第1節 我が国経済における技術開発の役割
我が国経済の発展にとって,技術開発は,極めて大きな役割を果たしてきた。
ここでは,技術開発が経済成長に果たしてきた重要性をみたあと,我が国の技術開発の実態について概観する。
(経済成長と技術開発)
我が国経済の成長にとって,技術開発はどの程度の役割を果たしてきたのであろうか。この点を確かめるために,我が国の経済成長を,資本,労働,及び技術開発の成果である技術進歩要因にどのように分割できるかを推計した(第2-1-1図①)。これによれば,我が国の実質成長率に対して,資本,労働と並んで,技術進歩を表す全要素生産性の寄与がかなり大きい。例えば,直近の20年(1970~89年)についてみると,成長率の単純平均は年4.8%であるのに対し,これに対する資本の寄与が2.9%,労働の寄与は0.3%,技術進歩の寄与は1.5%となっており,技術進歩の寄与は,資本に次いでかなり大きい。一方,直近の10年(1980~89年)についてみると,同様に成長率の平均は4.2%,資本の寄与の平均が1.9%,労働の寄与は0.6%,技術進歩の寄与は1.7%となっており,全体の成長率が低下するなかで技術進歩の寄与は,それ以前の10年に比べ小幅ながら高まっているといった推計結果となっている。比較のために,アメリカについても,技術進歩が成長に果たした役割を推計してみよう。アメリカの実質経済成長を要因分解してみると(第2-1-1図②),やはり,資本,労働の生産要素と並んで技術進歩(全要素生産性)の寄与が大きい。我が国の場合と同様に直近の20年(1970~89年)についてみると,成長率の単純平均が2.7%,これに対する資本の寄与が1.1%,労働の寄与が1.0%,技術進歩が0.7%となっており,資本,労働と並んで技術進歩の寄与はがなり大きい。また,直近の10年(1980~89年)についてみると,成長率の平均が2.7%,資本の寄与が1.0%,労働の寄与が0.9%,技術進歩の寄与が0.8%となっており,技術進歩の成長への寄与がやや高まっているとの推計結果となっている。また,技術進歩の寄与の全体の成長に占める比率(寄与率)についても,直近の10年において,我が国の場合約4割,アメリカの場合約3割と,我が国の方が高いとの推計結果となっている。
上記の推計結果は,推計方法にも依存するのである程度の幅をもってみる必要があるが,我が国経済の成長にとって,技術進歩要因は,資本,労働の主要な生産要素と並んで,極めて大きな役割を果たしてきたとみられる。この点は,今回の景気拡大局面においても同様であり,目覚ましい技術進歩なくしては,急速な円高に対応して,輸出から内需へのシフト等の経済の構造転換を図りつつ,87年以降かなり高い成長率を達成することは不可能であった。なぜなら,後にみるように,こうした成果が挙がったことについては,企業の,異業種への研究開発活動の展開に支えられた多角化や,本業の分野も含めた高付加価値化の奏功に負うところが極めて大きいからである。
ちなみに,やや長い目でみた我が国の技術開発の状況を,研究開発費支出や特許出願件数でみると(第2-1-2図),いずれもほぼ一貫して増加している。例えば,1975年度には年間で研究開発費が2.6兆円,特許出願件数が16万件(暦年ベース)であったのが,1988年度には,それぞれ9.8兆円,34万件(同)となっており,この間13年でそれぞれ,3.7倍及び2.1倍となっている。この間の名目国民総生産(GNP)が152兆円がら372兆円へと2.4倍,実質国民総生産(実質GNP,暦年ベース)が1.8倍であることからみて,我が国の技術開発が,経済全体の拡大テンポを上回るかたちで進行してきたことがわがる。また,もう一点,特に注目されるのは,80年以降,こうした動きがさらに加速する傾向をみせている点である。この背景については,第5節で詳しくみることにする。
(技術開発の国際比較)
ここで,我が国の研究開発の状況を国際比較すると,民間・政府をあわせた全体の研究者数,研究開発費支出ともに欧米諸国と比較して高い方の部類に入るとみられる。
まず,我が国の研究者数を欧米諸国と比較してみると(第2-1-3図①),我が国の人口当たりの研究者数は,70年代以降,継続的に上昇しており,87年時点で,0.34%と,アメリカ(同0.33%)とほぽ並ぶ水準に達している。西ドイツ,フランス等の欧州諸国については,直近の数字がないのではっきりしたことはいえないが,我が国が欧米諸国と比較して高い方の部類に入っているとみてもよさそうである。
