第4節 グローバルな成果配分
ここでは,日本から海外,特に開発途上国への成果配分について考察する。
日本はいまや世界最大級の援助大国になったが,それが日本の経済力のグローバルな成果配分という観点からみてどのような経済効果を持つか分析し,今後の経済協力の在り方を考える。また,民間ベースのモノ,カネ,ヒトの国際交流を通じた成果配分と地球環境問題の解決など国際公共財の供給を通じた国際貢献について考える。
1. 経済協力を通じた成果配分
先進国が8年にわたる長期経済成長を続ける中で,開発途上国の成長テンポにはばらつきがでてきている。すなわち,アジアNIEsやASEAN諸国が総じて順調な経済発展を遂げる一方,アフリカや南アジアには,依然として飢餓・貧困に苦しんでいる地域がある。日本の経済協力は,こうした開発途上国の経済発展のためにどのように機能しているか,また機能すべきかをみる。
(経済協力の現状)
日本の経済協力の現状はどうなっているだろうか。88年の経済協力の実績(支出純額ベース)をみると,政府開発援助,(ODA),民間資金など合計214憶ドルとなっており,これはGNPの0.8%に相当する。
このうちODAは経済協力の中核であり,政府は,開発途上国の自助努力を支援し,発展に寄与することを基本理念としつつ,中期目標を設定してその充実に努めてきた。現在は,88年から92年の5年間で実績総額を500億ドル以上とする第4次目標にしたがって拡充が図られている。ODAの実績規模は,89年で90億ドル(対前年比1.9%減)で,対GNP比は0.32%となっており,89年の国際比較では世界一の援助大国となっている(第3-4-1図)。また,ODAの予算規模をみると,89年度予算では,一般会計だけで7,557億円,財政投融資を加えた事業予算全体では1兆3,698億円(回収金を差し引いた純額)であった。さらに,90年度一般会計予算では8,175億円が計上され,これに財政投融資計画等を加えた事業予算全体では1兆4,494億円に増加している。
近年,こうした援助の量的な急増に対して,ODAの「質的な向上」の必要性が強調される。その意味は多義的であるが,少なくとも二つの意味を持つと考えられる。第一は,グラント・エレメントの向上である。これは,贈与比率(ODAのうち無償援助の構成比)の上昇と,借款の譲許性の上昇によってもたらされる。日本は,贈与より借款によるほうが適当である場合の多いアジア諸国への援助を地理的,歴史的,経済的関係から重視してきたこともあってグラント・エレメントおよび贈与比率はDAC(OECD開発援助委員会)加盟諸国中最も低い水準に止まっている。しかし,最近は,アフリカのサブサハラ諸国など低所得国への無償援助も増加してきている。
第二は,効率性あるいは費用対効果の問題である。この点に関しては,まず,アンタイド比率の向上がある。調達先が広がれば一定の資金でより多くの物資やサービスを調達できる可能性があるためアンタイド比率の上昇は,援助の効率化につながりうる。日本の場合,借款は基本的に円ベースであるが,円借款の一般アンタイド比率は主要先進国中最も高い。無償援助については,一部を除いて原則として契約者は日本タイドとなっているものの,物資やサービスの調達先は日本以外の地域から行ってもよいことになっている。また,援助の実施体制や評価面でも近年効率性の改善が図られている。
(ODAの再分配効果)
さて,以上のような各種の援助によって,先進国と開発途上国との一人当たり所得格差はどの程度縮小しただろうか。
この点を,先進国の援助の供与額がそのまま被援助国のGNPに加算されると仮定した場合,どの程度の所得増に相当するかという形でみると,開発途上国のうちLLDC(後発開発途上国)については,87年で一人当たり GNPを12%引き上げることになる。この比率は,次第に上昇してきている。また,LLDC以外の諸国については,LLDCの場合よりGNPに対するインパクトは小さいものの,一定の所得移転効果は認められる(第3-4-2図)。
以上では,援助の1次的な効果のみを考え,援助を通じた所得移転により単純に1対1で途上国のGNPを増加させると想定している。しかし,波及効果を含めた援助のマクロ的効果は,援助がどのように使われるか(たとえば,滅税にまわすか,公共投資を行うか,物資を輸入するか等)で変わってくる。いま,供給面に制約が無いという条件の下で,公共投資に使用する場合を考えると,二次的な波及効果を含めてその乗数倍(援助乗数)だけ途上国のGNPが増加する。もし,減税に使えば乗数は公共投資の場合よりやや小さなものとなろう。また,援助資金で,輸入財を購入した場合には,海外への所得の漏れの分だけ,GNPの伸びは小さくなる。
