昭和63年
年次経済報告
内需型成長の持続と国際社会への貢献
昭和63年8月5日
経済企画庁
第2章 世界経済の中の日本経済
戦後40年を経過して,我が国経済の国際化は進んだといわれている。しかし,多くの場合この国際化は,日本の商品,資本,人が海外に出ていくことにより進められてきた日本からみた国際化であり,その限りでは輸出の増勢や企業の海外進出に見られるように非常にスムーズに進んできたといえよう。しかし,そうした対外進出に比べ国内市場を十分に開放する,また,国内の制度・規制を国際的な基準に合わせるといった外からみた日本国内の国際化は,特に近年急速に進展しているものの,課題も残されている。
確かに,国際的な基準を取り入れたり,自由化を促進していくことは,我が国全体の利益に反する場合も生じ得るし,固有の伝統・文化からみても受け入れ難いものもあり得よう。しかし,基本的には相手国の言い分を聞くと同時に十分に主張すべきことは主張することを通じて,不合理なものについては排除し,合理的なものについては受け入れていくことは,今後とも我が国の国際化,ひいては世界経済の調和のとれた発展に貢献していくために必要といえよう。
(財の国際化)
昭和50年代後半の我が国経済では,国民総支出に占める輸出の割合が高く,輸入の割合が低いという構造が生じていた。かつては輸入の割合は低くなかったが,その大宗が原材料であり,また,アジアの中進国が未発達であったためアジアで唯一の工業国という特殊事情も手伝って水平分業が進まず,製品輸入比率も低水準で推移した。その後,二度に亘る石油価格の大幅上昇などから技術進歩が進み,原単位の向上が見られ輸入比率が低下してきた。しかし,我が国の輸入は,61年以降,製品輸入を中心に増勢を続け,後で詳しく見るように製品輸入比率は高まりを見せている。このうち,技術力の向上したNIEsやEC諸国との間で水平貿易が進んできており,62年後半からはアメリカからの輸入も増加し始めている。
一方,我が国の輸出はほぼ一貫して世界貿易の伸びを上回って増加し,世界市場でのシェアを拡大して増加を続けてきた。世界市場でのシェアは45年の6.7%から60年には9.9%と上昇している(第2-2-1図)。また,輸出製品もかつての鉄鋼に代表されるような低付加価値品から機械類を中心とする高付加価値品へと主力輸出製品の世代交代を行いながら世界市場を確保してきた。同時に,輸出を通じる国際化は,少数品目に特化した輸出という形をとることが多かった。こうした形態の輸出の増勢は,摩擦を引き起こし易く,自主的なものであれ非自主的なものであれ貿易制限措置を生じさせるなど問題は少なくなく,調和のとれた形で世界経済の拡大に寄与する国際化とはいい難い面もあった。しかし,貿易摩擦の激化,アジアの中進工業国の抬頭から我が国の輸出の伸びが世界輸入の伸びを下回るなど,事態は徐々に変化しつつあった。そうした変化は,60年秋以降の急激かつ大幅な円高の進展によりテンポを速めつつある。
したがって,我が国の場合財の輸出入という基準で国際化をみると,問題を含みながらも専ら輸出により国際化が図られ,低廉かつ良質な商品を供給することによって世界経済に貢献してきたといえよう。最近では,製品輸入の増勢から世界経済の拡大均衡への貢献を始めつつある。しかし,製品輸入が拡大を続けているとはいえ,国内市場に課題も残されている。これまでも関税の引下げ・撤廃や基準・認承制度の改善等を進め海外企業の我が国国内市場へのアクセスを容易にしてきているが,加えて我が国固有の商慣行の見直し等流通面での国際化も求められている。
(サービスの国際的取引の拡大)
次にサービスの国際的取引の現状をみると,近年において順調に拡大し,商品貿易に対するウエイトも高まりをみせている。国際収支統計からみると,主要先進国においては,旅行,その他の民間取引など全ての項目で受け払いの両面ともが拡大を示している。これを,商品貿易との成長率の比較としてみると,70年代後半には,各国とも商品貿易の伸びがサービスの国際的取引の伸びを上回っていたが,80年代に入ると,商品貿易の成長率の低下もあって,サービスの国際的取引の伸びが商品貿易の伸びを上回っている。またその結果として,商品貿易に対するサービスの国際的取引の比率も高まりをみせている(第2-2-2図)。
(資本の国際化)
まず生産要素の一つである資本の国際化についてみてみよう。その一つの形態が海外直接投資である。海外直接投資は,大蔵省の届出ベースの統計でみると,50年代に入って伸びを高めており,円高の進展により一層拍車がかけられている。そのうち製造業分野への投資により現地生産が進みつつある。当庁企業アンケート調査によれば製造業の現地生産比率は,62年度の実績見込みの3.1%から5年後の67年度には6.2%と着実に増加することを見込んでいる。こうした製造業企業の海外直接投資と,それによる経営資源も合わせた国際的な企業戦略の展開は,次第に我が国企業の行動を多国籍企業の行動へと変化させていき,世界的な生産費,収益性等の比較から販売の戦略が形づくられていくものと思われる。
しかし,活発化した海外直接投資の多くは,資産選択行動の一環として非製造業部門に対して行われたものであり全てが我が国の製品輸出の代替となる訳ではない。非製造業部門のなかでは,金融・保険業,不動産業向けの投資が増加している。
次に対内直接投資についてみると,62年度に倍増したものの海外直接投資に比べその水準は依然として極めて低い。しかし,最近では円高で購買力の増した日本市場を狙って,機械や商社等で新会社の設立が盛んになるといった動きも見られ始めている。また,株式保有を通じて我が国企業と提携している企業は多く,外国企業による株式保有が20%を超える企業を外資系企業とした場合,資本金10億円以上の企業の8%強が該当する。
(非製造業の国際化)
非製造業部門のうち金融業は,昭和55年の外為法の改正により取引の原則自由化が進み,国際化が進展している。この点については後に詳しく検討するが,現在東京市場は,その取引量などではニューヨーク,ロンドンに優るとも劣らないものとなっている。今後とも,金融のグローバリゼーションが進むなかで,我が国金融の国際化は一層進展していくものと思われる。
