ,85年には抜本的な規制緩和が行われた。この改革では,①回線利用が自由化されるとともに,②これまで電電公社,KDDにより独占的に運営されてきたネットワーク自体の提供サービスにも競争原理が導入され,新規参入が可能になり,③電電公社の民営化が行われた。現在,この改革から7年が経過しているが(92年4月1日現在),通信回線を自ら保有してサービスを提供する第一種電気通信事業へ68社(以下,これらの新規参入企業をNCCと称する),第一種事業者から回線を借りてサービスを提供するVAN等の第二種電気通信事業者は,1,023社にのぼり(第3-6-5表①),大幅な新規参入が図られているといえる。
それでは,このような新規参入が電気通信市場にどのようなインパクトを与えてきたかを,第一種電気通信事業者の行う基本サービス市場(電話サービス等情報の内容を変えずに伝送するサービス)を中心にみることにする。まず,第一種電気通信事業者の収入をみると( 第3-6-5表②),NTTが9割を超えるシェア(93.4%)を占めている。これは,収入の大きなシェアを占める電話サービスにおいて依然としてNTTが圧倒的なシェアを占めているためであるが,これには,電話サービスの中でも市内電話サービスについては,市内網の構築には膨大な埋没費用を要し,規模の経済が大きいため実質的には独占状態が続いていること,NCCがサービスを提供する場合,NTTが独占している市内網と接続する必要があるため,そのためのコストやネットワーク,技術等の情報上の面でハンデキャップがあることも影響しているとみられる。ただし,比較的新しいサービスである自動車電話,無線呼出しではNCCが3割程度のシェアを持っていることが注目され,このようなサービスでは特に,NTTとNCCの間の競争が激しいことが予想される。
また,規制緩和の影響を通信料金の変化でみると(第3-6-5表③),いずれのサービスについてもNCCはNTTよりもかなり低い料金で新規参入を行い,これに対抗する形でNTTも値下げを行うとともに,経営の合理化,効率化が図られ,両者において料金の顕著な低下がみられ,新規参入が競争を活発化させたといえる。現在では,NTTとNCCとの料金格差は,かなり縮小しているとみられる。これら以外にも,深夜割引制度の拡充,月極め割引サービスの導入といった料金体系の多様化やVANやデータ処理といった高度情報社会に向けてのサービスの多様化も規制緩和の成果であろう。
以上のように電気通信業での規制緩和に伴う競争の増大とその成果は積極的に評価することができる。今後の検討課題としては,技術革新の進展に応じて規制のあり方を不断に見直していくことと同時に既に指摘したNTTとNCCの競争条件の格差を縮小させていくことが重要であろう。
(3) 今後の政府規制のあり方と規制緩和の推進
これまでみてきたように,政府が直接的な経済的規制を行っている産業分野は経済的根拠(情報の非対称性,自然独占等)があるが,そのような根拠も技術革新等の経済的環境変化により常に見直しが要求されているといえる。また,規制の方法も規制根拠である市場の歪みをできるだけ直接的に是正することを基本とするべきであり,必要以上の参入規制や価格規制は市場の競争メカニズムを損ない,生産性の低い企業を温存するとともに,企業側には超過利潤が発生し,消費者の負担を高めることになる(政府の失敗)。ほとんどの分野でなんらかの規制が行われている非製造業においてこのような規制の失敗が起こっていないかどうかを検討し,今後とも規制緩和を推進していくことが重要である。
3. 社会資本の供給と市場経済の関係
消防,国防,警察等に代表される公共財は,そのサービスの利用の排除困難性,集団性という性格を有するため,市場の失敗が生じる。このため,市場メカニズムにその供給を任せることはできず,政府が公共財を供給する必要がある。一方,社会資本については,排除が必ずしも不可能ではないので,受益者負担の原則がある程度適用できるという意味で純粋な公共財とはいえないもの(準公共財)もあるが,必需性が高く各人に等しく安定的に供給されるべきものについては政府はその供給に大きな役割を担っている。
社会資本は国民生活の質の向上,多極分散の促進と国土の有効利用,経済・社会の長期的な発展のために不可欠な基盤であり,その整備は分野や地域ごとの特質,時代の要請等に応じて,公的主体と民間主体とが分担しつつ,整備内容や重点の置き方を変化させながら進められてきており,平成2年6月,「公共投資基本計画」が策定され(第1章第7節参照),また,「生活大国」の実現を目指して社会資本整備が進められているところである。