次に,研究開発費支出であるが,その対GNP比率を国際比較してみると(第2-1-3図②),我が国のそれは,1980年代に入って急速に上昇しており,1987年には対GNP比で2.57%と,西ドイツ(同2.81%)よりやや低いものの,アメリカ(同2.62%)に匹敵する水準に達している。研究開発費支出から国防関係の分を除くと,我が国が,同じく対GNP比で,87年に2.5%と,やはり西ドイツ(同2.7%)よりやや低いものの,アメリカ(同1.9%),フランス(同1.8%)などをかなり上回る水準に達している。また,民間部門が支出する研究開発費についても我が国は同じく対GNP比で87年に2.1%と西ドイツ(同1.7%),アメリカ(同1.3%)と比較して高い数字となっている。
さらに,我が国の技術貿易の状況をみてみよう。まず,我が国の技術輸出(対価受取額)や技術輸入(対価支払額)の状況を,国際収支統計からみると(第2-1-4図),技術輸出は1970年に197億円,技術輸入は同じく1479億円であったのが,88年にはそれぞれ2098億円,6427億円と,それぞれこの約20年間で10.6倍および4.3倍に達している。この結果,技術貿易の収支比率(輸出/輸入)は,1970年は0.13倍であったのが,88年には0.33倍と,輸入に対して輸出が3割強となる水準にまで上昇してきている。これを主要国と比較してみると,アメリカでは,水準としては依然圧倒的に輸出が輸入を上回っているが,収支比率は70年に10.4倍であったのが,88年には5.2倍に低下する一方,西ドイツ,フランスではそれぞれ70年の0.39倍および0.34倍が87年には0.49倍および0.56倍に上昇している。こうしたなかでやはり注目されるのが,我が国の80年代以降の技術輸出の伸びの高さである。我が国の技術輸出の伸びは,80~88年の平均で年率12.8%(円ベース)に達し,同期間のアメリカ(同1.9%),80~87年のイギリス(同094%),同西ドイツ(同0.9%)等を大きく上回っている。さらに輸出の絶対額でも,80年代に入り我が国は,アメリカには依然遠く及ばず,イギリスよりもまだ少ないものの,西ドイツやフランスを上回っている。
なお,我が国の技術貿易の動向を,総務庁「科学技術研究調査報告」でみると,直近の88年度においても,我が国の技術輸入(支払額および輸入件数)は,依然技術輸出(受取額および輸出件数)をかなり上回っているが,両者の差は,国際収支統計ベースに比べ,大分小さくなっている(第2-1-5図①)。これについては,①国際収支統計ベースが狭義の特許権使用料のみを対象としているのに対し,科学技術研究調査報告ではこれに加えノウハウや技術指導などの技術の提供や受入れが含まれる,②国際収支統計がすべての企業や機関を調査対象としているのに対し,科学技術研究調査報告では卸売・小売業,飲食店,金融・保険・不動産業及びサービス業以外(含む放送業)の企業を対象としている,などの統計のベースの違いが背景となっているものとみられる。すなわち,国際収支統計に含まれず,科学技術研究調査報告に含まれるノウハウや技術指導などについて,このところ我が国の収支が相対的に改善した状態にある点や,卸売・小売業,飲食店,金融・保険・不動産業及びサービス業(除く放送業)の技術輸入が国際収支統計には含まれるものの,科学技術研究調査報告には含まれない点などが影響しているものとみられる。
88年度について,科学技術研究調査報告により技術貿易を業種別にみると(第2-1-5図②),製造業のなかでは,石油石炭製品,非鉄等の業種で輸入が輸出を大幅に上回っているほか,大部分の業種では,依然輸入が輸出を上回っているが,輸送機械(自動車),鉄鋼などの業種では,輸出が増加(88年度前年度比増加率,輸送機械18.7%,〈自動車17.9%〉,鉄鋼8.1%)しているなかで収支が輸出超過となっており,海外に技術をネットで輸出する側に転じてきている。特に自動車においては,輸出の伸びが高いうえに輸出が輸入を大幅に上回っており,完全に海外に技術を供与する側に回っていることがわかる。
このように,我が国は,依然技術において輸入超過であるが,特に80年代以降,輸出の増加が目覚ましく,従来の技術輸入に大きく依存する状況から,自動車等一部の業種では,技術をネットで輸出する側に転ずるようになってきている。
最後に,研究開発の成果である特許出願件数をみてみよう。各国の内国人による特許出願件数をみると(第2-1-6図),1970年時点を100として我が国は1987年には309.4に達する一方,西ドイツは96.6,アメリカは90.1となっており,他の国と比較しても我が国の伸びの高さが際立っている。