また,流通業,建設業など国民生活・国民経済に根ざした特殊性があるゆえに非関税障壁として指摘された分野もある。こうしたサービス経済分野における国際化は進みつつあるものの,課題も残されている。
一方,海外旅行者数は,円高の影響もあってこのところ急増している。また,海外からの旅行者数も東南アジアからの旅行者を中心に増加傾向にある。この面からの我が国の国際化は進んできているが,我が国には観光資源を十分に持った都市も少なくなく,伝統的な工芸,芸術等十分魅力的なものは多い。今後とも海外からの旅行者を受け入れていくためには,運輸,通信や観光などのサービス経済の一層の効率化と多様化などが求められ,こうした分野における海外資本の参入はその意味からも望ましいといえよう。
(労働の国際化)
円高下では,内外賃金格差の拡大等から,労働力の移動が問題となりつつある。昭和30年代後半以降我が国からの移民といった形での単純労働力の流出は生じていない。国内の労働需給が逼迫してきたため賃金の上昇もあって,十分に国内市場で労働力吸収が行われた。しかし,企業の海外進出に伴って,企業経営に必要とされる現地要員等が派遣されることが,増加している。他方,労働力の流入の面では,就業目的での在留外国人数は増加してきており,60年来の円高の進展はビジネスチャンスを拡大しそうした傾向が続いている。また,労働力の流入に併行して不法に就労する単純労働者も増加している。従来,我が国においては単純労働に従事することを目的とする外国人の入国を禁止してきているが,就業機会や高賃金に引かれてアジア諸国から短期滞在資格で入国し,不法に単純労働に従事する者が増加し,一方景気の上昇に伴う労働市場の需給の引き締まりの中で,一部の企業が不足した単純労働力を,安易にこれらの労働者でまかなってしまうこともあるためと思われる。しかし,外国人労働力の受け入れには様々な問題も予想されるため,この点については第3節で詳しくみることにする。
以上みてきたように,我が国経済の国際化はまず日本からみた国際化,換言すれば外なる国際化が問題を含みながら輸出や資本の海外直接投資によって進展し,対外不均衡の大きさからその調整のためもあって海外からみた国際化,内なる国際化が輸入などの増加はあるものの一層求められ進みつつある。今後,調和ある世界経済の発展に貢献していくために,バランスよく国内外ともに国際化を進めていくことが望まれ,その際更に内なる国際化を一層進めていくことが必要とされる。その進展を図るうえで克服すべき課題や,調整を要する点も残されているが,潮流は内なる国際化に向けて着実に進みつつあるといえよう。
(輸入構造の変化)
これまで見てきたように円高による我が国の貿易構造の変化のうち,特筆されるのは製品輸入の動きであろう。60年以降の円高の進展とともに,製品輸入の全輸入に占める割合(名目)は大幅に増加し,63年度初にはほぼ5割にも達している(第2-2-3図)。また,これを実質化してみても着実に増加しており,60年の30.8%から63年(1~4月)には40.5%となっている。また,食料品も実質的なシェアを緩やかながら増加させているのに対し,近年の原油価格の下落や投入原単位の低下から原燃料が名目的にも実質的にもシェアを失いつつある。
従来,我が国の輸入は原燃料が中心であり,所得弾力性,価格弾力性がともに小さいといわれてきた。原燃料の実質国内総需要に対する弾性値は0.132と1を相当下回っており,価格弾力性もかなり小さなものとなっている。しかし,前述のような原燃料中心型からの転換,即ち所得,価格弾力性の高い製品類,食料品のウエイトの上昇は,輸入全体の所得,価格弾力性を高めていると考えられる(各弾性値については付注2-1参照)。さらに,増勢を続けている製品類の弾力性自身が高まっている可能性がある。60年秋以降の大幅な円高の進展やアジアNIEsの技術力の向上のもとで,加速化された海外直接投資による現地生産品の逆輸入や開発輸入,部品類の海外調達が促進されているためである。実際に,製品類を需要段階ごとの財に分類して輸入関数を推計し構造変化の有無をみてみると,消費財において急激な円高の進行から1年強経過した61年第4四半期以降,所得,価格弾性値がともに高まってきていることが確認できる(第2-2-4図)。また,製品類全体について前回の円高時と比較してみると,今回は記念金貨鋳造用金等の特殊要因を除いても着実に増加を続けており,実質国民総支出に占める割合も明らかな高まりをみせている(第2-2-5図)。こうしたことから,我が国の輸入構造が為替レートや所得の変化に対して反応度を高めているものと思われる。
62年度の輸入数量の大幅な増加には,製品類の寄与が極めて大きいことは第1章でみたとおりであるが,製品類のなかでは最終財,中間財ともに着実な増加を続けている。ここでは,業種別に輸入と国内出荷の関係として輸入品の浸透状況をみてみよう。鉄鋼,繊維等の素材型業種では国産品が減っているかほとんど増えていないなかで輸入品が急増している。また,これまで輸入品の伸びが低かった自動車でも国産品に比べて輸入品の伸びがかなり大きくなったことがわかる。さらに,技術的に競争力のある電気機械や精密機械においても輸入品の伸びが国産品の伸びを上回っている(第2-2-6図)。このように,業種により程度の違いはあるが,国内の製品需要の増加するなかで国産品を代替する形で製品類の輸入が増加している姿が明らかになっている。こうした輸入増加の主要な要素としての内外財の代替は,62年度年次経済報告で述べたように,内外財の相対価格変化,財の質的要素を決定する内外の技術力格差の変化,規制緩和や慣習の変化といった制度的側面の変化,などの原因に対して,消費者,内外の流通業者,メーカーといった主体がとる行動の変化が様々な時間的経過を伴いつつ集積された結果としてとらえることができる。以下では最終財,中間財のそれぞれについて,現在みられる特徴的な動きを検討しよう。
