昭和63年
年次経済報告
内需型成長の持続と国際社会への貢献
昭和63年8月5日
経済企画庁
(落ち着いて推移した国内卸売物価)
56年以降安定基調で推移した国内卸売物価は,60年2月からの円高を受け3月より前月比で下落に転じ,5月からは前年同月を下回り下落を続けた。62年に入ってからは,当初安定的に推移したものの,新築住宅着工の好調に加え緊急経済対策による公共工事の増加等から建設資材が高騰し,6月から4ヵ月連続で前月比で上昇するなどやや強含みで推移した。しかし,この間一度も前年水準を上回ることはなく,10月からは再び前月比で下落または保合いで落ち着いた動きとなっている(第9-1図①)。
こうした動きを反映して,62年度の国内卸売物価は前年度に比べ1.7%下落し,現行基準(60年=100)で遡及可能な35年度以降初めて3年度連続,輸出物価も3年度連続,輸入物価は5年度連続の下落となり,その結果総合卸売物価も3年度連続の下落となった。
62年度の動きを四半期ベースの前期比騰落率でみると(第9-2表),62年4~6月期は,国内卸売物価がパルプ・紙・同製品,化学製品,石油・石炭製品,非鉄金属で上昇したものの他の分類がすべて下落し(電力・都市ガス・水道は保合い),0.2%下落した。また,輸出物価,輸入物価ともに円高等により下落したことから,総合でも0.8%下落した。7~9月期は,上昇に転じたものが多く,特に建設資材関連の製材・木製品,スクラップ類,鉄鋼の上昇などから国内卸売物価が0.8%の上昇となった。なお,電力・都市ガス・水道の上昇は,電力の夏季割増料金適用による季節的上昇であり,これを除くと国内卸売物価は0.5%の上昇となる。また,輸出物価,輸入物価ともに上昇に転じており,輸入物価は60年4~6月期以来の前年比上昇となった。このことから5.総合では1.3%の上昇となった。10~12月期は,製材・木製品が下落に転じたものの,鉄鋼及びスクラップ類が伸びを高め,金属製品も上昇に転じるなどにより,国内卸売物価は0.2%の上昇となった。なお,電力が夏季割増料金の適用期間の終了から下落しており,これを除くと国内卸売物価は0.5%の上昇となる。しかし,輸出物価,輸入物価は円高等により再び下落に転じており,総合では0.3%の下落となった。63年1~3月期は,12月のOPEC総会で実質的な減産合意に至らなかったことを受け石油・石炭製品が大幅に下落し,製材・木製品も下落幅を拡大させ鉄鋼,非鉄金属,スクラップ類も下落に転じたことなどから,国内卸売物価は0.9%の下落となった。なお,1月から電力・都市ガス料金の引下げがあり,それを除くと0.6%の下落となる。また,輸出物価,輸入物価とも円高等により下落しており,輸入物価は原油価格の下落から下落幅を拡大させた。なお,その後4月,5月も国内,総合とも前月比で下落するなど落ち着いた動きとなっている。
(過去の景気回復局面との比較)
我が国経済は,61年11月に底入れした景気が年初より着実な回復過程を辿り,62年10~12月期には拡大局面へと順調に推移している。一方この間卸売物価は建設資材の高騰からやや強含んだ局面もあったものの,総じてみれば落ち着いた動きとなっている。
ここで,今回の景気回復局面での物価の特徴点が何であるかをみてみよう(本報告,第1-4-13図参照)。まず,需給判断D.I.をみると程度や水準の差はあるものの一様に大幅な改善を示している。一方国内卸売物価は,3回前,4回前で上昇しているものの今回及び1回前,2回前はわずかながら下落している。しかし,今回の特徴的な動きは見受けられない。そこで,国内卸売物価と輸入物価を加えた国内需要財を需要段階別に素原材料,中間財,最終財に分けてそれぞれを過去と比較してみよう。まず素原材料については,円高傾向にもかかわらず原油価格の上昇などから当初上昇傾向で推移し,その後水準を下げてきている。次に中間財をみると,ほぼ横ばいで推移している。以上のように素原材料に中間財を加えた生産財の段階では,今回の物価の落ち着きを説明しうるような特徴は見受けられない。一方,最終財をみると過去4回が横ばいないし大幅な上昇となっているのに比較して,今回が一貫した下落となっていることは,今回の景気回復,拡大局面での物価動向の大きな特徴点ということができる。
