第2節 持続する国内民間需要の拡大

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現在,設備投資は増勢を続けており,個人消費も堅調に増加している。また,住宅投資は高水準横ばいで推移している。鉱工業生産の伸びはやや緩やがであったものが次第に力強さを取り戻しつつあり,在庫率の水準は依然低い。本節では,このような需要・生産の動向を分析し,その結果を踏まえて,需要・生産面からみた景気の持続力について検討を加える。

1. 民間企業設備投資の動向

(増勢続く民間企業設備投資)

今回景気上昇局面では,民間企業設備投資は,回復が始まった直後は伸び悩みをみせていたが,87年度後半から盛り上がりをみせ87年度は前年度比10.1%増となり,以後,88年度同17.3%増,89年度同16.5%増と力強い増勢を続けている。過去の景気上昇局面に比べても,今回景気上昇局面での民間企業設備投資の伸びは高い。このような力強い設備投資の増勢の背景には,次のような要因があるものと考えられる。まず,長期的な要因としては,①80年代に入って以来,情報関連技術を中心に急速に進展している技術革新が新しい投資機会を開拓するとともに既存の設備の陳腐化を早め更新投資を促進していることがあげられる。また,②大幅な円高の下で競争条件が急激に変化し構造転換を迫られている産業が高付加価値化を進めたり,多角化する等によりいわゆるリストラクチャリング投資を進めていること,③投資機会を狭めていた規制が民営化や規制緩和によって取り除かれたため新しい分野への進出を促進していることもある。これらは,設備投資の拡大を長期化させる要因となっている。さらに,④企業収益が改善を続けていることや金融が緩和していたことなど投資環境が良いことも重要である。また,このところの(やや短期の)要因としては,稼働率が高水準で推移したことにより設備不足感が広がっていること,人手不足,労働時間短縮に対応するため自動化,省力化への取り組みが行われていることなどがある(第1-2-1図)。

産業別の動向をみると,景気回復の初期には,製造業の設備投資は円高不況時のストック,調整の余波もあって盛り上がりに乏しく,非製造業がリードした。

87年後半に入ると,6兆円以上の財政措置を伴う内需拡大策等を内容とする「緊急経済対策(87年5月29日経済対策閣僚会議決定)」が逐次実施に移されたことによって,ビジネス・マインド,すなわち,企業の将来展望が急激に好転し,生産の急拡大が始まるのとほぼ同時に製造業の設備投資が大幅な増勢を示すようになった。このように非製造業の設備投資が下支えするなかで,製造業の設備投資ブームが始まり,全体の設備投資が盛り上がるというパターンは過去の景気上昇局面でもよくみられた。また,企業規模別にみても,過去の景気上昇局面と同じく,87年央から中小企業,中堅企業の設備投資の盛り上がりが先行して始まり,次いで88年初から大企業の設備投資も盛り上がった。

業種間,企業規模間の偏りが少なく,大企業,中小企業を問わず幅広い産業にわたって設備投資の盛り上がりがみられているというのも今回景気上昇局面の特徴である。この点を製造業について確認するため,経済企画庁「法人企業動向調査(90年3月調査)」に基づき,設備投資の増加に対する業種別の寄与率を大きな順に並べ,その寄与率を累積してみたのが第1-2-2図である。これをみると,景気上昇3年目の89年度も88年度に引き続き業種間の偏りが小さくなっており,90年度の当初計画は89年度当初計画よりも偏りが小さくなっている。今回の設備投資の増勢が一部の特定産業の好調に支えられたものではなく,いわば全員参加型になっていることが判る。これは,今回景気上昇が,特定の輸出産業がリードする輸出主導型ではなく,需要拡大に業種間の偏りが少ない内需主導型であるためと考えられる。88年度,89年度の設備投資の動向は,このように業種間の偏りが少ないという点で「いざなぎ景気」2年目,3年目の67年度,68年度と良く似ているといえる。