最終財では,まず国内の主体に関わる動きとして,1)製造業企業が行った海外直接投資の結果としての現地生産品の逆輸入,2)流通業者が自ら商品を企画し海外メーカーに生産を委託する開発輸入,についてみてみよう。第一の逆輸入は,テレビ,ヘッドフォンステレオなどの家電製品や菓子類,飲料といった食料品などにその動きが既に現れているほか,最近ではオートバイ,乗用車などで行われている。当庁の企業行動に関するアンケート調査によると,62年末現在で海外現地生産を行っている製造業企業のうち約16%の企業が製品の逆輸入を行っている。また,現在は逆輸入を行っていない企業の約25%が今後実施すると回答しており,こうした動きは今後とも続いていくものと思われる。
次に開発輸入は,これまで衣料品,食料品が中心であったが,最近では家具,自転車,家電製品など広範な商品にひろがりをみせている。通商産業省の「大手小売業の円高活用状況について」(63年2月)によると,主要百貨店(9社),スーパー(8社)の開発輸入品販売額は,59年度の731億円から62年度(計画)の約1800億円へと大幅な増加を示している。また,この開発輸入の相手国をみると,実に90%が東南アジアに集中しており,NIEs,ASEAN諸国の良質,低コストの労働力の存在と技術力の向上が開発輸入の増加を支えていることが裏付けられる。海外の商品情報の把握,現地メーカーに係わる各種情報の収集等を目的とした海外拠点の設置が増加していること,卸売業にも開発輸入に参画する動きがみられることなど,開発輸入の増加という動きも今後さらに続いていくものと思われる。
一方,海外の企業も従来とは異なった行動を示し,我が国への輸出を増加させている。従来,EC諸国を中心とするブランド商品は,総代理店を設け,高率なマージンを確保した高価格=高級品という製品差別化を行う販売戦略が採られ,少量販売で高収益率をあげるという行動がみられたものが少なくない。しかし,乗用車など耐久消費財メーカーの一部には戦略を変更し,日本国内に現地子会社を通じた販売流通網を自ら作り上げ,きめ細かいサービスの提供と流通経費の削減により販売量を大幅に伸ばす企業も現れてきている。こうした成功例は,競争企業や他業種に刺激を与え,このようなシステムを採用し販売数の拡大を模索するところが増加してきている。
さらに,ブランド商品を別の主体が総代理店を通さずに他の経路から輸入する並行輸入や,消費者個人がカタログを利用するなどして直接輸入する個人輸入も,輸入検査,手続き等の簡素化や専門の代行業者の増加などにより行い易くなっている。こうした輸入チャネル多元化の動きによって,競争が促進され為替レートの状況に応じて価格が低下してきており,こうした変化も需要の増大を通じて製品輸入の増加に寄与することとなった。加えて,海外OEM生産品の逆輸入やカメラ,フィルム等の輸出品の再輸入も行われてきており,メーカーと流通の関係にも変化が見え始めている。流通機構については,第3章で詳しく述べるが,様々な要因から製品輸入を拡大する方向に変化が始まりつつあるように思われる。
次に,中間財についてみてみよう。中間財では,一般機械部品,電子部品から小型モーター,自動車用ガラスなど様々な部品類,生産財の分野で,海外調達に切り替える動きが活発になっている。製品差別化の難しいこれらの財では,為替レートの上昇による輸入品の価格の低下が大きく影響を及ぼしている。中間財の輸入動向について,機械工業生産財の輸入数量を試算してみてみると,国内生産財の国内向け出荷が余り伸びていないなかで,61年央以降増加のテンポを高めており,景気の拡大局面においても国内品を上回る増勢を示している。その結果,輸入品の浸透度も着実に上昇している(第2-2-7図)。一方で,天然繊維ブームにのった繊維原料や木材などを除くと,原料品の輸入の伸びは相対的に低い伸びにとどまっており,中間財の輸入とは好対照をなしている。こうした動きは,NIEs,ASEAN諸国での技術力の向上と生産余力によってもたらされている面が大きく,我が国国内でコストの高い中間財を生産するよりは,低コストに済む輸入中間財に代替していっているためと考えられよう。
(輸出構造の変化)
昭和50年代前半までは世界輸入の伸びと比較しても我が国の輸出数量の伸びは高いものであった。しかし60年代に入ってからは,貿易摩擦の激化による輸出制限措置や円高の影響が加わり,世界輸入の伸びを下回るにいたっており,61年度が前年比0.7%減の後,62年度は同1.1%増と微増にとどまっている。しかしながら,62年度後半以降輸出は緩やかな増加を示しており,こうした動きの背景としては,まず高付加価値品を中心とした輸出数量の増勢があげられる。このことに関して長期的な我が国輸出の推移をみると,これまで我が国の輸出は少数の品目に特化して数量を伸ばしてきたことがわかる。40年代は鉄鋼,造船といった重厚長大産業を中心に,50年代には自動車,電気機器,一般機械等の加工組み立て業種が大層を占めるに至っている。また,常に輸出品目の上位10品目で全体の輸出金額の約6割を占めており,我が国企業が需要の伸びの高い品目へ柔軟に特化してきたことがわかる。60年代に入っては特に機械類,そのなかでも情報通信関連のハイテク商品のウェイトが高まってきており,また,その高付加価値化が目立っている。こうした場合においても,少数の特定品目に集中して輸出を伸ばすという構造には変化がみられず,特に最近の情報通信関連のハイテク商品の情勢には著しいものがある(第2-2-8図)。
第二は地域構造の変化である。東南アジア,EC向けへ海外直接投資の増大から輸出数量増減に対するこれらの地域の寄与が高まっている。最近の地域別の動向をみてみると,従来より我が国輸出はアメリカ向けが中心であったが,50年代後半以降については,58,59年に自動車輸出規制枠の拡大や好調なアメリカ経済の推移から一時大幅に増加したものの,基調としては輸出全体に対する寄与を低下させてきている。かわって,60年代以降は,東南アジア,EC向けが寄与を高めている(第2-2-9図)。これは,アメリカでの貿易摩擦の激化に対応して輸出の分散化が図られているほか,アジアNIEs等に対して海外直接投資の増大や現地産業の高度化等から現地生産用の資本財及び部品供給が増大しているためと考えられる。
