第1節 長期化する景気拡大

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1. 平成元年度経済の特徴

(世界経済の動向)

世界経済は,82年を底に7年を超える長期拡大を続けている。89年は,世界的な設備投資ブームとなった88年に比べれば緩やかであるが,引き続き順調な成長の年であった。アメリカは,前年の4%を超える成長から3.0%の成長(早ばつの影響を除くと5%近くから3%弱)へと鈍化した。しかし,消費者物価上昇率は89年後半に落ちつきを見せたものの,90年に入ってしばらくの間は5%を超えて高まりをみせ,これが世界の金利動向に影響を与えてきた。西欧では,設備投資などの内需を中心に拡大が続いてきたが,EC統合の動きや東西ドイツの通貨同盟の発効,そして,東欧諸国との経済的関係の強化への期待から投資の強調がさらに続くと予想されている。西欧の消費者物価上昇率は,88年の高い成長によって需給が引き締まった結果,88年後半に総じて高まりをみせたが,各国の金融引き締めなどの政策対応により,持続的な成長を維持しながら,総じて落ち着いた動きとなっている。また,原油価格の上昇が欧米の物価を押し上げたが,これは一時的な現象にとどまった。世界経済の総体としての堅調な拡大を受けて,世界貿易も88年の9.1%の増加の後,89年も7.2%増と順調な拡大を続けた。

主要国の対外不均衡をみると,アメリカの経常収支赤字は緩やがながら縮小傾向にあり,日本の経常収支黒字も着実に縮小しているが,西ドイツの経常収支黒字は依然大幅である。国際的な資本の動きをみると,アメリカの経常収支赤字は直接投資を中心に民間資本によってファイナンスされている。他方,発展途上国への資本の流れは,直接投資が活発に行われている東南アジアの一部の国を除けば,むしろ,ネットで途上国がらの流出となっており,重債務発展途上国の債務問題は依然として厳しい状況となっている。また,民主化・経済改革を急速に進める東欧諸国も新しい資金需要を生みつつある。

主要国の財政金融政策をみると,物価上昇懸念に対して,主として金融引き締めで対応しており,長短金利の上昇傾向がみられた。財政政策については,各国において,中期的な財政赤字削滅,歳出構造の改善,税制改革が進められている。構造政策については,規制緩和,労働政策の見直し,補助金の削減など各国がそれぞれの課題に取り組んでいるほか,貿易政策がウルグアイ・ラウンドでの多角的な交渉で討議されている。

(日本経済の動向)

平成元年度の日本経済は,物価が落ち着いた動きを続けるなかで,設備投資,個人消費に牽引された自律的な性格の強い内需主導の拡大を続けた。とりわけ,設備投資の伸びは著しく,研究開発関連投資などの独立投資,生産能力増強投資,更新投資に加えて,省力化投資も盛り上がりをみせた。また,個人消費は,4月前後に不規則な動きがみられたものの,堅調な増加が続いた。これは,消費税の導入や物品税の廃止等に伴い一部に買い急ぎや買い控えとその反動がみられたものの,消費者物価が安定的に推移する一方,可処分所得が着実に増加したことによる。

89年度の実質経済成長率は,前年に比べやや鈍化したものの,5.0%増と着実な成長となった。内外需別にみると,国内需要は5.7%増と前年に引き続き高い伸びとなり,経済成長に対する寄与度でみても5.7%増と3年連続で5%を超えたが,輸出等から輸入等を差し引いた外需は4年連続のマイナスとなった(第1-1-1図)。需要項目別にみると,民間企業設備は16.5%増と3年連続の2桁の伸びとなり,民間最終消費支出は3.2%増と伸びをやや低下させたが堅調な増加を続け,民間住宅も3.9%増と高水準を維持した。以上のように,89年度も88年度に引き続いて,設備投資や個人消費を中心とする自律的な景気拡大であった。

