昭和63年

年次経済報告

内需型成長の持続と国際社会への貢献

昭和63年8月5日

経済企画庁


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第1章 昭和62年度経済の特徴

第3節 積極的拡大につながる企業行動

1. 急テンポの生産増加

(内需を中心に増加した生産)

鉱工業生産指数の動きをみると,昭和60年4~6月期を当面のピークとした停滞傾向は61年末まで続いたが,62年に入ってからは緩やかに回復し始め,4~6月期に停滞したもののその後は急速に増加を示した。そこで今回の生産回復過程を過去と比較するために,それぞれ景気の谷からの生産回復の推移をみると,今回は62年4~6月期に円高が更に進み生産が一時的に停滞したこともあって全体としてみればその増加テンポは過去とさほど差がないが,7~9月期以降は毎期年率10%を越えて増加しており,かなり急テンポで増加しているといえる。

次に今回の生産回復の特徴をみるために,鉱工業生産を輸出と国内出荷と製品在庫変動との寄与に分け,さらに国内出荷を財別(資本財,建設財,消費財,生産財)に分けてみると(第1-3-1図),回復の初期においては輸出が弱含む中,国内出荷が特に消費財や建設財を中心に増加し牽引役となった。その後,輸出が緩やかに回復するとともに,国内においても引き続き消費財や建設財出荷が堅調だったことに加え,設備投資が急速に拡大したことから資本財出荷が大きく増加した。この結果,生産財出荷も大きく伸びるなど,特に国内需要を中心に全ての財についてバランスの取れた形で回復してきたといえる。一方,在庫投資はこの間意図せざる在庫減から減少していたが62年度後半からは増加に寄与してきている。一方,これらの動きを業種別にみると(第1-3-2図),出荷は内需を中心にほとんど全ての業種で増加しており,特に従来輸出型業種であった精密機械,輸送機械,電気機械においても内需の寄与がかなり大きくなっている。これを前回の景気上昇期(58年度)と比較してみると,輸出比率が特に機械工業を中心に大幅に低下しているほか,58年度と62年度の業種ごとの対前年増加率を用いて変動係数を計算してみると,輸出主導型で回復した前回の変動係数が1.2であったのに対し,今回は0.6となっており,前回に比べ業種間のバラツキが少ない形で増加している。これらが内需主導とともに今回の景気上昇局面における生産面の特徴といえよう。

(積み増しに転じた在庫)

次に最近の在庫投資の動向を国民経済計算からみると(第1-3-3図),鉱工業生産が一進一退に転じた60年前半頃から投資は減少を示してきたが,62年初をボトムに以降緩やかな増加に転じていることがわかる。この間の動きを形態別在庫投資動向によってみてみると,一般に在庫投資の変動は流通在庫から始まり原材料在庫,製品在庫へと波及していくが,今回も62年初からの在庫の増加は主として流通在庫によってもたらされており,原材料在庫と製品在庫の寄与は未だ僅かなものにとどまっている。そこで製品在庫についてやや詳しくみるために製品在庫の循環の様子を鉱工業生産統計から出荷と在庫の関係としてみてみると(第1-3-4図),60年1~3月期以降61年中を通じて出荷・在庫とも低下する形で在庫調整が進められていたが,62年に入ってからは出荷が増加する中で在庫も秋にかけて徐々に増加してきていることがわかる。

こうしたことから,今回の在庫投資の循環は,生産・出荷の停滞により60年央から始まった在庫調整が62年に入ってからはほぼ終了し,その後意図せざる在庫減の状態が続いた後,秋以降は積み増し局面に転じたといえよう。そして,生産者製品在庫率は,出荷の急速な増加もあって62年初から低下傾向を続けており,63年1~3月期には期末値で91.3と前回の在庫調整期の水準のボトムを下回り,かなり低水準となっていることなどから,当面,在庫は積み増し局面が続いていくものと思われる。

2. 大幅改善の企業収益

企業収益は,62年に入り非製造業が堅調に推移する一方で製造業が増加に転じ,また企業の業況判断も大幅な改善を示した。このため,62年度の企業収益は景気の上昇過程の中で,前年に対し大きく改善した。大蔵省「法人企業統計季報」(資本金1,000万円以上の法人,断層修正値)から経常利益の動きをみると,全産業では61年度に前年度比1.3%の増益の後,62年度は同32.1%の増益となった。業種別にみると,製造業では61年度は同17.1%の減益の後,62年度は同45.6%の大幅な増益となった。非製造業は60年度以降堅調を続けており,61年度同19.4%の増益の後,62年度も同22.9%の増益を続けた。また規模別にみると,資本金1億円以上の大企業では,62年度は同27.8%の増益,資本金1億円未満の中小企業では同38.4%の増益となった。