一方,援助が供給面に与える影響も重要である。供給面については,援助が被援助国の資本ストックの増大に寄与し,また,技術進歩を促進させることを通じて,供給能力の面からも成長促進に貢献するからである。これは,次項で民間ベースの直接投資と併せてその効果を検討しよう。
もとより,以上の議論は援助が被援助国の平均的な所得を増加させる効果をみたものであって,これが各被援助国の所得分配に与える影響については自明ではない。開発途上国の中には,ある程度の経済成長を達成している国であっても,所得分配が不平等化し,国内の貧困層の生活水準が悪化しているところもみられる。援助が被援助国内の所得分配に与える影響を定量的に把握することは簡単ではないが,援助の評価を行う場合にはこうした点にも留意すべきであろう。
(経済協力充実への課題)
以上のように,日本の経済協力は,量的に急増しただけでなく,質的にも徐々に改善が図られ,開発途上国の「経済的離陸」に一定の役割を果たしているとみられるが,最近の世界情勢の変化や開発途上国の現状などからみて,なお次のような課題があると考えられる。
第一に,開発途上国の中で豊かな途上国と貧しい途上国との分極化がますます進んできており,日本の援助の地域配分も,これに対応したものにしていく必要があるという点である。特に,最貧国の飢餓と貧困への対応は,人道的な見地からみて,極めて緊急性が高いと考えられる。こうした点も勘案して,無償資金協力の拡充など引き続き,援助の質的改善を図ることが重要である。
第二に,技術協力の重要性である。従来は,「日本は金は出すが人は出さない」という批判が強く,これに対して,ヒトの面での援助が主体の技術協力を増加させてきているが,今後一層の充実が必要であろう。
第三に,援助の評価の重要性である。プロジェクトベースの事前及び事後のミクロ評価が重要であることはいうまでもないが,マクロ的な評価の重要性が高まっている。
第四に,国際公共財の供給に資するような協力の重要性である。特に,国際機関の財政基盤の強化と日本人職員の増加が必要である。
第五は,東欧諸国の支援という新しい課題の登場である。すでに二国間では,ポーランド,ハンガリーに対する融資等を開始しており,また多国間では,欧州復興開発銀行の創設等に積極的な役割を果たすことが期待されている。
第六は,累積債務問題である。中南米,アジアなどの開発途上国の累積債務問題は今もって解決していない。一次産品価格の堅調,低金利の継続等に助けられて,一時,累積債務問題は小康状態を保ってきたが,近年の金利の上昇などがあり,現在でもなお予断を許さない状態が続いている。このため,89年3月には既存債務の削減に主眼を置くブレデイ提案が発表され,7月のアルシュ・サミットでも経済宣言にこの趣旨が盛り込まれた。しかし,多額の債権償却を余儀無くされた民間銀行の間では,新規資金の供与を手控える動きもあり,今後に課題を残している。
2. グローバル化する経済活動と成果配分
経済活動のグローバル化あるいはボーダーレス化が急速に進展し,モノ(貿易),カネ(直接投資,証券投資などの資本移動),ヒトの国際間移動が活発化するにつれて,日本経済のオーバープレゼンスの問題もでてきている。こうした中で,民間経済部門の貿易,直接投資,技術移転等を通じた世界への貢献,特に開発途上国への経済協力の重要性が増している。前項でみたように,政府のODAも拡大しているが,財政資金にも自ずから限界がある以上,こうした民間ベースの経済協力とのコンビネーションがますます重要になっている。日本の民間経済活動は,開発途上国の需要の拡大と供給力の増加のいずれの面からもプラスの効果を持つことが期待されている。
(貿易を通じた国際貢献)
日本は,自由貿易体制の維持・強化をいわば国是として貿易を振興し,世界貿易に占める日本のシェアも,88年には輸入で6.7%,輸出で9.8%と高まってきている。自由貿易システムの下での貿易規模の拡大は,日本の産業や消費者のためになるだけでなく,相手国の企業や消費者のメリットにもなる。この意味で,開発途上国の経済発展への貢献として,輸入の中でも特に製品輸入を増やすことが必要である。
日本の輸入の拡大が,開発途上国の貿易と国民所得の増加にどの程度貢献してきたか,簡単な試算によってみてみよう。日本がアジア諸国(ここではASEANとアジアNIEs)からの輸入を行えば,定義的に日本の輸入の増加と同じだけアジア諸国の日本向け輸出が増加する。そうした対日輸出の,各国の経済成長に対する寄与度を試算すると,若干の例外はあるものの,各国とも,日本が内需主導型成長に転換した80年代半ば以降,日本向け輸出の寄与度が高くなっていることがわかる。もとよりこの試算は貿易の1次的効果のみをみたものであって,理論的には,さらにこれによってアジア諸国のGNPが輸出増の乗数倍だけ増加し,さらに輸入を増加させ,という繰り返しを経て,日本とアジア諸国双方が拡大均衡していくものと考えられる。こうした波及効果も含めれば,日本の貢献は実際はさらに大きいものと考えられる。このことからも,今後日本が輸入をさらに促進し,内需主導型成長を続けることの重要性が示唆される(第3-4-3図)。
