昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
最近の企業経営の動向をみると,58年度から59年度にかけて景気の上昇,輸出の増加等を背景に高水準で推移した企業収益は,60年秋以降の急速な円高等から伸びが鈍化し,61年度は非製造業では堅調に推移しているものの,輸出比率の高い製造業を中心に全体として減益傾向で推移した。
大蔵省「法人企業総計季報」により,経常利益(季節調整済,断層修正済,前期比,前年度比,以下同じ)の動きをみると(第4-1図),全産業では60年度下期5.4%減の後,61年度上期2.6%増,同下期0.5%減となった。業種別にみると,製造業では60年度下期15.8%減,61年度上期には14.1%減と二期連続して滅益となり,同下期は6.0%と前期比でやや持ち直したものの,全体として低い水準にある。一方,非製造業では60年度は9.3%の増益の後,61年度も17.6%増と前年に引き続き堅調に推移した。
次に,日本銀行「主要企業短期経済観測」により売上高の推移を業種別にみると(第4-2図①),製造業では,58年度,59年度と輸出型製造業を中心に高い伸びを示したが,60年度下期以降円高による輸出手取り額の減少および国内卸売物価の下落や石油価格低下等から急速に減少し,61年度は前年度比9.2%の大幅な減収となった。このうち,輸出型製造業では,各業種とも外需の減少を主因にここ数年間で最高の減収幅となっており,電気機械・自動車では50年以降でははじめての減収となった。また,鉄鋼・造船では円高の影響と需要の低迷から二年連続の大幅な減収となった。一方非輸出型製造業では,石油精製が円高と原油安からかってない大幅な減収となったこと等から輸出型を大きく越える減収となったが,石油精製を除くと輸出型と同程度の減収幅となっている。
非製造業についても,製造業と同様に大幅な減収となった。業種別には,商社,電力・ガス等で数量減や価格の低下から減収となったが,高水準の住宅着工戸数や個人消費の堅調な動きから建設・不動産,サービス等では堅調な伸びを示した。
このような売上高の推移の中で,経常利益を業種別にみると(第4-2図②),まず60年度に引き続き製造業の減益,非製造業の堅調な増益継続という二面性がみられた。また,製造業の中でも,輸出型製造業が売上高と同様大幅な減益となったが,食料品,化学,紙パルプ等の非輸出型製造業では底固い伸びを示した。これは本報告で述べたように,非輸出型は大幅な投入価格低下が利益率改善に大きく寄与したことによるものであり(第4-3表),紙パルプ,化学,石油精製では投入原材料価格面での円高メリットが大きかったために減収増益となっている。このように製造業の中には円高,原油安のもたらした影響にバラツキがあった。
企業収益の規模別動向(製造業)を,前期「法人企業統計季報」の経常利益(断層修正値)でみると,大企業(資本金1億円以上)では,61年度は鉄鋼,電気機械等の輸出型製造業を中心に前年度比18.0%減と前年度に引き続き減益となった。また,中小企業(資本金1億円未満)は60年度は同27.6%増と堅調に推移した後,61年度は輸送機械,電気機械,鉄鋼等の収益悪化により同22.3%減の減益に転じた。61年度の対売上高比率を企業規模別にみると,以下の特徴が指摘できる(第4-4図)。第一に,大幅な物価下落局面で投入・産出価格ともに低下したために,物価の直接的影響の少ない販売費・一般管理費,人件費,減価償却費等の固定費部分の売上高比率が大企業,中小企業ともに上昇した。特に人件費比率は大企業,中小企業とも50年度以降最高の水準となっており,企業の雇用過剰感を高める要因となっていると推察される。第二に,固定費部分のうち,金融費用(支払利息等-受取利息等)についてみると,大企業では圧縮が進む一方,中小企業は対売上高比率でほぼ横ばいである。これは,特に大企業において金融資産運用,資金調達の効率化が進展していることを示唆している。
61年度の企業倒産は,企業収益が全体として減益となった中で,60年度に引き続き落ち着いた動きで推移した。これを全国銀行協会連合会の調べ(資本金100万円以上の法人)による銀行取引停止処分者の動きでみると,件数は59年度に16,486件と高水準で推移した後,60年度15,082件(前年度比8.5%減),61年度は12,699件(同15.8%減)となった。負債金額は60年度1兆9,000億円(前年度比2.0%減)の後,61年度は1兆9,663億円(前年度比3.5%増)と引き続き高水準となった。また,東京商工リサーチ調べ(負債金額1,000万円以上)による企業倒産の動きでみると,件数は60年度18,319件(前年度比10.0%減)の後,61年度は16,886件(同7.8%減)となり,負債金額は60年度4兆4,113億円(前年度比27.2%増),61年度3兆5,716億円(同19.0%減)となった。
このような61年度の企業倒産の特徴として次の3点があげられる。
① 減益下での倒産の大幅な減少。企業収益が全体として減益となったものの,金融緩和の進展や資産価格上昇により企業の資金繰りや担保力に比較的余裕があり,つなぎ資金の調達,事業縮小,自主廃業等に好都合の環境にあることと,非製造業が60年度,61年度と引き続き堅調な収益状況にあることが件数減少に大きく寄与していると考えられる。
② 倒産の大口化。1件当たりの負債総額は57年度以来年々増加しており,61年度は1億5,480万円(前年度比22.9%増)と過去最高水準となった。これは金融緩和局面の現象として位置付けられるとともに,倒産には至らないまでも,売上不振等に陥った潜在的な経営不振の企業が存在していることを示唆しており,今後も倒産件数の動向を注視する必要がある。
③ いわゆる円高倒産の大幅な増加。円高の進展により,61年度においても円高を直接または間接に倒産の原因とするいわゆる円高倒産が電気,機械,鉄鋼等の製造業を中心に発生し,前年度に比べ大幅に増加した(第4-5図)。
これまで述べてきたように,61年度の企業経営は非製造業は堅調な収益状況で推移したものの,製造業では輸出の減少,製品価格の下落等により依然収益は低迷を続けた。62年度に入っても,円高が進行する中で企業の経営マインドはなお停滞感が続いている。前記「主要企業短期経済観測」により企業の各種判断指標をみると,依然製造業の停滞と非製造業の良好感維持という二面性が続いている。また,第4-6図にみられるように,製造業の中ではこのところ非輸出型製造業では各指標とも改善がみられているのに対して,輸出型製造業は円高の進行による輸出採算の悪化等の影響を受けて業況判断等の経営マインドはやや後退しており,今後の企業経営マインドの動向は円相場の動向に強い影響を受けるものと思われる。
本報告でみたように,我が国の産業企業が今回の円高によって受けた影響はこれまで述べた短期的な収益面での打撃にとどまらず,構造的側面を持っている。対外的には貿易構造の変化や対外経済摩擦等が顕在化し,国内においては円高の影響はもとより情報化,サービス化の進展や規制緩和,民営化等の活性化施策の動きの中で製造業の各業種とともに農業,流通,運輸,サービス等の様々な分野で環境変化が生じてきており,企業が安定した成長を図るためにはそれらの環境変化への積極的対応が求められている。