平成2年
年次経済報告
持続的拡大への道
平成2年8月7日
経済企画庁
日本はいまや名目的には非常に豊かになった。日本のGNPは世界のGNPのおよそ14%を占め,純債権残高をみると最大の債権国となっている。その経済力が世界に与える影響は,貿易,金融取引,直接投資,経済協力などの面でかつてないほど大きくなっている。
実質の成長率はかつての高度成長期に比べれば半減しているものの,2度の石油ショックを含む過去の17年間の平均でも4%強の成長を遂げてきた。さらにこの間に円が高くなったことで,名目で国際比較をすると日本経済の規模の拡大はみかけ上きわめて著しかった。
最近においては,86年11月を谷とする景気上昇局面がすでに40か月以上続いている。すでに景気の成熟化という様相も現れてきており,また,今年の年初来の円安,債券安,株安のいわゆるトリプル安現象の影響を懸念する声もみられた。しかし,そうした懸念もうすれつつある。少なくとも安定的ないわば巡航速度を維持しうる条件が整っているという意味で景気上昇の持続力は依然強いといえよう。こうした好ましい展開は,7年間にもおよぶ世界経済の順調な拡大も重要な要素となっているが,最近の日本経済のひとつの成果であるということができる。
また,物価がこれまで安定していたことは長期の拡大の重要な要因であったと同時に,それ自体ひとつの成果である。しかも,今回の景気拡大は内需中心の拡大であり,経常収支の黒字が縮小しながらの拡大であることが特徴となっている。そしで黒字の縮小は,日本の産業が弱体化したり,空洞化したためのものではない。以上のように,日本のこのところのマクロ経済は健全であると評価してよいであろう。
以上のような好成績は,供給面では技術革新の活発さに負うところが大きい。
そして,その結果達成された技術水準自体もひとつの成果であり,我が国の経済力の重要な要素となっている。また,遡って日本経済が2度の石油ショックを合理化,省エネ化などによって乗り切り,85年から88年にかけての大幅な円高にも適応することができた一因には新しい技術体系が速やかに取り入れられたことがある。
こうした技術革新のテンポの速さや水準の高さを裏打ちする構造,体質,システムが当然存在する。民間部門に関していえば,ぞうしたシステムの多くは高度成長の過程で個々の企業が合理性を追求した結果生まれたものである。かつては,民間部門の日本的な慣行と政府の指導や介入が一体となって高蓄積と高成長の好循環を作り出したことがあるため,いまだに官民一体となった日本固有のシステムが支配的であるという誤解もある。戦後の復興や先進国へのキャッチ・アップを目指す政策の残滓ともいうべき規制や介入については,海外からの指摘を待つまでもなく見直すべきであろう。しかし民間部門の日本的慣行といわれるものについては,すでに欧米と同質のものに変わりつつあるものもあるし,もともと日本に固有ではなく,海外でも同じような慣行が存在するなど,普遍性のあるものも多い。
ところで,普遍的で,合理的なシステムや慣行でも,それは生産の効率に寄与するという意味でそうなのであり,それが個人のレベルで最善であるかどうかは考えてみる必要がある。景気拡大が長期化したという短期的成果や,高い技術水準を達成し,石油ショックや円高に柔軟に適応したという長期的成果が国民の実感を伴うような形で還元されているか,という問題があるといいかえてもよい。これは生産の効率を犠牲にして個人の生活を改善するという単純なトレード・オフではない。西ドイツのように個人レベルの豊かさを享受しながら,産業の活力を保ち,空洞化を回避し得ている国もあるからである。
以上のような日本経済の効率性,そのシステムの合理性がもたらすもの,また最近のパフォーマンスの良さという成果が一体どこに帰着しているのか,豊かさはいったい本物なのか,ということも問題である。日本経済はみがけ上豊かになったが,その豊かさには実感が伴わない,ことに労働時間の長さ,土地問題,内外価格差が問題であるということはすでに言われて久しい。特に地価の上昇は,分配面にマイナスの影響を及ぼしている。これらの問題にとどまらず,より広く,分配の問題,企業と個人の関係,国際社会に対する日本の貢献など,日本経済が達成した成果が望ましい形で活かされているかという問題意識が必要であろう。さらにいえば,日本経済のみかけ上の豊かさにもかかわらず,日本経済の効率性も一部の部門に止まっているという問題がある。これは今後の持続的成長にとってのアキレス鍵にもなりかねない問題である。そして,キャッチ・アップの過程で採用され,日本経済にビルト・インされた政府の規制や介入等の一部が,近年において指摘されているように,消費者の利益を阻害している可能性があることと,一部に非効率な部分が残っているということとは関係があることが予想される。市場経済のメリットを活かし,消費者を重視する政策が重要となっているが,それは日本経済のより長期の拡大を目指すことと矛盾しないどころか,実は同じ目標であるといってよい。
昨年度の年次経済報告は,その「むすび」において,日本経済の良好な成果は決して,日本経済の特殊性を示すものではない。国民の努力と創意工夫が強い経済力となって実を結んだに過ぎない。これらを豊かさの実現と世界経済の発展に活かしていくことにより,『真に豊かな地球国家』として国際社会においで尊敬され,名誉ある地位を占めることができるであろう」とした。本年度の報告においては,この観点を今一度取り上げて追求してみたい。
平成2年度の年次経済報告においては,以上のような問題意識から,第1章では「長期拡大と経済バランスの変化」と題して景気,物価,対外バランスを扱い,日本経済の現状を評価し,現時点でのその健全さを明らかにしたうえで,第2章では「技術開発と日本経済の対応力」と題して日本経済の効率性の源泉となっている技術革新の速さやシステムを取り上げ,第3章では「経済力の活用と成果配分」と題して所得・資産の分配,企業と個人の分配,海外への成果配分,などを,できるだけこれまでの経済成長のメカニズムとも関連づけつつとりあげる。