このような設備投資の力強い増勢の背景を探るため,設備投資関数を用いて,製造業の設備投資を投資誘因に応じて要因分解してみよう。ここでは,更新投資に相当する除却額を除いた純投資を①生産拡大に伴う誘発効果による部分,②要素価格の変化に応じた要素間代替の効果による部分,③技術革新等の独立要因の効果による部分の3つに分解した。これらは,順に,能力増強投資,省エネ・省力化投資,独立投資に相当すると考えられる。これに更新投資(除却額)を加えて,設備投資の増加に対する寄与度の動向をみたのが第1-2-3図である。これによって今回景気上昇局面における設備投資の動向をみると,技術革新に伴う独立投資の盛り上がりに加え,88年度に入ってからは,生産能力の不足を解消するための能力増強投資の寄与が高まり,89年度からは人手不足等に対応した省力化投資の増加もみられるようになっている。

(少ないストック調整の可能性)

以上みたように,今回景気上昇局面においては,87年以来3年にわたって設備投資が力強い増勢を続けている。そこで,設備投資を抑制するようなストック調整のメカニズムが働く可能性があるか検討しておく必要がある。というのは,一般に設備投資の力強い増勢が長期間続くと,設備ストツクの伸び率も高まり,生産の伸びを上回るようになって,いずれ設備の過剰感が現れるようになるからである。その結果,設備ストックの伸びは抑制されることになるが,このとき設備ストックの増分である設備投資は設備ストックの伸び以上に伸びを低下させることになる。前者の設備ストックの過剰(不足)に応じて設備ストックの伸びを抑制(促進)させるメカニズムをストック調整と言い,それを増幅する後者のメカニズムは加速度原理と呼ばれる。

ところが,実際のところは第1-2-4図にみるように,最近においては設備ストックの伸びは高まっているとはいえ設備投資の増勢の強さの割りには高くないし,資本係数の上昇を反映して生産能力の伸びはそれ以上に低くなっているのである。他方,生産は高い伸びを続けた結果,製造業の生産設備判断には不足惑の広がりがみられている。最近では,設備ストックの伸びが高まり,生産能力も堅調に伸びているため不足感がさらに高まる状況ではなくなりつつあるが,不足が過大を上回る状況が続いている。

このように設備ストックの伸びが高まらなかったのは,第一に,加速度原理が作用しており,しかも,円高不況で製造業を中心に設備投資の水準が低く,設備ストックの伸びも低くなったところから増勢が始まったという初期条件があったことによる。設備ストックの伸び率を高めるためには既存のストックに対する投資の比率を引き上げる必要があるが,設備ストックの伸びに比べて設備投資の伸びは極めて大幅に高まる。たとえば,設備ストックの伸び率を6%から1%だけ引き上げるには,除却部分を除いた純投資を約17%増加させなければならない。除却率を3%とすると,粗投資では,約11%の増加である。さらに,初期条件が異なると同じ1%の引き上げに必要な投資の伸びも変わる。

たとえば,もう少し高い7%からだと純投資を約14%増やせば済み,粗投資では10%の増加になる。つまり,設備ストックの伸び率の低いところからの方がプラス方向の加速度原理の作用が大きいのである。逆にいえば,設備投資をかなり大幅に増加させても,設備ストックの伸び率はなかなか高まらないことになる。

第二に,設備の廃棄・更新が大きく増加したことによる。すなわち,新規の投資は設備ストックを増加させるのに対して,更新投資は新旧の設備が置き換わるだけで設備ストックは増えないし,更新のない設備の廃棄は設備ストックを減少させる。更新投資や設備廃棄の大きさは設備の除却額をみると判るが,87年度後半から89年度初めにかけて大きく増加している(第1-2-5図)。

これは,企業が構造転換に取り組み,競争力を失った設備を廃棄したこと,急速な技術革新によって陳腐化が進行しており,古くなった設備を最新の設備に更新したこと等を反映していると考えられる。設備投資が旺盛に行われた反面で,こうした設備の除却が進んだ結果,設備ストックの伸びはあまり高まらなかった。このところは更新投資の一巡から除却額は滅少しているものの,高い水準を続けている。

設備ストックの伸びがあまり高まっていない一方で,設備の平均年齢の上昇傾向は止まり,一部産業では低下さえしている。第1-2-6図で資本ストックの業種別平均年齢の推移をみると,80年代初めから低下し始めた電気機械,一般機械,サービスなどを除けば,第一次石油危機以来,上昇傾向が続いていた。それが,80年代後半に入ってからは鉄鋼などを除いて上昇傾向はみられなくなっている。さらに,紙・パルプ,金融保険でも低下するようになっている。