また,将来アジアNIEsやそれに続く開発途上国の工業力が高まるにつれて,日本とこれらの国々との間で,現在日本と欧米諸国の間で生じている貿易摩擦を起こすことのないようにしければならない。そのためにも,市場の開放,内需主導型の成長による輸入の拡大に今後とも務める必要があるばかりでなく,自由貿易の旗振り役が努められるよう,まず自らが国際的に十分に理解の得られるところまで開放された状態を作り上げる必要がある。
(直接投資を通じた国際貢献)
日本の国際収支黒字は,縮小しつつあるとはいえ,金額は依然大きい。この結果,世界最大の債権国になっている。仮に,今後さらに黒字が縮小するとしても,ストックベースでは,将来にわたって債権大国であり続ける可能性が高い。
したがって,こうした豊富な資金をどのように国際貢献に役立てていくかが問われている。しかるに,対外直接投資は,著しい増加を背景に「投資摩擦」や「オーバー・プレゼンス」という問題をつくり出す可能性がある。しかし,一般的には投資先国の雇用の創出や生産の増大,技術移転等を通じ現地経済の発展に資する等その役割は大きいものがある。特に開発途上国に対しては,日本からの円滑な資金還流によって開発が進展することが期待されている。
日本の直接投資を地域別にみると,80年代半ば以降,欧米先進国向けの直接投資が急速に増大しているため,開発途上国向けは,量的には増加しているが,全体のシェアは低下しており,アジア,中南米,中近東,アフリカ地域向けの直接投資額が占めるシェアは,89年度21%になっている。なお,開発途上国の中では,投資環境が比較的良好なアジア地域向けが伸びているのに対し,累積債務国の多い中南米地域はむしろ実質的に減少している。こうした事実は,途上国への援助という観点からみて,利潤動機に基づく民間直接投資には一定の限界があることを示しているともいえる。
先進国の直接投資が,開発途上国の資本ストックの増加と技術革新の活発化を通じて,供給能力を高めることを,主要な開発途上国の成長の要因分析を通じてみてみよう。最初に,アジアNIEsおよびASEANの数か国について,経済成長率を労働力人口伸び率,資本生産性上昇率,資本装備率上昇率の3要因に定義的に分解してみた(第3-4-4図①)。これによれば,各国とも経済成長の一部は,労働力人口の増加によると考えられるが,労働生産性も程度の差こそあれ上昇しており,これは,多くの国で資本生産性が低下する(すなわち平均資本係数が上昇する)なかで,資本装備率がそれを上回って上昇していることによって説明できる。
次に,各国の経済成長を,資本ストックの伸び,労働力の増大,全要素生産性の上昇(技術進歩)に分けてみると,多くの国にとって,資本ストックの増大と技術進歩が重要であることがわかる(第3-4-4図②)。これは,,労働集約的な生産に依存している国々も,先進国から資本を受入れ,技術移転を受ければそれだけ成長力を高めることができることを示している。
以上の分析結果からみると,これら諸国の経済発展パターンは日本のかつての経験とよく似ている点が興味深い。このことからみても,戦後日本経済が復興する過程で,当時の先進国からもたらされた資金や技術を利用して戦後の発展を図ってきたように,途上国にとって直接投資等を通じて経済的な発展を図る潜在的な可能性が大きいと考えられる。
今後,開発途上国に対する直接投資をさらに促進するための課題としては,二国間投資保護協定の締結交渉を促進すること,リスクへの対応として海外投資保険制度等の活用を図ること,途上国のインフラ整備等ODAとの連携を図ることなどが重要である。
なお,直接投資が相手国の資本不足を一時的に補い,国内の生産力の増加に役立つだけでは必ずしも十分な貢献をしたことにならないことに注意する必要がある。直接投資により資本不足が解消すれば輸入代替,輸出増加が見込まれるというような場合に,資本過剰国,すなわち黒字である日本の資本が相手国へ移動するととに十分な意味が出てくるのである。というのは,直接投資が貿易収支の改善に仮に貢献していない場合には,一般に投資収益の支払いの増加によって経常収支全体としては悪化することになるからである。したがって,資本不足の国にとっては,日本のような国が市場を提供することにより,自ら資本を蓄積できる所得の増加がもたらされることも重要な貢献であるといえよつ。