社会資本には,多様なものが含まれるが,交通通信分野の社会資本は,市場経済が有効かつ効率的に機能するための「器」という意味で重要であるので,その役割及び供給のあり方を考えることとする。
まず,交通通信分野の社会資本が市場経済の「器」として重要なのは,道路,鉄道,空港,港湾,情報通信関連施設等が,モノ,ヒト,情報の流れの量的拡大,高速化を可能にすることにより,他分野の社会資本とともに民間の経済活動の生産要素の1つとして生産性・効率性を高める働きがあるからであり,一国の経済発展とも密接に関係している。
日本の社会資本整備の歴史を振り返ると,戦後間もない時期は食料確保のための農林漁業基盤の整備及び治山治水対策に重点がおかれ,交通通信分野のシェアはまだ小さかったが,高度成長期に入ると,道路,鉄道,港湾,通信に対する投資が急増し,中でも,60年代を通じてモータリゼーションの急激な進展や通信需要の増大に対応して,道路と通信基盤に対する投資が顕著な増加を示した。一方,国民生活と密接に関連する社会資本については,高度成長期の後半から,生活環境の改善,向上を図るための投資も拡充された。
経済成長と社会資本との関係は既に指摘した市場経済の「器」としての生産性を高める効果と,社会資本整備のための投資や他の需要への波及が成長に寄与する効果があるため,両者を区別して論じるのは難しい。しかし,70年代初頭までの高度成長期に社会資本ストック全体の伸びが高まり続け,交通通信分野を含めた社会資本が全体として高成長に大きく寄与したと考えられる(第3-6-6図)。
次に,社会資本の整備に対する投資のうち公共投資に着目し,各国との比較可能な一般政府分の公的固定資本形成のGNP比をみると(第3-6-7図),80年代に入ってから低下してきているものの,欧米諸国と比較して日本のそれは一貫して高い水準にある。このような努力により,日本の社会資本の部門別にみた整備水準も着実に向上してきた。しかしながら,社会資本整備の歴史はまだ浅いこと等から,欧米諸国に比べ未だ整備が立ち遅れているものも少なくない(第3-6-8表)。これまでその遅れがしばしば指摘されてきた下水道,都市公園といった生活環境に係る分野のほか,交通通信分野に関しても,道路については,高速道路の延長距離は依然としてかなり低い水準に止まっており,空港の規模をみても,主要空港の規模は主要国の中でも狭い部類に入っている。大都市圏等において圏域内の交通施設の容量不足により,通勤・通学の混雑,交通渋滞等が問題となっている中で,日本の物流システムの特色の1つである小口多頻度配送も消費者のニーズの多様化から今後とも需要が増大することが見込まれることから,一極集中是正や輸送の効率化と併せた交通施設の一層の充実が必要である。また,広域的な生活圏相互を結ぶネットワークの整備を進めていくことも重要である。さらに,グローバリゼーションの進展により,空港,港湾機能やそれらと主要都市間のアクセスについても一層の整備が求められていることはいうまでもない。
一方,欧米諸国の中でも交通通信分野を中心とした社会資本の水準は比較的高く,その多くが更新期を迎えつつあるアメリカにおいては,社会資本の整備の投資が不足し,大部分の社会資本が建設されてから20年以上経過する等社会資本自体が老朽化しており,これがアメリカ経済の生産性の低下を招いているとの指摘がされている(「社会基盤の再建」(米国連邦議会技術評価局(1991)))。
アメリカの社会資本の水準を一般政府固定資本ストックのGNP比率でみると,特に80年代以降低下傾向にあり,また,政府と民間の資本ストックの比率をみても大きく低下してきており,両者の指標とも日本と対照的な動きを示している(第3-6-9図)。アメリカのように社会資本の整備の進んでいる国においては,一般的に社会資本整備における政府の役割が相対的に小さくなっている面もあると考えられるが,社会資本整備が経済活動に比し停滞していることは否めない。これは,連邦政府が大幅な財政難に陥っていることが大きな理由だが,連邦の州・地方政府に対する補助金プログラムが建設費主体であり,維持管理については不備であるといった制度上の問題も影響している。ハイウエイでは,建設費や大規模の改修には連邦の補助が得られるものの,通常の維持管理の多くは補助がでないため,州・地方政府には補助が得られるまで老朽化するに任せるといったインセンティブが働いていたといわれる。また,ハイウエイ支出の財源の約半分はガソリン税収入によるものであるが,同税の収入はガソリン消費量に依存する税構造となっている。しかしながら,ガソリン消費の頭打ちを背景に税収入が伸び悩んでおり,ハイウエイ支出を抑制させている背景となっている。