最終財の下落には2つの経路が考えられる。第一が,素原材料,中間財の下落が最終財に波及して来る経路である。今回は,生産財が横ばい傾向で推移したため,この経路では最終財の下落が説明できない。第二が,安価な製品輸入の増大とそれに伴う国内での競争激化によって最終財の価格が下落する経路である。今回は,円高と景気回復に伴って製品輸入が大幅に増加しているのみならず,製品輸入比率も61年10~12月期の45.0%から63年1~3月期の51.1%へと57~58年頃のほぼ2倍の水準にまで増加している。このことが今回の物価動向の特徴であり,また後に述べるように消費者物価の安定にも大きく寄与しているものと思われる。
62年度の国内商品市況の動きを日経商品指数(42種)の月末値でみると(第9-3図),建設資材の高騰が目立った1年であった。四半期別の前期比騰落率をみると今回の円高が始まる以前の59年1~3月期から一貫して下落を続けていたが,61年10~12月期に繊維,非鉄,木材,石油の上昇からほぼ3年ぶりの上昇となったものの,62年1~3月期には食品,繊維,非鉄等の下落から再び下落に転じた。4~6月には世界的な需給のひっ迫から化学,食品,非鉄等の上昇により上昇した。7~9月期には,食品,紙・板紙を除いて全面高となり55年1~3月期以来の高騰をみせた。特に建設資材関連の木材,鉄鋼,世界的需給ひっ迫による非鉄,世界的天然繊維ブームによる繊維の高騰が目立った。10~12月期になると,木材が国産材の供給増加と合板の輸入増加などから反落し,石油も下落する一方で,鋼材が伸びを高めるなど鋼材の動きが目立った時であった。63年1~3月期になると木材,鋼材の建設資材が全面安となり,また,石油がOPEC総会で減産合意に至らず下落幅を拡大させたことなどから4期ぶりの下落となった。なお,4月以降は投機資金の流入等による天然ゴム,非鉄の上昇やアメリカの干ばつから穀物相場の急騰があり,今後の動向を注視していく必要がある。
消費者物価(全国)の動きを総合指数の前年度比上昇率でみると,第二次石油危機の影響が薄れた57年度に2.6%となった後,58年度1.9%,59年度2.2%,60年度1.9%とほぼ2%前後の安定した上昇率で推移していたが,61年度0.0%,62年度0.5%と極めて低い伸びとなった。
62年度の動きを前年同月比騰落率でみると(第9-1図②),商品は63年1月に前年の暖冬による生鮮野菜の大幅下落の反動等から上昇した以外は一貫して下落または保合いとなっているものの,サービスはやや伸びを鈍化させながらも上昇傾向で推移している。
62年度の動きを特殊分類指数の前年度比騰落率でみると(第9-4表),商品は61年度の1.6%の下落に引続き62年度も0.6%の下落となった。一方サービスは,60年度の3.1%,61年度の2.3%,62年度の2.0%と伸びを鈍化させながらも大きな上昇を示している。これは,サービスが非貿易財であり輸入財との競合がなく,また費用に占める人件費の割合が大きいことから賃金の上昇が価格に影響しやすいこと等によるものと思われる。
第9-4表 最近の消費者物価指数(特殊分類)の動き(前期比騰落率)