それでは,我が国における技術開発は,なぜ,これほど著しいのであろうか。
この点については,①海外との比較において,我が国企業の持っているメカニズム,②最近における技術開発を促進している要因,が考えられるが,これらについては,次節以下で詳しくみることにして,ここではマクロ経済的視点から,③経済の成長率そのものの技術進歩促進効果を取り上げる。一般に技術進歩と経済成長の関係は,技術進歩が経済成長を促進する面と,逆に経済成長が技術進歩を促進する面がある。この後者の関係が技術開発を活発化させるひとつの要因となると考えられる。
(成長率の高さそのものの技術進歩促進効果)
我が国の技術進歩が世界的にみて著しい理由については,固定資本形成等の投資率が高く,経済の成長率が高いことそれ自体が,技術進歩を促進するといったことが考えられる(こうした関係は経済学者ニコラス・カルドアによって「ヴェルドゥーンの法則」と名付けられたものである)。これは,主に,①成長の速い経済では,一般に新しいビジネス・チャンスも多く,それが新たな技術開発の契機になる,②成長の速い経済では,そうでない場合に比較して,生産数量の増加のテンポが速いが,こうした生産活動における「経験」の速いテンポでの蓄積が,生産における「学習効果」の発揮を早め,生産工程の改善等の技術進歩のテンポを早める,③高い投資率は,技術開発の資本への体化を速め,これが開発した技術のより速やかな活用に結びつく,といったことによるものとみられる。このような関係が存在するとき,技術進歩が成長を促進し,それがまた技術進歩をもたらすという好循環が生ずる。
こうした成長率と技術進歩との関係を実証的にみてみよう。第2-1-7図は製造業におけるGDP成長率と労働生産性の伸び率の関係を,各国別に,最近時の10年間(1976-77年平均~86-87年平均)と,それから20年ほど遡った10年間(1953-54年平均~63-64年平均)について,みたものである。まず,1953-4年から63-4年の10年間についてみると,我が国の製造業におけるGDP平均成長率が13.6%,労働生産性平均上昇率が7.8%となっており,調査した国々のなかでは両者ともに格段に高い。一方,西ドイツのそれは,同7.4%,4.5%,アメリカは調査した国々のなかではいずれも一番低く,同2.6%,2.6%となっており,各国の間には製造業におけるGDP成長率と,労働生産性上昇率の間には正の相関関係がみられる。一方,最近時の10年間(1976-7年~87-8年)についても,我が国は,製造業におけるGDP平均成長率6.5%,労働生産性平均上昇率6.2%と,やはり調査した国々のなかでは一番高くなっており,アメリカは同3.0%,3.1%,西ドイツは同1.2%,2.3%となっている。最近時の10年間は,全般に製造業におけるGDP成長率も,労働生産性上昇率も低下しており,両者の相関関係も弱まっているが,やはり我が国を筆頭に,各国の間には両者の間に緩やかな正の相関関係が窺われる。以上から,最近においても,また20年~30年以前においても,成長率と技術進歩の間には正の相関が認められることがわかる。これは成長率の高さそのものの技術進歩促進効果が一般的に存在する可能性を示している。
次に,投資率を国際比較してみよう。OECDデータにより,G7各国における,住宅を除く固定資本形成の対GNP比率をみると(第2-1-8図),1960年代から70年代,さらに80年代と,全体の平均も徐々に低下してくるなかで(各々17.4%,17.1%,15.8%),我が国はそれぞれ26.1%,25.6%,23.4%と,やはり低下傾向はあるものの,いずれの期においても,他国に比べ際立って高い。こうした点は,それ自体経済成長率を高め,それを通じて技術進歩を促進したとみられるほか,我が国の技術革新が速やかに資本に体化され,生産に活用されるうえでも,大きく寄与したものと思われる。
なお,前述の製造業におけるGDP平均成長率と労働生産性成長率の関係については,成長率の高さそのものの技術進歩促進効果(成長率の高さによるビジネスチャンスの増大,生産の拡大による「学習効果」)のほかに,成長の速い経済が概して投資率も高いことからくる投資率の差による技術進歩促進効果が含まれている可能性があるが,こうした投資率の効果を除いても,GDP成長率と労働生産性上昇率の間には正の相関関係が計測され,成長率の高さそのものの効果が,投資率の高さと並んで,生産性の上昇,技術進歩に貢献していることが推察される(前掲第2-1-7図)。