日本についても今後は蓄積されてきた社会資本ストックの耐用年数の経過に伴い,21世紀初頭には交通通信分野を含め大量の更新需要の発生が予想される。さらに,社会のニーズの変化やそれに適合した技術革新の進展によっては更新時期が早まったり,その需要が増大する可能性もあろう。また,もともと社会資本の更新はそのサービスの公共性,依存度から,その利用の停止が難しい面があること等も考慮すると,社会資本の良好な維持管理を継続させていくためには,予め更新を十分念頭においた社会資本整備を行っていくとともに,更新時期を的確に判断し効率的な更新を行っていく必要がある。
このように,「公共投資基本計画」を着実に推進していく中で,交通通信分野を含めた社会資本整備は市場経済の「器」を整え,経済の長期的な発展の基礎固めを行っていくためにも重要であるといえる。
4. 情報の生産者・供給者,コーディネイターとしての政府の役割
これまでみてきた政府の役割は程度の差はあれ,法律や具体的な経済手段(補助金,税制等)に基づいた介入を扱ってきた。このような役割を仮に「ハードな役割」と呼ぶとすると,その一方で,直接的な拘束力はないものの,企業や消費者の行動に影響を与えるような政策が考えられ,これを「ソフトな役割」と呼ぶことにしよう。ここで念頭においているのは,例えば,経済審議会における「経済計画」であり,産業構造審議会の「ビジョン」である。これらは,将来の望ましくかつ実現可能な経済社会の姿,または,産業構造の姿や政策課題を示すことにより,市場経済メカニズムに委ねつつも,望ましい経済社会,産業構造への調整が円滑に図られることを意図したものと言える。また,警告や助言を中心とした独占禁止法の運用の仕方も実際には多分に「ソフトな役割」の色彩が強いといえる。
現実の経済では,消費者や企業といった個々の経済主体は合理的に行動しても,お互いの間で情報の交換や意思の疎通が十分でないため,非効率性が発生し,それぞれの利益,ひいては,社会全体の厚生が低くなってしまう場合がある(「囚人のジレンマ」のケース)。この場合,第三者が仲介して適切な情報を提供し,シグナルを発信すれば,それが民間各層でのコンセンサス作りに役立ち,各民間経済主体がお互いの厚生をも考慮に入れて行動することを助け,経済全体の厚生が高まる場合がある。例えば,需要が弱くなってくると,各企業は投資を行うインセンティブが薄れ,それが更に需要の落ち込みを生む場合がある。しかし,政府が政策的な手当てを行うシグナルを送れば,企業は投資を行い,経済全体の厚生を高める場合もあろう。つまり,政策自体よりは,シグナル等を通じた政府のコミットメント,政府への信頼性が重要な役割を果たしているのである(アナウンスメント効果)。日本の場合,公務員自体がほとんど生え抜き採用され各省庁の政策には継続性があり,政権が代わると官僚の多くが入れ代わり,政策決定においても議会や州・地方政府の権限が強いといわれるアメリカとは対照的である。日本の場合,この継続性が政府への信頼性を高めることにより,「ソフトな役割」を果たし,政府と民間の間の情報の偏在の問題を解決し,より効率的な政策を行うことを可能にしてきたと考えられる。
「ソフトな役割」は上記の「経済計画」や「ビジョン」以外にも,通達等を通じたいわゆる「行政指導」も含むと考えられ,これらは上記のような政府と民間の関係を前提に政策の柔軟性を高める効果もあったと考えられる。しかしながら,ルール依存型ともいえるアメリカの規制に対し,日本の行政指導等を中心とした関係依存型の規制等は第三者からみれば不透明な側面もあり,また,政府と特定の民間の情報面の効率性を高め,意志疎通がうまくいっても,その関係が外からみてブラック・ボックスになってしまえば,政府と民間の馴れ合い,癒着がおこる可能性が大きい。この場合,上記の政府への信頼性は損なわれ,アナウンスメント効果も働きにくくなることに留意する必要がある。このため,特に行政指導については,臨時行政改革推進審議会の「公正,透明な行政手続,法制の整備に関する答申」(91年12月)に示されているように,その目的,内容,責任者等を明らかにして行うという明確化原則の下,行政指導の透明性,明確性の確保を図ることが重要である。
