昭和63年
年次経済報告
内需型成長の持続と国際社会への貢献
昭和63年8月5日
経済企画庁
62年度の民間企業設備投資は,実質GNPベース(速報)で62兆790億円となった。これを前年度比でみると(第3-1表),60年度13.2%増,,61年度4.5%増と伸びが鈍化した後,62年度は10.1%増と伸びが高まった。これを四半期別前期比でみると,62年4~6月期1.8%増,7~9月期2.7%増,10~12月期4.1%増,63年1~3月期3.6%増と特に年度下期に伸びを高めたことが分かる。
こうした動きを産業別・規模別に概観すると,まず非製造業では,4~6月期に前期比マイナスになっているがこれは前期(62年1~3月期)の電力の大幅増の反動減によるものであり総じて堅調に推移した。一方製造業では,4~6月期にプラスに転じ7~9月期にやや水準を戻した後,年度下期に伸びを高めた。これを企業規模別にみると,中堅・中小企業は大企業に先行する形で62年1~3月期にプラスに転じ4~6月期には大幅な伸びを示したのに対し,大企業は4~6月期にプラスに転じたものの,本格的な増加は年度下期に持ち越されたことが読み取れる(本報告第1-3-7図②参照)。またこの製造業の企業規模別の動きを,日本銀行「企業短期経済観測調査」(63年5月調査)でみると,61年度は大企業(主要企業11.9%減)・中堅企業(13.9%減)・中小企業(10.2%減)いずれも2桁のマイナスであったが,62年度は大企業でややマイナスを残した(2.2%減)ものの,中堅企業(12.9%増)・中小企業(8.0%増)ともに増加となっている。
次に62年度の業種別の設備投資動向についてその内容を詳しくみていこう(第3-2図)。大企業製造業の動向を稼働率と関連させでみてみると,製造業全体の稼働率は59年10~12月期にピークとなり,その後円高の進展に伴う先行きの見通し難も加わり大幅に低下したが,61年10~12月期をボ卜ムとして62年度は着実に上昇しており,63年1~3月期では上記のピーク時と同水準(100.8)となるまでに至っている。この稼働率の動きに呼応するように大企業製造業の設備投資は,前年同期比で10~12月期からプラスに転じているものの,前回に比べまだ緒についたばかりであることが読み取れる。
まず,製造業設備投資変動に対する寄与度が大きい機械業種からみてみよう。58年~59年度の牽引力であった電気機械の半導体関連投資は61年末以降需給が再び締まってきているものの,62年度の設備投資は概ね抑制気味であった。しかし,63年度は3~4年周期のシリコンサイクルの世代交代期にあたるため,62年度末から投資額の増額修正の動きがみられた。またこの動向がコンピュータ,OA,AV機器関連等広範に波及している(本報告第5章1節2)。また一般機械は62年度は緊急経済対策の波及により建設関連機械が下支えしたものの,本格的回復は製造業投資が自律的に拡大するまで持ち越されている。自動車などの輸送機械では投資・生産の海外シフトが進展する一方で,資産残高効果・実質所得増・節税対策等により国内需要も伸長し,国内向け流通・販売網の拡充,ニューモデル関連投資により回復してきている。
次に素材業種についてみてみよう。素材業種では総じて62年度を通じて稼働率の上昇がみられる。まず化学ではエチレン需給が世界的にタイトになり63年度にかけて休止設備が再稼働する一方,ポリプロピレンの能力増強投資,光ディスクなどの研究開発投資が活発化しているほが,医薬品関連でも新薬・バイオ等の研究開発が活発である。紙・パルプでは59年度下期から60年度上期にがけての新鋭KP連続蒸解設備並びにボイラー等省エネ投資が一巡した後も,新聞用紙,写真雑誌用微塗工紙に続き,情報関連上質紙の能力増強投資の動きがみられる。また鉄鋼では緊急経済対策が奏功し,建設関連向けH形鋼・小形棒鋼などにより稼働率が上昇したものの,これまでのところ設備投資に目立った動意はみられていないが,情報・通信,レジャー等の新規事業への進出を活発化させつつある。従来より多角化を進めている繊維では炭素繊維,住宅・レジャー・事務用品に新規進出を行う一方,化合繊で品質高度化を行っている。窯業・土石では住宅関連衛生陶器,タイル等の能力増強がみられる。