(人的交流を通じた成果配分)
日本経済のグローバル化等に伴い,観光,ビジネス,留学など様々な形態のヒトの移動が活発化している。日本からみたヒトの国際交流は,幾何級数的に拡大しており,日本から海外への人の流れについては,80年代後半の円高局面で急速に増加した(第1章第6節参照)。一方,外国からの入国者数については,出国者数の伸びほどではないが,やはり着実に伸びており,89年では300万人近くの人が入国している。このうち,新規入国者は約246万人であり,その90%が短期滞在者である。これをストック・ベースでみると,日本に在留する外国人数は,近年飛躍的に増加し,88年末で約94万人に上る。このうち,永住者が88年では約65万人を占める。残りのうち,日本人の配偶者等6万人弱,被扶養者約2万人,就業活動に従事している者が約4万人,留学生約3万人,就学生5万人弱,研修生約9千人等となっている(法務省「出入国管理統計」「在留外国人統計」)。
こうした人的交流のなかで,日本経済のグローバルな成果配分として重要と思われるのは,日本への海外留学生や研修生の受入れであり,また日本から開発途上国への技術者の派遣や国際機関職員の派遣である。ODA第4次中期目標においても,このような人造り協力,開発途上国の技術の向上施策等といった技術協力を積極的に推進することとしている。
まず,日本への受入れをみよう。開発途上国からの研修員の数は,国際協力事業団等の受入れ実績が,88年において1万6千人(DACベース技術協力)であり,着実な増加を続けており,その数は先進国のなかでも多い方に属する。また,海外からの留学生は89年5月現在で約3万人(うち国費留学生約4,500人)で,その9割がアジア諸国出身である。留学生数は近年大幅に増加しているものの,他の先進国と比較するとまだ少ない状況にある(第3-4-5図)。
次に,日本からの技術者等の派遣については,88年に約1万4千人の専門家派遣(DACベース技術協力,調査団を含む)を行っている。なお,国連をはじめ代表的な国際機関で働く日本人職員数は,出資額等とのバランスからみると,依然少数にとどまっている。
(外国人労働者問題への対応)
ヒトの国際的な移動の一つの形態として近年社会問題化しているのが,外国人労働者問題である。我が国経済のグローバル化の進展等に伴い,外国人労働者の我が国への入国・在留も増加傾向にあり,就労活動を目的とした外国人数は,88年末の在留者数で約4万人,89年の新規入国者では約7.2万人となっている。また,外国人の人材の活用を図ろうとする企業や我が国での就労を希望する外国人も増加している。一方,不法就労者数は89年末で約10万人と推計されている(法務省推計)。これに応じて入管法違反摘発件数も88年に1.8万人,89年には2.3万人と急増している。89年について内訳をみると,資格外活動及び資格外活動がらみ不法残留が1.7万件にのぼる。また,不法入国も2千件を超え,このなかには中国からの偽装難民が多数含まれている(第3-4-6図)。
このような状況への対応を図るため,政府としては,「第6次雇用対策基本計画」に示されたように,専門的な技術,知識等を有する者や外国人ならではの能力を生かした人材については可能な限り受け入れる方向で対処するが,いわゆる単純労働者の受入れについては,受入れに伴う我が国の経済社会の広範囲に及ぼす影響等に鑑み,十分慎重に対応することとしている。
また,専門的な技術,知識等を有する外国人は受入れを拡大する方向で,在留資格の種類及び範囲の見直し等の在留資格の整備,審査基準の明確化等の入国審査手続きの簡易・迅速化,不法就労外国人の雇用主等に対する罰則規定の新設等を改正内容とする「出入国管理及び難民認定法」が89年12月に改正され,90年6月から施行されている。なお,いわゆる単純労働者の受入れ問題については,上記の政府の方針を踏まえ,引き続き検討することとされている。
外国人労働者問題は,政治的側面,日本人の国民性の問題,社会的側面など様々な側面をもつが,経済的な側面を中心にいえば次のような視点に留意する必要があろう。
第一に,国内の労働者に与える影響である。これについては,日本の労働需要が賃金に対して非弾力的であるほど,失業の増加,賃金の低下が大きいと考えられる。また,いうまでもないが特定の職種や年齢層への影響が大きい。