以上,政府の「ソフトな役割」は日本経済の効率性を高めてきたが,一方で,それが常に第三者に対しても透明性の高いものであるように十分注意が払われるべきであろう。
5. 「産業政策」
以上の各セクションでは,市場の失敗とそれに対する政府の対応のあり方をみてきたが,ここでは,これまで諸外国から日本の経済的成功の原動力として注目されてきている,戦後の日本の「産業政策」についてより広い観点から概観してみる。「産業政策」について確立した定義は存在しないが,一般的に,次のように説明できる。すなわち,産業活動はもとより自由競争が基本であるが,市場メカニズムに任せたままで政策的に望ましい状況に到達できない場合や,産業の活力を積極的に引き出す必要がある場合に,望ましい方向に誘導するために,政府が直接的・間接的に産業活動に対して行う各種の政策が総称して「産業政策」と呼ばれるのである。「産業政策」を類型化すると,①産業構造政策,②産業組織政策,③産業立地政策,④技術開発政策,⑤エネルギー政策,⑥流通政策,⑦中小企業政策,⑧通商政策などがある。現在の産業政策は,ビジョンの提示等に代表される間接的・誘導的な政策体系を基本としているが,これまでの日本の産業政策は,その時々の経済の発展段階や国際社会における日本の経済的地位等を踏まえ,その手法を柔軟に変化させながら,その時代の課題に積極的に応えてきた。
以下,戦後の産業政策の歴史を簡単に振り返ってみる。
(1) 復興期(1945~50年代)
(傾斜生産方式)
第二次世界大戦後の経済復興期においては,産業の復興により経済自立基盤を確立することが課題であった。そのため,原材料,外貨等の限られた資源を石炭,鉄鋼といった基幹産業に重点的に分配する「傾斜生産方式」を採用した。
(企業合理化)
次に,50年代においてはドッジラインによるデフレ等に対処するため,「企業合理化」を積極的に促進することになった。企業合理化においては,かつての傾斜生産方式が,石炭業,鉄鋼業に属する企業であればその能率いかんにかかわらず,全ての企業を政府支援の対象としていたのに対し,同一産業内でも能率や生産コストの良好な企業に資産,資材を集中し,国際競争力に耐えうる企業の育成を狙ったものである。これを受けて,この時期,多くの企業が合理化のための設備投資に乗り出すことになった。
(2) 高度成長期(60~70年)
(重化学工業化)
高度成長の時代であった60年代においては,乗用車,石油化学,機械,電子機器などの代表的な重化学工業に関し,法律や閣議決定により保護育成する方針が打ち出され,各種の事業特別措置法が制定,施行された。しかし,激化する国際競争の下で,経済成長を支えていくためには個別の対応だけではなく,さらに積極的に主導するための理論を打ち出すことが求められた。
これを受けて,産業構造調査会により63年に産業構造の長期ビジョンが初めて策定され,国際収支制約の天井を引き上げ,高い経済成長を実現するための方策として「産業構造の重化学工業化」が提唱された。この答申は「60年代ビジョン」と呼ばれ,これ以降10年ごとに産業政策のビジョンが作られることとなる。
産業界でも,重要技術を海外から導入し,設備投資を積極的に推進し,鉄鋼,石油化学,機械産業などの重化学工業が目覚ましい成長をみせた。政策的にも,重化学工業に対して,日本開発銀行による優先的資金供給,特別償却等の税制措置等の支援策が講じられ,大いに成果をあげた。
(国際競争力の強化と貿易の自由化)
さらに,60年代前半に産業政策に課せられたもう一つの要請は,国際競争力の強化である。政府は,将来予定されていたIMF8条国への移行,OECDへの参加に備えるために貿易の自由化は不可避と判断し,60年6月,「貿易・為替自由化計画大綱」を決定,3年間で自由化率を40%から80%にすることを約束した。
おおむね60年代までは,多くの品目における輸入制限や輸出振興のための税制措置等が講じられていたが,例えば,普通鋼については61年に,カラーテレビについては64年に,乗用車についても65年にはそれぞれ輸入制限を撤廃し,税制面からの輸出振興措置であった輸出所得控除制度についても64年には廃止するなど,70年頃までには保護的な産業政策は終了した。