89年度内の動きを四半期別にみると(第1-1-2表),実質GNPは季節調整済前期比で4~6月期0.8%の滅少の後,7~9月期は2.9%増と大幅な伸びとなり,10~12月期は0.8%増,1~3月期は2.5%増となった。4~6月期の滅少は,民間最終消費支出が1~3月期の消費税の導入を控えての買い急ぎに対する反動から滅少したことなどにより内需が減少し,外需の寄与度もマイナスであったことによる。7~9月期は,内需が前期からの反動もあって高い伸びとなったことに加え,輸出等の高い伸びから外需の寄与度が一時的にプラスになったことにより大幅増となった。10~12月期の伸びはやや緩やがになったが,これは,個人消費,設備投資を中心に内需が堅調な伸びとなったものの,輸出等の伸びが緩やかな一方で輸入等の伸びが高かったことから,外需の寄与度が大きなマイナスとなったことによる。1~3月期は,個人消費,設備投資等の内需が堅調な伸びを続けるとともに,輸出等が伸びを回復したことから外需の寄与度がプラスとなったことにより高い伸びとなった。

このような経済全般の動きに応じ,89年度の鉱工業生産の伸びは4.5%増と前年度に比べてやや緩やかなものとなった。四半期別にみた年度内の動きは,GNPの動きとはやや異なり,季節調整済前期比で1~3月期3.1%増と高い伸びの後,4~6月期0.3%増,7~9月期0.1%滅と年度前半は伸びが低かったものの,10~12月期0.8%増,1~3月期0.8%増と後半には伸びがやや高まり,次第に力強さを取り戻しつつある。まず,年度全体としては,生産の伸びがやや緩やかであったのは,89年1~3月期には,消費税導入を控えての駆け込み需要が物品税廃止を見込んでの買い控えを上回り,89年4~6月期にはその反動がみられたことによると推測される。この不規則な最終需要の変動が生産活動に及ぼす影響は,流通在庫をはじめ各段階の在庫変動を通じて生産活動を平準化することによってある程度緩和された。すなわち,4~6月期の最終需要の減少による影響は7~9月期以降にも持ち越されることになり,7~9月期には最終需要の高い伸びがあったにもかかわらず生産がわずかに滅少し,一部には在庫取崩しの動きもみられた。さらに,10~12月期には輸出の伸びの鈍化がみられ,これが生産の伸びの回復を減殺する一因となったと考えられる。

また,物品税の廃止に伴って製品の高付加価値化が一層進められたことも数量指数である鉱工業生産指数の伸びを実質生産額の伸びよりも低くしているものと考えられる。他方,第3次産業挿動指数は,1~3月期の高い伸びの後,4~6月期には大きく滅少したが,7~9月期以降は堅調に推移している。

89年度の完全失業率は,2.2%と,前年度に比べさらに低下する一方,就業者数,雇用者数が高い伸びとなり,雇用情勢は引き続さ大きく改善した。他方,有効求人倍率が1.30倍と73年度以来の高い水準となるなど,労働力需給は引き締まり基調にある。しかしながら,89年度中,賃金上昇は概ね安定して推移した。90年の春闘賃上げ率は89年に比べやや高い5.94%となった。

物価は,税制改革に伴う一回限りの価格上昇に加え,円安と原油価格の上昇による輸入物価の上昇はあったものの,国内卸売物価は2.6%の上昇と落ち着いた動きとなり,消費者物価が2.9%の上昇と安定した動きとなった。これは,賃金上昇が概ね安定していたことを背景に単位労働コストの上昇が緩やがであり,企業の価格設定も慎重であったためと考えられる。

輸出は,円安傾向にもかかわらず,対米,対中国向けを中心に伸びを鈍化させる一方,輸入は,国内需要の好調を背景に製品類を中心に着実な増加を続けた。この結果,経常収支黒字は7.6兆円(534億ドル),対名目GNP比で1.9%となるなど対外不均衡は着実に縮小した。

政府支出の伸びが緩やかである一方,所得税,法人税等の税収は好調であり,財政収支は引き続き改善した。この改善は行財政改革の推進によるばかりでなく景気循環が上昇局面にあるためでもあり,全体として財政政策はおおむね景気中立的に運営されたと評価される。金融政策面では,物価の安定を図ることによって内需中心の成長を持続させることを目指して89年度中に4次にわたって公定歩合が引き上げられ,プラザ合意前とほぼ同水準に戻った。短期金利の上昇を受けて長期金利も上昇したが,為替レートは円安傾向を続け,90年年初から4月にかけては株安,債券安,円安の「トリプル安」となった。この間,M2+CDはマネー対象外資産からのシフト等から伸びを高めた。