これは,まず,設備投資が力強い増勢を続けているため,比較的年齢の若い設備の割合が増加したことによる。次に,リストラクチャリングを進めるため競争力を失った部門での設備廃棄が行われ,急速な技術革新に伴い陳腐化してしまった設備の廃棄・更新が進んだ結果であると考えられる。

この平均年齢は機械設備と建物を含んでいるので,機械設備だけに限ると変化はより顕著であるかもしれない。また,ここでは,資本ストックの年齢にかかわらず同じ除却率を適用して平均年齢を推計しているが,陳腐化が進んだ古い設備ほど除却が進んでいると考えられるので,実際にはこの推計結果よりも平均年齢が低い可能性がある。

以上のように,現在は設備ストックが過剰になるような状況にはないと考えられる。したがって,当面,設備ストックの伸びは引き続き高まりこそすれ,鈍化することはないと考えられる。ただ,高めの成長から巡行速度での成長への移行に伴って生産の伸びが緩やかに推移する一方,設備ストックは伸びを高めていくことになるので,早晩両者のバランスが回復すると考えられる。そうなると,設備ストックの伸び率は現在よりも若干高いところであるが,安定するようになり,加速度原理のプラスの作用がなくなるか,場合によっては若干マイナスに作用することも考えられる。ということは,設備投資の伸び率はしばらくすると設備ストックの伸び率程度まで低下してくることになるだろう。

しかし,設備投資の水準自体は高まっているので,内需拡大に対する寄与度は引き続き大きいものと見込まれる。

企業の設備投資意欲の強さは設備投資計画にも現れている。前記「法人企業動向調査」によって平成2年度設備投資計画の動向をみると,製造業では鉄鋼の増加等により対前年度比10.7%増,非製造業では金融・保険の増加等により同4.1%増と計画されている。全産業では同6.7%増と89年度の8.7%増に比べやや低下しているものの,年度当初の計画としては高い伸びとなっており,引き続き堅調な増加が見込まれている。

2. 在庫循環の動向

(長期拡大と在庫循環)

今回景気上昇局面が平均的な在庫循環の周期を越えて長期化するなかで,在庫投資の循環も長期化するようなパターンが作られつつあるものと考えられる。同じようなパターンは「いざなぎ景気」のときにもみられたので,それを今回と比較してみたのが第1-2-7図である。同図は,出荷と在庫の前期比(ここでは,それぞれについてトレンドとサイクルの要因を取り出した上で計算)の関係を時間の推移を追って表示している。典型的な在庫循環の場合には,右回りの円を描き,出荷と在庫が同じ増加率で増加することを示す45度線を左上から右下に越えると出荷の伸びが在庫の伸びを下回り,意図せざる在庫積み増しから在庫調整局面に入るのが通常のパターンである。ところが,「いざなぎ景気」の場合には,景気回復とともに出荷が急激な立ち上がりをみせた後,前向きの在庫積み増しが始まり,この45度線を越えても直ちには在庫調整局面には入らず,67年7~9月期から8四半期にわたって45度線の下側に位置した後,再び45度線を上回った。

今回景気上昇局面においては,出荷の伸びが高まるなかで在庫が滅少し続け,緩やかな弧を描くという典型的な回復期の推移を示した後,前向きの在庫積み増しが始まった,税制改革の影響もあって出荷,在庫ともに高い伸びを示した後,89年4~6月期から45度線を下回ったが,紙・パルプ,半導体など一部産業を除けば,在庫調整局面入りする兆候はみられなかった。3四半期にわたって45度線の下側に位置した後,90年1~3月期には再び45度線を上回った。このような動きは景気回復初期の力強い拡大からバランスのとれた拡大へと移行するという長期拡大に特有の過程にあるためであり,在庫調整の局面にはないものと考えられる。

税制改革に伴う需要の不規則な変動も在庫循環をわかりにくくしているものと考えられる。89年1~3月期には消費税導入を控えての駆け込み需要は物品税廃止を見込んでの買い控えを上回り,89年4 ~7 6月期にはその反動がみられたと推測される。そのような最終需要の不規則な変動の影響を緩和するため,企業が生産活動を平準化させた結果,新税制導入の前後数四半期にわたって流通在庫をはじめ各段階において積極的に在庫変動を生じさせたものと思われる。このことは,在庫変動を通ずる生産の平準化がないサービス部門の生産動向(第3次産業活動指数)と比較すると一層明らかである(第1-2-8図)。