(産業政策の手法と変化)
以上のように,戦後から高度成長期の初期にかけては,重要産業に対する政策金融,税制措置等の直接的な政策措置が積極的に講じられてきたが,その後は,そうした直接的な支援措置は少なくなり,代わって,ビジョンの提示に代表される間接的・誘導的な政策手段の重要性が増大してきている。また,政策金融・政策税制についても,呼び水効果という観点から,特に必要がある場合に限り限定的に講じられている。
(3) 質的充実期(71年以降)
(知識集約化)
続く70年代は石油危機等の外的要因もあって日本経済が安定成長へ移行するに伴い産業構造も様々な変革を求められることになった。
こうした状況の中で,産業構造審議会は,71年5月に,「70年代ビジョン」を発表した。このビジョンは,重化学工業から新たに「知識集約化」を進めていく必要があると結論づけた。知識集約型産業の例として研究開発集約産業,高度組立産業,ファッション産業,情報処理産業をあげ,これらに属する産業が具体的に例示された。「知識集約化」の緊急性は石油危機以降一層高まり,70年代後半には大企業,中小企業を問わず広く普及するようになった。
政策的には,IC・コンピュータ等先端技術産業に対する金融上,税制上の支援措置,新エネルギー・省エネルギー技術開発の推進等を図り,公害規制に関しても積極的に取り組んだ。
(創造的知識集約化)
80年代のビジョンの基本理念は,「創造的知識集約化」であった。本ビジョンは,基本的には70年代ビジョンの理念を継承しているものの,今後は,導入技術ではなく,自主的な技術開発が重要であるという考え方から,「創造的」知識集約化を提唱し,あらゆる産業において,知識集約化を積極的に進めるべきとした。
70年代ビジョンと基本的な相違点は,60年代や70年代ビジョンでは,ある一定の基準のもとに将来伸ばすべき産業分野を示し,それへの投資を誘導することを狙ったのに対し,80年代ビジョンでは,特定の産業を選びだすことはせず,むしろ鉄鋼や化学,繊維なども含め,全ての産業がその内部で知識集約化を進めるべきことを提案したところにあった。
政策的には,次世代革新技術,代替エネルギー技術などの大規模プロジェクトにおける技術開発の推進,技術先端的産業の高度化を推進するための金融・税制措置などを講じた。さらに,国際競争力を失った産業の円滑な縮小の推進等も提唱した。
(基礎素材産業対策の推進)
そのような中で80年代の前半の重要課題の一つは,第2次石油危機により構造的困難に直面した産業の縮小と活性化であった。このため,83年に特定産業構造改善臨時措置法(「産構法」)が5年間の時限措置で制定され,石油化学など基礎素材産業を中心とした業種に対し,設備処理,事業提携,活性化設備投資,技術開発などに関する支援措置が講じられた。
(国際協調型産業構造の構築)
80年代の中葉は,急激かつ大幅な円レートの高騰及びその後の円高の定着,大幅な対外不均衡の継続等を背景に,内需を中心とした国際協調型の産業構造への転換の必要性が強く認識されるに至った。
こうした中で国際協調型産業構造への転換を円滑に進めることを目的として,87年4月に「産業構造転換円滑化臨時措置法」が制定されている(96年までの時限措置)。これは,市場メカニズムをより重視するとともに,地域の活性化を大きな柱とし,①過剰設備の処理,事業転換・新分野の進出,及び②疲弊した地域における活性化のための支援措置を講じるものである。
(90年代の産業政策)
90年7月に策定された90年代ビジョンの中で,90年代の産業政策に係るものについては,市場メカニズムが適正に働くための環境条件の整備という従来の基本路線を維持しつつ,①国民生活の重視,②経済効率から経済・社会効率へ,③国際的調和を目指した産業活動の確立,④長期的発展基盤の整備という視点に立って推進していくこととされている。
以上のように,戦後の日本の産業政策においては,日本の国際社会での位置付け,産業の発展段階等を踏まえ,その時々の政策課題の解決に向けて,その目標,手法を柔軟に変化させてきているが,自由主義経済の下で民間企業の自由な企業家精神と活力を基本としつつ,市場メカニズムが適正に働くための環境条件を整備するということが基本理念として一貫されてきた。戦後の日本の経済発展に産業政策が一定の寄与をなしたと評価されているが,成功の要因としては,このような基本的考え方があったことを銘記すべきであろう。