2. 今回景気上昇局面の特徴

以上において平成元年度の経済動向の特徴をみたが,これを視野を広げて景気循環局面という観点から86年11月を谷として始まって以来の今回景気上昇局面の特徴をまとめれば,以下の6つがあげられる。

第一は,その長さである。今回の景気上昇局面は86年11月を谷として始まったので,今年7月現在で景気上昇期間は44か月となった。これは,第1-13表にみるように,第8から第10循環までの景気上昇期間が30が片に満たながったことを考えると,安定成長期の景気上昇局面のながでは群を抜いて長いといえる。また,高度成長期を入れてみても,31が月続いた第3循環(「神武景気」),42か月続いた第4循環(「岩戸景気」)を上回り,57が月続いた第6循環(「いざなぎ景気」)に次いで戦後第二に長い景気上昇局面となっている。「いざなぎ景気」の57か月には,まだ1年余りあり,今後,これにどこまで迫るのか,あるいは,超えるのかについては確かなことは言えないが,以下にみるような持続力の強さからみて,これに匹敵するような長期拡大になる可能性もあるものと考えられる。

第二は,良好な国際経済情勢が継続していることである。景気上昇局面の長期化は,日本ばかりでなくアメリカ,西欧においてもみられる。このため,世界経済は7年を超える長期拡大を続けている。その共通の要因としては,まず,国際的な協調の下での財政金融政策が適切に運営されるとともに,為替相場の動向が総じてみれば世界経済の拡大に寄与してきたことがあげられよう。また,在庫管理技術の進歩等による在庫循環の平準化が景気変動を安定させる方向に作用しでいることの影響もあるものと思われる。これに加えて,世界的な規模での技術革新の進展,規制緩和等の構造政策による競争の強化,NIESやそれに続く発展途上国等との新しい国際分業の進展が長期的な経済成長の原動力となっている。また,原油をはじめ一次産品価格も基本的に落ち着いている。

第三は,国内民間需要の力強い拡大が続く一方,外需は減少していることである。第1-1-3表にみるように,今回の景気上昇局面においては,これまでのところ実質GNP成長率は平均して年率5.7%増(谷である86年11月を含む86年第4四半期から90年第1四半期まで)となっている。これを他の安定成長期の景気上昇局面における谷から山までの期間の平均成長率と比べてみると,それ程高い水準となっているわけではない。しかしながら,この成長に対する内外需別の寄与度をみると,内需は6.4%増,外需は0.7%減となっており,この内需の寄与度は第8から第10循環の景気上昇局面に比べて明らかに高い。他方,外需の寄与度はマイナスとなっているが,これは,輸出主導で外需の寄与度がプラスになっていた第8から第10循環の場合とは対照的である。

内需の内訳をみると,回復初期には公共投資と住宅投資が牽引役となり,これに設備投資と個人消費が加わって力強い拡大を示し,景気上昇が軌道に乗ってからは設備投資と個人消費を中心として自律的に拡大している。今後についても,設備投資は伸びをやや低下させるとしても,その水準の高まりから成長に対する寄与度は引き続き大きいものと考えられるし,個人消費も可処分所得の増加を背景に伸びが高まるものと見込まれている。このように新しい需要の牽引役が次々と現れ,スムーズに交替していることが,景気上昇の持続力を高めている。

第四に,雇用情勢が改善するとともに,労働力需給が引き締まったことである。第1-1-4表にみるように,今回の景気上昇局面では,失業率が回復が始まった直後に現れたピークから1%近く低下し,就業者数,雇用者数が大幅に増加するなど雇用情勢は大きく改善した。失業率は,高度成長期後半においては極めて低い水準にあり,景気循環に対してあまり感応的ではなく (オーカン係数が高く),安定成長期に入ってからも,構造要因等もあって上昇傾向にあるとともに,景気上昇局面でも就業者の増加率が低かったことから失業率の低下幅は小さかった。ところが,今回の景気上昇局面においては,就業者の増加が著しく,失業率もとりわけ景気上昇に対して感応的である(オーカン係数が低い)ため,景気回復以来の失業率の低下幅は戦後の景気上昇局面のながでも第4循環に次ぐ大幅なものとなっている。また,有効求人倍率が安定成長期に入って以来初めて1倍を上回り,その後も上昇するなど労働力需給は引き締まり基調となっている。89年に入ってからは企業の人手不足感が広がりをみせるようになっている。