89年1~3月期には消費税導入前の駆け込み需要と物品税廃止後の需要増を見込んだ生産増がかなり大幅なものになったものと思われる。他方で,4~6月期の最終需要の減少による影響は,同期においては生産がほとんど減少しなかった(かなり高かった3月の水準に比べると4月は3.4%減とかなり滅少したが,5,6月の増加でこれがほぼ打ち消された)ため,7~9月期以降にも持ち越されることになり,7~9月期には最終需要の高い伸びがあったにもかかわらず生産がわずかながら減少し,一部には在庫の取崩しの動きもみられた。

また,10~12月期には輸出の伸びの鈍化がみられ,これも生産の伸びの回復を遅らせる一因となったと考えられる。さらに,物品税の廃止もあって,乗用車やテレビ,VTR,冷蔵庫などで高級化,大型化を始めとして製品の高付加価値化が意識的に進められた結果,数量指数である鉱工業生産指数は名目生産額を価格指数で割り戻した実質生産額よりも伸びが低くなったものと思われる。

(企業行動の変化と在庫投資)

在庫管理技術が進歩していることに加え,サービス経済化が進展していることにより,在庫循環の平準化,小幅化が生じているものと考えられる。GNP在庫率は長期的に低下傾向にあり,GNPの変動に対する在庫変動の寄与度もバラツキ(標準偏差)が小さくなっている(第1-2-9図)。また,長期的な物価安定下で在庫投資に対する企業の態度は慎重になっており,仮需の発生はほとんどみられなくなっている。さらに,企業は利益を重視するようになっているので,シェアを確保するために需要があれば少々無理しても出荷・生産を増やすという企業行動も弱まっているものと考えられる。

現在,一部産業では供給制約が顕在化しつつあるものの,超過需要は受注残として将来に持ち越されることが多くなり,直ちに在庫率の低下,物価上昇圧力にならなくなっているように思われる。たとえば,設備投資が好調を続けるなかで,機械受注額は大幅な増加となっているが,一般機械を始め設備用機械の生産が供給制約に直面するところが出てきている。このような状況に対して,供給企業側では選別受注が行われる一方,需要企業側でも納期の長期化を受け入れ,無理してもあくまで当初予定通りの納期を求めるという以前のような行動は少なくなっているように思われる。この結果,先に持ち越される受注が多くなり,機械受注の残高の積み上がりがみられる(第1-2-10図)。このような企業行動は,短期的には生産の伸びを緩やかにして需要圧力を緩和する一方,中期的には生産を平準化させ拡大を長引かせるという効果を持つであろう。

3. 個人消費の動向

(早期に堅調となった個人消費)

個人消費は自律的に循環を引き起こすよりは生産の拡大による所得増に応じて増加するので,景気循環に遅れて追随する性格が強いものと考えられる。今回景気上昇局面においては,回復初期には緩やかな伸びであったが,87年度には前年度比4.5%増と他の景気上昇局面に比べ比較的早い段階から伸びを高め,以後も88年度は同5.0%増,89年度は同3.2%増と堅調な伸びを続けている。これは,雇用者数の大幅な増加による雇用者所得の堅調な増加に加えて,税制改革の一環として実施された所得税減税もあって可処分所得が堅調に増加したこと,地価と株価の上昇による資産効果が消費性向を高めたことによるものと考えられる。また,今回の景気上昇局面においても,これまでの景気上昇局面同様,一般世帯の消費支出が先行して増加し,勤労者世帯のそれが追いつくというパターンがみられた。

88年度から89年度にかけては,税制改革の実施に伴う不規則な動きがみられた。89年1~3月期には,税制改革を控えて一部に買い急ぎ,買い控えの動きがみられ,全体としては買い急ぎが買い控えを上回ったと推測され,1~3月期の高い伸びと4~6月期の反動減という動きになった。このような税制改革の短期的な影響は6月頃までにはほぼ出尽くしたものと考えられ,7~9月期以降は堅調に増加している。89年度全体としては,88年度に比べて伸びが鈍化したが,これは,第一に,89年1~3月期には,消費税導入を控えての駆け込み需要が物品税廃止を見込んでの買い控えを上回り,89年4~6月期にはその反動がみられたと推測されること,次に,所得減税の効果が88年に大きく現れた一方,消費税の一回限りの物価引き上げ効果(物品税廃止の価格引下げ効果もあった)があったので,雇用者所得などの伸びが高まったにもかかわらず,実質可処分所得の伸びが低下したことによると考えられる(第1-2-11図)。