(4) 他の諸国の「産業政策」―フランスとアメリカの例
フランスでは60年代から,国家主導の下で,世界市場でアメリカ等の企業と競争できる「国家的チャンピオン」と呼ばれる企業を育成するため,企業の合併,国産製品の購買の奨励を行ってきた。80年代以降は「産業政策」が研究開発に重点を移しつつあるものの,社会主義政権の下で企業の国有化を大幅に進めた時期(81~84年)もあり,フランスは強い中央集権的政治体制下で欧米諸国の中でも最もはっきりした形で政府の主導による「産業政策」が行われてきたといえる。研究開発費の政府使用の割合をみても他の先進諸国に比較して高い水準(26.4%,83年度)を示している(第3-6-10図①)。
アメリカの場合,これまで,イデオロギーとして自由市場経済の旗を掲げてきただけに,「産業政策」のような政府の介入は退けてきたと言える。しかし,例外的な分野の1つに国防・宇宙産業がある。他の先進国と比較してアメリカの産業部門における研究開発費のうち,政府の負担分はかなり大きく(23.8%(90年度),第3-6-10図①),また,政府の科学・技術関係の予算に占める国防・宇宙分野の割合がフランスと同様に圧倒的に高い(71.2%(90年度),第3-6-10図②)ことから,政府の介入の大きさがうかがわれる。
6. 証券業における競争の促進
91年の6月以来明るみに出た証券会社による特定顧客に対する損失補填などの一連の不祥事は,内外の一般投資家の証券市場の公平性・健全性に対する信頼感を大きく損なったばかりではなく,特定の顧客だけ有利な扱いを受けたのではないかという不公正感を国民に広くもたらすことになった。国民の信頼を一刻も早く取り戻すことが急務となる中で,「証券取引法及び外国証券業者に関する法律の一部を改正する法律」が91年10月5日に公布された。さらに,92年1月に「証券市場における適正な競争の促進等について」(以下,「証取審報告」(92.1))が取りまとめられた。
(損失補填の経済的意味)
損失補填が問題になったのは,法人や大口投資家等の特定の顧客のみが不透明なルールの下で有利な取扱いが行われたからであるが,もともと証券会社が投資家のリスクを軽減するような取引又は商品を開発・提供することは当然のことであり,オプションや先物などの商品はその代表例である。重要な点は,これらの商品の取引は明確なルールの下で行われており,投資家は自らのリスクを軽減するための負担をおわなければならないことである。したがって,損失補填の行為が投資家のリスク軽減を意図したものであるとすれば,その行為そのものよりはこれが不透明なルールの下で個人,小口投資家に不公正感を引き起こす形で行われたことがまさに問題なのである。さらに,そもそもこのような行為は証券市場における適正な価格形成機能を歪めるという意味において適当ではない。
(損失補填の背景)
証券会社がなぜ損失補填を行うこととなったのか。その原因としては,当時の右肩上がりの相場環境の下で,一部証券会社の営業姿勢に行き過ぎがあったことや投資家の側の自己責任原則の認識が不十分であったこと等があると考えられるが,更に,その背景には証券市場における競争が十分ではなかったという指摘もある。
証券会社については,68年に免許制に移行して以来,外国証券業者(49社)を除いて新規参入がない。この下で,大手証券会社(4社)は株式についてみると(第3-6-11図),流通市場(株式売買高)におけるシェアはかつては4割から5割程度であったが,近年漸減傾向にあり,直近(92年3月期)においては約3割にまで低下している。一方,発行市場(株式引受高)では,近年やや漸減傾向にあるものの依然として7割程度のシェアを占めており,発行市場を中心に証券市場における有効かつ適正な競争が必ずしも十分ではなかったと考えられる。
また,これを流通市場の面からみると,特定の大口顧客に対するサービス提供が損失補填という不透明な形で行われたことは,流通市場における競争が必ずしも適正な形で行われていなかったと考えざるを得ない。
(競争促進のための政策)