第三に,こうした輸出の高付加価値化や海外直接投資の増大による東南アジア,EC向け輸出の伸長に加えて,国内採算が大幅に改善するなかで輸出採算悪化の下げ止まりの動きが見られることがあげられる。これまでは,円高による輸出数量の伸びの鈍化,円建て輸出価格の低下から輸出採算は大幅に悪化し,悪化した採算が急激な円高とその水準の定着から回復しがたいと考えられ,これが輸出構造変化の要因の一つとして考えられてきた。しかし実際には,円高のテンポが相対的に緩やかとなるなかで,これまでの円高,原油安等による原燃料費の低下や海外部品調達(アウト・ソーシング)の積極化等から中間投入コスト自体が大きく低下した。また,内需が極めて堅調であることから製品一単位当たりの固定費が軽減されていることや,後に詳しく見るように企業の生産性向上努力もあって,国内採算の大幅な改善のなかで輸出採算悪化の下げ止まりの動きがみられる(第2-2-10図)。
因みに,為替レート上昇の輸出価格への転嫁率を60年7~9月期時点から62年10~12月期にかけてみると(第2-2-11図),単純な為替レートと輸出価格の変化の比だけでは約50%にとどまるのに対し,中間投入物の価格変化等をも考慮(修正された転嫁率)すると約75%にまで高まる。これを前回の円高時と比較してみると,今回の転嫁率は通常のベースでみた場合には極めて低い水準にとどまっているものの,修正された転嫁率でみた場合には前回との差が大幅に縮小することがわかる。また,こうした輸出価格転嫁の状況を業種別にみると,機械類の中でも一般機械,精密機械が高い転嫁率を示している一方で電気機器,輸送機械のそれはあまり高くない。繊維,化学,金属の素材型製造業については低い水準にとどまっている。一方,修正された転嫁率でみた場合には,原油安の効果も大きく加わって化学の転嫁率が極めて高いものとなっている(第2-2-12図)。
また,56年来の円安時にどの程度のドル建て価格の低下にむすびつけているかをみてみると,あまり逆転嫁は進んでおらず,この円安期に一部の我が国輸出企業に高水準の利益が発生していたと考えられる。したがって,今回の円高時において転嫁率はかなりの高水準となることや,こうした基準時点での高採算やその後の合理化等によるコスト構成の変化,生産構成品目の変化,などを考え合わせると輸出採算はかなりの程度回復してきているといえよう。
もちろん,こうしたコスト低下等だけによって採算の回復が図られてきたわけでなく,輸出価格の上昇によって達成された面も少なくないと思われる。輸出価格上昇の背景としては,①高付加価値品に輸出の主力が移ったため輸出全体の価格が上昇したこと,②国内需要の堅調さから我が国企業が積極的に内販シフトを図る一方で,輸出部門においては不採算輸出から撤退したり,数量維持から価格維持へのシフトを進展させてきたこと,③化学,鉄鋼等では世界各国で生産調整が既に実施された後,このところの需要増によって価格上昇が生じたこと,などが考えられる。
我が国企業のこうしたコスト低下等や輸出価格の上昇から現実の為替レートと採算の採れる為替レートとのギャップも縮小しつつある。当庁「企業行動に関するアンケート調査(63年1月調査)」によれば,採算の採れる為替レートは平均で前回調査(62年1月調査)の175.4円から今回の140.9円と大きく上昇し,採算レートと現実のレートとのギャップも前回の20円強から13円強まで縮小してきている。また,今回の場合,採算の採れるレートとして130円台を回答した企業の割合が最も多く,14%の企業が120円台を採算の採れるレートとしており,輸出部門での調整が急速に進んでいることがわかる。加えて同調査によれば,多くの企業が若干の円高を予想しており,今後ともこうした合理化,効率化努力を続け輸出採算の回復を図っていくものと考えられる(第2-2-13図)。
以上のように,我が国の輸出は,高付加価値品を中心とした輸出数量の伸長,アジアNIEs等に対する資本財,部品供給の増大,国内採算が大幅に回復するなかで輸出採算悪化の下げ止まりがみられること,などから62年後半以降輸出数量の緩やかな増加が続いている。
しかし,今後の我が国輸出の動向を中長期的にみた場合には,以下にあげる要因により従来みられたような伸びは期待しえないであろう。それらは,①輸出の自主規制等,②NIEsの技術力の向上等による追い上げ,③海外直接投資の増大の影響,などである。
第一の輸出の自主規制等については,短期的には60年以降大幅な為替レートの増加の割には輸出数量の減少が軽微にとどまった理由となったが,中期的には輸出の抑制要因として働いてきた。特に,アメリカ向けについては,乗用車,鉄鋼などアメリカ向け輸出全体の約3割が規制品目となっており,また,EC向けについても自動車等に対するモニタリングを86年より開始するなど,その影響は小さくない。ただし,こうした措置が貿易相手国が積極的に産業調整を行うことなしに長期間にわたって続けられた場合には,当該産業に内外ともに過剰利益を発生させる可能性があるとともに,資源のミスアロケーションをもたらすことにもなり望ましいことではない。
第二にNIEsの技術力向上についてみると,60年秋以降先進国の対ドル対ドル為替相場が急激に増価したなかで,アジアNIEsの通貨は,ドル・リンクに近い形であったため,アメリカを含む先進諸国の市場で有利な相対価格を持つに到り,工業製品の生産技術の向上とも相まって大きく輸出を伸ばしている。アジアNIEsの輸出の品目構成をみてみると,韓国は繊維製品,造船,鉄鋼,自動車等,台湾は電気製品,繊維製品等,香港は衣料品等,シンガポールは事務用機器,電子・電機等が中心となっており,我が国の主要輸出品が韓国,台湾の輸出品を中心として競争関係にある。このうち造船については,LNG船等,一部の高付加価値船分野を除いて韓国が優位に立っており,我が国の造船輸出は停滞を余儀なくされている。また,鉄鋼,自動車については品質面で我が国企業のほうが優位にあるものの,低付加価値品については,コスト面の差から価格競争力を失っている。同様のことは電気製品についてもいえ,我が国と台湾との間には高付加価値品と低付加価値品といった一種のすみわけが形成されている。しかし,台湾においては最近急速に電気製品の高級品化が進められつつある。こうしたNIEs,なかでも韓国,台湾の技術力の向上にはめざましいものがあり,アメリカなど我が国の主要輸出市場に浸透を始めるばかりでなく,既にみたように我が国に対する輸出も急速に増加させている。
