10. 労 働
(1) 労働力需給
(引締まり基調で推移した労働力需給)
1989年度の労働力需給が前年度に引き続き大きく改善し,有効求人倍率が89年度平均で1.30倍と,1973年度以来の高い水準となったことは本文でみたとおりである。これを四半期別(季節調整値)の動きでみると(第10-1表),90年1~3月期には1.35倍となるなど,13四半期連続の上昇となった。また,新規求人倍率は89年度平均で1.93倍,90年1~3月期には2,02倍となっている他,パートタイムの求人倍率は,89年度は新規3,98倍,有効3.93倍となっている。このように,89年度を通じて労働力需給は引締まり基調で推移した。
89年度の新規求人数は,前年度比7.7%増と87年度(同23.9%増),88年度(同23.6%増)に比べて増勢が鈍化した。学卒・パートタイムを除く新規求人について,産業別にみると,サービス業で前年度比12.5%増となった他,運輸・通信業同9.7%増,製造業同8.2%増,卸売・小売業,飲食店同6.7%増,建設業同2.4%増となるなど,高水準ながら,その伸びは大きく鈍化している。
一方,89年度の新規求職者数は前年度比9.2%減と88年度(同8.9%減)を上回る減少幅となった。
(企業の人手不足感は高水準)
このように労働力需給の引締まり基調が続くなかで,本文第1-3-9図で示したように,日本銀行「企業短期経済観測」(90年5月調査)により全国企業の雇用人員判断D.I.をみると,各業種,各規模とも人手不足感が高くなっている。そこで,産業別の欠員率(雇用者数に対する新規求人数の割合)と単位労働コスト(生産物1単位に投入された賃金コスト)の推移をみてみよう(第10-2図)。87年以降,景気が拡大するにつれて,各産業とも欠員率の上昇がみられ,特に建設業は2%強の水準に達している。しかし,89年度では,製造業,運輸・通信業は緩やかな上昇傾向となっているものの,建設業,卸売・小売業,飲食店,サービス業は高水準ながらやや頭打ちとなっている。
一方,単位労働コストをみると,サービス業,運輸・通信業,卸売・小売業,飲食店,製造業では,87年に低下した後,総じて88年から89年央まで上昇傾向がみられるものの,サービス業を除いて,それ以降やや頭打ちとなっている。
また,建設業では86年第3四半期以降低下傾向となっている。建設業の85年度から89年度までの動きをみると,賃金総額(雇用者数×一人当たり現金給与総額)の伸びがこの間33.3%増であるのに対して,施行高指数の伸びは61.9%増にも達している。
次に労働省「労働経済動向調査」(90年5月調査)で産業別に職種別の人手不足事業所割合をみると,製造業では「技能工」(不足事業所割合55%),「単純工」(同55%)が,卸売・小売業,飲食店では「販売」(同54%)が,サービス業では「サービス」(同74%)を人手不足とする事業所割合が高い。このため,中途採用実施事業所割合も90年1~3月期実績で製造業63%,卸売・小売業,飲食店57%,サービス業72%と高水準となっているが,一方,充足率は低い状況にある。こうしたことから,「省力化,合理化」を主たる目的として設備投資を行う事業所の割合が高くなっている。
(2) 雇用・失業情勢
(労働力人口は大幅に増加)
89年度の労働力人口は前年度差116万人増(前年度比1.9%増)の6,302万人と67年度(同2.O%増)以来の大幅な増加となった。男女別には男子が48万人増(1.3%増),女子68万人増(同2.7%増)と女子で著しい増加となっている。また,89年度の労働力率は男子(77.O%)が前年度差横ばいに対して,女子(49.7%)が0.7%ポイントと大幅に上昇した結果,63.0%となり,前年度を0.4%ポイント上回った。なお,労働力率が前年度を上回ったのは83年度以来である。本文でもみたとおり,女子の労働力率の高まりが労働供給の拡大の大きな要因となっている。
(完全失業率はさらに低下)
就業者は89年度6,163万人,前年度差127万人増(前年度比2.1%増)と,88年度(同1.7%増)の伸びを上回り,67年度(同2.1%増)以来の高い伸びとなっている。雇用者も89年度4,711万人,前年度差139万人増(前年度比3.0%増)と2年続けて100万人以上の増加となっている。産業別に雇用者の動きをみると,サービス業前年度差50万人増,製造業同28万人増,卸売・小売業,飲食店同27万人増,建設業同13万人増となるなど,ほぼ全産業で堅調に増加している(第10-3図①)。男女別,雇用形態別では,女子(前年度差79万人増),常雇(非農林,同123万人増)での増加が大きい。
こうした旺盛な労働力需要を反映して,89年度の完全失業率は前年度の2.4%から更に低下し,2.2%と81年度(2.2%)以来の水準となった。四半期別(季節調整値)にみると,89年前半は2.3%,後半は2.2%で推移した後,90年第1四半期には2.1%と80年第3四半期以来の水準となっている。男女別にみると,男子は前年度差0.2%ポイント低下,女子は同0.3%ポイント低下し,89年度は共に2.2%となった。