経済企画庁「消費動向調査」によると,家計の消費者態度指数は87年4~6月期以降,景気上昇にやや遅れて上昇を始めた。これは,物価の安定が続き,雇用情勢が改善してきたこと,所得が伸びていることなどを反映しているものと考えられる。しかしながら,89年1~3月期には低下に転じ,4~6月期にはさらに低下した。これは税制改革を控えて消費者が新税制の影響を見極めようと慎重な態度をとったことによる面もあるものと考えられる。その後,消費税の実施が円滑に行われ,便乗値上げ等もほとんどみられなかったことから,家計の消費態度は7~9月期には回復し,10~12月期も上昇した。1~3月期はやや低下したが依然として高い水準にある(第1-2-12図)。

(資産効果等が個人消費に与えた影響)

家計は金融資産の蓄積を急速に充実させてきており,土地資産についても売却超過となっているが地価の上昇から資産額としては大きくなっている。この結果,可処分所得が消費を決める最大の重要な要因であることには変わりはないが,地価や株価などの資産価格の変動が資産効果を通じて個人消費に与える影響は大きくなってきているものと考えられる。

このような資産の蓄積と個人消費の関係を踏まえて,家計が保有する土地,株式,その他の金融資産からなるグロスの実質資産残高を説明変数として含む消費関数を推計し,最近の民間最終消費支出の増加の寄与度分解を行うと,第1-2-13図のようになる。これをみると,実質資産残高の増加は,87年から個人消費を大きく押し上げる要因となり,88年にはさらに寄与度が高まったが,89年には過去の水準をやや上回る程度の寄与度となっている。他方,所得要因は,87年にはあまり大きなものではなかったが,88,89年と寄与度を高めている。なお,資産毎に換金性等の差に応じた消費拡大効果の違いを考慮に入れることもできると考えられるが,ここでは土地,株式,その他の金融資産を市場評価額で直接に足し合わせている。ちなみに,この仮定の下では,資産総額の増加に対する各資産の寄与度は土地の寄与度が過半を占め,次いでその他金融資産の寄与度が89年を除けば株式の寄与度を若干上回っており,資産効果の内訳もこれに応じたものになっていると考えられる。

(耐久消費財のサイクル)

今回景気上昇局面では,サービス消費と並び耐久消費財が好調となっている。

これは,可処分所得の伸びが好調であること,これまで景気動向を反映した収入についての先行き不安などから手控えられていた買換え需要が動き出したこと,新型の高級乗用車,大型テレビ,大型冷蔵庫,静動型洗濯機などの新製品が投入されたこと,既に普及率がかなり高まっている耐久消費財については,資産効果や可処分所得拡大の効果が高級品指向を強める方向に作用したことなどによるものと考えられる。

耐久消費財の販売実績をみると,乗用車は税制改革による物品税の廃止等による影響から,89年1~3月期に買い控えがみられた後,大幅な増加を続けている。これに対し,家電製品等は,87年度,88年度に好調な伸びを示した後,緩やかな伸びないし減少となっていたが,89年度後半からは再び伸びを高めている。また,89年度に入ってからは,物品税廃止の効果もあり,2000CC超の普通乗用車,22型以上の大型テレビ,400L以上の大型冷蔵庫など高額商品の売上げの伸びが特に高くなっており,販売台数の伸び以上に売上げ金額の伸びは高い(第1-2-14図)。

また,耐久消費財については,設備投資と同様に技術の進歩がもたらす需要がある。すなわち,技術進歩が家計が保有している耐久消費財の陳腐化を招き,買換え需要を刺激するという効果である。また,新技術が新たな消費需要を掘り起こすという効果もある。ワープロ,パソコンは上述の新製品とともにこれを例証しているといってよいであろう。

