平成元年
年次経済報告
平成経済の門出と日本経済の新しい潮流
平成元年8月8日
経済企画庁
第1章 昭和63年度の経済の動き
昭和63年度の雇用情勢は,前年度に引き続き改善し,完全失業率の低下,雇用者数の大幅な増加がみられた。また,有効求人倍率は1.08倍と15年ぶりに1倍を上回り,企業の人手不足感に拡がりがみられるなど,労働力需給は引締まり基調となった(第1-5-1図)。
(労働力需給は引締まり基調へ)
63年度の新規求人数は,前年度比23.6%増と前年度(同23.3%増)に引き続き大幅な増加となった。産業別新規求人数をみると,年度前半は生産の増加傾向を受けて鉄鋼業,機械関連業種を中心とした製造業や,運輸・通信業等で大幅に増加したが,年度後半には増勢に鈍化がみられた。一方,卸売・小売業,飲食店やサービス業では年度を通して安定的な増加となった。
有効求人数は,前年度比25.3%増(62年度19.0%増)となった。これを常用,臨時・季節,パートの別にみると,前年度比で常用25.0%増(62年度23.8%増),臨時・季節10.9%増(同9.5%増),パート41.0%増(同37.4%増)となり,常用労働者への求人が堅調に増加したことに加え,パート求人の増勢はとくに強いものとなった。こうした求人増加の背景には,経済の拡大局面が続くことに加え,63年4月から改正労働基準法が施行されたこと等により,総労働時間が前年度に比べ減少したことから,企業が必要な労働投入量の確保には人員増で対応しようとしたことも考えられよう。
他方,63年度の有効求職者数は前年度比11.4%減(62年度同4.0%減)と一段と減少した。これは,雇用調整実施事業所割合の低下などから離職求職者(雇用保険受給資格決定件数)が前年度比9.0%減(62年度同8.9%減)となったこと等によっている。パートタイム求職者は同13.5%減(同1.7%減)と大幅に減少した。
こうした求人・求職それぞれの動向を受けて求人倍率も上昇し,新規求人倍率は63年度1.63倍(62年度1.20倍),有効求人倍率は63年6月に季節調整値1.05倍と50年代以降で初めて1倍を超え,年度計でも1.08倍(62年度0.76倍)と15年ぶりに1倍を上回るなど,労働力需給は引締まり基調となった。パートタイムの有効求人倍率はとくに大幅な上昇となり,63年度3.35倍(62年度2.06倍)となった。
(大幅に増加した雇用者数)
63年度の労働力供給をみると,15歳以上人口の増加に加えて,男子労働力率は前年度の77.3%から77.0%と49年度以来の低下を続けたもののその低下幅は比較的小幅であり,女子労働力率は前年度の48.7%から49.0%と2年連続して上昇したことから,労働力人口は前年度差81万人増の6,186万人と,5年ぶりの大きな増加となった。
他方,就業者数は前年度差\100万人増の6,036万人と,42年度以来の大幅な増加を示した。これを男女,従業上の地位別にみると,自営業主同9万人減(男9万人減,女1万人減),家族従業者同13万人減(男保合い,女13万人減)となる一方,雇用者は同120万人増(男59万人増,女61万人増)と40年度以来の大幅増加となるなど,企業の雇用意欲が強まる下で男子自営業主,女子家族従業者から雇用者へ転じる者も増加している。
産業別雇用者数の動きをみると,サービス業(前年度差36万人増),卸売・小売業,飲食店(同27万人増)では引き続き堅調な増加となったほか,製造業では同27万人増と3年ぶりに増加に転じ,建設業でも同21万人増と53年度以来の大幅増加となるなど,多くの業種で雇用増加がみられた。また,雇用者のうち常雇は前年度差99万人増と45年度以来の大幅増加となった。
パートタイム雇用者の動向を,週間就業時間35時間未満の非農林業雇用者数でみると,63年度は前年度差58万人増の570万人となった。
63年度の完全失業者数は,就業者の大幅な増加を反映して,前年度差20万人減の150万人となり,この結果完全失業率は2.4%と前年度の2.8%を0.4%ポイント下回った。なお季節調整値でみた完全失業率は,年度前半は2.4~2.6%で推移したが,63年12月以降は2.3%で安定している。
(拡がる企業の人手不足感)
労働力需要の高まりによって,以上のような雇用情勢の改善がもたらされる一方で,企業の人手不足感には拡がりがみられている。日本銀行「企業短期経済観測」により,全国企業の雇用人員判断D.I.(「過剰」とする企業割合-「不足」とする企業割合)をみると,全産業では62年5月のプラス12をピークに同年11月以降は不足超過に転じており,元年2月マイナス23,5月マイナス22と49年以来の拡がりを示している。製造業においては,雇用改善がやや後れたこともあり雇用過剰感が残存していたが,63年2月には不足超過となり,さらに63年11月には製造業の大企業にまで人手不足感は拡がっている(第1-5-2図)。なお,製造業のうち輸送用機械,建設業,サービス業ではとくにマイナス幅が大きくなっている。