安定成長期においては,労働力需給は緩和基調であったが,これは,重厚長大から軽薄短小へといった産業構造転換のなかで縮小する産業からの離・転職者があることに加えて,景気上昇期間が比較的短く,輸出主導であったため雇用吸収力も小さかったことによる。実際,企業は景気上昇期にあっても人員の過剰感を持っていた。このような状況が大きく変わったのは,今回の景気上昇局面が内需主導であり,雇用の吸収力が強いためであろう。雇用情勢の改善は,消費者マインドを好転させるとともに,雇用者所得の増加をもたらし,個人消費の堅調な伸びに寄与している。また,労働力需給の引き締まりは,賃金上昇圧力を高めるおそれもあるが,これまでのところ,そのような動きはさほどみられず,むしろ,省力化投資を促進して新たな設備投資需要を生み出している。

第五は,物価と賃金が落ち着いていることである。第1-1-5表にみるように,物価の安定化の傾向は安定成長期後半からみられるようになったものであるが,今回景気上昇局面ではその傾向がさらに強まったものと考えられる。今回景気上昇局面では,物価上昇率は極めて落ち着いている。景気上昇が始まった86年第4四半期から90年第1四半期にかけて,国内卸売物価が平均して年率0.5%の上昇,消費者物価が同じく1.4%の上昇となっている。この物価上昇率は,高度成長期の景気上昇局面はもちろんのこと,他の安定成長期の景気上昇局面に比べてもかなり低い。ただし,これはプラザ合意以後の大幅な円高によるところが大きいものと考えられる。また,賃金上昇率については,労働力需給が引き締まり基調となってきたにもかかわらず,安定が続いている。賃金上昇率を現金給与総額でみると,上記と同じ期間に平均して年率3.8%の上昇となっている。

このような物価と賃金の安定の背景には,安定成長期に成立した賃金と物価安定の好循環に加えて,「輸入の安全弁」効果が働いていることがあり(詳しくは第3節を参照),これらの要因が景気の過熱を防止し,景気上昇を息長いものにするのに寄与していると考えられる。

第六は,経常収支の黒字幅が着実に縮小していることである。もちろん,現在もドル・ベースでみた黒字幅が大幅であることには変わりはない。しかし,第1-1-6表にみるように,今回の景気上昇局面が始まった時点においては,対名目GNP比で4.6%あったものが,2%以上縮小している。経常収支は,景気上昇局面においては,高度成長期にみられたように黒字幅が縮小するか,赤字化するのが通常である。ところが,安定成長期においては,円高の逆J力ーブ効果で黒字幅が拡大したと考えられる円高不況の当時を除くと,経常収支の黒字幅は,高度成長期とは逆に,景気上昇局面で拡大し,景気下降局面で縮小している。これは,安定成長期に入ってからは景気上昇局面が輸出主導型であり,景気反転も原油価格の高騰や輸出の増勢鈍化によって生じたためである。これに対して,今回景気上昇局面では,経常収支の黒字幅は着実に縮小している。

これは,内需主導の経済成長が続いているとともに,大幅に円高化した為替レートの数量調整効果が現れてきたことによるものと考えられる。他方,このような経常収支の縮小は,海外に流出していた貯蓄が国内に振り向けられ,旺盛盛な投資資金需要がまかなわれたことと表裏の関係にある。さらに,製品輸入の増加等によって国内需給の引き締まりを緩和させている。このように国際資本移動,貿易を通じて内需主導の持続的成長にとって好ましい環境が作り出されているといえる。

以上みたように,今回の景気上昇局面においては,設備投資,個人消費などの国内需要が自律的な拡大を続けていることにみられるように強い持続力がある。一方,賃金・物価の安定等のインフレなき持続的成長にとって必要な環境条件も当面は問題がないと考えられるので,今回の景気上昇局面は長期拡大の様相を呈しているものといえよう。

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