耐久消費財の普及に伴い,耐久消費財の望ましいストックの水準を決めるというストック調整の影響が大きくなるとともに,耐久消費財支出に占める買換え需要の比率が高まった結果,主要な耐久消費財の販売台数は増加と減少が交替するサイクルを描くようになっている。CDプレーヤーなどのように新しい製品の場合はS字型の成長カーブを描く普及度の高まりに応じて販売台数が急激に増加し,ピークを過ぎると緩やかに伸びを低下させる。これに対して,既に高い普及度を達成した成熟度の高い耐久消費財では,既に保有している耐久消費財のストックの水準(台数だけでなく,耐用年数,質の要素も含まれる)を考慮して購入を決定し,新製品の導入,景気情勢や金利などに従って買い時を決めるという消費者の行動によってサイクルが生ずるものと考えられる。つまり,成熟度の高い耐久消費財の購入は,住宅投資と同様の家計による投資行動の性格を強めているのである。

この点を乗用車の販売について検証してみたのが,第1-2-15図である。これをみると,80年代に入ると乗用車の相対価格の低下がみられなくなり,ストックの積み上がりが販売台数を抑制するという要因が所得増要因を相殺して伸びがほとんどみられなくなっていた。これが,今回景気上昇局面では,はじめに資産残高要因が大きくプラスに作用するようになり,次いで所得要因もこれに加わり,伸びが高まった。89年には,好調な販売を反映してストック調整のマイナス幅が拡大したものの,物品税廃止に伴う価格低下が需要を喚起したことが判る。なお,この価格低下には中古車に比べ新車を割安にする効果もあり,買換えの促進,中古車需要の新車需要への振り替えを引き起こしたものと考えられる。

4. 住宅投資の動向

(景気回復をリードした住宅投資)

今回の景気上昇局面では,住宅投資は,公共投資と並び景気回復初期の国内需要拡大のリード役であった。住宅着工戸数の推移を形態別にみると,86年度から始まった貸家建設のブームは87年度にピークに達し,持ち家も87年度に増加し,88年度にはそれぞれ減少した。分譲住宅は87年度以降増加を続けている。地域的にみても,86年度から東京圏でまず盛り上がりをみせ,87年度になると大阪圏,名古屋圏,そして,地方圏へと波及していった。このように形態別,地域別に次々と波及していく動きがみられた結果,住宅着工戸数は87年度に173万戸のピークに達した後も88年度166万戸,89年度167万戸と高い水準を保っている。また,住宅の一戸当たり平均床面積が増加に転じ,床面積当たり平均単価も上昇しており,質の高い住宅の建設が増えていることがうかがわれる。なお,戸数要因が低下しているものの,規模要因の増加が上回っていることが,着工戸数ベースでは小幅な減少であるが,GNPベースでみると住宅投資が増加している要因となっている(第1-2-16図)。

このように住宅投資が好調を示し,その後も高い水準を続けている要因には,第一に,住宅関係金利の水準が89年前半まで低く,その後は金利先高感による駆け込みがみられたこと,第二に,一般には土地取得を伴う住宅建設にとって阻害要因と考えられている地価上昇が後述するように一部で逆に住宅投資促進要因として作用したこと,第三に,供給面での制約が住宅着工を平準化していることがあるものと考えられる。

(金利水準が住宅投資に与える影響)

全般的な金融緩和のなかで,87年度に内需拡大策の一環として住宅金融公庫の貸付金利が引き下げられるとともに,貸付枠も大幅に拡大された。また,民間金融機関の住宅ローン金利も低下した。これらによって住宅取得のための資金調達が容易になったことは住宅投資を促進する要因として重要であったと考えられる。第1-2-17,18図をみると,持家については,83年下期から金利要因が増加に寄与し始め,86,87年には大きな寄与となっている。貸家については,東京圏では84年から88年上L期まで寄与の拡大がみられ,東京圏を除く全国でも同じ時期に東京圏ほどではないが金利要因の寄与がみられる。88年には住宅ローン金利がやや上昇し,マイナスの寄与が現れた。

89年度に入っては,市場金利が上昇するなかで住宅金融公庫の貸付金利が引き上げられ,住宅ローン金利も上昇した。これらの金利の上昇は住宅建設に対して抑制的に作用すると考えられる。ただし,89年度中の金利引き上げに際しては,市場金利の上昇傾向が明確であったこともあり,住宅関連金利の先高予想が広く行き渡ったことから駆け込み発注が発生したものと考えられる。今後については,金利上昇によるコスト・アップの効果が現れるとともに,駆け込み発注の反動減から着工水準を低下させる可能性がある。とはいえ,反動減の影響がいつ現れるかについては,現在,後述の受注手持ち月数にみるように相当の受注残が蓄積されており,これが通常の水準に戻るまでは,住宅投資は工事ベースではあまり低下しないと考えられる。さらに,一戸当たり面積の増加,床面積当たり実質単価の上昇などの質の向上による寄与もある。これらの要因を考慮すると,住宅投資が大きく落ち込むとは考え難い。

