昭和62年
年次経済報告
進む構造転換と今後の課題
昭和62年8月18日
経済企画庁
61年度の民間企業設備投資は,実質GNPベース(速報)で56兆3,365億円となった。これを前年度比でみると(第3-1表),59年度11.4%増,60年度12.9%増と拡大した後,61年度は4.8%増と伸びが鈍くなった。但し,これを四半期別前期比でみると,4~6月期0.4%増,7~9月期0.5%増と低迷した後,10~12月期2.1%増,62年1~3月期2.3%増と伸び率は依然低い乍らもやや底固めの動きがみられる。
こうした動きを産業別・規模別に概観すると,大企業製造業では加工・外需型業種を中心に弱含みに推移した後,62年1~3月期は内需型業種が堅調であることもあり前期比2.2%増とプラスに転じた。一方,大企業非製造業では,リース業の引続き高い伸びに加え電力が政府による投資額積み増し要請を受けて大幅増となったこと等により,総じて底固い動きとなった。また,中小企業製造業では7~9月期に13.5%減と大幅に減少した後,大企業に先行する形で10~12月期に1.5%増とプラスに転じており,これを,日本銀行「企業短期経済観測調査」(62年5月調査)でみると,60年度に前年度比2.3%減とマイナスに転じた後,61年度は同10.2%減と下げ幅が拡大した。
次に61年度の業種別の設備投資動向についてのその内容を詳しくみていこう(第3-2図)。まず,製造業全体の伸び率をみると,法人企業統計季報(大蔵省)の実質ベースの増減率は,59年度に前年度比25.8%の大幅増となった後,60年度に8.8%増とやや鈍化し,61年度は7.9%減と弱含んだ。
まず,製造業設備投資変動に対する寄与度が大きい(本報告1-3-13図)加工・外需型業種からみてみよう。58~59年度の牽引力であった電気機械の半導体関連投資は,米国需要が59年後半から大幅な緩和状態が続いた後,61年に入り一時回復をみせるなど一進一退となっているものの,円高の進展による交易条件の悪化並びに貿易摩擦が加わったことに対応して,60年度に引き続き61年度も弱含み状態が継続した。また自動車を中心とする輸送機械は,59年度下期から60年度上期にかけてモデルチェンジ対応投資,カーエレクトロニクス等の研究開発投資,更に輸出枠拡大に伴う能力増強投資がみられたものの,60年度下期から円高の進展等により一転して弱含み傾向となった。更に,59年度下期からFA化を反映して大幅増となった一般機械も同様の動きとなっている。また,素材・外需型の鉄鋼は,シームレスパイプ製造設備などの大型工事が一巡して久しく低迷した後,60年度末から61年度初めにかけて更新・合理化投資がみられたものの,円高の更なる進展等により減少傾向となった。
次に内需型業種についてみてみよう。このところ多角化戦略を進めている化学では,59年度から60年度にかけてのファイン化・エレクトロニクス化投資は61年度に入り一巡がみられるものの,バイオ,光ディスクなどの研究開発投資等により横這いとなっている。また,紙・パルプでは59年度下期から60年度上期にかけての新鋭KP連続蒸解設備並びにボイラー等省力化・合理化投資はほぼ一巡したものの,新聞用紙・微塗工紙関連の改造・増強投資により増加がみられる。この他,ビール工場の増強,バイオ関連研究開発,円高による原材料価格低下に伴い収益堅調の食品や,炭素繊維,医薬品,バイオ等多角化を行っている繊維などで増加の動きがみられる。
以上のように61年度の製造業設備投資は,外需型業種で弱含みが続いたのに対し内需型業種は総じて底固い動きとなったものの,後者は相対的に投資規模が小さいこともあり前者をカバーするに至らず,製造業全体としても弱含み傾向となった。