第二に,外国人労働力を目下の人手不足問題への解決策という短期的側面のみにおいて検討すべきではない。このような人手不足問題への対応としては,働く意思と能力がありながら,国内でまだ十分活用されていない女子や高齢者等の活用を図り,現在なお存在する労働力需給のミスマッチを解消することや企業の省力化努力等が重要である。また,外国人労働者の受入れは,現在のような労働力需給の引き締まり期には,不足緩和,需給調節に役立つかもしれないが,不況期には,失業を深刻化させるおそれがあるからである。外国人労働者の流入・流出を景気に合わせてコントロールすることは困難である。
第三は,外部不経済の発生による市場の失敗である。いわゆる単純労働者の受入れに伴い,社会全体で負担しなければならない社会的コストが企業の負担する私的コストよりも大きい。これは,換言すれば,企業にとっての経済的メリットを上回る社会的コストが発生するおそれがあるということになる。市場メカニズムだけでは,この問題は解決しない。いわゆる単純労働者の受入れに際しては,この社会的コスト (外部不経済)を内部化させることが必要であろう。
第四に,送り出し国の経済にとっては,送り出し国の中核的労働者が流出し,ますます経済発展が困難になるというおそれがある。
第五に,いわゆる単純労働者の受入れを安易に認めるとなると,日本における労働条件の向上,産業の近代化,経済全体の生産性向上のための経済構造調整や望ましい国際分業等の企業のインセンテイヴを妨げるおそれがある。
外国人労働者問題を考える場合に,労働力の国際移動とモノ(貿易)や資本(直接投資)の国際移動との間の関係についても,注意深く検討する必要がある。そもそも,開発途上国から外国人労働者が流入してくる主要な要因は,移動を容易にする社会的諸条件等の他,送り出し国に比較して日本の賃金,所得水準が圧倒的に高いことである。また,送り出し国の雇用機会が十分でないということも考えられる。不法就労者の摘発件数の内訳をみると,男子は建設業関係,女子はホステスなどサービス業関係が最も多く,外国人労働者問題は,貿易財に関わる分野に限定されないが,モノの国際移動としての貿易も間接的にこの問題,に関係していると考えられる。というのは,理論的には,自由貿易は,一般に輸出入が行われる財の価格の国際間の格差(内外価格差)を縮小する役割を果たすが,それだけでなく長期的には各国の非貿易財も含めた生産要素価格(賃金率,資本コスト,地価など)の格差をも縮小すると考えられる。
もっとも,現実には,技術水準の差などがあり,要素価格の均等化は速やかには達成されないから,生産要素自体の国際間移動が発生すると考えられる。このようなモノの貿易と生産要素移動の代替性の考え方との関連では,我が国が輸入の拡大等自由貿易をさらに推進し,途上国の生産の拡大,所得水準の向上を図ることが重要である。また,労働移動と資本移動の間でも代替性が考えられる。この意味からは,日本からの援助や技術移転による送り出し国の成長支援と国内雇用機会の創出を図ることが重要である。これらを通じて,開発途上国の経済発展促し,良質な雇用機会の創出と所得水準の向上が図られるならば,外国への出稼ぎの必要性はそれだけ薄れることが期待される。
今後の対応としては,専門的な技術,知識等を有する者,外国人ならではの能力を生かした人材については積極的な受入れを進める一方,いわゆる単純労働者の受入れは,受入れに伴って我が国の経済や社会の広範な分野に影響を及ぼす恐れもあり,引き続き慎重に検討することが要請される。また,労働者を受け入れることが相手国のためになる面に注目するならば,人的能力の開発を通じて技術水準の向上に役立つという,技術移転の視点からの検討が重要である。
3. 地球環境問題に対する貢献
(地球環境問題をめぐる最近の動き)
昨年から今年にかけて,国内外において地球環境問題に関する関心が急速に高まってきている。人類の生存を脅かす大きな問題として地球温暖化を始めとするこの問題が横たわっており,地球環境を守ることなしには人類の未来はないと認識されるようになった。
専門家の間ではしばらく前から問題の重要性についての認識が持たれてきており,また,88年6月のトロント・サミットでは地球環境問題にむけて一層の行動をとることが合意されるなど,以前から関心は徐々に高まってきていた。
そして同年11月には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第一回会合が開催され,本格的な取組が開始された。89年になると,フランス,オランダ,ノルウェーの3ヵ国の共催による「ハーグ環境首脳会議」(3月),国連環境計画(UNEP)や世界気象機構(WMO)などが事務局を務める各種の会議,例えば「ウィーン条約第1回締約国会議」(4月),「モントリオール議定書第1回締約国会議」(5月),UNEP第15回管理理事会(5月),IPCCの第2回会合(6月)などが相次いで開催された。ことに「モントリオール議定書第1回締約国会議」では特定フロンの今世紀末までの全廃等を合意する「ヘルシンキ宣言」が採択されている。