第三に海外直接投資増大の影響については詳細は後述することとするが,輸出抑制的に働く可能性もあろう。しかし,直接投資の増大が同時に現地の所得を増加させ我が国の輸出市場の拡大をもたらす可能性もあることを考慮する必要があろう。
(海外直接投資の動向とその影響)
最近の海外直接投資の動向を大蔵省「対外直接投資届出実績」でみると,昭和50年代に入って伸びを高めてきたが,61年度以降さらに伸びのテンポを高めている(第2-2-14図)。62年度における対外直接投資額は総額で333億64百万ドルと前年度に比べ49.5%増と昨年に引き続き高い伸びを示した。こうしたなかで近年非製造業種のウェイトが一段と高まっていることが目立っており,なかでも金融保険,不動産業を加えたウェイトは62年度において全体の48.3%を占めるに至っている。また,製造業においても62年度に電機,輸送機といった加工組立業種の増加に加え,化学,鉄・非鉄,食料,木材・パルプなども増加したことから全体で倍増しており,円高の進展等に対応して企業の現地生産が進んでいる姿がうかがわれる。
また,地域別にみると,アメリカ向け(前年度比44.7%増)欧州向け(同89.6%増)アジア向け(同68.5%増)が引き続き好調であり,アジアNIEsに対する伸びは109.1%増と大幅な伸びを示している。
こうした動きをやや詳しくみると,まず非製造業では不動産業向け投資は北米を中心にして大きく増加している。また,金融・保険については北米,欧州を中心に増加している。なかでもイギリス向けは金融サービス法が制定され,金融子会社に対する増資が多かったことから大幅な増加となっている。この結果,国別の投資額で62年度はイギリス向けがアメリカ向けに次いで第2位となった。
次に,製造業についてみると,北米向けは全業種で増加しており,なかでも電機,輸送機,化学が大幅に増加している。またアジアではNIEs向けとタイ向けで大幅に増加している。その内訳は電機をはじめ,輸送機,化学,鉄鋼などで増加を示している。
大蔵省の直接投資届出統計は,申告のあった国内での資金調達を行うものだけであり現地法人が海外で資金調達をして行うう投資は申告されておらずまた,届出のあった直接投資の実行についても十分な把握は行われていないなどの問題がある。そこで,前述の当庁企業アンケート調査によって,海外現地企業の投資計画と生産能力についてみてみよう。今後3年間に設備投資を増加させるとする企業は全産業の平均で68.6%に達し,減少と回答した企業の5.4%を大きく上回っており,海外設備投資意欲指標でみても過去3年間の40.7から50.9へと大きく上昇していることがわかる(第2-2-15図)。製造業では素材型も加工型も高く平均で73.6%にも及んでいる。特に,ゴム,自動車・同部品などが増加回答の割合が高い,一方,非製造業においても増加すると回答した企業は過半数を越え57.1%となるなど海外現地企業の投資意欲には強いものがある。また,資金調達面でも次第に現地調達が増加している。同調査によれば過去3年間については「国内事業所での内部資金」によるとする企業が71.3%と最も高く,「本邦での外部資金調達」が25.7%に達している。一方「当該事業所での内部資金」,「当該国での外部資金調達」はそれぞれ13.6%,29.9%にとどまっており本邦での資金調達に大きく依存していたことがわかる。しかし,今後3年間をみると多少分散化が図られているものの「国内事業所の内部資金」に依然として依存する(63.6%)が,「当該国での外部資金調達」が大きくウェイトを高め(41.2%),また,「当該事業所での内部資金」も若干重みを増す(17.1%)など現地資金調達のウェイトが高まってきている。
また,海外現地企業の生産が国内生産とあわせた全生産にどの程度の割合かをみてみると,61年度実績で全製造業の2.6%,海外現地生産を行っている企業に限ってみると7.9%となり,62年度実績見込みでそれぞれ3.1%,8.7%となるのに対し,4年後の67年度の見通しではそれらが,6.2%,12.1%にまで上昇することになっており,今後とも着実に海外投資,現地生産が増加していくものと思われる。こうした面から,企業のグローバリゼーションが段階をすすめ,資本の国際化が進展しつつあるといえよう。ここで,企業のグローバリゼーションの段階を繰り返すと,第一段階が輸出,第二段階が海外販売網の設置,第三段階が生産基地の海外立地,第四段階が経営資源の海外移転,そうして最終第五段階が世界規模での最適な経営戦略の展開,と定義できる。こうした段階に則してみると,各企業の国際化は急速に第二段階から,第三,第四段階へと進みつつあり,これまでの輸出一辺倒の企業行動に変化がみられている。加えて,対米直接投資を積極的に進めてきた自動車産業のなかには,円高を活かしてアメリカで生産した車の日本への輸出を開始するといった第五段階の企業も現れてきている。近年では我が国の製造業分野の海外直接投資はNIEs,ASEAN,欧米先進国向けの製品を作るための低コストを目的とした投資が多く,国内需要には国内生産で対応するといった体制がとられてきた。しかし,60年来の円高に伴い,生産コストの低い国で生産を行い販売活動によって高い収益を確保しうる国で売却するといった形がより浸透し,日本への逆輸入も始められている。こうした観点から見ると,従来の企業戦略からより効率性が追求された企業戦略への転換が進められてきており,我が国企業の多国籍化が進んでいると考えられる。
このように,海外現地生産が増加していくことが,我が国の輸出にどのような影響を及ぼすであろうか。