したがって,証券市場における有効かつ適正な競争の促進を図る観点から,証券市場への新規参入を積極的に図る必要がある。そのために,第一に免許制度については,既存業者の保護に偏る結果となることがあってはならず,免許基準の具体化,明確化を図るとともに,免許申請に係る審査についても透明性を向上させ,積極的に証券業務への新規参入の実現を図ることが必要である。こうした観点から,「証取審報告」(92.1)では,免許基準の具体化・明確化の方向が提示された。
証券市場の競争の促進についてのもう一つの視点は,縦割りの金融制度の見直しである。92年6月に成立した「金融制度及び証券取引制度の改革のための関係法律の整備等に関する法律」では,銀行が証券・信託業務に,証券会社は銀行・信託業務に子会社により参入できることとし,利益相反等の弊害を防止するための措置としては,親銀行・証券子会社間の役員の兼任の禁止,証券会社が親子会社を証券取引上優遇することの禁止等が定められた。
第二に,証券界における適正な競争の促進を図るためには,新規参入を促進するとともに,固定手数料体系についても見直しを行うことが必要である。
その検討にあたっては,75年に委託手数料の自由化を行ったアメリカ(68年から段階的に自由化を開始)や86年に自由化を行ったイギリスにおいて,自由化を基本的には評価しつつも,それが投資家の投資行動,証券会社の業務活動等を含めた証券市場の構造全体に様々な影響を与えたとの指摘がなされていることを考慮する必要がある。
例えば,アメリカ,イギリスにおいて固定手数料制から交渉手数料制に移行した結果,機関投資家向け等の大口取引にかかる手数料は大幅に低下している。一方,個人投資家向け等の小口取引にかかる手数料は,例えばアメリカの場合,1株当たりでみると上昇しているが,売買代金当りでみると低下している(アメリカの場合,段階的自由化の過程で,個人投資家にかかる固定手数料が約2倍の水準に引き上げられているという点も併せ考慮する必要がある。)。このように,委託手数料の自由化後手数料水準がどのように変化するかについては,大口取引についてはかなり低下することが予想されるが,小口取引については,諸外国の例等を参考にすれば手数料が上昇するのではないかという指摘が一般的であるが,明確な予想を行うことは難しい。
アメリカ,イギリスにおける手数料自由化後の証券会社の業務展開についてみると,いわゆる「ディスカウント・ブローカー」が台頭する等自由化により顧客に対するサービスの多様化が図られる一方,証券会社が小口投資家向けの売買取次業務から採算上の理由で撤退した例がかなりあるとの指摘もなされている。
また,アメリカにおいては,総収入に占める上位8業者の割合が75年以降やや高まり(75年31%→80年39%),証券会社の寡占化が進んだのではないかとの指摘もあるが,この点については,少数特定の大手業者による寡占化が進んでいるというわけではないとの指摘もある。
いずれにしても,既に委託手数料の自由化を実施している諸外国において自由化後に生じた問題が手数料の自由化のみによってもたらされたものか等については,必ずしも明らかでない。また,諸外国において生じた問題点が,そのまま日本においても該当するかという点についても,同様であり,日本の委託手数料の自由化を考える場合,日本の実情に応じた自由化のあり方を考える必要がある。
以上の点を考慮すれば,委託手数料の自由化の実施にあたっては,「証取審報告」(92.1)にも示されているように,比較的問題の少ないと思われる大口取引に係る手数料について自由化を図り,それが証券市場に与える現実の影響を十分見極めつつ,その後の自由化への展望を探ることが必要であろう。
(投資家の自己責任原則と保護の両立)
最後に,投資家の自己責任と保護の問題について考えてみたい。まず,証券取引は,本来,投資家自らのリスクと責任において行われるべきものであり,公正な取引を実現するためには自己責任原則の重要性が再認識される必要がある。一方,一般的に投資家に比較して証券の発行者や取扱い業者はより多くの情報を持つため,その情報の優位性を乱用すれば投資家が不利益を被る場合があり,その可能性は大口の機関投資家よりも小口の個人投資家の方が大きいと考えられる。証券市場の透明性を高め,投資家の保護を図るためには,インサイダー取引等不公正取引の規制とともに,リスク管理は自己責任を原則とする中で,今後ともディスクロージャー制度(投資家が適切な投資判断を行うために必要な情報の開示)を整備していく必要があると考えられる。