7月のアルシュ・サミットは,その経済宣言において,その3分の1強を地球環境問題に割くという力の入れようであった。サミットでは成層圏オゾン層の破壊,将来気候変動をもたらす可能性のあるCO2などの過剰排出,など環境に対する深刻な脅威の存在が科学的研究によって明らかになったとして,断固とした協調的政策を,世界的規模で早急に採用することをよびかけた。
9月には日本政府の主催によって「地球環境保全に関する東京会議」が開催された。また,11月にはオランダ政府の主催により「大気汚染及び気候変動に関する閣僚会議」が開催され,①世界経済の安定的発展を確保しつつ,CO2等の温室効果ガスの排出を安定化させる必要性,及び②このような安定化が,IPCC及び90年11月の第2回世界気候会議によって検討される水準で先進国により可能な限り早期に達成されるべきこと,並びに③森林の減少と森林の健全な管理・造林との地球規模でのバランスを追求すること等を盛り込んだ「ノールトヴェイク宣言」が採択された。その後も多くの国際会議が開かれたが,今年4月には「地球環境問題ホワイトハウス会合」がアメリカの主催によって開かれ,さらに6月末には,「モントリオール議定書第2回締約国会議」がロンドンにおいて開催され,特定フロンの今世紀末全廃等,大幅な規制強化及び途上国に対する資金援助の仕組みなどを内容とする議定書改正案等が採択されている。
(環境問題の新しい視点)
このように急速に地球環境問題が注目を集めるようになったのはなぜか。かつて1960年代後半には,我が国では特に高度成長の副作用としての各種の具体的な公害問題を背景として,環境問題がクローズアップされ,経済計画や年次経済報告においてもしばしばそれが取リ上げられた。その頃の問題意識と最近の問題意識には基本的には共通のものがもちろんあるが,あらためて関心が高まったのは,新たな側面が加わったからである。
その第一は,いうまでもなく,国境を越えた環境問題というものが現実に生じたり,将来の危険性として認識されるようになったことである。フロン等による成層圏のオゾン層の破壊や,CO2などの温室効果をもたらす気体の増加などは,それが国境内にとどまらず,全地球に影響を与えるものであり,酸性雨などのように発生源の国から国境を越えて広く影響をおよぼすものが注目されるようになったことである(越境性)。
第二には,資源・エネルギー問題についての多くの経験が70年代以来蓄積された後であるために,われわれに賦与された地球を保全する必要についての認識が深まっていることである(資源問題との共通性)。すなわち,汚染されていない地球の自然や大気というものも一つの有限な資源であると考えられることから,地球環境問題は資源・エネルギー問題と共通性があるといえる。
第三は,地球規模の環境問題は「フローの問題」とは異なる「ストックの問題」という側面が強くなってきていることである。すなわち,日々の汚染が日々の災害をもたらすというタイプの問題をフローの問題とすれば,その時その時の災害とは別に,あるいはその時々においては目に見えないが,蓄積された結果が将来的に大きな災害をもたらすという問題をストックの問題と呼ぶことができる。かつての国内的な,あるいはローカルな環境問題においても,ストックの問題という側面はあったが,最近の問題はそうした性格が特に強いものが多い。これは「自然の復元力」との関係が問題になっているということでもある。汚染,あるいは災害が蓄積されて,その蓄積量がある限界を超えると自然の力では復元できなくなるタイプの問題が特に注目を浴びている。
第四には世代間の分配という問題に係わっているということである。環境問題は市場の働きに委ねておいては最適な解決は得られない種類の問題である。
それは外部不経済の問題であるから,これを内部化することによって,すなわち擬似的な市場経済の働きによって解決することが原理的には可能であるとされる。しかし,地球規模の環境問題はいずれも現世代の受ける被害はそれほどでなくとも将来の世代は甚大な影響を被るというものであるため,汚染の不効用が現世代にほとんどふりかからず,それぞれの時点で汚染の社会的な不効用を最小にする(厳密にいえば汚染のもととなる経済活動の社会的純便益を最大にする)ということに成功しても,現世代の排出に対する抑制が十分には働かない。また,現在の資源の使用についてはまだ生まれてきていない世代はその選好を顕示することができないし,なによりも,現世代に排出を抑制させるための手段を持っていない。現世代の選好のもとで,いくら社会的純便益を最大にしても世代間の資源配分としては最適となる保証はない。現世代による将来世代の不効用に対する配慮(=人道的あるいは倫理的配慮)しか頼るべきものがないのである。