製造業を輸出型と非輸出型に分けてみると,61年度の減益は前年の白書でみたとおり輸出型製造業の大幅な減益が大きく寄与したが,非輸出型製造業は61年度においても輸出型とは対照的に比較的堅調な収益を続け,62年度も前年度比35.3%と増益傾向を続けている。一方輸出型製造業は61年度の同46.3%の大幅な減益の後,62年度に入り増益に転じ,同45.6%の増益となったが,利益率は59,60年の水準には達していないものの,このところ改善してきている。そこで,このような製造業の収益の急速な回復の要因についてみてみよう。

第一に,国内向け販売数量の回復である。まず,62年以降内需の盛り上がりや在庫調整の完了から,次第に生産が増勢を強める中で,企業の国内向け売上数量が順調に増加したことが利益率増加に大きく寄与している。第1-3-5図は製造業大企業の利益率の変動を輸出と国内の両面に別けて試算したものであるが,これによると,円高以前の60年4~6月期に比べると,輸出数量要因が依然マイナス要因に止まっているのに対して,国内数量要因はプラス要因となっている。

第二に,原材料価格低下の寄与である。また,投入価格としての輸入価格の低下は交易条件改善のかたちとなって製造業全体ではメリットにもなっている。

しかしながらこの価格要因の利益率への寄与は部門別にはバラツキがみられ,輸入原材料比率の高い非輸出型製造業では大きなプラス要因であるのに対し,輸出型では輸出価格の低下等から価格要因は依然マイナス要因となっている。

第三に在庫評価損の解消である。今回の円高下で,輸入物価の下落と国内市況の低下から60年下期から61年下期にかけて巨額の在庫評価損が生じた。このため,製造業は円高以降全体として交易条件が改善し変動費は低下したものの,これら在庫評価損の存在により企業会計上は円高による価格メリットが顕在化していない部分が相当あったが,62年以降卸売物価が下げ止まる中で在庫評価損は急速に縮小し収益率の上昇の増加要因となっている(第1-3-6図)。

第四に企業のコスト削減である。固定費の面では,輸出型製造業では人件費,金融費用等の固定費が昨今の販売数量の増加する局面においても抑制されている。前掲第1-3-5図のように輸出型製造業においては固定費要因は円高以前の水準と同じレベルにある。また,最近の財務内容をみると,借入金の圧縮と自己資本比率の向上が一貫してみられ,金融費用は第5章3節にみるように金利低下も大きく寄与しこのところ減少している。一方で資産面では棚卸資産圧縮の反面,現金預金・有価証券等の金融資産が増加している。このため円高以降の減益を下支えした金融収支の改善は,景気上昇下の62年以降も収益増加に寄与している。こうした中で,企業の業況判断は減益期であった60年,61年に比べ現在では大幅に改善しており,業種別にみても製造業,非製造業ともにほとんどの業種で改善している。また,中小企業の業況判断も改善を続けている。

他方,企業倒産は60年から落ち着いた動きを続けており,62年度の銀行取引停止処分者件数は前年度比33.1%減と前年度に続いて二桁の減少となった。こうした落ち着いた動きの背景としては,倒産件数に大きなウエイトを占める非製造業の収益が引き続き堅調に推移し,製造業の収益も急速に回復したこと,金融緩和が続き企業の手元流動性が増すなど資金繰り余裕も続いていること,また地価上昇等により企業の担保力が増し,資金逼迫に陥ることが少なくなってきたこと,などによるものと考えられる。

3. 増勢持続する設備投資

(増加基調の製造業設備投資)