89年度の完全失業者数は139万人で前年度差11万人減と88年度より減少幅(同20万人減)は縮小したものの,2年続けて10万人以上の減少となった。男女別にみると,男子が前年度差5万人減(88年度同16万人減),女子が同6万人減(88年度同4万人減)と女子の減少が大きい。求職理由別にみると,非自発的離職失業者が6万人減,自発的離職失業者が3万人減,学卒未就職が1万人減,その他(家庭の主婦等新たに職を探し始めた者)が3万人減となっている。非自発的離職失業者は,88年度に13万人減少(うち男子11万人減)しており,景気の拡大が続くなかで,男子を中心とした非自発的離職失業者の減少が完全失業率の低下に大きく寄与したことがわかる。さらに,特に89年度においては,本文でもみたように,失業を経ない形での転職や非労働力からの就業の増大も完全失業率の低下要因となっているとみられる。
また,年齢別に完全失業率をみると,88年度に続き,すべての年齢層で改善がみられたが,60~64歳層では4.2%と,前年度差0.5%ポイント低下しているものの,引き続き厳しい水準にある。
地域別に完全失業率をみると,89年度は北海道,東北,四国,九州で完全失業率の低下幅が大きい(第10-3図②)。85年度以降の動きをみると,各地域とも88,89年度と完全失業率の低下傾向がみられ,地域間のアンバランスは縮小してきているが,本文第1-3-6図にもみるように,依然として労働力需給のミスマッチが残されており,こうしたミスマッチを縮小させることが重要となろう。
(3) 賃金・労働時間
(高まった賃金の伸び)
89年度の現金給与総額は,前年度比4.8%増と81年度(5.1%増)以来の高い伸びとなった。これを給与項目別にみると,春闘の賃上げ率が民間主要企業平均(労働省調べ)で5.17%と88年度を0.74ポイン上回るなど,所定内給与は前年度比3.8%増(88年度同3.2%増)と伸びを高める一方,所定外給与は所定外労働時間の伸びの鈍化がら同5.2%増と前年度(同8.6%)を下回った。特別給与は,夏期・冬季賞与がともに80年以来の高い伸びとなったことがら,前年度比7.4%増と88年度(同5.6%増)より1%以上伸びを高めた。
産業別には,建設業(前年度比6.7%増),製造業(同5.5%増),運輸・通信業(同5.4%増),不動産業(8.6%増)などで伸びが高くなっているが,金融・保険業,サービス業,卸売・小売業,飲食店等では全体の伸びを下回った。本文でもみたように,賃金は全体としてみれば,落ち着いた動きとなっている。
なお,89年度の実質賃金上昇率は,税制改革に伴う一回限りの物価引き上げ効果等により消費者物価(持家の帰属家賃を除く総合)が前年度比2.9%上昇したことから,同1.9%増と88年度(同3.5%増)を下回った。
(労働時間は減少傾向)
89年度の総実労働時間は月平均173時間で,前年度比1.0%減と,88年度(同0.7%減)に続いて減少し,また,減少率は85年度以降最大となった。このうち所定内労働時間は157.3時間(同1.0%減)と過去最低の水準となった。所定外労働時間は景気の拡大が続き,雇用者数が堅調に増加していることもあり,89年度は15.7時間,前年度比0.6%増と伸び率は88年度(同5.6%増)から大きく鈍化した。総実労働時間が所定内労働時間を中心に88年度以降滅少傾向にある要因としては,本文でもみたように,88年4月の改正労働基準法の施行,89年2月の金融機関の完全週休2日制の実施,人手不足対策としての時間短縮の促進等が考えられる。
事業所規模別に総実労働時間等の推移をみると,中小規模事業所での時間短縮が進んでおり,89年度では30~99人規模,100~499人規模事業所の方が,500人以上規模事業所より総実労働時間は短くなっている。もっとも,これは,500人以上規模事業所の方が所定外労働時間が長く,しかも増加率が高いためであり,所定内労働時間,出勤日数は500人以上規模事業所が最も少なくなっている。また,中小規模事業所の間でも,100~499人規模事業所と30~99人規模,5~29人規模事業所では,88年度,89年度で時短の進展度合いが異なっている。これは,88年4月の改正労働基準法の施行に際して,週当たりの法定労働時間短縮の影響を相対的に多く受けたとみられる中規模事業所では88年度にある程度時短が進み,当面の週当たりの法定労働時間短縮について3年間の猶予対象となっている事業所が多いとみられる小規模事業所では,特に89年度に,景気の拡大が持続するなかで,人手不足問題への対応ということもあり,猶予期間終了前に時短を進めたものと考えられよう(第10-4図)。
なお,産業別に総実労働時間の動きをみると,金融・保険業が前年度比3.8%減と大幅に減少している他,電気・ガス・熱供給・水道業同1.5%減,建設業同1.2%減等,全産業で減少している。