第五には南北問題との関わりがでてきたことである。CO2やフロンの排出が抑制されねばならないとなると,だれが抑制しなければならないか,という問題が生じる。世界の工業活動に伴うCO2排出量のうち途上国の占める割合は1985年で27%(OECD「1989年DAC議長報告」による)にすぎない。フロンガスの生産では途上国はごくわずかのシェアを占めるにすぎない。こうした状況のもとで,例えば先進工業国も開発途上国もひとしく排出量を抑制,あるいは凍結することによって,途上国がこれ以上の発展を否定された場合,納得することは考えられない。これまでの南北対立に新たな要素がつけ加わる可能性が強い。
また熱帯林の減少の問題をみても,その主な原因は過度の焼き畑農業,過度の薪炭材の採取,過放牧などであり,その背景には途上国の貧困と人口増加の悪循環がある(西欧や北米などの森林資源の量はほぼ横ばいで推移しているのに対して,熱帯林はFAOの推計によると80年末に約19.4億haあったものが85年までの年平均で約1,130万ha減少している(減少率約0.6%))。そのため,先進国が途上国に対し,一方的に森林を保全するように求めても,途上国は経済的ニーズを優先せざるを得ず,かえって自国資源に対する主権侵害と受け止める可能性がある。
したがって,地球環境問題においては,いかにして開発途上国の積極的参加を実現していくかが重要な課題となっている。
第六には「持続可能な開発」あるいは「持続可能な成長」という考え方が出てきたことである。資源の有限性を前提にすれば当然出てくる考え方であるが,環境問題との関連では一定以上の成長あるいは開発が自然の復元力を超える汚染あるいは環境破壊を作り出す場合は「持続不可能」ということになる。その意味で,環境問題の性質がストック化したことと不可分である。また,貧困との悪循環の問題とも関係がある。特に開発途上国自身の問題として人口抑制の必要性が環境問題によっても高まっている。
第七に,被害の程度が不確実であるということである。かつての環境問題,公害問題においては,汚染源の確定は難しくてもなんらかの汚染物質があるということがはっきりしている被害が多かった。これに対して,最近,人類の生存基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがある重大な問題として認識されている地球温暖化問題は,科学的に未解明な部分が残されている。それでも,現実的政策対応としては,危険な結果が生じる確率はどのくらいか,どの程度深刻な結果が生じるか,政策をとった場合のコストが経済にどの程度の影響を与えるかを比較,考量して適切な策を講ずる必要がある。今後,科学的知見の蓄積,経済的影響等の評価をふまえつつ地球温暖化対策を考えていくことが必要であるが,地球温暖化問題についての不確実性が高いことを理由に不当に対策が遅らされることがあってはならず,当面実施可能な対応策から直ちに行動に着手していくことがきわめて重要である。なお,危険な結果についての深刻さの程度や確率が特定しがたい場合でも,当面実施可能な対応策がら行動に着手することが必要である理由は,温暖化による影響が明白に生じた場合の被害を小さくするよう備えることが賢明なやり方であるからということである(第3-4-7表参照)。その際,この政策の前提には被害の大きさに比べて政策のコストが大きすぎなければ,という評価があることはいうまでもない(第3-4-7表においては,行動に係るコストを差引した評価で考えており,行動のコストが,行動がとられなかった場合の環境破壊の被害を上回るようなケースは想定していない。なお,政策コストが現状では不確実であることを考えれば,地球温暖化のための過剰投資というリスクもあることにも配慮すべきである)。いいかえれば,温暖化物質の排出の抑制については何らがの経済的な負担が生じるが,地球が必ず温暖化するかどうかが明らかでなくとも,一種の保険料として人類がそれを払うという選択が必要だということである。
(日本の果たすべき役割)
まず我が国がどの程度地球の「環境資源」を費消しているかを,いくつかの側面についてみてみよう。