食料品ではドライビールの能力増強,製粉・菓子・パン類も続伸しているほか,医薬品・バイオ関連の研究開発も活発である。印刷・出版では新聞紙面増などに対応した能力増強投資が活発,石油では規制緩和を控え流通部門(ガソリンスタンド増改築)のほか原油国家備蓄基地関連も増加しつつある。
一方,非製造業(大企業)は直接的には内需関連が主体であること等により,総じて堅調な動きを示した。但し,非製造業(除電力)の動きをやや詳細にみると62年度は全体的にやや伸びを鈍化させていることが読み取れる。これは構成比の大きいサービス業がリースなどで機械工業等製造業の動向を受けて伸びが鈍化したことを主因としており,非製造業の投資動向が製造業の動きと無関係でないことを示している(本報告第5-1-15図)。このサービス業は61年後半よりリース業でFA-OA等の産業機械の低迷を主因に伸びが鈍化したものの,製造業の回復に大型コンピュータ需要が加わり,再び伸びを高めつつある。一方,電力は61年度に電源部門が減少となったものの,政府の総合経済対策に対応し供給信頼度向上,配電線地中化工事等の非電源部門が大幅増となり,特に61年度末に集中的に投資が行われたが,62年度は特に年度末にその反動があらわれ大幅な減少を示している。小売では消費需要増,消費者嗜好の多様化への対応に加え,大店法の規制緩和の要因もあり百貨店・スーパーともに新規出店や店舗の増改築が相次いだ。運輸・通信では通信自由化に伴う第1種通信事業者の新規参入による投資が活発化したことや,情報・サービス業のコンピュータ導入,研究所設置により増加したことに加え,鉄道で新線建設・複々線化等の輸送力増強が行われ,ホテル・賃貸ビル等の兼業部門も活発化し,さらに,航空でレジャー需要の増加や航空規制緩和により新鋭機の導入が活発化した。金融・保険では金融自由化,第3次オンライン関連のコンピュータ,端末機の導入が継続し,建設・不動産では東京集中に伴う旺盛な首都圏賃貸ビル需要を背景とした大都市再開発関連,公共工事関連,インテリジェントビル,民間活力プロジェクトの波及効果,住宅市場の活況等により増加となった。
設備投資は基本的には将来に亘り予測される需要動向に見合った最適な資本設備と現存の資本設備との間にギャップが存在する場合に,それを埋めるべく現実の資本設備を適合させる調整過程から生じるものであると考えられる(本報告第5章1節2)。能力増強投資や維持更新投資はもとより,通常独立投資と称される新製品開発・新規事業進出・研究開発投資も需要の動向と無縁ではないであろう。そこで,このところの増勢を支える需要要因が何によってもたらされているかについて具体的に整理してみると,①シリコンサイクル等にみられる循環要因,②資産効果・円高に伴う実質所得の増加を反映した消費需要(含レジャー)増,③低金利等を反映した住宅投資増,④民活・規制緩和によるグレーゾーンに対する潜在需要の顕在化,⑤技術革新による需要のフロンティア拡大,⑥東京の国際化・サービス集中等を反映した建設投資増,⑦緊急経済対策にみられる政府支出増,等があげられる。
これまでみてきた通り,全企業の設備投資は62年度下期に入り伸びを高めた。そして非製造業の動向はここ数年一貫して堅調であることもあり,全産業の変動を基本的に決定づけているものは製造業であり,特に機械工業の動向の寄与が大きい。従って上記①~⑦の要因のうち①の循環的要因が主因とみられる(本報告第1章3節3)。但し,内・外需別にみた場合には,前回の回復・拡大(58~59年)をリードしたのが輸出要因であったのに対し,今回の場合は内需要因であるという相違がみられ(第3-3図),いわば内需へのシフトを伴った循環的増加であるということができよう。こうした機械工業の増加は,産業の米としての半導体をはじめとして全産業の投資・生産に波及効果をもたらずため(本報告第5章1節2),当面は全産業でも力強い拡大が持続するものと考えられる(第3-4図)。今回の半導体投資は59年度の過熱的状況に比べ慎重さを崩していないことがむしろ増勢の持続性をもたらし,また内需へのシフトそのものが拡大の相対的安定性をもたらすものと期待される。
第3-3図 内・外需要の設備投資に与える影響(製造業,法人企業)
しかし,この増勢が循環要因を基本としている以上,いずれはまたマイナスのストック調整局面があらわれることになろう。その時に備え,先に掲げた要因のうちの④,即ち公私間のグレーゾーンの抜本的な見直しによる潜在需要の顕在化や⑤の技術革新の推進が引き続き課題となろう。