(地価と住宅投資の関係)

地価の上昇と住宅建設との間には,一般には地価上昇が宅地分を含む住宅価格を押し上げ,土地取得を伴う住宅建設に対して抑制的に働くという関係があるものと考えられる。しかし,東京圏では,地価上昇が顕在化した87年頃に,貸家を中心に住宅着工の増加がみられた。このように,地価上昇が住宅建設を促進する方向に作用する場合もあると考えられる。これは,地価が大幅に上昇するなかで,前述の金利要因及び土地の担保価値の増加という一種の資産効果に加え,余裕地を保有する家計が相続税,固定資産税等の税負担の増加に対応するために貸家を建設したことなども貸家建設の促進要因として作用したものと考えられる。また,近年,住宅建設のなかで比重を増している建て替えの場合についても,土地の担保価値の増加が資金調達を容易にするという効果が働いたはずである。

そこで,東京圏と東京圏以外について,貸家系住宅着工と地価上昇率の関係を第1-2-18図の地価上昇率を説明変数として含む住宅着工関数でみてみよう。ただし,地価上昇率だけでなく,地価の水準自体も住宅着工に影響すると考えられること,地価上昇率と住宅着工がともに金利から影響を受けるので,金利を介した相関もありうることには留意が必要である。同図によると東京圏では,地価上昇率の高まりが貸家着工を増加させる方向に働いているのに対して,東京圏以外では,逆に抑制する方向に働いているという推計結果になっている。詳細にみると,東京圏では地価上昇率の高まりが続いたことから,86年から87年にかけて地価上昇率の要因は明確に貸家着工にプラスに作用した。東京圏以外では,近年の地価上昇率の高まりが基調としてマイナスに作用した。この違いは,東京圏の地価水準がもともと東京圏以外に比べて高く,上述のような地価上昇が貸家着工を促進する要因がより強く作用したことによると考えられる。もっとも,東京圏では88年に入ってからは地価上昇率が低下した上,金利が上昇したことに加え,相続税制が改正されたこともあって,この要因は小さくなっているものと考えられる。

また,持家系住宅着工については,第1-2-17図にあるように,地価上昇率の高まりが一年程度のタイムラグをもったマイナス要因になる関数が得られた。最近の動きをみると,87年下期から88年にかけて着工にマイナスに作用したとみられる。

(供給制約の影響)

今回の景気上昇局面においては,当初,公共投資と住宅投資が需要の牽引役となったこともあり,87年後半から建設労働者と建設資材の供給不足が現れた。

その後,建設資材については,生産が拡大した結果,現在は,需要は引き締まり基調となっているものの,供給不足といった状況ではない。しかしながら,建設労働者については,賃金の引き上げ,生産性の向上などの努力はあるものの,依然として供給不足の状況にあり,89年度後半には一段と不足の度合いが高まった。特に,建設工事で必要な技能工は,育成に時間がかかることなどもあって,早期に供給不足を解消することは難しいとみられる。

このような建設労働者不足による供給制約から住宅の建設業者手持ち受注残がかなり積み上がっている(第1-2-19図)。手持ち受注残の積み上がりは,供給力に比べて過剰な発注の下では,受注から着工までの期間,そして,建設工期を長期化し,逆に,受注が適正な水準まで低下してくれば,それらの期間を短縮化するというように,発注の変動に対して着工を平準化する効果を持つ。たとえば,88年末に住宅の駆け込み発注が相当の規模あったが,これは徐々に着工に移された。

以上みたように,今後,金利上昇の影響がどのように出てくるかについては注視が必要であるが,住宅投資が今後若干減少する可能性はあるものの,設備投資の増勢が続き,個人消費も堅調を続けると見込まれ,在庫調整局面を迎える可能性も小さいなど,本節でみた国内民間需要の自律的な動きからみる限り,景気の腰は当面強いといえる。

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