短期,中期,長期に分けて考えてみるとその影響は異なっている。短期的には,現地工場の建設にあたって我が国から資本財の輸出が進み,中期的には工場の稼働にともなって我が国からの部品の供給が増加しよう。ここで,短期的,中期的な海外直接投資増大の効果をみるために,アメリカ向け,EC向け,アジアNIEs向けの資本財(完成品及び半製品の両方)輸出の動向をドルベースでみると輸出全体の伸びに比べて総じて資本財輸出の伸びが上回っている。こうしたことが製造業における直接投資が増えている地域で確認できることから,我が国からの海外直接投資の増大が資本財輸出を促進させている側面もあると考えられる(第2-2-16図)。また,長期的には,現地での部品調達が本格化した段階で輸出に抑制的な効果を持つ可能性があろう。しかし,長期間でみた場合に,我が国の海外直接投資による生産能力の増加程度に世界の市場が拡大していく場合には,その段階においても他の条件が一定なら数量の減少に結びつかないことが考えられる。事実海外直接投資が活発に行われているにもかかわらず内需主導型成長の下で国内の投資活動は旺盛であり,マクロ的には雇用者数にも大きな変動がみられていない。現在までのところ空洞化現象はみられず,国内の生産力は着実に増加していくものと考えられる。
一方,こうした直接投資は,途上国に対して特に現地企業との合弁という形で行われた場合,我が国からの技術の移転効果が大きく,それら諸国の技術力の向上を促進するだけでなく,我が国がそれら諸国からの輸入を増加させる要因となっている。こうした輸入は,部品調達を主に行われており。そうした低価格部品や中間財を用いてコストの切り下げを行った高付加価値品が我が国において生産され,その製品の多くが欧米先進国に輸出されていっている。いいかえれば,円高による構造調整のもとではアジアNIEs,ASEAN諸国と国際間分業が進むとともに,我が国の生産にとってそれら諸国の半製品が必要となってきているのである。このように,直接投資の増大自体は我が国の水平分業を促進させ貿易国相互の取引を拡大させる効果をもつ側面もあるものと考えられる。
(水平貿易の進展)
以上のように,我が国の貿易構造は,従来の原燃料を輸入して製品を輸出するといった垂直貿易から次第に変化をみせ,製品輸入の増加とともに水平貿易へと移りつつある。この動きを地域別にみてみよう。技術力が向上しているアジアNIEsとの水平貿易の進歩には著しいものがある。また,為替レートがそれ程変化していないにもかかわらず,EC諸国との水平分業も進みつつある。しかし,為替レートが大幅に変化したアメリカについてみると,二国間の輸出入関係は62年央まではそれ程大きな変化は見られなかった。そこで水平分業度指数によって詳しく見てみると,アジアNIEsとの間では,鉄鋼,精密機械で着実に高まっているほか,これまで分業度の低かった一般機械,輸送機械でも50年代後半以降高まりがみられる。また,やや低下傾向にあった電気機械も62年に反転している。繊維は我が国の大幅な輸入超過となったことから,62年には低下したがなお高い水準にある。また,EC諸国とは,これまでも繊維,化学でかなり分業が進展していたが,最近では輸送機械,鉄鋼にも高まりがみられる。また,50年代に低下傾向にあったその他の機械業種でも,60年以降反転の動きがみられる。これらに対しアメリカとは,化学を除き概して低い水準にとどまっており,しかも50年以降低下傾向にある業種が多い。特にこうした傾向は機械業種において顕著であったが,繊維,電気機械などでは60年代に入って下げ止まり上昇をみせるなど,変化の兆しがみられる(第2-2-17図)。アジアNIEsとのこうした分業の高まりは,我が国の輸入増によってもたらされており,アジア諸国の技術力の向上により低廉な商品が供給可能になったことに加え,我が国企業の直接投資の結果として逆輸入が増加したために加速されている。その際,先にも述べたように,普及品を中心とした低価格品はアジアNIEsから現地生産したものを輸入し,国内では高付加価値品に特化して生産が行われる傾向が強い。さらに,現地生産に際しても,コアとなる部品は我が国から供給し,一方,国内生産には,アジアNIEsから周辺部品の調達が行われるというすみ分けが進みつつある。
また,EC諸国については,EC企業が直接投資を我が国国内に行い,従来の代理店方式とは違って現地法人を作り積極的に流通網を整備していくなどの企業努力に加え,EC諸国の製品が我が国消費者の高級品指向にマッチした面があったものと考えられる。しかし,アメリカについては,我が国の製品輸入比率がアジアNIEs,EC諸国に比べ相対的に低いことに加え,アメリカの独自製品の多くはライセンス生産として日本国内で生産されていたり,我が国消費者のニーズとは多少ずれがあったりする。後で詳しくみるように最近の我が国消費者の動向には,高価な高付加価値品や低廉な普及品を選好するといった二極分解現象がみられており,アジアNIEsやECの商品構成がそうした動きに見合っていたといえる。
地域別にはこうしたばらつきはあるものの,我が国最終財の多くで程度の差こそあれ需要の増分の輸入製品への代替が進んでおり,また,生産の場においても輸入部品・中間財が必要不可欠なものとなってきている。このため,こうした水平貿易への移行という動きは不可逆的なものであると考えられる。円高により加速された我が国経済の構造調整は,水平貿易を増加させ世界経済の拡大均衡に貢献する経済構造を形成しつつあるといえよう。
昭和55年の外為法改正により資本取引が原則的に自由となって以来,我が国では金融の国際化が一段と進んでおり,特にここ数年間の進捗には目覚ましいものがある。こうした金融の国際化は三つの側面からとらえることができる。