最近の民間企業設備投資(実質)の動きを国民所得統計からみると(第1-3-7図①),60年7~9月期を転期として伸びが低下し,61年中は低い伸びが続いたが,62年に入り伸びを高め,着実な増加を続けている。これは非製造業が堅調な増加を続けているのに加え,製造業の投資が回復してきたためである。すなわち,製造業では59年下期に始まるストック調整局面に,円高・ドル安に伴う先行きの見通し難による投資マインドの後退が加わり,61年10~12月期迄後退を継続した。しかし,62年に入り中堅・中小企業が増加に転じたのに続き,下期からは大企業でも回復し,その後も増勢を継続している。一般に大企業に比べ中堅・中小企業は需要・景気動向に対し敏感に対応するといわれている。昭和40年以降のデータにより企業規模の時差相関をとってみると(同図②),大企業に対し中小企業は期間中の平均で2四半期,中堅企業は1四半期の先行性をもっていることがわかり,またオイルショック以降に限定するならばそれぞれ3四半期,2四半期の先行性となっている。今回の回復局面でも,こうした傾向がほぼみられたものといえよう。一方,非製造業は,製造業がマイナスの調整局面に入ったなかでも電力における政策的積増し等もあり堅調を持続し,62年度においてもリース,通信・情報,金融・保険,卸・小売,鉄道などで堅調な増加をつづけた。このような62年度における設備投資の増加は基本的には内需拡大に伴うものであった。これは二つの点において投資マインドの安定性をもたらすものといえる。第一は,国内の潜在需要を満たす方向で供給体制を整備する設備投資は対外摩擦などにつながらないことである。第二は,為替レートは此れまでの経験からみて,その先行きの不透明さが,投資計画から決定・実行に至る過程においてマインドに対してマイナスに作用してきたとみられるが,輸出に比べて内需はこの先行きの不透明さが相対的に小さいことである。

さらに,63年度の設備投資計画は引続き高い伸びが見込まれている。経済企画庁「法人企業動向調査」によりその動向をみると,まず非製造業ではリース,運輸・通信,不動産,金融・保険等で寄与が大きく,堅調を維持する計画となっている。一方,製造業では62年度をリードした食品,紙・パルプ,化学,印刷・出版等の内需関連業種に加えて,電気機械,一般機械,自動車,精密機械といった機械業種が大幅に増加し,特に半導体を主体とする電気機械の寄与が大きい。これらの機械業種はもともと輸出比率が高かったことから,一時は円高の進行・定着により輸出採算が悪化するため国内投資は海外直接投資に代替され,投資・生産・技術の空洞化が懸念されたこともあった。しかしこれまでのところこうした現象はみられない。以上のような活発な設備投資動向を理解するために,設備投資の決定要因を分析してみることにしよう。

(設備投資の決定要因)

製造業の設備投資を,需要動向に対応して資本ストックを調整させるストック調整要因とその他の要因(実質金利を主体とする資本コスト要因,省力化要因,省エネ要因)とに分けて推計してみた(第1-3-8図)。その要因分解をみると,近年のマイナスのストック調整圧力は第一次オイルショック以来のものであったことがわかる。また,需要面の寄与度を内需と輸出とに分けてみてみると,高度成長期には両者の寄与にはさほどの差はみられないものの,第二次オイルショック以降は大きく違い,輸出動向が製造業設備投資を主として決定したことがわかる。しかし近年では,輸出の寄与が低下するとともに内需の寄与が底固い伸びを示し両者の寄与はほぼ等しくなっている。一方,資本コスト要因は,62年にインフレ率の低下により61年に比べその寄与度を下げたものの,近年は総じて名目金利が低下していることから,投資の下支え要因として作用していることがわかる(なお関数式による試算では,1%の資本コスト低下は製造業の設備投資を年間1.9%引き上げる)。省力化要因ならびに省エネ要因による投資は近年62年まではコンスタントな動きとなっている(なお日本銀行「企業短期経済観測調査」(63年5月調査)によると,63年度の主要企業製造業の設備投資は前年度比18.6%増と盛り上がりがみられ,その目的別寄与度は増産・拡販7.4%,新製品開発・新規事業進出・研究開発5.8%,合理化・省力化3.5%,維持補修・その他2.0%等となっている)。

近年における設備投資変動は,需要動向に対応したストックの調整を基本とし,これに実質金利等の資本コストや相対価格の変動が影響を与えるものと理解される。また,従来より製造業の設備投資が全産業の投資変動を大きく決定づけてきた(前掲第1-3-7図)。製造業の関数式からすれば,ストック調整の調整係数は推計期間中の平均で0.4269(付注1-1)となっており,即ち需要面での与件変化が発生してから約2年強でストック調整が終了することがわかる。この推計結果を今回の投資循環にあてはめてみれば,59年下期に始まった調整局面は62年上期には終了し,低水準の資本コストに支えられつつ,需要拡大に伴って62年下期から投資が拡大する局面に入っているといえよう。こうした循環論からも63年度は着実な拡大局面にあることがわかる。