内訳別にみると,米類が12月の政府売渡価格の引下げ等から10~12月期,63年1~3月期に下落となった。生鮮商品は前年の暖冬による下落の反動から10~12月期,63年1~3月期に前年比で上昇に転じた。工業製品では,大企業性製品が一貫して前年比で下落を示しているのに対し,中小企業性製品が前年比では下落を示していない。また,中小企業性製品は繊維製品の占める割合が高いが,その繊維製品も前年比では下落していない。逆に,大企業性製品の割合が高い耐久消費財が,家電製品を中心として前年比の下落幅を拡大してきている。これは,円高により部品を輸入に切り換えたこと等によるコストダウンとNIEs等からの製品輸入の増大による国内競争の激化によるものと考えられる。
公共料金については,物価安定を図るという観点から経営の徹底した合理化を前提とし,受益者負担,独立採算制を原則としつつ物価及び国民生活に及ぼす影響を十分考慮して厳正に取扱っている。こうしたことから,電気・都市ガス料金については今回の円高局面においても,61年6月と62年1月の2回にわたって暫定引下げが,63年1月には料金改定がそれぞれ実施された。63年1月の料金改定では暫定料金に比べ電気料金が電力9社平均5.4%の引下げ,都市ガス料金がガス大手3社平均7.1%の引き下げとなった。
この他の主なものをみてみると,米については,政府買入価格が(12年産で5.95%,さらに63年産で4.6%,政府売渡価格が62年12月から平均3.4%それぞれ引き下げられた。牛肉については,畜産振興事業団の輸入牛肉売渡予定価格を61年5月と8月に合計15%程度,62年4月と63年2月に合計15%程度,さらに63年5月にも5%程度引き下げている。麦については,政府買入価格が小麦で61年産1.16%,62年産4.9%,63年産4.6%,政府売渡価格が62年2月に平均5.0%,63年2月に平均6.2%引き下げられた。電話料金については,NTTが63年2月から320kmを超える遠距離通話料金の約10%値下げ及び離島本土間,沖縄本土間通話料金の大幅値下げをそれぞれ実施した。一方,値上げをしたものとして大手民鉄料金があり,62年5月に関西5社及び関東1社が平均10.2%,63年5月に関東6社が10.4%それぞれ値上げされた。なお,63年の関東6社の値上げには,特定都市鉄道整備積立金4.6%分を含んだものとなっている。
従来より,物価安定が重要な政策課題であり,その意味からすればここ数年の物価安定は十分満足のいくものである。しかし,60年からの急速な円高により内外価格差の縮小という新たな課題が注目されるようになった9.ここで,内外価格差を4つに分類して考えてみると,第一は,貿易可能財のうち国内で生産された財と国外で生産された財との内外価格差である。第二は,貿易可能財のうち国内で生産され国内で消費される財と国内で生産され国外で消費される財との内外価格差である。第三は,貿易不可能財のうち国内競争のあるまたは強いものの内外価格差である。第四は,貿易不可能財のうち国内競争のないまたは弱いものの内外価格差である。
以上の4点についてそれぞれ縮小していくことが必要である。その手法として4点に共通して一層の生産性向上の努力が必要であることは言うまでもないが,さらに第一の内外価格差については,生産性向上の的確な反映や一層の市場アクセスの改善等も必要である。第二については,国内出荷価格と輸出価格を均等させること,具体的には製品輸入等を促進し国内競争を活発化させること等が考えられる。第三については,国内競争を活発化させるとともに,品質競争が中心となっている財については価格競争も活性化していくことが必要である。第四については,一部の公共料金には,内外価格差を縮小するインセンティブが弱いものもあることから,その料金を査定する際内外価格差の縮小に十分配慮した価格設定が望まれる。
このように,内外価格差には様々な形態があり,豊かな国民生活を実現するためにはそれぞれに一ついて縮小していくことが必要である。ただし,このような内外価格差の縮小には,供給側の負担,調整コストの発生等も考えられ,また,生産要素の賦存状況等の違いにより一律に内外価格差を縮小するのは困難な財もあるので,このような点に十分に留意しながら進めていくことも必要である。