第一は,国際的な金融取引の拡大である。世界貿易の拡大,国際収支不均衡のファイナンスの必要,各国の為替管理の自由化等から国際間の資金移動が活発化し,ユーロ市場も含む各国において国際金融取引が急速な拡大をみたが,我が国においてもこうした取引は,対外証券投資,対内証券投資の取得処分,金融機関のドル資金の調達,運用等いずれも50年代後半から60年代に大幅に増加している。内外証券投資の取得処分合計をみると,62年には対外証券投資が2兆6千億ドルと実に55年の88倍にも達し,対内証券投資も1兆ドル弱で同じく18倍にまで増加している。また,我が国の対外資産も55年以降の貿易収支黒字傾向の定着により累積が始まり,57年には純資産国となった。この過程において対外負債も増加してきており(第2-2-18図),62年末の残高を55年と比較すると,ドルベースで資産は8.07倍,負債は5.90倍となっている。このように国際間の金融取引が増加するなかで,外為,証券を中心として各国の金融市場の相互連関が強まっており,世界の金融市場の一体化という意味での金融のグローバリゼーションが起きている。例えば,国際金融市場ではニューヨーク,東京,シンガポール,フランクフルト,ロンドンと結びついて24時間為替のディーリングが行われており,一市場での出来事がただちに他の市場に波及し,常に外国為替の売買が好きな時に行いうる体制が整うにいたっている。こうした24時間トレーディングは,米国財務省証券をはじめとする債券や株式にまでその対象を拡げつつあり,スワップ,先物,オプションといったリスクヘッジ手段の発達とも呼応して,金融のグローバリゼーションが進行している。一昨年来の東京を含む各国株価の上昇が相互に波及しあって生じ,昨年10月のニューヨークの暴落が全世界に波及して東京でも暴落が起き,その後東京市場をはじめ各国とも安定的に推移しているといった状況は,まさにグローバリゼーションが進展した金融市場の相互連関の強さを示すものといえよう。
第二は,そうした中での東京市場の地位向上である。我が国金融市場の規模は,民間部門の資産蓄積もあって拡大を続けており,なかでも国際金融市場の規模は対外資産負債の増加にみられるように急速に成長している。対外資産負債が増加するなかで,東京市場における外国為替の取扱高も増加し,58年にはニューヨークの2分の1だったものが,61年には1日平均480億ドルとなり,ロンドン市場には及ばぬもののニューヨーク市場に匹敵する規模に成長している。株式市場をみると,東京市場の株式時価総額は62年末で2兆7千億ドルと円高の影響もあって,ニューヨーク市場の,2兆2千億ドルを上回って世界最高となり,取引金額もニューヨークに並んでいる。また,61年12月に創設された東京オフショア市場(JOM)は,量的には順調に成長を続けて,62年3月末2,859億ドルの規模に達し,シンガポール,香港のアジアの先行オフショア市場やアメリカのIBFの規模に迫るあるいは肩を並べる域に達している。このように国際金融市場における東京市場の地位は,豊富な資金量を背景として,飛躍的に向上しており,世界の三大金融市場の一つとして市場規模の面からも,またニューヨーク,ロンドンという2大市場の中間に位置するという地理的理由からも重要性を増している。
第三は,これを支えるものとしての金融機関の内外相互進出である。このところの相互進出件数の推移をみると,我が国からの進出,海外からの進出ともに特に最近において増加している(第2-2-19表)。これを地域別にみると,本邦銀行の進出先としてはアメリカが最も多く,ヨーロッパではイギリス,スイス等,アジアへは香港,シンガポール等を中心に世界各地へまんべんなく進出している。一方,本邦へ進出している外国銀行の母国をみると,やはりアメリカが最も多く,ヨーロッパ,アジアからも多数進出してきている。また,本邦証券会社の海外現地法人の設立はアメリカ,イギリス等を中心に行われており,海外からは,アメリカ,イギリス等からの進出が中心となっている。
こうした我が国金融の国際化を促進した要因としては,まず既にみてきたような我が国企業の国際化があげられれるが,その他にも1)高度情報化の進展,2)内外資産の蓄積,3)資本輸出国化の定着,4)世界的な金融規制の緩和,などといったことが考えられる。
第一に高度・情報化についてみると,情報・通信システムの発展により主要国の金融市場は,世界市場とは独立して存続することができなくなってきており,各国の市場が有機的に結びつけられている。上に述べた金融のグローバリゼーションは,証券,外為の24時間トレーディングを始めとしてこの情報・通信システムの発展に負うところが大きいといえる。また,国際銀行間データ通信システム(SWIFT)の利用状況についてみると,我が国が加入した56年3月時点の参加国数は27ヵ国であったものが62年には56ヵ国に,全体の送信件数もこの5年間で約3倍にまで拡大しており,国際的なネットワーク化が進んでいることが分かる。一方,我が国の利用状況をみると,62年には参加銀行数で約2倍,送信件数で約9倍と積極的に通信網を活用している。我が国の金融機関においても国内の情報化,ネットワーク化と並んで国際的な高度情報化が進んでいるといえよう。
第二の内外資産の蓄積についてみてみよう。金融資産の蓄積は,投資家の金利選好の高まりやニーズの多様化を通じて,対外資産をも含めた資産選択の幅を拡げ,金融の国際化を促進すると考えられる。また,こうした資産の蓄積は金融市場における資金量の拡大を意味し東京市場の魅力を高めることとなる。昭和50年代に我が国の金融資産の蓄積は急速に進んだ。民間非金融部門の総金融資産の対GNP比は,50年において2.53倍であったものが,55年には2.81倍,60年には3.33倍と増加してきており,その金融資産に占める対外資産の割合も55年以降着実に増加してきている。こうした金融資産の増加は資産の種類をも多様化させながら進んでいる。昭和40年以来発行されてきた国債は,50年代に急増するにいたり,その累増に伴って発行条件の弾力化が進み,償還期間についても長期のみならず中期のものも市場発行されるなど様々な種類の債券が供給されることとなった。また我が国の金融資産の蓄積状況は,国際的にみても遜色ないものといえる。具体的には,金融市場の発達しているアメリカ,イギリスと比較すると,我が国の預金通貨銀行資産残高の対GNP比は145%とアメリカの58%を上回り,イギリスの172%に近づきつつある(第2-2-20表)。この間,既にみたように対外資産負債残高も大幅に増加しており,総資産に対する対外資産,負債の比率も上昇し,イギリスの7割には遠く及ばないまでもアメリカを上回るまでになっている。