一方,非製造業(大企業)の設備投資は直接的には内需関連が主体であること等により,総じて底固い動きを示した。これを,法人企業統計季報ベースでみると,59年度4.4%増,60年度27,0%増と大幅に増加した後,61年度も13.4%増と底固い伸びとなった。業種別にみると,運輸・通信は60年度4月から日本電信電話(株)が民間部門に加わったこともあり(同社単独の投資額は非公表)60年度大幅増となった後,61年度も高水準となっている。この中で私鉄は引続き新線建設,複々線化工事等の輸送力増強投資に加え,ホテル・賃貸ビル等の兼業投資部門も活発となった。また,航空は積極的な新鋭機の導入,並びに部品・地上施設増強等により好調である一方,海運は船腹過剰,円高に伴う日本籍船の国際競争力低下,タンカーの更新も一段落となるなど大幅な減少となっている。
電力は電源部門は減少となったものの,政府の総合経済対策に対応し供給信頼度向上,配電線地中化工事等の非電源部門が大幅増となり,特に61年度末に集中的に投資が行われた。サービスのうちリースは,産業機械・工作機械で製造業の設備導入の不振により伸び悩みがみられたものの,通信機器等の情報関連機器のリース需要力弓1続き好調に推移した。また,小売はスーパーが新規出店投資を増加させ,百貨店も店舖増改築投資により堅調を持続した。建設・不動産も旺盛な首都圏賃貸ビル需要を背景とした大都市再開発関連,公共工事関連,インテリジェントビル,民間活力プロジェクトの継続,住宅市場の活況等により増加となった。
投資動向を左右する要因としては,①中期的にみた企業の需要見通し,外需型業種においてはこれに加えて円・ドルレート等の動向,②金利等コストを巡る諸要因,③金融のアベイラビリティーやキャッシュフロー等の資金的環境,④当面の企業マインドを左右する収益動向,⑤研究開発等の独立投資要因,⑥生産・販売動向とも関連したストック調整圧力等があげられる。
まず,第3-3図で②,③の投資環境の指標からみてみると,まず資本コストの状況については長期金利の低下を主因に最近かなり低下しており,名目でみたコストは53年10~12月期以来であるほか,GNPデフレーターを加味した実質では50年代で最低レベルとなるなど好環境が続いている。また企業の資金繰り感も総じてゆとりがある。さらに,④の企業の収益や業況判断も非製造業で堅調に推移しているほか,製造業でも低水準ながら改善の動きがみられる。特に収益が好転すると企業の投資計画が当初計画に比べ上積みされることにも注意する必要がある。⑤の研究開発投資や更新投資・合理化投資については独立的な部分の他に,当面の需要動向・収益等に左右される部分もあろう。口本開発銀行調査により製造業の62年度の投資計画をみると(第3-4図),能力増強投資以外のこれらの投資動機に基づく寄与は業種により異なり,製造業全体としてはマイナスとなっているものの,既に収益が順調に推移している食料品,化学,紙・パルプ等ではこれらの投資が下支えの要因となっている。⑥の製造業のストツク調整圧力は61年7~9月期を境としてピークを越えたと見ることが可能である(本報告第I-3-12図)。これを業種別にみると(第3-5図),紙・パルプ,化学等の内需型業種の稼働率が上昇傾向を辿るなど,製造業全体に対してプラスに寄与していくものとみられるのみならず,電気機械,輸送機械等の外需型業種においても稼働率の低下は次第に緩やかとなり,設備投資の伸び率もマイナス幅が縮小するなど総じて底固めの段階にきつつあることがわかる。
しかしながら,投資動向を左右する要因のうち最も大きな位置を占めるものは①の中期的需要見通しである。これについては特に外需型業種で下方にシフトしており(本報告第II-1-4図),円・ドルレートの水準や貿易摩擦等の与件変化をも勘案すれば,58~59年のような循環経路へ俄かに向かうものとは考えにくい。従って当面は先に述べた外需以外の良好な投資環境が設備投資の下支え要因として作用することもあり,これまでの減速に歯止めがかかる局面が続き,また中期的動向は研究開発による技術革新並びに経営面での業際化・融業化による内需面のニュー・フロンティアの拡大に依存すると言えよう。