日本のCO2の排出量は87年において世界の4.7%を占める。人口の多いアメリカ,ソ連,中国に次ぐ排出量となっているが,一人当たりでは北米やヨーロッパの先進国を下回っている(第3-4-8図)。これには気象条件や生活習慣の違いも影響しているが,我が国の省エネルギーが進展していることも寄与している。ちなみに,日本の一人当たりのエネルギー消費は多くの先進国に比べて低い(87年において日本3.04石油トン・年/人,アメリカ7.65,西ドイツ4.44,OECD平均4.74)ばかりでなく,GDPのエネルギー原単位も低く (87年において日本0.262石油トン1,0001ドル,アメリカ0.441,西ドイツ0.419,OECD平均0.417),その低下のテンポも相対的に早かった(GDPのエネルギー原単位の73年から87年にかけての低下率は日本32.9%,アメリカ25.4%,西ドイツ20.6%,OECD平均22.8%)。
我が国の各種のフロン(特定フロン)の使用量は86年において約13万トンで,世界の使用量約110万トンの約12%となっている。フロンは冷蔵庫やエアコンの冷媒,電子回路などの精密部品の洗浄剤などとして使われるため,日本の使用量のシェアは高い。
日本の木材の輸入量は木材貿易量からみると世界全体の5分の1程度を占めているという事実がしばしば指摘される。しかし日本の木材需要量(生産量+輸入量-輸出量)の世界の需要量に占める割合は2.4%程度であり,アメリカの15.0%,ソ連の10.7%,カナダの5.6%よりもかなり少ない。また,開発途上国の環境問題に大きく影響を与える熱帯広葉樹についても,日本の熱帯林諸国からの木材輸入量は,熱帯林諸国の輸出量の28%を占めているが,熱帯林諸国の木材生産量に占める割合は1.2%となっている(丸太ベース,1987年)。
以上のようにわが国の経済活動の規模が大きいことから,地球規模の環境に対しても相応の影響を与えるようになっている。加えて,我が国の経済はそもそも海外の資源に依存する構造になっており,地球環境に関係のある資源の消費に関しても自国のもののみにとどまらず,中には自国のもの以上に他国のものを消費することにより,地球環境に影響を及ぼすおそれのあるものも存在する。
こうした状況に対し,単純に経済規模を縮小したり,あるいはその拡大を抑制したりするという解決策は現実的ではないであろう。まずは省資源,省エネルギーによってエネルギー需要増大を最大限抑制し,非化石エネルギーの利用の増大を実現することである。製造業部門を中心としてこれまで相当程度省エネルギーが進んだことや,原油価格の低下もあって,ここのところ省資源,省エネルギーの動きも止まってしまった感がある。それだけに改めて消費構造やライフスタイルを変えることによる国民生活面での省資源,省エネルギーを含めて,国民経済全体のエネルギー利用の効率を高めていく努力が必要であろう。
また海外からの資源の輸入についても,これを抑制することは,その資源の輸出国の経済に大きな影響を与えることになる。開発途上国の側からすれば影響は資源の輸出金額の減少分にとどまらず,国内の他部門や将来の成長経路などに及ぶ。したがって,我が国の輸入を単純に減少させればよいというものでもない。
このように開発途上国の環境問題に対しては,様々な配慮が必要である。まず,第一に先進国,特に我が国には,援助を行う際には,それが環境にどのような影響を与えるかについての検討を行い,十分な配慮を払う必要がある。第二に,我が国は環境汚染の観測・監視,公害防止などの技術において高い水準にあり,排ガス規制などについての経験も豊富であるといってよい。これまで我が国の環境分野における援助は,上・下水道や廃棄物の処理などの施設整備に加え,森林保全・造成,公害防止等の環境分野における人材育成,技術の移転や開発,調査研究等の技術協力を行ってきているが,今後もこれら環境分野における援助の一層の充実が望まれる。
なお,政府はすでに昨年のアルシュ・サミットの機会に,89年度から今後3年間に環境分野に対する2国間及び多国間援助を3,000億円程度を目途として拡充・強化することを表明している。
開発途上国との関係における配慮に限らず,我が国が地球規模の環境問題に対して払わなければならない努力は数多い。
我が国では,昨年5月,地球環境保全に関する関係閣僚会議を設置し,昨年は2回の申合せを行い,さらに今年6月,本年秋の早い時期に地球温暖化防止計画を策定すること等を内容とする申合せを行った。以上の申合せ等を踏まえ,まず国が地球環境保全のための新しい国際協力の体制作りのためにリーダーシップを発揮し,調査研究,観測・監視,技術開発等の計画的推進,環境保全の見地からの省エネルギー・省資源対策の抜本的強化,などに努めるとともに,民間においても企業や個人が環境倫理を確立し,環境への負荷を軽減するような配慮やライフスタイルの形成に努めることが必要である。
最後に,我が国の持てる力を国際社会に還元することの一環として,地球環境問題への取組を位置づけるならば,さらにこの問題の重要性が強く認識されるはずである。