第三の資本輸出国化について検討してみよう。我が国の貯蓄投資バランスをみると,40年代の高度成長期には民間企業部門が投資超過主体として存在し,家計部門の貯蓄超過を吸収していたが,50年代に入り次第に投資が伸びを弱め,マクロ的には貯蓄超過の経済構造へと移っていった。このように,貯蓄超過の経済構造の下では,投資超過経済構造の国に比べて相対的に低い金利水準となりやすい傾向にあり,こうしたことが,資金の還流を容易にする方向に働くと考えられる。我が国の資金の国際化が進んだことはこうしたことも一因となっていたといえよう。我が国からの資金流出は,外国証券の取得や直接投資等の形で行われているが,このうち製造業向けの直接投資は先進国には消費地立地のため,また中進国や途上国に対しても低い生産コストを目的として行われており,地域的に偏りが少ない。これに対して資産選択の一環として行われる対外証券投資はアメリカの国債,株式などの購入に向かっている。
第四に国際的な規制緩和についてみると,アメリカ,イギリス等では40年代後半以降,為替管理の撤廃により資本移動が自由化され,国内金融市場においても金利規制の撤廃,イギリスのビッグバンに代表される資本市場の自由化等規制緩和が進展し,国際的な資本取引,金融機関の相互進出が活発化した。こうしたなかで我が国においても,55年の外為法改正による資本取引の原則自由化をはじめとして金融規制の緩和が進められた。規制緩和の内容については第3章で詳しくみるが,特に「日米円ドル委員会報告書」及び「金融の自由化及び円の国際化に関する現状と展望」が発表された59年以降,国際市場では東京オフショア市場(JOM)の創設,先物為替取引の実需原則撤廃,ユーロ円市場における種々の規制緩和等,国内市場でも大口預金金利自由化等の措置がとられ金融の自由化,国際化は一段と進展をみた。
先にみた外国金融機関の本邦進出も,我が国金融・資本市場の国際化,自由化を背景として増加しつつある。また,外国証券会社の東京証券取引所会員権取得,外国銀行現地法人の信託業務認可等が行われ,海外金融機関の市場へのアクセスが容易になってきている。したがって,我が国金融市場が第二,第三の要因でみたように資金量が十分にある魅力的な市場であるだけに外国金融機関等の本邦進出という形での国際化は今後一層進展していくものと思われる。
また,このように金融の国際化が進展する中で,我が国金融機関の海外における,いわゆる「オーバープレゼンス」の問題が指摘され,企業の外債発行の活性化に伴って「国内起債市場の空洞化」が懸念される等の問題が生じている。これについては第3章第3節で詳しくみることにする。
(円の国際化)
では,次にこうした金融の国際化に対して我が国の通貨である円の国際化はどうなっているであろうか。通貨の国際化を示すものとして,通常国内での通貨保有の動機に準じて,1)取引動機,2)資産動機,3)予備的動機により各々どの程度国際的に保有されているかを考えてみよう。
まず,取引動機からの円需要では,円が貿易に使われる割合は低く,我が国の場合で62年度において輸出で33.8%,輸入で11.6%と依然としてドル等他通貨建の比率の方が高くなっている。輸入に関しては,従来原油,原材料輸入の割合が高く,そうした原油,一次産品価格がドル建てであることから,ドルに依存した構造となっている。また,輸出については地域別にみてアメリカのシェアが高く,中近東等でも資産保有の一環としてドルを指向したこと等から輸入代金のドル建比率が高くなっている。加えて,我が国の場合には東アジア地域に制度的な貿易圏や通貨圏がなかったため,EC域内での西ドイツのような立場にはなりえなかったという事情もあった。しかし,こうした様相も次第に変わりつつある。輸出においては,60年央以降円高が進展する中で,円建比率の低下がみられているものの,輸入においては原燃料比率は低下していることから依然として円建比率に高まりがみられる。輸入の場合には外貨建契約によって大きな為替差益を得ているものの,為替変動にともなう不確実性を避けるためにも邦貨建が見直されている。ただ,こうした為替変動による契約通貨の動きはこれまでにもみられたことであるが,今回の動きにおいて従来と異なっているのは,我が国企業のグローバリゼーションによる変動である。先にみたように,我が国企業が海外直接投資を活発に行うなど国際化を進めてきている中で,日本を中心とした貿易が水平分業の拡大を伴って増加しつつあり,ドルのような第三国通貨を利用しない決済が増大するものと考える。
次に,資産動機としての円保有についてみると,前述の通り我が国の対外負債残高はこのところ急ピッチで増加してきている。
ユーロ市場における円の使用をみると,調達面ではユーロ円債の発行は60年以降急速に拡大しており(第2-2-21表),非居住者の外債も含めた国際債の発行に占める円建債のシェアも62年には15%とスイスフランを抜いてドル建債に次ぐ地位を占めている。運用面でも,ユーロ円市場は着実に成長しており,特にドル安によりドルのシェアが低下した60年以降は急速な拡大を示している。しかし,ユーロ市場全体に占めるユーロ円運用のシェアをみると,ドル,マルク,スイスフランに次ぐ第四の通貨にとどまっており(第2-2-22図),ユーロ円債の発行や我が国金融機関のユーロ市場におけるシェア拡大に比べ低い水準にある。
最後に予備的動機については,有事に強いドルといわれるように,ドル資産は将来の不確実性に対しての信頼感が強く,円は相対的に有事に弱いといわれている。例えば,中近東で紛争が生じた場合,ドルが増価することはあっても,円,マルクの増価は生じていない。基本的にはこれまで基軸通貨の役割を果たしてきたドルに対する信認が未だ薄れていないといえる。しかし,アメリカが純債務国に転落し巨大な双子の赤字を調整しえないでいることが,ドルに対する信認を薄れさせつつあり,その他通貨の重要性が増大することも考えられる。
各国の外貨準備に占める円の比率をみてみると(第2-2-23表),その水準はドルには遠く及ばず,マルクに対しても遅れをとっている。ドルはこれまで基軸通貨として決済資金に使われてきたことから,マルクはEC域内での基軸通貨的な役割を果たしていることなどから各国で外貨準備として保有される割合が高くなっている。
以上のようにみると円の国際化はこれまでのところ多少進みつつあるものの,マルク等に比較して低水準にある。しかし,我が国経済の国際化に伴って次第に円の国際化も進展していくものと思われる。