今回の雇用改善局面において人手不足感の拡がりが顕著となった要因として,需要面では,①個人消費の堅調,設備投資の大幅な増加を受けて,機械関連業種,建設業等で雇用需要が拡大したこと,②内需型経済成長であったことから,従来の輸出型成長に比べ雇用誘発が大きく,また産業間のばらつきも少ない全面的雇用創出があったこと(63年度年次経済報告3章4節参照)があり,他方供給面では,①近年30~39歳人口の減少がみられ,就業者に占めるこの年齢層の比率が高い産業(男子で建設業,化学諸工業,金属機械工業,電気・ガス・熱供給・水道業,女子で繊維工業,卸売・小売業,飲食店,サービス業)での供給制約となったこと,②30~39歳層の女子はパートタイム労働者増加の中心でもあることから,この層の減少がパートタイム労働者の供給制約ともなったこと等が考えられる。こうした年齢間の需給不均衡も含め,傾向的な労働力需給のミスマッチ拡大により,求人がなかなか充足できなくなっていることがあげられよう。
こうした人手不足に対応するため,中途採用を実施する企業も増加している。労働省「労働経済動向調査」によると,元年1~3月期において中途採用を実施した事業所割合は,製造業で57%(前年同期51%),卸売・小売業,飲食店で56%(同51%),サービス業で67%(同65%)と高水準になっている。
現在までのところ,雇用者の堅調な増加がみられており,人手不足が景気の足かせになっているとはいえないが,今後についても成長のボトルネックとなることやインフレを引き起こすことのないよう,雇用確保の進展が期待される。とくに,年齢・地域等によっては依然雇用情勢の改善に遅れのみられる部分もあることから,引き続き労働力需給のミスマッチ対策を進めることにより,均衡のとれた雇用改善を実現することが望まれている。
63年度の物価動向をみると,国内卸売物価は,6~7月の輸入物価の上昇から前月比で一時的に上昇したものの,その後横這いないし下落傾向で推移し,前年度比0.5%の下落と落ち着いた動きを示し,消費者物価は年度後半に上昇率がやや高まったものの,同0.8%の上昇と安定した動きとなっている。元年4月には消費税の導入を反映して上昇したものの,基調として安定した動向といえよう。
(落ち着いた国内卸売物価)
63年度国内卸売物価は,前年同期比で4~6月期0.2%の下落,7~9月期0.6%の下落,10~12月期1.1%の下落,元年1~3月期0.1%の下落と落ち着いた動きとなっている。最近の動向を要因分解してみると (第1-5-3図),海外要因(契約通貨ベース輸入価格)と景気上昇を反映して需給要因(稼働率)は上昇要因として働いているものの,単位労働コスト(製造業),輸入数量が引下げ要因として働いていることがわかる。とくに63年度には需給要因が上昇に反転した後,上昇寄与度が大きくなる一方,輸入数量要因の引下げ効果が相殺する動きとなっている。
63年度の特徴的な動きをみると北米での旱魃による5月からの穀物価格の上昇や円安から輸入物価が上昇したこと,非鉄金属の一部で海外市況の上昇を反映したことなどから国内卸売物価は7~9月期に前期比0.3%上昇したが,10~12月期には前期比0.2%の下落,元年1~3月期は同0.1%の上昇と総じてみれば落ち着いた動きを示している。
(基調として安定した消費者物価)
63年度の消費者物価(全国)を前年同期比でみると,4~6月期0.2%,7~9月期0.6%の上昇で推移した後,10~12月期,元年1~3月期とも1.1%の上昇と年度後半にかけて上昇率がやや高まっている。これを,財別に寄与度分解してみると(第1-5-4図),天候要因の大きい生鮮商品が4~6月期を除いて上昇要因となっていた他,サービスは一定の上昇寄与度を示している。特徴的な動きとしては,元年1月から一般商品(公共料金及び生鮮商品を除く商品)が上昇要因に転じて以降,その寄与度が大きくなっており,これは円高効果の一巡に加え,景気上昇過程での堅調な需要等を反映したものとみられる。
(制度改正による物価への影響)
元年4月に,既存間接税の改廃と消費税の導入が税制改革の一環として実施された。物価もこうした制度改正を反映したこともあって,4月に上昇したが,国内卸売物価は落ち着いた動き,消費者物価も基調として安定した動きとなっている。小型乗用車,電気冷蔵庫,テレビ等の耐久消費財等は物品税等の改廃を反映した引下げが行われ,また3%の消費税が導入された品目のうち一部で3%以上の価格上昇がみられたが,一般的には適正な転嫁が行われたとみられる(第1-5-5図)。こうした税制改正の影響も,6月には概ね出尽くしたと考えられる。
(物価をめぐる動き)
60年以降の円高,原油価格の低下は輸入コスト低下の波及,製品輸入の増加による需給緩和効果等から,国内卸売物価の低下,更に消費者物価の安定などこれまでの物価安定に大きく寄与した。こうした中で,物価を取り巻く環境は変わりつつある。即ち,低下傾向で推移していた原油価格が11月に開催されたOPEC総会の決定等を受け,国際スポット市場で反転し,元年1月以降上昇要因に転じた他,対米ドル円相場も12月以降円安を続けるなど,輸入物価が元年に入り連続して上昇している。また,63年後半には稼働率が前回景気のピークを越え,有効求人倍率も1倍を上回るなど製品需給,労働力需給は引き締まり基調にある。ただし,原油価格や円相場はこのところ落着きを示しているほか製品輸入は増加しており,また単位労働コストは製造業では引き続き下落傾向で推移している (第1-5-6図)。
現状の物価は基調として安定した動きとなっており,またこうした物価環境の変化が当面,物価の安定を揺るがすことは考え難いが,引き続き物価動向を注視していく必要があろう。